GIFT-05 「ヤらずの雨」/蛟游茗様より



超お久しぶりの「頂き物コーナー」更新でございます。



形としましては、
相互リンク記念として
こちらのリクエストを蛟さんに文章化して頂きました〜。
昨年頂戴しておりましたのに、
こちらがかぁーなりモタモタしてしまい、
今に至りましたことを
蛟様にも読者の皆様にもお詫び申し上げます。



原作第92話「ある夜のマチガイ」の
連れ込まれた撩視点です。



ただし、
過去も未来も
撩と冴子が合体してないこと前提でのお話が
苦手な方はご遠慮下さいませー。
(このあたりはお好みがあると思いますので)


完全版第10巻/JC11巻をお手に取って
原作前期の独特な雰囲気をベースに
蛟さんが紡がれる
あのワンシーンをお楽しみ頂ければと思います。



それではどうぞー。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ヤらずの雨」    蛟游茗様より




暗い部屋にゆっくりと目を慣らしていく——ああ、あいつも寝るときは灯りは全部切っておく方なんだな。遮光カーテンもきっちり引いて。
ああいう商売はよく寝ることも仕事の一つだろうから。それを教えたのもきっと奴なんだろうが——
真っ暗な中、光源はカーテンの隙間からかすかに漏れる街の灯りだけ。といっても新宿の街中などとは違って
ここは静かな方でせいぜい街灯程度だが、それでも俺の目には充分だ。
こうして見ればやっぱり女の部屋なんだなと思う。同年代の中では小ざっぱりとし過ぎて、可愛らしさの欠片も無いかもしれないが
それでもどこかに甘やかさが漂うのは殺風景な俺の部屋とは大違いだ、前よりは多少片づいたものの。
凝ったデザインの照明、観葉植物、持ち主の趣味の良さが窺える額装された絵、そして——
これらの主は何の因果か、俺の腕の中に納まっていた、同じベッドで。

するりと女の柔肌が、俺とシーツの間に滑り込んでくる感触で目が覚めた。鼻腔をくすぐるほのかなオピウムの芳香。
狸寝入りのつもりだったが、いつの間にかうつらうつらとしてしまっていたようだ。冴羽撩ともあろうものが、何たる不覚。
だが、あれだけ飲んだのなら不可抗力の内だろう——酔った後特有のおぼろげな記憶を巻き戻していくと
伝言板に冴子からの依頼があって、スポーツジムに呼び出されて、その後は夜の街に繰り出して……
本当は俺があいつのことを飲み潰させるはずだったんだがなぁ。忘れてたぜ、3人で飲みに行ったときもあいつは顔色一つ変えなかったのを。
今夜のように、たとえ目の前に酒瓶やらグラスやらを豪勢に並べても。
だから『奥の手』を使う羽目になったんだが、まさかあいつも同じ魂胆だったとは——
僅かに溶け残ったざらりとした感触、それ以上に酒のものではない独特の苦み。
ただ生憎、この手のクスリは効きにくい身体になっちまったんだ、これ以上にもっとヤバいやつに毒されてしまったときから。それはあいつも知らないこと。
だが、おかげでいろいろと重宝はしている。敵さんに一服盛られたときも今みたいに嘘寝を決め込んで、頃合いを見計らって目が覚めた“振り”をすればいい——
にしても、まぁわざわざ、ずいぶんご苦労なこって。自分で言うのも何だが、このデカい図体をまずはタクシーに押し込み、そこから引きずり出して
今度はエレベーターからこのマンションの廊下を文字どおり引きずってこの部屋まで運んできたのだから。
できれば手伝ってやりたかったが、こればかりはそうもいかない。
その上、言い逃れができないように一枚残して身ぐるみ剥がされて、パイソンは……確か、ドレッサーの引き出しの中か。
もちろん大事な商売道具、薄目で確認済みだ。あとで“戦利品”と一緒に回収しておこうっと。
それでも『最後の一枚』は脱がさなかったのは武士の情けかはたまた恥じらいか、それとも——未だあいつの中に残る、槇村への想いゆえか。
けど冴子のやつ、よほど肚が据わっていると見える、同じく上は全部脱いじまって、おかげで柔らかな感触が素肌で味わい放題だが——
この上ない『据え膳』に思わずシーツがテントとなる。だが、それを美味しく頂くわけにはいかなかった。

え、酔い潰してお持ち帰りするつもりだったんじゃないかって? それはまぁ、ただのポーズってやつだ、俺と冴子の間だけで通じるような。
艶めかしい視線のやりとりも、際どい会話も、ある意味、子犬同士が甘噛みしながらじゃれ合っているようなもの。
決して本気で牙を立てるようなことはないとの暗黙の了解上でのゲーム。
今夜だって潰したうえで、部屋まで送り届けてやるだけだったのに——そうすれば
「あの状況で指一本触れてこないなんて、撩ってああ見えて意外とジェントルなのね」なーんて好感度急上昇、なんてな。
それが、何でこうなっちまったんだか……これがもし今夜酒場で知り合ったばかりの、名前も知らない女だったら有難く頂いたことだろう。
だが、ここまでプラトニックなままずぶずぶに古馴染みの女なんか抱けるかよ。
それは決して、前相棒にして亡き親友の愛した女というだけではなく、もし一歩を踏み出してしまったら
それまでの関係が音を立てて崩れかねない。今までどおりの「ただの友達」というのならなおさら——

その「ただの友達」を、あいつの方から一度だけ、突き崩してこようとしてきたことがあった。
ちょうど一年くらい前の頃か、槇村がこの世を去って数ヶ月後——途方もない哀しみというものは、むしろ時間差で押し寄せてくるともいう。
いつまで経っても癒えぬ心の傷は、それを抱え続けているだけで魂を擦り減らしてしまうものなのだから。
ホテルに呼び出されたと思ったら、泣き腫らした顔で飛びかかるように抱いてくれと迫られた。
いきなり俺の胸にしがみつかれて、ムードもへったくれもない状況で。
いくら俺が稀代の女好きでも、あんな顔されたら勃つものも勃たなくなるし、それに——はっきりと判っていた
冴子は俺が好きだからその身を任せるわけではないということは。
正直、誰でもよかったのだ。自分を滅茶苦茶にしてくれるなら、生きながらにして地獄に突き落としてくれるのなら。
今はまだ、奴と同じ地獄には行けないのだから。
そんな情けと憐れみを俺はあいつにかけてやれなかった、大事な親友の大事な女に、俺自身にとっても大切な友人に。
だから俺はその場を立ち去った。いっそ、平手打ちの一つもしてやればよかったかもしれない。
だがあいつはその後、そんな馬鹿な気を起こさなくなったようで、またバリバリと仕事に打ち込み始めた。
おかげで俺たちは今も浄い仲の友人同士だ、この瞬間も。
それで良かったのだ。だからこそ、こうして変わらずあいつの力になってやることができる。
まーたどうせあのときのように厄介ごとを抱え込んで、それで俺の力を借りようってつもりだろう。それもタダで。
だったら一杯喰わされてやるか、あいつの思惑どおりに。朝になったらわざとらしく驚いてやればいいだけのこと。

だが——脳裏に浮かんだのは、なぜか現相棒兼同居人の、奴の妹の顔。
いつまで経っても帰ってこないもんだから、きっと怒り狂ってんだろうなぁ、とちくりと胸が痛くなるのは
朝帰りの罪悪感か、それともあいつ以外の女をこうして腕に抱いている後ろめたさか……まさかな。

「——んん、まきむらぁ……」

雨に掻き消されそうなか細い声が胸元から聞こえた。あの女狐が発したとは思えないような、子猫のような甘えた声で。
きっとそれは今まで奴しか聞いたことがなかっただろう——夢の中で抱かれているんだろうか、槇村に。
代わりになってやれるならなってやりたいさ。
でも、あいつの心の中の穴は奴の形に開いてしまっているのだ。そこに俺という形をはめ込んだところで隙間が空くか
下手すりゃ大きすぎて穴が余計に広がっちまうだけ。
この胸板だって奴はこんなに分厚くなかったし、こんなに熱くもなかっただろう。
でも、それが良かったんだろう? これじゃ逞しすぎるんだろう?
——それでもいいなら朝まで貸しといてやるよ。もっこりは……貸してやりたいのは山々なんだが。

雨音は強まりこそすれ止む気配を見せない。
奴の最期の姿のように、この雨の中をずぶ濡れで帰らなければならない義理は無い。
ただ、降り止むまでの生殺しってのも正直辛いものがある。

——ヤらずの雨、か。

言っとくが撩、それは間違ってるぞと奴の声が聞こえたような気がした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





という訳で、
今日、5月20日は
ファルコンの声優さん、玄田哲章さんのお誕生日。
69才おめでとうございます!


シテハン関係バースデーにムリクリ
合わせてのアップ〜。



いやー、
個人的には大満足の穴埋めでございましたっ。
あの一連の種馬氏の言葉や動きは
フェイクに違いないと
勝手に思い込んでいたのですが、
実にしっくりぴったりくる
心理描写に大拍手です。


蛟さん本当にありがとうございましたっ。


このシテハン二次ワールドを
15年近く続けていらっしゃる
老舗のお部屋にも是非お立ちより下さいませー。





ベースの長編も然りですが、
「CH'定点観測」も
読みやすくガッテンオンパレードです。
行き方は「About Me & My Site」のページから
「Site Map」の項目の中に「CH'定点観測」があります。
(しかもかなりたっぷり!)
コメント欄のあとがきもお見逃しなく〜。



で、こちらも随分昔に
冴子視点の同場面を雑に作って放置したまま…。
手を出すゆとりが出来ましたら
整えてSSにでも加えられればと思いますが、
11月以降になりそう…(><)。



で、で、で、実はっ。
もう1本蛟さんのお作アップを
予定しておりますので、
なんとか月末までに
間に合えばと思いますっ。
(SS対話式です)



改めてシテハンのご縁に感謝!




以上、
超お久しぶりの頂き物アップでしたー。





もくじ
スポンサーサイト

10万ヒット企画その1

かなり出遅れてしまいましたが、
10万ヒット企画その1でございます。

(その2につきましては末尾で)


今年サイトを立ち上げられたホークアイシオン様より、
記念のイラストを頂戴致しました。
ギフトとして2点ご紹介したいと思います。




シオンさん RK01

ホークアイシオンさん RK-01
(2013.12.06.拝受)






ちょっとイチャラブ露出系は折り込みで〜。



→続きを読む

ひまわり76さま「RYO・KAORI」

8万ヒット記念企画です。

ワタクシが、生まれて初めて頂戴しましたCHのイラストを、
この度ご許可を頂きまして、
公開させて頂くことになりました。
2点お届け致します。

著作権は、作者の方にございますので、
お持ち帰り、無断使用等は厳禁ということで、
よろしくお願いします。


ひまわり76さんの撩イラストimage のコピー.jpeg

ひまわり76さま/RYO-01



ひまわり76さんの香ちゃんイラストimage のコピー.jpeg

ひまわり76さま/KAORI-01


当サイト初の画像アップでございます。
こ、これでいいのかな?

メールでこちらを頂いたときの感激を
お裾分けできればと思います。

ひまわり76さん、本当にありがとうございました!!!

ホント、描ける方が羨ましいぃ〜。


胡麻さま「還ってきた男」(3)

70000hit企画

お預かり作品「言ノ葉隠れ」胡麻様より


『還ってきた男』(3)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



リョウはアパートに戻った。

香はまだ帰っていないようだった。

「―――やれやれ」

リョウはどさりとソファに身を沈めた。

なんだかむしゃくしゃした気分だった。

いや、原因はもうわかっていた。



「―――そこにいるんだろ、槙村」



宙に言葉を投げかける。



『ああ』



返事がした。と思うと、さきほどのように辺りが薄暗くなった。

リョウの目の前に、槙村が立っていた。

「いったい、いつまで俺につきまとう気だ?」

リョウが不機嫌そうに尋ねる。

『―――もちろん、お前が香の前から消えるまでさ』

あいかわらず不敵に槙村はニヤリと笑う。

「ここは俺のアパートだ。何で俺が出てかなきゃならないんだ」

ムッとしてリョウは言い返した。  

『どうしてもか?』

「ああ、どーしてもだ!」

ケンカ腰でリョウは立ち上がり、

彼の目の前にぼんやり光ながら浮いている槙村としばしにらみ合った。

ピシッ、ピシッと空気が弾けるような音が辺りで起こる。

ラップ現象というやつだ。

そのうちソファやテーブルなどがガタガタと揺れ出した。



「な―――」



思わずリョウがひるむ。

その時、槙村がカッと目を見開いた。

ゴウッという音とともに、突風が起こり、

部屋中のものがその風に巻き込まれたように浮き上がる。

次の瞬間、それらがすべてリョウをめがけて襲いかかった。

「うわぁっ!」

とっさにソファやテーブルなどはよけたが、

置時計や電話などはよけきれず頭に当たった。

しかし次々家具が襲ってくるので痛がってるヒマはリョウにはなかった。

「ちょ、ちょっと待てよ!」

必死でリョウは叫んだ。

「卑怯だぞ、槙村! ちゃんと素手で闘えー!」

『あいにく素手どころか、体がないんだ』

槙村は完全にリョウをおちょくっていた。

空中に浮かんでニヤニヤ笑いながらも、攻撃の手をゆるめない。



リョウは横になったテーブルを盾に、

折れた椅子の脚を手に必死で飛んでくる物に応戦した。

しかしどうにも苦戦の色はかくせない。

「ちくしょー! 槙村、いい加減にしろっ!」

飛んできたサボテンの鉢を叩き落とし、とうとう堪忍袋の尾が切れて、リョウは怒鳴った。

「だいたいお前に俺のことが言えるのか?

―――俺よりお前の方がよっぽど女を不幸にしてるじゃねぇか!」

リョウの怒声に槙村は一瞬ぽかんとした。



『―――何の話だ、いったい……』



「わからないって言うのか?」

リョウはますます腹をたてる。

「だったら教えてやるよ、冴子のことだ! 

―――生きてる間だって香、香っていってろくに相手してやらなかったくせに、

死んで五年も一人ぼっちにして、

その上、この世に戻ってきてもあいかわらず妹の方を最優先にしやがって。

シスコンもいい加減にしやがれ。あいつは今だってお前のこと待ってるんだぞ!」

宙に静止していた家具類がふいに支える力を失い床に落ちた。

リョウは槙村をにらんだまま、疲労と怒りでゼイゼイと肩を揺らしている。



『―――――』



槙村は黙り込んでしまった。

「―――お前がこれから守らなきゃならないのは、

償わなければならないのは……香じゃないだろ、槙村」

精も根も尽き果てて、リョウは床に座りこんだ。

槙村は苦しげな表情を浮かべている。



『リョウ、俺は……』



彼は何かを言いかけたが、口ごもってしまった。

「ん―――?」

リョウは槙村をいぶかしげに見つめた。

しかしリョウの不審に答えるよりも早く、槙村の姿がふいにぼんやりとかすみはじめた。

「お、おい……」

最後の瞬間、申し訳なさそうな目線を投げ掛けながら、

槙村は消えてしまった。突然とり残されて、リョウは茫然とする。



その数秒後、玄関のドアが開いて香が現われた。

「ただいまー。……あらリョウ、帰ってたの?」

雨の中走ってきたのか、濡れた前髪のしずくを払いながら彼女はリビングに入ってきた。

「雨がひどいから今日はビラ配りはかんべんしてあげるわ、リョウ―――」

言いかけて香はゴクリと息を飲んだ。



「な、なによ、これ―――!」



部屋の有様を見て、一声上げると彼女は絶句してしまった。

窓ガラスにはひびが入り、ソファやテーブル、テレビはひっくり返り、

戸棚や本棚の中身は床にぶちまけられ、

鉢植えは粉々に砕け、カーペットはめくれ上がり

……これでは香でなくとも絶句せざるをえないだろう。



「いやぁ、香、これには訳が……」

とにかく香の気を落ち着かさせようと、リョウが猫撫で声で言い訳を試みる。

香はもちろん聞いていない。

「あ、あんたって男は……。

ひょっとしてこれは朝のケンカやさっきの言い争いに対する、あたしへの嫌がらせ……?」

眉をぴくぴくと逆立て、目を三角にして、低い声で香はリョウに問いかけた。

「ち、ちがう、ちがう」

リョウは真っ青になって頭をぷるぷると振った。

「俺じゃない。これをやったのは……槙村なんだ」

「兄貴がぁー? 何言ってんのよ、あんた」

香はますます腹を立てていく。

「ホ、ホントなんだってば。

槙村は霊界で修業を積んで守護霊になったんだ。

そしてお前に近づく奴を抹殺するためにこの世に戻ってきたんだよ。

お前だって、今朝夢に見たって言ってたじゃないか」

助かりたい一心でリョウは早口で言い立てた。

「何をバカな……。ウソはもっと上手に言ったら?」

香はまったく相手にしていない。

「ホントのホントなんだよー! おい、槙村! 頼むから出てきて証明してくれー!」

側にいるであろう槙村に向って呼び掛ける。

しかし槙村はウンともスンとも返事をしなかった。

「そんなことでごまかそうったって、ムダよ」

香はフンと鼻で笑う。

「さあ、お仕置きしましょうねぇ。ハンマーとすまきとどっちがいいかなー?」

「ぎぇー、そ、それだけは。あ、そうだ!」

リョウはポンと手を打った。

「ホントに槙村はここにいるんだ。今それを証明してやるよ、香」

「へぇー、どうやって?」

はなから信じていない香はバカにしきった調子で相づちを打った。

「見てろよ……」

リョウがふいに香の腕をつかみ引き寄せた。

「え……?」

ふいをつかれて、香はすっぽりとリョウの腕の中におさまってしまった。

(極度のシスコンの槙村のことだ。こうでもすりゃ、逆上して出てくるにきまってる)

我ながらうまい考えと、リョウはほくそ笑む。



「…………」



が、しかし。

十秒待っても、20秒待っても槙村は現われなかった。

「りょ、リョウ……」

香が腕の中でもぞもぞと動く。

突然抱き締められ、彼女は耳まで真っ赤になってしまっている。

「あ、あれ? おかしいな……」

あきらかに気まずい雰囲気に、リョウはすっかり動揺してしまった。

(ちょ、ちょっと刺激が弱すぎたか。よーし、こうなったら……)

「……香!」

耳元で名を呼ばれ、香はびっくりして顔を上げる。リョウはその顎に指をかけた。

(え……ええ―――!)

あきらかにキスの体勢だったので、香は驚きながらも反射的に目をつむった。

リョウは香に顔を近づけ、そのままの姿勢で数秒待った。

しかし、一向に槙村は現われる気配をみせなかった。

(お、おかしいな。ここまでやってるのに、なんであいつは出てこないんだ?)

リョウはますます動揺した。



「リョウ……?」



やがて待ちくたびれて香が目を開けた。

両耳を赤く染めて、何が何やらまったくわからない様子だったが、

彼女はうっとりとした信頼と愛情に満ちた目でリョウを見つめる。

ここへきて、リョウはやっと今の状況を理解した。

槙村がその姿を見せない以上、

香にすればリョウが急に自分に迫ってきたとしか思えないだろう。

引くに引けない体勢に、リョウは自ら墓穴を掘ったことを知った。



(槙村の奴、まさか本当はこうなることがねらいで…)



今にして思えば、リョウと香を引き離すことを目的としていたわりに、

槙村のやったことには奇妙な点が多かったような気がする。

槙村を動かしていたのは、決して一つだけの目的ではなく……。

しかしリョウにはそんなことを悠長に考えているヒマはなかった。

香が、彼の腕の中から一心に彼を見つめている。

こんな目をされたら、今のは間違いでしたとはもう言えない。

しかも、こんなふうに見つめられていると、

まずいことに、だんだん香が愛しく思えてきた。



(こうなったら、もう……)



とうとうリョウは観念した。

どうやら、兄妹二人ががりの甘い罠に完全にひっかかってしまったようだ……。






霧の中に、彼女は立っていた。

手を伸ばせば肘から先すら見えなくなりそうな濃い霧だけが辺りを支配している。

(また、あの夢だわ)

彼女はうんざりとした。

もういったい何度こんな霧の中にいる夢を見たことだろう。

仕事がつまったときや、雨の日はきまってこの夢を見る。

行くことも退くこともかなわぬ霧の中で、彼女は途方にくれて立ちつくす。

ひどく気だるくて、胸苦しい思いが胸の中にもたちこめてきて、

彼女はますます途方にくれた。



(―――いったい、どうしたの? どうなってしまうの、私……)



彼女は漠然と自問したが、こんなふうに迷ったり、

途方にくれることに彼女は慣れていなかったのだ。

彼女は目をこらし、霧を見つめた。

誰かに来てほしかった。

その人さえ来てくれれば、こんな霧など消えてしまうはずだと彼女は思っていた。

彼女は待った。

待つことがこんな不安なことだと知らなかった。

ふと、何かの気配を感じて、彼女は背後を振り返った。

誰かが、霧を押し分けるようにして、ゆっくりと彼女に近づいてくる。



「あ……」



彼女は小さな声をあげた。

その人物が誰なのか、彼女にはすぐわかった。



『待たせたな―――冴子』



それは槙村だった。

彼はにっこりと彼女に笑いかけた。

彼女――冴子は言葉を失ったように彼を見つめた。

やがてその顔が、泣きだす寸前の子供のそれのようにゆがむ。



「待ってたのよ、……私、ずっと待ってた……」



かすれた声で彼女は言い、心の声がそれを繰り返した。

(そうよ……。私がずっと待ってたのは、この人だったんだわ)

『―――すまん』

槙村は本当にすまなさそうだった。

『すぐ来るつもりだったんだが、ちょっと寄り道をしてたら、すっかり遅くなってしまった』

そう言って、ボリボリと頭をかく。

「寄り道って、どーせ香さんのところなんでしょ?」

女の勘で冴子はピタリと当てた。

「あなたはいつだって、私のことなんて後回しなのよ」

すねたようにそっぽを向く。しかし一方では、

(―――あらあら、私にこんなかわいいところがあったなんて)

と、内心自分の態度にびっくりしていた。

『悪かった、本当に』

槙村は手を合わせながら謝った。

それを見て冴子は機嫌を直した。

「もういいわ。―――でも、これからは私のことも考えてくれなきゃいやよ」

『わかってるよ』

「もうどこへも行かない?」

『ああ』

「これからは、ずっと一緒ね?」

『ああ』

槙村はほほえんで、冴子をそっと抱き寄せた。

『―――これからは、ずっと一緒だ……』

冴子はにっこりと笑った。
 
不安も憂欝ももう彼女の中から消えていた。

あんなに深かった霧が、二人のまわりからいつのまにか消えていったように―――。






カラン、カラン……

「いらっしゃいま……あら、冴子さんじゃない」

カウンターの中から美樹が、ドアベルを鳴らしながら入ってきた冴子に笑いかけた。

翌朝、ここはもちろん美樹の店『CATS・AYE』である。

「珍しいわね、こんな時間に」

「ええ、ちょっとコーヒーが飲みたくなったの」

冴子はにこやかに言って、カウンターの席に着いた。

「どうしたの? なんだか機嫌よさそうね」

戸棚からカップを取り出しながら、美樹は冴子の表情をしげしげと観察した。

「そうかしら」

冴子は照れたように微笑む。

美樹の言った通り、冴子はゆったりとして、ひどく満ち足りた表情をしていた。

今日の彼女からは、いつものりりしいけれど、

人を寄せつけようとしないあの磨ぎすまされた印象が消えている。

代わりに満たされた優しい雰囲気が漂い、

それがもともと人並みはずれた美貌にやわらかな輪郭を与えているようだった。



「何かいいことでもあったの?」

美樹が意味ありげに尋ねる。

「そうね、あったような、ないような……」

あいまいに冴子が答える。

「あら、秘密なの?」

「ううん、そうじゃなくて……なんだかすごくいい夢を見たらしいんだけど、

目が覚めたらどんな夢だったのか憶えてなかったの」

冴子は肩をすくめ、けれどやっぱり幸せそうに微笑んだ。

「ふーん。まぁ、そんなこともあるかもしれないわね。

……それにしても、冴子さんをこんなふうに幸せそうに、

チャーミングにしてしまう夢ってどんな夢なのかしらね」

美樹は不思議そうにため息をつき、そして何やら目で笑いながら、

「みんな、どうしちゃったのかしらねー。春でもないのに」

「みんなって?」

冴子がきょとんとする。

「あれよ、あれ」

美樹がちょいちょいと後ろを指差した。

冴子が振り返ると、隅のテーブル席にリョウと香が向い合って座っていた。

「ほら、リョウ。アーンして」

「バ、バカ。いいよ、自分で食うから」

「遠慮しなくていいのにィ」

モーニングセットのサンドイッチを前に、

リョウの世話をやく香と、テレて真っ赤になっているリョウの姿がそこにあった。

リョウは困りきっているが、香は冴子以上に幸せそうで、満面に笑みを浮かべている。



「ど、どうしたの、あれ」

見慣れない光景に、冴子は目をパチクリさせた。

「さあ? なんだか急に仲良くなっちゃったみたいよ、あの二人」

美樹がクスクスと笑う。

「はー、とうとうリョウも年貢の納め時ってわけね」

あてられたように冴子はしみじみと言った。

「これでうちも物を壊されなくなるから助かるわ」

美樹は心からホッとしてるようだった。

「美樹さーん! コーヒーまだぁ?」

香が元気に手を上げた。

「はいはい、今持っていくわ」

美樹は並べたカップにあわててコーヒーを注ぐと、

そのうち二つをリョウたちのところに運んだ。

そして二人の邪魔をしないようにとっととカウンターに戻ってきた。

「あら」

戻ってきた美樹が小さく声を上げた。

「―――どうしたの?」

冴子がカウンターの中をのぞきこむ。

「いえ、あの……」

美樹は当惑したように顔を上げた。

「今、冴羽さんと香さんと冴子さんの、三人分のコーヒーを入れたつもりだったんだけど

……いつのまにかカップが四つになってたの。

変ね、うっかりして一つ多めに出しちゃったのかしら」

手元に残った二人分のカップに美樹は首をひねった。

冴子はしばらく茫然としていたが、

ふと無意識のうちに自分の隣の誰も座っていない席に目をやった。

やがて彼女はくすっと不思議な微笑を浮かべた。



「たまにはそういうこともあるわよ。

……ねえ、よかったらそのコーヒー、二つとも私にくれない?」

「え? 冴子さん、二杯も飲むの?」

美樹がびっくりして聞き返す。

後ろの席のリョウもこのやりとりに気が付いて首をのばしてこちらを見ている。

「飲まないけど……その、隣に置いておきたいのよ」

自分でも奇妙だと思うこの申し出に、冴子は笑ってごまかした。

美樹はますます首をひねったが、

「まぁ、冴子さんがそう言うなら……」

一つを冴子の前に、そしてもう一つのコーヒーをその隣の無人の席に置く。



「ありがとう」

冴子が礼を言った。

「こら、リョウ、どこ見てんの」

「いてっ」

じっと冴子の奇妙な言動を不思議な眼差しで見ていたリョウの顔を、

香が無理矢理つかんで自分の方に戻す。

ちらりとその様子を見て、それから冴子は再び隣の席に視線を落とす。

飲み手のいないコーヒーカップから湯気のたちのぼるのを眺めながら、

まるでそこに恋人でも座っているかのように、

彼女は至福の思いに目を細めるのだった―――。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
END


1993年7月執筆作品
胡麻様より拝受





省略されたあの時間、
これまた妄想ネタにつながりそうです。

胡麻さま「還ってきた男」(2)

70000hit企画

お預かり作品「言ノ葉隠れ」胡麻様より


『還ってきた男』(2)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

結局、美樹に店を追い出され、

リョウは行くあてもなく街をぶらぶらと歩くはめになった。

「なんで俺がこんな目に……」

ぶつぶつ言いながら、ふと顔を上げると、香がこちらに向って歩いてくるのが見えた。

「あ、リョウ―――!」

香はリョウに気づいてかけよってきた。

リョウは槙村の捨てゼリフを思い出して後退りかけたが、

まさか香がいる前では何もできないだろうと思い直し、その場に踏みとどまった。

「やっぱり、こんな所で油を売ってたのね」

まだ朝食の時のことを怒っているらしく、香はあまり機嫌がよくない。

「一日中ナンパする元気を、十分の一でいいから仕事に回してよね」

「あー、うるさいな、お前は」

リョウはうんざりして、両耳を手でふさいだ。

「もぉー。あ……、そうだ」

怒ってもしょうがないと思ったのか、香は話題を変えた。

「さっき、歌舞伎町で事故があったんだって? 消防車やパトカーで道がいっぱいだったのよ」

「あー、あれね。ジャンキー野郎が勝手に事故ったのさ。

死人もいないし、たいしたことないさ」

さらりとリョウが言うと、香は目を丸くした。

「なんで、あんたがそんなこと知ってるの?」

「え? いや、それは……」

リョウは口ごもる。

「まさか……あんた、また何かやったんじゃないでしょうね?」

疑いの目で香はリョウをのぞきこむ。

「俺は何もしてねーよ。あれはお前の兄貴が……」

「兄貴?」

聞きとがめられて、リョウはハッと口をつぐんだ。

「兄貴がどうかしたの?」

「い、いや、なんでもない」




まさか槙村が幽霊になって現われて、

霊力やらの妙な力で車を操ってリョウを轢き殺そうとした、とは言えない。

言ったところで信じてもらえないだろうし、

それどころか兄貴を侮辱したとか言って香にぶっとばされかねない。

とにかくリョウは話を変えようと、別の話題を必死で考えた。

その時、天の助けか(?)、

彼らがいる歩道の通りを挟んだ向う側から銃声と悲鳴が同時に聞こえてきた。

「え、―――何?」

リョウも香もとっさに銃声が聞こえてきた方に視線を走らせた。

そこには通りに面した小さなコンビニエンス・ストアがあったが、

その中からスキー帽で覆面をして両手にそれぞれ銃と袋をもった男が

転がるように飛び出してきた。

「ご、強盗よ、リョウ!」

香がリョウの腕を引っぱった。

「ああ、そうみたいだな」

リョウは平然としている。強盗は店内に向って、威嚇のためかもう一回発砲し、

それから店の前に止まっている車に乗り込もうとした。

運転席にはこれも覆面した仲間らしい男が乗っている。



「リョウ! 逃げちゃうわよ!」

すっかり興奮して香が叫ぶ。

「心配いらないよ」

リョウは対岸の火事でも見るようにのんびりと見物している。

「だって、このままじゃ……」

香が言い終わらないうちに、

サイレンが四方八方から聞こえてきて、ものすごい勢いでパトカーが到着し、

犯人たちの車を取り囲んでしまった。



「な? 最近のコンビニの防犯システムは警察に直結してるからな。

こういう小物を捕らえることに関しちゃ、日本の警察って優秀だよな」

リョウは感慨深げにうなずいた。

そうしている間にも、犯人たちは逃げ場を失い、車を飛び出し、

銃を手にじりじりと店の方に後退していく。

しかしパトカーから出てきた警官の数からしても捕まるのは時間の問題と思われた。

先の見えたドラマを見るようにつまらなそうにしていたリョウだが、

警官たちが犯人の銃を気にしてか、

なかなかその範囲網を縮めようとしないのを見て、眉をしかめた。

「まずいな。早くしないと、あいつら店に戻って、人質をとってたて篭っちまうぞ」

その手が無意識のうちにコートの内側の銃に触れかけた時―――



『―――香に近づくなと言ったはずだぞ、リョウ』



耳元であの声がした。

しかもいっそう低く、怒りを押し殺したような声だった。

「―――!」

リョウがぎくりとするよりも早く、

まるで巨大な見えない手がチェスの駒をつまんでひねりでもしたかのように、

通りの向うで彼らに背を向けていた強盗の一人が、

銃をかまえたそのままの姿勢でくるりとこちらを向いた。

そして、その手の中の銃が、まっすぐリョウの方へ向かって火を吹いた。

「―――げっ!」

「リョウ―――!」

銃声に香の悲鳴が重なる。

リョウは反射的に体を後ろに倒すことで、紙一重で弾丸をよけた。

弾丸は彼の背後にあったブティックのショーウインドーのガラスをぶち抜き、

小さな穴とその回りにヒビで放射状の見事な大輪の花を描いた。



「ふ―――」


ゆっくりとリョウは地面から起き上がる。

「りょ、リョウ、大丈夫なの?」

香がリョウにかけよる。

「ばーか。俺が流れ弾なんかに当たるかよ」

強がって答えたものの、さすがに背中に冷汗が流れるのを禁じえない。

「流れ弾って……なんだかいきなりリョウを狙って撃ってきた気がするけど……」



香が不審に思うのも当然な、不自然な発砲だった。

警官を撃つならともかく、通りの向うのやじ馬を撃つなど。

その上、誰よりも撃った犯人自身がきょとんとした顔をして虚脱している。

自分が今何をしたのかわかっていない様子だ。

その隙に、警官たちが束になって飛びかかり、

犯人たちはあっという間に捕まってしまった。

「あ、捕まっちゃった」

香は狐につままれたような顔をしている。

ただ一人、犯人たちの間抜けな行動の理由を知っているリョウはげっそりした。

(今のは……やっぱり、槙村の仕業だろうな……。

つまり香が側にいても容赦しない、てことか)

槙村がリョウと香が一緒にいるのを見て、

さきほどのリョウへの宣戦布告を実行に移したことは明らかだった。



「……どうやら、本気らしいな」



香が護送される犯人たちにすっかり気をとられているので、

リョウはこっそりとつぶやいた。

『―――そういうことだ』

不敵でふてぶてしい返事かどこからか返ってきて、リョウをさらにうんざりさせた。

「リョウ? ねぇ、リョウってば!」

香がリョウのコートの裾をぐいぐいひっぱった。

「あれ、冴子さんじゃない?」

警官とやじ馬でごったがえすコンビニ前に、

少し遅れてやってきたパトカーからすらりとした女性が降りたつのを見て香が言った。

パトカーから出てきたのは確かに警視庁の野上冴子だった。

白いブラウスに足にぴったりとした紺のロングタイトというシンプルないでたちではあっても、

スタイルのいい彼女はどこにいても際立って視界に飛び込んでくる。

現場の警官たちと少し立ち話すると、

冴子はくるりとこちらを向き、通り越しにリョウと香の姿を認めた。

「あ、こっちに来る」

ひょいひょいと車をよけながら、冴子は道を渡ってくると、

「はーい、お二人さん」

いつもの調子でにっこりと笑った。

「どうしたの? たかがコンビニ強盗くらいで冴子さんが顔を出すなんて」

香が不思議そうに尋ねる。

「ああ、たまたま歌舞伎町付近にいたもんで、ついでにね。知ってる?

一時間ほど前、歌舞伎町の通りで事故があったって……」

「知ってるけど……」

「あの事故を起こした奴がね、わたしがずっと追ってた麻薬の売人だったの。

まぁ、本人も薬やってて、その幻覚症状であんな事故起こしたみたいだけど、

焼けた車から売り物用の覚醒剤も大量に出てきたし、

おかげで現行犯で逮捕できたわ。あとはあの男をしめ上げて、ルートとメンバーを吐かせるだけ」

冴子はにこにこして言ったが、ふとリョウを見て、

「あら、どうしたの、リョウ。さえない顔しちゃって」

「さっき強盗の流れ弾が飛んできて、危うく死にかけたのよ」

代わりに香が説明する。

「それは災難だったわねぇ。

……今そこで話を聞いてきたけど、

犯人がやじ馬に発砲して隙ができたおかげでとり押さえられたって言ってたわ。

よかったわよねぇ、店内に戻られて人質でもとられたら、

こんなに簡単に逮捕できなかったでしょうし」

「なーにがよかったんだか……」

のほほんとしている香と冴子に、

やり場のない怒りを感じてリョウはボヤいた。そしてキッと香に向き直る。

「おい、香! お前もう帰れ」

「えー? なによ、いきなり」

香がムッとする。

「わかった。あたしを追い返して、冴子さんと二人っきりになろうっていうつもりね。

そうはいかないわよ」

「バカ、違うよ。―――お前といると俺の生命が……あっ、いや、そうじゃなくて、

とにかく、俺から離れろ」

「なんですってー」

火に油をそそがれ、香は猛然と怒りだした。

「それって、あたしが邪魔ってこと? あたしが何したっていうのよ! 

だいだいあんた、一体何様のつもりー?」

茫然とする冴子の前で二人は言い争いを始めた。

「―――もういいわよ、リョウのバカ!」

結局最後には、いつも通り香が力いっぱいリョウを張り倒し、大股で歩き去ってしまった。



「ふ――」

顔にあざをこしらえながらも、ひとまずリョウはホッとした。

「なぁに? 香さんが側にいたらまずいことでもあるの?」

冴子があきれたように言った。

「ああ、ちょっとばかし生命の危険がね…」

リョウはうわの空で答え、それからふと思いついたように、

「そうだ。冴子、お前、時間あるか?」

「まあ、少しくらいなら……」

「そうか。じゃぁ、ちょっと話があるんだ」

リョウは冴子を近くの喫茶店に引っ張りこんだ。

「何よ、話って」

隅っこの席に着くと、冴子は目をぱちくりさせた。

「いや、その……」

リョウは言いにくそうに口を開く。

「お前さ、その……霊媒師に知り合い……いないか?」

「はぁ?」

「ほら、あれだよ。幽霊だろうが悪霊だろうが、経でもあげてパパーッと払ってくれるヤツ……」

「知ってるわよ、それぐらい。でも、なんであなたにその霊媒師が必要なの?」

「いや、だから、その……」

リョウは困りきって頭をかいた。

何か作り話をでっちあげようかとも思ったが、

香ならともかく冴子には通用しそうにないことはわかっていた。

「実は……」

しかし笑われることを覚悟で、

今朝からの出来事を説明しようと口を開きかけたその時、

突然、ザバーッと大量の水が頭上から彼を襲った。

「キャー! すいません、手が勝手に……」

ウェイトレスが持ってきた水をお盆ごとひっくり返し、それがリョウを直撃したのだ。



「…………」



大きくため息をつくと、リョウはむっつりとして水の流れ落ちる前髪をかき上げた。

「あらあら、今日はついてないわねぇ」

冴子は笑うのを必死でこらえている。

(ま、槙村のヤロー……)

ウェイトレスが持ってきたタオルで頭を拭きながら、

リョウは今のも槙村の仕業だと確信していた。

「えーと、何の話だったかしら?」

今の騒ぎで話の見えなくなった冴子が尋ねる。

「……いや、もう、いいんだ……」

あきらめたようにリョウは言った。

「もう、なんなのよー」

今度は冴子が怒りだした。

「人を呼び止めておいて、しかも香さんをあんなふうに追い返したくせに、何考えてるのよ。

あなた、少し勝手すぎるんじゃない?」

「―――え?」

「いくら何でも、さっきのあんまりだって言ってるのよ。

少しは香さんの身にもなってあげなさい。

彼女、あんなにあなたに尽くしてるのに、あなたの身勝手に振り回されて、かわいそうじゃない」

「お、おい……」

どうも話が妙な方向になってきた。

なんだか朝からずっとこんなことを言われているような気がする。

「関係ないだろ、そんなこと」

なんとか話ごまかそうと試みたが、

「そうよ、私には関係ないわよ。―――でもあなたたちを見てるといらいらするわ」

どうも火に油をそそいだようだ。冴子はますます不機嫌そうになった。

「いったい香さんのどこが気に入らないの?

どうしてもっとやさしく、大事にしてあげられないの?」

「おいおい、冴子。お前、いったいどうしたんだよ」

今度はリョウが聞き返す番だった。

冴子は決してこんなふうに他人のことに口を出すタイプではないのだ。

冴子はむっつりと口ごもり、

運ばれてきたコーヒーをスプーンでぐるぐるとかき回した。



「……ホントね。どうしたのかしら、私。

なんだか、あなたの顔を見てたら無性に腹が立ってきたのよ」

彼女は肩をすくめた。

「―――すぐ手の届くところに欲しいものがあるのに、どうして得ようとしないのかしらね。

近くにありすぎてわからないのかしら?それとも大事すぎて触れるのが恐いの?」

「―――何の話だよ、いったい」

リョウはとぼけてみせた。

冴子はあきれてため息をつき、ふと窓から外の通りに目をやった。

「あら……とうとう降ってきた」

最初はパラパラと、次第に激しく雨粒がアスファルトをたたきだす。

冴子はしばらくその雨音に耳を傾けていたが、

「そういえば槙村が死んだのも、雨の日だったわね」

ぽつりとそんなことをつぶやき、遠い目をした。

「何言いだすんだよ、急に。―――冴子、お前疲れてるんじゃないか?」

ふいに追憶にふけりだした彼女の感情の移り変りの激しさに、リョウは当惑していた。

「疲れて……? 私、疲れてるように見える?」

窓から目をそらすと、冴子はリョウに問い返した。

その声の調子も表情も、なんだか急に弱々しいものになっていた。

「…………」

「いつも通りに仕事をして、いつも通りに過ごしてるつもりだけど……。

そうね、私、少し疲れてるのかもしれない……」

自嘲ぎみに冴子はほほえんだ。



「―――何かあったのか?」

いつのまにか、リョウも真顔になっている。

冴子は静かに首を振る。

「―――別に。……ただ、なんとなく気だるいだけ。とくにこんな雨の日は……」

再び窓へと顔を向ける。

リョウも冴子の視線を追って窓の外を眺めた。



午後の街は雨のためどうにも薄暗く、あいかわらず人通りも少ない。

何が彼女を憂欝にさせているのかはっきりとはわからなかったが、

彼女が雨を見て槙村を思い出しているのは確実だった。

それにしても今日という日に、

たまたま会った冴子の口から槙村の名を聞くとは、まったく奇妙な偶然だった。

それとも彼女はリョウにまとわりついているであろう槙村の存在を

どこかで感じているのだろうか。

(しかし、まさか槙村が香の守護霊になって、

香から俺を引き離すために俺に嫌がらせをしてるとは思わないだろーな。

しかもそれが麻薬の売人の車を事故らしたり、コンビニ強盗の邪魔をして、

結果的に警察と冴子を助けたことになったなんて……ん? まてよ)



ふとある思いが脳裏を横切った。

(結果的に? いや、むしろあれは……)

しかし彼の物思いは冴子のささやきに中断された。

「……ねぇ? もし槙村が、あの日死なずに生きていたとしたら

……今ごろ私たちどうなっていたと思う?」

それは無邪気とも言える問いかけだった。

「―――どうって……」

リョウは面食らった。超リアリストの冴子とは思えない発言だったからだ

「私と槙村は一緒になってたかしら? あなたと香さんはどうなってた?」

冴子はいたって真面目な表情をしている。



「―――どうもならないさ」



そっけなくリョウは答えた。

「もしもの話なんて意味がない。……あいつは今いない。事実はそれだけさ」

つきはなすような言葉だった。

もっとも、側にいるであろう槙村にも聞こえるように強く言ったのも確かだ。

冴子はまっすぐにリョウを見つめ、そしてゆっくりと視線をそらした。

「あなたって残酷ね、リョウ。……でも、きっと誰よりやさしいのね」

目を細め、淋しげに微笑む。

「―――あの日、雨の中、槙村の死を告げにきてくれたのもあなただったわね。

そう、あなたはやさしい……」

それから彼女はころりと表情を変えた。いたずらっぽくウィンクして、



「……本気でない女には、ね」



と、意地悪くつけ加えた。

リョウはちょっとぎくりとして、

それから何のことだかわからないとでも言うようにそっぽを向いた。

「さぁーて、私そろそろ行かなくっちゃ」

ひどくすっきりした様子で冴子は立ち上がった。

「変なことばかり言って、ごめんなさいね。

―――きっと最近夢見が悪いせいよ。どうかしてたわ」

「―――夢?」

ふと、リョウが聞きとがめる。

「そ。へんな夢。深い霧の中で立往生してるのよ、この私が。

どうすればいいのか、どこへ行けばいいのかもわからずに、

ただ霧の中から何かが現われるのを待っている……そんな夢よ」

らしくないことを言ったので、冴子は照れくさそうに肩をすくめた。

「私もヤキがまわってきたのかしらね。じゃあ……」

「―――冴子」

出口に向いかけた冴子の背中を、リョウは思わず呼び止めた。

「―――さっき、もしもの話なんてするなって言ったが……」

かすかに迷いながらもリョウは言った。



「……もしお前が、今みたいな話をして、

槙村に自分のもろい部分をみせていたら……槙村はお前に結婚を申し込んでたと思うぜ」

冴子はぴたりと足を止めた。

その肩がかすかに震えたように見えたが、やがて彼女はゆっくりと振り返った。

しかしそこにはもう、さきほど見せた気弱そうな表情はみじんもない。

いつもの艶っぽくて、あでやかな笑顔が浮かんでいた。



「バカね……。あなたに人のことが言えて?」

鮮やかに応酬すると、

冴子は踵を返していつものようにさっそうとリョウの前を立ち去っていった。

残されたリョウはひどく憂欝な気分だった。

外の雨はますます強くなり、店内の空気も湿気を含んで重くなってきた。



「―――ナンパはやめて、帰るか……」

リョウは重々しい足取りで店を出た。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(3)へつづく。





「……本気でない女には、ね」
冴子さん、さすがです。

プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


9万hit記念に
とりあえず作ってみた
CH専用Twitter
 


拍手1000パチ記念につけちゃいました。



かなり便利なサーチツール

登録サイト最新情報はこちらをチェック!


試運転中…

カテゴリ
最新記事
月別アーカイブ
検索フォーム
QRコード
QR
現在の閲覧者数: