05-14 The Rooftop(side Ryo)

第5部 Professor’s House  

奥多摩から2日目


(14)The Rooftop (side Ryo) *****************************************************1471文字くらい



火をつけないままでくわえた煙草を口元で弄びながら、

俺は屋上の縁でコンクリートに体を預けていた。

日付が変わる1時間ほど前。

視界にはまだネオンが輝き、街のざわめく音も聞こえる。

パトカーや救急車も、遠くで音を発している。



「もう1日、…空けといたほうが、いいだろうなぁ。」



朝からずっと動きっぱなしの香は、

決して自分から疲れたとは言わない。

教授から出されたワインで、少なからず酔いも残っているだろう。

できたら、ゆっくり休ませてやりたい。



さっき、勢いで触れてしまった唇の感触で着火した、

どうしようもなく滾(たぎ)っている熱に、

夜風に当たりながら冷めるように念じてみる。



やっと触れる決心をした愛おしい存在に、

触れれば触れるほど、もっと、もっとと、

その想いは膨らむ一方で、

触れても触れても、飽きることなく、

一時でもその体温を離したくない欲望が溢れてくる。



— 乱暴で、粗末に扱われることに慣れて… —



さっきの香の言葉がリフレインされる。

「っとに、俺って酷いことばぁーっかりしてたよなぁ。」

香の呟きを耳にしたとたんに、

ハンマーを心臓で受けるような息苦しさを感じ、

思わず抱き寄せた。



唯香ちゃんに電車の中で言われた『卑怯者』という言葉がかぶる。

子どもでもおかしいじゃないかと分かるその関係に、

何年も何年もずっと耐えていた香を想うと、

きっと自分が考える以上に、あいつの持つ傷は深い。

さっき帰宅した時の香の言葉は、

それを垣間見せるやりとりだった。



まだあれから2日しかたっていない。

やっと3晩目だ。

今まで自分が作ってしまった痼(しこ)りを

これからゆっくりと解(ほぐ)して行くしかない。

もう、手放す気も、元に戻る気もない。

香がいない人生も意味はない。



槇村に、共に生きて行くと誓った、自分が自分であるための要。

この闇の世界へ引き込んでしまった原罪は拭い様がないが、

自分の命が尽きるその瞬間まで、守り通したい。

願わくば、1日でも、1秒でも、共に過ごせる時間を長くできるよう、

その努力を惜しむつもりはない。



「……いつから訓練すっかなぁ。」



美樹ちゃんが、教授のところで療養している間は、

慌ただしいだろうな。

かずえちゃんの予定次第、か。

あ、いかん。ミックに連絡すんの忘れてた。



確か、南ガルシア共和国は、あの小林みゆきちゃんの件以来、

国際社会から厳しい監視を受けているはず。

薬物関連のルートは、あの時ほぼ壊滅したと聞いたが、

また復活したのか?

そして今度は、武器密輸にも力を入れ始めたってことか。

叩けば叩く程に埃が出る国だ。

軍部崩壊か国のヘッドを失脚させるに十分なネタがあるはず。

それをどう、表に出すかがミソだな。



しっかし、現場は相当雑魚が集まりそうだな。

あぁ、めんどくせぇ。

一気に木っ端微塵にしたいところだが、そういう訳にもいくまい。

公共施設のダメージを最小限に押さえつつの、任務遂行か。



まぁ、自分から足を突っ込んだヤマではあるがな。

さっさと終わらせて、タコと美樹ちゃんを一緒にさせてやらんと、

香がきっと無理を重ねちまう。

自分から人前で弱音を吐くようなタイプじゃないからな。



まずは、明日の夜の準備だな。

えーと、武器庫で持ち出しする銃器の確認だろ、

で、ミックに電話、変装用の衣類のチェックに、

ああくそ!けっこうすることあるじゃねぇか。



頭をがりがり掻いていたら、

向かいのビルの某階に明かりがついた。



「お、帰ってきやがったな。」



結局タバコに火をつけないまま、

きゅっと曲げて、そのまま自室へ向かい、ゴミ箱に放った。

その手で、子機を取ると慣れた番号を押し、

コールが受信に変わるのを待った。


**********************************************
(15)へつづく。





サイトオープンから今日で4ヶ月となりました。
実は、立ち上げる当初、
表のブログ1つの他に、
自分が更新を担当しているサイトが2つあり、
4つも管理できんのかぁ?と
二の足を踏んでおりましたが、
やはり、シテハンに費やす時間が自分の癒しに繋がりますので、
慌ただしくも、思い切ってここを立ち上げて良かったと
素直に感じております。
これも日々、こちらにアクセスして下さる皆様のお陰です。
まだまだ、だらだらの垂れ流しが続きますが、
お気軽にお立ち寄り下さいませ〜。


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05-13 Correction

第5部 Professor’s House  

奥多摩から2日目


(13)Correction  **************************************************************2018文字くらい



ガシャンとシャッターが降りる。

クーパーは駐車場の指定席に入り込むと、

いつも通り、2人を送り出した。

階段を上がろうとする香に、指で鍵をまわしながら撩は悪戯っぽく聞いてくる。



「香ちゃん、選ばせてやるよ。

おんぶがいい?肩抱くのがいい?お姫様抱っこがいい?手ぇつなぐのがいい?」

「はい?」

「いや、6階まで昇るのに、楽しいほうがいっかなぁーって。」

よくぞここまで態度を変化させられるもんだと、

香は大きな眼を丸くさせた。

そして、赤らんだ顔のまま腕組みして暫し考えた後、

バッグを持ったまま両手を腰に当て、こう言った。

「全部却下!あたしがあんたの背中押したげる!」

「へ?」

「はい、のぼった、のぼった!」

「お、おいおい!」

と、香は撩の背中の中央よりやや低い場所を両手で押しながら

2段遅れで階段を上った。



自分の思惑が面白い形で裏切られたことに、

(んと、飽きないヤツ。)

と嬉しそうにされるがまま目的地を目指す。

「ちょ、ちょっと重いわよ!まじめに歩いてよ!」

「いや〜、撩ちゃん、なんだかこっちのほうがラクチン。」

わざと重心が香の手に乗るようにして、ふざけながら一段一段進んで行った。

「もー。」

(はぁ、もうバカップルだわ…。

信じらんない、あたしたちがこんなやりとりしてるなんて。)

香は、恥ずかしさと照れで、冷めたと思ったほろ酔い気分が戻ってきた。



「ほい、到着。」

玄関を開けた撩。まるでドアボーイのように扉を支えている。

「なんだよ、早く入れよ。」

「………。」

「香?」

「うーん、ミックだったら分かるのよ。レディーファーストの国だし。

でも、あんたが『あたし』にそんなことしているのに、

何だか、やっぱり、もの凄〜く違和感あるのよねぇ。」

と、やや早口で喋りながら玄関をくぐる。



「違和感ねぇ。」

撩は、扉を閉めながらポリポリと頬を掻く。

靴を脱ぎながら続ける香。

「今までは、『おい、早くしろよっ』とか言っちゃって、

閉め出すような勢いの時もあったし、

なんか、乱暴で粗末に扱われるのに慣れちゃって来たせいなのかし」

最後まで言わないうちに、がばっと包まれてしまった。



「……じゃあ、今後は、こーゆーことに慣れてもらわんとな……。」

すっぽり腕の中に収まっている香は、

このいきなりの展開に心臓が跳ねる。

「…りょっ。」



聞こえた撩の声は、少し低く掠れた口調だった。

香はちょっとだけ『しまったっ』と思った。

「……ご、ごめん。撩…。い、今の訂正。」

「ん?」

「その、乱暴な、こ、言葉で落ち込んだことは、た、確かに、あったけど、

りょ…が、あたしを守るために、い、色々考えていてくれたことは、

あの、ちゃんと分かっていた、…から。

だから、あの、…さっきの粗末ってのは、訂正させっ…。」

また皆まで言わないうちに言葉が吸い取られた。



「んんん…。」

切なげに寄せられた太い眉と、静かに閉じられた目蓋が至近距離で目に入る。

反射的に目を閉じた香は、もう何度目かも分からなくなった

熱く深い口づけに身を委ねた。

それはまるで、『すまない』と聞こえてくるような、

優しいタッチで、

言葉がなくても香に撩の謝罪が伝わって来た。



家に帰って来た安心感と、温かさに包まれている幸福感に浸りながらも

触れ合っているこの行為にまだ慣れなくて、どうしても身が硬くなる。

しかし、やんわりと頭や背中を撫でられ、温かい手の感触が服越しに伝わると、

力みが少しずつ抜けていく。

ワインの余韻も残り、足元からふわふわとしてきた。



(も、もぅ、とけてしまいそう…。)



ぼやけてきそうな意識の中で撩の小さな声が届いた。

「いかん、だめだ…。」

唇をつけたままそう言うと、

また軽くちゅっと吸ってポンと離れた。

「……管制塔がイカれちまいそうだ。…さっさと風呂入って休んじまおう。」

「りょ?」

前半は幻聴かと思う音量だったので、聞き漏らしそうだった。

頭をくしゃっとかき回され、細めた瞳と目が合う。

「おまぁ、先にシャワー浴びてこい。」

「え?」

「それとも、一緒に浴びるぅ?」

ついっと接近する撩。

「は?」

にやっと笑った撩に、ぼぼっと赤面する香。

「まぁだ、超奥手で照れ屋さんのカオリンは無理かなぁ?」

「んなっ、なっ、なにをっ…。」

「その気になったらいつでも呼んでちょーだい!香ちゃんっ!」

と、くしゃっと髪をかきまわし、ご機嫌モードで香から離れていった。



「な、なん、何なのよ〜。この豹変振りはぁぁぁぁぁ〜。」

今宵は、美樹とファルコンの結婚式から2日目の夜。

激変した自分たちの関係に、まだ頭も体も戸惑っている香。

特に、日常を過ごすこのアパートの中での撩の言動が事更馴染めず、

別のもっこりちゃんと自分を冗談抜きで勘違いしているのではと

思ってしまいたくなるほど困惑していた。



「はぁ〜。」

溜め息をついた香は、頭を軽く振った。

「……とりあえず、着替えとってこよう…。」

ちょっとだけふらつく足で玄関を後にした香は、

自室経由で浴室に向かった。


********************************************************
(14)につづく。






「それとも、一緒に浴びるぅ?」
は、銀狐の時の
「それとも おれと一発する?」
のあの距離感を参考にして下さいませ〜。
表情は「んじゃ金だす?」の顔でよろしく〜。


05-12 Price Of Liquor

第5部 Professor’s House  

奥多摩から2日目


(12)Price Of Liquor **************************************************************2428文字くらい



「お待たせ!」

先に外に出ていた撩は、クーパーの中で香を待っていた。

「じゃあ、出るぞ。」

エンジンをかけ、教授宅から出発した。



「はぁー、長い1日だったわ。」

助手席に深く座って目を閉じ、

上を仰ぐ香を横目でみながら、くすりと笑う撩。

「お疲れさん。」

「うんん、疲れている訳じゃないんだけど、さっきのワインのせいかな。」

まだほんのり赤味を残す頬に、酔いが残っている自覚もある。

「まぁ、アルコール15%はあるからなぁ。」

思い出したように聞く香。

「ねぇ、ロマネ・コンティってそんなに希少なの?」



ちょっと間を置いて、ちらっと香を見ると、

「うまかったか?」

逆に質問する撩。

「……不思議な味だった。食感も風味も。」

「まぁ、ワイン通でもなかなか味わえないもんだしな。

一生に一度お目にかかれればラッキーとも言われるが。」

「何だかめちゃくちゃ高そうね。」

「作られた年によって違うが…、1本100万から200万はするな。」



「!!っっ………。」



香は目を見開く。

「口にする前に、値段聞いていたら、味わえる気分じゃなかったと思うぜ。」

「………。」

正面を向いたまま、まだフリーズしている香。

「あの瓶750mlサイズだったから、7人で分けて約120mlだろ。

一人グラス1杯15万から20万ってところか。」

倹約が常となっている香にとって、

もはや食品の値段として認知できないレベルに、

何の言葉も出てこない。



「だから、教授もあの席で出したんだろ。」

「え?」

「教授からのささやかな祝福さ。」

「……全然、『ささやか』じゃないわ…。」

ふぅーと息を吐く香に、撩は苦笑する。



「明日は、夕食だけ別行動だ。」

「明日?」

「そ!ちょうど飯の時間に、

俺と海ちゃんは、明後日の下準備をする予定だ。」

「さっき、ミックに南ガルシアって行ってたけど。」

「覚えてるか?」

「うん、みゆきさんと一緒だった時のこと、さっき思い出してた。」

「たぶん、言わなくても教授も手を出して来るだろうな。」

撩は、右肘を窓にかけ、片手でハンドルを握り、

口角を上げ、寄り目で説明を続ける。



「教授も?」

「たぶん、俺らの会話聞いて、

もう書斎でパソコンいじってるかもしんねぇ。」

「それって…。」

「んー、ミックには裏方で情報戦を手伝ってもらおうかと思ってな。

俺とタコは、現場でコンテナをいくつか処分するだけ。」



「……私に何か出来ることは、ない?」

やや暗い口調で紡ぎ出された言葉に、撩はふっと笑う。

「おまぁは、海坊主が美樹ちゃんのことを心配しなくてもいいように、

教授んちで一緒に過ごすのが重要な任務。」

はっと顔を上げる香。



「美樹ちゃんも、

着いて行きたくてしょうがないと思っているかもしれないが、

ケガが完治するまでは、タコも許さないだろう。」

あの2人の心理をちゃんと読み取っている撩に、ドキリとする。

「だから、美樹ちゃんと一緒に、待っていてくれ。」

「……うん、分かった。」



ちょっと逡巡してから香がおずおずと尋ねた。

「現場は…。」

「大井埠頭。」

速答する撩。

香は、かなり驚いた。

秘密主義の撩が、ファルコンとの仕事の内容をここまで、

自分に教えてくれた上に、銃撃戦にもなるかもしれない場所の地名までを

自分に伝えてくることなんて、今までのことを考えると、あり得ないやりとり。



「あー、海坊主がおまぁにも話していいって言っていたからな。」

香の困惑を感じて、撩は一言添えた。

「まぁ、知らないより、知っているほうが、その、なんだ、気分が違うだろ?」

ちょっとだけ、じわっと目尻が緩くなったのを感じた香は、

慌てて鼻を掻く真似をして、目頭を押さえた。

「…うん、安心感が全然違うな…。」



そう、今までは、夜出かけて行く撩がどこで何をしているのか、

殆ど教えられたことはなかった。

ましてや、裏の仕事となると、絶対的な秘密のベールの中。

香は、撩が新宿の歓楽街に遊びにいくフリをして、

言えない仕事をしていることを、何となく確信を持って感じていた。



自分の誕生日に帰ってこなかった兄のことがよぎりながらも、

どこにいるか分からない撩を待ち続ける夜が、

どうにも苦しく、不安に押しつぶされそうになったこと数知れず。

それが、さっきの撩のたった一言で、

確かに気分が全く違ってくる大きな差異を驚きながら感じていた。



一方撩は、小さく呟いた香の言葉に、ぐっと罪悪感が心に染み出る。

今まで一体どれだけ不安な思いをさせていたことか。

その一言で、自分がいなかった夜に味合せた苦しみが、

より明確になって撩の腑に落ちて来た。



「……すなまかったな。」

低い声が車内に通る。

「え?な、何が?」

撩の方を振り返ると、苦笑いをしている。

「あー、いや、今まで随分と不安な思いをさせちまっていたから、さ。」



まるで、心を読まれて、それに対しての返答かのようなやりとりに、

香はさらに驚く。

自分が不安でいることは、この男の心の負担になる、

直球的な思考でそう感じた香は、表情を明るくしこう言った。

「撩、大丈夫よ。そりゃ、ちょっとは心配だけど…、信じてるから。

何があっても信じてる。ちゃんと生きて帰ってくるって。」



撩は、目を見開いて香を見つめた。

「撩!脇見運転!」

「ああ、すまん。」

頭の中で、昨日の朝、聞いた同じ言葉がリフレインする。

身を繋げる直前に目を潤ませて香が言った言葉、



— 信じているから… —



(こんな男に、どんな思いで全幅の信頼を傾けているのか……。)

どうしようもなく、愛おしい思いが込み上がって来る。

運転中、抱きしめる訳にもいかず、妥協案で、撩は左腕をすっと伸ばした。

「え?」

「着くまでこうしてろ。」

いきなり、運転中の撩の左胸脇に顔を埋めさせられ、肩を包まれた。

心臓が跳ね上がる。

体温が心地いい。

頬が染まっていくのが自分でも分かる。



「撩…。」

「スピードあげるぞ。」

(早くアパートに戻って、お前のぬくもりを感じながら横になりたい。)

クーパーは、あと数時間で日付が変わる都心部のアスファルトを

なめらかに加速しながら、家路へと向かった。


*********************************
(13)へつづく。




ここだけでなく、全体的に
撩の言動が甘甘かもしれませんが、
ガラス越しのキスをかわす前の会話や、
海原戦の前のやりとり、
ローマンを手渡す時のセリフ、
クロイツ戦の時などを思い返すと、
オーバーライン後、多少の糖度は閾値内かなと…。
で、「おつかれさん」のセリフ。
ドラマCDのあの口調がたまらなく好きで、
ここで重ねてしまいました〜。
しかし、香ちゃんの肩抱いたままの運転って、
ギアチェンしにくくね?
及川優希の回で、なんとなく思っていましたが、
とにかくあのシーンは香ちゃんに置き換えたいので、
イメージの上書き保存です。



05-11 The Perfect Global Body

第5部 Professor’s House  

奥多摩から2日目


(11)The Perfect Global body **************************************************** 3247文字くらい




「おっと、俺が開けるよ、カズエ。」

「そぉ?じゃあお願いするわ。落としたら大変だし。」

「まぁね。」

かずえとミックのやりとりに、

今栓を開けられようとしているものが、

リオハより高級であることは、何となく分かった香だったが、

まだピンとこない。



キュポンという2度目の音が鳴る。

「どうぞ。」

それぞれに

先ほどとは違う形の新しいワイングラスが差し出された。

ミックはまず教授に

ソムリエのごとくスタイルを決めて丁寧に注ぐ。

「うむ。ワシも久しぶりじゃ。」

「あー、教授。これ今値段は言わないでおいて下さい。」

撩が頬杖をつきながら横目で訴えた。

ファルコンは、いい加減ラベルが見えないことに剛を煮やして

ついに尋ねた。

「おい撩、この香りは、まさか…。」

「そ、そのまさか。ロマネ・コンティさ。」

「ふん、だからさっき成金趣味だと言ったのか。なるほどな。」

腕組みをして鼻を鳴らす。



注がれる液体を見ながら、

美樹が心配そうに言う。

「教授、いいんですか?私たちが一緒にお相伴して。」

「ほほ、もちろんじゃとも。こういう時にこそ、この酒じゃろ。」

ミックが注ぎ終わり、

席に戻ると一同の間にしばし沈黙が入る。



教授は、

目を閉じグラスを胸の前まで持ち上げた。

「この味と香を作り上げた職人に敬意を表し、

我々の祝いの席に添えたることを許し被りたい。」

撩は呆れて俯いた。

「教授、何堅っ苦しいこと言ってんですか。」

「なに、これくらいのことは言ってもよかろう。」

教授はニヤリと笑みを浮かべて、すっとグラスを持ち上げた。

「では味わうとするか。」

「あれ?乾杯はなし?」

ミックが残念そうに言う。

「さっきしたでしょ。」

かずえが肘で突く。



「こ、これって、かなり高級なワインなの?」

香がびくつきながらグラスを持つ。

「んー、まぁ、安くはないわな。」

隣で撩が涼しい顔をしながら、くんと香りを嗅ぐ。

「香、どんな香りがするか言ってみ?」

「え?」



少し戸惑いながら、グラスを傾けて、

すぅっと鼻腔に空気を流す。

「わぁ、何これ?何て言ったらいいの?

色々な香りがする。フルーツ?ううん、何だろ。

バニラのような、香辛料のような、

とくかくいくつも香りがあって、

それぞれ仲良くしているっていうか…。」

香は、いい日本語がなかなか出てこず、

自分のボキャブラリーのなさに苛立つ。



「ほぉ〜、そこまで嗅ぎ分けられれば大したもんだ。」

撩は、肘をついてニヤっと笑う。



「ほんと、香さんの言う通りだわ。」

美樹もうっとりしながらその香りを楽しんでいる。

最初に口をつけたのは教授。

「ほ、まさにマダム・ルロワの表現通りじゃの。」

ミックが続けた。

「『完全なる球体』のことですね。」

「?」

香は、何のことだろう?と疑問に思いつつも、

そっとグラスを傾けた。



「何?これ?本当にお酒?」

香は、騙されているんじゃないかと一瞬思ったほど、

お酒らしくない口当たりに酷く困惑する。

「香、どんな味がする?」

頬杖をついて、興味津々に聞いてくる撩。



(きっと撩はこのワインの価値をちゃんと知っている。

だけど、あたしはどんなものなのかさっぱり。)

「あ、あのね…、なんだかお酒じゃないみたい。

さらりと口の中を流れるような感覚があって、

なんていうか…、

羽布団のような柔らかいものが撫でていくような、

絹やビロードを思わせるような不思議な液体って感じで…、

これって本当にアルコール入ってるの?」



「もちろんさ!味はどう?」

香の的を得ている感想に感心しながらミックが答えた。

ヘタな先入観がない香の率直な感想は、

余分な情報が頭に入っている自分たちよりも、

より純粋に分析できそうだと

ミックも撩も同じことを考えていた。



「うーん。」

香は悩む。日本語が出てこない。

さっきミックが言っていた『完全なる球体』。

飲み物や食べ物は、大概甘さや、辛さ、苦み、酸味などが、

どれか突出し誇張されているのが常、

しかし、その突出がない。

どの味覚をも刺激しているのに、

際立って存在をアピールしている要素がない。



(これが『完全なる球体』ってこと?)

「さっき、ミックが言った球体っていうのが分かる気がする。」

「へぇ。」

撩が眉を上げた。



「だって、甘みも苦みも、

あと、酸っぱさや辛みも、みんなあるのに、

全部…、何ていうの?ドングリの背比べっていうか、

抜きん出ているものがないっていうか、

あーん、やっぱり何て言ったらいいか分かんない。」



「香君、上等上等!」

教授が拍手を送る。

「それくらい分かってくれれば、

ピノ・ノワールもこの酒になったカイがあるというもんじゃ。」



「ピノ・ノワール?」

香が疑問符を浮かべていると、かずえが答えた。

「ブドウの品種の一つよ。」

「贅沢だわぁ、

こんなワインにここでお目にかかれるなんて。」

美樹が続けた。



「まぁ、希少っちゃあ、希少かもしれんが、俺としては、

ビールもワインもウィスキーも、うまけりゃ何でもいいんだけどな。」

撩は、さも関心がないかのように、くっとグラスを空けた。

「おいおい、リョウ、年間6千本程しか生産されていないんだぜ。

お目にかかるのもそうそうないシロモンに無礼な言い草だな。」

ミックが眉間に皺をよせて撩を睨んだ。



「ほほ、まぁ、

ワシもこんな時でないと出そうと思わなかったんじゃ。

こんな酒は、みんなで楽しんだ方がよかろう。」

満足そうな教授に、一同それぞれの笑みを浮かべた。

教授の『こんな時』というフレーズに、

これ以上、相応しいタイミングはないことを共感していた。

ただし、香以外であるが。



それぞれのペースでワインをたしなんでいると、

かずえが思い出したように香に話しかけた。

「香さん、

明日は夕方からお願いしていいかしら。

私、朝から昼はここで動けるけど、

4時頃にどうしても病院に戻らなきゃならなくて。」

「ええ、分かったわ。

じゃあ、夕食の準備ができる時間くらいに

またここにくればいいかしら。」

2種類のワインを空けた香は、

ややほろ酔いで微笑みながら答える。

撩は横目で、そんな香をちらりと見る。

濡れた唇に、

ほんのり染まった頬や耳がどうもエロく見えてしまい、

慌てて視線をそらす。



「お願いするわ。明日はミックも私も夜はいないから、

教授と、美樹さんとファルコンに、

あなたち2人でお食事をしてもらうことになるかしら?」

「あ、いや、

俺たちは明日準備があるから、夕食は外で食うよ。」

「撩?」

香はちょっと驚いた顔をする。



「ああ、おまぁの送迎はちゃんと出来るから心配するな。

ミック、お前明日には仕事ケリがつくんだろ。

あとで詳しく話すが、

南ガルシアについて予習しておいてくれ。」

「南ガルシア?」

香とミックがピクッと反応する。



「撩よ、お前さん、また何か企んでおるようじゃのう。」

教授も楽しそうに反応する。

「さぁねぇ〜。」

腕を後ろ手に組んで、椅子で伸びをしながら、撩は続けた。

「飯も食ったし、酒も飲んだし、そろそろお開きにすんべ!」

「ああ、そうね。もうこんな時間だわ、香さんごちそうさま。

教授も素敵なお酒ありがとうございました。」

美樹が立ち上がりながら声をかけた。



片付けようと、

グラスを集める香をかずえが制する。

「香さん、後片付けはいいわ。今日はもう家でゆっくり休んで。」

「え?でも……。」

「いいから、いいから。また明日お願いね。」

香は、大量のグラスをそのままにしていくのは心苦しかったが、

少しアルコールが回っていたので、

かずえの言葉に甘えることにした。



「わかったわ。かずえさんも無理しないでね。」

「もちろん。」

「教授、じゃあまた明日来ます。」

香は教授にぺこりと頭を下げた。



「おお、よろしく頼むよ。」

「じゃあ行くか。海坊主、明日また詳しく話してくれ。」

「ああ、分かった。」

美樹を部屋までエスコートしようとしていたファルコンに

後ろから声をかけた撩は、

その二人の姿を、目を細めて見送った。



「あ、撩、先に車で待てって。あたし、バッグ取って来る。」

「ほいよー。」

食堂からそれぞれの行き先へ移動し、

奥多摩から2日目の夕食はこうしてお開きとなった。



*******************************************
(12)へつづく。





一般庶民のいんちき主婦が
飲んだことある訳ないっしょ〜。
てな訳で、
これも「美味しんぼ」とネットの受け売りでございます〜。
こいつらに、これを飲ませたらどんなやりとりがあるか、
楽しく妄想させて頂きました。
教授んちなら、こんなお酒があってもおかしくなかろうて〜。
さて、ほろ酔いカオリン、今日のお仕事お疲れさんでした〜。
これから帰路です。


【脱字誤字発見感謝!】
「何硬っ苦しいこと言ってんですか」⇒「何堅っ苦しいこと言ってんですか」
「騙されているじゃないかと」⇒「騙されているんじゃないかと」
「ん」が抜けてましたー(><)。
mさん、ご連絡ありがとうございました!
2016.02.07.03:06

05-10 Rioja

第5部 Professor’s House  

奥多摩から2日目


(10)Rioja **********************************************************************1968文字くらい




「みなさん、おまたせ!香さんこれお願いね。」

かずえと香は、手際良くワゴンに乗っているものを

テーブルに移していく。



2本のワインのボトルが目に入った撩は、

頬杖をしたまま少し眉を上げた。

「まぁ〜た成金趣味のようなもんを…。」

半ば呆れ口調であったが、目は嬉しそうだ。

「なぁに、ちょいとした頂き物じゃよ。」

教授は涼しい顔で返す。



ミックは、手をついてガタッと席を立ち、喜びを素直に出す。

「Wow! We are lucky so mauch! オレ久しぶりだぜ!」

かずえが制すように言う。

「ミック、先にリオハよ。」

「まぁ、順番はそうだろうな。」

撩も賛同する。



ラベルが読めない香とファルコンは、

イマイチ話しについて行けない。

キュポンッと心地良い音が食堂に響く。

かずえが、まずリオハと呼ばれるボトルを開けた。

7つのワイングラスに順についでいく。



「これは、私が勝手に選んだんだけど、

カレーに合うって言われてるスペインのワインなの。」

「ほぅ。」

ファルコンが腕を組んだまま短く呟いた。

「『コレ』の前に、一度違うお酒で仕切り直ししたほうがいいかと思って。」

かずえの説明に、香はまだピンとこない。

「なるほどね。」

「ほほ、かずえ君も色々考えておるの。」

撩と教授は合点したようだ。



注ぎ終わると、かずえは教授に視線を流した。

「乾杯は教授にお任せしますわ。」

「なんじゃ、ワシか。」

ミックも促す。

「もちろん、この中で最年長ですからね。」

「まぁ、若いお前さんたちの未来を祝して、乾杯といくかの。」

穏やかに微笑む教授の口調は、その言葉に飾りがないことを伝えるには十分だった。

「乾杯!」

「乾杯!」

チンといくつかのグラスの当たる音が響く。



撩はくっと一気に喉に流した。

「撩よ。もう少し味わって飲まんか。」

教授は苦笑する。

「わぁ、いい香り!」

美樹が、飲む前にグラスに鼻を近づけて深く吸い込んだ。



「リオハ、スペインの代表的な高級ワインさ。」

ミックがここぞとばかりに蘊蓄(うんちく)を垂れ出す。

「バンダローサ、辛口のロゼ。

確かにさっきの本格カレーの後では、

普通のワインではぶつかって壊れることが多いけど、

これは違和感なく、口の中が流されるね。」



香も感心しながら、ちびちびと味わう。

「私もカレーの後にワインなんて考えたこともなっかったけど、

相性が合うのがちゃんとあるのね。美味しいわ。」

美樹が左手でワイングラスを揺らしながら口を開く。

「ワインもそうだけど、

日本酒にしても、ウィスキーにしても、ビールにしても、

お酒ってもの凄い種類があるでしょ。

それに、それぞれ互いを引き立てる料理とお酒の組み合せって、

それこそ運命的な出会いよね。」



かずえも頷く。

「そうよねぇ。そもそも、塩ゆでした枝豆とビールの組み合せなんて、

元はドイツと日本の食の組み合せだものね。」

ミックがグラスに口をつけながらニヤリと笑う。

「ふっ、人の出会いも似たようなもんだな。

互いを引き立てる運命的な出会いってさ。」

「あら、ミック、言うじゃない。」

照れもせずにかずえがさらりと答える。

香は『運命』という単語に妙に反応して、

またほんのり赤らんできた。



「ファルコン、私たちもほんと運命的な出会いだったわよねぇ。」

美樹がファルコンに寄り掛かりながら見上げる。

「んなっ、な、なにを、そんなっ、きゅ、急にっ!」

ぶわっと赤面するファルコンを撩はからかう。

「まぁた茹で蛸になってるぜ。」

「あら、冴羽さん、からかう前に、

あなた私たちをまとめてくれた重要な役割を担ったこと忘れたの?」

「へ?」

美樹は意味深な表情で続けた。



「私とファルコンが、こうして一緒に過ごせるのも、

あの時、冴羽さんと香さんが協力してくれたお陰なのよ。」

「あ、あの時って…。」

香は、ファルコンの別宅で決闘をした2人を思い出した。



「冴羽さん、あの時よく実弾とペイント弾をすり替えられたものよね。

3年前の春の出来事が鮮明に蘇る。

「今でも不思議だわ。まるで手品としか思えなかったくらい。

私が持っていた銃からもいつのまにか弾を抜いちゃうし。」

「美樹ちゅわん、な〜に古い話し持ち出してんのぉ。」

撩は、蒸し返された過去の話題に少したじろぐ。



「ほほ、何があったかは詳しくは分からんがの、

撩の指さばきは、プロのスリや手品師より更に上じゃ。

みなも注意しておいたほうがよいぞ。」

「教授、それいらないアドバイスっす。」

不機嫌そうにカナッペを頬張る撩に、美樹はクスリと笑う。



「冴羽さん、香さん、本当にありがとう。……今度は、あなたたちの番よ。」

あの控え室で香に伝えた言葉を再度紡ぐ美樹。

「え?」

「は?」

撩と香は、同時にきょとんとする。



「そうね、じゃあ祝福のために真打ちのワインを開けましょうか。」

かずえはそんな二人を横目にくすりと微笑みながら、

ボトルを両手で持ち上げた。

「真打ちねぇ…。」

撩はまた頬杖をついて、口角をくっと上げた。


*********************************************************
(11)へつづく。




えーえー、飲んだことはございませんですよぉ〜。
ネットの情報の切り貼りでございますっ!
てか、うちはプライベートでは
殆どお酒を飲まんので、
頂いたお酒も料理に使うのが精一杯。
学生時代は、よくサークルの仲間と飲みに行きましたがのう〜。
でも、先日「WILD TURKEY」買っちゃった〜。
当分飾りかなぁ〜。
さて、真打ちのワインとは?


05-09 Kazue & Kaori

第5部 Professor’s House  

奥多摩から2日目


(9)Kazue & Kaori  **************************************************************2145文字くらい



キッチンで先に片付けをしていたかずえは、

もうワイングラスを用意してテーブルに並べていた。



「かずえさん、教授が言っていたワインってこれ?」

洗い物を持って入ってきた香は、

目に入った2種類のボトルに視線を落とした。



「そう、教授ってどっからこんなもの仕入れているのかしらね。」

かずえがコルク抜きを探しながら呆れ顔で呟く。



あまりお酒に明るくない香は、

ラベルを見てもなんと書いてあるのか読み取れず、

かずえが呆れている理由がイマイチ分からない。



「1本はね本格カレーに合うロゼなの。」

かずえが、軽く解説する。

「へぇー、カレーに合うワインなんてあるんだ。」

香は組み合せの意外性に、素直に驚いた。



「で、もう1本は…、これは教授か冴羽さんに説明してもらおうかしら。

香さん、クラッカーとチーズで簡単なおつまみお願いしていい?。

私、向こうの食器をさげてくるわ。」

そう言い残して、キッチンワゴンを押しながら食堂に向かった。



「ワインに合うおつまみねぇ。」

香は、あまり作ったことのないサイドメニューに迷いながらも、

カナッペもどきを作り始めた。



食堂から、食器を回収してきたかずえは、シンクですぐに洗い出す。

「香さん、お皿見事にみんなカラよ。」

「あはは…、残飯処理の手間がなくて助かるわ。」

香は、手早く作業を進めながら、

パセリやスモークサーモン、クリームチーズにカマンベールチーズと

冷蔵庫で見つけた食材をクラッカーに乗せていく。



「冴羽さん、からかわれて困ってたわね。」

クスッと笑いながら、食器洗いを続けるかずえ。

「……ぁ、あの、かずえさん。」

赤く染まりながら俯いて、小さな声で尋ねる香。

「ど、…ど…して、…みんな、教会で会った時、

そ、その、…えーと、…あ、あの…。」

どもっている香が可愛らしくて、かずえもつい抱きしめたくなった。

「どうして、みんなが『変化』に気付いたかってこと?」

「そ、そう!」

香は、朱に染まった顔をぱっと上げて、

自分が言いたかったことをずばり言い当ててくれたかずえに驚いた。



「ふふふ、そうね。本当にみんな『なんとなく』だったと思うわ。

あなたたち二人が戻ってきた時の、

二人の距離とか、香さんの肩や腰に手を添えている冴羽さんの様子だとか、

赤い顔をしたあなたの表情とか、冴羽さんの香さんを見る目だとか、

とにかく私も全体的に空気がというか、距離が変わったとすぐに感じたのよね。」



かぁーっと血流が激しくなる香。

「それで、みんな香さんが救出された時、冴羽さんときっとなにかあったに違いない、

なぁんて勘ぐっていたんだと思うわ。」

「…はぁ。」

小さく溜め息をつく香を見てかずえは、ふっと微笑んだ。

「本当に、よかったわ。これまでが長かったものね…。」

「……かずえさん。」



今は、ミックとまとまっているとはいえ、

かずえもかつては撩に想いを寄せていたことを香は知っている。

教授宅に留まったのも、

研究のために命を落としたフィアンセとの思いを断ち切り、

新しい生き方を選ぶため。

そんな背景を持ちながら、

香にそんな優しい言葉をかけてくれるかずえに対して、おのずと涙腺が緩んで来た。



「あ、こらこら、泣かないの!」

食器洗いが終わったかずえは、

椅子に置いていたカバンからノートサイズのマチ付き紙袋を取り出した。

「はい、これ。」

ニコニコしながら香に手渡すかずえ。

「え?」

「半年分は入ってるわ。もう必需品でしょ?」

「っあ。」

それが何なのか分かった香は、またボッと赤くなる。

「まだ、冴羽さんにはナイショにしてるの?」

「あ、…うん。」

かずえは、ワイン2本とグラス2種類14個をワゴンに乗せながら尋ねた。

「そっか、……でも冴羽さん、きっと分かってると思うな。」

「ええ!?な、なんで?ゴミも分からないように捨てているのに?」

香は、かずえの発言に必要以上に驚いた。



「あんな敏感な人が、

香さんが常用している薬のことに気付かない訳ないんじゃない?」

「だ、だ、だって、撩は私のことなんか無関心っていう態度ばかりで…。」

慌てて今までの普段の状況を思い返す。



「そんな素振りをしていただけよ。きっと。」

カナッペもワゴンキャリアーの下段に乗せると、かずえはさらに続けた。

「私の想像だけど、一緒に生活している訳じゃない?

たぶん、香さんの『女の子の日』の周期もちゃあんと把握しているんじゃないかしら。」



香は、ボンッと顔面が噴火しそうな気分になった。

分からないように、細心の注意を払っていた事案に、

もしそれが本当だったら、

ますますこれから撩とどんな顔で向き合ったらいいか分からないではないか、と

香は複雑な想いがぐるぐると巡る。

「ミックはちゃんと把握してくれているわよん。」

自身の惚気話しに方向を変えたものの、香はしゅーしゅーと湯気を出したまま。



これじゃ、冴羽さんも手放さなければならないと思いつつも、

手放せなくなった理由がよく分かるわ、と

かずえは香の初心な反応が可愛らしくてしかたなかった。

「ふふふっ、また『そっち方面』で悩み事があったら気軽に相談してね。

もちろん守秘義務は守るわよ。」

「ぅ……ぁ、ぁりがと。かずえさん。」

赤面したまま答える香。



「さ、運びましょうか。」

と、ワゴンキャリアーを押しながら、二人は食堂へ戻った。


************************************************
(10)につづく。





教会での診察に引き続き、
かずえの鋭い考察をここで出させて頂きました〜。
すでに、銀狐の時に、
「あの二人が別れられるわけが…ないことくらいわかってますわ!!」(第120話)と
教授と語るかずえは、
あの時点でもう深いところまで読み取っていたと思われます。
今後もカオリンの良き相談相手&色々便利なクスリを作ってくれそうな重要キャラとして、
期待したいところです〜。


05-08 Curry and Rice

第5部 Professor’s House  

奥多摩から2日目


(8)Curry and Rice ****************************************************************3768文字くらい



「ほほ、みんな揃いおったの。」

おのおのが席に座る。

教授は、お誕生日席のごとく短辺サイドに。

ファルコンはその対面、

長辺サイドには美樹、かずえ、ミック、向かい合って撩、香と並んだ。



目の前には、またずらりと並ぶ洋食系の彩り。

「みんな、お疲れ様。味の保証はできないけど、どうぞ召し上がって。」

「それじゃ、イタダキマスっ!」

ミックがさっそくスプーンを口に運ぶ。

「Oh!Very delicious!カオリ!うまいよ!実にいい味と香りだ!」

「ミック、褒めすぎよ。ただ料理本見て作っただけなんだから…。」

過剰な褒め言葉に照れながら困る香を見て、やや機嫌が悪くなる撩。



「いや、香、これは店でも出せる味だ。」

ファルコンも賛同してきた。

「だ、だ、だめよ!あ、あたしなんかがお客さんに出したら、食中毒出しちゃうかもよ!」

「もう、香さん謙遜し過ぎなんだから。」

美樹も口にカレーを運びながらクスッと笑った。



「みんなが、いちいち褒め過ぎなのよぉ。そんなことないって言ってるのにぃ。」

香は、褒められることに至極慣れていない上に

自己評価が低過ぎるので、

どう切り返したらいいか分からないのだ。



「……一番褒め言葉を言わねばならん奴は、何にも言わんようじゃな。」

教授が撩のほうに目配せする。

「ゴホッ。」

チキンが喉に詰まる撩。

教授はスプーンを口に運びながら続けた。

「まぁ、どうせおまえさんのことじゃ。恥ずかしくて言葉にできん代わりに、

いつも残さず平らげることが、うまいと言う代わりのつもりなんじゃろ?」

「ぶっ!」

スープを吹き出す撩。

目を見開いて、顔を赤くする香。



「ほほっ、本当はこの香君の手料理を、

誰にも味合せたくないというのがよく顔に出ておる。」

「っきょ、教授っ!」

口を袖で拭いながら、かなり困惑した表情で教授をにらむ撩に、

ミックもかずえも美樹も、みなクスクスと笑い出した。

「さすが教授ですね。

ここまで冴羽さんをしどろもどろにさせることができるなんて。」

美樹が言った。



「長い付き合いじゃからのう。」

「ホント、冴羽さんって素直じゃないから、香さんも大変ねぇ。」

かずえが二人を交互に見ながら一言呟いた。

「ハニー、心配することないよ。」

ミックがニヤニヤしながらチキンカレーを掻き込む。

「これから、徐々に素直になっていくさ、な?リョウ。」

「……ふん。」

何を言い返しても体勢が不利と思い、撩は無視を決め込んだ。



ミックの意味深な言葉を酌んで、かずえは続けた。

「そうね。今日は、美樹さん、海坊主さん、そして冴羽さんと香さんのお祝い会ね。」

「は?」

「え?」

撩も香もスプーンを持ったまま固まる。



「ほほ、そうじゃのう。

一昨日は式の後、キャッツで二次会を予定しておったが、

この面子が集まれば、今日を二次会にしてもよいじゃろう。」

何の疑問もなく話しを進める教授に、にわかに焦る撩。

「きょ、教授!祝うのは美樹ちゃんとタコだけでしょ。

なんで俺らも一緒なんすかっ!」

ご飯粒が口から飛ぶ。



「ふふ、冴羽さぁ〜ん、今日は根掘り葉掘り聞くのは勘弁しといたげるぅ〜。」

美樹が楽しそうに視線を二人によこす。



「な、なぁ〜んのことかなぁ?美樹ちゅわん。」

ちょっとひきつっている撩は、この場から立ち去りたい気分になった。

何もこちらから言わなくても、色々バレてしまうのは想定内だが、

よりによって『あの』翌日、

ちらっと顔出しで終わるはずの訪問から通いの話しになり、

馴染みの連中と顔を合せる時間が増える流れになるとは、

思ってもみなかった撩。

からかわれ、突っ込まれること間違いないし。

早めに食事を終わらせることに集中する。



「たぶん、お前らが教会に戻ってきてから、みんなすぐに気付いただろうな。」

ミックは、あの時瞬時に感じた違和感を思い出しながら

ククッと笑った。

香はもう茹で蛸状態。

すくったカレーがスプーンからぼたりと落ちる。



「かずえ君、あとで例の酒を用意してくれんかの。」

「あ、『あれ』ですね。わかりました。」

かずえと教授だけが知っている内容のやりとりに、

食後にどうやらアルコールが出るらしいと皆が感じる。



「今日は、お前さんたちの帰り道に、検問が入る情報はない。

多少飲んでも、運転には差し障りはなかろう。ほほっ。」

「教授が進んで飲酒運転をさせちゃだめでしょ。」

美樹が苦笑する。

「なに、これしきことで運転を誤るような男はここにおるまい。」

「ふっ、同感です。教授。」

ミックが賛同した。



「香さん、冷めちゃうわよ。」

美樹の声にはっと我に返る香は、まだ全身を赤くしている。

かずえの『お祝い会』という言葉をきっかけに、

今まで慌ただしく、あまり意識をしていなかったものが、

急に込み上がって来ていた。



隣に座る撩の息づかいや、手の動き、

いつもの言葉が吐き出されるその口の動きまでもが、

『あの時』のことを思い出させ、

どうしようもなく恥ずかしい気分に陥ってしまう。



そしてなぜ、みんなが教会ですでに色々と分かってしまっていたのか、

香はまだイマイチ納得がいかなかった。

それよりも早く頭を切り替えなきゃ、ここで思い出しちゃダメ、

と必死に脳内の記憶を制御をしようと悪あがきをする。

しかし、あがく程に撩との甘い時間がよりリアルに記憶に甦り、

香はきゅっと目をつぶったまま、カレースプーンを落としてしまった。



かしゃん!



と、音に気付いた撩は、ああ思った通りの展開になりそうだと、

香に声をかけた。



「おい、大丈夫か?」

「ひゃああっ!」

肩に手を乗せると、大袈裟にビクンと飛び上がった。

声とリアクションの大きさに、撩の方が驚いて右手の指が全部開いてしまう。



香は、撩に触れられただけで心臓が跳ね上がり、

思わず胸を押さえた。

「あ、あ、あの、ご、ごめん。…ちょ、ちょっと、びっくりしちゃって。」

自分の上げた声にも驚きつつ、撩に謝ったが、

その時、撩と目が合って更にかぁーっと赤くなってしまった。



撩は、眉間に指を当てて俯いた。

(こりゃ、顔に出過ぎだろうがぁ。ったく、まいったね。)

一同は、香の態度で、どこまで関係が進展したか確信を持って読み取ってしまった。

ファルコンまで赤くなっている。



「ふーん。…撩、お前調子に乗って香が壊れるような真似すんなよなっ!」

ミックは最後の一口をかき込みながら、悔しさを交えて吐き捨てるように言った。

そんなミックの額の真ん中にごりっと鉄の冷たさが押し付けられる。

「くだらんおしゃべりは、やめろ…。」

やや身を乗り出し、対面しているミックに腕の伸ばす撩。

余裕を演出するために、左手はそのままカレースプーンを口に運ぶ。

だが、殺気に冗談は混じっていない。

「……オッケー。分かったから、…コレ仕舞え。」

ミックは人差し指でちょいちょいと銃口をずらした。



「ほほ、若さじゃのう。うらやましい限りじゃ。」

教授は涼しい顔をして食事を続ける。

「あら?年は関係ありませんわ。教授。

ファルコンとは年をとっても熱〜く過ごしていくのよね。あ、な、た。」

美樹がファルコンに色を纏った流し目でそう言うと、

ボンッという音が2カ所から聞こえた。

音源の一つは、言わずもがな海坊主。

もう一つはなぜか香が沸騰していた。

もはや、食事どころではなさそうだ。



「ごちそうさまでした。香さん、とっても美味しかったわ。

私、教授お勧めのワインを用意してくるから。」

と、かずえは自分の食器を持って先に席を立った。



「あ、あ、あたしもすぐ行くわ!」

この場からとりあえず離れた方がいいと、香は大急ぎでチキンカレーを掻き込んで、

途中、むせながらも食器を空にした。

「ご、ごちそうさまっ!」

風のように、かずえの後を追って台所に向かう香。



その姿を見てミックは苦笑した。

「カオリは隠し事ができないから、ホント分かりやすいよなぁ。

あの時、何があったのか聞いてみよっかなー。」

「おい、余計なことすんじゃねぇ。」

撩はかなり不機嫌な口調で言う。

「ふふん、お前がそばにいるときは聞かねぇーよ。」

「おい…。」

また懐に手が伸びる。



「冴羽さん、からかわれるのが嫌だったら、

私たちのようにさっさと夫婦になっちゃえばいいのに。」

さらりと言う美樹に、さらにファルコンが赤くなる。

「んなっ!な、なにを言っているのっ、美樹ちゃんっ!」

撩も、美樹のストレートな発言に、本気で慌てた。



「香さんにウェディングドレス試着してもらった時、

本当に綺麗だったわ…。」

短い時間ではあったが、白いベールを纏った香を思い出し、

しみじみとあの控え室でのやりとりを思い出す美樹。

「本番でまた見てみたいわぁ。

きっとお兄さんも見たかったんじゃないかしら。」



その言葉に、撩は槇村が逝ってしまった夜に思考が一気に引っ張られる。

「………。」

いつもなら、ふざけた物言いしかよこさない撩が、

しばし言葉を飲み込んでいた。




「美樹。」

ファルコンは低い声で咎める口調の言葉を発した。

「あっ、ごめんなさい。」

美樹は、あわてて口を押さえた。



「……いや、……美樹ちゃんの言う通りさ…。

槇村のシスコンの度合いは、尋常じゃなかったからなぁ。」

ふっと柔らかい表情になって撩は答えた。



「ほほ、覚悟を決めた男共は良い顔しておるのう。」

教授が口を挟む。

「ミックもファルコンも撩も、

抱えている悩みは恐らく重なる部分が多いじゃろうが、

お前さんたちのことじゃ。

連れ添う相手がいれば、何があっても乗り越えられるじゃろう。」

「教授…。」

美樹が教授と撩を交互に見る。



撩は教授の言わんとすることを深いところまで感じとり、動きが止まった。

「撩よ、さっさと食わんと食後の酒がこんぞ。」

他のみんなは、すでに食べ終わりかけ。

「あ、はい。」

一瞬トリップしかけた思考を引き戻し、撩はガツガツと残りを平らげた。


**********************************
(9)につづく。






カオリン、一回思い出しちゃうと、切り替えがかーなり大変そうです。
恥ずかしがっている香は、かわい過ぎるので、
このウブさは、出来上がっちゃった後でも、
当分は続いて欲しいもんです。
美樹とかずえとミックを並んで座らせるにはちょいと狭かったかしらん。
しかし、この設定ですと、当方の好物な、
「思いもかけないところで、二人の進展を知ってしまう仲間たち」の
シチュが取り込めないんですよね〜。
うう、だったら原作程度設定で
「進展を確信したら勘違いだったバージョン」の
SSをどっかに入れたくなっちゃいます。
さてさて、教授はどんなお酒を出すんでしょうか?


05-07 Set The Table

第5部 Professor’s House  

奥多摩から2日目


(7)Set The Table ****************************************************************2046文字くらい



日没からしばらくした頃、

香は、キッチンで額に汗をかきながら大鍋をかき回していた。

「ふぅー、あ、熱い…。」

ちょっと頑張って、料理本で知った市販のルーを使わない、

「パキスタンチキンカレー」を調理中。

今まで何度か作ったことがあったが、

学校給食のようにこんなに一気に大量に作ったことはなかったので、

自分でも大鍋の様相に驚いている。



玉ねぎ、鶏もも肉、鷹の爪、ローリエ、ホールトマト缶、

カレー粉、水、塩、ブイヨン、リンゴと、

各々の食材が熱い鍋の中で味を引き出される。

スープもサラダも漬物もフルーツも仕上がっているので、

あとは、ご飯が炊きあがるのを待つだけ。



「ほほ、いい香りじゃの。」

そこへ教授がやってきた。

「あ、教授。」

「かずえくんから連絡があっての、

もうすぐ病院から戻れるようじゃ。

途中ミックと合流して、こっちに向かうと言っておった。」

オタマをかきまわしている香の横に教授が立ち寄って来る。

「もうすぐ、ファルコンと撩も戻ってくるじゃろ。」

「それじゃあ、7人揃いますね。」

「大食らいが3人もおるとあヤツらだけで、15人前は必要じゃのう。ほっほっほっ。」

楽しそうに笑う教授は、踵を返した。

「賑やかな食卓はいいもんじゃ。準備ができたら呼びにきてくれんか。」

香は、顔だけ振り向いて答えた。

「はーい。」



食堂にカレー以外の配膳をすませていると、

ふいに玄関が騒々しくなった。

「香さーん、ただいまー!」

かずえの声が響く。

「Oh, good smell!カオリ!キッチンかい?」

ミックも一緒だ。



ミックは式の時以来、かずえも夕べはほんの一瞬しか会えなかったので、

たった中1日空いただけなのに、

なんだか随分久しぶりのような気がする。

「よかったわ!二人とも、みんなと一緒に食事ができそうね。」

台所で3人、楽しげな会話が広がる。



「香さん、本当にありがとう。お陰で研究に集中できるわ。」

かずえが申し訳なさそうにお礼を言う。

「ううん、家でウジウジしているより、

ここで何かさせてもらっているほうが、私も気分が違うから。」

取り皿と箸をお盆に乗せ、運ぼうとしたら、

「あ、俺が運ぶよ。」

と、ミックが素早く受け取った。

「ありがと!ミック。」



香は、食器棚から7人分のカレー皿を出しながら、かずえに振り返った。

「かずえさん、あのメモ助かったわ。

自分ち以外ってなかなか勝手が分からないけど、

細かい指示がちゃんと書いてあったから、

全部スムーズにすんだわ。」



かずえは、スーツの上着を脱ぎ、椅子にかけながら、クスリと笑った。

「こっちも有り難いわ。

もし、香さんの助っ人がなかったら、

どうにもこうにもならなかったかもしれないし。」

本当にいいタイミングだと心から思った。



炊きあがった炊飯器が電子音を発する。

「あ、炊けたみたい。こっちもそろそろかしら?」

圧力鍋の様子をみる香に、かずえは更に続けた。

「あ、香さん、あとで渡すものがあるから。帰り際声かけてね。」

「え?何かしら?」

「ふふっ、アレよ、ア・レ。」

なにやら意味深な口調に香はよく分からなかったが、

聞き返そうとした時に、撩の声が廊下から聞こえてきた。



「うぉーい!戻ったぞーい!」

「あ、これで全員揃ったわね。」

カレースプーンを数える香にかずえが尋ねた。

「私、なにを手伝えばいい?」

「じゃ、ご飯よそってもらえるかしら?男性軍のは、そっちの大きいお皿ね。」



食堂では、ミックと撩とファルコンが顔を合せていた。

腰を下ろしてリラックスモードの撩。

「よぉ、ミック。お前も原稿に追われてんだってな。」

「ああ、締切モノはいつもかかえてるが、

今回のヤマは明日ケリがつきそうだ。」

持ってきた取り皿を並べ終え、その場にドカッと座るミック。

「カズエも今、手が離せない実験抱えているから、

今回のカオリの申し出は本当に助かったって言ってたぜ。」

「一番ヒマなのは俺らだからな。

まぁアイツも何かやっている方が気分も違うだろうし。」



ミックは頬杖をつく。

「ファルコンの依頼、2人でやるって?」

ファルコンと撩を交互に見るミックは、何かを予感していた。

「んだよ、もう知ってんのかよ。」

「夕方、こっちに電話した時、教授から聞いた。」

「んじゃ、話しは早い。ちょっと一つ頼みたいことがある。」

ニヤっとする撩。

「はぁ、やっぱりな。」

ため息が漏れる。

「詳しいことは後で話す。先に飯だ。」

と、かずえが運んできた主食に目を向けた。



「おまたせ。香さんお手製のパキスタンチキンカレーよ。」

「これはうまそうな香りだ。」

さっきまで黙っていたファルコンが呟いた。

「私、教授と美樹さん呼んできます。」

かずえはいったん部屋を離れた。



入れ違いに、お盆に乗せたチキンカレーを香が運んできた。

「ちょうどよかったわ。これで7人全員そろったわね。

撩と海坊主さんとミックはこっちのお皿ね。おかわりもあるから!」

もう一往復して、女性軍と教授のカレーを持って来る。

白い湯気が上がる。

そこに、教授と美樹とかずえがやってきて、

食卓に全ての面子が顔を合せた。


*******************************************
(8)につづく。





と言う訳で、
奥多摩から3回目の夕食でございま〜す。
パキスタンチキンカレー、実は作ったことないで〜す。
イベントの時、仲間が作ってくれたのを
お相伴させて頂き、味に惚れちまいました〜。
さて、賑やかな晩飯になりそうです。


05-06 Ryo & Falcon

第5部 Professor’s House  

奥多摩から2日目


(6)Ryo & Falcon **************************************************************** 3939文字くらい



撩とファルコンは、ランクルに乗って、

先にCAT’Sに立ち寄った。

「美樹に頼まれた物を取ってくる。」

ファルコンは、

昨日のうちに美樹の着替えや衛生用品を教授宅に運んでいたが、

他に欲しいものがあると、言いつかっていたのだ。



「またせたな。」

大きな体を運転席に滑り込ませる。

「運転まかせてもいいのかぁ?」

「信用しろ。」

アクセルを踏んで車道へ合流する。

「って言われてもねぇ。」

撩は苦笑する。

(まぁ、いざとなったらいつでも代われるからな。)



「……香には、負担をかけてすまん。」

ファルコンは正面を向いたまま、

謝罪の言葉を零(こぼ)した。

「いんや〜、元々世話好きだしぃ、

その方が本人も気が紛れるんじゃねぇの?」

(まぁ、これは間違ってないわな。)

「それに、今回の騒ぎは俺らが原因だしな。」

「それは言わなくていい。美樹も言っていただろ。」

撩は間髪入れず答えたファルコンを見て、ふっと笑った。



「でもさぁ、んと美女と野獣だったよなぁ。一昨日は。」

両手を後ろ手に組んで、シートに寄りかかる。

「野獣は余計だ。」

「いいじゃねぇか、

美女と野獣の物語はハッピーエンドなんだろ?」

「むっ…。」

ちょっと赤くなるファルコン。



「……ウェディングドレス、か…。」



意識があの教会のシーンに飛ぶ。

「撩?」

足を組み直す撩。

「タコには見えなかっただろうが、美樹ちゃん、

これ以上ないって程の幸せそうな笑顔だったぜ。」

「………。」

しばし沈黙するファルコン。



「もし、目が見えていて、

あのドレスが赤くなったところをまともに目にしていたら、

俺は奴らを一人残らず殺していた。」

撩は、ちょっと目を見開いた。

車窓は南へ向かって風景を変えて行く。

「おまえ、よくセーブできたな。

一応冴子情報では死人なしだってよ。」

「フンッ!」

ファルコンはアクセルを踏み込んでスピードをあげた。



「……撩、お、お前は、

……か、香に、ぅ、ぅ、ウエディング、ど、どドレスを、

……着せるつもりは、な、ないのか?」

「………。」

いつもだったらふざけた返事しかよこさない撩が、

真剣な眼差しで正面を見据え沈黙している。



「……覚悟を決めたんだろ?」

ファルコンが続けて尋ねる。

「……ああ。」

低いバリトンの声は、

偽りのない空気を醸し出す。

「……撩、あの時、

……撃たれた美樹と香が、かぶったんじゃないのか?」

驚いて、後ろ手に組んでいた指がほどけた。

ちらっとファルコンの方を見る。

ファルコンはまっすぐ正面を向いたままハンドルを握っている。

(長い付き合いだけあって、

よくズバズバと言ってくれるもんだ。)



確かにその通りだった。

ドレスの刺繍を触った時のことを語ったファルコンを前に、

覚悟を決めた男をうらやましくも思い、

白いベールに包まれて、

満面な笑みを浮かべ指輪を受け取った美樹に、

香にもこの微笑みを纏わせることができるだろうか、

と少なからず感じていた。

しかし、

狙撃の瞬間崩れ落ちる美樹の姿が、

一瞬香になったのだ。

決してゼロではないその可能性に、

香を失う恐怖が背骨を駆け上った。



「ふん、黙っているところをみると、図星のようだな。」

ファルコンがにやりと口角を上げた。

「撩、お前が考えているよりも、香はずっと強い。」

「……だな。

……むしろ臆病者になっているのは俺の方だろうな。」

撩は腕を組み直して、また後ろ頭をそれで支えた。

ふーっと長い溜め息を吐き出す。

ファルコンは続けた。

「いや、俺も臆病になっている。」

「へ?」

「……美樹が大事だったからこそ、

だまし討ちのようにして、傭兵を辞めさせ、

永遠に別れることを決めて、

あいつを空港に一人残してきたのに。」

ふっと笑うファルコンの横顔は

守る者を得てさらに強くなった男の顔だった。

「まさか、俺を探し当てて、結婚を迫るとは思いもしなかった。」

「海坊主…。」

あまり自身のことを語らないファルコンが、

ぽろりと胸の内を吐露していることに、

何を企んでいるのか、撩は言葉を慎重に拾った。



「守る者が出来たら臆病になるのは当然だ。

何をするにも死ぬ訳にはいかねぇから、

慎重にもなり臆病にもなり、生き抜こうとする。」

「……だな。」

「俺も、ミックも、お前も、

女神たちに命を拾ってもらったようなもんだ。」

「ふん、アテナに、アルテミスに、アフロディテってか。」

「強剛揃いだ。

3人まとめてかかってきたら俺らでも勝ち目はない。」

半分冗談、半分本気の口調だ。



「野上姉妹といい、

俺らの周りはどうしてこうも鋼(はがね)の女が多いのかねぇ。」

「……縁だな。」

ファルコンが言う。

撩は大きく息を吐いた。

「……だな。」



何の引力かは知らないが、周りの仲間も、

そして先に旅立ってしまった亡き友人も含めて、

全ては出会いの巡り合わせ。

悲しみも、苦しみも、ためらいも、喜びも、幸せも、全部ひっくるめて、

受け止めるしかない。



「あーあ、絵梨子さんにバレたら、絶対黙っちゃいねーだろうなぁ。」

撩は、うーんと伸びをしながら言った。

「あのファッションデザイナーか。」

「そっ!」

アパートに押しかけてきて、

機関銃トークが始まるのが目に見える。

「くそっ、柄じゃねぇーってんだよな。」

ガシガシと頭を掻く。

絵梨子に言い含められて、ウェディング衣装が、

彼女のプロデュースで

好き放題着させられる未来も鮮明に浮かんだ。



ファルコンはにやけながら続ける。

「まぁ、香と相談することだな。

香が本当にそういうことを望んでいるのか確認すべきだろう?」

「ふーんだ。面倒臭せぇ。」

腕を組んで、車窓にむかってそっぽを向く撩。

ファルコンは気配で、

撩が赤面していることを感じていた。

「不器用なヤツ。」

「るせぇ。」





そんな会話をやりとりしながら、

車は大井埠頭に到着。

車内から周りの様子を確認する。

「ここが現場だ。」

コンテナが高く山積みされている港の際。



「ここに明後日、

ブツが届き南ガルシア行きの貨物船に乗せられる。」

「やっぱ、ガルシアがらみか。」

「ん?知っていたのか?」

少し驚いて撩の方に顔を向けるファルコン。

「冴子情報だけどな。

当日までサツが目立つ動きをしないように言っておいた。

お前のことは言ってねぇーよ。」

「相変わらず動きが素早いな。」

ふっと笑うファルコンは続けた。

「お前には話しておこう。

今回の依頼主は、

南ガルシア政府に家族を殺された俺の傭兵仲間だ。

本人も重傷を負い、傭兵への復帰は困難だ。」



「……そっか。」

撩は表情を変えずに外を眺め続けた。

「大量の武器が動くことを知り、その阻止のために俺が声をかけられた。」

本当は一人でするはずの仕事だったが、

簡単な内容でないことを

あのやりとりの中で察知した撩の動きには、

さすがとしか言い様がない、

ファルコンはそう思いながら説明を続ける。



「阻止、だけでいいのか?」

「?」

「俺だったら、

根っこごと掘っちまって後から生えないようにするがな。」

「………。」

「コンテナの1つや2つ沈めたくらいじゃ、ダメージは小さい。」

「何をする気だ?」

少し怪訝そうな表情のファルコンににやりと答える撩。

「ミックに動いてもらうかな。」

「……情報戦か。」



(たぶん、撩の頭の中では、

猛烈なスピードで今回の動きの計算がされているんだろう。

涼しい顔をして、特に寄り目の時には、

ワンマンアーミーそのもののオーラを出す奴のこと。

今も、その表情に違いない。)

ファルコンは気配で撩の表情が明確に伝わってきた。



「いつ、どっちが、コンテナ捨てる?」

黙っていたファルコンに撩が尋ねた。

ファルコンが、外の重機を指差しながら聞き返す。

「お前は、リーチスタッカーか、コンテナキャリアーは使えるな。」

「ボクちゃんに、使えない道具はありましぇーん。」

「……好きな方を使え…。」



まだ周りは明るい。

埠頭の様子はよく分かる。

「当日、見張り役の輩がうじゃうじゃ出揃うらしい。」

軽くため息をつく撩は、窓に腕をかけて呟く。

「雑魚ばっかり数揃えてもしょーがねぇーのにな。」

「明日は、俺らも武器の準備だ。

ここで最終確認をするが、用心のため車は別のを出す。」

「ほーい。まぁ、そんときゃ、

また新しい情報も入るかもしれんな。」



撩は、

現場の環境を細部まで頭に記憶し、

表の作業はさっさと終わらせて、

裏の作業はミックに任せることにした。

「あー、この仕事の件、香に話してもいいかぁ?」

「ああ、かまわん。情報が漏れる心配はないだろ。

じゃあ、帰るぞ。長居は無用だ。」



ランクルは、北北西に進路を向けた。

「手強い女神たちが待っている屋敷へ戻りますかね…っへ、へ、へっくしょい!」

「は、は、は、…はっぐしょんっ!」

同時にハデなくしゃみをしでかす男二人。

「な、なんだ?」

撩は、

指で鼻を刷りながらこのタイミングの良さにクエスチョンマーク。



「どうせ美樹と香が俺らのことをネタにくっちゃべってんだろ。」

ファルコンの一言に、妙に納得した撩は、

ふっと笑って、

どんなことを話していたのか、後で聞き出してやろうかなーと

悪戯モードに切り替わる。



「撩、余計な詮索はしない方が身のためだぞ。」

ごりっと銃口がこめかみにあたる。

弾が入っていないのはお互い認識済み。

「あ、あは、は、は、なーんのことかなぁ?」

引きつった笑顔で、

指でちょいちょいと銃口の向きを変えながら、

「まぁまぁ、こんなものはしまって、早く教授のところへ戻ろうぜ。」

と運転に集中するよう促した。



(こんな冗談が言い合える仲になろうとはな…。)

血腥い戦場で出会った時のことを思い起こせば

にわかには信じ難いこの関係。

この夫婦とも、生きてさえいれば、

これからも長い付き合いになりそうだ、と

また、腕を後ろ頭に組み直し、

リラックススタイルで、助手席に座り直した。



「今夜はカレーパーティってか。」

首都高1号線から新宿に向かう車の中で、

男二人、それぞれの女神の姿を想うのであった。



**********************************
(7)へつづく。





この二人にこんな会話をさせるのは、
ちと早過ぎるかと思いましたが、
1度アジトで、
美樹の傭兵時代のことを語ったファルコンを思い返せば、
結婚式直後、他に聞かれる心配がない状況で、
1対1で対話する時間ができれば、
こーゆー流れもあり、かな?と。
コンテナを運ぶ重機は、息子の協力を得ました〜。
「働く車」が大好物の小3ですが、
コンテナを動かす車ってどんなの?と聞いたら、
速攻で図鑑を持ってきて見せてくれました。
あーあ、アニメの模擬結婚式、
原作中で見たかったなぁ〜。
欲求不満は、二次創作サイト様で解消させて頂きますっ。



【誤植発見感謝!&若干改稿しました】
「いざとなったらいつでも変われるけどな」⇒「いざとなったらいつでも代われるからな」
に修正致しました〜。
mさん、ご連絡ありがとうございました!
2016.02.07.02:58


05-05 Miki & Kaori

第5部 Professor’s House  

奥多摩から2日目


(5)Miki & Kaori *****************************************************************3790文字くらい



香は、昼食に使った大量の食器と鍋類を洗い、

野菜と鶏肉を切って、

1升分のお米を研ぎ、夕食の下ごしらえを済ませた。

これだけでも、結構な時間がかかる。

人様の家の台所というのは、

勝手がよく分からないもので、

なかなか普段通りにはいかないところもあるが、

それを酌まなくても、大変な作業だ。



「ふぅー、夜はミックとかずえさんも一緒だから、お米足りないかも。」

うまく出来るかは分からないが、

圧力鍋か何かでもう少し炊きあがるご飯の量を増やそうと、

食器棚の周辺を探った。

「あ、あった、あった。これならあと5合は炊けそうね。

あとは、夕方からの作業で十分かな。」



エプロンで手を拭きながら、

かずえの残したメモの内容を確認する。

掃除と洗濯物と美樹の検温、薬の服用のチェック。

洗髪のサポート、そして夕食のメニューのアドバイス。

分かりやすい指示に、香もやる気モードが高まる。



先に、洗面所に行き洗濯機を使う。

旧式だが、

ちゃんと説明が書いてあるので作業に支障はなし。

ベッドのシーツやタオル、美樹の着替えに、教授の衣類などを

2回に分けて洗うことに。

洗濯槽が回っている間、掃除と干す作業を交互にこなす。

その合間をぬって、美樹の部屋に行くことにした。






「美樹さん、今いいかしら?」

美樹の休む部屋に行って、

ノックのあとにひょこっと顔をのぞかせる香。

「もちろん、どうぞー。」

書籍を手にしていたのをベッド脇に置いて、笑顔で答える美樹。

「あのね、かずえさんからの伝言で、検温することになってるみたい。

体温計はここにあるかしら?」

メモを持ちながら、

懸命に仕事をこなそうとする香がいじらしく思い、

美樹はくすりと笑った。

「ええ、ここにあるわ。記録用紙も一緒よ。」

と、体温計を脇に挟んだ。

「お薬は?」

先ほど、かずえに声をかけられていたことを思い出す。

「大丈夫、ちゃんと飲んだわ。」

「じゃあ、測っている間に、この辺りの掃除しちゃうわね。」

と廊下から掃除機を持ち込み、窓を開けた。

いい風がさわっと入ってくる。

ざっと掃除機を掛け終わると、

ちょうど体温計がピピピと電子音を鳴らした。



「36度2分、ちゃんと平熱ね。」

さらりと記録用紙に書き込み、

もとのベッドサイドの引き出しへ戻した。

「香さん、あんまり頑張り過ぎないでね。」

美樹がそう言ったのを聞くと、掃除機のコードをしまいながら、

香は柔らかく微笑んだ。

「ううん。させてもらってむしろ有り難いわ。

家で悶々と心配するより、

美樹さんの元気な顔を見ながら傍にいれるほうが、

私にとって大きなプラスよ。」

窓を閉めて振り返る。

「そう言ってくれると嬉しいわ。……ねぇ、ところで香さん。」

掃除機を抱えて廊下に出ようとた香は足を止めた。

「え?」

「冴羽さんに、何て言われたの?」



唐突の質問に、香はドキンとする。

「え?え?…っな、な、何って何のこと、かし、らぁ?」

どもり噛みまくる。

おそらく湖畔での出来事のことを指していることは、

鈍感な香でも何となく理解できた。

しかし、

すぐに上手な反応ができる程のスキルもなく、

しどろもどろが続く。

美樹は興味深そうな顔で香の表情を見つめる。



「教会でね、私、冴羽さんに、けじめつけられた?って聞いたの。

そしたら、ちぁゃ〜んと『あぁ』って肯定の返事をしてくれたんだけどぉ…。」

「あ、は、は、…み、美樹さんっ…。」

(美樹さんがそんなことを撩に聞いていたなんて、

しかもちゃんと撩が答えていたなんて、

こんな恥ずかしい状況を、

この後どうやって乗り越えたらいいのぉぉぉ。)

香は、『あのシーン』が鮮明に思い出され、

プシューっと真っ赤になる。



「っ、…あ、あの、…そ、そ、その…。」

俯いて掃除機を持ったまま、完全フリーズの香。

体温が40度は越えてそうな肌色に、

美樹は気の毒になってきた。

「ああ、ごめんなさい。野暮な質問だったわ。今のはナシにしてあげるっ。」

美樹の声を聞いて、香がふと顔を上げる。

「……ファルコンもね、簡単には想いを言ってくれなかったわ。」

美樹は窓辺に視線を流した。



「美樹さん……。」

「でも、あのウェディングドレスがファルコンの最後の一歩を後押ししてくれたの。」

目を閉じて回想する美樹を見つめる香。

「ドレスの刺繍を触っているファルコンの指が少し震えているのを見て、

私の方がドキドキしちゃった。」



香も美樹の手作りのドレスを思い浮かべる。

「きっとファルコンも冴羽さんも心を決めるのに、

相当な決断が必要だったと思うわ。たぶん、ミックもね。」



香もそれは分かっていた。

ただ、撩だけでなく、ファルコンやミックも、同様であることは、

美樹の話しから改めて感じた。

ミックも引退してジャーナリストになったとは言え、

完全に裏の世界から足を洗えた訳ではない。

大切な物をそばに置いておくには危険過ぎる条件は、

撩もファルコンもミックも変わらないのだ。



ただ違うのは、

自分は美樹のように強くないこと。

かずえは、表の世界で自分の仕事をきちんと持っているが、

自分とは撩と同じ立ち位置にいるはずなのに、

技術的には素人同然。

これでは、一緒に生きて行くことがより困難な道のりであることは、

問われるまでもない。

香は、また自分の存在が

撩の負担になっているという思考のループにハマってしまった。



「……Together forever……。」



美樹が英語でぼそっと呟いた。

「え?」

「ふふっ、ファルコンがね、私が結婚式を挙げたいと言って、

これからも共に生きて行こうねって腕を絡めたら、

彼、顔を真っ赤にして、しばらく黙り込んで、

やっと小声でこう言ってくれたの。」

ベッドの上で、三角巾に吊るされた右腕はそのままに、

上半身を起こして左手は膝の上に添え静かに目を閉じていた。



かつて『goodbay forever』と書かれた手紙を渡された時の想いを

振り返りながら、ファルコンを追い求めて、探し続けて、

撩と香のおかげで、

パートナーになったことが昨日のように思い出される。



「トゥゲザー・フォーエバー、……ずっと一緒だって、英語でね。」



香の心臓がドクンと跳ねる。

持っていた掃除機は支えをなくしてガシャンと音を立てた。

「えっ!香さん!大丈夫?」

慌てて香の様子を確認する香。

すると、大きな瞳からぽろぽろと大粒の涙がこぼれ出ている。



「ちょ、ちょっと!か、香さん、どうしたの?大丈夫?」

美樹は、なぜ香がそんな状態なのか頭の中はクエスチョンマークだらけ。

ベッドから身を乗り出そうとした美樹に気付いた香は、

慌ててかけよって制止した。

「ううん、大丈夫。……あ、あのね…。」



ベッドの端に座っている美樹と

そばの椅子に座った香はやわらかくお互い向き合った。

少し深呼吸して、気持ちを整えると、

姉とも言える美樹にちゃんと言っておかなければと思い、

次の言葉を紡いだ。



「美樹さん、あ、あのね、……撩もね、……同じことを言ってくれたの。」



「!!、え…、ええええーっ!?」

「こっちは、……日本語だけどね。」

香は鼻をすんと吸った。

「……まさか、海坊主さんも同じセリフを使っていたなんてね。」

「ほんとね、なんだかんだ言いながら似た者同士かもね。あの二人は。」



クスクスと笑い合う香と美樹。

ここで、ランクルに乗っている男二人が盛大なくしゃみをしたことは、

彼女たちにとって知るよしもなし。



「美樹さん、ありがとう。」

「え?何が?」

「……たぶんだけど、美樹さんと海坊主さんの結婚式が、

……もしなかったら、……きっと撩も、

この一歩を、……踏み出せないままだったかもしれないわ。」

「香さん。」

「美樹さんたちの、おかげよ。きっと…。」



香は、美樹の左手にそっと自分の右手を添え、

彼女の左肩に自分の額を触れさせた。

美樹は涙で濡れる香をゆっくりと左手で抱き寄せた。

香も傷に負担がかからないように腕をまわした。

こうして、美樹とお互い体を寄せ合うのは、

あの墓地での決闘以来。



美樹は、

香からかすかに香る硝煙とタバコの香りを嗅ぎ取った。

それが意味することに、とても嬉しくなり、

おのずと呟いた。

「……香さん、あなたから冴羽さんの匂いがするわ。」

「え″っ!!」

思わずがばっと離れてしまった。顔は真っ赤だ。

くすくす笑う美樹は、そんな香が可愛くて、

これじゃ冴羽さんも手放せなくなるわよねと、

一人得心した。



「硝煙とタバコの香りがほんのかすかに香さんに残っているわ。」

具体的に分析された香は、もう茹で蛸を通り越している。

「昨日、ファルコンも、

冴羽さんについていたあなたの香りを感じていたから、

今頃からかわれているかもね。」

香は、あぅあぅと言葉にならない声で動揺を隠せないでいた。



「あの照れ屋さん二人の告白は、私たちの秘密にしておきましょ!ねっ。」

美樹はにっこりと笑った。

「そ、そうね!でも、ホ、ホントびっくりしたわ…。」

「私も。」

「じゃ、じゃあ、そろそろ洗濯物が乾いていると思うから、回収してくるわ。

また夕食出来たら呼びに来るから。」

「ええ、楽しみに待ってるわ。」

恥ずかしながらも、明るい会話を交わしながら、香は美樹の部屋をあとにした。



美樹との対話の余韻を心に残しながら、

洗濯物に取りかかる香。

お天気も良く、

爽やかな風がそよいでいる上、

薄物が多いので乾くのが早く好都合。

日本庭園の一角に干されたものを素早く取り込み、

たたんでこちらも一区切り。

それでも時刻はあっという間に夕方になり、

もう夕飯の仕度をする時間となった。



「さて、大鍋にたっぷりのカレーを作らなきゃ。」

香はくすぐったい思いを胸に、

いそいそと台所に戻って行った。


********************************************
(6)につづく。





海ちゃん、一度「Good by forever」と告げてしまっている訳ですから、
それからまた、共に生きること決めるというのも、
相当な覚悟と決心が必要だったと思います。
色んな意味で、
美樹が想いを込めて縫い上げたウェディングドレスと手作りのブーケが、
ファルコンにも撩にも香にも
いい起爆剤となりポジティブな波紋を広げていったのではと。
恐らく、年齢がさほど離れていない裏の世界の住人、
しかも親しさでは群を抜くファルコンがちゃんと式を挙げるというのも、
撩にとっては、実はか〜なりの衝撃だったかもしれません。
のちのち、このあたりも本編に組み込んでいこうと思います。
(奥多摩から1週間後くらいかな??)


【ご指摘感謝です!】
匿名様、英単語のつづりミス発見報告ありがとうございます!
本当に助かります!
遅れましたが、修正致しました。
わざわざお手間をとって頂きありがとうございます。
皆様からの赤ペンチェックは大歓迎でございますので、
また何かございましたらお気軽にご一報頂ければと存じます。
(コメント返信欄にも同内容を打たせて頂きます)
2013.08.24.15:22


【誤植修正ご連絡感謝!】
「ファルもン」⇒「ファルコン」に修正致しました!
発見&ご報告大感謝です!
K様ありがとうございました!
くまもんの仲間かよっ←自分でツッコむ
2015.11.01.20:27


05-04 Kaori's Cooking

第5部 Professor’s House  

奥多摩から2日目


(4)Kaori's Cooking ************************************************************3309文字くらい



やたらと大物ばかりの買い物を手早くすませ、

教授宅に着いたのは、昼ちょっと過ぎ。

荷物を中に持ち込むと、香はさっそく昼食の準備を整えた。



「香君、買い出しご苦労じゃったのう。」

様子を見に教授が香に話しかける。

「いえ、もうすぐ配膳できますから。」

住んでいる人数には見合わないほどの広い食堂、

そこに5人前だけど10人分くらいの食事が、

テーブルにずらりと並ぶ。

多種多様なおにぎりが主食で、吸い物に、

煮付けに、空揚げに、お浸しに、お漬物に、フルーツにと

一見ピクニックのお弁当のような賑わいで彩られている。



「わー、すごい。これ香さんが全部?」

と美樹が歩いてやってきた。

「え!美樹さん歩いて大丈夫なの?」

驚く香に、クスッと笑顔を向ける美樹。

「食事やトイレの時くらいは、平気よ。」

「無理はしないで。お部屋に運ぼうかと思っていたのに。」

傍に歩み寄る香。

「あら、みんなと食べる方が楽しいし、その方が治りも早くなるわ。」

「じゃ、じゃあお好きなところに陣取っちゃって。」

「それじゃ、遠慮なくファルコンの隣に座らせてもらうわ。」

なぜか赤くなる香に、撩は苦笑した。

撩と香とファルコンと美樹、そして教授の5人揃っての食事に、

まるでちょっとしたパーティーのようでもある。

「さ、食べましょ。あまり上等なものじゃないけど、みなさん召し上がって。」

香がみんなを促した。



「頂きまーす。」

美樹がさっそく箸を伸ばす。

一応右利きではあるが、左手も使えるように訓練しているので、

器用に取り皿に選り分けて行く。

「美味しい!この味付けいいわぁ。あ、こっちのも好み!」

パクパクとまさに食欲旺盛という感じで、美樹は香の手料理を楽しんいでる。

「ね!香さん、今度これとこれの作り方教えてくれない?

この味気に入っちゃった。」

香は、美樹の高評価に全身で戸惑う。

「そ、そ、そんな、たいしたモノじゃないのに…。」



教授も柔らかく微笑みながら嘴を挟んできた。

「撩はいつもこんな旨い物を食わせてもらっておるのか?」

「……教授、なんでこっちに振るんすか。」

空揚げを頬張りながらブスッとした表情で教授に視線を送る。

「お前さんのことじゃ、

どうせ美味しいの褒め言葉もなしに、がつがつ食っとるだけじゃろ。」

ファルコンも参戦してきた。

「撩、新宿中の香のファンが、

どんなに香の料理を食べたがっているかお前も知っているだろ。」

「へ?」

「は?」

香と撩が、同時に声を出す。

「そうよぉ、冴羽さん。毎日香さんの手料理を食べられるなんて贅沢なのよぉ。」

美樹も参戦してきた。

「み、み、美樹さん、海坊主さん、そんな、ぜ、贅沢だなんてないわよ!」

慌てて否定する香。

「私が作るものなんて、ホントたいしたものじゃないんだからっ。」

「いやいや、香君、謙遜するでない。本当にいい味じゃよ。」

お浸しを口に運びながら教授も続けた。

「撩は、日本に来る前は、このような食事とは縁遠かったからのう。」

「きょ、教授っ!」

このじいさんにこれ以上喋らせたくないと、焦る撩。



「あら、私たちもそうですよ。教授。」

美樹が補足する。

「内戦中なんて、本当に食を楽しむなんて出来なかったわ。ねぇ、ファルコン。」

「ああ。」

短く返事するファルコンに、

みんなと香は過ごしてきた背景が違うことを改めて感じさせられていた。

その表情に気付いた美樹がフォローする。

「今はこうしてみんなで美味しいもの食べられるなんて、

ホント有り難いわよねぇ。」

次の料理に箸を伸ばしながら微笑む。



「そうじゃのう、夜はミックとかずえ君も合流する予定じゃから、

もっと賑やかになるぞい。」

「げっ、ミックの奴も来るのかよ!」

フルーツが口からこぼれそうになった撩は、

さらに面白がってカラかってくるミックの言動が容易に想像できた。

はぁと溜め息をつく。

「夜はありきたりで申し訳ないですが、カレーライスを予定してるの。」

香が、身と声を小さくして夕食の予告をする。

「おう、それは楽しみじゃの。老人だけだと食べる機会も少ないからのう。」

教授の顔に細かい皺が浮かぶ。

「教授、お台所の寸胴鍋をお借りしてもいいですか?」

「もちろんじゃとも、置いてあるもの何でも好きに使ってよい。」

「ありがとうございます!」

そうこうしているうちに、

みるみるとテーブルの上の料理が空になっていった。



「あー、お腹いっぱい!ごちそうさまでした!香さん、どれも美味しかったわ!」

美樹の明るい声が食卓に響く。

「ごっそさん。」

撩も爪楊枝をくわえてリラックススタイル。

「お粗末様でした。あたし、お茶入れてくるわ。」

香は空の食器を持てる分だけ下げ、台所に戻った。

すると、ファルコンがおもむろに立ち上がって、

大きな手で残りの器を回収し、香の後を追った。

「お、海坊主わりぃな。」

「ファルコンは紳士じゃの。撩よ、少しは見習わんか。」

後ろ姿を細い目で見送る教授は、お約束のように撩に振った。

「ふん!俺はいつだって紳士だって!ねぇー美樹ちゃん!」

と共感を求めつつ美樹の左手を取ったとたんに、

ガォーンンンン!

こめかみに弾が掠めた。

「っぶぁっきゃろっ!タコっ!何すんでい!当たったらシャレにならんだろうがっ!」

「…まったく冴羽さんたら、香さんも苦労が耐えないわね。」

美樹が深いため息をつく。

「おお、壁に穴が…。

ファルコンくんも美樹君が大事でしょうがないようじゃな。」

「すいません、教授、壁の修理代弁償しますわ。」

美樹は申し訳なさそうに壁にめり込んだ弾を見つめた。

「いや、請求先は撩じゃな。」

「は?」

「お前さんが、余計なことをしたのが原因じゃ。」

涼しい顔で答えた。

「教授、それは違うでしょ!」

と、食いつかんばかりに抗議する。

が、何をどう言っても分が悪いのは撩であることは、

自身も分かっている。



ほどなく香がお湯飲みを5つお盆に乗せて戻ってきた。

「ちょっと、さっき海坊主さんが撃ったの、

撩が原因じゃないでしょうね?」

銃声を聞いてあわてて振り返ったら、銃口から煙を吐いているキングコブラを

ファルコンが仕舞うところだった。

(『気にするな』って言われても、気になるじゃない!)



「香さん、いつものことよ。」

美樹があきれ顔で壁に人差し指を向けた。

はぁぁ、と香は肩を落とす。

「ふーんだ、撩ちゃん悪くないもんねぇー。」

と、だだっこのように椅子の上であぐらをかいて口を尖らせそっぽを向く。



香は、ため息をついた後、

お盆を置いて台拭きでテーブルを綺麗にし、

一人一人に湯のみを差し出した。

「どうぞ。」

「ありがと、香さん。」

「食後の一服、至福じゃのう。」

ずずっと緑茶を傾けながら教授が微笑む。



「香、俺と海坊主はこれから出かけてくる。」

飲み終わった撩は、香に声をかけた。

「あ、例の下見ね。」

「ああ、夕食までには戻れるよな。」

ファルコンに同意を求める。

「大丈夫だ。俺のランクルで移動するぞ。」

ファルコンの手の中では、

まるでままごとセットの湯飲みを持っているかのように見える。

「海坊主さん、撩、気を付けてね。」

少し眉を切なげに寄せる香。

「心配すんなって。じゃぁ、行ってくる。」

一服し終わった二人の男は、のっそりと立ち上がり、

ファルコンは無言で、撩は左手をひらひらさせながら、食堂から出て行った。



「香君、これがかずえくんから今朝預かったメモじゃ。

台所や洗濯物について、細かいところまでアドバイスが書いておる。」

白衣のポケットから白い紙切れが出された。

「あ、ありがとうございます。じゃ、さっそく取りかかりますね。」



「じゃあ、私は部屋で休んでいるわ。」

美樹は、怪我をしているとは思えないほどのスムーズな動きで

席を立った。

「美樹君、食後の薬を飲むのを忘れんようにのう。」

「はーい。」



香は、メモにざっと目を通した後、湯飲みを回収しながら、

夕方までの時間の使い方を思い描いていた。

「……香君、あまり無茶するでないぞ。」

香は、ふっと笑顔になり、答えた。

「大丈夫ですよ。させて頂いていることが嬉しいので。」

そのままお盆と台拭きを持って台所に向かった。

「やれやれ、若者三組それぞれ楽しませてもらうかのう。」

教授も意味深な微笑みを残して書斎に向かった。


****************************************
(5)につづく。







【誤植発見感謝!】
スームズ⇒スムーズ直しました!
ご連絡大感謝です!
[2014.09.22.20:58]


教授宅の食堂は、
銀狐の回で香が教授の家に泊まりに行った時
朝食のシーンで出てきました。
あのコマをご参考にと思います。

また脱線話しですが、
先日、CH二次創作サイトの整理をしてみたら、
なんと閉鎖もしくは機能停止のサイトが
115もありました(泣っ)。
バナーだけは残っていることが多かったので、
バナーコレクションを開始。
ちまちま印刷して、CHノートに貼付けちゃってます。
(んなことしているヒマがあったら家事をしろー)
みなさん素敵なデザインで
これだけでも癒されますのに、
中身が見られない閉鎖は本当に残念です。
勝手ながら何らかの形での復活を願っておりますぅ。

【キングコブラについて】
読者の方から、
キングコブラは美樹の愛銃ではないかとのご指摘を頂きました。
それにつきまして、少々言い訳解説をさせて頂きますね。
ファルコンが美樹の銃で撩を狙ったシーンは
実は、迷ってひねった場面だったんです。
当初は、完全版12巻と22巻等で登場した
「44マグナム」でと思っておりました。
しかし、余計なことを考えて、余計なひねりを入れてしまいました。
奥多摩の結婚式の時に、
ファルコンはバズーカ砲その他の銃器を持ち込んでいました。
当然、美樹ちゃんも自分のキングコブラを持参していたことでしょう。
結婚式でも何があるかわからん稼業という想定の中で、
本当になんやらかんやらが起ってしまい、
美樹ちゃんが撃たれてしまいました。
リョウとのクロイツ戦を終えたファルコンは、
きっと諸々の銃器と共に美樹の愛銃もちゃんと教会の控え室あたりから回収したのではと。
他のオオモノは、アジトかキャッツにしまい込み、
キングコブラは、海ちゃんが預かって美樹ちゃん復活まで常に身につけているという設定で
あのシーンにあの銃を使った次第です。
たぶん、これは大変分かりにくいひねりなので、
美樹の台詞で「ファルコン、あなたまだあたしの銃持ち歩いてるの?」
返すファルコンの台詞に
「お、お前が動けるようになるまでは、お、俺が管理しておくっ。」的な
やりとりを挿入すればよかったかもしれません。
言葉足らずでした。
気付いた皆様、困惑させてしまいましたことをお詫び申し上げます。
[2013.09.17.01:25]

拍手2000パチ報告

2012年3月31日午前3時31分に当サイトをオープンして、
ちょうど100日目の昨日7月9日、
拍手2000パチパチとなりました。



国語力も英語力も、
なにもかも乏しい創作であるにもかかわらず、
こうして共感・賛同の意を頂いておりますことに、
画面の向こう側の全てのみなさまへ、
心より感謝申し上げます。


記念に思い立って、
パチパチの多かったランキングベスト10を
ピックアップしてみました。


過去30日のランキングが見られるサービスを
表示しようと色々試しておりますが、
なぜかタイトルでの表示でなく、
アドレスの表示になるので、
一旦諦めて、アナログ手法でチェックしてみました。


とりあえずは参考情報までということで〜。
(本編以外は18:18[いやいや]でアップしていこうかと…)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

Toad Lily 2000パチ記念 人気上位ランキング発表 (53記事中2012.07.10現在)

1位 01-22 Start Line              57 パチパチ
2位 01-03 No Windowpane           54 パチパチ
2位 01-16 Bath Room             54 パチパチ
2位 02-04 Preparation             54 パチパチ
2位 02-05 Insert                54 パチパチ
3位 02-06 Reverberations           53 パチパチ
3位 04-10 Go To The Ryo's Room        53 パチパチ
4位 02-01 Kiss Mark              51 パチパチ
5位 01-17 Kitchen-Dining Room        45 パチパチ        
5位 03-01 Butterfly Kiss            45 パチパチ
6位 01-04 I Love You              44 パチパチ 
7位 03-03 Ryo's Morning            43 パチパチ 
8位 01-19 Living Room             42 パチパチ
8位 01-21 Next Morning            42 パチパチ 
8位 SS-01 Night Of Ami & Mami's House     42 パチパチ
9位 01-15 My Home              40 パチパチ
9位 03-07 Training               40 パチパチ
10位 01-02 Zero Distance            38 パチパチ
10位 05-01 Kaori's Morning           38 パチパチ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

こりゃ、リンク貼付けるのがちょいとめんどくさいな〜。
こーゆーの自動でできるサービスないのかしらん?
まだブログの使い方がよぉ分からん。
なんで下書きの時にそろっていたパチパチがガタガタになるだぁ??
10位の余白も空いてくれんしぃ〜。


という訳で、まだとーぶんこんな感じで
だ〜らだ〜と吐き出しが続きますが、
またお手すきの時に、お気軽にお立ち寄り下さいませ〜。


05-03 Before Departure

第5部 Professor’s House  

奥多摩から2日目


(3)Before Departure ***********************************************************4153文字くらい



駅から戻り、

撩をかたどったマスコット人形付きの鍵で入り口を開けた香は、

ついでにトラップのチェックもすることに。

いつどんな侵入者がやってくるか分からない家業故、

ファルコンから教わった技術で、

必要最低限の装置を敵に分からないように施すことは、

もはや自分の中では日常。



「出来たら監視カメラも欲しいわよね…。」

1階駐車場を一通りチェックして異常なしを確認。

(小林みゆきちゃんと一緒に、

南ガルシアの諜報員を相手にした時は、

侵入者を感知する装置が役立ったけど、

誰だか分からないのが難点なのよね。

でも、予算が厳しいなぁ。)



そんなことを考えながら、階段を上り、

懐かしいやりとりを思い出す。

「ただいまー!」

そのまま、キッチンへ向かい、

教授宅へ持って行く調理器具や食材を取り分け、

買い物メモを作っていく。



「慌ただしいなー。」

撩がキッチンに入ってくる。

「あ、撩。11時頃出ようと思うんだけど、いい?」

「おまぁ、それで間に合うか?」

「大丈夫、買い物しても12時頃には教授の家に着くと思うから。」

「了解。」

撩は、自分が思い描いていたタイムテーブルとほぼ同じだったことに、

内心、いいコンビネーションだと一人気分を良くした。



「夕食も向こうで作って食べる予定だから。」

「ほーい。」

(じゃあ、海ちゃんとの下見の後はまた教授宅で一緒に飯って事だな。)

出発まであと2時間強。

「あー、俺地下にいるわ。」

「うん、分かった。」

その間に武器庫でもチェックしておくか、と

撩は玄関に向かった。



香は、教授宅でする作業を簡略化するために、

家での調理を出来るだけ進めることにした。

手早く食材を切り分け、メニューを次々と用意していく。




(大食らいが2人、美樹さん、教授、私と昼は4人分。

夜は、かずえさんが戻ってくるから5人分。

献立は夕べからある程度イメージしていたから、

あとは、この後の買い出しでいくらでも調整ができるわね。

教授からお願いされた買い物もあるから、

荷物が多くなりそうだわ。)



ここまで勢いで思考を巡らせていたら、

ふと夕べの教授との会話を思い出した。



美樹の部屋を出て、

花を生けるために花瓶を持って洗面所に行った時、

一緒に教授もついてきたのだ。



一瞬、ハンマーでも用意しなければならないかと、やや警戒したが、

その場でさらさらと書かれた買い物メモと、

クレジットカードを渡された。

食費はここから使い、カードが使えないところでは

領収書を貰ってきなさいと、指示を受けたのだ。

そして、その後の会話に香は花瓶を落としそうになった。



「赤子を生むときはワシのところに来なさい。」

「はぁああ??」

「ほほ、そんなに驚かんでもいいじゃろ。」

突然切り出された話題に、目を白黒させる。

「同じことを、かずえ君や美樹君にも言っておる。」

教授は手を後ろ手に組んで、絶句している香を横目でちらっと見た。



「……お前さんたちのパートナーは、

お前さんたちから普通の女性が得られる幸せを奪ってしまったと、

深く思い悩んでおる。」

「……そ、そんな…。」

3人の男たちの顔が浮かぶ、

「恐らく、お前さんは、子を産むことは諦めておるじゃろ?」

ギクッとした。

教授にそこまで読まれていることに、

撩とけじめをつけたことは隠し様がないと知る。

「男はのう、守る物が増えればそれだけ強くなれるもんじゃ。」

「……教授。」

「新しい命を授かったら、遠慮なくワシのところに来なさい。」

「……で、でもっ!」

教授は、優しく微笑む。

「何も心配せんでもよい。時が来たらゆくっり話し合うとよかろう。」

香は、返事ができない。

「ワシの古い知り合いのばぁさんに凄腕の助産師もおる。」

「………。」

香はしばしの沈黙のあと小さく呟いた。

「……美樹さんやかずえさんは、……何て、言っていましたか?」

教授は、にやりとした視線をよこした。

「それは、女性軍同士で話してみることじゃな。まぁ、望む未来を諦める必要はなかろうて。」

「教授……。」

「ふぉほっほっ、ワシとしては先に結婚式を見てみたいもんじゃがのぉ。」

香は、ぼぼっと赤くなった。

「ま、あヤツは無計画に孕ませたりすることはないじゃろうて。

さて、美樹君のところに戻るかのう。」

さらりと言われた爆弾発言とも言える衝撃的なセリフ。

あまりにも、何もかも見透かしている会話に呼吸が出来なくなる。

「!!!、ぁ、………、は、はぃ。」

という会話があって、赤面したまま花瓶を抱えて美樹の病室に戻ったのだ。



キッチンのダイニングテーブルの上に、

持って行く予定の食材が大体そろった。

香の思考は、まだ教授との会話の余韻が残る。

まだ、今現在では、

とてもじゃないが、私たちが子どもを作るなんて、

前向きに考えることはできない。

ただでさえも足手纏いな自分がいるのに、さらに守るべき命が増えたら、

撩はきっともっと傷つき、もっと命の危険に晒(さら)される。

それは、撩だけでなく、パートナーの自分も、そして自分たちの子どもも同じ。

撩自身も、神宮寺氏の依頼の時に言っていた。

家族が増えたら守りきれないと。



自分が母親になる未来はない。

小さな憧れはあっても、

撩のパートナーとして生きて行くことを決めた時、

もうとっくの昔に心の整理をつけていたこと。

それが、教授とのやりとりで奥底に閉まっておいたものが引っ張り出された。

いずれにしても、間違っても避妊を失敗するわけにはいかないと、

自己管理を徹底することに思いを巡らせた。



「おーい、そろそろ洗濯物しまうか?」

いきなり撩の声が耳に入ってきて、ビクンと肩が上がる。

「え?!うそっ!もうこんな時間?」

考え事をしながらの作業。

撩の気配に全く気付かなかった。

「あー、えーと、撩!ごめん!洗濯物は私が取り込むから、

撩はこのテーブルの上のものを車に積んでもらえる?」

「げっ!なんだよ!この量はっ!」

テーブルの上には、一往復では移動が難しそうな食材の山。

複数のタッパーに、いくつあるか分からないくらいのおにぎりに、

大鍋に、その他調理器具。

「人数は4、5人だけど、

量としては海坊主さんとあんたがいるから約10人前なのよね。」

「はぁ。」

「私も終わったらすぐ下に降りるから!あ、そこのバスケット使って!」

そう言い残して、香はリビングに小走りで向かった。



「はぁー、よくもまぁここまで用意するもんだ。」

撩は、タッパー類をバスケットに詰め込んで、

曲芸師のように、テーブルの上のものを片手で持ち、

そのまま、トントンと階段を降りていった。



先ほどまで地下射撃場にいた撩は、

腕ならしでワンホールショットを軽く決め、

武器庫のチェックをし、

さらに武器庫の奥にあるトレーニングルームで

ちょっとした筋トレをしていた。

考えることが同じなのか、地下から6階に上がる時も、

香が設置したトラップや侵入者感知センサーなどのチェックも怠らない。

(海ちゃんにどこまで習ったんだか。)

ほぼプロ級と言ってもいいその仕掛けに、

いつのまにやら熟練した腕を持つようになった香に、

複雑な気分を味わいながらも苦笑する。



6階フロアに戻り、キッチンをそっと覗いてみたら、

何やら深刻な表情で考え事をしながら

ラップを使っている香が目に入る。

(まぁーた、ネガティブなことを考えてんな、こいつ。)

とりあえず気付かないふりして、今戻ったかのように話しかけた。



で、荷物を頼まれ今にいたる。

クーパーの荷台を開け、食材を詰め込む。

「買い出しは、後部座席に突っ込むか。」

香を待つ間、とりあえず一服することに。



少ししわの寄ったタバコの箱から、

ポンと1本取り出して銜えたとたん、

唐突に昨日のベッドシーンが脳裏に甦る。

口に触れたタバコの直径と香の乳首が

ほぼ同じサイズであることに気付いてしまった。

「は…、そうか、俺『あれ』からタバコ吸ってなかったっけか。」

まじまじとタバコの吸い口を見つめ、

ぼやぁと重なってくる香の乳房に、思わずブンブンブンと頭を振る。



心理学で口唇期と呼ばれる幼少時代の区切りがあり、

その時期に十分な唇への接触がなかった場合、

二次性徴後も、その欲求が残り、

タバコなどへの依存度が高くなると聞いたことがある。

意識して開発されたかどうかは知らないが、

タバコの吸い口の直径と女性の平均的な乳首の直径がほぼ同じということも、

タバコが欲求不満のおしゃぶり代わりとも言われる所以か。

自身を振り返れば、心当たりがなきにしもあらずだが、

まさか、タバコを銜えただけで、

こんな残像が見えるようになるとは。



(…こりゃ困ったもんだ。)



クーバーのボンネットに腰を預け、

しばし、指にタバコを挟んだままの撩。

そこに、香が降りてきた。

「撩、お待たせ。って何やってるの?」

(まぁ、確かに火もつけずにタバコ持ってぼーとしてたら気になるわな。)

タバコをよれた箱に戻して、香を手招きでちょいちょいと呼んだ。



「んー、タバコよりもこっちがいいか。」

(こんな所でおっぱいちゅうなんてしちまったら、

ハンマーどころか、家出されかねないな。)

無防備に近付いてきた香を、ごく自然に抱き寄せて、

上唇をぱくっと挟んでみた。

(あぁ、これなら禁煙できっかも。)

調子に乗って下唇も舌も吸い付いてみた。

「んんんんっ!っちょっ、ちょっと!なんなのよ!」

腕の中で、顔を真っ赤にし、納得の行かない表情の香。

「タバコよりもこっちって、どーゆーことよっ?」

(俺の腕の中で小さな抗議をする姿も可愛いったらありゃしない。)

「撩ちゃん、お口が淋しかったから、

ちゅうで慰めてもらおうかと思ってぇ〜、っぐは!。」

スコーンとミニハンマーが飛んできた。

頭がのけぞる。

「も、もう!時間がないわ!早く出ましょ!」

耳からぷすぷすと湯気を出しながら、助手席に乗り込む。

「まったく何考えてんだかっ。」

ブツブツ言っている香を横目に、顎を抑えながら、運転席に入り込んだ。

まだヨコシマな考えがくすぶっている撩。

「香ちゃん、場合によっては、家計の節約にもなりまっせ。」

と振ってみる。

「はぁ?」

「むふ♡、かおりん次第で、俺禁煙できるかもよん。」

「な、なによ、それ…。」

香はいやーな予感がすると顔に書いてあるような表情。

「んじゃ、買い物にレッツゴー♪。」

ちょっとご機嫌な撩に、一体ここにいる間にナニがあったのか、

香は不思議でならなかった。

そんな二人が乗ったクーパーは、スーパーマーケット経由で教授宅へ向かった。


********************************************
(4)につづく。






野上唯香ちゃんの時に、香がちぎり落としたあのキーホルダーを
後日、撩ちゃんはどうやってカオリンに返したのかな〜と、
穴埋め妄想が湧いてきます。
脱線ネタですが、今ウチの娘、
ちょうど西九条沙羅ちゃんと
同じ学年で季節も夏ということで、
思わず原作見返して娘と比較しちゃいました。
娘147センチ。ワタクシ156センチ。
でかくなったもんだ。
で、沙羅ちゃんの身長設定がなんとなく小学校中学年ぽく感じましたが、
今でも沙羅ちゃんくらいの背丈の6年生はいるよと、
娘が教えてくれました。
当時11才小学校6年生の子は、
今は35才。
お年が同じ方いらっしゃいます??


【追記御礼】
わー!7/9だけで82パチパチも頂きましたっ!
本サイト最高記録っ!
ありがとうございますっ!
そして累計2000パチパチ〜。
感涙ですっ!
2012.07.10.00:36

05-02 During The Morning

第5部 Professor’s House  

奥多摩から2日目


(2)During The Morning ********************************************************2702文字くらい



顔にハマったままのミニハンマーをころんと転がして、

むくっと起き上がる撩。

頭をかきながら、くすっと笑う。

「……俺も、よく寝れたぜ。香ちゃん。」

小声でぼそっと呟いてみる。

「ボクちゃん、もう一人で寝れないかもぉ〜。」

思わず零れ出た独り言に、

照れ隠しを含めて一人枕を抱きしめながらおちゃらけてみた。



香と一緒にベッドに寝るようになってまだ2回目の朝、

こんな心地の良い休息は過去に記憶がない。

寝るのがもったいないくらいに高ぶりつつ、

もっこりしたくなる衝動を抑えつつ、

なのに、安らかで穏やかな

真綿の布団に包まれているような感覚を同時に感じる。



(抱き込んで寝ているのは俺の方なのに、

逆に包まれながら安息を感じる睡眠なんて、いったいどういう訳なんだか。)



ベッドの端に座り足をおろす撩。

(ただ、さっきの香の涙は、正直驚いた。

人の寝顔見ながら涙を零すたぁ、一体何を考えていたんだか。)



足を軽く開き、右腕を右膝に預け、

猫背気味のままで、左手で髪をかきあげる。

心当たりは多過ぎる。

まだ曖昧だった関係にケリをつけてやっと2日目。

変化に心が追いついていないのは、よく分かる。



撩は、これまでのことと、

昨日の節目をゆっくりと反芻する。

(まぁ、何かと不安が大きくなるのは当然だわな…。)

これから多くのことが、

自分と香にとって初めてとなることが重なっていくだろう。

撩にとっても、ある意味未知の領域。



撩は、しばらくただ無言で空(くう)を見つめていたが、

ふっと一息鼻から吐息を出すと、

窓のほうへ視線を向けた。

さっき香が言った通り、昨日と同じ快晴。

眩しさで目が細まる。



撩は、のそりとベッドから立ち上がり、

さっきの香と同じように、んーと伸びをする。

ぽぽいとスウェットを脱いで、いつもの外着に着替えた。

「今日は海ちゃんとデートか…。」

ふと思い立って変装用の衣類のありかに頭をめぐらす。

同じ場所に何回か足を運ぶとなると、

それなりに用心しなければと、頭の中で仕事モードの計算する。



「りょおぉー!さっさとご飯食べちゃってぇー!」

香が下から呼ぶ声が届く。

(もう仕度ができたのか。)

考えにふけっていた時間が、思いのほか長かったようだ。

「ほいよー。」

こうして、呼ばれることがくすぐったくも嬉しく、

頭をぽりぽり掻きながら、がに股スタイルで階段を降りた。



キッチン方面に向かうと、脱衣所から洗濯籠をもった香が飛び出てきた。

「あ!撩っ、早く食べちゃって!片付かないからっ。」

と言い残して、リビングに駆け込んでいった。

ジーパンにパステルカラーのシャツと、

いつもの動きやすいボーイッシュなスタイルが、

いつもの香を感じさせる。

「ほーい。」

(ふん、元気はよさそうだな。)

撩は、香の体調の回復を確認するも、今日の慌ただしさを考えると、

また夜はぐったりモードかもしれないなと、

お互いのスケージュールを思いめぐらせる。



ダイニングキッチンには、温かい朝食が待っていた。

アミノカルボニル反応でこんがり良い色に焼けたトーストと、

主菜はプレーンオムレツに、サラダとフルーツ、

オレサマ仕様の量に苦笑する。

「さて、食いますかね。」

撩は、香がそばにいないことに少し淋しさを感じながらも、

穏やかな表情で食事を口に運んだ。



「早く干さないと、出発前まで乾かないわ!」

ベランダで、超特急で洗濯物を干す香。

(今日は、とにかく慌ただしいけど、

ゆっくり休めたお陰で、昨日よりも随分調子がいいわ。)

「よし!次は掃除機!」

カラになった洗濯籠を脇にかかえて、パタパタと脱衣所に向かう。

収納庫から掃除機を出し、各所の窓を開けながら、

自分の部屋、廊下、脱衣所、トイレ、リビングと

順にノズルを滑らせていく。



キッチンは後回しにすることを決め、そのまま掃除機を抱えて上の階へ。

階段、廊下、撩の部屋と、形だけでも掃除機をかけていく。

もっと丁寧にしたいところだが、今日は時間にあまりゆとりがない。

「書籍コーナーは、あまり使ってないから、今度でいいわね!」

ここまで辿り着くのに、小一時間。

「まったく、ボロアパートなのに、結構掃除するところだけは多いんだから!」

掃除機を片付けると、出かける準備をする。



「撩、あたし伝言板見てすぐ戻ってくるから。」

食事を終え、リビングで自分でいれたコーヒーを飲んでいる撩に声をかけた。

「あーん?買い物行く時でいいだろ?」

「だって、駅とお店は反対方向でしょ。

今、見に行った方が都合がいいの!また戻ってすることあるから。」

「はぁ…。」

「じゃ、行ってくるから!」

ダッシュに近いフットワークで、玄関を飛び出た。

階段を駆け下りる。

(大丈夫、いつも通り体が動くわ。

元気な姿を見せていれば、撩の心配性も少しは軽くなるかしら?)

軽い駆け足で、駅までの道のりを急ぐ。



撩は、6階のベランダから、香の様子を見送っていた。

「ったく、元気のいいところを

わざとアピールしていることなんてお見通しだっつーの。」

頬杖をついて、ぼそっと呟く撩。

洗濯物が風に揺れ、半日で乾きそうな気配。

11時頃に家を出て、11時半までに買い物、12時前教授宅。

12時半頃昼飯、それから海坊主と下見か。

クロイツの件から新宿周辺の不穏な動きは、

今のところ情報屋からは入っていない。

伝言板を見に行く香の見守りはなくても大丈夫だろう。



「ちと、筋トレでもしておきますかね。」

ミックが不在であることを確認し、

ふと視線を上にあげて、

ベランダの天井にある3つの穴に右手の指を差し込んだ。

「…30、…31、…32、…33。」

空に浮く両脚、くの字に曲がる右腕。

上腕二頭筋が膨らみ、動脈が浮く。



(あいつには、まず護身術の訓練からさせるかな…。)

撩も今までは、ただその日を生きるだけのために、

体力や技術、知識を身につけてきたが、

香と共に生きることを決めて、目的意識が大きく変わった。

こんな些細な筋トレにも、

ただ守るだけではなく、香と共に生きるためだと思えば、

気分が全く違ってくる。

(俺って、どこまでヘタレなんだか…。)

そんなことを考えながら、ぶら下がっている腕を変えた。





「……今日も、なし、か……。」

新宿駅東口伝言板には、XYZの文字はなし。

「まぁ、今は依頼がないほうがほっとするわ。」

美樹の入院中の世話を買って出たのだ。

出来る限りそっちに集中したい。

すぐに踵を返しアパートへ戻る。

「戻ったら、教授の家に持って行くものや、買い物リストを確認しなきゃ。」

まだ時間にゆとりはある。

とにかく、1日でも早く美樹さんがお店に復帰できるように、

出来ることをしなければ。

そんな思いを巡らせながら、香は家路への道のりを急いだ。


******************************************
(3)へつづく。





奥多摩でちゅうしてから、まだ2回目の朝。
ここまでもってくるのに、3ヶ月以上もかかっているとは、
鈍行にも程がありますが、
1991年11月をのんびりお楽しみ頂ければと思います。
(って、21年前のことかよっ。)


05-01 Kaori's Morning (side Kaori)

第5部 Professor’s House  (全15回) 

奥多摩から2日目


(1)Kaori′s Morning (side Kaori) ************************************************3013文字くらい



ふっと目が覚める。

しっかり休息がとれた時に感じる気分のいい目覚め。

熟睡できたと、体が喜んでいるみたい。

たぶん、いつも通りの時間のはず…、と

時計を探そうと、わずかに眼球を動かせば、

目に飛び込んできたのは、

やっと想いを交わすことのできた愛しい男のその横顔。

というか、顎の下から覗き込むように、

斜め下からのアングル。

ドキンと心臓が飛び跳ねる。




コンマ遅れてあたしが撩の腕枕で右の肩口に頭を乗せ、

その太い右腕が自分の体に巻き付き、撩の体と密着させていることに気付く。

こうやって、撩の腕の中で目覚めるのも、

これで3回目。

昨日は2度の目覚めだったから。

毎度毎度、起きる度に心臓への負担が大きい。

これは、もとい、これも、当分慣れそうにない。

そうこう考えているうちに、少し脈が落ち着いてきた。

できるだけ体を動かさないようじっとする。



……まだ、寝てるのかしら?



静かに閉じているその目蓋は、ぴくりとも動かず、

ただ、規則正しい呼吸の音だけが、高い鼻から聞こえるだけ。

正直、綺麗な横顔だと思った。

男の人に綺麗だなんて、似つかわしくない表現かもしれないけど、

まじめにそう感じた。



そもそも、撩が本当に寝ている姿なんて、

唯香ちゃんのガードで高熱出して寝込んだ時か、

海坊主さんとの決闘でケガした時くらいしか、

見たことがない。



確信はないけど…、

いびきをかいていたり、寝言を言っていたり、

すけべ顔の時なんかは、あれはたぶんフェイクだと感じ始めたのは数年前。

今も、もしかしたら寝たふりをしているのかもしれない。

そうじゃなくても、

あたしが少しでも体を動かすと、

間違いなく目を閉じたままでも目覚めるはず。



小さい頃から、命の危険に晒されることが日常、

今も仕事柄、いつ襲撃されるか分からないような生活。

熟睡することが命取りになる、

そんな生き方がずっと続いていたとしたら、

撩には、心休まる日なんてあったのかしら…。



起きてやらなければいけないことが沢山あるけど、

もう少し寝顔見ていたいな…。



だって、こんな至近距離でじっくり見られるなんて

今まで殆どなかったんだもの…。



固そうだけど、実は意外と柔らかい艶とクセのある黒髪。

強い信念を具現化したような太い眉に、

思いの他、長い睫毛を纏っている目蓋。

男のくせして肌も比較的綺麗な部類。



それでも、よく見ると

過去につくった傷の痕がうっすらと複数箇所残っている。

頬に残るラインは、銃弾が掠った痕か、ナイフが裂いたものか、

自分にもその痛みが伝播してきそう。

それでも、形のいい彫りの深い顔に、背稜の高い鼻、唇さえもどこか女性的に見える。



今まで気付かなかったことが、

次々と頭にインプットされていく。



視線がある一点で止まったままになった。

初めて、それがあたしの唇に触れたような気がした時、

絶対夢に違いないと思っていた。

額にお礼のキスをされた時は、只々信じられない思いばかりで、

その場を1時間も動けなかった。

あの港で、撩に顎を掬われた時、

撩の唇を本気で欲しいと思ったのに、

自分じゃないことに、

声にならない悲鳴が爆発しそうだった。

寸止めをしてくれた撩のあの時の表情は忘れられない。

ただ、ちゃんとあたしだと分かってくれていたんだと、

奥多摩で聞いた撩の話しに、

あの状態で出来る最大限の配慮だったことを知った気がした。



あたしね…、海原の船から脱出してから、

撩と、…ガラス越しでないキスが、…できたら、いいなって、

ずっと思ってたんだけど…、

きっと「お前なんかと気色悪りぃ」とか言われて、

そんなこと、あたしたちが出来る訳ないじゃないって、

望んではいけない叶わぬことって、もう諦め切っていたの。

それでも、一緒に居られればいいって…。

触れて欲しい、触れたいって想いを

深く深くしまい込んで…。



目を閉じ、ふぅっと息を吐いた。



だけどね、クロイツからあたしを救ってくれた時、

心から色々溢れてきちゃって、本当に嬉しかった…。

撩の唇があんなに熱いものだなんて、あんなに心地良いものだなんて、

あの瞬間まで知らなかった。

初めてのキスが、撩でよかった。

初めての、……ごにょごにょ……も、撩で、よかった。

あなた以外とだなんて、もう考えられないよ。



撩のスウェットに触れていた指にくっと力が入る。



明日の命をもどうなるか分からない、そんな境遇の中で、

あたしを受け入れることは、

あたしが思う以上に、きっと決心と覚悟を固めるのに、

相当な抵抗があったんだと思う。



そうじゃなければ、

海原戦の後にとったあなたの行動の説明がつかないんだもの。

撩は、ずっとずっと迷っていたことに、

もの凄く悩み抜いて、決着をつけてくれたんだと思う。



涙腺からしみ出た物が、

目を閉じているせいか鼻の奥に次々と落ちていく。



あたしを受け止めてくれたことで、

あたしは、あたなの人生のお荷物になってしまうかもしれない。

あなたに、またケガを負わせたり、

更なる命の危険が増えるのは必至。



それでも、あたしはもう、あなたのそばでしか

……生きることができない、そう断言できるくらいに、

撩、あなたが好きなの。



自分のワガママなのは十分分かっているけど、

それでも、あなたの傍に居たいの。

どんなことがあっても、

あなたのパートナーという立ち場から逃げないから、

そばに居させて欲しい。

足手纏いにならないように、頑張るから、

お願い、撩、死なないで…。

生きて、一緒に、明日も、来年も、

その次も、ずっと一緒に傍に居させて欲しい…。



閉じた瞼の端から溢れたものが、

自分の頬をつたってポロポロと流れる。

それが撩のインナーに吸い取られた。



「……香?」

「え?」

「……な、なんで泣いてんの?」

「は?」



あわてて目尻を指で掬うと、人差し指がしっとりと濡れた。

なっ、なんでぇ?こんなに零れていたなんて、

自分でも気付かなかったわっ。

撩の前では泣かないようにって思っていたのに!



ふっと撩の鼻から短い吐気が聞こえたかと思ったら、

さっき見つめていた唇が、自分の目元に降ってきた。

零れた涙を撩が丁寧に吸い取っていく。



うわわわわー、もうその感触だけで腰が砕けそうっ。

きゅっと目を閉じて、その甘い感覚が去るまで何かに耐える。

や、や、や、やっぱり信じられないっ。

撩が、あたしにそんなことしているなんてぇー。



「……何も心配するな。」

「え?」

つと唇を離した撩は、真っすぐあたしを見つめた。

ち、近過ぎるよ、この距離っ。



「ところで、撩ちゃんの寝顔どぉだったぁ?惚れ直したぁ?」



とたん撩はへろんっと緩んだ顔になり、ニヤリとしながらあたしを抱き直す。

しばらく見つめていたことがバレバレで、

またボボンッと赤くなる。



「っ、っあ、あんた!やっぱりタヌキ寝入りしていたのねっ!」

「ぐわっ!」

ミニハンマーを顔面にお見舞いしてあげた。



たぶんこれもあいつの照れ隠しの一つなんだろうな。

ハンマーを避けるなんてワケもないくせに。

ちゃんと受けてくれるなんて、

これも撩の捻くれた優しさ、って思ってもいいの、かな。

過去の男の不器用な表現を思い返す。



ハンマーを受けた撩の腕が少し緩んだそのスキに、

顔に赤味を残したままのあたしは、するりとベッドから降りた。

「ん〜っ、あー、よく寝れたっ。」

伸びをしながら、窓のブラインドを開ける。

「今日もお天気よさそうね。色々することあるから、さっさと着替えなきゃ。」




通りの奥から見える昇ったばかりの陽が眩しい。

気分が切り替わる。

「撩もさっさと起きてきてよ!」

まだシーツの上でひっくり返っている撩を一瞥して、

ベッド脇に転がっているスリッパを見つけ、

すばやくつっかけると、頬を染めたままパタパタと部屋をあとにした。


*************************************************
(2)につづく。





第5部スタートです…、って15回もあんのかよ!!
一体、次のもっこりタイムはいつになることやら〜。
という訳で奥多摩から2日目の朝のカオリンを妄想してみました。
今は、オフラインではセミが鳴き始めていますが、
こちらは11月ということで、
秋晴れを連想して下さいませ〜。



04-10 Go To The Ryo's Room

第4部 Report

奥多摩翌日の夕方から夜


(10)Go To The Ryo’s Room *****************************************************3400文字くらい



脱衣所に入る前に、

墓地に持って行ったミニバケツが視界に入る。

「ああ、これも中身を分けなきゃ。」

両手に持っていた布の塊を洗濯機の上に仮り置きし、バケツを回収。

雑巾やペットボトル、柄付きたわしをそれぞれ軽く洗い、

しかるべきところへ収納。

撩が畳んだタオル類を指定席に入れた香は、

昼に一度頭は洗っているので、

体だけ流しておしまいにしようと思っていた。



しかし、

洗濯物に残り湯を使うことを思い出し、

入浴を後回しにして、洗濯機を回し始める。

残り湯は自動ポンプで吸い上げるので

やや時間がかかるが、

節水には違いないので、愛用しているグッズのひとつ。

ただ、今回は水温が残り湯の温かさがなく、

常温で低い温度なので、

汚れが落ちにくいかもしれないと、

仕上がりが悪くなりそうな感じがした。

大物シーツも入っているので、

柔軟剤でごまかせるかしら、と心配する。

明日の朝、少しでも陽に当てられるように、

香は周辺を軽く整頓しながら、

起床時間やら家事の順番やらを思い描いていた。



浴槽がカラになったところで、

やっとシャワーを浴びる。

体を一通り洗って、ざっと流し終えた。

と、ここでふと撩の言葉を思い出す。



— 撩ちゃん、お部屋で待ってるから〜  —



実に楽しそうで陽気な口調。

香はすぐに意味が分からなかった。

つまりは、

自分から撩の部屋にいかなければならないのかと、

ここを出てからの動きに

どうしようかと強烈な照れが舞い降りる。



「で、できたら今日は、素直に寝かせてもらいたい、な…。

だって明日は、けっこう過密スケジュールだし。

今日のように動けなくなったら、

それこそ教授宅で休むことになりかねないし…。」

それに、まだ若干ではあるが、痛みと違和感が残っている。

でも、もしこれで自分がいやだといったら、

撩はこれっきり自分に触れようとしないかもしれない。

それだけは避けたいけど、どうしたらいいのか。

己の口からどうしてほしいと素直に言えればいいのだが、

極度の奥手な香は、

それさえもどう表現していいのか分からない。



「あーん、どうしようぅぅ。」

香は、全身を赤くしながら、困惑していた。

「と、とにかく出ないといけないわね…。」

足取り重く、浴室をあとにした。



脱衣で、洗濯機が正常に動いていることを確認しつつ、

体を拭いてインナーを着込んでいく。

歯磨きをして、

さきほどリビングで掻き集めた自分の衣類を抱え、

とりあえず自分の部屋に行く。

タンスの引き出しに、それぞれをしまって、

夜寝る前の乳液やら化粧水やらを施し、

いつもの錠剤を慣れた手つきで服用する。

あとは戸締まりを確認して寝るだけという体勢まで持ってきた。



「ど、どうしよう…。」




ここで寝たいとも思うのだが、撩を裏切るような気がして、

それはできないと考える。

しかし、自分から寝るために撩の部屋に行くなんて、

依頼人やお客が来たときや、セスナが突っ込んだ時と、

特殊な事案の時しかしたことがない。

しかも、

すでに1回体温を分け合った仲となってしまった今、

まるでそーゆーことを期待して撩の部屋に行くようなシチュエーションに

心臓が耐えられない気分だ。



「あうぅー。」



いつまでも、悩んでいても仕方ないので、

自分のベッドをちらりと見て、

枕を抱えて部屋を出ることにした。

スリッパの音がパタリパタリと自分の耳に響く。

とりあえず、

形だけリビングの窓や玄関などの戸締まりを確認する。

ついでにトイレもすませておく。

あとは、撩の部屋に続く7階への階段を上がるだけ。



「……。」



足音をなるべく立てないようにそっとゆっくり段を進む。

ゴールが来て欲しくないなーと変な心境のまま、

ついに撩の部屋の前に到着。



(ど、ど、どうしたらいいのよぉ〜。)



扉の前で、枕を抱えたまま、立ち尽くす香。

ノックすべきか、先に声を出すべきか、

ドア越しに一言声かけしてやっぱり一人で下で寝ると言うべきか、

だまってそっと戸を開けた方がいいか、

沸騰している頭の中でぐるぐると選択肢が駆け巡る。



撩は、ベッドサイドのランプだけ点灯させ、

普段は香の前では読まないまじめ系の書籍に目を通しながら、

姫君の到着を待っていた。

いやに遅いなぁ、と気にはなっていたが、

かすかに聞こえる洗濯機のモーターと水音で、

時間がかかっている理由を察知。

戸締まりやら、トイレやらの動きもなんとなく伝わり、

階下の戸が開く時から、はっきりと香の気配を読んでいた。

そっと音を立てないように慎重に歩く様子も、

扉の外で困っている様子も全てキャッチ済み。



中に入ろうにも

どうしたらいいのか分からない香の姿が

まるで扉の向こうに透けて見えるくらい、その気配は明瞭で、

いつまで頑張っているのか様子をみることにした。

しかし、5分過ぎても10分過ぎても、まだ動く様子がない。



「ったく、しょぉーがねぇーなぁー。」



根負けしたのは撩。

持っていた書籍をベッドサイドに戻し、のっそりと立ち上がって

出入り口に進み、ドアノブに手をかけた。

カチャリと開けると、

ドキッと肩がびくつき、枕を抱えて顔を真っ赤にし、

目だけ枕の縁から見えている香がいた。

(ああ、もうこれだけで本当に萌え死にそうだ…。)

「香ちゃん、なぁにやってんの?」

「ぁ、あの、……その、……えっと、ね。…あ。」

口に麻痺がきたかと思う程、もごもごとした口の動き。

「はいんねぇの?」

体をずらして中へ促したが、香は枕を抱いてフリーズしたまま。

「んと、しょうがねぇなぁ〜。」

苦笑しながら、香を枕と一緒にひょいと抱き上げる。

「ひゃあ!!」

「すっかり体が冷えてんじゃねーか。風邪引きてぇーのか、おまぁは!」

抱き上げたついでに、スリッパを落とさせる。

「あ、あ、あのね、…りょ、ちょ、ちょっと待っ…。」

香の言葉が全部言い終わらないうちに、

ベッドに降ろし、そのまま掛け布団をふわりとかぶせ、

枕も取り上げ2つに並べ、

腕の中にすっぽりとしまい込んで、横抱きにした。

ここまでほんの数秒。

香の冷えていた体は、あっという間に高熱が出たかの様にカッカと火照った。

同時に撩の体温を与えられ、指先まで熱くなる。



撩は、香の心配事は全て承知済み。

「……今日は、なんにもしねぇーから、明日に備えてちゃんと寝な。」

「え?」

「……おまぁ、まだ痛み残ってんだろ。」

腕の中で緊張が解けていくのがよく分かる。

「……ぁ。」

「……さっきのバイト料だけ、もらっとこうかな。」

「え?」

左手を滑らせ、その柔らかい頬に触れれば、

大きな眼が見開いて、赤い顔のまま撩を見つめる。

形のいい顎のラインに指をひっかけ、少し上を向かせれば、

紅唇が微かに震えている。

ちらっと隙間から見える舌が、

まるで自分を誘っているようだと都合のいい解釈をもしたくなる。



照準を合わせ、ゆっくりと目標に接近した。

触れ合う直前、香はきゅっと目を閉じた。

(そうそう、キスの時は目を閉じるってちゃんと覚えてんじゃん。)

最初はプレッシャーキスで、徐々に角度を変えてバードキスに。

本当は、もっとウェットな触れ合いをしたいところだけど、

セーブが効かなくなること必至なので、

ライト級で止めておく。



それでも、香は息が荒くなり、甘い声を漏らした。

(か、香ちゃん、たのむ。

それ以上撩ちゃんを煽らないでちょーだい。)



もっと触れたいのを抑えに抑えて、

また、ちゅうの区切りの合図をして、心残り一杯で離れた。

「……おやすみ。」

ほてり顔になっている香は、

かなり恥ずかしそうに撩を見つめている。

「…りょ、……ぁりがと、ね。…ぉやすみ、なさぃ。」

撩は、ふっと微笑み、髪の毛に指を埋め、そのまま胸に抱き寄せた。

何に対してのありがとうかは、大体想像がつく。



(まだ二晩目、焦らずのんびり行こうや。おまぁの心配や緊張は分かってるから。)



その小さな背中をポンポンと軽く叩きながら、

ハンドボールサイズとも言いたくなる小さな頭をくしゃりと撫でる。

風呂上がりの石けんの残り香にくらくらとしつつ、

その細く柔らかい体をさらに深く抱き込んだ。



(温かい。)



もうすーすーと寝息が聞こえる。

願わくば一時たりとも離れたくない気分に苦笑する。

「……香。」

香の髪に鼻から下を埋めてみる。

胸の中に、幸福感と罪悪感が同居する。

ただ、この居心地の良さはもう手放すことが出来ない。

今はこうして、ただ感じる温もりに素直に浸っていたい。

撩は、香の前髪を掻き揚げ、

そこに初めて触れた時のことを思い出しながら、

そっと額に唇を寄せた。


**********************************************
第5部(1)へつづく。





やっと奥多摩の翌日終了でございます〜。
第5部は、教授宅での1日です。
折々に訪問者リストへの足跡を残して下さっている方、
拍手ボタンを押して下さっている方、
本当にありがとうございます。
CHサイトを運営していらっしゃる方には、
お礼のご挨拶に伺いたいのですが、
当方、夏に受注するイベントが多く、
危うくこっちの更新もしそこないそうなバタバタモードで、
先送りばかりしております故、
どうぞ気長にお待ち頂ければと存じます〜。

04-09 Washing Laundry (side Ryo)

第4部 Report

奥多摩翌日の夕方から夜


(9)Washing Laundry (side Ryo)**************************************************2247文字くらい



ちらっと視界の端に入る洗濯物の山。

今日珍しく俺が干したもんだ。

香が、墓地に行く前に取り込んだんだろう。

あいつはこの時間、明日の準備と風呂で慌ただしいだろうから、

ここは俺が主夫しとくか。



ソファーからむくりと起き上がって、布の丘に手を伸ばす。

スイーパーが洗濯物畳むなんて、やってらっかと片意地張るより、

今は、少しでも香の負担を減らしたい。

そんなことを素直に思い、素直に行動に移すなんて、

俺も変われば変わるもんだ。



洗濯物は、タオルにTシャツに、ハンカチにと薄手のものが殆どだったが、

山の中から出てきたランジェリーにつと触れ固まる。

さて、どうしたものか。



別取りして、俺はかまってないぞと、アピールするか、

それとも、きちんとたたみ指定席へ戻し、しまっといたぞぉとアピールするか、

いずれにしても香の顔にレッドカーベットが敷かれるのは間違いなさそうだ。

いや、干したのは俺だから、

香も、洗濯物が全て俺の手と目をすでに経由していることは分かっているだろうが、

疲れで、そこまで考えが及んでいないかもしれないなぁ〜。

うーん、どうしようか。



弄んでいたショーツにふと指先に気になる厚みを感じる。

「ん?なんだこりゃ?」

裏地をひっくり返して見ると、

両サイドの腰にあたる部分、腿の付け根に触れる布地が二重になっている。

…隠しポケットか。

これまで香のタンスをちょこちょこあさって、

シャツの袖口とかにカッターを隠し入れることは知っていたが、

下着まで細工をしていることには気付かなかった。

最近始めたのか、小細工を施している数そのものか少ないのか、

もしやと思い、ブラも裏地を見て見ると、

思った通り目立たないように、何かを入れるためにポケットがある。

あいつなりに考えて実践している

パートナーとしての装備に、ちくっと刺さるモノを感じてしまった。



しばし考え、扱いはとりあえず保留することに。

で、結局最後に残ってしまう。

そこに、タイミングよく香がリビングに登場。

「撩ぉ〜、あたし今からお風呂に……って、あれ?え?えー?!畳んでくれたの??」

「あー、後はカオリンのブラちゃん、パンちゃんだけ……っぐは!。」

と、ついブラを頭にかぶってしまった俺に、

ミニハンマーがスコーンと顎に当たる。

見事ストライク。



「も、もう!っこ、こ、こ、こ、これは自分でしまうからっ!」

ニワトリか?と思うくらいのどもり具合で、

俺から可愛いランジェリーを奪い返した。

顔も、ニワトリのとさかのようになっている。

っんとに、よく顔の色が変わるもんだ。



パジャマセットと一緒に下着を抱え込みながら、

「あ、これ一緒に持って行っちゃうね。」と、

フェイスタオルとバスタオルに自分の服も一緒に抱き込んだ。

布類で香の顔が見えなくなる。

「ぁ、あの、ホントありがとう。ひ、一つ家事が減って、助かった、わ。」

赤い耳と湯気が見える。

照れながら、ほてりながら、礼を言う香が、なんとも可愛らしくて、

こんなに感謝されるんなら、またやりたくなるじゃねぇかと、

香に甘々になっている自分に苦笑する。

「どーいたしましてぇ〜。後でバイト料もらっちゃおうかなぁー。」

「へ?」

わざと意味深なことを呟いて、俺も自分の洗濯物を持って、立ち上がる。

「おまぁも、さっさと風呂入ってこい。明日早いんだろ?」

「あ、うん。」

「撩ちゃん、お部屋で待ってるから〜。」

と不真面目モードの口調で、香の横を通り過ぎリビングを出た。



さて、姫君は自分から俺の部屋に真っすぐ来れるだろうか?

真っ赤になりながら、

2歩進んで3歩下がる香の様子が目に浮かぶようで、

思わずクスクスと笑いがこみ上げた。



自室について、Tシャツやらインナーやらをしまう。

クロイツの時に着ていた傷んだジャケットは、

冴羽商事のルールでは、ボロ布行き。

ただ、これは何となくボロ布コースで木っ端微塵にされ、

油拭きに使われるのが惜しい。

これも取り扱いはしばらく保留にして、とりあえずクローゼットへ。

普段は、殆どの衣類管理も香がしているので、

お陰でどこになにがあるか極めて分かりやすく整理され、

いつもちゃんと着るものを選べるようになっている。

ただし、ガラパンやら、小細工入りコートなんかは別扱いだがな。

そのうちガラパンの作り方は教えといた方がいいかぁ?



「っと、歯磨きしてこよーと。」

食後に、いつもはちょいちょいと口を漱ぐだけのこともあるが、

これからは寝る前には欠かせねぇかぁ?。

と、階段を下りる俺。

また無意識に顔がにやけてしまった。

脱衣所の手前にある洗面台で、しゃこしゃこと歯磨きタイム。

はぁ、なんか俺浮かれてんよな…。

今日はオアズケって決め込んでんだけど、

一緒に寝れるってだけで、

まるでガキのように舞い上がっている自分がいたりして…。



鏡の中の自分に苦笑い。

ホント、信じらんねぇ。

あっちにいた頃の自分と今の自分との違いは、

過去を知っている輩(やから)も信じられないだろうな。



かつては、死神とも言われていた俺をここまで変えたのは、

まぎれもなく槇村と香。

さらに、知らなかったことを教えてくれ、

数多くの無形のものを与えてくれたのも、

愛しきパートナー。



まだ、どこかでこんな俺と一緒に居させてもいいのかという迷いが、

燻(くすぶ)ることもあるが、もみ消せる早さもついてきた。

ただ、恐らくこの世界に完全に引き込んでしまった罪悪感は、

ずっと抱えていくことになるだろう。

それを背負ってでも手に入れたいと思ったのもまた事実。



「さて、戻りますかね。」



脱衣所に気配を感じながら、この後香がどう動くか楽しみで仕方ない。

背後をちらと見ながら、そう呟いて洗面所を出る。

が、7階に行こうとして、踵を返した。

「おっと、その前にトイレっ。」


*************************************************
(10)につづく。






洗濯物を畳む撩ちんって、あんまりイメージが繋がりにくいのですが、
発信機付けるのに、針仕事したり、
コートに色々小細工したり、パンツ縫ったり、
美味しい料理を作ったりという「主夫業」がこなせるヤツだったら、
これくらいしてもらってもいいかなぁ〜と。
さて、カオリン、撩の部屋に自力で行けるかぁ??


プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


9万hit記念に
とりあえず作ってみた
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