15-06 Reika

第15部 Mean Of Luck  

奥多摩から8日目


(6)Reika  ***************************************************************3035文字くらい



「よぉ。」

「りょ、撩っ!」

ドア枠に左肘をつけてこめかみに拳をあて、

足を組んで入り口に立つ姿は、お決まりのスタイル。



「これ見たぜ。」

ぴろっとメモ紙を出す。

「あーら、やあっと気付いたの?撩らしくないわねぇー。」

事務テーブルから立ち上がり、

腕を組んでにやりと口角を上げる麗香。

自分がどんな角度でどんな振る舞いをしたら一番よく見えるか知っている動きに、

心の揺れを隠そうとする麗香の心理を感じ取る。



「よっぽど香さんとべったりしているみたいねぇー。」

「は?」

いきなりのセリフに思わずきょとんとする。



「お茶煎れるから待ってて。」

そう言いながら、ソファーに促す。

「コーヒー切らしているの。緑茶でいいかしら?」

撩はどさりと腰を下ろした。

「あー、あんまり長居しねーから。」

「まぁ、そう言わずにどうぞ。

ここでは悩みを相談しにくる人には、

まず美味しいお茶で気分を和らげてあげるの。」

「ボクちゃんは、ここで和らげて欲しいんだけどぉー。」

わにわにと関節を細かく動かして、ふくよかな胸元に指をかけようとしたら、

ゲストハンマー100トンを食らった。

「ぐへっ!」

床とサンドになる撩。



一拍置いて、ポットのお湯を注ぐ音が心地よく響く。

「ほんっと、美樹さんの言う通り、相変わらずを振る舞っているわけね…。」

「あぁ?」

ハンマーの下から声だけ出す。

「この前、あなたたちが来る前にお見舞いにちょっとだけ顔を出しに行ったのよ。」

小さめの湯のみを自分と撩の前にことりと置き、

対面のソファーに座って足を組む麗香。



「あれから姿をあまり見ないと思っていたら、教授のところに通ってたのね。」

ハンマーをどけて、よいしょと座り直す撩。

「あー、タコもかずえちゃんも忙しかったらから、

香がちょっと手伝いに行ってだんだよ。」

「ふーん。」

麗香はにやにやしながら指を絡ませた手に顎を乗せる。



「本当はさぁー、色々聞きたいことはあるんだけどさぁー、

みんなが今はそっとしておいてやろうって、

協定結んでいるようだから、勘弁してあげるぅー。」

撩はぶっとお茶を吹き出した。

「はぁああ?何だよっ!その協定ってーのはっ!!」

「あら?知らないの?

奥手な香さんに気遣っての皆の配慮なのよぉ。

いきなり色々根掘り葉掘り質問攻撃にあったら香さん可哀想でしょ?」



撩は、教授の言っていた「総攻撃」という言葉を思い出した。

ごくりと生唾を飲む。



「そろそろ、みんなうずうずしてきているようだから、

まぁ、くれぐれも外歩くときは気をつけてね。」

「は…、なーんのことやら…。」

すでに心当たりがありすぎて、ごまかすセリフが浮かばない。

視線をそらし、緑茶をくっと飲む。

確かにクライアントへの気遣いが伝わるいい茶葉を使っている。



「で、私もこの後すぐ出かけるから、

トンネルの用件だけさっさと話しちゃいましょ。」

麗香も美しい姿勢で緑茶をすっとすする。

「俺はそんまんまでもいいけどなぁー。」

「まぁね、そのほうが何の出費も出ないしね。」

「アレは俺たちの愛のトンネルじゃなかったっけ?

それを塞ごうって、そぉんなもったいないことしていいのぉ?」

とたんパシャっと顔に緑茶が浴びせられた。

けっこう熱い。

すくっと立ち上がった麗香は、

悲しそうな目で撩を見下ろす。



「……撩、もし今のようなことを、香さんの前で言ったら、…撃つわよ。」

「麗香…。」

滴をしたたらせながら麗香を見上げる撩。



「香さんを守るために、最善の選択をしたいの…。」

少し眉があがる撩。

麗香はカラになった自分の湯飲みを流しに持って行く。

「……隠し扉で、見た目は繋がっているか分からないようにリフォームのが

一番いいと思うんだけど。」

背中を向けていた麗香は、

くるっと撩のほうを向いてシンクに背を預ける。



「有事の非常口として有効利用しましょう。香さんにもそう伝えて。

工事が入る時は連絡するから。」

「あー、俺とタコでそんな細工簡単にできるぜぇ。」

手元にあるおしぼりで顔を拭きながら返事をする撩。

「……そうね。ウチワでしたほうがより安全かもね。」



麗香は机の引き出しを開けて薄い紙を取り出した。

「これ設計図。じゃあ、正式に依頼しちゃおうかしら。

こっちのビルの分の修繕も含めて。

期限はいつでもいいわ。気が向いたら取りかかって。」

「んー、まぁ追々な。」

ふうと緊張が抜けた表情を麗香は一瞬だけ見せた。



「……美佐子が気にしていたわ。あの2人どうなったの?って。」

「あ?美佐子って、…あの女医の?」

自分の肛門裂傷を治療した医者の日下美佐子を思い出す。

大学病院に残るよりも無医村を選んだ才英。



「そう、この前電話で話したんだけど、こんなこと言ってたわ。」

腕を組み直してにやりと麗香が微笑む。

「『冴羽さん、あの手錠の紐を切ることは思いつかなかったのかしら?

よっぽど一緒にいる理由が欲しかったのかもね。』って。」

ガタタタンッ!

ソファーごとひっくり返る撩。

「ねぇ?手錠なんて、あなただったら針金1本あれば簡単にはずせちゃうはずでしょ?

なのに2日間繋げたまんまだったのぉ?」

倒れたソファーから覗き込む麗香。



「撩って、ヘンなところで可愛いことするわよねぇ。」

「ぼっ、ボクちゃんもこのあとお出かけがあるのぉーっ。

じゃあねぇーっ。」

瞬間移動のように影が走り、ドアに向かって突風が吹き抜け、

撩の姿は消えてしまった。

それでも、しっかり設計図はジャケットの内ポケットにしまわれたを

麗香は見ていた。



「ぷっ。」



緊張しながらも、

流れの主導権を持ち続けた勝利感に浸るも、

ふうっと溜め息をつく麗香。



「痛い、…失恋だなぁ。」



ソファーに身を沈め、目を閉じ、ゆっくりと天井を仰ぐ。

自分の人生を預けてもいいと思った男は、

すでに別の女と人生を共にすることを決めていた。

あれ以上の男とは、

もう巡り会えないという妙な確信もある。



きっとこれからどんな男と付き合っても、

無意識にあの男と比較してしまうだろう。

未だ槇村に想いを寄せている姉も

きっと似た思いを抱えているかもしれない。



叶わぬ望み、叶わぬ想い。



これを背負っていくには、今の自分には重た過ぎる。

仲のいい2人をそばで見せつけられるのも、いわば拷問のようなもの。

それでもここから逃げるような真似はしたくない。

自分が新しい目標を見つけるまでは、

できうる限りあの2人をサポートすることと、

ようやく自分の気持ちと決着をつけた。



恋敵であったはずの香を応援したい、助けたいと思わせるのは、

香が持つ独特の雰囲気からなのか。

ただ、あの逞しい腕も、厚い胸板も、見つめる優しい瞳も、

仕事で依頼人に向けられることはあっても、

プライベートでは基本全て香のもの。

終生自分には手に入らない。

そう思い返すだけで、ずきりと胸が痛くなる。

目尻につと一筋流れた。



奥多摩の結婚式から8日。

クロイツの親衛隊に拉致された香を

救出し戻ってきた撩の姿を見て、

すぐに感じたあの空気の違いを思い出す。

ウワサでしか聞いていなかったが、

きっと、この1週間であの2人が急速に距離を縮めたことは

美樹の話しを聞き、

撩本人に会って間違いないと確信させられた。



ふぅーと細く息を吐き出す麗香。

テーブルの上の自分が書いた撩へのメモが残っている。

あえて置いていったのだろう。



「さて、出かけなきゃ。」



ぱちっと目を開け、すっと立ち上がり、倒れたソファーを元に戻すと、

上着とカバンを手にした。

ロングヘアを右手でさらりと後ろに流す。

気分を切り替えて、クライアントの元へ向かうことにした。


********************************
(7)へつづく。




麗香の立場も、ミック以上に切ない役柄ですよね〜。
ところで、日下美佐子編で、どうして手錠を外せなかったのか、
手錠をしたまま、カオリンが翌日どうやって着替えたのか、
ギモンに思っていたのは、ワタクシだけではないはず。
ぜったい、撩はあんなもの簡単に外せちゃうはずですがな〜。
ということは、あーたー、なにか他の目的あったんとちゃう?というのが
美佐子と麗香の出した答えです。
だれか、この手錠でつながれたままの一晩、書いてくれぇ〜(また他力本願っ)。

2012.01.31.
うう、慌ただしくてサイト巡りができないっ(禁断症状がぁ…)。

スポンサーサイト

15-05 Worry

第15部 Mean Of Luck  

奥多摩から8日目


(5)Worry  **************************************************************1533文字くらい



夕べ羽織っていた薄手の掛け布団を洗い終え、

ランドリーバスケットに入っている他の衣類を入れ替わりに洗濯槽に詰め、

スイッチをくっと押す。



「早く干さなきゃ。」



布団を抱え再度リビングに入る香。

カラになったコーヒーが目に入る。

さっきと同じスタイルで新聞を被り仰向けになっている相棒の姿を見て、

どこかほっとする。

そのまま声をかけずに、リビングの窓を開けベランダに出た。

ばさりと手すりに掛け布団を干す。

今日は曇り。

午後いっぱい干さないと多分乾きそうにない。



撩と一緒に寝るようになってから、

寝具の洗濯の回数が必然的に多くなった。

そうスペアもある訳でないから、何か対策を打たないと困ったことになりそうだと、

顔を赤らめながら考えを巡らす。

新しく予備を買うか、

以前デパートの赤ちゃん用品売り場でちらっと見た防水の敷きパッドのようなものを買うか、

バスタオルを常に敷くようにするか、

どんな方法がベストか見当もつかない。



こんなことを考えなければならなくなるとは、

全く思ってもみなかったので、

この悩みを誰に相談したらいいかも分からない。



「美樹さんに聞く訳にはいかないし…。」



ベランダでぼそりと呟いた香の独り言に、撩の耳がぴくりと動く。

頬を赤らめたまま小さく溜め息をつきながらリビングに戻る香を、

新聞の隙間からちらりと見る撩。

表情と干しているものと呟きの内容で、瞬時に香の悩みが分かってしまった。

パタンと扉を閉める後ろ姿を見送る。

またクスクスと肩を揺らして声を出さずに笑う撩。



(確かに悩むだろうなぁー。)



しかし、もし本当にこのまま香が美樹に相談したら、

えらいことになりそうだと、

ファルコンからもからかわれる未来がポポンと浮かぶ。

ここは、自分がフォローしてやるほうが無難だろうと、

また作戦を練ることにした。



しばらくしたら、7階から掃除機の音が聞こえてきた。

「よく働くこと。」

被っていた新聞をパサリとガラステーブルにたたんで投げ、

よっと上体を起こした。

カラのカップを手に持ち、のっそりとリビングを出る。

キッチンに寄って、カップをシンクに入れる。

そのまま離れようかと一瞬思ったが、体の向きを変え、蛇口をひねった。

以前だったらそのままテーブルの上に放置か、

ここまで持ってきても洗おうとは思わなかったが、

変われば変わるもので、

今の心境は「まぁこれくらいはしとくか」と

素直に行動に移せるようになっている。



(柄じゃあねぇーけどなぁ。)



そう考えながら、洗い終わり、カゴにカップを入れて、

キッチンをがに股で出て行く。



そのまま進行方向は地下。

玄関を出て階段をのんびり降りて行く。

射撃場の奥のトレーニングルームに入ると、小道具の中から、

おもむろに簡易グローブと、縄跳びを選び出した。



「まずはこれ、か…。」



射撃場のブースを横目に出て行こうと照明のスイッチを押しかけたが、ふと立ち止まる。

違和感を覚え振り返ると、隣の探偵事務所に繋がる地下トンネルに

小さな張り紙がしてあった。

「なんだぁ?」

歩み寄ると、麗香の伝言だった。



『撩、おめでと♡

くやしいけど、幸せにね!

このトンネルの件なんだけど、

知り合いの業者に頼んで塞ごうか検討中なの。

だけど、お互いの商売柄、

逃げ道としての有効利用もできると思うから、

現状維持か、ドアをつけるか、隠し扉にするか、完全に塞ぐか、

相談させてちょーだい。  麗香』



いつ書かれたか分からないが、つい最近であることは間違いない。

一昨日、大井埠頭で使った武器をしまった時には、確かなかったはず。

ふっと目が細くなった。

そう言えば、奥多摩以来姿を見ていない。



「ちょっと寄ってくるか。」



射撃ブースに縄跳びとグローブを置き、

撩はトンネルをくぐって行った。


*********************
(6)につづく。





寝具の洗濯大変だろうな〜。
麗香のメモの中の業者っていうのは、当然裏専属の業者ってことで。
じゃないと困るだろ。

15-04 A Supper Housekeeper

第15部 Mean Of Luck  

奥多摩から8日目


(4)A Supper Housekeeper  **********************************************1489文字くらい



「りょ、撩?起きてる?コーヒーここに置いておくからね。」



ソファーの短辺で新聞を顔にかぶせて

仰向けになっているパートナーに、

そう声をかける。

「あー、さんきゅー。」

動かないまま

新聞の下から力のない口調で返事がくる。

ガラステーブルの上にコーヒーをコトリと置いて、

香はカラのトレーを持ち

リビングをやや急ぎ足で出て行った。

扉が閉められた廊下から、

香の独り言が撩の耳に届く。

「えっと、次は洗濯と掃除ね。」



撩は新聞をかぶったまま、ふっと顔を緩めた。

「相変わらずだこと…。」



掃除なんて1ヶ月もしなくても気にもしなかった撩。

常に快適空間を維持し、

いつでも来客、依頼人が宿泊してもいいように、

生活空間の管理をほぼ完璧にこなしている様に、

スーパー家政婦の側面も持っていることを、

香自身が気付いていないと、

思い返す。



いつだったか、

撩が香に管理をまかせている表の銀行口座が

残高4ケタになった時は、

それでもツケを作ってくる撩に激怒して

ついに数日間、

カップラーメンの刑をくらうことになった。

それも撩が食い散らかして放ったらかしのところに、

小林みゆきを連れてきて、

香のお怒りモードに拍車をかけた。

610円を受け取った後の香のセリフがリフレインされる。



『このバータレ!!おまえ今日一日一体何やらかしてたんだ

もっこりやろぉ!!

リビングもあたしが、せっかく掃除をしていたのにぃー!

あんたがゴミを散らかしっぱなしにしたせいで、

だらし無さと金欠宣伝するハメになったじゃない!

どーすんのよっ!

お陰でガード料、力一杯値切られたじゃないかっ!!!

こんの、ばかたれっ!』



思わずくすくすと肩が揺れた。

(確か、タコと美樹ちゃんの話しをまとめるために、

ヤツのアジトで撃ち合いをした後も、

香が高校の友人と何日か出かけたことがあったんだよなぁ。)



いつも任せっきりにしていたものだったから、

あっという間に部屋も散らかり放題。

洗濯物も溜まり、

かなり見苦しい状態になってから、香が帰宅。

間髪入れず

西九条沙羅と麻上亜紀子の依頼が入り、

タイミング悪く、荒れた冴羽アパートに案内するはめに。

香が不在だった分をナニィーの麻上亜紀子が取り戻すかの様に、

あっという間に片付け終わった。



あの時、

一切言い訳をしなかった香の姿勢が脳裏によぎる。

香はあの2人といる間、明るくは振る舞っていたが、

自分が冗談まじりのもっこりモードで、

「おまぁクビっ」を連発していたのは、

今思えば相当のストレスだったに違いない。

そこへ、

沙羅が香へ拒絶反応を示したのだから、

心理的な負担は自分が思う以上に大きかったであろう。

すぐに沙羅とは関係修復が出来たから良かったが、

落ち込む姿や弱っている姿を見せたがらない香が

陰で抱えていた思いに、

ちくちくと刺さるものが蘇ってきた。



数年前の依頼人との思い出に、

しばし浸っていたが、

コーヒーを思い出し、

むくりと起き上がってカップに手を伸ばした。

いつもの落ち着く香りがする。



同じ階で感じる相棒の気配。

帰って来たいと思わせる

心許せる空間の「我が家」を与えてくれる香に

自分は何を与えられるのか。



こんな汚れた闇の中でしか生きることができない自分に、

こんな深く温かい幸福感を享受させてくれる相棒に何をしてやれるのか。






「ボクちゃんの人生捧げるしかねぇーよなぁー。」






ぼそっと呟く自分にはっと我に返り、

慌てて香の気配がそばにないか周囲をサーチ。

脱衣所から香の出す音が聞こえる。

とりあえずほっと胸を撫で下ろした。



「最近、あいつは無意識に気配を消すからなぁー。

あぶねぇ、あぶねぇ。」



一人照れ臭くなりながら、

コーヒーをくっと飲み、またそのまま新聞をかぶって

ごろんと天井を仰いだ。


****************************
(5)へつづく。




そうなんですよ〜。
小林みゆきちゃんがアパートに来た時と、
西九条沙羅ちゃんとナニーのお二人が来た時、
香がここまで部屋が荒れたり、
カップ麺のカラなんかを放置するはずない、
と思ってあの状況になってしまった理由を勝手に捏造しました〜。

15-03 All The Firtst Time

第15部 Mean Of Luck  

奥多摩から8日目


(3)All The First Time  **************************************************3143文字くらい



香は、夕べの内に整えていた食材で食卓を用意する。

玉子かけご飯に、焼き海苔に、市販の胡麻豆腐、

味噌汁、水菜のお浸し、漬物にフルーツ。



「これでよしっと。」



さてこれから、撩を呼びに行ったほうがいいのか、

それとも起きてくるまで放っておいて、

ラップ付きの朝昼兼用にしたほうがいいか、

二択、三択を思い描いていた。



「うーん。」



さっきのことを考えると、恥ずかし過ぎて顔を合わせられない。

頬を火照らせながら腕を組み、右手を顎に添えて思案していると、

自分の背後で空気がゆらぐ気配がした。



「え?」



振り返ろうとしたと同時に、がばりと大きな腕に包まれる。

「っきゃあああっ!」

「かーおりーん、まだまだ気配を読む訓練が足りないなぁ。」

「りょ、撩っ!」

香の左頬と撩の右頬が触れ合う。

撩も軽くシャワーを浴びて来たようで、しっとりと髪が濡れている。

一気に血圧が高くなり、

パンサーカメレオンのレッドタイプのごとく変色する香。



おもむろに顎を掬われ、本日2度目のキスを肩越しに受けた。

「んんっ。」

ライトに唇だけを啄まれる。

「おはよ。」

ちゅぽんと離れると、見下ろしながら香を見つめる。

「ぅ…ぁ、…ぉ、ぉ、は、…よ。」

真っ赤な顔に潤んだ目で、しどろもどろに出てくる返事に吹き出したくなる撩。

「撩ちゃん、さっきもおはよって言ったけど覚えてる?」

「へ?」

「覚えてねぇーな。」



くすりと笑うと香の髪の毛を離れ際にくしゃりと掻き回し、

席につきながら続けた。

「さっきの慌て様は、なかなか見事だったしなぁ〜。」

頬杖をついてにやにやと香を見つめる撩。



さらに赤くなって、耳から激しく蒸気が出る。

「おまぁ、ハヂメテの時よりもパニクってただろ?」

香は、もう口を鯉のようにパクパクするだけで、声が出ない。

後ずさりして、シンクの端に腰がドンと当たる。



「いやさ、俺だってちゃんと抜いて後始末したほうがいっかて思ってたんだけどな、

おまぁがきゅうーって吸い付いて離さないもんだから、

まぁいっか、ってそんまんま寝ちゃったワケよ。」

卵をぱかっと割り、小鉢でしゃかしゃかと混ぜる撩。

「あ、味噌汁頼むわ。」

視線を香にむけると、

焦点が合わない赤い顔のまま、へなへなと座り込んでしまっていた。



「おいおい、なぁーに脱力してんだよ。」

撩は、くすくすと笑いながら席を立ち、

ガステーブルのところにある鍋の中の味噌汁を2人分注(つ)いだ。

ことりと椀をテーブルに置くと、香の腕を掴んで立ち上がらせる。



「ほれ、メシにしよーぜ。」

抱き上げて、腕の中で目を合わせさせる。

顔には恥ずかしいという文字が書いてあるかのように、

全面に毛細血管が浮き出ている。



「すげー、気持ちよかった。撩ちゃん、人生初体験しちゃったっ♡」

おちゃらけ口調で言ってみる。

目を見開いた香の瞳孔と虹彩に自分が映り込む。

「は、…はつ?」

信じられないという表情に、ちょっとチクリとくる。

香が、自分にされていることが他の女にも施されていると思い込んでいることが

直通で伝わって来た。



「そっ。初めてっ。入れっぱなしで寝ちまったのは。」

「……………。」

香の目元の涙腺から溢れるものが見える。

「この前、言っただろぉ。俺だって初めて尽くしなのっ。

キスマーク付けたのもお前が初めて。

一緒にそのまま寝ちまったのも、おまぁが初めて。

それにバタフライキスもエスキモーキスもお初って話しただろ?」

まばたきをしないままで、香の目の端から玉の粒が零れて頬を伝った。

「もひとつ言うとバージンもナマも初めてっ♡」

ここでミニハンマーが顎にヒットした。

「ぐわっ!」

「……もうっ。」



香は照れくささで一杯一杯になり、シャツを掴んで撩の胸に顔を埋めた。

撩の気持ちよかったという言葉に救われる。

それだけでなく、

撩自身も初めてのことばかりであることも、こんな形で告白され、

どうしようもなく嬉しさが込み上げて来た。

入れ替わるように、恥ずかしさが急速に縮小していく。



「……また、そのまま寝ちまっていい?」



撩が香を抱き込みながら耳元でそう小さく囁いた。

かぁと体温が上がった香だが、目をきゅっと閉じて、

しばしの沈黙の後、わずかに顔を縦に動かした。

もしかしたら、また恥じらいハンマーが飛ぶかと思っていたが、

可愛い肯定の仕方に、

撩はニヤっとすると、がばっと香の肩を持って向き合い、

またちゅうっと紅唇に吸い付きポンと離した。

「んっ…。」

これで本日3度目。



「よし、じゃあメシにしよう!今日は午後に護身術を教えてやる。

さっさと食って、用事片付けちまって、準備しとけ。」

まだ火照っている香は、今日の予定の宣言にやや驚く。

「え?護身…?!」



香から離れた撩は、丼に盛られた白米の上に溶き卵をかけて行く。

「ほれ、おまぁも早く座って食えよ。」

醤油をかけまわし味を整えたら、さっそく焼き海苔でくるんで頬張っている。

「ぁ…、うん。」

体温がまだ元に戻らないまま

おずおずと席につき、箸を持って手を合わせた。

「ぃ、ぃただき、ます。」

自分もちゃかちゃかと照れを残しながら、生たまごをかき混ぜる。



食事をかき込みながら、撩がまた話し始めた。

「あー、おまぁ、伝言板見に行くの、車で行くぞ。」

「は?なんで?」

「途中で顔見知りに会ったりすると、何言われっか分かったもんじゃねぇ。」

「…ぁ、…そう言えば、夕べそんなこと言ってたわね。」

「おまぁが、妊娠したっていう話しまで流れているからな。」

「ぶっ!ごほっ!ごほっ!」

力一杯むせる香。



「はぁああ?な、な、ななな、なんでぇ?」

「知るかっ!俺が聞きたい!」

さっき引きかけた顔の赤さがまた復活した香。

「つぅーワケで、出る時は声かけろ。」

「あ、…ぅん。分かった…。」

まだ涙目で胸を押さえる。



確かに表を歩かないほうがいいような気がしてきた。

食事をしながら、今日の動きをおおまかにイメージする。

この後、食器を洗って、洗濯物を干して、第2弾の洗濯機をまわして、

ベッドのシーツを取り替えて、昼ご飯の準備をして、伝言板見に行って、

食事をして、撩の訓練受けて、夕食作って、お風呂入って…。



「今日も、あっという間に過ぎちゃいそう…。」

「いいんでない。そんだけ充実してるっつーことだろ。」

「内容によるわ。仕事で充実してればいいんだけどねぇー。」

「撩ちゃんとの夜の営みもじゅ」

ここで中型恥じらいハンマーが飛ぶ。

「ぐへっ!」

「黙って食え。」

「は、はひ…。」



青筋を立てつつも顔を赤らめる香。

撩も、そんな香が可愛らしくて目の端でその表情を楽しむも、

とりあえずさっさと食事を終わらせることにした。





「ごっそさん。リビングにいるわ。」

そう言って、素早く朝食を片付けた撩は

新聞を持ってキッチンを出て行った。



今日も、綺麗に残さず食べてくれた。

一度だけ、一線を越えてからの夕食のとき、「うまい」と言ってくれた。

それだけで十分。

憎まれ口をききながらも、

今までも自分が作る料理を全て残さず食べてくれている。

きっとそれが、捻くれた撩の表現の一つ。

そんなことを考えながら、香も食事を終える。



「ごちそうさま…。」



立ち上がって、2人分の食器をシンクに運ぶ。

同時にヤカンに火をかけ、湧かしている間に食器を洗う。

「護身術か…。」

これまで撩が素手で闘う姿を何度も見て来ている。

初めて出会った時も、

銃を持った7人の男たちをものの十数秒で片付けてしまった。

見よう見真似で、自主的に体を動かしたことが何度かあるが、

いまいちコツが掴めない。

撩からの訓練に、一体どんな内容が待っているのか、

やや不安になりながらも、パートナーとして、

ちゃんと教えられたことを身につけなければと、士気を高める。



食器を洗い終わると同時にヤカンがなり出す。

いつも通りの手際で、コーヒーをいれる。

ミルで挽くのは、もう日常。

トレーに1つだけカップを載せてリビングに運んだ。


****************************************
(4)へつづく。





というワケで、撩ちゃんもハヂメて尽くし。
たぶん1991年頃はまだ、
卵かけごはん専用の醤油は店頭になかったと思いますが、
いつごろから出始めたんかいな。
→調べてみた。2000年代に入ってからとのことらしい〜。

【直しました〜】
Sさん、ここの煎れるも変えました〜。
ご連絡感謝です!
2014.01.18.00:40

15-02 Shame

第15部 Mean Of Luck  

奥多摩から8日目


(2)Shame  *************************************************************1787文字くらい




バタン!!

掛け布団で身を包んだ香は、

顔と体を真っ赤にしたまま6階の客間に飛び込んだ。

そのままずるずると扉を背にして、しゃがみ込む。



「〜〜〜っ。」

声も出ない。



正直、とても心地良く、

幸せ感にどっぷりと浸った睡眠であったことは間違いない。

夢見心地に、羽根布団のような優しさで撩に包まれている感触に、

適度な疲労感がより良い眠りを与えてくれた。



しかし、目覚めた時、

まさか繋がりっ放しだとは思ってもみなかった。

それをむしろ、

気持ちがいいと感じていた自分が、とてつもなく恥ずかしくなり、

喋ることもできないまま、撩の部屋から逃げて来た。

初めての時と同じように、まだアソコに何かがハマっているような

妙な違和感がある。

しかし、痛くはない。



「…ぁ。」



内股に流れる粘度のある液体に気付き、そっと纏っていた布団をめくると、

白い筋が床に落ちそうになっていた。

「……い、いけない…。シャワー浴びなきゃ…。」

撩が自分を愛してくれた痕跡に、更にかぁーと赤くなる。

急いで衣類を選び出すと、

掛け布団を纏ったまま昨日着ていたものも一緒に持って浴室に向かった。

肌が汗で少しべたつく。

確かに夕べは何度も登頂させられて、汗だくになった記憶が残っている。

掛け布団を取り去り洗濯機に入れると、新しく付けられたキスマークが二ケタはある。



「っちょ、…ちょっと、これって…。」



振り返って腰の辺りを見下ろしてみると、視界に入るだけでも、

背面に同じ数ほどの所有の証。

恥ずかしいやら、照れくさいやら、これでは夏に水着も着れないではないかと、

余計な心配をしてみるも、そんなイベントは縁遠いと思い返す。



視線を自分の体に落としながら、そっと胸元の痕に指を這わせる。

目を閉じると、また撩の息づかいや唇の感触が明瞭に脳に蘇ってきて、

思わず下腹部にじわりと熱がたまる。



「も、もうっ!」



香はぶんぶんと頭をふって現実に戻ろうと意識を掻き集める。

「と、とにかく早くシャワー浴びなきゃ。」

他の衣類も混ぜて洗濯機をまわすと、香は急ぎ足で浴室に入った。



— 今日は、1回だけな… —



シャワーを浴びながら、髪の毛を洗う。

(あいつは、確かにそう言って、その通りだったけど、

あたしには何度もすごく気持ちよくしてくれたのに、

自分は1回でいいなんて…。)

正直なところ気を使って欲しくない。

撩が慣れない自分に配慮して、何かを我慢させていることが

どことなく辛くて切ない。

かといって、何発でもいいわよと、

明るく答えられるようなスキルも体力も今のところ持ち合わせていない。



(それにしても驚いたわ…。)

入れっ放しに出来るものなんだ、と気付いた時のショックは結構大きかった。

合体したままだったことを、

寝ている間全く気付かなかった恥ずかしさや情けなさもあるが、

一晩中、繋がっていたことを思うだけで、また体温が上がってくる。

それを決して嫌とは思わなかった。

むしろ嬉しさを感じる部分もあったのだが、

あの部屋の飛び出方では、

きっと撩は自分が嫌悪感を持ったと思ってしまっているかもしれない。



(ただ、恥ずかしかっただけだから…。)



朝の一発とか言っていたけど、

スケベ顔ではなく、素の真面目顔だったら、

もしかしたらそのまま受け入れていたかもしれない。

そんなことを考えながら、赤らめた顔を泡で洗い、

素早く髪と体を洗い流し、浴室を出ると大急ぎで体を拭いた。



持って来た上下を衣類を身に纏い、洗面所に行って髪を乾かす。

今日は、ブルーのジーンズに黒のハイネックのTシャツに白いトレーナー。

鎖骨上にまであるキスマークを隠すための用心も含めてのシンプルなコーディネート。



教授のところへの通いは一区切り。

今日からまた日常に戻る。

朝食を作り、掃除をして、洗濯をして、伝言板を見て、買い物をして、

夕食を作って、その他雑用で、あっという間に一日が過ぎる。

奥多摩から戻ってきてから8日目。

密度の高い1週間を経て、ふぅーと息を吐き出す香。



ドライヤーのスイッチを切り、髪に指を通す。

(やっぱり長くすると大変なのよね…。)

指定席にドライヤーを戻すと、足早に客間へ行き、

簡単に肌に潤いを施す。



(早く食事作らなきゃ…。)



ちらっと兄の写真を見る。

撩と顔を合せるのが恥ずかしい。



「アニキ…、オ、オトコって、あんなものなの、かなぁ?」



頬を染めながら部屋を出て行く香。

撩しか知らない香の疑問は最もなこと。

槇村も写真の中で苦笑していた。


*************************
(3)へつづく。





撩を基準にしちゃいかんことは、
カオリンあーたが一番よく知っているでしょ〜。

15-01 Panic (side Ryo)

第15部 Mean Of Luck (全20回)

奥多摩から8日目


(1)Panic (side Ryo)  ****************************************************2131文字くらい



「ん…。」



腕の中で香が身じろぐ。

長い睫毛がふるっと揺れ、ゆっくりと瞼が持ち上がる。

やっと起きてくれたかと、

言葉を待てずに前髪をかき分け、額に唇を押し付ける。



「え?」



素で驚きの声が出る香。

「おはよ。」

香の全身がピキンと強張った。

徐々に変化する顔色。

状況の分析に理解が追いつかない表情をしている。



それが可笑しくて、

つい腹筋でもっこりをぴくんと動かしてしまった。

「きゃあああっ!」

体が跳ね上がり、腕にしがみついてくる香。

もしかして、という顔つきから、やっぱり事実と悟った顔になる。

固まったまま、目を合わせようとしない。



「かおりちゃんがぁ〜、なかなか離してくんないからぁ〜、

入れっ放しにしちゃったのぉ〜。ボクちゃぁんたらぁ〜。」



真っ赤っかになっている香を抱き込む。

朝もっこにそのまま移行した元気な息子が、恥じらい度100%の香の中で

またぴくんと動く。



「これから朝の一発どぉお〜?」



スケベおやじモードのタコちゅう顔で迫ってみる。

出るのはミニハンマーだと思っていたが、

細い片腕で振り落とされたのは超特大恥じらいハンマーだった。

受けた勢いで結合部がめでたく離れる。



「ぐっ……。こ、これは、きつい…。」



ハンマーとベッドの間でサンドになり、手足を痙攣させてみる。

香は、露出した裸体に、掛け布団をあわてて纏い、

少しよろけながらベッドを転げ降り後ずさりする。



「なっ…、なっ…。」



もう言葉も出ないようだ。

この状況にパニックの香は、

自分の衣類だけ掻き集めて、ばたばたと部屋を後にした。

途中、階段で躓(つまず)き転ぶ音がする。



「おいおい、大丈夫かよ。」



ハンマーをコロンとどかして、サンドから脱出するも、

まだ息子は天を向いている。



「クセになりそ…。」



繋がったままの心地良さ、そのまま朝を迎える至福感。

香に予告なしで連結したままだったのは、

多少?混乱を与えてしまったが、こんな快感は初めて得る。

当然、こんなことを『した』のも人生初。



たぶんまじめモードで迫っていたら、

そのまま朝の一発ができたかもしれないが、

夕べだけで相当疲労しているはずの体に無理強いは出来ない。

わざと、ハンマーを出させるべく吐いたセリフだったが、

言葉が紡げない程に混乱していた香を思い返し苦笑する。



「んと、いいオンナだこと…。」



枕と頭の間に腕を組み敷き、ふと瞼を閉じる。

なまじ他のオンナの体を味わったことがある分、

余計に香の群を抜いた良さを、身をもって痛感する。

物理的な快感も然ることながら、精神面での差異も大き過ぎる。



あれから8日目の朝。

飽きない。

何度でも抱きたい。

一日中、抱き合っていたい。

確かに香がピルを飲んでいなければ、

速攻で孕(はら)ませていても可笑しくない愛し合い方にまた苦笑いする。



予感していた中毒への道にもう両足を突っ込んでいるかもしれない。

ますます独占欲が高まっていく。

これから、より一層香を取り巻く危険度が上がっていく。



だが守るべきものがあるという事実。

それだけで、

身の内に巣食うエネルギーの代謝が違ってくる気分を感じる。

香と繋がっている最中に、もし賊が乱入してきても、

対処できる自信は十分にある。

むしろその確信がなければ、

香と一線を越えることは出来なかった。

男が一番無防備になる瞬間であっても、

守る自信がなければ、

この世界で一人の特別な女を傍に置くことなどできない。



実際過去に、お楽しみのところを邪魔され、機嫌悪く賊を始末し、

誘った女もグルだったことは、軽く二ケタは越えるだろう。

マリーだって、

俺を丸腰にするためにホテルで捨て身の作戦を使ったくらい、

そーゆー場は狙われやすい。



「一応、今後のために一言、言っておかんとな…。」



賊の乱入の可能性と、抜かずの朝もっこ予告、

この2点は後に説明しておこう。



自分の相棒が香の温かい襞に包まれていた感触を思い返す。

このまま一緒に融けてしまいたいなとど、自分らしからぬことも

思い描きながら繋がっていた数時間。



こんな俺が、

よくぞお前のような女と出会え、

そしてよくぞここまで辿り着けたものだ。

まだあれから8日しか経っていない。

これからお前が30代、40代と年を重ねて行っても、

傍にいるのはずっと俺でありたい。



守りたい未来が出来たという感覚が

どうにもこうにもくすぐったいが、

まぁ、悪くはないさ。




さてと、冗談抜きで、今日は護身術の訓練をするつもりだが、

あいつに体力が残っているのか。

ま、消耗させちまっているのは俺なんだけどな。

ふと鼻に朝食の準備の匂いを感じる。



「そろそろ起きますかね…。」



素っ裸でむくりと起き上がり、脱ぎ捨てた下着を手にすると、

香の腰の下に敷いていたフェイスタオルが目に入った。

お互いの体液で、しめっぽくなり甘酸っぱい香りを纏わせている。

香の残り香にくらりとしながらも、無理矢理、海綿体の血液を撤退させる。



「こいつも下に持って行くか…。」



時間は午前9時前。

「今日は何しよっかなぁー。」

ひとまずシャワーを浴びて相棒の元へ向かうことにした。


**************************
(2)につづく。





ふにゃもっこでも、尿瓶に入らなかったのは印象的でしたが、
先日、ホームセンターでブツがあったので、
思わずこっそり直径を指で計測しちゃったのよ〜。
(医療介護に関わっている方は身近なものかもしれませんが、
私が実物を見たのは、たぶん初だったかも。)
内径7センチ…。
やっぱ凶器だわ…。
というワケで、8日目のスタートです。
どんな1日になることやら〜。

14-03 Continue To Copulate (side Ryo)

この記事を閲覧するにはパスワードが必要です
パスワード入力

14-02 In A Prone Position (side Ryo)

この記事を閲覧するにはパスワードが必要です
パスワード入力

SS-03 Hidden Scar (side Kaori)

Toad Lily Short Short 03

40000Hit感謝企画

1991年夏から秋

ちょっと切ない香です。



【SS-03】Hidden Scar(side Kaori)************************************1837文字くらい



ふと気付いた。



暑い季節でも、そうでない時も、

撩が、上半身裸で家の中をうろつくことは珍しくなかった。



それが、

海原戦後、教授宅での療養を終えてアパートに戻ってきてから、

撩は自分の体をあたしの前で露(あら)わにすることが

全くなくなってしまった。



最初に違和感を覚えたのは、

日下美佐子さんの依頼が片付いてから間もない頃、

梅雨も開け、都内は夏日に近い気温で、アパートも熱がこもっていたのに、

起こしに行った時、

撩はTシャツを着たままでベッドに寝ていた。



「こんなに暑いのに、

オールヌードじゃないなんて、どうしたのかしら?」



これまでは、

あたしが同じフロアに暮らしていることを気にもとめずに、

自分の裸体を晒(さら)したまま就寝することが日常だった撩。

それが、きっかけで思い起こしてみれば、

お風呂上りも、寝る時も、

撩はあの早春以降、

あたしに上半身の肌を見せないようにしている、

そう感じるようになった。



なぜ?



思い当たるのは、

海原との撃ち合いで傷つけられた左胸の銃創。

恐らく、

鎖骨から10センチくらい下を平行に走っているだろうと思われる

表皮と一部の筋肉が抉(えぐ)れてしまった傷痕は、

目立つ裂傷となって残っているに違いない。



それをあたしに見せないようにしている。

まるで、あの時の記憶を蘇らせないように、

何もなかったと、

船の中での出来事を共有することを拒むように。



そう、考え始めてしまったら、

ますます撩の日々の言動に、

喩えようのない気分が黒く渦巻く。



お互い、

生きることを約束して船底から脱出したのに、

ガラスの向こうに見た曇りのないあの瞳で見つめられながら、

共に死んで悲しませないと誓い合ったのに、

それを全てなきものとして、

これまで通りの日々を重ねる撩の姿に、

あたしは、何かを見失ってしまった。



ミックのところに転がり込んでから、

うやむやのうちに、アパートに戻った後も、

それは変わらないまま。



9月の残暑が厳しい中でも、

あたしは、撩のあの傷がどうなったのか、

知ることのないままに、

季節は、

冬の使者であるロシアからの渡り鳥が各地に飛来していることを

ニュースが伝える時期になってしまった。





もう、変化を求めることに意味はない。





「このまま、…ずっと、このままで、……それでも」





それでも、そばに居られるならば、

パートナーとして生きることができれば、

他の望みを捨てることに、

もう迷いはない。




「……わ、…笑わなきゃ、ね。」




この苦(にが)さはなんだろう。

一緒にいることを望んでいるのは自分なのに、

それを苦に感じてしまうのは、

あたしの弱さなのか。



「……もっと、…強く、ならなきゃ…。」



期待や羨望は、もういらない。

そう心に決めた途端に、

強烈な苦しさが胸を押し潰す。



「……りょっ…。」



奥歯を噛み締める。

声を出して泣くわけにはいかない。

だけど思いに反して頬を伝うものを止められない。



「……ク、……ヒック、…フッ。」



あたしは床に座り込み、

そのままベッドに突っ伏してしまった。



苦しくても、

あたなのそばで、生きたい。

もう、他に何も望まないから、

そばに居させて欲しい。

あなたのパートナーとして生きることが、

あたしの幸せであることに変わりないから。



あなたが、

もうあたしを必要じゃないと本気で突き放す日までは、

あたしが生きる意味を

あなたに求めることを許して欲しい。



「……りょ…。」



あたしは小刻みに震える自分を強く抱き込みながら、

きつく目を閉じ、

そのまま声を押し殺して込み上がる何かに耐え、

浅い呼吸を繰り返した。







いつのまにか

寝てしまったことに気付いたのは、

翌早朝のこと。

スズメたちの鳴き交わす声が耳に届き、

カーテン越しに、朝の光が部屋に注ぐ。



緩慢に身を起こし、

しびれた足を引きずって、ベランダの窓をカララと開ける。

冷えた空気が流れ込んでくる。



見慣れた街の風景が横からの陽を受け、

茜色に反射する。




あたしは、ここで生きていく。




窓枠に右手を添え、眩しさに少し目を細めながら、

大きく息を吸い込んだ。



「笑え。」



陰気臭い顔に、

唇の端を少し吊り上げ笑顔の仮面を貼り付ける。

今日も一日、

あたしたちはお互い何も気付かないことにしながら、

過ごすのだろう。

それでも、いい。




それでも、そばに居たいから…。




「よしっ!顔洗って、洗濯して、食事作って、掃除して、

伝言板見て、買い物して、今日もすることたくさんあるぞ!」



あたしは、自分の頬を両手でパンと叩いて、

部屋に向き直り、写真の中のアニキと目を合わせた。



「……心配、しないでね。」



そう小さく声をかけ、

自分の部屋の扉を静かに開けた。


***********************************
END






香のプチ家出は1991年8月9日(美樹の被害記録帳より)、
アパートに戻ったのは、
香の手帳のスケジュール表から、
同年9月19日(木)となっています。
海原戦後からプチ家出、そして奥多摩の結婚式の少し前、10月下旬まであたりの
香を抜き出してみました。
う〜、辛そうぅ〜。
で、この時部屋の外に撩ちんがいたりするのだ。
原作でも、あの傷が見えるシーン、なかったですよね。確か。
どなたか絵描きさんに、あの海原に撃たれた傷跡のある撩の裸を描いて欲しいな〜。
(また他力本願、あ、こーゆー時にキリリクとかを使うのか?)

14-01 An Afterimage Of Mother (side Ryo)

この記事を閲覧するにはパスワードが必要です
パスワード入力

13-13 An Alam

第13部 A Week After The Okutama Lake

奥多摩から7日目


(13)An Alam ***************************************************************4418文字くらい



玄関の扉を開けると、

6階吹き抜けの部分から明かりが漏れている。



「……起きているのか。」



フロアにわずかな気配がある。

階段を上がると、

書籍コーナーの端で香を見つけた。



壁際にあるテーブルにうつぶせになって、寝息を立てている。

傍らには、銃火器と火薬の専門書に、救急救命の関連書籍。

撩は、時折香がこうして自習しているのは知っていたが、

こうして痕跡をまともに見たのは初めて。



香も、ここに並んでいる資料やらなんやらを

自分が読んでいることを撩に知られるのは

なんとなく抵抗があり、

極力痕を残さないように心がけていた。



既に入浴もすませパジャマ姿、

上着を羽織ってはいるが、この時期この空間はかなり冷える。

「香。」

声をかけてみるが、深い眠りのため無反応。

撩は、そっと左耳に触れてみる。

「冷えてんじゃねえか。おい、香、起きろ。」

「……ん、…え?」



目をパチっと開けて、がばっと上体をおこした香。

「あ、お、おかえり。やだ、いつのまにか、うたたねしちゃって…。」

目をこすりながら、前後の記憶をたぐり寄せる。

「は、早かったわね。てっきり明け方かと思ってたけど…。」

自分を見下ろす撩を見上げながら、香は尋ねた。



「行くとこ行くとこでからかわれちまった。早く帰れって、追い返されたよ。」

「あら、それは残念ね………、って、

ええっ!?お店の人も、もう知ってるのっ???」

「ああ、そうらしい。」



珍しく勘が働いた香は、

撩の一言で、新宿界隈に自分たちのことが

知れ渡っていることを知ってしまった。



「はぁ…。」

大きく溜め息をつく香。



「……ご、ごめんね、撩…。

あたしなんかと、そんなウワサが広がるの、…気分、良くないよね…。」



伏せ目で視線をそらしながらそう呟く。

これには、自分にも香にも少々腹が立った。



「おまぁは、どこまで自分を卑下すれば気がすむんだ?」

「え?」

言葉と同時に左上腕を掴み、立ち上がらせると、ばふっと自分の胸に引き寄せた。

「わわっ。」

「お前がよければ、みんなの前で見せつけてやってもいいんだぜ?」



色気色香のある香を他の連中に見せつけてたまるかという、裏腹な思いはあれど、

香の文言をこの表現で否定する。

撩の腕の中にすっぽりと収まった香は、

突然のハグにまだ頭がついて行かず、目をくるくるさせて撩を見上げる。

冷えていた体が温められる。

冷たい右頬に撩の左手が添えられる。

熱が直接伝わってきた。



「それに、ウワサじゃなくて、事実だろ?」



ゆっくり顔を近づけると、香は肩をすぼめてきゅっと目を閉じた。

アルコールの匂いが近くなる。

「あ、…こっちにしとく。」

その声と同時に前髪をかき分けられ、額に温かく柔らかい感触を感じた。

「え?」

イメージより15㎝ずらされた接触。

瞬時に赤くなった香は、パチッと瞼を上げた。

「風呂入ってくっから、先に上に行ってろ。」

撩は、すっと離れると香を置いて脱衣所に向かった。



でこちゅうだけで真っ赤に熟成してしまった香。

「み、み、みんなの前でなんて、ぜ、絶対ムリっ!」

香はぶんぶんと火照る顔を振る。

しかし、てっきり唇にくると思っていた本日4回目のキスが

おでこに急きょ変更となったことに、

やや驚くも、やはり照れと恥ずかしさで一杯一杯。



「うー、どこのキスでも、やっぱり、心臓が止まりそう…。」



まだドキドキしている胸を押さえながら、

香は、本を戻して書籍コーナーの蛍光灯を消した。




ゆっくり7階への階段を上がっていく。

撩の部屋の扉を開けると、固まってしてしまった。

「先に上がってろって言われたって…。」

まるで男が来るのを待ちわびるかのようなベッドでの待機に

恥ずかし過ぎて、なかなか1人で撩の寝床に入れない。



「ど、どうしよう…。」



しばし、迷っていた香は、何かをひらめいた。

「あ、…そうだ。」

また6階に戻り、書籍コーナーの棚下から、

工具箱を持ち出して来た。

再び撩の部屋に入ると、ベッドのサイドランプを一番明るい照明に調節し、

壁際のソファーの端を押し始める。

「よいっしょっと。」



ずずずずと引きずりながら移動したソファーの下には、

抜け道の四角いフタが出てきた。

香は、上着をソファーの上に放り、抜け穴の入り口をパカと開けた。

以前、2度程トラップで煤だらけになり、

掃除をして以来かまっていなかったのだが、

香は、ここにあるものをしかけようと、工具箱の中から必要な小道具を持って、

ペンライトをくわえ、抜け穴に降りて行った。





一方、撩は脱衣所に入ると、カゴの中を見て、眉があがった。

すでに、着替えが用意してある。



「よく出来た相棒だこと。」



嬉しさに、らしくもなく胸がくすぐったくなる。

しかし、これを全部は使わない予定。

「上にちゃんと持っていくから許してねん。」

ご機嫌モードで、衣類をポポンと脱ぎ、シャワーで髪と体を洗った。



新宿の歓楽街の店舗をハシゴすると、

店内の匂いが意外と付くもので、自分の吸わない銘柄のタバコの匂いに、

ホステスの香水の匂い、食べ物の匂いと、

複数の匂い物質を付けて帰ることになる。

香の匂いを堪能するのに邪魔になるので、なるべく念入りに洗いたい。



それに今の季節、寒くて乾燥する故、

不特定多数の人間が集る場所に長く滞在すると、

余計な雑菌も纏わり付いてくる。

さっきは、つい湿っぽい口づけをしようと近付いたが、

風邪の菌でも連れて帰っている可能性もゼロではないので、

寸前で目標地点を変更した。



香とケジメをつけてからの初めての夜の巡回に、

自分でも驚く程、

これまでと違うことを考えている様にくすりと口角が上がる。



とりあえず大急ぎでシャワーをすませ、浴室を出た。

体や髪を拭くのも省略したい気分だが、

そうもいかないかと、最低限の時間で終える。

トランクスだけ履くと、香の用意した衣類を手に持ち、洗面所に入った。



歯を磨いて、ドライヤーで頭を適当に乾かす。

指先に触れる頭部の傷が、鏡に映る度に、

よくこのラインで皮膚を抉(えぐ)ってくれたものだと、

偶然の弾道に感謝さえしたくなる。



「さて、上に行きますかね。」



首にタオルをかけたまま、撩は廊下に出た。

ふと、おかしな所から、おかしな音がする。

「なんだ?」

上を見上げる。

たぶん、自分の部屋のソファーの下の抜け穴から続く秘密の通路あたりが発信源。

やや足を早めて、自室へ向かった。



「香?」



部屋はベッドボードのライトだけが付いている。

開きっ放しの扉から覗くと、そこには香の姿はなく、ソファーがずらされていた。

四角い穴の脇には電気工具入れ。

撩は、扉を閉めて衣類をチェストの上に置き、ソファーの方へ歩み寄った。



「へ?なにやってんだ?あいつ。」



穴の奥から、金属音と人が動く音がしていたが、やがて一仕事終えた香が、

床からひょこっと顔を出した。

「あ。」

しゃがんで自分を見下げるトランクス姿の撩と目が合う。



「なぁにやってんの、おまぁ。」



そういいながら手を差し出す。

パンツしか履いていない撩の姿に目を開いて驚いたが、

香は目の前の大きな手の平に、

ちょっと照れながらも、ゆっくり右手を出した。



「あ、あのね、侵入者に反応するセンサーつけてたの。」

引き上げられながら、そう小さな声で答える香。

「センサー?」

「うん。」

香は、ぱんぱんとパジャマについた埃を払って、

工具箱にドライバーやらペンライトをしまい込んだ。

その間に、撩はパタンとフタを閉めて片手でソファーを元に戻す。



「ここって、下に抜けられるけど、

逆から人が上がって来たとき警報がなるようにしたの。」

「ふーん。」

撩は、どさっとソファーに座った。

このタイミングで何をやってんだかと、若干困惑したが、

この部屋で大人しく待てるまでに至っていない香の心理を読み苦笑した。



「こ、これ、しまってくるね。」

香は、工具箱と電気工具セットを持ち上げようとしたが、

ものを手に取る前に、撩に体ごと引っ張り込まれた。



「んなの明日でいいって。」

「あっ。」



2人の声と、体がぶつかり合う音が重なった。

「ったく、風呂上がりに、体が冷えることばっかりしやがって。」

撩が香の背もたれになっているような体勢に、香はわたわたと暴れ始める。

「ちょ、ちょっと、撩!」

背中に当たる大胸筋に、腰に巻かれた太い腕、

自分の太ももの外側と撩のそれの内側が密着する。

撩は香の右耳の後ろに鼻を埋めた。



「な、なんで、あんたパンツしか履いてないのよっ。ちゃんと服置いてあったでしょっ?」

赤くなりながら、くすぐったさで身を捩る。

「だぁーって、すぐ脱いじゃうんだもん。」

そういいながら、後ろから撩の熱い唇が香の首筋をゆっくり往復する。



「…っあ。」



撩の腕が、後ろから自分の体を包みながら広範囲をさすり上げる。

腰の部分に熱い物がつんと当たる。

それに気付いた香は更に赤さを増す。



「これから、冷えた香ちゃんを、

ゆーっくり、あっためてあげようかと思うんだけどぉ。」



耳朶に唇を寄せながらそう言う撩。

どっかで聞いた台詞だわと、思い返しつつも、

香はその意味を掬い取り、

恥ずかしさと緊張で体がピキンと硬くなる。



「この提案、反対?」



ちょっと意地悪っぽく尋ねる撩に、

香は、これは同意を確認してるんだと、なんとなく感じた。

これまでも、毎回自分の意思を伝える機会をもらっている。

撩の気遣いに、胸の奥がきゅうっと絞られる。

喉の奥がつまってしまい、うまく声が出せない香は、

目を硬く閉じたまま、ふるふると首を小さく横に振った。



撩のふっという呼気が耳のすぐ傍で聞こえる。

「んじゃ、ベッドに行くか!」

そういいながら、撩は香の顎を救い、唇に吸い付くと、

そのままお姫様抱っこで抱き上げて、ベッドに向かった。



「ん、んん…。」



口を合せたまま、そろりと降ろされる。

ぱさりと毛布がかけられ、照明も暗く落とされる。



「今日は、1回だけな…。」



夕べはきつい思いをさせたのではという反省の色が混じる声色。

唇を合せたまま、そう言う撩に、香は異論を言いたかった。

「りょっ、…んんん。」

深く塞がれた口から言葉を出すことを許されない。

髪や体をなでられ、もう体温がかなり上がって来た。

「ふぅ、……んん。」

ちょっとだけ、力を入れて顔を動かし、しゃべらせて欲しいと、

撩から唇を離した。



「っは…、りょ、…あ、あのね、き、気を使わない、で…。」

「香。」

「……りょ、…の、す、好きに、して、…ぃぃ、から。」



撩に組み敷かれている香は、

真っ赤になりながら慣れない言葉を、途切れ途切れに紡ぐ。

(まーた、こいつは、自分のことを二の次にすることばかり考えやがって…。)

「……だから、好きなようにさせてもらうって、前も言っただろ?」

撩は、そう言いながら香の耳介に唇を這わせる。



「あんっ。」



(おまぁの、好きにしてというセリフがどんなに危険か分かってねぇーんだろうな。

ボクちゃん、暴走しちゃいそう〜。)

「今日は何しよっかなー。」

おちゃらけ口調気味で、

香のくせ毛を撫でながらまた唇を重ねる。



今晩で5回目のベットイン。



まだ慣れない香に、嫌がることはしたくないし、させたなくもない。

香の許容範囲をゆっくり経過観察をするつもりだが、

その一方で、自分の欲もどうしようもなく膨らんでいる。

今回は、どこまでステップアップするかと、

甘い口腔を味わいながら、

撩は香の纏うものを

まずは下からゆっくり取り去っていった。


*******************************************
第14部(1)へつづく。





カオリン、
ほぼ連日でもまぁ〜だ疑問を持たずにこんなものだと思っています(合掌)。
当サイトでは、撩の頭の傷は、
きっとあの神宮寺諒一の証拠の一つであるハゲを消してくれたと推察しております。
(「ハゲなかったよ 確か」ってあーゆー会話で「確か」って言わないんじゃないか?と)
知らなかった家族(の可能性大)の出現に、寄り目のシーンが多かったのも、
撩もほぼ確信していたのかも。
言い逃れが一応傷のお陰で出来たとはいえ、
当時DNAでの検査技術がどこまでたぐれるものかは、きちんと調べておりませんが、
もし神宮寺のじいさんが、
DNA鑑定をさせてくれと迫ったら、撩ちん逃げられんかったかもな〜。
(あ、やつならサンプルを取っ替えるのはワケないか)
複雑な思いはあれど、
ただ危険にさらす家族を増やさずにすんだというところは、
まさにファルコンがつけた傷は感謝ものかもしれません。
ちなみに撩の部屋のソファーの下の抜け穴は、
氷室真希編と神宮寺遥編の時に爆発して撩がすすだらけになっています。
一体どこにつながっているやら〜。

13-12 Arexander

第13部 A Week After The Okutama Lake

奥多摩から7日目


(12)Alexander ****************************************************************1762文字くらい



路地裏から地下に続く階段を降りて行くと、

重たいマホガニーの扉がある。

カランとドアベルが音を立てると、

手から離れた扉はゆっくりと閉まった。



薄暗い店内。

客席も少なく、先客は会社勤め風の男2人の1組だけ。

殺気もなく、武器の所有もない、匂いもただの一般人。



初老のマスターが落ち着いた様子で、

撩を迎え入れた。



「いらっしゃいませ。

そろそろお越しになるかと思っていました。」



撩は、返事をしないまま、カウンターの一番奥に腰をかけた。

重低音のゆっくりとしたジャズが静かに流れる。

おしぼりとつまみのナッツをテーブルに置きながら

マスターは撩に視線を送る。



「ここにいらっしゃるまで、大変だったでしょう…。」



まるで、撩がどこで誰に呼び止められ、

何を言われたか、

全てを分かっているような口調。



「……まぁね。」



ピスタチオを割って一粒口に放り込む。

このセリフがマスターから出るということは、

撩とゆかりのある新宿の面々が、

すでに共通の情報を持っていることは間違いない。

秘密にするつもりはないが、伝播の早さに苦笑する。



「これは、お祝いです。」

すっと、差し出されたショートカクテル。

「……アレキサンダーか。」

「いわれの説明は不要ですね。」



撩は、ふっと顔を緩めた。

「結婚したって訳じゃないんだぜ。」

「意味合いは、限りなくそれに近いと思いますが…。」



アレキサンダー、

ブランデーベースのカクテルで

生クリームとカカオの甘さが酒の個性と調和する。

イギリスのエドワード7世と

デンマークのアレクサンドラ王女の婚姻の時に作られたことに由来する、

祝杯のカクテル。

結婚祝いに作られることが多い。

撩向けに、生クリームは少なめに、カカオも苦めで調節してある。




「この味は、アイツ向きだな。」

くっとグラスを傾け、撩が呟いた。

「是非、一緒にいらして下さい。

…たぶん、他のところでも同じことを言われたかと思いますが。」

「まぁな。」

「……先日、ミック様がいらっしゃいました。」

「ミックが?」

「あなた様のパートナーを狙う輩(やから)が増えるかもしれないから、

注意をしておいて欲しいと。」

「……あいつめ、余計なお節介を。」

「私どもは、言われる前から常にそのつもりでございますので。」



撩は、頬杖をついてふっと口角をあげた。

「あいつには、っんと保護者が多いなー。」

「みなさん、香さんの笑顔と心使いに救われている者ばかりですから。」

マスターはグラスを拭きながら穏やかに語る。



「……よくぞ、決心をなさいましたね。」



撩が、日本に辿り着いてから間もない頃からの付き合い。

微妙な距離感を知っているマスターだからこそ、

撩とここまで話すことができる。



「……決心、ね。」



頬杖をついたままの撩は、また一粒口に入れた。

「……お子様のことは、ダウトですよね。」

「ぶっ!」

ここでも出てきた香懐妊説に吹き出す。



「なぁーんで、そこまで話しが飛躍するかなぁー。」

「みなさんの希望的観測が強いんでしょう。

あなた様が、あちらこちらで、子作りが得意だとおっしゃっていたので、

色々な意味で期待されているかもしれませんね。」

こめかみを押さえる撩。



「どうします?ウワサの否定を流しておきましょうか?」

微笑みながら、さっきの経営者の男と同じことを尋ねるマスター。

みんな撩と香を想ってのこと。



「あ、いや、ほっといていい。」

「承知致しました。」

撩は、カクテルの残りをすっと飲み上げると、かたりと席を立った。

「ごっそさん。また寄らせてもらうよ。」

「お待ちしております。」



敬意を露(あらわ)に、腰を曲げるマスター。

カランとベルが鳴った時は、もう撩の姿はなかった。



「お幸せに…。」



マスターはドアを見つめながらそっと呟いた。






「お、もうこんな時間か。」

撩は、通りにある街頭時計を目に入れ、足を早めた。

以前だったら、朝まで店をハシゴすることはごく普通のことだったが、

今日は、日付が変わる前に帰りたい。

必要なことはすんだ。

人目に触れない場所を選びながら、アパートに向かう。



(途中で会った連中、みんな同じことばかり言いやがるからな。)



帰る場所に、香がいる。

それだけで、足取りは軽くなる。

アパートの前まで来ると、見上げた6階の電気は消えていた。



「もう寝てるか。」



撩は、ふっと軽く息を吐き出し、

いつも通り「我が家」へと続く扉を開いた。


**************************************************
(13)へつづく。





ここのお店は、名称未設定〜。浮かばんかった…。
アレキサンダー、生クリーム入りなんて、
撩に飲ませるには女性向け過ぎるカクテルだったかもしれませんが、
他に、祝杯の意味があるカクテルを見つけきれんかったもんで〜。
詳しい方がご覧になったら、失笑モンかもしれませんが、
許して下さい。
(いや、カクテルに限らずきっといろんな表記にボロがあるはずっ)
前回の生き物の名前が使われた看板のカットは、
完全版20巻、神村愛子編第206話のp213に描かれています。

13-11 Night Patrol

第13部 A Week After The Okutama Lake

奥多摩から7日目


(11) Night Patrol ****************************************************4944文字くらい



ポケットに手を突っ込み、

アパートの階段をとんとんとんと降りながら、

撩はふぅと小さく息を吐き出した。

外での食事だったら、明日の夜にでも先送りするつもりだったが、

自宅で夕食を済ませられたので、

久しぶりに歌舞伎町へ向かうことにする。



「ったく、危うくソファーで襲っちまうところだったぜ…。」



冷たい空気で、自身の体を冷やしながらアパートを出る。

まだまだウブな香のことを考えたら、

明るいリビングで合体というシチュエーションは、

嫌がられるに決まっている。

無理強いはしたくない。



しかし、それを優先させるのに、

撩も結構な努力を強いられているのも事実。

ネオンが瞬く夜の新宿、歩道をがに股猫背のだらしな系で歩きながら、

頭の中は香のことで占められている撩。



「ボクちゃん、いつでもどこでもモードなんだけどねー。」



思わず呟きが漏れる。

本当は、キッチンでも、玄関でも、リビングでも

場所を選ばずに香に深く触れたい欲が、

まるでビーフシチューを弱火でぽこぽこと加熱しているように、

熱くくすぶっている。



しかし、香が超恥ずかしがり屋であることは、十分承知しているし、

もちろん経験が浅いことも分かってはいる。

そんな香に、自分の基準でこの欲を押し付ければ、

それこそ槇村が枕元にやってきて、

苦情を言うに違いない。



「ゆーっくりいこうな…。」

自分の息子に視線を降ろし、念を押す。



「なぁに?リョウちゃーん、にやついた顔してぇー。」

「へ?」

いつのまにか歓楽街に入り、若い女に声をかけられた。

ここは「キャバレーうさぎちゃん」の店の前。

「あら、アイちゃん、だっけな?」

「ねぇー、最近、ちーっとも、お店に来てくれないじゃなぁーい。」

バニーガール姿で呼び込みをしている顔馴染みのコだ。

ただ、彼女は撩が殺し屋をしていることはまだ知らない関係。



「そぉーだっけかぁ?」

「今日は、寄ってってよぉー。」

腕にすり寄ってくる。

香水と化粧の濃い人工香料が鼻をつく。

香以外の女の匂いが近くになり、

この7日間、いかに外歩きしていなかったか実感する。



「そぉーだなぁ、ざっと見回ってから寄ってみるかな。」

すると奥から、オーナーのママさんが出てきた。

「あらっ!!リョウちゃーん!聞いたわよぉー!

おめでとうっ!みんな喜んでいるわよっ!」

恰幅のいい厚化粧の熟女が、撩の背中をバシッと叩きながら唐突に祝いの言葉を投げかける。

「ってえ!」

「ママ、おめでとうって?」

バニーちゃんがキョトンとする。



「スーパーで買い物する2人見て、みぃーんな間違いないって言ってたわよぉー。」

にやにやしながら、にじりよってくる店のママ。

「な、なんのことだよっ!」

主語が明確にされていないことをいいことに、ここはごまかしたいと思ったが、

馴染みの店だけあって、ずかずか言ってきた。



「リョウちゃぁ〜ん、

香ちゃんを悲しませるようなことがあったら、承知しないからねぇー。」

ゆっくり紡がれた聞き覚えのあり過ぎるセリフに、

撩もウワサの伝搬の早さを知った。



「あーん?いつもハンマーくらって悲しんでいるのはオレのほうだぜぇ。」

「馬鹿おっしゃい!嬉しくてわざともらってるクセに!

ほら、さっさと用事すませたら、早く家に帰んなさいっ!この辺は特に変わりないから!」

背中をまたバシッと平手で叩かれた。

「った!」



これまでの撩と香の関係と、

撩の巡回目的を十分承知しているからこそ出てくる配慮の言葉。

「じゃあね!リョウちゃん、今度は2人で来なさい!」

そのまま追い立てられるかのように、店から見送られた。



「な、なんだよ…。どーゆールートで広がってんだぁ?」

この店のママがあのことをもう知っている、もしくは勘付いているとしたら、

この界隈の馴染みの連中には、

しっかり共通の話題になっている可能性が高い。



「一週間でこうかよ…。」



香がシティーハンターの女になったという情報が、

すでに共有されている。



覚悟はしていたが、思った以上に早いことに正直驚く。

とりあえず歩みを進める。

いつものナンパモードで、すれ違う単独の女性に声かけ開始。

自分のことを知らない素人で且つ高飛車系に目を付けた。



「そっこの、もっこりちゃーん!ボクちゃんとお茶とホテルでもどぉ〜お〜?」

接近したとたんに、飛んでくるオーストリッチのショルダーバッグ。

「ぐへっ!」

「…このヘンタイ、これ以上近づくと警察呼ぶわよ。」

セミロングのお姉さんは、強気でそう言うとスタスタと去って行った。

とりあえずいつも通り道化師を演じてみる。




「あら?リョウちゃん!おひさー!いいの?香さん、ほったらかしてぇ?」

路上で顎を押さえて座り込んでいたら、また客寄せの女に声をかけられた。

比較的よく裏の情報をやり取りする店「集英ミュージックホール」の娘だ。

「いいの、いいのぉー、今日は誰ちゃんが入ってるぅ?」

いつもの口調の、スケベオヤジモードで、肩を抱き寄せ

店の中にそのコと入る。

香と感触が違うとすぐに脳が反応し、心地良さの違いに苦笑する。



「リョウちゃん!」

オーナーであるやや痩せ気味の中年男が、受付カウンターから驚いてこちらを見る。

「よ!」

「よ、じゃないわよ!何こんなところで遊ぼうとしてんのよ!

さっさと家に戻りなさい!」

オネエ言葉はいつものこと。

「へ?」

「え?」

呼び込みをしていたコも驚く。

折角捕まえた客を、顔を見るなり追い返そうとするオーナーに理解がついていかない。



「今は、大事な時期でしょ!

このところ、怪しい話しはないから、今日は早く帰ってあげなさい!」

「何?大事な時期って?」

呼び込みのコが疑問を口にする。

ポカンとしている撩にカウンターの男は、撩に顔を近づけ小さく耳打ちする。



「香ちゃん、赤ちゃん出来たんでしょ?とにかく安定期に入るまでは、そばにいてあげなきゃ!」

「はぁあああああっっ!?」

これには、撩も驚いた。

「ちょっ、ちょっと待てっ!一体何でそんなウワサがあるんだよ!!

香は妊娠してねぇーって!!」

ツバを飛ばしながら、撩は真面目に焦った。



「え?違うのぉ?」

オーナーの男は、まだ疑いの目で見ている。

「だって、駅であなたたちを見かけた店のコが、

リョウちゃんが香ちゃんをかばうように歩いていたとか、

一緒に買い物をしている時も守るように寄りそって歩いていたとか、

すっぱいものを選んで買っていたとか、

車でキスもしてたって聞いたわよっ!」



早口で語られる手持ち情報の公開オンパレードに、

撩は、直立硬直したままバタっと床に倒れた。

うつぶせの背中にまだオネエ男のセリフが投げかけられる。



「リョウちゃんさぁ、このところ夜に全然出て来なかったから、

みんなリョウちゃんが香ちゃんを孕(はら)ませたんじゃないかってウワサしてるのよぉ。」

がばっと起き上がる撩。

カウンターに両手を付いて男に詰め寄る。

「香は、まだ妊娠しちゃいねぇーっっっ!何なんだよ!そのウワサはっ!」

撩の反論をよそに、オーナーはにやりとした。

「『まだ』って言ったわよね…。」

撩は、はっと身を引いた。

「リョウちゃーん。」

「……は、は、は、はひ…。」



「香ちゃんを、泣かせるようなことはしないでよ…。」

ふっと穏やかな表情になった男は、

このやり取りで概ねを理解した。



「あたしたちは、あなたたちの味方だから、ね!

でも、これでよぉーやく心配事が一つ消えたわ。」

そう話しながら、あれを店員に指示を出す。

「このウワサ、そのままにしといたほうがいい?

それとも違うってこと、ちゃんと広めた方がいい?」

いい終わるか終わらないうちに、

すっと受付カウンターにスコッチの水割が乗ったトレーが差し出された。



「これは、あたしからのお祝い。」

立ちすくんでいた撩も、ふうと肩を降ろして、受付の台に寄りかかった。

「……早く帰れって言ってなかったけか?」

すっと口をつける。

「だから、さっさと飲んで帰ってあげて。」

長い付き合いに、頭のいい男、もうこれ以上のごまかしは必要ない。



喉にアルコールを流しながら、撩は考えを巡らせた。

自分たちがケジメをつけたことを、

この1週間で背びれ尾ひれ付きで広がっている。

しかし、香懐妊というネタまで飛び交っているとは想定外。



(けじめ付けてから1週間やそこらで、妊娠が分かる訳ないちゅーのに!

しかも新宿近くでの車内ちゅーは今日の夕方だっつーのに、

一体誰が見てたっちゅーのっ!油断もスキもねぇ!)



少し迷う。

香が自分の子を宿しているというウワサは、

はっきり言って香が狙われる確率を高くする。

妊婦を危険な目に遭わせる方が、

自分へのダメージを大きくできると考えるバカが多いからだ。

しかし、ここでまた否定のウワサを流しても、また内容が湾曲されるだろう。

この先、ゼロではない可能性に、今のうちに混乱させておけば、

いざ本当にそうなった時、

まわりの目をある程度ごまかせるかもしれない。

脳内でかなりの早さで総合判断のイメージを作る。



「いや、ウワサはそんまんまでいいよ。」

「え?いいの?」

意外な答えに男は目を見開く。

「どうせ、こっちが何言っても、どうせまた付録付きでウワサされるのがオチだろ。」

オーナーは、ふっと微笑む。

「でも、ほんと、よかったわ。」

「っしっかし、誰だよ!言い出しっぺはぁ。」

「あら?同時多発的よ。この何日か、あなたたちを見かけたヒト、

みんなが、今までと違うって言いあいこしてたもの。

そこに、リョウちゃん、このところ夜こなったから、

余計に確信を持たせたんじゃない?」

「はぁ…。」

短く溜息をつく。



撩は、残りの琥珀色の液体をくっと飲むと、

寄りかかっていたカウンターからかたりと離れた。

「ごっそさん。また、何かあったら教えてくれや。」

「今度は香ちゃんも連れてらっしゃい。」

「あー?女連れじゃこれない店だろうが。じゃあな。」

撩は、背を向け片手をひらひらさせながら、ガラス戸を押して出て行った。



「はぁ。まったく、この界隈の奴らは…。」



この調子じゃ店の前を歩く度に、同じことになりかねないので、

撩は路地裏を中心に巡回を始めた。

主な目的は、香を狙っているオバカがいないかどうか、

店の入れ替わり、オーナーの変更、情報屋の生存確認といったところ。

ついでに、街の中に隠してある銃器のチェックも忘れない。

1、 2時間かけてゆっくり見て回る。






「ま、こんなもんか。」

巡回に一区切りをつけた撩。

とあるビルの狭間で男に声をかけられた。

「よお、撩ちゃん。」

「薮さん、最近はどうだ?」

隠されない気配で、随分前からその接近には気付いていたが、

にやりとする口元はいつもどおり。



「歯の調子悪いがな。なに、年じゃから仕方ないわ。」

「この1週間、何か変わったことはなかったか?」

「ふ、変わったのは撩ちゃんたちだろ?」

「まぁーた、その話しかよ。」

「お前さんたちを知っている連中は、みなその話題で持ち切りだよ。」

「俺らは、俺らだよ。何も変わってねーよ。」

まだ、ぼかそうとする撩に溜め息を吐きながら薮は答える。

「…みんな、香ちゃんを守るつもりで、気合い入れてアンテナ張ってるぜ。」

「は?」

「みんな、分かってるんだよ。撩ちゃんが今まで、香ちゃんをなぜ女扱いしていなかったか。」

「そりゃ、筋金入りの男女…。」

みなまで言う前に薮が止めた。

「撩ちゃんっ!」

「な、なんだよ。」



「……よく決心したなぁ。もう、俺ぁ思い残すことはねぇ。」

ぐずっと鼻を汚れた手で押さえ、目頭を潤ませた。

撩は、もうここでもごまかしが効かないことを悟る。

「なんだよ、薮さん、大袈裟だぜ?」

「どこが大袈裟なもんか。この世の一番の心残りだったんだぜ!

もういつでも死ねるぜ。」

「おおっと、簡単にくたばってもらっちゃ困るぜ。まだまだ働いてもらわねぇーと。」

「へへ、ちげぇねぇ。今んところ伝達できるような情報はねぇから、

早く香ちゃんのことろに戻ってやんな。」

「まったく、この1時間で何回同じセリフを聞いたことか。」

「っじゃあな、撩ちゃん、幸せにな!」

藪はそう言いながら、

老体とは思えない足取りでスタスタと表通りへ戻って行った。



「あーあ、みんなして同じことばぁーっか言いやがって。」

頭の後ろに手を組んで、伸びをしながら歩き出す撩。



「あそこだけ寄って帰るか…。」

撩は、この街に来て以来、回数はそう多くないが、

長いこと通っている小さなバーへ進行方向を変えた。


***********************************
(12)へつづく。





「キャバレーうさぎちゃん」と「集英ミュージックホール」は
冬野葉子編第146話で出てくるお店と歩くコースを再利用させて頂きました。
原作に出てくる風景の中のお店の名前も
なかなか面白いもの揃いで、アシさんの遊び心を力一杯感じます。
生き物好きとしては、一番受けたコマが
「クマさん会計事務所」「犬商会」「キツネ美容院」「アザラシ英会話」「オオアリクイ」の
看板が並んでいるシーン。
どこにあるかは次回のあとがきもどきで〜。

【Sさん感謝!】
修正いたしました!
ご連絡ありがとうございます!
2013.12.24.07:46

13-10 Do You Like Long Hair?

第13部 A Week After The Okutama Lake

奥多摩から7日目


(10)Do You Like Long Hair ?  ********************************************2283文字くらい



「撩、コーヒー持ってきたよ。」



食事と片付け、翌日の準備ができたところで、

香はコーヒーを運んだ。

「ああ、サンキュ。」

リビングのソファーの短辺で、雑誌を読んでいた撩。

実は、H本の間に挟んで、まじめな経済誌が隠されているが、

それをそのまま挟み込んでソファーの裏へしまい込んだ。

ガラステーブルの上に差し出されたカップに手を伸ばす。

湯気に乗って香り高い芳香が漂う。



「ほんと、美樹さんのところのコーヒーって落ち着くわぁ。」

長辺側に座り、すっと口をつける香は、そう呟いた。

(おまぁが、いれてくれるからうまいんだぜって、…やっぱ言えねぇよなぁ。)

言いたい言葉を飲み込んで、撩もくっとカップを傾ける。

お互いの2口、3口とすする音が耳に届く。



ふと香がカップを置いて、口を開いた。

「……ねぇ、撩は髪の毛長い方が好きなの?」

「な、なんだぁ?いきなり。」

口に運んだコーヒーを吹き出しそうになった。

「昔のことだけどさ、あんた、あたしがウィッグつけた時、

2回くらいもっこりしてたわよね。」

「ごほっ!ぐほっ!」

最後の一口が食道でないところに入り、思いっきりむせた。



「ちょ、ちょっと何咳き込んでんのよっ!」

香は自分のカップをテーブルに置いて、コーナーに腰をずらして、

撩の背中をぽんぽんと叩く。

別にこれで何かが改善するという訳ではないのを分かってはいるが、

反射でしたくなる行動の一つ。



ちょっと涙目で、顔を片手で押さえている撩。

指の隙間から、ちらりと香を見る。

「そーゆーのが、むぼーびっだっちゅうーのに。」

「え?」

次の瞬間に聞こえたどさっという何かが落ちる音。

自分の背中とソファーが平行になっていることに気付くのにワンテンポ遅れた。

撩に見下ろされ、両手首を掴まれている。



「……ここで、おまえと過ごす度に、何度押し倒そうと思ったか…。」



そう懐かしそうな表情で穏やかに言葉を紡ぐ撩。

「りょっ…。」

瞬時にアメリカンチェリーのごとく濃い赤に染まった香を

優しい目で見つめる。



撩の右手が香の左手首をつと離れ、上腕へゆっくりと手の平を滑らせ、

肩をくるりと撫でて、首筋を上がり、

耳をかきあげながら、柔らかい茶色のくせ毛に指を絡ませた。



(ひゃあぁぁぁ。)



香は、目をきゅっと閉じて、

ぞわぞわと駆け巡る心地良い感覚に、身を硬くして耐える。

大きな手で香の髪を何度も優しく梳く撩。



「長くても、短くても…、お前が香であればいいさ。」

「ぇ?」

パチっと目が開く。



「でも、こうして遊べるのは捨て難いなぁ。」

そう言いながら、香の髪を両手でくしゃくしゃくしゃとかき混ぜた。

「あ!ああーっ!な、なにすんのよっ!」

想像以上にわしわしされて、香も素で驚く。

起き上がろうとして、撩の腕を掴みどけようとした。



とたん、大きな両手で頭を包まれ固定され、

そのままソファーに押し付けられたかと思ったら、

唇も押し付けられた。

「んんーっ。」

ずしりと撩の体重がかかる。

足は2人とも床に着いているから、

上半身だけの負荷のはずだが、存在感と連動して大きな質量を感じる。

肺が自由に上下できない。

おのずと口を開けて空気を求めてしまう。

そこに、撩が深いキスをしてくる。

さっきまで味わっていたコーヒーの風味が鼻に抜ける。



撩の腕を握っていた指に力が入り、Tシャツにしわがよる。

角度を変え、複雑な動きで吸い付いてくる撩の先制攻撃に、香はなす術がない。

鼻での息が追いつかなくなる。

接触しているお互いの胸部から心音が叩き合っているのが伝わってきた。



「ふ……、く、る、…し。」



ふわりと唇を離した撩は、また髪に指を滑らせるように撫でた。

「ここでは、まだ早い、か…。」

「はぁ、…はぁ、…は、…ふ。」

(はぁ?『ここでは』って?)



解放された口から必死に酸素を取り込もうとする香を見下げながら、

撩はゆっくりと上体を起こした。

同じ早さで、香の両肩を包んで、そっと起き上がらせる。



「というワケでぇー、

撩ちゃんはぁ、長くても短くてもどっちでもいいけどぉー、

いじって遊べる方が楽しいなぁー。」

そう明るく言ったと思ったら、また髪をくしゃりとかき回し、

すっと立ち上がった。

ソファーにかけてあった上着をひょいっと指にひっかけると、

まだプスプスしている香の前髪をかきあげ、

額に唇を寄せた。

「ひゃあっ!」

「香ちゃん、ボクちゃん、ちょっくら出かけてくっから、

撩ちゃんの部屋で大人しく待ってろよぉ。」

ふんふんと、ご機嫌よくリビングから出て行き、パタンと扉が閉められた。



「はぁぁぁぁ…。」



香は、そのままどさっと、また横向きにソファーに倒れ込む。

「き、聞かなきゃよかった…。ば、か…。」



翻弄されっぱなしの状態に嬉しくもあり、悔しくもあり、複雑な気分。

そう考えながら、きっと撩が出かけたのは、

1週間おざなりにしていた、

夜の街の情報収集に違いないと確信する。

手抜きをする訳にはいかない仕事の一つだと、

夜に出かけない撩を、撩らしくないとも感じていたので、

いつも通りの動きに、

半ば安堵も気持ちもちらりと片隅に出てくる。



しかし、まるで触り逃げのような状態で放置されてしまった香。

あのキスのまま、続きがもしかして、このまま進むのかと、

少しだけ覚悟をしていたが、逆に距離が広がってしまう。



クーパーの中で、階段で、ソファーでと繰り返された甘いキス。

香は、着火された火をどうやって鎮火させるか、

心拍が荒らぶる中、座った姿勢でソファーにうつ伏せになったまま、

とにかく、

体温が下がるのをただひたすら待つのであった。


************************************
(11)につづく。






完全版8巻の巻末に、「もっこり美女ランキング」が公開。
で、カオリン堂々の1位で撩ちん10回もっこりしていることになっています。
振り返って見ました。
明らかにカオリンにもっこり反応していたのは…、
(1)冴羽アパート初日の夜の添い寝
(2)ノーヘルでバイク2人乗り
(3)ジェネラルから逃走中のお姫様抱っこ
(4)アルマ女王編の変装カオリン
(5)悦子ちゃん編の変装水着カオリン
(6)絵梨子編の水着カオリン
(7)銀狐編の路上横たわりカオリン
(8)銀狐編の最終話でカオリンのレオタードヒップ
(9)拓也が撮影したポラロイド
と、9回までは拾えたんですが、あと1回分が見つからず!
一体どこなんだぁ〜?

【修正しました!】
Sさん、こちらの煎れるも訂正しましたっ。
ご連絡ありがとうございます!
2014.01.18.00:44

13-09 Seven Time Dinner

第13部 A Week After The Okutama Lake

奥多摩から7日目


(9)Seven Time Dinner   ***************************************************3990文字くらい



「さぁて、今日はどうやって、上まであがろっかなあーっ。」



アパートに着き、車庫のシャッターを閉め、クーパーに鍵をかけると、

助手席から出てきた香に、撩はつと詰め寄った。

「え?…あ、…ぅ。」

まだ、若干気分がブルーなままの香。

鼻が付きそうなくらいの超至近距離に、思わずのけぞるが、

ミニの車体が邪魔をしてそれ以上体を動かせない。

しかも撩の表情はおふざけでなく、

香が弱い少し笑みの混じったノーマルの真面目顔。

顎に温かい指がつと引っかけられた。



「んんっ…。」



唇が触れる直前に慌てて瞼を落とし、甘い衝撃に必死に耐える。

「1週間前と一緒でけってーい♡」

口を合せたまま撩はそう言うと、真っ赤になった香をひょいを担ぎ上げ、

そのままスタスタと階段を昇り始めた。

歩く震動が、接触している唇から一緒に伝わってくる。



奥多摩から帰ってきた時、同じように家の扉まで昇っていった。

しかし、今回はその時より深く撩が入ってこようとする。

火照る香の体を支えている右腕も、あの時より、香を寝かせる形になり、

前は撩の首にまわしていた香の腕も、撩の腕に必死にしがみついている。



「ふ…、う…、…んん。」

体が熱くなる。

「りょ…。」

少し隙間が出来た口から、思わず名が零れ出た。

「……気分転換できたぁ?」

唇を合せながら、そうおちゃらけて聞いてくる撩。



もう玄関前に着き、

撩の左手が香を支えたまま器用に動き鍵を開けられる。

「足、気ぃつけろ。」

ドアの端にぶつけないように注意が促され、

香は伸び気味だった膝小僧から下をくっと下方に向けた。

やっと上体を起こした撩は、香を抱き上げたまま、くるりと半転して、

玄関に入った。

「ほい。」

静かに降ろされる。



ずっと目をきつく閉じていた香は、ゆっくり瞼を上げる。

「はぁ…。」

少しよろけてしまい、撩の腕をひしっと握り込む。

「…な、なに、考えてんのよ、あんたは…。」

真っ赤な顔をしたまま、やや荒くなった息でそう聞き返す。

「んー?だから気分転換♪」

ふらつきながら靴を脱ぎ終わると、用意されたスリッパに目を見開く。

撩はもう自分のそれを履いて先に階段を上がろうとしている。



「ほんっと、信じらんないっ……。」



前はこんな気遣い、自分には絶対するようなヤツじゃなかったはずと、

家に戻ると余計に、あの奥多摩前後の変化について行けず、

驚き、混乱し、たじろいでしまう。

「かーおりーんー、早くメシにしようぜー。」

呼ばれて、はっと我に返り、溜め息をつきながら自分も撩の後を追った。



赤らめた顔で広い背中を見つめながら、

あのことは聞かなければよかったと、

さっきのことを未だに後悔していた。

今や、発信機と盗聴器を携えるのは日常ではあるが、

意識をしていなかった時、漏れ出た音はもう戻せない。

撩の気遣いがまたちくりとくる。

自分を守るために施されたものであるのに。



(ごめんね、撩…、もう、あの時のようなことは考えてないから…。)

きゅっと目を閉じ、心の中でそっと詫びる。



「メシの準備はすぐ出来んだろ?」

廊下を歩きながら、振り返り気味に撩が尋ねてきた。

「え?あ、うん、全部温めるだけだから…。」

「んじゃ、りょーちゃん、とーいれっ!」

そのまま撩は脱衣所の方向に、がにまたスタイルで進んで行った。




「……さっさと作ろう。」

香は、キッチンに入ると荷物を置き、

手を軽く洗って、エプロンを素早く身に付けた。



コンロに火をつける。

ハヤシライスを温める鍋、ミニハンバーグを焼き上げるフライパン。

その間に、先に卵をとき、冷蔵庫からサラダの材料を出して、

カットと盛り付けをささっと済ます。

レンジでご飯とスープを温め、

別のフライパンを用意して、強火で熱したら、オリーブオイルを馴染ませ、

半熟プチプレーンオムレツを作る。

平皿に盛ったご飯の上に、ハンバーグとオムレツを乗せ、

ハッシュドミートをかけ流せばほぼ完成。

彩りに鉢からちぎったイタリアンパセリを飾る。

スープを配膳すれば、いつもの食卓が整った。



そこへ、撩がキッチンへ入ってきた。

「お!前より豪勢じゃん。」

顔を明るくして席につく。

香はドレッシングをテーブルに置いて、ヤカンに弱火で火をかけた。

「じゃ、食べよ。」

香がエプロンを外しながら席につくと、撩は『待て』も出来ないとばかりに、

スプーンに手を伸ばした。

「いっただっきまーす!」

いつものように、がつがつとスプーンでかき込み、頬袋を膨らませている。



「あー、あんた、お昼ごはん満足に食べずに席立っちゃったから、

お腹減ってたんでしょ。」

「んあ?」



香は、撩が数人分食べることを見越して作った豚汁が思いの他余ったので、

かずえ達の夕食の主菜を煮込みうどんに変更したのだが、

撩は、教授の話しを嫌がっておかわりをせずに逃げたのだ。

それを思い出して、今の撩のがっつきように納得する。



「べぇっつにぃ〜。」

もしゃもしゃしながら答える撩。

「ボクちゃん、いざとなれば、3、4日食べなくても平気だもーん。」



お気軽モードで返ってきたそのセリフにギクリとする。

教授宅で、何度か話題に上がった戦場での食生活。

満足に食べられることからは縁遠い世界。

そんな場所で、育ってきたとなれば、今のセリフも当然、

そんなことを考えながら、香は自分の前の食事を見つめた。



「……そうね、…食べられるだけ、有り難いわよね。」

ぱくっとハヤシライスを口に運ぶと、

いつもより何となく味わい深く感じた。

それが、ましてや愛しい人と囲む食卓であればなおさら贅沢さが増す。

お互い、生きて屋根のあるところで、温かい食事をすることが出来る、

今までごく当然と思っていたことに、

無性に感謝の念が湧いてきた。

誰のお陰で今、こうしていられるのか。

香は、じわっと頬を赤らめた。



「んあ?どーかしたか?」



視線を上げた撩が目を少し大きくして香を見る。

「え?…う、ううん。な、なんでもないよ。」

赤い顔のままぶんぶんと首を振る香に、きょとんとしながらも、

既に皿をほぼカラにしている撩。

「あ、お、おかわり、あるわよ。」

「たのむわ。」

香が立ち上がりソーサーを受け取る。



正直、嬉しい。

自分が作った物におかわりを求められることは、

兄と暮らしている時もそうだったと思い返す。

同じセットを用意している間に、撩はさっさとサラダを平らげてしまい、

おかわりを受け取った。



「はい、どうぞ。」

「サンキュ。」

つと触れた指先に、またドキリとする。

肩が揺れた香を見て撩も薄く笑う。

「おいおい、皿落とすなよ。」

「あ、ご、ごめん。」

慌てて片手を添え、丁寧に渡し直す。



「んと、香ちゃんて、ウブよねぇ〜。」

オネエ言葉で、スプーンを持ったまま頬杖をつく撩。

「っな、なによっ。」

席に座り直す香を視線で追っている撩を気にしながら、ちょっとふてくされる。

「当分、慣れないって前から言ってるじゃないっ。」

かっかとしながら、香は主菜を頬張った。



まだあれから1週間しか経っていないのだ。

しかも、濃密過ぎる7日間の流れ。

ころっと変わった相方の態度に、脳が追いつかない。

撩は、おかわりのハヤシライスをかき込みながら、

香をちらっと見る。



「まぁ、慣れさせる努力は惜しまねーから、そのつもりでなっ。」

ぼんっ!と頭部が爆発するかと思う程に赤くなる香。

左手でこめかみを押さえる。



「……な、なんかね。…不満、って訳じゃないけどさ…」

香が頬を染めたまま話し始めた。

「今までずっと…、

あんたに女扱いされなかったこと自体が、

なんか、…こう、

パートナーとして傍にいられる特権?みたいな感じを持っててさ、

こんな関係になったら、…もうここにいられなくなるとかと思ってたし、

そもそもあんたが、絶対望んでないって考えていたから、

きゅ、急過ぎて、やっぱり色々気分が追いついていないのよね…。」



かちゃりと香のスプーンが音をならす。

撩は、最後の一口を頬張りながら、低い声小さなで一言返した。



「望んでいなかった、…訳ないだろ…。」



極小の音量で聞こえた呟き。

「え?」

「おまぁこそ、俺を男として見ていなかっただろうがっ!」

急に口調を強くして、不機嫌顔で膨れる撩。

口に運ばれるモノが勢いを増す。

「はぁ?」

「平気で、俺の前でキャミソールとか、ミニスカートとかで、

肩やモモ露出したり、ヘソ出したり、

無防備にソファーで寝ちまったりっ、

それこそオトコに襲って下さいって言っているようなもんなんだぜっ!」



「は?」



むすっとした顔で撩は続けた。

「あー、ボクちゃん、よくガマンしてたよなー。俺って偉い!」

撩の訴えに、キョトンとする香。

「ごっそさん!あー食った、食った。」

撩は食器をシンクに運び、戻りすがら香の髪をくしゃりとかき回した。



「夏の薄着は、俺の前だけにしろ。」

「は?」

撩は、そう言い残してキッチンを出て行った。

香は、スプーンを持ったまま、石化中。



「なに、…それって。」



自分には、色気のかけらもないと思い込んでいる香にとって、

自分がどんな格好をしようと、撩は無関心と思っていた。

まさか、それをガマンしていたと零すとは、全く想像だにもつかないことに、

また屈折した思いが過(よぎ)る。



「顔は隠していた訳じゃないわよね…。」



以前、拓也に撮影された自分の下着姿の写真を思い出した。

自分の顔やヘアスタイルを変えた時の撩の反応に、

若干の共通項を感じる。



「アルマ女王の身代わりになった時も、撩もっこりしてたわよね…。

あ、そうそう水着のオーディションに出たときもだわ。

ったく、あいつ、あたしをどーゆー目で見てたのよっ!?」

はぐはぐと口を動かしながら、昔のことを思い巡らす。

「……撩は、…いつから、なんだろう…。」




— 望んでいなかった、訳ないだろ — 




かすかに耳に届いたさっきのセリフが蘇る。

いつから、そう望んでいたのか。

今思えば自分は、出会ったあの17歳のころからもう、

撩に心を完全に奪われていたのだ。



「ううん!もう、どうでもいい!早く食べよ!」



香は、顔をぶんぶんと振って

目の前の食事を片付けるのに専念した。


**********************************
(10)につづく。





鈍感カオリン、このあたりはまぁーだ納得がいかないようです。
撩ちんには、今後も色々とフォローしてもらわんといかんので、
ひとつひとつ乗り越えて行きましょう〜、って感じです。
ところで、キッチンのガスコンロは2口しかなかったわよね…。

13-08 Transmitter & Bug

第13部 A Week After The Okutama Lake

奥多摩から7日目


(8)Transmitter & Bug   ************************************************3323文字くらい



家路に向かうクーパーの中で、

撩はおもむろに、

ポケットからキラリと光るものを取り出した。



「これ、教授がおまぁにって。」

「え?」



ぽんと手に乗せられたものは、

ピンク色のサクラソウをかたどったブローチ。

緑色の葉っぱも忠実に形造られている。

「え?え?何これ?」

「盗聴器兼発信機だと。防水機能付き。

裏の小さな穴のポッチを針で刺すと起動すっから、スイッチのオンオフ忘れんなよ。」



香は、目の高さにまでブローチを持ち上げ、

まじまじと観察する。

「こ、これ、可愛過ぎて、あたしには似合わないわよ。」

このセリフに撩の胸にちくりと何かが刺さる。



「心配するな、フォーマルカジュアル両方対応できるデザインだし。」

できたらここで、それに似合う服を買ってやるよ、

とでも言えればいいのだが、

妙なプライドが邪魔をして、とてもじゃないが、音に出せない。

「そ、そうか、な?じゃ、じゃあ、つける時はちゃんと言うね。」

香は、ショルダーバッグにそっとそれをしまう。



これまでの、発信機や盗聴器は、

おおむね教授に注文して作ったものだ。

柏木圭子の時に、初めて香に発信機を付けていることを伝えたのだが、

それまでは、当然一緒に洗濯されて防水機能も低かったので、

すぐに壊れてしまい、

かなりの頻度で発信機付きボタンの縫い直しをこっそりとしていたのだ。



注文する度に、

教授にはなぜ内緒にしておくのかと、散々からかわれたが、

発信機のことを香に教えてからは、破損が殆どないので、

暫く追加の品は必要なかった。




「ねぇ、撩…。」

「あ?」

「いつごろから、あたしに発信機付けてたの?」

香は、前々から気になっていた質問を、思い切ってしてみることにした。



「あーん?言ってなかったけか。」

今この場で、この問いが出てくるとは思っていなかった撩。

「うん、柏木さんの時に初めて知って驚いたもん。」

撩は、正直に言ってしまおうか、やや躊躇する。

しかし、関係が変わった今、

隠しておくことも得策ではないと思い、

この後のこともある程度予感しつつ白状することにした。



「えーと、……最初、から…。」

「え?」

「だ、か、ら、…初めっから…。」

「えええーーーーっっっ!」

いつもよりオクターブ高い声が車内に響く。

撩の耳にも突き抜けた。



「んなに驚くなよぉ。」

「だだだだって、それってっ、あたし、まったくプライベートなかったって訳じゃない!

ししししかも、盗聴器にもなってんでしょお!」

香は真っ赤になって、顔を両手で覆ってしまった。

このままだと、車外に飛び出かねない。



「あー、ちょっと待てよ、24時間監視ってワケじゃないだろうが。

おまぁに何かあった時にしか、チェックしないもんだから、

そんな四六時中追いかけたり聞いていたりしねぇって。

盗聴器付きだってあまり付けてなかったし。」

「だって!し、し、知っててつけるのと、知らずにつけさせられているのじゃ、

全然違うわよ!」

まだ顔を押さえている香。

「あーんっ、てっきり柏木さんの時より、少し前からだと思ってたーっ。」

「たいして変わんねえだろ。」

「たいして変わるわよっ!」

「第一、おまぁ、ボタン付きの服そのものを着ることが少なかっただろうが。」

「う…、そう言えば…。」

立木さゆりと一緒に拉致された時、トレーナーだったことを思い出した。



「それに、一緒に洗濯しちまって、すぐ壊れたから、

そういくつもつけていた訳じゃないって。」

「もっと、は、は、はやく、教えてくれればよかったのに…。」

「あー、それはだな…。」

(うー、言えん。お前を守るために、針仕事してたって、言えん…。)

「香ちゃんが、よそにオトコつくってないか確認しなきゃと思ってたからよん。」

言い終わった直後、車内でハンマーが炸裂。

「く…、こ、この狭いところで、よく100トンが出せましたね、か、香ちゃん…。」

「運転に支障がないように、微調整はしましたんで…。」



香はやや上向きで、大きく溜め息をついた。

再び左手で両目を隠す。

もはや、いつどんな服を来て、どんな独り言を零したか、

正確な記憶をたぐり寄せることは不可能と断言できる。

ボタン付きの服を着ることが少なかったのも事実で、

どこまで撩が発信機を使っていたか、

今では知る術もない。



ただ、撩と暮らし始めてからの初期の頃、

絶対に聞かれて欲しくない独り言、泣き言を

自分の部屋で声に出していた自覚がある。

兄を失ってから、

突然降り掛かる強烈な喪失感に、何度も涙を流し、嗚咽していた。



発信機の存在を知ってからは、意識して拾われないように、服を確認していたが、

まさか最初からだったとは、結構なショックを受けた。

自分の弱い部分が丸出しになった声を、撩が聞いていないことを、

ただ祈るしかなかった。



いつまにか、ハンマーが消え、

普通に運転している撩がぼそりと口を開く。



「……おまぁが心配しているようなことは、聞いてねぇーから安心しろ。」



香の肩がぴくりとぶれる。

「…………それって、…聞いちゃってる、って言っているのと同じよね…。」

「…あ、れ?」

「……りょ、……知ってるんだよ、ね…。」

「だから、聞いてねぇって。」

香は、まだ手で目を覆っている。

「もう、5年も6年も前の話しなんて、撩ちゃん記憶上書きされて、きれいに忘れてんの!」



「………。」



「だから気にすんなって。」

お互い口に出さずも、何を聞いたのか聞いていないのか、

明確にイメージされる。



(やっぱ気付いちまった、か……。)

運転中であるが、撩は最後の手段だと、左腕を伸ばし強引に香の肩を抱き寄せた。

頬と肩が触れると、そのまま香の髪の毛の中に指を絡ませる。

香が何に気付いてしまったか、手に取るように伝わってきた。

小さく肩が揺れてる。



「…ご、…め、…なさい。りょ、撩に、…言っちゃいけないことを、

…あ、あた、しは、…。」

(あーもぉー、どうして、こいつは、どーでもいーことにこんなに敏感なんだぁ?)

「だー、かー、らー、何にも聞いてねえって。聞いてても覚えてねぇって。」





『アニキ、…どうして?』

『アニキとあいつが、…出会わなければ、

アニキはこんなに早く、…死ななくてもすんだかもしれないのにね…。』

『たった1人の家族だったのに…。』

『あたし、…これからどうしたらいいの?』





まだ、香が自分のことを『オレ』と言っていた頃。

香の内なる心の悲鳴は、

普段の生活では、決して垣間見せることはなかった。

ただ一度だけ、

明らかに様子がおかしいと感じ、病気じゃないか確認するために、

撩はクーパーの中で発信機をオンにしてしまったことがあったのだ。

撩もまた、胸が潰される思いだった。

すべて紛れもない事実。

自分と関わりさえ持たなければ、

違う生き方をしていたであろう兄妹の行き着いたところに、

深く暗い懺悔の海に突き落とされる思いもあった。



信号が赤になる。

停止線で止まるクーパー。

撩は、ふぅと息を吐いて、抱き寄せている香をさらに引き寄せ、

右手で香の左手首を掴み、顔から手の平をひっぺがした。



「ぁっ…。」



泣き顔でぼろぼろの香にそのまま、すくい上げるように唇を重ね、吸い付いた撩。

夕方5時台後半、もう辺りはライトが必要なほどの暗さだが、

横断歩道を歩く通行人の一部がそれに気付き、

目を見開いて口を押さえる女性、

ひゅうっと口笛を吹く若者と、それぞれに反応している。



「んんっ…。」



撩は静かに目を閉じ、ぱくぱくと香の唇に刺激を与える。

歩道の信号機が点滅し始めたところで、ちゅぽんと離れた。



「はぁ…。」



右手をハンドルに乗せ、

左手は香の左肩を包んだまま、撩は諭すような口調で話し始めた。



「いいか、香。何度も言うが、俺は何にも聞いていないし、何も覚えていない。

お前が、今気にしている中身は知らんが、

とにかく何にも聞いていないから、安心しろ。」

アクセルを踏んで前進する。



「りょ…。」

「いいか?わかったなら、返事しろ。」

笑顔で迫られる。

「…ぅ、…うん。」

眉を浅い八の字にした香は、これは撩の配慮だと直感的に感じていた。

きっと聞いている。

口走ったことを後悔してもしかたないが、

撩を傷付けたことには間違いない。

それを、こうして解決しようとする撩の気遣いに、

ぐっと胸が押さえつけられる。



「早く帰って、メシ食おうぜ。」

「うん…。」

香の肩を抱いたまま、

スピードをあげてアパートへ向かった。


*********************************************
(9)へつづく。






おもいっきり捏造です。(基本捏造だらけだけどさ…)
公式には、柏木圭子の時に初めて香に発信機をつけていたことが明かされますが、
当サイトでは、香が撩のアパートに引っ越してきた時から、
安全管理のために香に内緒でこっそり付けていたということにしております。
それを言うか、言うまいか、短い時間ながらも結構迷い、
関係が変わったという背景の元、
正直に伝えてしまったシチュを作ってしまいました〜。
これは、カオリンでなくてもショックは大きいと思いますが、
初期の頃から持っていた、香を守るという撩の強い決意の現れの一つとして、
カオリンにも受け止めてもらいたいと思います。

シティーハンター バトン アンケート

拍手6000パチ記念記事です。

年明けから嬉しいお年玉でございますっ。

2013年1月2日の午前中に4桁目の数字が変わっておりましたぁ。

(たぶん9時台にいらした方のポチッかも)



本当に、皆様のこのポチッにどれだけ励まされていることか…(嬉涙)。

表ブログなんて、10パチを超える記事なんて数%もないであろうにぃ…。

今やコチラのサイトをいじるほうが多くなってしまっています。

基本超自己満足妄想ワールドですが、

反響を頂ける有り難さ、痛み入ります。

重ね重ね御礼申し上げます!




というワケで、しつこいですが、

アンケート特集第4弾でございます〜(これも自己満足)。

読んでやってもいいぞぉ〜という方だけどうぞぉ〜。




拍手で回答モノ、カウンターで短編モノのスタイル、

いつまで出来るか分かりませんが、

付録としてご覧頂ければと思いますぅ。


シティーハンター バトン アンケート

→続きを読む

13-07 Transfer

第13部 A Week After The Okutama Lake

奥多摩から7日目


(7) Transfer **********************************************************4030文字くらい



「ただいまー。」

夕方5時過ぎ、かずえが戻ってきた。

「香さん、ありがとう!」

香は、台所でうどんをたっぷり茹でていた。

昼の残りの豚汁で、煮込みうどんを作れるように準備をしているのだ。

「あ、かずえさん、お帰りなさい!」

「わぁ、美味しそぉ!」

大鍋の中を覗き込んで、ゴボウや豚肉の脂身が醸し出す香りを吸い込むかずえ。

「いま茹でてるおうどんを一緒に煮込むだけで夕食はオッケーだから。」

香は、ザルに腰のあるうどんをざっと取り上げ、冷水でばしゃばしゃと洗った。



「もう指示書にあったことは殆ど終わったわ。

乾燥機もあと30分くらいで上がると思うし、掃除も完了。」

水切りをしながら報告をする。

「本当に助かったわ。香さん、ありがとう。お陰で実験と分析が順調に出来たわ。」

「ううん、あたしも美樹さんと過ごせて良かったわ。」

「一緒に夕食食べて行くでしょ?」

「あ、ごめんなさい。

実は昨日の残りを片付けなきゃいけないから、家で食べようと思って。」

「そっか、残念っ。」

「また様子を見に寄らせてもらうわ。」

「ええ、是非そうして。」

「じゃあ、夕食はこれでオッケーね。」

2人で、使う食器に、刻みネギに、漬物に、

食後のお茶とケーキのセットを確認して、

引き継ぎをする。



「あ、教授のところに行かなきゃ。」

「一緒に行きましょうか。」

「ええ。」

2人は、書斎に向かって廊下を進んでいった。

「香さん、大変だったでしょ。」

「ううん、基本は家でいつもしていることと大差ないから。

むしろ研究職と同時並行でこれをこなしているかずえさんの方がすごいわ。」

「暇な時とそうでない時の波があるからね。」

そんな話しをしながら、書斎の入り口に到着。



香が控え目にノックをする。

「教授、かずえさんが戻りましたよ。」

そう言いながら戸を開ける。

「おお、もうそんな時間になってしもうたか。」

また山積みされた資料の隙間から、眼鏡をかけた小さな顔がひょいと上がる。

「教授、こちらがお借りしていたカードです。領収書も一緒に入っていますから。」

A4三つ折り封筒を差し出す香。



「ほほ、お前さんに預けて正解じゃの。

撩のヤツに渡すと、勝手に色々使い込むもんじゃから、

油断も隙もない。」

「あまり上手な買い物じゃなかったかもしれませんが、

カード払いで助かりました。」

「おお、そうじゃった、

お前さんのところの口座はこれで間違っておらんかのう?」



教授は、手帖のメモ書きを香にちらっと見せた。

それは、撩の名義で、香がいつも依頼人から振り込みをしてもらったり、

公共料金の引き落としに使っていたりする口座だった。



「あ、はい。合っています。」

「間違って、撩の方に入れる訳にはいかんからのう。」

「え?」

(撩のほうって、これも撩名義だけど…?いくつか口座があるのかしら?)



「ほほ、かずえ君からも聞いておるかもしれんが、

アルバイト料はちゃんと支払うつもりじゃから、

遠慮なく受け取っておくんじゃの。」

「きょ、教授、こ、こ、困りますっ。

もともとは私たちが原因で起きたトラブルじゃないですか。

お金を頂くなんて出来ません。」

本気で困る香。



「なに、かずえ君の代わりに頑張ってくれた褒美として香くんの好きに使うがよい。」

「教授…。」

「ほほほ、あまり額には期待するでないぞ。」

「き、期待だなんてっ。でも、お心遣い、あ、ありがとう、ございます。」

香は潤み気味の瞳で、涙声の返事をする。



「香さん、そういえば冴羽さんはどこ?」

かずえが聞いてきた。

「あ、たぶん武器庫だわ。呼んでこなきゃ。」

「え?まだ銃の調整しているの?」

「ううん、かずえさんのメモの分は午前中に終わってたみたいだけど、

教授が何か作業を頼んだみたい。そうですよね、教授。」

「あヤツは、かなりヒマそうにしておったからのう。」

「じゃあ、呼びに行ってきますね。」



香は、以前銀狐と闘うために、

ここの武器庫から道具を無断で借りたことがあり、

あの部屋に行くには、正直バツが悪くて近寄り難かった。

しかし撩にも呼びに行くと言った手前、

しかたなく地下へ下りていく。



「撩?」

「あーん?」

木製テーブルの上をすでにほぼ片付け終わった撩は、

パタンとメンテナンスボックスを閉じたところだった。

「かずえさん、戻ってきたわ。帰る準備しましょ。」

「うーん、ボクちゃん、今日は働き過ぎぃー!」

撩は上背があるところに、さらに伸びをして、骨をポキポキと鳴らした。

「先に上に行っているね。」



香は、撩の手がほんのり汚れているのを見て、

なぜかどきりとしてしまった。

家でメンテをする時、撩の手が汚れているところなど、見たことがない。

赤くなった顔を見られないように、

足早にその場から移動した。



香が食堂に入ると、すでに、美樹と教授とかずえが、何やら話している。

「お待たせ、撩ももうすぐ来ると思うわ。」

美樹が残念そうな表情で声をかける。

「香さん、本当に夕食は食べていかないの?」

「ええ、ごめんなさい。昨日の昼に残したものを片付けなきゃならなくて。

こっちの夕食もお昼の使い回しでごめんなさいね。」

「ううん、きっと味がしみ込んでいると思うから、すごく楽しみよ。」

「美樹さん、退院前にまた様子を見にくるわ。」

「ええ、香さん、本当にありがとう。」



美樹の言葉を追いかけるように、かずえも香に重ねて感謝を伝える。

「今回の香さんの申し出がなかったら、ちょっと厳しかったのよ。

お陰で余裕をもって動けたから、色々助けられたわ。」

「え!あれで余裕だったの?」

かずえの慌ただしさを振り返り、まさかと思う香。

「そうなの、だからホントーに助かったわっ!ありがとね、香さんっ。」

ウィンクをしながら、香に上着を手渡すかずえ。

「……こっちこそ。」

多方面で気を遣ってもらったことに、香も胸が詰まる。




そこへ手を洗い終わった撩が戻ってきた。

「なんだ?みんな勢揃いか?」

ポケットに手を突っ込んで、がにまたで登場する姿は、わざとだらし無さを演出中。

「撩、忘れ物ない?」

「あ?僕ちゃん、特に持ち物ないしぃ〜。

できたら、美樹ちゃんかかずえちゃんを持って帰りたいけどぉ〜。」

ふざけながら言う撩に、はぁと溜め息を出す、女性軍3人。



夕食には、まだ少し早い時間。

このまま帰宅できれば、いつも通りの時間に自宅で食事を食べられる計算だ。

「じゃあ、かずえさん、教授、色々とありがとうございました。

美樹さん、リハビリ頑張ってね。また来るから。

ミックと海坊主さんにもよろしく伝えておいてね。」

香は、疲れも見せずに笑顔でみんなに答えた。



出て行こうとする2人を見送ろうと、

みんなの足が動こうしたが、香がまた一言言い残した。

「あ、見送りはいいですから!通用門から出ますし!それじゃ!」

「美樹ちゃん、かずえちゃん、まったねぇ〜。」

片手をひらひらさせながら、

撩もみんなに背を向けた。



「あヤツは、ワシには一言も挨拶せんで行きおってからに…。」

「さぁ、教授、香さんが作ってくれた煮込みうどんを食べてご機嫌直しましょう。」

「そうね、ちょっと早いけど、夕食にしちゃいましょうか?」

美樹も賛成した。

海坊主とミックが帰ってくるまで、

教授は両手に花で食事を楽しめると、顔を緩めた。






撩と香は、通用門をくぐると、

すぐ傍に停めてあったクーパーに乗り込んだ。

「……終わったな。」

「うん、ほんと朝からあっという間だったわ。」

ふーっと息を吐き出し、シートに深く座り直す香を横目で見ながら、

撩はゆっくりと口を開いた。

「なぁ、……メシ、食いに行かないか?」

「はぁああ?」



香は、必要以上に大きな眼を見開いて、すっとんきょうな声をあげた。

その反応に撩は素で驚く。

「あ?だ、だから、おまぁの通いが終わったから、そいつを労って、

たまには外でメシ食うかって言ってんだけど。」

香は、目をパチパチさせてる。

帰る気まんまんでいたので、

撩の突然の提案に思考がすっ飛んでしまう。



はっきり言って、

撩が自分から外食に誘うなんて、今まで聞いたことがない。

これまた、このセリフはどっかのもっこりちゃんに向けるべき言葉であって、

ましてや『労う』などと、自分には決して言われない単語だと、

かなりの強烈な思い込みがあり、

内容を理解するのに、結構な時間を要した。



「おいおい、何押し黙ってんだよ。行くのか?行かないのか?」

とくに小洒落た所を予約しているワケでもないので、

評判のいいラーメン屋か寿司屋にでも連れて行くかと

行き先の候補を聞こうとする前に話しが進まない。



撩は、何かまずいことでも言ったかと、

この香の反応に、らしくもなく若干戸惑う。

「香?」

香は、はっと我に返り、ふぅーと肩を落とした。



「い、行かない……。」

「はぁ???」



今度は、撩がすっとんきょうな声をあげた。

「…だ、だって、ハヤシライスが残っているんだもの。

トッピングのハンバーグも解凍中だし…。」



撩は、はっと表情が変わった。

(しまったぁー!忘れてたっ!こいつ、夕食の仕度してたんだ!

くっそー、やっぱ慣れないこと言うもんじゃねぇなぁー。)

撩は、はぁーと脱力しながら、

そのまま運転席で、ハンドルにゴトッと突っ伏した。



「あ、ありがと…、撩。」



香は頬をリンゴの様に染めながら、視線を落として小さく呟いた。

「ね、労うだなんて、…撩の口から出てくるなんて、思っても、み、みなかった。」

正直、うれしくてたまらないが、涙は見せたくない。

しかし、意に反して涙腺からじわりとしみ出るものがある。



「……いんや、…俺もすっかり忘れてた。」



撩は、ハンドルに両腕を預け、

うつぶせになっていたが、がばっと上体を上げて声色を変えた。

「じゃあ、香ちゃんのメシ食いに帰りますかっ!」

「い、いいの?」

「もちろん。」

撩は、速やかに作戦変更と気分を切り替え、エンジンをかけた。



「外食は、また今度な。」

撩は、香のくせ毛をくしゃりとかき回した。

香の肩がひゃっと上がる。

夕闇迫る中、教授宅の裏手から、

2人を乗せた赤い車が滑らかなに発進した。


***********************
(8)につづく。





2013年が始まってしまいました〜。
今年はカオリンの干支、巳年でございます。
この超ダラダラの長編についてきて下さる皆さんの持久力に脱帽です。
(キーを打っている本人が置いていかれそう…。)
本年も、拙すぎるサイトですが、
どうぞよろしくお願い申し上げます。
しっかし、撩ちん、慣れないコトをしようとしたばかりに、
カオリンの夕食準備のことが、
すこーんと抜けちまいました。
かずえと香の会話も肝心なトコロを聞き損なっちゃっています。
誘うのに、けっこー必死こいて言ってみちゃったけど、
なんて間の悪いヤツ…。
でも、香はその言葉だけでも幸せでしょう〜。
原作中、素で撩がど忘れしたと思われるコマの一つとして、
牧原こずえちゃんとお姉さんたちと一緒に銭湯に行くシーン、
あれは、完全に「香は弟」設定ということを忘れていたっぽいかも〜。
たぶん、仕事や命に関わるような事案じゃない時は、
こんな感じの「スコーン」と抜けちゃうことも結構あるかもね〜、撩ちん。

プロフィール

Author:きまりも
since 2012.03.31.

中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。

ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


9万hit記念に
とりあえず作ってみた
CH専用Twitter
 


拍手1000パチ記念につけちゃいました。



アンソロ完成!お疲れさまでした!

やっとまともに表示できたっ!2013.12.15

かなり便利なサーチツール

登録サイト最新情報はこちらをチェック!


試運転中…

カテゴリ
最新記事
月別アーカイブ
検索フォーム
QRコード
QR
現在の閲覧者数: