13-06 Presents Of Professor

第13部 A Week After The Okutama Lake

奥多摩から7日目


(6)Presents Of Professor  ***********************************************2802文字くらい



撩は、居場所に迷い、

応接間の長いソファーに仰向けで転がっていた。



(ったく、だからここに通うのは嫌だったんだよなぁー。)



教授の余計な発言が、香に無駄な心配や不安を与えやしないかと、

内心ひやひやしているが、

今のところむしろその逆の情報を与えられているようで、

教授も教授でそれなりに、配慮しているらしい。

しかし、折々の場所で昔のことが話題に上がり、

正直あまり触れて欲しくない。



(まぁ、今日で通いは終わりだからな。

早くかずえちゃん、戻ってこねぇかなぁー。)



手にしていた新聞を顔にぱさりと被せ、

足を組み直した。






「……ここにおったか。」



ふいにそばで聞こえた教授の声に、体がピクリと動く。

元ゲリラ軍医、実働部隊並に気配を消すのはお手のもの。

考え事をしていたせいで、

教授の接近に気付くのが遅れたことを知られるのが癪なので、

新聞を被ったまま、返事をする。



「ボクちゃん、さっきいーっぱい働いて疲れちゃったから、

お昼タイムだもんねー。」

「ふむ、よかろう。そのまま聞くがよい。」

教授はなにやらじゃらじゃらと金属音がするものを複数テーブルの上に置いた。

「これを香君に渡しておいてもらえんか。

いや、一部はこれまでのように、お前さんがこっそり付けさせても良いが。」

撩は、人指し指で新聞をちらりと上げ、

隙間から音を立てていた正体を視界に入れた。



イヤリングに、ネックレス、ブローチ、ボタン、

コサージュなどの可愛らしいアクセサリーが

ずらりと並んでいる。

撩は、ふぅと溜め息をつき、のっそりと上半身を起こしてみる。

「なんすか、教授、香に求婚でもするんすか。」

「それもいいが、これは今回の礼じゃ。」

否定しない教授にむすっとしながらも撩は話しを聞いた。



「前に渡したもんと同じじゃが、電池寿命が大幅に伸びておるし、

防水機能も水深10メートルまではオッケーじゃ。」

教授はしわの寄った手で、小さなアクセサリーについと触れる。

「こいつは発信機、受信距離は半径5キロ。こいつは盗聴器じゃ。

以前やった猫のやつと同じ周波数じゃから、全てお前さんの車で受信できる。

このブレスレッドはワイヤーが入っておる。

このペンは小型ナイフ、こっちは小型爆弾じゃが、

前のものより威力と時間が調節できるようになっておる。」

たんたんと説明する教授に、撩は黙って聞き入る。



「お前さんは、香くんのために着飾るものを買い与えてやることは滅多にせんじゃろ。

クリスマスでも誕生日でも、ホワイトデーでも好きな時に使うがよい。」

「教授が直接香にやりゃあいいじゃないすか。」

「ほほ、それこそプロポーズになるじゃろ。」

教授ならやりかねないと、撩はこめかみを押さえた。



「今、プラスチック爆弾を模した口紅も開発中じゃから、

完成したら、またお前さんたちに贈ってしんぜよう。」

「あいつ、ルージュは滅多に使いませんよ。」

「……お前さんが、使わせないように仕向けているんじゃろうが。可哀想に。」

撩はぐっと詰まる。

「お前さんさえ、しっかりしていれば、香くんの気持ちがぶれることはあるまいて。」

教授は、全てを紙袋に入れてしまい込むと、ゆっくりと立ち上がった。



「撩よ、どうせ今は暇じゃろ。また武器庫で他の道具も診てもらえんか。」

「俺は、ここの専属整備士じゃないっす。」

「ほほ、どうせお前さんたちも使うかもしれんじゃろうが。

在庫確認も含めて、かずえ君が戻ってくるまで好きにいじっておるが良い。」

「折角、油落としたっつーのにっ。」



立ち去ろうとした教授が振り向き様に、また置きセリフを吐いた。

「撩よ、ちゃんと香君に休息を与えてやらんと、

あとでまとめて負債がくるからのう。

ほどほどにしておくことじゃの。ほほほほ。」

そう言い残して、

ぱたぱたとスリッパの音を立てて応接室から出て行った。



「くそっ、んとに、あのタヌキじじぃはぁ…。」

語尾が小さくなる。



全て教授のペースでことが進んでいることが、心底つまらない。

表面がコーティングされた小さな紙袋にちらりと視線を落とす。

「なんもかも、じいさんの思惑通りっつーのは面白くねぇーな。」

頭をがしがし掻く撩。

しかしながら、全てがセンスのいいデザインばかり。

きっと香によく似合うアクセサリーであることは否めない。



「どうすっかな…。」



教授の言われるがままに、折々の季節イベントや誕生日に渡すというのも癪だし、

だからといってまとめて手渡すのも抵抗がある。

しばし悩みのタネになりそうだ。

撩は、右の人差し指でひょいと紙袋の取っ手をひっかけ、持ち上げた。

「先にミニへ運んどくか…。」

そう呟きながら、通用門に向かって歩き出した。



廊下に出ようとしたら、パタパタと香の足音がした。

「おっと、今これを見られちゃまずいよな。」

撩は、すっと物陰に隠れて、香が通り過ぎるのを待つことに。

廊下の対面から歩いてくる香は、教授と美樹の洗濯物が入ったカゴを抱えていた。

「急がなきゃ…。」

そう呟きながら、撩の隠れている脇を通過するところで、

香がふと足を止める。



「………。」



ゆっくり無言で振り向く香。

「…りょ、撩?」

(だぁ!なんでバレるんだよっ!)

「……そこに、いるの?」

自分は完全に気配を消していたつもりでいたので、本気でかなり驚いた。

紙袋を足元の陰において、姿を見せる。



「あんれぇ?かおりん、どっこいっくの?」

しゃべりながら気付いた。

こっちは風上だ。自分のいる空間の奥の窓が開いている。

「って、撩こそなんでここにいるのよぉ?」

「あ、いや車にタバコ取りに行こうかと思って。」

ちょっとしどろもどろ気味に話すので、香も訝(いぶか)しがっている。

「俺、また教授に武器庫で仕事頼まれたから行ってくるわ。」

香から離れるフリをして、またすぐに戻って紙袋を拾うつもりで、踵を返す。

その足がふと止まる。



「……なぁ、香、なんで今俺がここにいることわかった?」

「え?」

カゴを抱えたままキョトンとする香。

「あ、あんたの匂いが、したから。」

「へ?」

「だって、たぶん午前中の武器庫でついたんじゃないかと思うんだけど、

鉄の匂いとか、油っこい匂いとか、火薬の匂いとか、くんと匂って。」

「んだよ、人を臭いもん扱いかよ。」

香はぷっと笑う。

「ううん、嫌いじゃないよ。ああ、早くスイッチ入れなきゃ。

じゃあ、かずえさんが戻ってきたら、地下に呼びに行くわね。」

そう言い残して、香はまたパタパタと脱衣所へ向かった。



「……まいったね。」



ここに通い始めてから、香の能力に驚かされる事案が増えてきた。

気配を消しても、匂いで識別されてしまった。

風下にいて武器庫臭がついていたとは言え、

ここまでのスキルアップに今後のことを思い巡らせる。



「……嫌いじゃないよ、か。」



(前も言われたなぁ。

まぁた手加減できなくなっちまうじゃねぇーか。)

撩は、にやつきながら残した紙袋を回収して、

クーパーに向かった。


***************************
(7)へつづく。






基本、殺気が伴わない気配には、ガードが薄い撩ちんです。
教授が言っていた「猫のブローチ」は、
北原絵梨子編で出てきます。
現在、これが香の手元に渡るまでのコネタを構想中。
うー、でもアップできるのは、かーなり先になりそう…。
というワケで、本編としては今年最後の記事になりました。
3月末から9ヶ月、ここに来て下さった全てのみなさんへ
感謝申し上げます。
2013年も元日から隔日更新のままスタートです。
素敵な年末年始となりますように!
来年もどうぞよろしくお願い申し上げま〜す。

【Sさんご連絡感謝!】
修正いたしました!ありがとうございます!
2013.12.24.07:44

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13-05 Pork Miso Soup

第13部 A Week After The Okutama Lake

奥多摩から7日目


(5) Pork Miso Soup ************************************************************4304文字くらい



「今、注(つ)ぎますから!」



慌てて食堂に駆け込んできた香は、豚汁の鍋のフタをぱかっと開けた。

(よかった、まだ十分温かいみたいね。)

立ち上る白い湯気に一安心。

そこに撩もやってきた。



「みぃーきちゃぁーん、キズいたくなぁい?撩ちゃんが診て上げよっかぁー。」

指をわにわにと動かしながら、美樹の両肩に手を乗っけようとする撩に、

スコーンと予備のオタマがヒット。

「って!」

「撩、大人しく席についてちょーだい。

あんたを探していたせいで遅くなっちゃったんだから。」

「へーい。」



顎をさすりながら、しぶしぶと椅子に座る撩。

香は、涼しい表情で、どんぶりにオタマを往復させ、

刻みネギを散らして4人分を用意する。



「ねぇ、冴羽さん、

……別にわざわざこれまで通りにしなくてもいいのよ?」

「へ?」

突然の美樹の突っ込みに撩はやや固まる。

配膳していた香も一瞬手が止まる。



「ほほほほ。」

教授がカラカラと笑い出す。

「な、なんすか!教授っ。」

またこのタヌキじじいが何を言い出すか分かったもんじゃないと、

撩は半ば本気で教授の口を押さえたくなった。

「まぁ長年のクセじゃて、『外』では、そうそう変えられんのじゃろ。」

「は?」

香はきょとんとしたまま。



「まぁ、それもそうですね。」

美樹も納得して頷(うなず)く。

「さて、頂くかの。今日もまた楽しめそうじゃ。」

「寝ているだけなのに、お腹ぺこぺこ。いっただきまーす。」

美樹は、れんげを嬉しそうに丼に泳がせた。

「美樹くんよ、体操は程々にしとくほうが、ワシも安心なんじゃが…。」

「はーい。」

美樹はペロっと舌を出した。



撩と香をそっちのけで、

会話をする2人に、香は話しが殆ど読み取れなかった。

4人の食卓、撩はぶすっとしたまま、おにぎりを頬張り始めた。

顔の下半分がぷっくりと膨れたままもしゃもしゃと無言で咀嚼。

このまま一緒にいたら、何を言われるか分からないので

さっさと食べ終わってこの場を去る作戦に出る。



「撩よ、少し落ち着いて食わんか。」

ちらりと撩を見ながら教授がさとす。

「んなの、こっちの勝手です。」

無関心の振りをして急いで食べている姿に、

撩の動きを読んでいる教授は、一つ小さな溜め息をついた。

「香君も大変じゃのう、こんな大きな子供みたいなやつの面倒をみとるとは…。」

「え?」

急に自分に振られて、慌てる香。



ぶっすとした顔の撩をちらっと見て、どう返事をするか迷う。

「あ、あの、…もう、慣れちゃったような、気も、しま、す。」

教授がふっと笑った。

「ワシは、撩の乳歯がぼろぼろ抜ける頃から見ておるが、

本当にこやつは、芯の部分は昔から変わっておらんからのう。」

教授の突然の昔話しに、美樹が思わず顔を上げる。

「乳歯?」

「きょ、教授っ!!」

撩は、教授の口をガムテープで塞ぎたくなった。



「…神(しん)が、

…あの海原が、お前さんを連れてきた時は何事かと思ったぞい。」

「教授、カビの生えたような古い話しは止めて下さい。」

撩は素の表情で伏せ目になり、

教授に制止の旨を訴えるが綺麗に無視される。



「最初の歯が抜けるのは、だいたい6歳くらいじゃから、

あの村に来たのは3歳くらいかの。」

食事を続けながら教授は続ける。

「まったく、体だけはでかくなりよってからに…。」

口では憎まれ口を発しながらも、その顔は凪のように穏やかで、

まるで孫の話しでもしているかの表情。



撩は、大急ぎでがつがつと食事を詰め込むと、

かしゃりと食器を置き、

無言で食堂を後にした。




「……冴羽さんって、ほんと教授に頭があがらないんですね。」

美樹は、くすりと笑った。

教授の話しに、食事をすることを忘れていた香は、

思い出したかのように、また箸を動かし始めた。

「…そ、そうね。撩が敬語使うなんて教授以外聞いたことないし…。」



美樹もそういえばと口を開く。

「……エンジェルダストを打たれて死にかけた時に、

教授が冴羽さんを救ったって、聞いたんですけど。」

香も、海原がアパートに来た後、撩にそう聞かされていた。



「ほほ、命の恩人には逆らえない、というところかのう。」

教授は実に楽しそうに微笑む。

「香君には、…苦労をかけるかもしれんが、

おまえさんと、ようやくケジメをつけられて

撩もやっと一皮むけたようじゃからのう…。」

遠い目をしている教授は、昔を懐かしみながら、一安心といった面持ちで

最後のフルーツを口に運んだ。



「きょ、教授っ…。」

唐突に自分に向けられた話題に、

上手に切り返すセリフは出てこない香。



「香さん、大丈夫よ。男はみんな大きな子供みたいなものだから、

何かあったらいつでも相談に乗るわよ。ねっ。」

赤くなった香に、美樹が姉のようにウィンク付きでフォローを入れる。

「あ、は、は、…う、う、海坊主さんが、おっきな子供って、

おっき過ぎてピンとこないかも。」

「ふふっ、そうかもね。

でも、あの2人、似た者同士だから、解決策もきっと似ているかもよ。」

「か、かもね。でも、むしろミックとの方が類友って感じだから、

かずえさんとも協定組まなきゃね。」



香は苦笑しながら、

食事を続けつつ、美樹との会話を有り難く思った。

きっと教授と自分だけではきっと場がもたないかもと、

楽しくやり取りできる食卓に感謝した。





「あ、あたし、そろそろお茶を煎れてくるわ。」

香は豚汁がカラになると、食器を回収しながら、次の動きを2人に告げた。

「ごちそうさん、とても旨い豚汁じゃった。」

「ほんと、体が温まったわ。果物も旬のものばかりで、

今の季節を味で楽しめた気分だわ。ありがとう、香さん。」

「そ、そんな、…アニキと暮らしてるときは、

今の季節2、3日分まとめて作っていたりもしたから、

豚汁って何かと便利なのよねー。」



褒められることに、未だ慣れない香は、あたふたと片付けをする。

「じゃあ、ちょっと待ってて下さいねー。」

香はそう言い残してワゴンキャスターを押しながら台所に戻った。



「……明日から、いや、夕方にはかずえ君が戻ってくるが、

香君の通いがなくなると、ちと淋しくなるのう。」

「あら、教授、からかう相手がいなくなると、の間違いでは?」

「ほほ、お前さんたちも、

あの2人に色々聞きたいことがたまっておるじゃろ。」

にやりと笑う教授。

「そりゃもう!お店に戻ったら、根掘り葉掘り聞き出しちゃおうかなぁっと。

今はまだ、本人たちも戸惑っているかもしれませんしね。」

「なに、最初の1週間が無事過ぎれば心配なかろう。お前さんのケガと一緒じゃの。」

「違いないですわ。」

微笑む美樹。



「しかし、撩は相変わらず不器用じゃのう。」

「昔の話しは、……嫌いみたい、ですね。」

「まぁ、…血腥(なまぐさ)い戦いじゃったからのう。

何年も、何年も、極限の状態の中で生き続け、

あの状態でよく心が壊れんかったもんじゃ。」



そこへ、香がポットと急須と湯飲みのセットを持って戻ってきた。

途中から聞こえていた話しに混じることにする。



「……教授、そ、その、もしかして、

…あの撩の妙な明るさとか、もっこりスケベなキャラって、

わざとなのかな、って思う時があるんですけど…。」

「え?」

美樹が振り返る。

「そ、その、例えば、えーと、明るい人格をわざと作って、

うーん、なんて言うかのかしら、自己防衛っていうのかな、

心が壊れないようにって意識して振る舞ってるような……、

そんなことって考えられませんか?」

「ふむ。」

教授が軽く息を吐く。



お茶をテーブルに置きながら香は続ける。

「昔から、陽気な性格だったみたいなことを、海原も言っていたような…。」

あまりのショックで忘れかけていた、

あのリビングでのやり取りも思い起こす。



「え?香さん、それってどういうこと?」

美樹が身を乗り出してきた。

「あ、うん。……あのね、マリーさんから撩のことを聞いた後にね、

……あたし少しだけ、あの頃の中米の内戦について調べたことがあったの。」

教授は無言で耳を傾けている。

「そしたら、中にね、政府軍もゲリラ軍も、えーと何んだったかな、

ストレス障害の一種で戦後の生活にも大きな影響がでていることが載っていたのよ。」



「ふむ、PTSD、心的外傷後ストレス障害じゃな。」

教授が専門用語を出してきた。

「あ、そ、そうです。そんな言葉でした。」

香は、自分が思い出せなかった専門用語を教授がフォローしてくれたので、

話しがしやすくなった。

「きっと、ああでもして明るい性格を維持しないと、

まともな精神を持っていられないような状況だったんじゃないかと思って…。」

「……私たちは政府軍だったけど、…みんな、帰国した後も苦しんでいたわ。」

美樹が語り始めた。

「車のエンジン音にさえ過剰に反応して、

動悸に息切れ、発作をおこす人も珍しくなかったわ。」



「……撩は、多感な時期に長いこと、過酷な環境で生きてきたからのう。

そういう無意識の自己防衛は十分あり得るかもしれん。

まぁ多重人格障害までには至っておらんがの。」

ずずっと緑茶をすする教授を、香ははっと見つめる。

教授は幼い撩の成長をずっとその目で見続けてきた数少ない人間。

他の人間では知り得ないことを持っていると人物と再認識する。



「しかし、ヤツの女好きは、本能じゃからのう。まったく持って始末が悪い。」

「教授が言っても、あまり説得力ありませんわ。」

美樹が突っ込む。

「ほ、火の粉がかかる前に、退散するかのう。ほほほほ。」

教授は、かたりと立ち上がって、満足そうに食堂を出て行った。

残された美樹と香は、おのずと目を合わせて、ぷっと笑った。



「撩に、スケベな教育をしたのは、教授で間違いなさそうね。」

「ほんと、小さな冴羽さんに一体何を吹き込んでいたのかしらねぇ。」

自分たちが知り得ない、彼らのゲリラ生活、

日本人であるはずの、海原や教授がなぜ、その時代にそこにいたのか、

謎と疑問は深まれど、いつか彼らのほうから語ってくれるまでは、

聞かないでおこうと、2人は暗黙の了解を視線で交わした。



「さ、片付けたら、洗濯だわ。美樹さんは食後のお薬と検温ね。」

「ええ、香さん、あんまり頑張り過ぎないでね。」

「大丈夫よ、でも今日が一区切りって、何だか残念。

また明日から、いつも通りかと思うと、気がめいるわ。」

「あら、本当に『いつも通り』なのぉ。」

意味深な流し目で、香を見つめる美樹。



「えっ、あっ、その、だから、きっと依頼もこなくて、

い、家と駅とスーパーの往復で1日終わってって感じで…。」

あたふたと、赤くなりながら弁解のように早口になる香が、なんとも愛らしく、

美樹もふっと穏やかな笑顔になる。



「帰ったら、ゆっくり休んでね。」

「あ、ありがとう、美樹さん。かずえさんが戻るまではいるから、

また何かあったら遠慮なく言ってね。」

「ええ、じゃあ、また後で。」

美樹は、スムーズに体を動かして台所を出て行った。



「さてと、まずは洗い物ね。」

香も気分を切り替えて、台所に向かった。


*****************************************
(6)につづく。






というワケで、当方ずっとひっかかっていた
海原氏の「あいかわらず…楽しい男だよ」の捨て台詞を
カオリンに言わせて、すくい取ってみました。
道化師を装う撩は、100%フェイクであろうと。
人格形成が始まる幼児期から置かれた環境を推察すると、
当サイトでは、撩の明るく陽気な楽しいキャラは、
自己防衛のために演じ作られたものではなかろうかと踏んでおります。
沙羅ちゃんも見透かしていましたが、
基本撩は優しすぎるくらい心の温度を持つオトコだと思います。
それじゃあやっていけない世界に身を置かざるをえなかった背景に、
「軽いオトコ」を装う自分が必要だったのかもかもと。

08-02の「あとがきもどき」でも触れましたが、
イラク戦争やベトナム戦争の帰還兵などの戦後のPTSDだけでなく、
救急隊員の間でも最近深刻な問題になっている事案。
震災絡みも然りです。
もう12年前の話しですが、2000年10月に震度6強を体験しました。
その後の余震の度に感じた緊張感は忘れられず、
1,2年は車のエンジンの音でもドキっとすることが続きました。
3.11を経験された方も、
気の休まらない日々を送っていらっしゃる方も多いと思います。
2回目の冬、被災された方も笑顔で年末年始を迎えられることを
微力ながら願っています。

13-04 To Greet Everyone

第13部 A Week After The Okutama Lake

奥多摩から7日目


(4)To Greet Everyone ****************************************************1915文字くらい



「こんなもんでいいかな?」

額の汗を拭って、香はふぅと一息ついた。

大鍋で湯気を上げている具沢山の豚汁に、おにぎり各種。

漬物に、切り分けられた、苺に柿と林檎の盛り合わせ。

ダイニングテーブルにそれらを運んで配膳をする。



「よっと。」

大鍋をワゴンキャスターに乗せ、

食卓のそばに待機させると、次は丼と刻みネギを用意する。

「さ、美樹さんたち呼んでこなきゃ。」

香は、エプロンで手を拭きながら美樹の部屋に向かった。




一方、撩も一区切り。

「こんなもんでいっか?」

いつもは手を汚さずにする作業だが、

数が多かったためか指先がガンオイルで若干汚れてしまった。

全てを元に戻し、撩は武器庫から撤収。

手を洗いに洗面所に向かった。



その頃、美樹を呼びに行く前に、香も洗面所に立ち寄ろうとしていた。

ふと、廊下で足が止まる。

(この匂いは…。)

自分のところの武器庫と同じような匂いがかすかに漂う。

火薬と硝煙とオイルの入り交じった独特の香り。

じゃーと水を流す音が聞こえ、どうやら撩が先に使っていることが、

洗面所の入り口手前で読んで取れた。



(そっか、かずえさんから銃の手入れかなんかお願いされていたのかな。)

撩の残り香だということが分かり、警戒を解いた。

(びっくりした。誰か同業者が忍び込んでいるかと思ったわ。)

香は、撩がいるところの脇を通ってトイレに行くのが何となく恥ずかしかったので、

少し離れた死角にしばし隠れ、撩が出て行くのを待った。

(あーん、早くしてよぉ。)



すると水音が止まり、撩が動く気配がした。

香は見つかるのがいやだったので、

そのまま息をひそめて撩が遠のくのを待った。

その香の耳に撩の独り言が聞こえてくる。



「……あいつには、つけさせたくねぇな…。」



(え?)



思わず声がでそうになったのを手で慌てて押さえた。

そっと角から覗くと、もう撩は視野から消えていた。

教授の部屋に向かったようだ。

「『あいつ』って?」

香は頭の中に疑問符が浮かぶ。

主語も目的語も略された呟きに、全く真意は分からない。



「なんのことかしら?」



香は立ち止まったまま動けずにいたが、トイレが近いことを思い出し、

慌てて個室に飛び込んだ。

「は、早く美樹さん呼びに行かなきゃ。」

大急ぎで用を足した香は、美樹の病室に足早に向かった。





「美樹さん、こんにちは。」

「香さん。」

ベッドで上半身を起して、本を読んでいた美樹はぱっと顔が明るくなった。

「調子はどう?」

「順調よ。」

傍らに読みかけの本を置く美樹。

「よかった。とにかく早く治って欲しくて。」

「大丈夫よ。心配しないで。ところで、さっきからお味噌の良い香りがするんだけど?」

「ええ、お昼が出来たから呼びにきたの。今日は豚汁ね。」

「わぁ、うれしい!やっぱりこれからの季節は、温かい汁物っていいわよねぇ。」

「もう作っている最中から温まり過ぎるくらいよ。

じゃあ、あたし教授の部屋に行ってくる。」

「わかったわ、先に行ってるわね。」

そんな会話を交わして、香は書斎へ向かった。



長い渡り廊下、スリッパを履いていないと、冷たさでもう素足では歩くのが辛い気温。

はらっと落ちる紅葉を横目で見ながら、目的地に着いた。

コンコン。

静かにノックをする香。

「教授、お昼ごはんできましたよ。」

「ほほ、今日は何かのぉ?」

机に山積みさている書籍の間から、ふと教授が顔を上げた。

「日本風でまとめてみました。」

「どれ、行くかのう。」

回転椅子をゆっくりと動かし立ち上がる教授。



「あら?撩がこっちにいると思ったんですけど。」

「ほ、あヤツならついさっきちょっと寄りよって、すぐに出て行ったがの。」

教授の部屋に続く通路は、香が来た廊下と、庭に続く方面があるが、

どうやら撩は庭に出たようだ。



「まったく、呼ぶ手間増やして…。

教授、先に食堂へ行ってて下さい。撩探してきます。」

香は、ふらついている相棒の姿を求めて奥の庭が見える縁側へ足を進めた。

「あ、いた。」

つっかけを履いて池の傍で遠くの水面を見ているように見える。

両手はポケットに入っているが妙に姿勢がいいので、

そこにいるだけでも様になっている様子に、香は一瞬目を奪われた。



「…っ、あーだめだめ。」

ちょっとだけ赤くなった香は、すーと息を吸って口に手を当てた。

「りょおぉー!ごはんよーっ!」

「あー、今行く。」

香の気配に少し前に気付いていた撩は、まるで夕食が出来たと呼びにくる母親のようだと、

振り返りながらくすりと笑った。

「早くして!冷めちゃうから!」

香はそう言い残すと、小走りで食堂に向かった。



「食いにいきますかね。」

撩は縁側の踏み石を上がると、

またごまかしポーズのがに股猫背で遅れて香の後を追った。


***********************
(5)へつづく。





撩ちん、覚悟を決めたにも関わらず、
自分たちと同じ匂いを纏ってほしくないと、
往生際悪く、まぁーだ考えています。
とーぶん、この感覚の呪縛から解かれそうにないヤツ。
この先、悪あがきがちょこちょこと出てくる予定です。
カオリンの鼻の良さ、これは彼女に限らず女性の方が体臭に関して
男性よりも若干敏感な傾向があるとか。
匂いから自分と遺伝的に離れた個体を識別できる潜在能力が備わっているとのこと。
年頃の娘が遺伝的に近すぎる父親に拒絶反応を示すのも生き物的にごくごくフツーの理だとか。
そういえば、ウチの旦那東北系、ワタクシ九州系、
確かに遺伝的に離れちょるがな。(鼻水垂らしている時の方が多いけど…)

13-03 Works Of Ryo & Kaori

第13部 A Week After The Okutama Lake

奥多摩から7日目


(3)Works Of Ryo & Kaori ***************************************************2482文字くらい



撩と香は、新宿駅の伝言板を確認した後、

そのまま教授宅へ車を走らせる。

車内で撩を待たせて、香だけが依頼の有無を見てきたが、

ご多分に漏れずこの日も呼び出しの暗号はなし。

香の気分としては半分ほっとして、半分残念。



都内の住宅街にある敷地の広い日本家屋に、

クーパーが横付けする。

「車、このままここに置いておく?」

「んー、裏へまわしてくるわ。先に入ってろ。」

「うん。」

撩は、香だけを降ろして、通用門のある方に車を移動させた。



呼び鈴を押す香。

「こんにちは、槇村です。」

『おお、入りなさい。』

書斎のパソコン画面でモニターをチェックしているであろう教授の声が聞こえる。

かちゃりと自動的に鍵が解除され、中に促される。

玄関をくぐると、教授が迎えてくれた。



「ほほ、午前中からすまんのう。」

「いえ。本当はもっと早かったほうがよかったかもしれないんですが、

かずえさんが昼前でいいと言ってくれて。」

2人はツヤのある廊下を歩きながら台所へ向かった。

「いや、朝食の準備もしてくれておいたようで、かずえくんが感謝しとったよ。」

「かずえさんから何か伝言とかありますか?」

「おお、そうじゃった。この指示書を渡してくれと。」

香は、白衣のポケットから出されたメモ書きを受け取る。

いつも通り分かりやすい内容に彼女の心使いを感じる。



「分かりました。じゃあ、さっそくお昼の準備からしますね。」

「頼むよ。ああ、ファルコンも所用で夜まで戻れんと聞いておる。

今日は、わしらとおまえさんらで4人の食卓かの?」

「用意する分は、たぶん7、8人前くらいにはなると思います…。」

香は苦笑しながら答えた。

「ほほ、いずれにしても賑やかなほうがよい。

頃合いになったら、また声をかけておくれ。」

教授は、そう言い残してスタスタと台所を出て行った。




ふと足を止める教授。

「撩よ、盗み聞きは感心せんのう。せっかくのワシと香君の語らいに、

いらぬオーラを発しおって。」

陰からぬっと出てきた長身の男は、機嫌悪く答える。

「教授が、また余計なことをくっちゃべらないか注意していたんです。」

「適切なアドバイスの間違いじゃろ。」

ぐっと詰まる撩。

「どうじゃ?うまくいっておるかの?」

教授は、にやりとスケベ顔で細い視線を投げかける。

「何も報告することはありません。」

「ほほほ、今のうちに強がっておくんじゃな。

そのうち、連中から総攻撃が待っておるぞい♪」

教授は杖をくるくるとご機嫌よくまわしながら、

廊下を歩いていった。

「ったく、あのタヌキじじぃめ。」



撩は、この後どうするかしばし迷う。

香を手伝うにしても、自分の仕事だと断られるだろうし、

いつ教授が監視カメラで覗いているか分からないこともあり、

台所で並んでいる姿も見られたくない。

ファルコンも夜まで不在なら、からかって遊ぶ相手もなし。

美樹のところに行っても、香のことで逆に突っ込まれそうだし、

ミックも取材だの、締切りだので、オフィスにも戻れていないようだし、

教授のところには、しばらく近寄りたくない。



「あー、どーっすかなぁ。」



はっきり言ってヒマである。

後ろ頭に手を組んでうーんと伸びながら、

とりあえず香のいる台所へ行くことにした。





「今日は何作んの?」

いきなりずいっと現れた撩に、作業に夢中になっていた全く香は気付かなかった。

「うぁ!…もー、びっくりしたぁ。

どうして、ここの男共はみんなして気配消してここに入ってくんのよ!」

「男共?」

「昨日の海坊主さんに、ミックよ。」

撩は昨日の話しを思い出した。

「まぁ、おれらも含めて商売柄仕方ねぇーんじゃねぇの?」

「人のモモ触りにくるのが商売柄?」

なにぃ?」

海坊主はそんなことをするハズないので、すぐにミックだと分かった撩。

「その前にあんたかと思ってフライパンで殴っちゃったから未遂だったけど。」



撩が昨日、ミックと香のやりとりを聞いていたのは、

この先からだった。

ミックがそっと近づいて香を驚かそうとしていたのは、

話しの内容から聞き取っていたが、太腿狙いだったとは、

撩のこめかみにぴしっと青筋が浮く。



「今日は、豚汁とおにぎりとお漬物、フルーツは日本の秋の盛り合わせ。」

香は、大量の根菜類を用意して切り始めた。

「あ、そうそう。さっきもらった指示書にね、

撩にしてもらいたいことがあるって書いてあるの。」

「ああ?」

手を止めて指示書を撩に見せる香。

「武器庫に行けば分かるみたい。」

「なぁーんで、俺まで使われんのぉ?」

「文句言わない!さぁ、行った行った!」

香に背中を押されて、台所を追い出された。



「ったく、何なんだよ。」

撩はぶつぶつ言いながら、この家屋の外見に相応しくない武器貯蔵庫へ向かった。

地下にある武器庫は、一個師団が十分使える装備が揃っている。

「あん?」

鉄の扉に張り紙がある。かずえの文字だ。



『レミントンM870とモスバーグM500の調子を見て下さい。』



ぺりっと紙を剥がす撩。

「ふーん。」

ゆっくり鉄の扉を開ける。

海上自衛隊やアメリカの警察で採用されているメジャーなショットガン。

「確か、両方とも10丁以上はあったよな…。」



自分の足音だけが響く武器庫で一人呟きながら、その指定席に向かう。

「ミックの手じゃ、細かなチェックは難しいかもな…。」

道具の管理をきちんとしていないと、いざという時に使えない。

自分もいつ世話になるか分からないので、

一応真面目に診察してみることにする。



黒光りする銃身をひょいと持ち上げる。

重さ3キロ強、撩にとっては使い勝手のいい重量感であるが、

しばらく本戦では使っていない。



そばの木製テーブルにごとりと置くと、メンテナンスグッズを持ってきた。

「どーすっかな、…全部ばらすか。…ったく、めんどくせーなぁ。」

口ではそういいつつも、表情は決して嫌がっているものではない。

むしろ、銃火器の整備や調整は、雄の本能的なところに、心地良い刺激を与える。

機械いじりは、男脳が得意な傾向があるもの確かだ。



金属がぶつかる音が響く部屋で、

撩は口笛を吹きながらもくもくと

ショットガンの分解、メンテ、組み立て、調整を進めていった。


******************************
(4)へつづく。






男脳女脳に関しては、
以前、NHKスペシャルで興味深い番組が放送されていました。
立場上、色々な生き物たちのオスメスの違いや生態を見ていますが、
根底にある生物学的オスの存在意義は、なかなか切ないもんです。
というワケで、教授宅の武器庫、銀狐編で出てきた場面に、
さらに奥行きがあることにしております〜。
今日はイブ、他のサイトさんでのクリスマスネタを楽しんできま〜す。

13-02 Kozue's Watching

第13部 A Week After The Okutama Lake

奥多摩から7日目


(2)Kozue’s Watching **********************************************************3546文字くらい



8時45分、

食事が終わった香は、食器を洗い、夜のメニューの確認をして、

ミルを挽き始めた。

「先にこれだけしとけば、出発前に飲む時間がちょっとはとれるかな。」



9時、

香は一度7階に行き、

残っていたバスタオルや、撩の服の脱ぎ捨てなどを回収。

ついでに、さっき空気の入れ替えのために開けた窓を閉め、

脱衣所に降り、ランドリーバスケットの衣類を洗濯機に放り込む。

「これを乾燥機に入れれば、あとは大丈夫よね。」

再びキッチンに戻って、ヤカンを火にかけた。

「あ、そうだ。」

そのまま香は、自分の部屋に荷物を取りに行く。



さっきも着替える時、感じたのだが、

使用頻度が減っているためか、この1週間で少し埃っぽくなっている気がした。

香は、ベランダ側の窓とベッドの脇の窓を開けて、新鮮な空気を取り込む。



「あとで、掃除機かける時間があるかしら?」



ショルダーバックを持って振り返りながら部屋を出た。

キッチンでは、お湯が沸騰直前。

香は、バッグの中から財布を取り出して中身を確認した。



「今日、カードを教授に返すの忘れないようにしなきゃ。」



他、領収書や明細の入った封筒もチェックして、

かずえの指示書にも目を通す。

ヤカンが鳴ったところで、コーヒーを用意することに。

やはり食後にこれがないと、どうもしまらない。

コーヒーカップ2つに注ぎ、トレーに乗せてリビングへ向かう。



「りょぉ〜、コーヒー持ってきたよー。」

リビングの戸を開けると、香はぎょっとした。

(撩が、…浮いている?!)

正確には、撩がベランダでいつもの片腕懸垂をしていただけなのだが、

香がナマでそれを見るのは初めて。



何の心の準備もなく視界に入ってきた光景に、

危うくトレーを落としそうになった。

「うわっと!」

カチンとカップが鳴る音が、香を我に返した。



「そ、そ、そう言えば、ま、前に、こずえちゃんが言ってたわね…。」

なんのマジックだか、イリュージョンだか、さっきの透視事件(?)もあり、

状況を頭が理解するまで、数歩の時間が必要だった。

トレーをガラステーブルに置く香。

「ホントだったんだ…。」

ぼそっと呟く。



リビングに入ってきた香とすぐに目が合い、

撩もあちゃとバツが悪そうな顔をして、

すたっと足をつけた。

「なぁにがぁ?」

ちょっとごまかし気味に聞き返す撩。



本当は、リビングに近づいた香の気配をちゃんと読んで、

部屋に入ってくる直前に、

ソファーで愛読書を読むスタイルになるつもりだった撩。

しかし、最近ことのほか、

無意識に気配を消すことが身についてしまった香。

しかも、殺気もなく、感情の起伏も殆どない状態で、音を立てずに来られる接近は、

撩もドアが開く直前まではキャッチできなかった。

正直、まじめにトレーニングをしているところは、

こっ恥ずかしくて見られたくなかったが、

香がつぶやいた『こずえちゃん』という単語に、あの時の記憶が蘇った。



「はい、コーヒー。」

カップを差し出す香。

どさっとソファーの短辺に腰を下ろす撩。

「さんきゅ。で、こずえちゃんがどうかしたか?」

腰につっこんでいたタオルを抜き出し、軽く汗を拭いながら、カップに口を付ける。

「あ、…あのね、こずえちゃんが前に教えてくれてたの。」

「へ?」

「撩のこっそりトレーニング。」

ぶっと撩がコーヒーを吹いた。

「なっ、なぁーにやってんのよっ!」

香が、慌てて布巾でテーブルを拭く。

更にバツが悪そうにタオルで口元を拭う撩。



「……こずえちゃん、あたしがいない時しかやってないって言ってたから、

半信半疑だったけど、ホントだったのねぇ。あの穴の謎。」

ソファーの長辺側に座っている香は、何食わぬ顔をしてコーヒーを飲む。



「よく観察しているこって。」



ちょっとぶすっとした顔の撩も、気を取り直して飲み始めた。

いつもなら、ミックも香もいない時にしかしていなかったが、

この1週間は先送り気味にし、体がなまっていると何かとマズいので、

ちょっとだけ、のつもりで片腕3本指懸垂をしてしまった。

すでにこずえの望遠鏡から、タイミングまでチェックされていたとは、

隠し事がバレてしまったことに、感情の行き場がない。

飲み終わった撩は、

カップをテーブルに置きながら、香の隣へつと移動した。



「なっ、なによ!」

瞬時に赤面し、体を斜めにして警戒する香。

「ボクちゃん、夕べ運動不足だったからぁ〜、

お出かけ前に軽〜く運動しとこっかなぁ〜と思ってぇ〜。」

腰と後ろ頭に手を回され引き寄せられて、近づいてくるタコちゅう顔の撩。

「ぶっ!」

「だめだわ…、スケベ顔だと反射で出ちゃう。」

撩の顔にめり込んでいるミニハンマー。

そのまま、どさっと後ろにひっくり返る撩。



「なんか、このところ落ち着いてコーヒー飲めないじゃない。」

頬を染めたまま、眉間に浅いシワを寄せ伏せ目の香は、

抑揚のない口調でそう呟いた。

自分も飲み終わって、トレーにかちゃかちゃとカップを片付ける。

「さ、そろそろ洗濯機終わったかなぁ。」

少しだけ火照りを残した香は、

ひっくり返っている撩をそのままに、リビングを出て行った。



キッチンに戻ると、手早く食器を洗って、コーヒーセットを片付ける。

「さてと、洗い物はっと。」

脱衣所に向かいながら、

さっきの撩の言動を思い出しクスクスと思わず肩が揺れた。



きっと、あのドスケベ顔で迫ってくるときは、

空気を変えるための演出。

依頼人相手の時もおそらくそう。

(不思議よねぇ、同一人物なのに、真面目な時は絶対逃げらんないし。)



今日で奥多摩から戻って来て1週間。

幾度も繰り返すこの慣れないやり取りの中で、

ほんのりと何かの傾向が見え始めてきた。

(でも、まだ余裕なんかないな…。)



香はそんなことを考えながら、

洗い終わった衣類を乾燥機に移し入れた。

スイッチを押して、廊下に面している物置から掃除機を取り出し、自室に向かう。

空気が入れ替わり、やや気温が下がった客間。

香は、ざっと床にノズルを這わせ、簡単に掃除機をかけた。

モーターの音が、リビングまで伝わる。

一巡してから、電源をオフにして、コードを巻き取った。

開けていた窓をゆっくり閉める。

部屋を出る時は、

いつも槇村の写真を見て戸を閉めるのが習慣になっている。

この部屋で寝なくなった自分のことを兄はどう思っているのか。



夕べの『都会のシンデレラ』の仕切り直しを思い出して、ふっと顔が緩む。

「ア、アニキ、…心配しなくてもいいからね。」

顔を赤らめて、掃除機を運びながら、

ジャケットを手に持ちキッチンに向かう。



9時50分。

そろそろ出発しなければならない時間。

香は、椅子に荷物と服を置き、トイレと洗面所に行き、用を済ませてから、

バタバタとキッチンに戻り、換気扇やガスを確認して、

上着を羽織り、ショルダーバッグを手に、リビングへ向かった。



「りょおー、そろそろ出れる?」

開けると、また誰もいない。

「あ、あら?上かしら?」

目で、リビングの窓も閉まっていることを確認すると、吹き抜けのフロアの戸を開ける。

ちょうど、撩が自室から降りてくるところだった。

着替え終わっていつものスタイル。

「行くか?」

「う、うん、もう出れる?」

「ああ、いい時間だな。」

合流して、5階に続く玄関に降りる2人。

「また駅に寄ってからか?」

「あ、うん、お願い。」

靴を履きながら答える香。

がちゃりとドアが開く音が妙に鮮明に聞こえる。



毎日往復しているこの入り口に、

あの時の時間がふと頭に過(よぎ)る。

階段を降りながら、湖畔での節目を思い返した。



「……1週間って、あっと言う間だわ…。」

香の呟きを聞き、撩はピクっと眉を上げたが、

すぐに目が細まり香の肩を抱き寄せた。

「っわ、った!」

よろけた香は思わず撩の服を掴んだ。

「い、い、いきなり危ないじゃない!」

ぱっと手を離す香。

火照りながら怒鳴っても迫力減。

「まぁ、こんだけ慌ただしけりゃ、早く感じて当然だろ。」

そのまま階段を降りて行く。



結婚式に、狙撃に、拉致に、救出に、

入院に、治療に、依頼に、通いに、

日々の雑事に、激変した関係にと、

単語を並べるだけでも、濃密過ぎるセブンデイズ。



「今日で一区切りなんだろ?」

「うん。」

駐車場に付き、クーパーの鍵があけられる。

「ほれ、早く乗れよ。」

またらしくもなく助手席のドアを開ける撩の姿に、かぁと血圧があがる。

「あ…。」

あまりにも照れくさくて、続きの『りがと』が音にならない。

たぶん、誰かが見ているところでは、決して見せることのない行動だろうと、

香はぼんやりと思った。

照れ隠しに、何かしゃべらなければと口を開く。



「み、美樹さん、早く治って欲しいな…。」

運転席に座った撩が言う。

「大丈夫だって、美樹ちゃん、元気いいし、リハビリもうまくいくさ。」

「そ、そうね。」

「じゃ、出るぞ。」

アパートから小さな赤い車が、

駅に向かって、街の雑踏に溶けていった。


****************************************
(3)につづく。





牧原こずえちゃんのウォッチングはナイスジョブでしたね〜。
彼女は、連載当時おそらく10歳くらい。
「あたしが結婚できる年になても香さんはギリギリ20代」という
セリフから小学校4,5年生の計算。
1988年から10歳引くと、1978年生まれあたり。
現在、アラサーということになるのかな?。
彼女の未来も勝手に妄想ネタになりそうです。

13-01 Alka Mackerel Fish

第13部 A Week After The Okutama Lake(全13回)

奥多摩から7日目


(1)Atka Mackerel Fish **********************************************************2753文字くらい



ふと目が開く。

ブラインド越しに、午前中の陽が差し込み、

ちょうど顔の上に帯を作る。

「あ…。」

パチパチとまばたきをした香はがばっと身を起こした。



すでに撩の姿はない。

目が覚めて、一人残されたのは、『あれ』から初めて。

「ね、寝過ごしたかしら?」

慌てて枕元のデジタル時計を手に取る。

8時ちょっと過ぎ。

「い、いけない!急がなきゃ!」



香は、飛び起きて閉まっている扉に向かったが、

あっと、足を止めてUターンをした。

そして、手早く寝床を整えて、窓を開けた。

出かける前の1、2時間で空気の入れ替えをしたいという目論見。

「うー、閉めるの忘れそ。」

冷えた朝の空気を感じ、思わず両腕で自分を抱きしめる。





「早く、お、降りなきゃっ。」

今度こそ、香は階段を駆け下りた。

廊下に続く扉を開けると、かすかに焼き魚の匂いが漂っている。

はっとして、香はキッチンに駆け寄った。

「ご、ごめん!寝坊しちゃったっ!」

戸を開けながら香は早口で謝る。

「あ、あれ?」

誰もいない。



すでに配膳がしてある食卓。

新聞まで取り込んでいる。

「なんだよ、今起しに行こうかと思ってたのによ。」

突然、相方の声が頭の上から聞こえた。

「え?」

振り返ると真後ろで見下げている撩。

「りょ…っ。」

水洗トイレの水が流れる音が耳に入り、

ちょうどすれ違いだったことを悟る香。



「せっかく、ちゅう〜で起してやろうかと思ってたのにぃ〜。」

タコちゅう顔で接近してくる撩に、

反射的に恥じらいミニハンマーをプレゼント。

「ぶっ。」

「きききき着替えてくるからっ!」

熟れたトマトのようになった香は、

ハンマーとキスをしたままの撩の横をすり抜けて

ばたばたと客間に入り込んだ。



「び、び、びっくりしたぁ〜。」

戸を閉めてへなへなと座り込む香。

顔を片手で半分押さえて、溜め息を吐く。

「も、もぉ〜、一体どう対処すればいいのよぉ〜。」

今日も、朝から今までの撩らしからぬ行動に、

心臓が早速バクバクしている。



「と、とにかく、は、早く着替えなきゃ。」

香は、昨日はタイトスカートとタイツ風ストッキングで、

若干足元が冷え気味だったので、

今日は、また動きやすいパンツスタイルで教授宅に行くことにした。

手早く衣装を変え、トイレと洗面所に行き、身支度を整える。




「お、お待たせ…。」

キッチンの扉をそっと開ける。

少し前に買っていた、小さめのホッケの開きがいい色に焼けている。

「おー、早く食おうぜ。冷めちまう。」

撩は、読んでいた新聞をテーブルに置き、

ちゃっちゃかと味噌汁を注(つ)いだ。

「あ、ご飯はあたしがするわ。」

香は、炊飯器から白米をそれぞれによそい、

ホッケ定食が完成。



「あー腹減った!いったらっきまぁ〜すっ!」

はぐっと小ぶりながらも脂の乗ったホッケの身を齧り、

味噌汁をずずっと吸って、

炊きたてのご飯を口に詰め込む撩。

箸を持った香は、メニューを見渡して、謎に気付く。

「……ねぇ、撩。」

「あん?」

まるでリスのように両ほっぺを膨らませている撩が視線を上げた。



「……あたし、あんたに、朝食何作るか言っていなかったわよね…。」

「あ?」

「まんまなんだけど、どーして?」

「は?」

ホッケの開きをくわえたまま、きょとんとする撩。



主食も、添えてある大根おろしも、

ホウレンソウのお浸しも、納豆も、卵も、焼き海苔も、

ワカメと豆腐と油揚げの味噌汁も、

フルーツのリンゴも、みーんな香が夕べイメージしていたメニュー。



ただし、特に分かるように用意していたのではなく、

在庫の食材で出来うるものを頭で考えていただけ。

誰にも伝えていないはずの、そのセットが見事に再現されていた。



「まんまって?」

もぐもぐしながら、撩が聞き返す。

「だから、これあたしが作ろうと思っていたメニューそんまんまなのっ!

ま、まさか、あんた、人の心が読める超能力でも持ってる訳???」

素で驚いている香に、吹き出しそうになる撩。

「んな訳ないだろ!」



ちょっと照れているのが、香にも分かった。

心理学的に、人間の行動や心中を読むのは、確かに得意ではあっても、

それが、SFっぽい超能力であるわけないと分かっていても、

そう思いたくなる程の偶然の一致。



「んなの、おまぁがいつも作っているヤツを参考にして、

冷蔵庫ん中にあるもん見たら、たまたまそうなっただけじゃねぇか。」

関心なさそうに、箸を進める撩。

他にも色々出来る選択肢はあったはずなのだが、

あまりにも見事な一致に、何がどう重なり合ったら、

こんなことが実現できるのか、香は不思議でしかたなかった。



「ほれ、おまぁもさっさと食えよ。時間ねぇんだろ?」

「あ、うん、…頂きます。」



まだ、納得がいかなさそうな、狐につままれた気分の香は、

茶碗を持って箸を伸ばした。

「おいし…。ありがと、撩。」

撩は、味噌汁にとどめをさすように、ずずーと飲んでいる。

「ごめんね、あたしがちゃんと起きれればよかったんだけど、

また寝過ごしちゃって…。」



お陰で、結構ぐっすりと眠れて目覚めの感覚も良く、

疲労もあまり残っていない。

一方で、食事の支度を撩にさせてしまったことを申し訳なく思い、

視線を下げる。



「夕べ、心配するなっつったろ?」

リンゴをフォークでぷすっと刺した撩は、しゃりっと食べた。

「予定がなかったら、ぼくちゃんなぁんにもしないもんね〜。」

照れ隠しと思われるその言動に、香はくすりと笑った。



「そういえば、えっと、誰だったっけ、

お隣のダンサーさん、…まい、

そうそう、次原舞子さんに会った時も、こんなの作ってたわよね。」

「あん?」

リンゴをくわえたままの撩は再度きょとんと顔を上げた。

「ほら、うちから食材持ち出して、

あんた勝手に朝ご飯作って、舞さん怒らせたじゃない。」

「あー、んなこともあったなぁ。」

「もしかして、あんた塩鮭とか焼き魚好きなの?」

「べぇっつにぃ、食えりゃあなんでも構わん。つーか、とっとと食え。

10時には出るんだろ?」

「あ、そうだった。……彼女、元気かな?」

「心配ないだろ。ごっそさんっ。」

ニューヨークにいるはずの彼女、香は暫しその思い出に塗られる。



撩は食器を持って立ち上がった。

「リビングにいるから用意ができたら呼んでくれ。」

シンクにかしゃっと器を重ねる。

「うん。」

香は、本当はゆっくり落ち着いて、撩の作ってくれた食事を味わいたいのだが、

この後、洗濯が控えているので、慌ててご飯をかき込んだ。



「急ぐと、また喉に詰まらせるぞ。」



撩は、通りすがりにそう言いながら、

香の髪をくしゃりとかき回して、キッチンを出て行った。

真っ赤になった香は、また固まってしまったっが、

はっと我に返り慌てて箸を動かし始める。



今日も忙しく過ごすことになりそうだと、

廊下を歩く撩も、テーブルで食事を急ぐ香も、

同時に同じことを考えていた。


*************************************************
(2)へつづく。





むむ、ちょっと撩ちんに飯作らせ過ぎかいな。
いや、とりあえず、関係が変わってからは、
「色々変わっちまった」ということで、
カオリンもびっくり〜という感じです。
マホッケの開き、大きいのが定番ですが、
以前20センチサイズも売られていたので、
これなら朝食向けにしてもいいかと。
やっと(新婚?)7日目です。
次の日になるのは、確実に年を超えてしまいます〜。
こんなスタイルですが、よろしければお付き合い下さいませ〜。

12-03 Kaori's Question 

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12-02 Caress For Secret Place

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12-01 Step-Up

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11-16 Where Is My Pajamas?

第11部 Memory Of Chinderella 

奥多摩湖畔から6日目


(16)Where Is My Pajamas ?  ************************************************3481文字くらい



香は、撩の部屋へそっと入る。

電気をつけると、チェストを開けスウェットとトランクスを選び出した。

この前は、着替えを届ける前に撩がやって来たので、

その前に置きに行かなきゃと、大急ぎで脱衣所に向かう。



そおっとカーテンを開けてみた。

シャワーの音が扉越しに聞こえる。

とたんに顔が赤らんでしまう香。

やはりとてもじゃないが、この空間に一緒に裸で入るなんて、

恥ずかし過ぎて、到底出来そうにない。

脱衣カゴの中にあるパイソンを見ながら、

持って来た衣類をギクシャクしながらぱさりと置いた。

(さっさと買ったモノ片付けなきゃ。)

香は、足早にキッチンへ入る。



急々で冷蔵庫に入れる物はないが、

各指定席にそれぞれを移動させるのに手間がかかる。

一気に大量に買い込みをする時は、この作業が大変なのだ。

「缶はここっと、塩と砂糖の予備はこっちと。」

手を動かしながら、またさっきの思考に意識が向いていく。



(死ぬ訳にはいかない。生きなきゃ。

どんなことがあっても…。)



残された愛おしい男が背負わざるを得なくなるその重き責苦は

絶対に味合せたくない。



(ならば、逆は?)



もし、撩が先に逝ってしまうようなことがあったら。

撩のいない世界で生きる意味は見い出せない。

きっと、迷わず後を追ってしまうだろう。

その覚悟は出来ている。

撩を失うかもしれない恐怖は、今まで何度も何度も味わっている。

恐らく、これからも程度の差はあれ、それは繰り返されることは

容易に想像がつく。



(でも、逃げないから…。)



香は、目を閉じ持っていた最後の物品であるオリーブオイルの瓶を

両手でぎゅっと握った。



(あなたのパートナーであることから、逃げ出さないから、

そばであなたをずっと支えて行きたいから…。)



撩の命を守るためなら、自分の命は惜しくない。

奥多摩で撩の目を見ながらそう言い放ったのは、

間違いなく本心。

しかし同時に、撩に重い十字架を背負わせないためにも、

なにがあっても生き続けなければならない。

そして、もし撩が先に死を迎えたら、自分の死も迷いはない。



本当は、あまり考えたくないことではあるが、

あれから1週間、激変した関係の困惑の中で、

導き出した答えの一つを再確認する。

ふっと瞼を開け向きなおる。




「さ、終わった。あとは明日の朝ご飯か。」



持っていたものを所定の位置に置き、

なんとか気分を切り替えた香は、お米は夜の分まで研ぎ、

炊飯器の予約スイッチを入れた。

キッチンの後片付けをした後、香は脱衣所に続く廊下に向かう。



「あら?撩、まだ出てないの?

いやにのんびりしてるわね。珍しい…。」

香は、着替えを取りに行く前に、洗面所で歯磨きとトイレをすませ、

自室に戻った。



「あー、今日もあっと言う間だったわ。」



伸びをしながら、タンスを開けた。

着替えを取り出すと、廊下を歩く撩の気配を感じた。

キッチンに入る扉の音がする。



「あ、上がったわね。じゃあ、あたしも入ろ。」



香はパタパタとスリッパの音をたてながら脱衣所のカーテンを開けた。

湿度が高い。

服を脱ぐと、少し薄くなった撩のキスマークがいやでも目に入る。

かぁっと赤くなった香はぷるぷると頭を振って、

浴室の戸を開ける。



「あ。」

湯船がたまっている。

「……撩が、…してくれたんだ。」

てっきりシャワーだけで済ませているかと思っていたら、

お湯を溜めていたから時間がかかっていたことが分かった。



(ごめんね、またハンマー出しちゃって…。)



自分が湯船の準備をすべきだったと、

撩にセルフでさせてしまった申し訳なさも重なり、

自分にも湯船に入って温まれと言う撩の無言の指示に、

さっきの自分の行動へ若干の後悔を思う。



(だ、だってっ、恥ずかしいのはどうしようもないんだものぉ。)



照れが冷めないまま、

体と髪を洗って、湯船にゆっくりと身を沈ませる。

「あ…、気持ちいい…。」

快適と感じる温度と見事に合致している。

時間と比例して、じわりと芯まで温まっくる。



「ふ…。」



香は少し上向きに顔をあげ、目を閉じ軽く息を吐いた。

「明日で一区切りか…。」

手でお湯をすくって、ぱしゃりと顔を洗う。

「明日は10時には出なきゃね。」



明日のスケジュールをイメージして、しばらく湯に浸っていたが、

そろそろのぼせそうになってきたので、

ゆっくりと立ち上がり、シャワーのコックをひねった。

じんわりとかいた汗を少しぬるめの湯で流す。

滴が一通り流れ落ちたところで、香は脱衣所に出た。



「ええ??」



思わず声が出た。

カゴの中の着替えがなくなっている。



「はぁあ?どういうこと?」



代わりに置いているのは、

大きめのバスタオル1枚とフェイスタオルが2枚。

そして、いつもは洗面所に置いてあるドライヤーがタオルの上にあった。

カゴの中をよく見ると、いつも使う化粧水と乳液まで入っている。



「こ、これ、撩の仕業??」

香は、まだ事態が飲み込めない。

「あ、あたしの着替え、一体どこに持ってっちゃったのよっ!」



とりあえずこのままだと、湯冷めしてしまうので、

急いでフェイスタオルで体と頭を拭いて、

バスタオルを体に巻き、

訝しがりながら化粧水と乳液を施して、

ドライヤーで髪の毛をいつもは使わない強風の設定で乾かし始めた。



(なんだか、注文の多い料理店の逆バージョンじゃないっ!

何考えてんのよぉ、あいつはぁ〜。)



大急ぎで髪を整える。

「うー、肩が冷えてくるぅ。は、早くパジャマ取りにいかなきゃ…。」

とりあえず、ドライヤーと使ったタオルを洗濯機の上に置き、

さっきと同じように、

そおっとカーテンを開けた。



「きゃあああっ!」

「はい、ごくろうさん!んじゃ、行こっかぁ!」



一瞬のうちに、抱き上げられ、

お姫様抱っこになっていることに気付いたのは、

廊下の角を曲がった時だった。



「りょっ…!」



撩は一応、服は来ているが、自分が用意したスウェット上下ではなく、

一緒に持っていったノースリーブシャツに、トランクスだけ。



「カオリンのパジャマは、

ボクちゃんの部屋にちゃぁーんと運んでおいてあげたからぁ。」



トントントンと実に軽いステップで7階へ続く階段を昇って行く撩。

バスタオルだけしか纏っていない赤くなった香は

目をぱちぱちさせながら、口もぱくぱくと声が出せずにいた。

あっと言う間に、キングサイズのベッドがあるところまで辿り着く。

部屋の扉も器用に閉められ、サイドライトの淡い光源だけが目に入る。



「はい、到着〜。」



そっと香を横たえると、今日はやや厚手の毛布をふわりと被せて、

自分も潜り込んで来た。



「んじゃ、続きをしましょうかぁ〜。かおりちゃんっ!」



妙にテンションの高い撩は、覆い被さりながら、

Wの文字型になって投げ出されている香の腕に

手の平を尖端へ向かって這わせていき、

両手に指を絡ませた。



「つ、つ、つづっ?」



あっという間に寝具の中に連れ込まれた香は、

まだ驚きから抜け出せず、

火照ったまま、まともに単語も出てこない。



「朝の夢の続きでもいいしぃ、港の続きでもいいしぃ〜。

さっきのご褒美の残りでもいいしぃ〜。」



撩は、赤く硬くなっている香が愛おしくて、

ふっと柔らかい表情になる。



「……そんなに、カチコチになるなって…。」

「っだ、…だ、だってっ、…そ、そんなこと、ぃ、われてもっ。」



近過ぎる距離。

かかる息の音と湿度。

指の間から感じる心音。

触れている全てのとこから感じる温もり。

風呂上がりのシャンプーや石けんの匂いに混じる男の香り。

五感全てが得ている感覚が、

動と静が混合されて自分の中に流れ込んでくる。



「っま、まだ、な、な、慣れないんだから!

……っし、し、仕方ないじゃない!」



潤んだ目は眉間にしわを寄せて、きっと撩を見つめ返す。

「んと、かあいいなぁ〜。」

鼻先にちゅうと吸い付かれた。

「うひゃ!」

更にぼぼぼっと赤い色が香の肌に上塗りされる。

その唇の温度と感触だけでも、心臓が跳ね上がる。



「……いいか?」



少し切なさが混じった黒い瞳で、

20センチほど離れた場所から見下ろされる。

明日は寝坊が出来ないという心配や、

もしまた2ラウンドコースだったらどうしよう、と

少し戸惑いの色を見せるも、

香は、自分が写る撩の瞳孔を交互に見ながら、

赤い顔のまま、

眉を浅く八の字に寄せてゆっくりと目を閉じ、浅く顎を引いた。



ふっと呼気を軽く出した撩。

「……今日のテーマは、時短とステップアップだな。」

「え?」

撩は、パチっと目を開いた香を見下ろしながら自分の左手をほどいて、

香の頬に手の平をひたりと当てた。

少し冷めてきている柔肌に、カイロのような温かさが伝わる。



「ジ、ジタン?ステップアップ?」

「そ。……香、……逃げるなよ…。」



そう言うと、撩は顔の角度を変えながら、

香の唇と自分のそれとを、ゆっくり隙間なく重ね合わせた。


****************************************
第12部(1)へつづく。次はパス付きになります。






時短という言い回しが、1990年代にあったかは未確認。
たぶん、平成ではあたりまえの表現が、
CH時代には認知されていなかったものが多数あると思います。
知っていたり、気付いたりしたものは、
使い分けて行きたいところですが、
たぶん、いや間違いなく混在しての表現になるかもと。
時代背景、どこまですくい取ろうか迷うところです。

11-15 Heart Attack

第11部 Memory Of Chinderella 

奥多摩湖畔から6日目


(15) Heart Attack *************************************************************2935文字くらい



1階駐車場のシャッターがガラガラと閉まる。

香はその音ではっと目が覚めた。



「…あ。」



片目を押さえて周囲を見ようとすると、

助手席のドアが開いて、撩が覗き込んで来た。



「あれぇ?起きちゃった?」

「ごめん、眠り込んで着いたの気付かなかったわ…。」

「ざぁんねぇーん。このまま撩ちゃんの部屋に持っていこうかと思ったのにぃ〜。」



左手をクーパーの屋根について、

いたずら坊主のような笑みを香に向ける。

ぼっと赤くなった香は、スコンと1tハンマーを投げた。

「って!」

「持って行くのは、買い物袋をキッチンに、でしょ!」

(んとに、今まで散々男女とか言ってたくせにぃ。

どうしてここまで態度を変えられるのかしらっ。)



照れ隠しをしながら、よろけた撩を押しのけてトランクを開けた。

自分のカバンを持ち直し、買い出しの時についでに購入した

自分たち用の食料や生活消耗品が入った袋を3つ抱えた。

「ねぇ撩、手が足りないからあと2つ持ってくれる?」



顎をさすりながら撩はぷいっとそっぽを向く。

「ご褒美くれなきゃ、運んでやんない。」

「は?」

子供っぽく捻くれた撩に、きょとんとする香。

一拍置いて、あっ…、と短い呼気を出し、

眉を寄せて、小さくうつむいた。

確かに、さっき撩が作ってくれた時間や、

急ぎで横浜と都心部とを往復させたことを考えると、

ついハンマーを投げてしまったのは、失敗だったかと、

思いやりが欠けていたかもしれないと、

香はちょっとバツが悪くなる。



「……まぁ、いいわ。あんたも運転で疲れているだろうし、

あたしが往復するから、別に手ぶらでもいいわよ。」



何を勘違いしたのか、

香はそのまま階上に続く扉に向かおうとする。



「ったく、おまぁは、どーしてこーゆーことに鈍感なのかねぇ。」



それが、香の耳に入った時には既に、視界一杯の撩の顔。

同時に後ろ頭を支えられて、

ぱくっと食べられてしまったのは自分の唇。



「んんっ!」



両手がふさがったまま、いきなりの熱のある接触。

ちゅっと音を立てて離れる撩。



「な、な、なっ!」

「こーゆーときは、

『あとで、たあっぷりお礼するから運んでくれるぅ?』

って言うんだぜ。」

耳元で囁く撩。

ぼしゅっと香の耳から湯気が出る。



いつの間にか、持っていた3つの袋が撩の手に移り、

残りの2袋も器用に荷台から出して、ハッチをばたんと落とした。

「一部、前払いで、残りは後でのお楽しみっつーことで。」

香は、まだ口をぱくぱくさせながら立ちすくんでいる。



「さ、行くぞ。」

2つの袋をぶら下げているほうの手で香の背中をつと押してみる。

よろっとした赤い香は壁に手をつきながら、

先に階段を昇ることにした。



「どったの?香ちゃん。」

5つの買い物袋を持ち、香の斜め後ろを歩きながら、

撩はにやにやしながら尋ねる。



「……はぁ。」



ゆるく溜め息をつく香。

カサカサと買い物袋のビニールが擦れる音が

妙に耳に響く。



一日に何回も受ける、不意打ちを含む撩からのキスと、

今までになかった言動の数々。



心臓がもたない。



冗談抜きで、どこかの血管がちぎれてしまうんじゃないかというくらい、

香にとって交感神経からの刺激が多過ぎるのだ。

「ぅ〜。」

言葉が出ない。



依頼人やナンパ相手に、甘い言葉を吐く撩を何度も見て来た。

それがいざ多少なりとも、自分に向けられるようになると、

戸惑い、動揺し、混乱する。

香は赤い顔のまま、トクントクンと自分の心音が胸骨を叩くのを、

左手で感じていた。



「心臓発作起しそう…。」



階段を昇りながら、ぼそっと呟く。

「そんときゃ心肺蘇生してやらんとな。」

撩が明るく後ろから声をかける。

その声色の裏側では、冗談じゃないと、香の心臓が正常でない状態など、

あってたまるかと、沸き上がる不安をひた隠しにする。



香は、きっとこの男の心肺蘇生なんて、

胸もんで、ちゅうされておしまいって感じかもと、

エロオヤジモードの撩しか思い浮かばなかった。

その一方で、本当に自分の心臓が止まったら、

どうなるのだろうと、左手を見ながらふと思った。



すなわち、死を意味するその停止。

いつかは、必ずその日が来る。

問題は、その迎え方。



香は押し黙ったまま、5階の玄関まで辿り着く。

「い、今開けるから。」

両手が塞がっている撩の代わりに、自分がカギをまわす。

やや、ぎこちない動作の中で、いつものキーホルダーが揺れた。



「さ、先に入っちゃって。」

ドアを支えて荷物を持つ撩を促す。

「あいよ、全部キッチンでいいか。」

撩は靴を脱ぎながら、振り向き様に確認する。

「うん、お願い。」

香も後に続いて撩の背中を追う。



自分の死は、間違いなく、

この男に深く重い十字架を背負わせることになる。

そう簡単に死ぬ訳にはいかない。



香は、撩の広い背中を見つめながら、そんなことを思い返していた。

そして、つい1週間前、撩のためなら命は惜しくないと、

本気で覚悟し、死を受け入れる心境を実体験した。

失いたくないのは、撩の命。

それ以外のものは失っても構わない。

ある種の極限状態で、

自分の持つ深く間違いのない考えが明確に湧き出て来たあの時。





「あー、重たかった。ボクちゃん、よく働いたもんねー。」

どさっと白木のダイニングテーブルに5つの買い物袋が置かれる。

香は、トリップしそうになっていたところを、はっと引き戻された。



「あ、ありがと。あ、先にお風呂入って来ちゃって。

あたし、その間に買ったもの整理するから。」

撩は、一つの買い物袋を指でちょいっと開けて覗きながら、

おもむろに口を開いた。



「……おまぁさ、今、すっげー暗いこと考えたろ。」

「えっ?」

ぎくりとする香。

「せーっかく、あん時の仕切り直しができたっつーのに、

気分沈めてどぉーすんだ?」



撩は片手で香の頭を自分の胸に引き寄せた。

「っぁ。」

香の髪に口付ける。



「……死なせやしないっつったろ?」



ぴくんと香の肩が揺れた。

なぜ、この男は自分が考えていることが分かるのか、

香は撩の胸に額をつけたまま、ふぅーと少し長い息を吐いた。

ごまかしを含めた口調で返事をしてみる。



「……あ、あれ?そんなこと考えてる顔に見えた?」

「見えた。」



撩は、さっき香自身が発した心臓発作という単語に、

自らが過剰に反応してしまい、

余計な想像力を働かせてしまっていたのは、

後ろから感じる気配でなんとなく掬い取っていた。



「……も、大丈夫、だから。…ちょっと違う考え事してただけ。

は、早く荷物片付けなきゃ。」

つと撩から離れる香を、

撩はくっと引き寄せ今度は両手で抱き込んだ。

20センチ下の小さな顔を覗き込む。



「なぁんだかカオリン、ブルーのまんまだからぁ、

一緒にお風呂入って楽しぃ〜ことしよっかぁ♡。」



また心拍数が上がり、血圧上昇、激しい血流で全身が赤くなる。

次の瞬間、ドンという音と共に、撩が視界から消える。

再度出現した恥じらいハンマー100tで

床とハンマーの間でサンドになる撩。



「だ、か、ら、心臓に悪いのよ…。」



目を閉じたまま落としたハンマーの柄を握る香。

「ま、…まだ、だめっすかぁ?」

ハンマーの下でまだ聞いて来る撩。

「で、で、出来る訳、な、ないっ、じゃない!

とりあえず、き、き、き、着替え持って来るから、早くお風呂入っちゃって!」

香は、ぱたぱたと7階に向かった。



「起伏が激しいこって。」

むくりと起き上がった撩。

くすりと笑い、頭をぽりぽり掻きながら、脱衣所に向かった。


****************************
(16)につづく。





カオリン、間違いなくあの時、死を覚悟していましたよね〜。
浦上まゆこ編での山荘では、互いに「大丈夫、やれる」と
アイコンタクトがあったと思いますが、
クロイツの時の香は、撩がロケット弾に小細工を施していることは、
全く考えていなかった様子。
銃口を向けられた時点でも既に、
心を決めていたのかもしれませんが、
ロケット弾を目にした時から
それが地面に落ちるまでの、ほんの数十秒、
「あなたのためなら死ねる」と死を受け入れたあのシーンは、
大人になってから読み返し、かなり衝撃を受けました。
だから、香ってすごいのよ。
それを目の当たりにした撩ちん、もうほっとけんだろぉ〜。

11-14 The Yamashita Park

第11部 Memory Of Chinderella 

奥多摩から6日目


(14)The Yamashita Park  ****************************************************3519文字くらい



香は、車窓の風景が南下していることに気付いた。

区内を抜けて首都高速1号線に入っている。

急いでいるのか、かなりスピードが速い。



(このまま行くと横浜方面だわ。帰りが遅くなっちゃう。)



教授宅を出て来たのは、午後9時前。

もう30分以上車を走らせている。

その間、撩は右肘を窓枠にかけ、ただ黙って前方を見て運転しているだけ。

さっき越えたのは多摩川だろう。

香は、撩が一体どこに連れて行く気なのか、やや心配になってきた。



(まさか、とんでもないところに行く気じゃないでしょうね…。)



たぶん、声をかけてもごまかされる気がして、

香も致し方なく、

無言のまま車窓を見続けた。



湾岸沿いを走る首都高の夜景が、香の瞳を流れていく。

今日の疲れもややでてきて、

少しうとうとし始めた頃、横浜市内で高速を降りた。

教授宅を出てから4、50分くらいだっただろうか。

普通の運転では、1時間以上はゆうにかかる距離のはず。



香は、目に入った案内看板にはっとした。

「ここは…。」

「あと、もうちょっとな。」

やっと口を開いた撩は、まだ前を見据えたまま。

香は、撩が何を考えてるのか、

自分に関する色恋ごとへの極端な鈍感さ故、

この時点では全く読めなかった。



そして、視界に入ってきた見覚えのある風景。

クーパーが止まった場所は、『あの時の』公園だった。



「りょ…。」



香が目を見開いて撩を見る。

エンジンを切ると、撩はシートベルトを外し、ドアを開けた。



「こいよ。」



そう言って、撩は先に鉄製の白い柵のところまで足を進めた。

香は、ゆっくり車から降りる。

少し寒く感じる風が、潮の香りを運んで来る。

久しぶりに嗅ぐ東京湾の匂い。

撩の後をついて行こうとした香の足が止まった。



撩が立っている場所、まさにそこは、

あの時、

12時の霧笛の音で魔法が終わってしまった場所、

そのものだった。



夜10時前、公園には、若干の人の気配があったが、

暗がりで、僅かな明かりの元、

テリトリーは気にならない距離。



撩は、立ち止まっている香に、

振り向き様にちょいちょいと指で招いた。

香は、わずかに足が震えるのを感じながら、

静かに撩に近づいて行く。



自分が最初に勘違いして乗ると言い張っていたレストランの船も

あの時と寸分違わぬ場所にある。

あの夜と同じ立ち位置にやっと辿り着いた香。



この状況に何と言ったらいいか言葉が出てこない。

1週間前、奥多摩で撩が自分にキスをする時に、

シンデレラの正体は分かっていたと吐露した。

プラスの思い出ともマイナスの出来事ともどちらにも分けられない

あの夜のことが、走馬灯のように思い出される。



このタイミングで、

ここに自分を連れて来た撩が一体何を考えているのか、

まだイメージすらも出来なかった。



香の心臓がトクトクトクと存在を訴える。

暫くの沈黙に、

海の方を見てポケットに手を突っ込んだままの撩が、

ようやく口を開いた。



「……何度も、お前の名を呼びそうになったよ。」



どきんと香の肩が揺れた。

海に顔を向けたまま続ける撩。



「……よく最後までもったもんだよなぁ。」



撩のくせ毛が夜風に揺れる。

「りょ…。」

「おまぁは、いつも通り『撩』って呼ぶからさ、

俺もつい出そうになったのを、抑えるのはけっこー大変だったんだぜ。」



撩がふうと香に視線を向けた。

香の胸が高鳴る。

撩はのんびりとしたコマ送りで歩み寄り

香との距離を縮めた。

そして、あの時と同じように香の上腕に両手をすっと添えると、

大きく開いた香を目を優しく覗き込む。

香の耳にバクバクと大きく心音が響く。



「仕切り直し、しないか?」

「し、仕切り直し?」

「そ、思い出の仕切り直し。」



撩は、左手を香の右肩から顎に滑らせた。

少し乾いた指先が温かい。



「ぁ…。」



もう全身が赤くなっているのが自覚できる程に体温は上がり、

撩を見る目は潤んで揺れている。



「……香。」

「りょ……。」



「……だ、か、ら、目ぇつぶれって言ったろ?」



香の目の端には零れそうな滴が落下を耐えている。

ここに連れてこられた目的を教えてくれたことに、

今、ここであの続きを求めてもいいということに、

驚きと嬉しさと戸惑いと照れが同時に沸き上がってくる。



香は撩を見つめたままふわりと笑った。



「りょ…。」



ゆっくり瞼を閉じる。

撩は、その柔らかい微笑みに

自分の中で何かが弾け溢れ出てきそうな気がした。



押しやられた涙がつと頬を伝ったと同時に、

撩はゆっくりそっと唇を啄んだ。

あの時の、寸止めの続きが1年と8ヶ月経った今、

ちぎれたフィルムの帯がつながるように、

時間が重なった。



香にとって、

むしろ後悔の念が強かったあの「都会のシンデレラ」の出来事を、

撩のこの行動で、

苦かった部分だけが綺麗に押し流され、なくなっていく。

香は、外にも関わらず、

もっと求めたいという想いが沸き上がって来て、

つい自分からも撩の下唇を遠慮気味に挟んだ。

それを合図にしたかのように、撩の腕は香を深く抱き込み、

香も広い背にそろりと手を回した。

もう、何度目か分からない口付けなのに、

双方とも、どこか鮮度のある高ぶりを感じていた。

お互い顔の角度を僅かずつ変えながら、

ミドルキスへと変わって行く。



「んん…。」



鼻だけで息をしている香の吐息が乱れ気味になる。

口腔内で舌が触れ合い、音を奏でる。

香の涙腺から湧き出てくる分泌液は、閉じている目尻からもぽろりと零れ、

鼻の奥にも落ちて来て、いよいよ呼吸困難になってきた。



「ふっ…、んん。」



撩は、全周をちゅうと吸い上げ、

また音を立てて、名残惜しげにつっと唇を離した。



「はぁ…。」



香は吸い損なっていた空気を深く取り入れて吐き出した。

そのまま腕の中に香をしまい込んだ撩。



「……ホントは、こーゆー展開にしたかったんだぜ。」



香の髪に鼻先を寄せながら、

撩は目を閉じてそう小さく呟いた。

「りょ…。」

涙が潮風で急速に乾いていく。



「どうする?」

「な、なにが?」

僅かに顔を動かして撩を見上げる香。

「このままホテル行くぅ?」



香を抱き込んだままで、顔を合わせる撩。

かぁーと更に赤さを増す香。

同時に、あの時の撩のセリフが蘇る。

ぷっと香が顔を赤らめたまま小さく吹き出した。



「……『君をゆっくりあたためてあげるよ』っか…。」



小声でそう呟き、くすくすと笑いが零れる。

「お?」

「撩……。」

ふぅと目だけ動かして相方を見上げる。

「ん?」

「あの時、……もし、あたしが、そのままついって行っていたら、

……どうしてた?」



撩は、香を抱き込んだまま目を見開いて

上半身だけ少し伸び上がった。

上目使いで、まさかそんな質問をされるとは思わなかったので、

流れを香に持って行かれそうになる。

ふっと表情を柔らめて、香の小さな顔を両手で挟み込んだ。

少し頬が冷えているのが伝わって来る。



「ふっ、…そぉーだぁなぁー。ベッドに押し倒したところで、

『ゲーム終了〜』って言ってたかもな。」

「ふーん?あの時、そんな度胸があったの?」



涙がたまったままの目でいじわるっぽく聞き返す香。

まだ撩と触れ合うことが出来るようになってから、

そう日は経っていないのに、

どこか強気になってこんな言葉を返している自分に少し驚く。



「今は、あるぞ。」



すぐにそう答えた撩。

顔を両手で挟まれたまま、

またちゅうっと唇を吸われる。



「……行くか?」



唇をつけたまま問う撩。

「……ううん、帰ろ。…あたしたちの家に。」

撩は一瞬眉を少し上げたが、

そのまままたゆっくりと香を抱き直した。

「……香。」

「…ぁ、りがと、りょ…。十分過ぎるわ…、仕切り直し。」

また、頬を滴が伝っていく。

潮風が体を撫で、茶色い髪を揺らす。



もう魔法はいらない。





「で、でも、どうして、……今日、なの?」

「あ…、いやな、……早いほうがいっかと、思ってな…。」

「な、なんで?」

「あー、同じ日付の日に…とも思ったんだがな、

3月まで待つ気が失せちまった…。」



これは本音だ。

忙しい教授宅通いの最中であるにもかかわらず、

やや遠目の寄り道。

あの時、奥多摩の湖畔で、

香と分かっていてシンデレラデートをした時のセリフを

思わず口走ってしまい、

香に重たい気分を背負わせてしまっていた。

それを一日でも早く払拭させたい、

そう思って至った撩の行動。



あの切ない『都会のシンデレラ』の思い出が、

ここに一緒に来たことによって、

いい部分だけを残し、2人の共有の記憶に置換された。

ここでないと、この場所でないと、

出来なかったメモリーの上書き作業。



香は、ふぅーとゆっくり息を吐き出し、肩の力を抜く。

撩の腕の中が温かい。

しばらくこのままでいたい思いもあったが、

船のレストランのほうから、人の動きがある。

海の夜風もかなり冷たい。



「帰るか…。」

「……ん。」



知っている面子の前ではまだとても出来そうにないが、

ここでは寄り添って歩いても、そうそう顔見知りに会うことはない。

香は肩を抱かれながら、クーパーに戻った。



「着くまで寄っかかってな。」

撩は運転席に戻ると、

隣に座っている香の頭を引き寄せ、自分の左腕に預けさせた。

「ん。」

香は、日中の疲れが表面に出て来たのか、

そのまま目を閉じて撩の体温と車の震動に身を任せた。

「家まで寝とけ。」

「……ん。」

穏やかな表情の2人を乗せて、

クーパーは再び首都高に入り、北北東に向かった。


********************************
(15)につづく。






あぅ〜、
高校生の時、ホントすぐ傍まで行っておったのにぃ〜。
神奈川県民8ヶ月しておったのにぃ〜。
横浜の隣りの市に住んでおったのにぃ〜。
どうして、足を運ばなかったのか、
んと悔しいっす。
という訳で、当サイトでは、こんな形で
都会のシンデレラデートを取り上げてみました。
イメージ、大崩しでしたらホントごめんなさいっ!
で、更にすんまへん。公園内車が進入できるかどうか未確認。
都内からの所要時間もデタラメですぅ〜。
そのあたりは見逃してやってくらはい…。

11-13 Alamists

第11部 Memory Of Chinderella 

奥多摩湖畔から6日目


(13)Alarmists  **************************************************************2771文字くらい



香は、美樹の部屋のシーツや枕カバーを取り替えて、

ベッドメイクをした後、洗濯機を回し、

明日の朝食の下準備を終えていた。

日中気になっていた、トイレ掃除をしているところで、

ミックがやってきた。



「カオリっ、そんなところまで掃除しなくてもいいんだよ!」

ミックは驚いて歩み寄った。

「もうすぐ終わるから。大した手間じゃないし。」

「明日も早いんだろ?カズエが午前中からいないから。

今日は、もう帰ってゆっくり休んだらどうだい?」

「ええ、これが終わればもう大方片付くから、心配しないで。」



ミックは眉を少し八の字にした。

「カオリ、頼むから無理はするなよ。」

「あら、ミックって意外と心配性ね。

そういえば、なんだか最近、撩もそうなのよねぇ。」

「あいつが?」

「あたしがいくら大丈夫だって言っても、休めだの、動くなだのって、

今までそんなこと言ったことなかったクセにね。」

手を休めずにそう言う香をミックは後ろから見つめる。



奥多摩の結婚式があったのは1週間前。

たぶん、あの香を救出した時、この2人は大きな変化があった。

そして、もうお互いの間にあった壁を壊していることを、

ミックもなんとなく感じていた。

もの凄ぉーく聞きたい事案ではあるが、

超奥手で初心な香に、気になる質問をダイレクトに尋ねるのは、

あまりにも配慮がないと、一応今の段階では自粛することにしていた。

しかし、今しがた香が口走った内容で、

撩の過保護の意味がすぐに分かってしまった。



「あのバカ…。」



「え?」

「い、いや、なんでもないよ!」

ミックは手袋をした両手の平を香に向けて、ぶんぶんと首を振った。



「さ、こっちも終わったし、あとはコーヒーカップの片付けね。」

「そんなの、俺たちがやっておくよ。」

「で、でも。」

「いいから、いいから。」



背中を押すミック。

ひそかに香にタッチできたことを小学生のように喜ぶミック。

香は困りながらも、思い出したことがあった。

「あ、でもキッチンには寄らせて。かずえさんの指示書を持ってこなきゃ。」

振り返りながらそう明るく言う香に、ミックも顔が緩む。

「じゃあ、向こうで待ってるよ。リョウにも帰る準備しておくように言っておくから。」

「ありがとう、ミック。」



香は、かずえに伝言を残して、

自分の荷物と冷蔵庫に貼付けていた紙を持ち、

食堂に向かった。





「おまたせ。ねぇ、美樹さん、食後にお薬とお風呂ってかずえさんから聞いているけど、

また私が髪洗いましょうか?」

「大丈夫よ、今日はファルコンにしてもらうからっ。」

美樹は流し目でファルコンに視線を送った。

じゅわっと赤面する巨体から湯気が上がる。

「美樹ちゃーん、そんなタコ坊主より、ぼくちゃんが手伝ってあげ」

最後まで言う前に、撩の顔に1tハンマーがめり込んだ。

「カオリ、Good Job!」

ミックが親指を立てた。



「じゃあ、明日の朝食はもう温めるだけにしておいたから。」

「ありがとう、香さん。」

「明日お昼前にまた来ます。教授、お邪魔しました。」

「また頼むよ。香君。」

「じゃあ、撩、行きましょうか。」

「美樹ちゃんとお風呂ぉ〜。」

「だまらっしゃいっ!」

首根っこ掴まれた撩は、ずるずると廊下を引きずられて撤収。



「はぁ、冴羽さん、わざと今まで通りに振る舞おうとして…。」

美樹がフェードアウトしていく2人の気配を感じながら呟いた。

「まったく、不器用な奴だ…。」

ファルコンも腕を組んで溜め息をつく。

「でもさ、逆にいきなり目の前でベタベタされたら、

それこそ俺らが居る場所に困るんじゃない?」

ミックがカップを片付けながらそう言った。

「そうね、この雰囲気の方があの2人らしいかもね。でも、

香さん、ちゃんと休息できるかしら。心配だわ。」

「確かに…。」

ミックがさりげない大人の会話に同意する。

ファルコンは無言で再び赤くなる。



「まぁ、明日が一区切りじゃろうが、終わってからも、色々予定がありそうじゃ。」

教授が立ち上がりながら意味深なことを言った。

「予定?」

美樹が不思議そうに聞き返す。

「お前さんが手伝おうとしていることを、もう撩は始めようとしておるからのう。」

美樹は、はっと表情を変えた。

「さて、ワシはもうしばらく書斎におるが、何かあったら呼んでおくれ。

ああ、食後の薬も忘れずにのう。」

「あ、はい。」

スタスタと高齢とは思えない姿勢と足取りで杖が飾りのように食堂を出て行く教授を

美樹とファルコンは見送った。



「ミキ、俺はカズエが戻ってくるまでキッチンで待ってるから、

先にバスタイムにしたらいいよ。」

ミックはワゴンキャスターにみんなの分のカップとソーサーなどを乗せながら、

美樹とファルコンを促した。

「そうさせてもらうわ。ミックありがとね。」

「No Probrem!」

ミックは白い手袋をはめた手をひらひらさせて、食堂を出て行く。

「じゃあ、ファルコンお願いしていいかしら。」

「っぁ、…ああ。」

カチンコチンに赤く固まっている大きな夫を見て、美樹はクスリと笑った。





「ってーな、かおりちゃーん、

そんなに乱暴に引きずらなくてもいいんでなぁい?」

首根っこを掴まれたまま、廊下を滑っていた撩は

玄関に着いたら、

しゃがんだまま喉仏を押さえながら文句を言った。

ローパンプスを履きながら香は、

じろっと撩を見る。

「仕向けた本人が何を言っているのかしら?

しかも、ワ・ザ・ト でしょ?」

「へ?」



香は、いつものやりとりを演出した撩の行動と、

今日の日中の挙動不審な言動が、対局にあるような気がして、

自分の理解の及ばないことを承知で『わざと』という言葉を

あえて強調してみた。

スリッパラックに履いていた物を指定席に置き、

玄関の戸を開けた香の後ろ姿を、

撩は立ち上がりながら眺め、ふっと口角を上げた。



「あらぁ?バレた?」



後を追って、香の肩に手をかけ、くいっと自分のほうに寄せる。

「あいつらの前で、いちゃつく訳にはいかねぇだろ?」

「え?」

香の顔が瞬時に赤くなり、体がロボットのようにギクシャクする。

これで形勢逆転。

そのまま、細い肩を押して前進、ドアを開けクーパーの助手席に座らせた。

「ちょ、ちょっとっ、りょ…。」

「ほい、閉めるぞ。」

バタンという音と間を置かずして、運転席のドアが開く。

撩は、どさっと座りながら、ドアを閉めすぐにエンジンをかけた。



「ちょっと、寄り道して帰るぞ。」

「ええ?ど、どこへ?」

「ナ・イ・ショ。」



いかにも悪巧みをしている視線を香に向けて、

撩はアクセルを踏んだ。

「ちょ、ちょっと、明日も午前中から動くんだから、

遅く帰るのはキツいんだけど。」

「時間はそんなにかかんないよ。」

そう言いながら、クーパーはスピードを上げる。



(一体、どこに行くのかしら?)



撩の秘密主義は今に始まったことではない。

無理に聞き出そうとしてもきっと教えてくれないと思い、

香は、助手席からの車窓を眺めながら、

目的地への到着を待つことにした。


**********************************
(14)につづく。






さてさて、こんな予定がタイトな時に、
撩ちんは一体どこへ行く気でしょう〜。
鋭い方は、11-01のスタート時点で分かっちゃってたかも?

11-12 Falcon's Help

第11部 Memory Of Chinderella 

奥多摩湖畔から6日目


(12)Falcon’s Help  **********************************************************2626文字くらい



台所の香は、ファルコンの登場にパンかごはんの追加かと思った。

「海坊主さん、どっちを持って行く?」

「あ、いや、食器洗いをやってやる。

か、香はその間に、こ、コーヒの準備をしてくれ。」

「え?」

「さっさと動け。みんな待ってる。」

赤くなりながらの、命令口調は迫力ゼロ。

香はくすりと笑った。

「かしこまりました。」



ポットで保温していたお湯をヤカンで湧かし直し、

コーヒーカップをそろえ、豆をミルで挽き、

サイホンにかける。

美樹用のハーブティーも合わせてセットする。



その間に、ファルコンは大きな手では似つかわない程に、

超高速で美しく食器を洗い上げる。

気がついたらほぼ片付き、ファルコンは無言で食堂に戻り、

残りの食器を下げて戻って来た。



「海坊主さん、早い…。」

「慣れだ…。」



顔を赤めながら、

視力を失っているとは思えないほどのスピィーディさで、

追加で運ばれた食器もあっという間に片付いた。



「テーブルを拭いてくる。」



大きな手に小さな台拭きを持ってファルコンが出て行くと、

コーヒーもちょうど抽出が終わり、

5つ分のカップにゆっくり注いだ。

焙煎の香りが台所に立ち上る。

ハーブティーも用意ができた。



そこに、ファルコンが大鍋のキャスターを押して戻って来た。

「香、あと一人分しか残っていないぞ。」

「ああ、予定通りだわ。あとは、かずえさんの分。」

「じゃあ、別皿に移しておくぞ。」

「ありがとう、海坊主さん。」

「れ、礼は、いい!」



ギクシャクして赤くなるファルコンに、香は感謝の視線を送る。

ゴムベラで綺麗に鍋から残りのシチューを移し替え、

その手で素早く鍋も洗うファルコン。

このお陰で、食後30分の作業時間が短縮された。

香はかずえの分のシチューにラップをかける。



「海坊主さん、行きましょ。」

「ああ。」

キャスターに、コーヒーや砂糖、スプーンなどを乗せ、

再び食堂へ向かった。



「おまたせ。お砂糖とミルクはセルフね。美樹さんはこれをどうぞ。」

「あ、こんどはジャスミンね。」

「あたしもハーブにはまりそう。」

「これは、カオリが?」

ミックがカップに口をつけながら問う。

「あ、そうだけど、ま、まずかったかしら?」

「No!同じ豆のはずなのに、かずえと時と微妙に違うから、

ファルコンかカオリのどっちのコーヒーかなと思って。」



「ほほ、人によっての僅かな差が、大きな差を生むもんじゃ。」

撩もだまってコーヒーに口をつける。

「今日は、口数が少ないのう。ベビーフェイス。」

ぶっ!と撩がコーヒーを吹いた。

「きょ、教授!昔のあだ名はやめて下さいって、前も言ったでしょ!」

口を拭いながら、苛立ちを隠さない撩。



「そうよ、なんか今日ヘンよ。撩。どうしたの?体調悪い?」

真剣に心配してくる香。

その挙動不振さは、香以外にももちろん伝わる。

「な、なんでもねぇーって!」

注目される視線をそらすかのように、

目を閉じてくっとコーヒーをあおった。



美樹は、その様子を見ながらくすりと笑い、

ちらりと壁掛け時計に目をやった。

「かずえさんは、今日も遅いのかしら?」

「今日、明日でケリをつけるって言ってたわ。

あっ!明日の朝のことしとかなきゃ。ごめんなさい、先に席を立ちますね。」

自分のカップを持って香は立ち上がった。

「カオリ、無理するなよ。」

ミックが声をかける。

「心配しないで。元気だけは人よりあるつもりだから。」

にこっと笑って食堂を後にした。



「……撩。一つ参考情報を伝えておく。」

香がいなくなった席で、ファルコンがおもむろに口をひらいた。

「なんだ?」

「香が、ミックのところに行く前に、店で暴れただろ。

その時、俺と美樹は、背後にいた香の気配に全く気付かなかった。」

美樹もその時のことを思い出す。

「俺たちが後ろをとられることは、あってはならないくらい致命的だ。」

「へぇ、カオリがそこまで気配を消せるとはな。」

ミックが眉を上げた。

「そして、さっきは隠れていた俺の気配を名指しで当てた。」



撩は、ふっと目が細くなった。

「……まぁ、あいつは、まだ本気の殺気を出さないからな。

殺意のない存在に気付かなくても、

そんなに過剰反応することはないんでない?」

「だが…撩、

……香は、俺たちの想像以上に、無意識にスキルアップしているようだ。」

ファルコンがゆっくり語り出す。

「なーるほどね。リョウやファルコンたちと長く一緒にいれば、

知らず知らずのうちに色々吸収しちまってるかもなぁ。」

ミックが後ろ頭に手を組んで胸を反らせた。



撩はカップの黒い水面を見つめたまま、トリップ中。

「ほほ、まだコントーロルはできんようじゃがの。」

教授もずずっとコーヒーをすする。



美樹は、撩のほうを見つめながらゆっくりと口を開いた。

「……冴羽さん、私、怪我が治ったら、…手伝うわよ。冴羽さんが、考えていること。」

撩は、驚いて顔を上げた。

こちらから、後日改めて声をかけておこうと思っていたことを、先読みされていた。

「美樹ちゃん…。」

「あー、お、俺も、

トラップの応用もまだ教えていないことがあるしな!」

ファルコンが斜め上を向きながら腕組みをして、鼻息を出した。

「リョウ、お前が許可をくれるなら、俺も加勢してやってもいいぜ。」



「……おまえら。」

撩は、右手にコーヒーカップを持ったままテーブルにおろし、

左手で前髪を掻き揚げた。

「んと、あいつには保護者だらけだな……。」



「おいっ、リョウっ!

まさか自分もまだ保護者だと思ってんじゃねぇーだろうな!」

ミックは撩の胸をつかみあげた。

「お、おまっ!零れるだろうが!」

「どうなんだ?」

撩は、珍しく真面目顔モード。

ふっと口角を上げた。



「……ミック、お前も、覚悟を決めたんだろ?」

「え?」



逆に質問を返されたミックは動きが止まった。

撩はミックの手を外させた。



「ミック、聞かなくてもきっと大丈夫よ。」

「は?」

「ね、冴羽さん。」

「……さぁ〜ねぇ〜。」

「あ、ごまかした。」

美樹は、苦笑しながらハーブティーをこくりと飲んだ。



その後、

しばらく他愛のない話しで5人が歓談していた。

いつ戻るか分からない香に配慮してか、

2人が一線を越えたかどうかという話題は、

暗黙の了解で避けられていた。

後々、落ち着いた頃に総攻撃してやろうと、

ミックは目論んでいたが、

香がいつまでたっても現れない。



「カオリは、なんに手こずってるんだ?」

「さぁな。」

「レストルームついでに見て来るよ。」

ミックが様子を見に行くことにした。


************************
(13)につづく。





CHキャラのみなさま、
もう詳しいことを聞きたくてうずうずしていますが、
教授以外は、一応香に気遣って自粛中〜。
ちなみに、香キャッツで大暴れ&プチ家出の日が
1991年8月9日であることが判明。
美樹の損害メモノートを
あらためて見直したら日取りが設定されていたとは〜。
これ1年後の面々をネタにできんかな〜。

御礼!もくじが100パチ越えました〜。

12月3日の夜、第1幕のもくじの拍手が100を越えました〜。

クリックして下さった皆様、本当にありがとうございます!

当サイト内で、初の3ケタモノに、

かぁ〜なり驚いております。

こんな超だらだらな長編構成に

ポチっとして頂けるとは、

この嬉しさをどう表現していいかわからんくらいです。

奥多摩からキャッツの開店までの空白を

勝手に埋めようと始めてしまったこのサイトですが、

8ヶ月を過ぎてもまだ6日目をうろつき、

この先、一体どれだけ続くだぁ〜と、

自分も具体的な日にちが見えない状況ですが、

のんびりと撩ちんとカオリンの日々をご覧頂ければと思います。

今後とも、何卒よろしくお願い申し上げます。





−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


R なんだよ、何かイベントとか出さないのかよ。

K この人、要領悪いからね〜。

R ちっ、挨拶だけでごまかされたっつー感じだな。

K まぁ、もう12月だし、年末年始ってどこも慌ただしいじゃない。

R こいつ忘年会2つも行ってやがんだもんな。まだ上旬だっつーのに。

K うーん、そういう季節なのよ。

  ほら、もうすぐクリスマスだし、

  他のサイトさんでも、クリスマスネタのアップがあるかもよ。

R まぁーた、仕事と重ねられそうだな…。

K いいんじゃない?あたしたちらしくて。

R 俺は嫌だ。

K 何言ってんの。稼げる時に稼いどかないと、

  いつまでたってもツケが払えないでしょ!

  ウチの家計で一番の出費がアンタのツケなんだからね!

R ぐっ。

K さ、仕事ないか伝言板見に行くわよ。

  なかったらビラ配り!ほら!動いた動いた!

R うう、めまいが…、寒気が…、頭痛が…、

  ボクちゃん風邪ひいたみた〜い。

K るさい。

  ずるずるずる…←カオリンに襟首掴まれて廊下を引きずられる音

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(お粗末様でした〜、初めてこんなの作っちまった)


11-11 Cream Stew

第11部 Memory Of Chinderella 

奥多摩湖畔から6日目


(11)Cream Stew  ************************************************************3872文字くらい



「よし、これで弱火にすればいいわね。」

香は、くつくつと音を立てているクリームシチューの中に

おたまをゆっくりと回しながら、コンロの火を調節した。

「みんなを呼んでこなきゃ。」

すでに、食卓には配膳が整い、

あとはメインディッシュが加わるのを待つだけ。

エプロンを外して奥の部屋に呼びに行くことにした。






「食事が出来ましたよー。」

ノックをしたあと、教授の書斎の扉を開ける香。

男3人がそれぞれに反応する。

「どれどれ、行くとするかの。」

「カオリ、楽しみだよ。ここまでいい匂いがするよ。」

「ただのシチューよ。あまり期待しないで。」

「あー、腹減ったっ。さっさと食っちまおうぜ。」

面倒くさそうなフリをしながらも、

食事の時間を一番楽しみにしているのはこの男なのだ。



「あたし、美樹さんたちも呼んでくるから、先に行ってて。」

戸口でそう言うと、

パタパタとスリッパの音を立てて美樹の病室に向かった。

「……香君には、これからもちょくちょく来て欲しいのう。」

「Professor、カズエ専属でも十分贅沢です。」

「ほほ、花は多いほうがよい。」

面白くなさそうに目を合わせる撩とミック。

お互い、命の恩人故に頭が上がらないが、

はっきり言ってこの爺様は古稀を過ぎていても油断がならない。





「美樹さん、海坊主さん、お食事出来ましたよ。」

美樹の部屋に声をかける香。

「ありがと、香さん。さ、ファルコン行きましょ。」

美樹は、さっき撩がかすみの連絡先を聞きに来たことを

香に伝えようかと一瞬迷ったが、

きっと訓練絡みのことならば、内密のほうがいいかもしれないと、

出てきそうになった言葉を飲み込んだ。

外が見える廊下を歩きながら、

一部がライトアップされている庭園の彩りを見やる3人。



「この4,5日で随分紅葉が進んだみたいね。」

美樹がふっと表情を和らげる。

「そうねー、この分じゃあっという間に、新しい年が来ちゃいそう。」

香が続ける。

「寒くなってきたから、体が温まりそうなのを用意したの。」

「ふふ、いい香りがもうするわよぉ。」

嬉しそうな美樹に、香もほっとする。




食堂につくと、すでに撩とミックと教授は席についていた。

テーブルの上には、ムニエルと付け合せの皿に、サラダと秋のフルーツ、

軽くトーストされた薄切りのバケットとロールパンがカゴに入っている

「すぐ持ってきますから。」

香は、そのまま台所に行き、大鍋をワゴンキャスターに乗せた。

「よっと!」

かなり重い30センチ鍋だが、カラになること間違いなし。

ゴロゴロゴロとキャスターを鳴らしながら、そんなことを考える。

「おまたせ!じゃあ、注(つ)ぎますね。」

やや深めのスープ皿に、

野菜と鶏肉がたっぷり入ったシチューが注(そそ)がれる。

「カオリ、手伝うよ。」

すかさずミックが立ち上がり、

ミニトングで小鉢に入ったみじん切りのパセリをつまんで散らし、

それぞれの席の前にすっと無駄のない動きで皿を置く。

まるで高級レストランのウエイター気取り。

「あ、ミックありがと、助かるわ。」

気遣いにちょっとドキリとする香。



「ほほ、役目を取られたのう。」

「なんのことです?」

面白くなさそうに答える撩。

その空気を読んで、腕組をしたままニヤつくファルコン。

分かりやすい気配に、美樹もくすりと笑う。



「パンとライスが選べますけど、今ご飯が欲しい人います?」

香がみんなに尋ねる。

炊飯器とライス用の器は、大鍋の脇にある。

「いや、後でいいよ。先に食べよう。欲しい奴はセルフな。」

ミックが提案して、香も席につく。

「じゃあ、食べましょう。頂きます。」

「いっただきまーす!」

まるで小学生が大好物を出された時に嬉々として発するような声で

ミックが第一声を出し、湯気が立ち上るシチューをスプーンですくった。

「This is delicious!Very good!うまいよっ、カオリ!」

ニンジンやカブを咀嚼しながら、

もごもごと和洋混在の感想を言うミック。



「そ、そう?ピザ用のチーズと牛乳をたっぷり入れてあるの。

市販のルーだけど、ちょっとコクを出したいと思って。」

「サケもいい焼き加減よ。」

美樹がムニエルを食べながら香を褒める。

褒められることに、やはり慣れない香はどもりながら答える。



「あ、…ほ、ほんとはシチューの中にサケを入れようと思ったんだけど、

ま、前に作った時に身がバラバラになっちゃって、

そ、それで、別に焼くことにしたの、よ。」

照れ隠しにぱくぱくとサラダやパンを口に頬張る。

「いずれにしても、いい組み合わせだよ。」

ミックが続ける。

「組み合わせ?」



次々と口に料理を運びながら答えるミック。

「ああ、クリームシチューのチーズやミルクにはカルシウムが含まれているだろ?

サケにはビタミンDが多いから、一緒に食べると吸収率をよくするのさ。

このサケの色素だって体にいい成分だし、加えてたっぷりの野菜、

栄養学的にも相性のいい組み合わせなんだよ。」

ミックのウンチクに、香はへぇーと素直に感心する。



「ほほ、わしのような年寄りにも嬉しいメニューじゃな。」

スプーンを動かしながら、教授も加わる。

「え?そうですか?」

「ふむ、こういった料理は多く作るほどにうまいもんじゃ。」

「でも、食べ物の組み合せって面白いわよねー。」

美樹が思い出したように話し始める。

「だって、夏のビールと枝豆なんて、

もとはドイツのお酒に日本の野菜の組み合わせでしょ。

それが、まるで当たり前のように定番になっているし。」

香も頷く。

「天ぷらだってそうよね。あたし、何かのテレビで見たことあるんだけど、

もともとポルトガルから日本に伝わった料理法だって言ってたわ。」

「それが日本の食べ物と相性がいい料理法ってなんだかすごいわよね。」

美樹も食事をしながら反応する。

「山菜の天ぷらとか、もう純日本料理って感じなのにねー。」

女性軍は食べ物の話しで口調も盛り上がる。



「あー、そういえば随分山菜食べてないわ…。

小さい頃にアニキとつくしを摘みに行って、

あたし沢山採り過ぎちゃったら、アニキが食べられるって料理してくれて…。」

香が幼少時代の思い出を語る。

「あ、知ってる!つくしのキンピラね。

ねぇ、香さん、春になったらみんなを誘って

山菜摘みにどっか行かない?」

シチューを口に運びながら、美樹が提案する。

「あ、それ楽しそう!」

「ほほほ、山菜ならここでも十分採れるがのう。」

「え?」

美樹と香が同時に教授に振り返る。

「ここの庭には、ノビルにヤブカンゾウ、

ヨモギにゼンマイ、ワラビにフキも生えとるぞ。」

「えー!ホントですか?」

「人の手が適度に入っているところに、食える草花が結構生えるもんじゃ。」

「Oh!それ、取材できないかな?日本の食べられる山野草は、特集に使えるぜ。」

ミックもパンをかじりながら、身を乗り出して話しに参戦してきた。

「俺は、小さい頃から狩猟を教わっていたから、

北米の森の中の食い物だったらある程度は知っているけど、

日本のはまだ勉強不足だから、是非教えてほしいな。」

「教授、じゃあ春先おじゃましてもいいですか?」

「もちろん、好きなだけ摘んでいくが良い。」

「やった!」

「撩、おまえも野外で食えるもん詳しいんじゃないのか?

あっちにいる頃は、何が毒で何が薬になるか色々教わったんだろ?」

急に、撩に話しを振ってきたミック。

香も美樹もドキリとする。

ミックはきっとわざと聞いている。

教授も含めて皆が同時にそう感じた。

さっきから口数が少ない撩。

手を止めずに、もぐもぐと食事を進める。

この問いにどんな言葉を返すのか、香と美樹はこくりと唾を飲んだ。



「……さぁなぁー、昔のことなんてすっかり忘れちまった。」



明瞭に覚えているに違いないが、言いたくないのだろうと、

全員がそう確信する。

香は、幼い撩が食べ盛りの時期に、

どんな思いで中米の森の中で可食のものを得ていたのか、

その姿をちらとでも連想しただけで、胸が苦しくなった。

表情が沈んだ香に気付いた美樹は、話題の温度を変えることにした。



「……でも、食べ物の出会いの妙(たえ)も素敵だけど、

人と人との出会いと、その組み合わせも素敵よねー。」

「は?」

香がきょとんとする。

「だって、あたしとファルコン、ミックとかずえさん、そして香さんと冴羽さん、

食べ物の話し以上に、ものすごい出会いの妙(たえ)じゃない?」

ぼぼっと香が赤くなり、撩がぶっとサラダを吹き出し、

それまで沈黙していたファルコンはフルーツをフォークから落として蒸気を吹き出す。

「ね?ファルコン?」

更に茹で蛸になったファルコンは、言葉が全く出てこない。



ミックがみかねて代わりに答えた。

「That`s right!ミキの言うとおりだよ。

俺もリョウもあっちにいる頃は、

こんな出会いは全く想像していなかったからね…。」

「ほほほ、どれも味わい深そうじゃの…。」

教授の言葉に、香とファルコンは同時に耳から湯気が出る。



「あ、あたし、そ、そ、そろそろ飲み物の準備して、きき来ます!」

香は、残りの食事を大急ぎで食べ終わると、

自分の食器をかちゃかちゃと重ねて、自分と一緒に撤収させた。

会話をしながらも、みなそれぞれほぼ食器がカラになっている。



ファルコンは、照れがのこったスキンヘッドのままのっそりと立ち上がり、

持てる分だけの食器を集め、香の後を静かに追った。

そんなファルコンを目で追いながら、教授がぼそりと呟く。

「……撩よ、また役回りを先取りされたのう。」

「だから、なんのことっすか?」

すっとぼける撩。

そのやりとりをくすっと笑いながら見つめる美樹。

「素直じゃない奴…。」

ミックは頬杖をついて、

機嫌の悪そうな撩の足をテーブルの下でコンと蹴った。



*************************************
(12)につづく。





あ、あとがきもどきをすっかり忘れておったっ!
1泊2日家をあけとったもんで、
ど忘れです。
サケの色素はアスタキサンチン、カロテノイド系の
フィトケミカル。
卒論がキチン・キトサンとβ-カロテンがテーマだったので、
ついこんな話しを絡めてしまいました〜。
2012.12.02.23:00

訂正・追記のお知らせ

少しづつ進めていた

ハンマー&トンボ&カラスのカウント作業が

昨日やっと一区切り。

他、データとして切り取れるところは

センサーにひっかかったぶんだけ拾い出しました。

いや〜、やってて楽しかったぞぉ〜。

(そんなことをやっているヒマがあるんだったら…という家族の声はムシ)

かなり面白い数字が出てきましたが、

内容はまたいずれ表ブログかコチラのサイトで小出しにしていこうかと。



で、手持ちの時間軸年表を見ながら作業していたら、

過去記事に修正すべきところがでてきましたので、

とりあえずお知らせ致します。




Short Short 01

最後の日付「1989年9月2日の朝のこと」のところを、

「1989年9月3日」に変更しました。

元ネタとなる新聞の日付が9/4だったのですが、

夕刊あったことに今更気付きました。




CHファン100質問のQ90の、撩と香の年齢差についての考察で、

日下美佐子編の

「いやいや24歳はお肌の曲がり角」発言について追記しました。




08-03 Hope (side Ryo) のあとがきもどきで、

原作終了時の撩と香の年齢を修正しました。

32歳と26歳ってことで〜。

これは自分でもかなり凹むミスでした…。





また気付きましたら、

追って修正訂正追記させて頂きます。

原作そのものが、

日取りを大切にしている傾向がありますので、

当サイトとしましても可能な範囲で意識して大事にしたいなぁと思っているところです。





以上、お知らせでした〜。
プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


9万hit記念に
とりあえず作ってみた
CH専用Twitter
 


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