10万ヒット企画その1

かなり出遅れてしまいましたが、
10万ヒット企画その1でございます。

(その2につきましては末尾で)


今年サイトを立ち上げられたホークアイシオン様より、
記念のイラストを頂戴致しました。
ギフトとして2点ご紹介したいと思います。




シオンさん RK01

ホークアイシオンさん RK-01
(2013.12.06.拝受)






ちょっとイチャラブ露出系は折り込みで〜。



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ひまわり76さま「RYO・KAORI」

8万ヒット記念企画です。

ワタクシが、生まれて初めて頂戴しましたCHのイラストを、
この度ご許可を頂きまして、
公開させて頂くことになりました。
2点お届け致します。

著作権は、作者の方にございますので、
お持ち帰り、無断使用等は厳禁ということで、
よろしくお願いします。


ひまわり76さんの撩イラストimage のコピー.jpeg

ひまわり76さま/RYO-01



ひまわり76さんの香ちゃんイラストimage のコピー.jpeg

ひまわり76さま/KAORI-01


当サイト初の画像アップでございます。
こ、これでいいのかな?

メールでこちらを頂いたときの感激を
お裾分けできればと思います。

ひまわり76さん、本当にありがとうございました!!!

ホント、描ける方が羨ましいぃ〜。


胡麻さま「還ってきた男」(3)

70000hit企画

お預かり作品「言ノ葉隠れ」胡麻様より


『還ってきた男』(3)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



リョウはアパートに戻った。

香はまだ帰っていないようだった。

「―――やれやれ」

リョウはどさりとソファに身を沈めた。

なんだかむしゃくしゃした気分だった。

いや、原因はもうわかっていた。



「―――そこにいるんだろ、槙村」



宙に言葉を投げかける。



『ああ』



返事がした。と思うと、さきほどのように辺りが薄暗くなった。

リョウの目の前に、槙村が立っていた。

「いったい、いつまで俺につきまとう気だ?」

リョウが不機嫌そうに尋ねる。

『―――もちろん、お前が香の前から消えるまでさ』

あいかわらず不敵に槙村はニヤリと笑う。

「ここは俺のアパートだ。何で俺が出てかなきゃならないんだ」

ムッとしてリョウは言い返した。  

『どうしてもか?』

「ああ、どーしてもだ!」

ケンカ腰でリョウは立ち上がり、

彼の目の前にぼんやり光ながら浮いている槙村としばしにらみ合った。

ピシッ、ピシッと空気が弾けるような音が辺りで起こる。

ラップ現象というやつだ。

そのうちソファやテーブルなどがガタガタと揺れ出した。



「な―――」



思わずリョウがひるむ。

その時、槙村がカッと目を見開いた。

ゴウッという音とともに、突風が起こり、

部屋中のものがその風に巻き込まれたように浮き上がる。

次の瞬間、それらがすべてリョウをめがけて襲いかかった。

「うわぁっ!」

とっさにソファやテーブルなどはよけたが、

置時計や電話などはよけきれず頭に当たった。

しかし次々家具が襲ってくるので痛がってるヒマはリョウにはなかった。

「ちょ、ちょっと待てよ!」

必死でリョウは叫んだ。

「卑怯だぞ、槙村! ちゃんと素手で闘えー!」

『あいにく素手どころか、体がないんだ』

槙村は完全にリョウをおちょくっていた。

空中に浮かんでニヤニヤ笑いながらも、攻撃の手をゆるめない。



リョウは横になったテーブルを盾に、

折れた椅子の脚を手に必死で飛んでくる物に応戦した。

しかしどうにも苦戦の色はかくせない。

「ちくしょー! 槙村、いい加減にしろっ!」

飛んできたサボテンの鉢を叩き落とし、とうとう堪忍袋の尾が切れて、リョウは怒鳴った。

「だいたいお前に俺のことが言えるのか?

―――俺よりお前の方がよっぽど女を不幸にしてるじゃねぇか!」

リョウの怒声に槙村は一瞬ぽかんとした。



『―――何の話だ、いったい……』



「わからないって言うのか?」

リョウはますます腹をたてる。

「だったら教えてやるよ、冴子のことだ! 

―――生きてる間だって香、香っていってろくに相手してやらなかったくせに、

死んで五年も一人ぼっちにして、

その上、この世に戻ってきてもあいかわらず妹の方を最優先にしやがって。

シスコンもいい加減にしやがれ。あいつは今だってお前のこと待ってるんだぞ!」

宙に静止していた家具類がふいに支える力を失い床に落ちた。

リョウは槙村をにらんだまま、疲労と怒りでゼイゼイと肩を揺らしている。



『―――――』



槙村は黙り込んでしまった。

「―――お前がこれから守らなきゃならないのは、

償わなければならないのは……香じゃないだろ、槙村」

精も根も尽き果てて、リョウは床に座りこんだ。

槙村は苦しげな表情を浮かべている。



『リョウ、俺は……』



彼は何かを言いかけたが、口ごもってしまった。

「ん―――?」

リョウは槙村をいぶかしげに見つめた。

しかしリョウの不審に答えるよりも早く、槙村の姿がふいにぼんやりとかすみはじめた。

「お、おい……」

最後の瞬間、申し訳なさそうな目線を投げ掛けながら、

槙村は消えてしまった。突然とり残されて、リョウは茫然とする。



その数秒後、玄関のドアが開いて香が現われた。

「ただいまー。……あらリョウ、帰ってたの?」

雨の中走ってきたのか、濡れた前髪のしずくを払いながら彼女はリビングに入ってきた。

「雨がひどいから今日はビラ配りはかんべんしてあげるわ、リョウ―――」

言いかけて香はゴクリと息を飲んだ。



「な、なによ、これ―――!」



部屋の有様を見て、一声上げると彼女は絶句してしまった。

窓ガラスにはひびが入り、ソファやテーブル、テレビはひっくり返り、

戸棚や本棚の中身は床にぶちまけられ、

鉢植えは粉々に砕け、カーペットはめくれ上がり

……これでは香でなくとも絶句せざるをえないだろう。



「いやぁ、香、これには訳が……」

とにかく香の気を落ち着かさせようと、リョウが猫撫で声で言い訳を試みる。

香はもちろん聞いていない。

「あ、あんたって男は……。

ひょっとしてこれは朝のケンカやさっきの言い争いに対する、あたしへの嫌がらせ……?」

眉をぴくぴくと逆立て、目を三角にして、低い声で香はリョウに問いかけた。

「ち、ちがう、ちがう」

リョウは真っ青になって頭をぷるぷると振った。

「俺じゃない。これをやったのは……槙村なんだ」

「兄貴がぁー? 何言ってんのよ、あんた」

香はますます腹を立てていく。

「ホ、ホントなんだってば。

槙村は霊界で修業を積んで守護霊になったんだ。

そしてお前に近づく奴を抹殺するためにこの世に戻ってきたんだよ。

お前だって、今朝夢に見たって言ってたじゃないか」

助かりたい一心でリョウは早口で言い立てた。

「何をバカな……。ウソはもっと上手に言ったら?」

香はまったく相手にしていない。

「ホントのホントなんだよー! おい、槙村! 頼むから出てきて証明してくれー!」

側にいるであろう槙村に向って呼び掛ける。

しかし槙村はウンともスンとも返事をしなかった。

「そんなことでごまかそうったって、ムダよ」

香はフンと鼻で笑う。

「さあ、お仕置きしましょうねぇ。ハンマーとすまきとどっちがいいかなー?」

「ぎぇー、そ、それだけは。あ、そうだ!」

リョウはポンと手を打った。

「ホントに槙村はここにいるんだ。今それを証明してやるよ、香」

「へぇー、どうやって?」

はなから信じていない香はバカにしきった調子で相づちを打った。

「見てろよ……」

リョウがふいに香の腕をつかみ引き寄せた。

「え……?」

ふいをつかれて、香はすっぽりとリョウの腕の中におさまってしまった。

(極度のシスコンの槙村のことだ。こうでもすりゃ、逆上して出てくるにきまってる)

我ながらうまい考えと、リョウはほくそ笑む。



「…………」



が、しかし。

十秒待っても、20秒待っても槙村は現われなかった。

「りょ、リョウ……」

香が腕の中でもぞもぞと動く。

突然抱き締められ、彼女は耳まで真っ赤になってしまっている。

「あ、あれ? おかしいな……」

あきらかに気まずい雰囲気に、リョウはすっかり動揺してしまった。

(ちょ、ちょっと刺激が弱すぎたか。よーし、こうなったら……)

「……香!」

耳元で名を呼ばれ、香はびっくりして顔を上げる。リョウはその顎に指をかけた。

(え……ええ―――!)

あきらかにキスの体勢だったので、香は驚きながらも反射的に目をつむった。

リョウは香に顔を近づけ、そのままの姿勢で数秒待った。

しかし、一向に槙村は現われる気配をみせなかった。

(お、おかしいな。ここまでやってるのに、なんであいつは出てこないんだ?)

リョウはますます動揺した。



「リョウ……?」



やがて待ちくたびれて香が目を開けた。

両耳を赤く染めて、何が何やらまったくわからない様子だったが、

彼女はうっとりとした信頼と愛情に満ちた目でリョウを見つめる。

ここへきて、リョウはやっと今の状況を理解した。

槙村がその姿を見せない以上、

香にすればリョウが急に自分に迫ってきたとしか思えないだろう。

引くに引けない体勢に、リョウは自ら墓穴を掘ったことを知った。



(槙村の奴、まさか本当はこうなることがねらいで…)



今にして思えば、リョウと香を引き離すことを目的としていたわりに、

槙村のやったことには奇妙な点が多かったような気がする。

槙村を動かしていたのは、決して一つだけの目的ではなく……。

しかしリョウにはそんなことを悠長に考えているヒマはなかった。

香が、彼の腕の中から一心に彼を見つめている。

こんな目をされたら、今のは間違いでしたとはもう言えない。

しかも、こんなふうに見つめられていると、

まずいことに、だんだん香が愛しく思えてきた。



(こうなったら、もう……)



とうとうリョウは観念した。

どうやら、兄妹二人ががりの甘い罠に完全にひっかかってしまったようだ……。






霧の中に、彼女は立っていた。

手を伸ばせば肘から先すら見えなくなりそうな濃い霧だけが辺りを支配している。

(また、あの夢だわ)

彼女はうんざりとした。

もういったい何度こんな霧の中にいる夢を見たことだろう。

仕事がつまったときや、雨の日はきまってこの夢を見る。

行くことも退くこともかなわぬ霧の中で、彼女は途方にくれて立ちつくす。

ひどく気だるくて、胸苦しい思いが胸の中にもたちこめてきて、

彼女はますます途方にくれた。



(―――いったい、どうしたの? どうなってしまうの、私……)



彼女は漠然と自問したが、こんなふうに迷ったり、

途方にくれることに彼女は慣れていなかったのだ。

彼女は目をこらし、霧を見つめた。

誰かに来てほしかった。

その人さえ来てくれれば、こんな霧など消えてしまうはずだと彼女は思っていた。

彼女は待った。

待つことがこんな不安なことだと知らなかった。

ふと、何かの気配を感じて、彼女は背後を振り返った。

誰かが、霧を押し分けるようにして、ゆっくりと彼女に近づいてくる。



「あ……」



彼女は小さな声をあげた。

その人物が誰なのか、彼女にはすぐわかった。



『待たせたな―――冴子』



それは槙村だった。

彼はにっこりと彼女に笑いかけた。

彼女――冴子は言葉を失ったように彼を見つめた。

やがてその顔が、泣きだす寸前の子供のそれのようにゆがむ。



「待ってたのよ、……私、ずっと待ってた……」



かすれた声で彼女は言い、心の声がそれを繰り返した。

(そうよ……。私がずっと待ってたのは、この人だったんだわ)

『―――すまん』

槙村は本当にすまなさそうだった。

『すぐ来るつもりだったんだが、ちょっと寄り道をしてたら、すっかり遅くなってしまった』

そう言って、ボリボリと頭をかく。

「寄り道って、どーせ香さんのところなんでしょ?」

女の勘で冴子はピタリと当てた。

「あなたはいつだって、私のことなんて後回しなのよ」

すねたようにそっぽを向く。しかし一方では、

(―――あらあら、私にこんなかわいいところがあったなんて)

と、内心自分の態度にびっくりしていた。

『悪かった、本当に』

槙村は手を合わせながら謝った。

それを見て冴子は機嫌を直した。

「もういいわ。―――でも、これからは私のことも考えてくれなきゃいやよ」

『わかってるよ』

「もうどこへも行かない?」

『ああ』

「これからは、ずっと一緒ね?」

『ああ』

槙村はほほえんで、冴子をそっと抱き寄せた。

『―――これからは、ずっと一緒だ……』

冴子はにっこりと笑った。
 
不安も憂欝ももう彼女の中から消えていた。

あんなに深かった霧が、二人のまわりからいつのまにか消えていったように―――。






カラン、カラン……

「いらっしゃいま……あら、冴子さんじゃない」

カウンターの中から美樹が、ドアベルを鳴らしながら入ってきた冴子に笑いかけた。

翌朝、ここはもちろん美樹の店『CATS・AYE』である。

「珍しいわね、こんな時間に」

「ええ、ちょっとコーヒーが飲みたくなったの」

冴子はにこやかに言って、カウンターの席に着いた。

「どうしたの? なんだか機嫌よさそうね」

戸棚からカップを取り出しながら、美樹は冴子の表情をしげしげと観察した。

「そうかしら」

冴子は照れたように微笑む。

美樹の言った通り、冴子はゆったりとして、ひどく満ち足りた表情をしていた。

今日の彼女からは、いつものりりしいけれど、

人を寄せつけようとしないあの磨ぎすまされた印象が消えている。

代わりに満たされた優しい雰囲気が漂い、

それがもともと人並みはずれた美貌にやわらかな輪郭を与えているようだった。



「何かいいことでもあったの?」

美樹が意味ありげに尋ねる。

「そうね、あったような、ないような……」

あいまいに冴子が答える。

「あら、秘密なの?」

「ううん、そうじゃなくて……なんだかすごくいい夢を見たらしいんだけど、

目が覚めたらどんな夢だったのか憶えてなかったの」

冴子は肩をすくめ、けれどやっぱり幸せそうに微笑んだ。

「ふーん。まぁ、そんなこともあるかもしれないわね。

……それにしても、冴子さんをこんなふうに幸せそうに、

チャーミングにしてしまう夢ってどんな夢なのかしらね」

美樹は不思議そうにため息をつき、そして何やら目で笑いながら、

「みんな、どうしちゃったのかしらねー。春でもないのに」

「みんなって?」

冴子がきょとんとする。

「あれよ、あれ」

美樹がちょいちょいと後ろを指差した。

冴子が振り返ると、隅のテーブル席にリョウと香が向い合って座っていた。

「ほら、リョウ。アーンして」

「バ、バカ。いいよ、自分で食うから」

「遠慮しなくていいのにィ」

モーニングセットのサンドイッチを前に、

リョウの世話をやく香と、テレて真っ赤になっているリョウの姿がそこにあった。

リョウは困りきっているが、香は冴子以上に幸せそうで、満面に笑みを浮かべている。



「ど、どうしたの、あれ」

見慣れない光景に、冴子は目をパチクリさせた。

「さあ? なんだか急に仲良くなっちゃったみたいよ、あの二人」

美樹がクスクスと笑う。

「はー、とうとうリョウも年貢の納め時ってわけね」

あてられたように冴子はしみじみと言った。

「これでうちも物を壊されなくなるから助かるわ」

美樹は心からホッとしてるようだった。

「美樹さーん! コーヒーまだぁ?」

香が元気に手を上げた。

「はいはい、今持っていくわ」

美樹は並べたカップにあわててコーヒーを注ぐと、

そのうち二つをリョウたちのところに運んだ。

そして二人の邪魔をしないようにとっととカウンターに戻ってきた。

「あら」

戻ってきた美樹が小さく声を上げた。

「―――どうしたの?」

冴子がカウンターの中をのぞきこむ。

「いえ、あの……」

美樹は当惑したように顔を上げた。

「今、冴羽さんと香さんと冴子さんの、三人分のコーヒーを入れたつもりだったんだけど

……いつのまにかカップが四つになってたの。

変ね、うっかりして一つ多めに出しちゃったのかしら」

手元に残った二人分のカップに美樹は首をひねった。

冴子はしばらく茫然としていたが、

ふと無意識のうちに自分の隣の誰も座っていない席に目をやった。

やがて彼女はくすっと不思議な微笑を浮かべた。



「たまにはそういうこともあるわよ。

……ねえ、よかったらそのコーヒー、二つとも私にくれない?」

「え? 冴子さん、二杯も飲むの?」

美樹がびっくりして聞き返す。

後ろの席のリョウもこのやりとりに気が付いて首をのばしてこちらを見ている。

「飲まないけど……その、隣に置いておきたいのよ」

自分でも奇妙だと思うこの申し出に、冴子は笑ってごまかした。

美樹はますます首をひねったが、

「まぁ、冴子さんがそう言うなら……」

一つを冴子の前に、そしてもう一つのコーヒーをその隣の無人の席に置く。



「ありがとう」

冴子が礼を言った。

「こら、リョウ、どこ見てんの」

「いてっ」

じっと冴子の奇妙な言動を不思議な眼差しで見ていたリョウの顔を、

香が無理矢理つかんで自分の方に戻す。

ちらりとその様子を見て、それから冴子は再び隣の席に視線を落とす。

飲み手のいないコーヒーカップから湯気のたちのぼるのを眺めながら、

まるでそこに恋人でも座っているかのように、

彼女は至福の思いに目を細めるのだった―――。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
END


1993年7月執筆作品
胡麻様より拝受





省略されたあの時間、
これまた妄想ネタにつながりそうです。

胡麻さま「還ってきた男」(2)

70000hit企画

お預かり作品「言ノ葉隠れ」胡麻様より


『還ってきた男』(2)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

結局、美樹に店を追い出され、

リョウは行くあてもなく街をぶらぶらと歩くはめになった。

「なんで俺がこんな目に……」

ぶつぶつ言いながら、ふと顔を上げると、香がこちらに向って歩いてくるのが見えた。

「あ、リョウ―――!」

香はリョウに気づいてかけよってきた。

リョウは槙村の捨てゼリフを思い出して後退りかけたが、

まさか香がいる前では何もできないだろうと思い直し、その場に踏みとどまった。

「やっぱり、こんな所で油を売ってたのね」

まだ朝食の時のことを怒っているらしく、香はあまり機嫌がよくない。

「一日中ナンパする元気を、十分の一でいいから仕事に回してよね」

「あー、うるさいな、お前は」

リョウはうんざりして、両耳を手でふさいだ。

「もぉー。あ……、そうだ」

怒ってもしょうがないと思ったのか、香は話題を変えた。

「さっき、歌舞伎町で事故があったんだって? 消防車やパトカーで道がいっぱいだったのよ」

「あー、あれね。ジャンキー野郎が勝手に事故ったのさ。

死人もいないし、たいしたことないさ」

さらりとリョウが言うと、香は目を丸くした。

「なんで、あんたがそんなこと知ってるの?」

「え? いや、それは……」

リョウは口ごもる。

「まさか……あんた、また何かやったんじゃないでしょうね?」

疑いの目で香はリョウをのぞきこむ。

「俺は何もしてねーよ。あれはお前の兄貴が……」

「兄貴?」

聞きとがめられて、リョウはハッと口をつぐんだ。

「兄貴がどうかしたの?」

「い、いや、なんでもない」




まさか槙村が幽霊になって現われて、

霊力やらの妙な力で車を操ってリョウを轢き殺そうとした、とは言えない。

言ったところで信じてもらえないだろうし、

それどころか兄貴を侮辱したとか言って香にぶっとばされかねない。

とにかくリョウは話を変えようと、別の話題を必死で考えた。

その時、天の助けか(?)、

彼らがいる歩道の通りを挟んだ向う側から銃声と悲鳴が同時に聞こえてきた。

「え、―――何?」

リョウも香もとっさに銃声が聞こえてきた方に視線を走らせた。

そこには通りに面した小さなコンビニエンス・ストアがあったが、

その中からスキー帽で覆面をして両手にそれぞれ銃と袋をもった男が

転がるように飛び出してきた。

「ご、強盗よ、リョウ!」

香がリョウの腕を引っぱった。

「ああ、そうみたいだな」

リョウは平然としている。強盗は店内に向って、威嚇のためかもう一回発砲し、

それから店の前に止まっている車に乗り込もうとした。

運転席にはこれも覆面した仲間らしい男が乗っている。



「リョウ! 逃げちゃうわよ!」

すっかり興奮して香が叫ぶ。

「心配いらないよ」

リョウは対岸の火事でも見るようにのんびりと見物している。

「だって、このままじゃ……」

香が言い終わらないうちに、

サイレンが四方八方から聞こえてきて、ものすごい勢いでパトカーが到着し、

犯人たちの車を取り囲んでしまった。



「な? 最近のコンビニの防犯システムは警察に直結してるからな。

こういう小物を捕らえることに関しちゃ、日本の警察って優秀だよな」

リョウは感慨深げにうなずいた。

そうしている間にも、犯人たちは逃げ場を失い、車を飛び出し、

銃を手にじりじりと店の方に後退していく。

しかしパトカーから出てきた警官の数からしても捕まるのは時間の問題と思われた。

先の見えたドラマを見るようにつまらなそうにしていたリョウだが、

警官たちが犯人の銃を気にしてか、

なかなかその範囲網を縮めようとしないのを見て、眉をしかめた。

「まずいな。早くしないと、あいつら店に戻って、人質をとってたて篭っちまうぞ」

その手が無意識のうちにコートの内側の銃に触れかけた時―――



『―――香に近づくなと言ったはずだぞ、リョウ』



耳元であの声がした。

しかもいっそう低く、怒りを押し殺したような声だった。

「―――!」

リョウがぎくりとするよりも早く、

まるで巨大な見えない手がチェスの駒をつまんでひねりでもしたかのように、

通りの向うで彼らに背を向けていた強盗の一人が、

銃をかまえたそのままの姿勢でくるりとこちらを向いた。

そして、その手の中の銃が、まっすぐリョウの方へ向かって火を吹いた。

「―――げっ!」

「リョウ―――!」

銃声に香の悲鳴が重なる。

リョウは反射的に体を後ろに倒すことで、紙一重で弾丸をよけた。

弾丸は彼の背後にあったブティックのショーウインドーのガラスをぶち抜き、

小さな穴とその回りにヒビで放射状の見事な大輪の花を描いた。



「ふ―――」


ゆっくりとリョウは地面から起き上がる。

「りょ、リョウ、大丈夫なの?」

香がリョウにかけよる。

「ばーか。俺が流れ弾なんかに当たるかよ」

強がって答えたものの、さすがに背中に冷汗が流れるのを禁じえない。

「流れ弾って……なんだかいきなりリョウを狙って撃ってきた気がするけど……」



香が不審に思うのも当然な、不自然な発砲だった。

警官を撃つならともかく、通りの向うのやじ馬を撃つなど。

その上、誰よりも撃った犯人自身がきょとんとした顔をして虚脱している。

自分が今何をしたのかわかっていない様子だ。

その隙に、警官たちが束になって飛びかかり、

犯人たちはあっという間に捕まってしまった。

「あ、捕まっちゃった」

香は狐につままれたような顔をしている。

ただ一人、犯人たちの間抜けな行動の理由を知っているリョウはげっそりした。

(今のは……やっぱり、槙村の仕業だろうな……。

つまり香が側にいても容赦しない、てことか)

槙村がリョウと香が一緒にいるのを見て、

さきほどのリョウへの宣戦布告を実行に移したことは明らかだった。



「……どうやら、本気らしいな」



香が護送される犯人たちにすっかり気をとられているので、

リョウはこっそりとつぶやいた。

『―――そういうことだ』

不敵でふてぶてしい返事かどこからか返ってきて、リョウをさらにうんざりさせた。

「リョウ? ねぇ、リョウってば!」

香がリョウのコートの裾をぐいぐいひっぱった。

「あれ、冴子さんじゃない?」

警官とやじ馬でごったがえすコンビニ前に、

少し遅れてやってきたパトカーからすらりとした女性が降りたつのを見て香が言った。

パトカーから出てきたのは確かに警視庁の野上冴子だった。

白いブラウスに足にぴったりとした紺のロングタイトというシンプルないでたちではあっても、

スタイルのいい彼女はどこにいても際立って視界に飛び込んでくる。

現場の警官たちと少し立ち話すると、

冴子はくるりとこちらを向き、通り越しにリョウと香の姿を認めた。

「あ、こっちに来る」

ひょいひょいと車をよけながら、冴子は道を渡ってくると、

「はーい、お二人さん」

いつもの調子でにっこりと笑った。

「どうしたの? たかがコンビニ強盗くらいで冴子さんが顔を出すなんて」

香が不思議そうに尋ねる。

「ああ、たまたま歌舞伎町付近にいたもんで、ついでにね。知ってる?

一時間ほど前、歌舞伎町の通りで事故があったって……」

「知ってるけど……」

「あの事故を起こした奴がね、わたしがずっと追ってた麻薬の売人だったの。

まぁ、本人も薬やってて、その幻覚症状であんな事故起こしたみたいだけど、

焼けた車から売り物用の覚醒剤も大量に出てきたし、

おかげで現行犯で逮捕できたわ。あとはあの男をしめ上げて、ルートとメンバーを吐かせるだけ」

冴子はにこにこして言ったが、ふとリョウを見て、

「あら、どうしたの、リョウ。さえない顔しちゃって」

「さっき強盗の流れ弾が飛んできて、危うく死にかけたのよ」

代わりに香が説明する。

「それは災難だったわねぇ。

……今そこで話を聞いてきたけど、

犯人がやじ馬に発砲して隙ができたおかげでとり押さえられたって言ってたわ。

よかったわよねぇ、店内に戻られて人質でもとられたら、

こんなに簡単に逮捕できなかったでしょうし」

「なーにがよかったんだか……」

のほほんとしている香と冴子に、

やり場のない怒りを感じてリョウはボヤいた。そしてキッと香に向き直る。

「おい、香! お前もう帰れ」

「えー? なによ、いきなり」

香がムッとする。

「わかった。あたしを追い返して、冴子さんと二人っきりになろうっていうつもりね。

そうはいかないわよ」

「バカ、違うよ。―――お前といると俺の生命が……あっ、いや、そうじゃなくて、

とにかく、俺から離れろ」

「なんですってー」

火に油をそそがれ、香は猛然と怒りだした。

「それって、あたしが邪魔ってこと? あたしが何したっていうのよ! 

だいだいあんた、一体何様のつもりー?」

茫然とする冴子の前で二人は言い争いを始めた。

「―――もういいわよ、リョウのバカ!」

結局最後には、いつも通り香が力いっぱいリョウを張り倒し、大股で歩き去ってしまった。



「ふ――」

顔にあざをこしらえながらも、ひとまずリョウはホッとした。

「なぁに? 香さんが側にいたらまずいことでもあるの?」

冴子があきれたように言った。

「ああ、ちょっとばかし生命の危険がね…」

リョウはうわの空で答え、それからふと思いついたように、

「そうだ。冴子、お前、時間あるか?」

「まあ、少しくらいなら……」

「そうか。じゃぁ、ちょっと話があるんだ」

リョウは冴子を近くの喫茶店に引っ張りこんだ。

「何よ、話って」

隅っこの席に着くと、冴子は目をぱちくりさせた。

「いや、その……」

リョウは言いにくそうに口を開く。

「お前さ、その……霊媒師に知り合い……いないか?」

「はぁ?」

「ほら、あれだよ。幽霊だろうが悪霊だろうが、経でもあげてパパーッと払ってくれるヤツ……」

「知ってるわよ、それぐらい。でも、なんであなたにその霊媒師が必要なの?」

「いや、だから、その……」

リョウは困りきって頭をかいた。

何か作り話をでっちあげようかとも思ったが、

香ならともかく冴子には通用しそうにないことはわかっていた。

「実は……」

しかし笑われることを覚悟で、

今朝からの出来事を説明しようと口を開きかけたその時、

突然、ザバーッと大量の水が頭上から彼を襲った。

「キャー! すいません、手が勝手に……」

ウェイトレスが持ってきた水をお盆ごとひっくり返し、それがリョウを直撃したのだ。



「…………」



大きくため息をつくと、リョウはむっつりとして水の流れ落ちる前髪をかき上げた。

「あらあら、今日はついてないわねぇ」

冴子は笑うのを必死でこらえている。

(ま、槙村のヤロー……)

ウェイトレスが持ってきたタオルで頭を拭きながら、

リョウは今のも槙村の仕業だと確信していた。

「えーと、何の話だったかしら?」

今の騒ぎで話の見えなくなった冴子が尋ねる。

「……いや、もう、いいんだ……」

あきらめたようにリョウは言った。

「もう、なんなのよー」

今度は冴子が怒りだした。

「人を呼び止めておいて、しかも香さんをあんなふうに追い返したくせに、何考えてるのよ。

あなた、少し勝手すぎるんじゃない?」

「―――え?」

「いくら何でも、さっきのあんまりだって言ってるのよ。

少しは香さんの身にもなってあげなさい。

彼女、あんなにあなたに尽くしてるのに、あなたの身勝手に振り回されて、かわいそうじゃない」

「お、おい……」

どうも話が妙な方向になってきた。

なんだか朝からずっとこんなことを言われているような気がする。

「関係ないだろ、そんなこと」

なんとか話ごまかそうと試みたが、

「そうよ、私には関係ないわよ。―――でもあなたたちを見てるといらいらするわ」

どうも火に油をそそいだようだ。冴子はますます不機嫌そうになった。

「いったい香さんのどこが気に入らないの?

どうしてもっとやさしく、大事にしてあげられないの?」

「おいおい、冴子。お前、いったいどうしたんだよ」

今度はリョウが聞き返す番だった。

冴子は決してこんなふうに他人のことに口を出すタイプではないのだ。

冴子はむっつりと口ごもり、

運ばれてきたコーヒーをスプーンでぐるぐるとかき回した。



「……ホントね。どうしたのかしら、私。

なんだか、あなたの顔を見てたら無性に腹が立ってきたのよ」

彼女は肩をすくめた。

「―――すぐ手の届くところに欲しいものがあるのに、どうして得ようとしないのかしらね。

近くにありすぎてわからないのかしら?それとも大事すぎて触れるのが恐いの?」

「―――何の話だよ、いったい」

リョウはとぼけてみせた。

冴子はあきれてため息をつき、ふと窓から外の通りに目をやった。

「あら……とうとう降ってきた」

最初はパラパラと、次第に激しく雨粒がアスファルトをたたきだす。

冴子はしばらくその雨音に耳を傾けていたが、

「そういえば槙村が死んだのも、雨の日だったわね」

ぽつりとそんなことをつぶやき、遠い目をした。

「何言いだすんだよ、急に。―――冴子、お前疲れてるんじゃないか?」

ふいに追憶にふけりだした彼女の感情の移り変りの激しさに、リョウは当惑していた。

「疲れて……? 私、疲れてるように見える?」

窓から目をそらすと、冴子はリョウに問い返した。

その声の調子も表情も、なんだか急に弱々しいものになっていた。

「…………」

「いつも通りに仕事をして、いつも通りに過ごしてるつもりだけど……。

そうね、私、少し疲れてるのかもしれない……」

自嘲ぎみに冴子はほほえんだ。



「―――何かあったのか?」

いつのまにか、リョウも真顔になっている。

冴子は静かに首を振る。

「―――別に。……ただ、なんとなく気だるいだけ。とくにこんな雨の日は……」

再び窓へと顔を向ける。

リョウも冴子の視線を追って窓の外を眺めた。



午後の街は雨のためどうにも薄暗く、あいかわらず人通りも少ない。

何が彼女を憂欝にさせているのかはっきりとはわからなかったが、

彼女が雨を見て槙村を思い出しているのは確実だった。

それにしても今日という日に、

たまたま会った冴子の口から槙村の名を聞くとは、まったく奇妙な偶然だった。

それとも彼女はリョウにまとわりついているであろう槙村の存在を

どこかで感じているのだろうか。

(しかし、まさか槙村が香の守護霊になって、

香から俺を引き離すために俺に嫌がらせをしてるとは思わないだろーな。

しかもそれが麻薬の売人の車を事故らしたり、コンビニ強盗の邪魔をして、

結果的に警察と冴子を助けたことになったなんて……ん? まてよ)



ふとある思いが脳裏を横切った。

(結果的に? いや、むしろあれは……)

しかし彼の物思いは冴子のささやきに中断された。

「……ねぇ? もし槙村が、あの日死なずに生きていたとしたら

……今ごろ私たちどうなっていたと思う?」

それは無邪気とも言える問いかけだった。

「―――どうって……」

リョウは面食らった。超リアリストの冴子とは思えない発言だったからだ

「私と槙村は一緒になってたかしら? あなたと香さんはどうなってた?」

冴子はいたって真面目な表情をしている。



「―――どうもならないさ」



そっけなくリョウは答えた。

「もしもの話なんて意味がない。……あいつは今いない。事実はそれだけさ」

つきはなすような言葉だった。

もっとも、側にいるであろう槙村にも聞こえるように強く言ったのも確かだ。

冴子はまっすぐにリョウを見つめ、そしてゆっくりと視線をそらした。

「あなたって残酷ね、リョウ。……でも、きっと誰よりやさしいのね」

目を細め、淋しげに微笑む。

「―――あの日、雨の中、槙村の死を告げにきてくれたのもあなただったわね。

そう、あなたはやさしい……」

それから彼女はころりと表情を変えた。いたずらっぽくウィンクして、



「……本気でない女には、ね」



と、意地悪くつけ加えた。

リョウはちょっとぎくりとして、

それから何のことだかわからないとでも言うようにそっぽを向いた。

「さぁーて、私そろそろ行かなくっちゃ」

ひどくすっきりした様子で冴子は立ち上がった。

「変なことばかり言って、ごめんなさいね。

―――きっと最近夢見が悪いせいよ。どうかしてたわ」

「―――夢?」

ふと、リョウが聞きとがめる。

「そ。へんな夢。深い霧の中で立往生してるのよ、この私が。

どうすればいいのか、どこへ行けばいいのかもわからずに、

ただ霧の中から何かが現われるのを待っている……そんな夢よ」

らしくないことを言ったので、冴子は照れくさそうに肩をすくめた。

「私もヤキがまわってきたのかしらね。じゃあ……」

「―――冴子」

出口に向いかけた冴子の背中を、リョウは思わず呼び止めた。

「―――さっき、もしもの話なんてするなって言ったが……」

かすかに迷いながらもリョウは言った。



「……もしお前が、今みたいな話をして、

槙村に自分のもろい部分をみせていたら……槙村はお前に結婚を申し込んでたと思うぜ」

冴子はぴたりと足を止めた。

その肩がかすかに震えたように見えたが、やがて彼女はゆっくりと振り返った。

しかしそこにはもう、さきほど見せた気弱そうな表情はみじんもない。

いつもの艶っぽくて、あでやかな笑顔が浮かんでいた。



「バカね……。あなたに人のことが言えて?」

鮮やかに応酬すると、

冴子は踵を返していつものようにさっそうとリョウの前を立ち去っていった。

残されたリョウはひどく憂欝な気分だった。

外の雨はますます強くなり、店内の空気も湿気を含んで重くなってきた。



「―――ナンパはやめて、帰るか……」

リョウは重々しい足取りで店を出た。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(3)へつづく。





「……本気でない女には、ね」
冴子さん、さすがです。

胡麻さま「還ってきた男」(1)

カウンター 70000 hit 企画

皆様のご訪問、心より感謝申し上げます。
7万Hitイベントとしまして、
よろずサイト「言ノ葉隠れ」を運営されていた胡麻様の
お作をご紹介させて頂きます。
胡麻様は、2002年2月28日から2013年3月31日までの
約11年間という長きにわたって
サイトを管理されていらっしゃいました。
しかしながら、
ネット環境の変更に伴い、今年の3月末にサイトを閉鎖されました。
多数のお作の中で、1993年7月執筆のCH二次小説を1点お持ちで、
閉鎖に伴い、取り扱いは自由にとのことで、
香ちゃんのお誕生日に原稿を頂戴致しました。
どのタイミングで公開すべきかと迷っておりましたが、
今回この形でのお披露目をお許し頂ければと思います。
恐らく、2013年6月現在、
胡麻さまのこの作品を読めるのはここだけ?ということで、
20年前に紡がれた貴重なお作をお楽しみ頂ければ幸いでございます。

全3回、本日より3日間連続で、18:18でお届け致します。
また、頂きました貴稿は
エクセル表示で全て行間がない状態でしたので、
勝手ながら、こちらで微調整をさせて頂きました。
できるだけお作の雰囲気を壊さないようにと心がけましたが、
こちらの未熟さ故、
拙策工事になりましたことをお詫び申し上げます。





『還ってきた男』(1)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



深い霧の中に彼女は立っていた。

うっそうと濃い霧と、それよりやや薄い霧が気流をつくり、

渦巻くように彼女を包み込んでいる。

目を凝らしてもそれ以外は何も見えない。

空気は湿気を含んで重く、しかも肌寒い。

こんな場所にただ一人立っているのだから、彼女はだんだんと不安になってきた。

その時、かすかだがどこからか声が聞こえてきた。

彼女はきょろきょろと辺りを見回す。



『―――…り……香……』



次第にはっきりしてきたその声が、自分の名を呼んでいることを彼女は知った。

「誰―――? 誰かいるの?」

声のした方に向きなおり、香は叫んだ。

彼女の声に反応するように、霧の中にぼんやりと人影のようなものが浮かび上がった。



『―――香、俺だ……』



ゆらゆらと不安定に揺れながら、それはささやくように言った。

香の体に電流のようなショックが走る。

それは低い、まるで口元を布で覆ったようなくぐもった声だったが、

たしかに聞き覚えのある声だった。



「ま、まさか……」



愕然とする香の前で、その人影と香を遮っていた霧が少しずつ引いて、

その人物が全容を現していく。



「あ、兄貴……?」



おそるおそる香は尋ねた。あんなに深かった霧はウソのように消えた。

そして、彼女の目の前に立っていたのは……もう何年も前に死んだはずの香の兄、

槙村秀幸だった。



『久しぶりだな、香……』



槙村が言った。

くすんだ色のスーツに包まれた小柄だががっしりとした体、

不精そうなボサボサ頭、そして香にだけ見せてくれるやさしい笑顔……。



「―――兄貴っ!」



ふいに香が槙村の胸に飛び込んだ。

あまりの勢いに少々よろけながらも、槙村は香を受けとめ、抱きしめた。

香は彼のシャツをわしづかみにして泣きだした。

シャツから漂うなつかしい兄の匂いに、涙が後から後からあふれてくる。



『長い間、つらい思いをさせた……。すまない、香』



槙村が香の震える肩をさらに抱き寄せながら、

耳元で言った。



(これはきっと夢だ。あたしはまた夢を見てるんだ…)



泣きながら、香はそう思った。

死んだはずの兄が戻ってきてくれる夢を、彼女はこれまでだって何度も見ている。

だからこれもまた夢にすぎないことはわかっていた。

たとえどんなにリアルでも、朝になれば消えてしまうのだ。



(それでもいい。たとえわずかな間でも、兄貴の存在を感じていられるなら……)



やがて香は涙を払って顔を上げた。

そこには四年前と少しも変わらない兄の笑顔があった。



『きれいになったな、香』



槙村は妹を見つめ、まぶしそうに目を細めた。

『それは―――今、幸せだからか?』

彼は香に問いかけた。

「え? う、……うん、まぁね」

香が戸惑いを見せたので、槙村の表情が曇った。

『どうした? リョウは優しくないのか?』

「リョウ―――? あいつがあたしに優しくなんかするわけないじゃない」

(―――そういえば、昨日もケンカしたんだっけ)

昨日の夕食後のリョウとのいさかいを香は苦々しく思い出した。

「あのもっこりバカはあたしのことなんて女と思ってないもの。

あいつ、女以外は毛虫のように嫌いなのよ」

『―――本当か?』

「そーよ。……だいたい、

なんだって兄貴はあんな奴にあたしのことを頼むなんて言っちゃったの?

おかげで、あーんなちゃらんぽらんな奴と一緒に暮らすはめになっちゃったじゃない。

面倒をみてるのは、むしろあたしの方よ!」

『リョウの奴、そんなにお前にひどいことを?』

「ひどいなんてもんじゃないわ!」

香は兄相手に息をまいた。

「女の後ばっかり追っかけて、ちっとも仕事しないんだから。

そのくせあたしには掃除、洗濯、食事の支度と、身の回りのことなんでもさせて。

稼ぎもないくせに毎晩のように飲み歩いて借金だらけだし、依頼人には手を出すし、

男の仕事は引き受けないし、のぞきはするわ、下着ドロはするわ……」



香にものすごい勢いでまくしたてられ、

槙村はあっけにとられたように黙り込んでしまった。

兄の様子に、香はハッと口をつぐんだ。

(あたしったら、せっかく兄貴の夢を見てるのに、何ぐちってるんだろ)

おそるおそる槙村の顔をのぞきこむ。

槙村はひどく難しい顔をしていた。



「兄貴―――?」



『……よくわかったよ、香』

やがて彼は静かに言った。

香の肩に手を置くと、

『リョウのことは、お兄ちゃんにまかしておけ』

「―――え?」

『俺はお前が幸せになるためだったら何でもしてやる。

―――そのために帰ってきたんだから……』

最後の言葉が終わらないうちに、槙村は香から少し離れた。

すると、その姿が急に薄れだした。

「あ、兄貴―――?」

驚く香に、槙村は別れを告げるようにそっと手を振った。

「兄貴!……やだ、行かないでっっ!」

追いすがろうとする香の前で、槙村は静かに姿を消した……。








「―――と、いう夢を今朝見たのよ」

「ほぉ……」

新聞を片手に、トーストを二枚いっぺんに口に含みながら、

リョウはいかにも気がなさそうに相づちを打った。

「ちょっとー、あたしの話、ちゃんと聞いてんの?」

朝食の並んだテーブルを、香が両手で叩いた。

「なんで俺が、お前の夢の話を真剣に聞かなきゃならんのだ?」

リョウはそう言うと、新聞をほうり投げ、

サラダ・ボールの中身をかたずけにかかった。

「だって、すっごくリアルな夢だったのよ。こう……兄貴のシャツをつかんだら、

兄貴の匂いなんかがして……。その上、あたしの話を聞いて真剣に怒っちゃって、

『リョウのことはまかしとけ』とか、

『俺はお前が幸せになるんだったら、なんでもする』とか言ってくれちゃって。

……あれはきっとただの夢なんかじゃないわよ。

あたしのことを心配した兄貴が、夢を通じて様子を見に来てくれたのよ。

そうよ、そうに違いない」

一人で頷いている香を横目に、

リョウは最後のコーヒーまできれいに朝食をたいらげると、

のっそりと立ち上がった。



「ん……? どこ行くのよ、リョウ」

「ちょっと食後の散歩にね」

「またぁ! そんなこと言って逃げる気でしょう? 

今日は駅前でビラ配りだって言ってあったはずよ」

「おまえ一人でやりな」

香の抗議など意にも介さず、リョウは玄関に向って歩きだした。

「こらぁ! 待ちなさい!」

香がハンマーを手に突進してくる。それをひょいと避けると、

リョウはスキップで玄関へたどりつき、ドアのノブに手をかけた。

「こら、リョウっ! いい加減にしないと……」

「いい加減にしないと、どーなんだよ?」

リョウは振り返り、怒鳴りかけた香を遮って、さもバカにした様子で言った。

リョウのふてぶてしい態度に、香は悔しさのあまり歯をギリギリと鳴らし、そして叫んだ。

「あ、兄貴が―――兄貴があたしの代わりにあんたを懲らしめに来てくれるんだから!」

「ほぉー」

リョウはまったく相手にしていない。

「『ゴースト』じゃあるまいし。まったく、いつになったらそのブラコンがなおるのかね」

笑いながら、外へ出て行ってしまった。

閉まったドアに、香は側に置いてあった花瓶を悔しまぎれに投げ付けた。

すさまじい音がして、花瓶が跡形もなく砕ける。

肩でハアハアと息をしながら、香はつぶやいた。

「ホ……ホントなんだから。兄貴は夢の中でだってウソなんかつかないわ。

だって兄貴は……兄貴はリョウなんかの百倍も千倍も、

あたしのこと想ってくれてたんだから……」



悔しそうに唇を噛みしめながらも、

香はかがんで花瓶の破片を拾いだした。

怒りとともに、

兄の百分の一も、千分の一も彼女のことを想ってくれない男のために、

せつない吐息を無理に飲み込みながら……。







「……ったく。朝っぱらからうるせえヤロウだ」

ポケットに手をつっこみ、背を丸めたいつものスタイルで、

リョウは歌舞伎町の通りをひょこひょこと歩いていた。

朝食を食べたばかりとはいえ、

そもそも起きた時間が遅いのだから、時間はそろそろ正午に近い。

昼前とはいえ、梅雨も近い東京の空はどんよりとして、空気もムシムシしている。

歌舞伎町の通りも閑散としていて、

人の数よりも地面にまき散らされたゴミの数の方がずっと多いくらいだった。

そんな街を、リョウはたいした感慨も持たずに、

ひょいひょいゴミをよけながら歩いていく。

「いくつになっても兄貴、兄貴って、しょうがねぇ奴だぜ。

んなこと言ってるからいつまでたっても色気がつかねぇんだ」

肩をすくめ、なおもボヤく。



『―――しょうがないのは、お前だ』



不意に、耳元で声ならぬ声がした。

「―――ああ?」

リョウはぎょっとして、辺りを振り仰いだ。

「なんだ今の『声』は……。気のせいか? いや、確かに一瞬人の気配が……」

その時、リョウの頭上で何かかきしむ音がした。

反射的にリョウはわずかに体を右に傾けた。

そのすぐ横を派手な色をしたものがすりぬけた。



カッシャ―――ン!



リョウに当たりそこねて、けたたましい音とともに地面に叩きつけられたのは、

そばのビルの三階あたりに取り付けてあったキャバレーの看板だった。

看板は粉々に砕け、その極彩色の破片が辺り一面に飛び散った。

「危ねぇ、危ねぇ。脅かすなよな」

リョウは看板のついていたビルの壁を見上げた。

殺気らしいものは感じなかったし、人影も見えない。

おそらく止め金でもはずれたのだろう。



「またゴミが増えちまったな」

看板のかけらをけっとばすと、

リョウは再び歩きだした。



「さーて、この時間から開いてる店というと、やっぱ美樹ちゃんのとこかな」

新宿の通りへと、足の向きを変えたその刹那―――。

爆発的なエンジン音とともに、

真っ赤な車がとんでもないスピードで彼のいる通りに入ってきた。

「―――!」

車は左右に乱暴にタイヤをきしませながら、

あきらかに正気ではない勢いでリョウの方へと突っ走ってくる。

ビルと車体の間に押し潰されそうになり、

リョウはとっさにジャンプすると、車の天井に片手をつき、

そのまま一回転して反対側に転がり降りた。

車はビルにつっこみ、止まったはいいが、

メチャクチャになったエンジン部分から火が吹き出した。

「―――ちっ」

リョウは運転席のドアに飛びついた。

中から運転手を引きずり出し、そいつを引きずったままビルとビルのすき間に飛び込む。

車が爆発したのは、その次の瞬間だった。

ガソリンをたっぷり入れていたらしい。

真っ黒な煙がたちのぼり、爆炎が止むまで数分を要した。

「あ、わわわわ……」

リョウの横で、男が意味不明のうめき声をあげた。

びっくりしてはいるようだが、目がとろんとして、手足に力が入っていない。

あきらかに、何らかの麻薬の症状だった。

「朝っぱらからラリってんじゃねぇよ! ちっとは人の迷惑考えろ!」

腹立ちまぎれに、そいつを一発ぶっとばすと、リョウは立ち上がった。

遠くからかすかにパトカーや消防車のサイレンが聞こえてきたからだ。

面倒なことになる前に、

彼はさっさとこの場からずらかることにした。







カラン、カラン…… 

喫茶『CATS AYE』のドアをくぐると、

「いらっしゃ……なーんだ、冴羽さんか」

と、美樹の迷惑そうな声がリョウを迎えた。

「なーんだ、はないだろ。美樹ちゃん、俺だって客なんだぜ」

リョウはドスンとカウンターのいつもの席に腰掛けた。

「冗談じゃないわよ。昨日ここで香さんと大ゲンカしたのは誰?

椅子を三脚、コーヒーカップを六客とミルク入れ、砂糖壷を計四つ壊したこと、

憶えてないの?

昨夜、ファルコンと二人で夜中の二時まで後片付けしてたのよ」

美樹はカンカンに怒っている。

香とここでケンカしたのは、今月に入って三度目だったので、

リョウも笑ってごまかすしかない。



「だからさー、迷惑かけてる分、こうやってせっせと通ってるじゃない」

「いっそもう来てくれない方が、ずっとありがたいわ」

「またそーゆうことを。第一、物を壊すのは、俺じゃなくて香の方だろ?

文句は香に言ってほしいね」

「その香さんを怒らせているのは、あなたでしょう?」

美樹がコーヒーカップを乱暴にリョウの前に置く。

「知らないよ。あいつが勝手に怒ってんだから」

「勝手なのはあなたの方よ。どうして香さんにもっと優しくしてあげられないの?

こんなふうにケンカを続けるよりずっと簡単なことじゃない。一言、香さんに……」

「ストーップ。それ以上聞くと、コーヒーがまずくなる」

リョウはひらひらと手を振って、美樹を黙らせた。

「もぉ―――」

美樹は腰に手をあてて、リョウをにらんだ。

「好きにしなさい。……あなたなんか、そのうち絶対にバチが当たるんだから」

言い捨てて、美樹はプイと中に引っ込んでしまった。

リョウは肩をすくめながら、コーヒーをすすった。



『―――兄貴があたしの代わりにあんたを懲らしめてくれるんだから!』



出際の香のセリフが、ふと脳裏を横切った。

(まったく、24にもなった女のセリフかね、あれが)

 鼻先で笑いかけて、ハタと彼はカップを宙に浮かしたまま考え込んだ。

(そういえば……さっき、看板やら車が突っ込んでくる前に耳元で聞こえたあの声

―――どっかで聞き覚えがあると思ったら、あれは槙村の声だ!)

彼は茫然とした。しかしあわてて首を振り、ハハハと無理に笑った。

(何考えてんだ、俺は。死んじまった奴の声なんて聞こえるわけないよな。

まったく、香の奴が妙なこと言うもんだから……)



「どうしたの、冴羽さん?」

中から戻ってきた美樹が一人で笑っているリョウを気味が悪そうに見つめている。

「い、いや、別に」

「ふーん。……ねぇ、ところでちょっと留守番を頼んでいいかしら? 

仕入忘れた物があるのよ。今日、ファルコンは『仕事』でいないし。

……冴羽さん、どーせヒマなんでしょ?」

「ああ? たくっ、この店じゃ客扱いされてないな」

「ごめんね、すぐ戻るから。あ、ここにあるコーヒー、好きなだけ飲んでいいわよ」

そう言ってエプロンをはずすと、美樹はリョウを置いて出ていってしまった。

一人店内に残され、リョウは淋しくコーヒーをすする。



すぐ戻ると言ったくせに、30分たっても美樹は帰ってこなかった。

そのうち退屈し、コーヒーにもうんざりして、リョウは窓ごしに通りを眺めた。

昼時にしては人通りが少ない。

降りだしそうで降らないどんよりとした空に、人々は外出を控えているのかもしれない。

たまに通る者も、なんとなく憂欝な表情をして歩いている。



「あーあ……。こんな店ほっぽって、ナンパでもくりだそうかなー。

新宿じゃ香に出くわしてビラ配りさせられちまうから、渋谷の方でも……」

退屈と憂欝を頭から追い出そうとするかのように、

リョウはポンと手を打って自分自身に提案した。

そして、さっそく実行に移そうと立ち上がりかけたのだが……。



『―――相変わらずだな、お前は』



例の声が、半ばあきれかえった調子で聞こえてきた。

リョウはぎょっとして辺りを見回した。

もちろん店内には誰もいない。

その時、店内がまるで日が陰ったようにふいに薄暗くなった。

照明がまばたくように点滅し、

店中のインテリアや食器などがカタカタとかすかな音をたてる。

リョウは辺りの様子に目を見張っていたが、

何か気配を感じて、ハッと自分の右隣の席を振り返った。



「―――!」



リョウはゴクリと息を飲み、思わず椅子ごと一メートルほど後ずさった。

彼の隣には、いつのまにか「人」が座っていた。

いや、「人」と言えるかどうか、何しろそれは、どんよりとした空気に包まれた、

およそ質感のない古いモノクロ映像のようにあいまいな輪郭をした、

まるで影のような人物だった。

ぼさぼさの髪をして、

くたびれた背広らしきものを着たその人物がゆっくりとリョウの方を向いた。



「……ま、槙村!」



リョウは愕然とした。

振り向いたその男は間違いなく、

五年も前に死んだはずのリョウのもと相棒、

そして香の兄である槙村だったのだ。



『―――久しぶりだな、リョウ』



低い、くぐもったような声が、

聞こえるというより脳裏に響くように不気味に伝わってきた。

「槙…村なのか? ほ、本当に……」

リョウにはまだ信じられなかった。槙村はゆっくりとうなづいた。

『ああ、そうだ』

「そうだって……。てことは、幽霊なのか、お前……」

我ながら間抜けな質問だとは思ったが、ほかに言葉が思いつかない。

『まぁ、そうだな』

生前ほどではないが、槙村は意外と表情豊かで、苦笑を浮かべている。

「い、いったい何で今ごろ、……五年も経ってから、しかも真っ昼間に……」

リョウは動揺を隠せなかった。

『いろいろ事情があってな。それよりリョウ、お前に聞きたいことがある』

「―――い?」

『俺はお前に五年前のあの日、香を頼むと言った。そうだな?』

槙村はまっすぐにリョウを見つめてきた。

「あ……ああ」

いくら元親友とはいえ、幽霊に見つめられていい気はしない。

リョウは全身にわき上がってくる悪寒と鳥肌を必死でこらえなければならなかった。

『五年間香が無事だったところを見ると、

お前がこれまでちゃんと香を守ってきてくれたことはわかる。

……だから、てっきり香は幸せに暮らしてるものだと思ってこの世に帰ってきてみれば、

香本人はけして今幸せではないと言った。これはどういうことなんだ?』

「どうって……」

『香が幸せじゃない原因はどうやらお前だ。

お前があいつを傷つけ、苦しめているからだ。

お前は俺がどんな思いで、あの時あいつのことをお前に頼んだかわかってるのか?』

 槙村の目付きがだんだん鋭くなっていく。

『少なくとも、こんな悲しい思いをさせるためじゃないぞ!』

 彼が叫んだ瞬間、戸棚に並べてあったグラスが触れもしないのに砕けて飛び散った。

「―――!」

リョウは度胆を抜かれ、割れたグラスと槙村を見比べた。

「お、おい、今のお前が……?」

おそるおそる聞いてみる。槙村は得意げに答える。

『ああ、そうだ。俺は死んで霊魂だけになった。

しかしどうしても妹のことが心配で、霊界で五年間修業して霊力を高め、

守護霊に昇格してこの世に戻ることが許されたんだ』

「守護霊――? もしかして、香の?」

『そうだ』

「じゃ、その、ひょっとして歌舞伎町でのあの事故は、

二件とも、ひょっとしてお前がこの変な力で……?」

『そーいうことだ』

槙村は悪びれもしていない。

「あのなー! ヘタすりゃ俺は死んでたかもしれないんだぞ!

いったい何の恨みがあってあんなひでーまねするんだ!」

不気味なのも忘れてリョウは怒鳴った。



『あれは警告だ』



あっさりと槙村は言う。

『もうお前に香はまかしておけない。お前が側にいると香が不幸になるからな。

それに、これからは俺が香を守るから、お前など不要だ。

……要するに、お払い箱ってわけだ。これからは香に近付くな』

一方的に槙村はリョウに言いわたした。

「て、てめー」

リョウの方は、血管の一本や二本切れそうな気分だ。

「黙って聞いてりゃ、突然出てきて勝手なことばっか言いやがって。

何で俺がそんなことお前に命令されなきゃならんのだ!

そもそも勝手に香を押しつけて死んじまったのはお前だろ?

感謝こそされても、文句言われる憶えはないね。

幽霊になったからって、でかい顔するんじゃねーよ!」

カウンターに拳を叩きつける。

と、同時に、天井のライトの一つがはずれ、リョウの頭に直撃した。

「―――いっ!」

リョウは両手で頭を抱えた。それを見て槙村はせせら笑う。

『カッカするな、リョウ。いくらお前が超一流のスィーパーでも、

俺の霊力の前ではしょせんただの人間にすぎん。

とっとと香の前から姿を消せ。でないと生命の保障はしない。……わかったな、リョウ』

高飛車に念を押すと、出てきた時と同様、唐突に槙村の姿は煙のようにかき消えた。

「―――?」

槙村が見えなくなると、

薄暗かった店内がウソのように明るくなった。

できれば今の出来事も夢だと思いたいところだったが、

砕けたグラスや壊れたライトの残骸はそのままなのでそうもいかない。

リョウが痛む頭をさすっていると、美樹が帰ってきた。



「遅くなってごめんねー、冴羽さん。あら……何よ、これ!」

カウンター周辺の散らかりようを見て、

美樹は持っていた荷物をばっさりと落としてしまった。

「まったくもー、何やったのよ、冴羽さん!

あなたって人は、物を壊さずに留守番もできないのー?」

すっかりおかんむりになって、

美樹はグラスの欠片を拾いながらくどくどと小言を言い出した。

訳を話したところで、どうせ信じてもらえそうにないので、

リョウは大人しくそれを拝聴するふりをしたが、

心中はもちろんそれどころではなかった。



(香に近づいたら生命の保障はないって?

あいつ、いっぺん死んだら性格が変わったんじゃないか? いや……)

思いなおして、リョウはぷるぷると首を振る。

(そうじゃない。奴は変わってなんかいないんだ。……もともとあーいう奴だったんだ。

とんでもないシスコンで、妹のためなら人の一人や二人殺しかねんくらい…)

背筋にゾーと悪寒が走った。



(―――俺、今度ばかりは無事にすまないかも……)



なおもくどくどと美樹にしぼられながら、

リョウはかつてない強敵の出現に大きなため息をもらした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(2)につづく。






槇兄ぃのお怒りは当然?

プロフィール

Author:きまりも
since 2012.03.31.

中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。

ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


9万hit記念に
とりあえず作ってみた
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