15-20 Searching Kiss

第15部 Mean Of Luck  

奥多摩から8日目


(20)Searching Kiss  ********************************************* 3641文字くらい



香は、客間兼自室で、

撩のツケの仕分けを終え、帳簿もつけ終わり、

インナーに着替えて、乳液まで施し、

寝る前の細々としたことに一区切りつけていた。

しかし、雑務に頭を使っていたら、

『お仕置き』のことが頭からやや離れてしまっていた。



「さて、歯を磨こうかな…。」



明日の夕方、各お店が準備を始める頃に、

まとめて支払いにまわりたい。

全く無警戒で洗面所に移動し、香は翌日の予定を頭にイメージしながら、

しゃこしゃこと歯磨きを続けた。

この時、目を閉じていたのがいけなかった。



「もう済んだのか?」



突然聞こえた撩の声に、ビクリと肩が上がる。

目を見開くと、鏡に長身の男が自分を覗き込むように映っている。

泡だらけの口から、声にならない抗議が漏れる。



「ぐっ、ごほっ、ひょっ、ふぁんた、ひつのあにっ!」

(訳:撩、あんたいつのまに!)



慌てて歯ブラシを口から抜き出し、

コップの水を口に含んで大急ぎで漱(すす)いだ。

「あ、あ、あの、撩もここここ使うのよねっ。

あたあたあたあたしっ、もももう、終わるからっ、

ちょちょちょっとままま待っててっ。」

急な男の登場に、先ほどのやり取りを一気に思い出し、

何の心の準備も出来ていなかった香は、

何とか日本語に聞こえる文言で、わたわたしながら、

このまま連れていかれるんじゃないかと、酷く警戒しつつ、

ぎこちない手つきで、バタバタと歯ブラシを洗い、

その場を離れようとした。



鏡越しの撩はふっと笑い、

自分から不安定な動きで距離をおこうとする香の頭をくしゃっと

軽く鷲掴みにする。

「うひゃ!」

「……香。」

「な、な、な、に?」

「戸締まり頼むぜ。」

「へ?」

何秒きょとんとしていたことか。

撩が水をじゃーと出す音にはっと我に返る。

撩の広い背中が視野の半分以上を占め、また動悸を覚える。

「ぁ…、ぅ…っと、戸締まりね…。み、見てくる。」

じりじりと後ずさりしながら、

よろけるように廊下に出てくる香。



(な、何なのよぉー。)



恥ずかしさと照れとで、いちいち心臓に衝撃がくる。

とりあえず、消灯と後片付けとトラップの見回りに、

いつも通り5階の玄関から7階の書籍コーナーまで、

パタパタとスリッパの音を立てて見回ることにした。



「あとはここだけね…。」



リビングに入ると、

撩の飲んだコーヒーカップがテーブルの上に置かれたままだった。

「もう、シンクにまで持って行けないのかしら。」

香は、リビングの窓の鍵を確認して、

カップを持ち上げると、そのまま電気を消してキッチンに向かった。



流しで洗おうとすると、ふと

飲み口に残る液体の痕が薄く乾いているのが目に入った。

一瞬、自分の手が止まる。

そこに撩のあの唇が触れていたということに、

どういう訳か、かぁっと頬が染まってしまった。



「はあ?な、な、なんで?」



香はぷるぷると頭を振って、蛇口をひねった。

きゅっきゅっとカップを洗い、かしゃりとカゴの中に置く。

「ふぅー。」

自分の手をキッチン用のタオルで水気を取ると、

パジャマ姿の香はこめかみを押さえた。

「こんなことで、反応するなんて…。」

これまで殆ど気にしなかったことに、より一層過剰反応している。



「こ、これじゃ、まともに顔も見れないよ…。」



キッチン用のタオルで手を軽く拭い、

振り向こうとしたら何かに顔面衝突した。

「った!」

「なぁーにやってんの、おまぁ。」

「りょっ…。」

鼻を押さえながら、上を見上げる香。

そこにはにんまりと口角を上げている男が、

首にタオルをひっかけ、

スウェットとTシャツ姿で自分を見下ろしている。



「もうあとは、寝るだけだろ?」

小首をかしげながら尋ねてきた。

「…ぅ。」

後ずさりするにも、シンクが腰にあたり動けない。

「で?結局海ちゃんの言ってた『幸運』の意味はわかんねーまんまか?」

ぎくっと肩関節が鳴るかと思う程に、香の上半身が縮こまる。

撩は、そんな香をにやにやと見つめながら、

太い両腕をシンクに預け香を挟み込んだ。



「ひっ。」



肉食獣に捕獲されるというのはこういう気分のことをいうのか。

いつだか動物番組で見た動画が頭に浮かぶ。

サバンナで体格のいいクロヒョウが、

トムソンガゼルの幼獣をずるずると樹木の上に運び上げるシーンと

自分の心理が重なってしまった。



これはもう逃げられない。



ごくりと生唾を飲み込む香。

瞳の中に、怯えの色を読んだ撩は、ふっと目を細めた。

シンクの縁から両手を浮かせ、やんわりと香の左右の手首に触れる。

びくんっと揺れる大きな瞳の香が、まさにレイヨウ類のそれに見えてくる。

撩の2つの手はじわじわと腕を遡り、硬くなった肩を経由して、

首筋をするりと撫でると香の頬をそっと包み込んだ。

香の心音が小指にあたる顎下からトトトトと伝わってくる。



「んなにびくつくなって…。おまぁが嫌がることはしねぇーから。」



鼻を押さえていた手元は、自分と撩の胸部に挟まれる。

ゆっくり近付いてくる撩の顔。

見上げた状態の香は、撩の二つの目を交互に見つめながら、

接触するまでの短い間、

お仕置きと言っていたはずなのに、嫌がることをしないというのは

一体どういうことなのかと、

発言の矛盾に理解がついていかないと、考えていた。



「んんんーっ」

大きく口を塞がれる。

強い吸引と圧力が、香の薄い皮膚に熱と湿度を一気に与える。

反射的に自らの視界も硬く塞いでしまう。

挟まれた右手は撩の胸部でTシャツを握り込み、

左手は、男の脇腹の布地をきゅっと掴んでしまった。



細かく角度を変えながら、撩の舌が歯と唇の間を滑る。

「ふぅ…んんっ。」

顔を大きな両手で固定されているので、

つい引き気味になりそうな動きが許されない。

ふいに顎が引かれて、歯列と歯列の間に隙間が出来たと思いきや、

上あごの天井をねっとりと舐め上げられた。



「ぅん…ん。」



自分のものではないアミラーゼを含む液体が味蕾に触れる。

ほんのり甘く、ミントの香りを伴ったそれが、

くちゅりと音を立てる。

口蓋の奥で行き場を失ったお互いの唾液が、こくりと香の喉を落ちていった。

撩と対峙した時から上昇を続けていた体温はそれによって瞬発的に加速し、

熱い湯船に長時間浸かっていた時のように、

全身がのぼせ上がってきた。



自分の口の中で、全ての壁面に触れようとする男の舌の動きに、

香の息は鼻腔を通る分だけでは、間に合わなくなる。

感覚に耐えきれずTシャツを握りしめている指が細かく震え出す。

撩は、おかまいなしに深く濃いサーチンングキスを続けながら、

柔らかい髪に指を埋め、クシのように掻き上げ、

一方の手の平は、頬から下降し服の上から背中を丁寧にさする。



「ん…、んんんっ…。」



鼻にかかった小さな声が、苦しさを訴える。

粘膜から届く刺激があまりにも甘く激しく、

指先から始まった震えは、つま先にまで広がってしまった。

下腹部がじんわりと熱を持ち始めているのを自覚する香。

もう立っていられないかもと、

中断を求めようとしたその刹那、

今度は自分の舌が、撩の口の中に引き込まれた。

「んんーっ。」

歯があたり軽く甘噛みされると、そのとたん香の中で何かが弾けてしまった。

指が白くなる程に握り込んだ手が、Tシャツに皺を作る。

全身を真っ赤に染めた香はかくっと下肢の支えを失った。

しかし、倒れ込むことなく、撩の腕の中でその体重を預ける形になったが、

それでもまだ口元は解放されることがなかった。



体の震えもまだ止まらず、必死に撩のシャツにしがみつく。

目元は、緩んだ涙腺から出た水気でしっとりと濡れ、

外に流れるはずの分泌物は、鼻の奥に落ちていく。

撩の舌が自分のそれを表裏共に愛おしく擦り合せられる。

長く深く熱を持った口付けに、香は意識の糸がちぎれそうになる。



吸引力がふと弱まると、お互いの上唇下唇を合わせられたままの状態で、

するっと自然に自分のもとに舌が帰ってきた。

同時に液体も流し込まれ、また反射で嚥下せざるを得なくなる。

自分以外の唾液を再度飲み込んでいるという事実が、

思考回路をパチパチとショートさせた。

一瞬、目を閉じているはずなのに、目の前が真っ白になり、鼻からの息も震える。

酸欠気味の脳に、許容量オーバーの刺激が与えられ、

短く浅い呼吸が、肩の上下を激しくさせていた。

香の唇を周回するように撩の舌先が滑らかに動く。



「ぅ…。」



香が完全に脱力しきっていることを確認した撩は、

いつもの区切りの合図で全唇をちゅうと吸い上げて、

ぽんと音をたてながら、ようやく香の唇から離れた。

額には汗がにじみ、背中もしっとりとしている。



「……キスだけで、イっちゃった?」



ふわりと体が浮いたように感じた香は、

細い眉を浅いハの字にして、目を閉じたまま、抱き上げられていることを知る。

頭がぼやけて、返事ができない。

息が荒いまま、何とか意識を保とうと試みる。



「…りょ…の、…キ……スって、……ズる、ぃよ…。」



朦朧とする香は、やっとそれだけ口に出す。

「今更だろ?」

撩はふっと優しい目で香を見つめながら、

そのまま抱きかかえた腕で扉を開け消灯する。



パタンと閉じられた暗いキッチンで、

一滴の雫がタンと流しに落ちた。



**************************************
第16部(1)につづく。




あーあ、連れて行かれちゃった…(合掌)。

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お詫び

事情をご存知のない方には、驚かれるかもしれませんが、

本サイトでもちゃんとお詫びをお伝えしなければと思います。



この度、わたくしが二次創作に関わる方々とのやりとりで、

複数の方に大変ご不快な思いをさせてしまいました。



二次業界のマナーや慣習を知らないままで、

サイトを開設しWM様のみなさまとコンタクトをとり、

沢山の方にご迷惑をおかけしてしまい、

心よりお詫び申し上げます。



お忙しい中、ご助言、ご指導を頂きました関係者の皆様に

改めて感謝申し上げます。




このままサイトを継続することを選んでもいいのか、

現在揺れている状況ですが、

長期戦の長編連載を主軸としております故、

中途での更新停止やサイト閉鎖が、

ここに来て下さっている読者の皆様にとって

どれだけ失礼なことかは、

重々承知しております。



しかしながら、当方に運営者として著しく問題があり、

他のサイト様の信頼を失墜させ、

負の波紋を広げてしまいました。



このまま、

このサイトをネット上に置いてもいいのかと、

継続を許されるのかと、

今後の選択肢について

方向性をどうすべきかを模索中であります。




実は現在、3月末にリンク記事を出させて頂くために、

各サイトさまへ五十音順にご挨拶に伺っております。

すでに多くの方からリンク快諾のご連絡を頂きました。

(お返事が全部できておらず申し訳ございません)



これにつきましては、

ご許可を下さった方にも大変礼儀を逸することなので、

中断はしないまま、引き続き

あと総数の半分の方に

これからお声かけをさせて頂く予定でおります。



しかし、

これでまた類似のトラブルが発生しないとも限りません。

頂いたアドバイスをもとに、

慎重にご連絡を差し上げたいと考えておりますが、

状況が好転しない場合には、

リンク記事オープン後に、

またどうすべきかを考えたいと思っております。




本編の更新は今のところ1ヶ月先までは、

自動的にアップされるようにしておりますが、

もしかしたら新年度以降、

少しお時間を頂くかもしれません。




唐突のネガティブなご連絡で大変心苦しいのですがが、

全ては当方の二次業界における

非常識な行動によるところでございます。



今回の事案に関わった方、巻き込まれた方に

改めてお詫び申し上げます。

本当に申し訳ございませんでした。




出来ることなら、今後とも

CHに興味関心がある皆様と

この共通項を楽しませて頂ければと存じます。



2013年02月28日(木)

15-19 If…

第15部 Mean Of Luck  

奥多摩から8日目


(19)If… ********************************************************3028文字くらい



食器を片付け終わり、明日の朝食の分のコメを研ぎ、

軽くキッチンまわりの整頓をし、

その間にヤカンでお湯を沸かす。

ついでに、いつもの錠剤も服用し、

グラスに撩が用意していたペットボトルの水を注いで、喉に流す。

コーヒーの仕度が整うと、カップを2つトレーに載せた。

そこで、動きが止まる香。



「い、今、近付くのは、な、なんか危険な気が、する…。」



この数日、

タヌキ寝入りしている撩に何度捕獲されたことか。

まだこの後、自分はすることがある。

報酬の中身を分けて、撩のツケの請求書と、

備品・消耗品購入リストを照らし合わせなければならない。

これまでの流れだと、コーヒー飲み終わったら、

そのまま撩の部屋へ連れて行かれる未来が見える。



できたら今晩中に片付けて、明日にはさっさと支払ってしまいたい。

一緒にゆっくり飲みたいけれど、予定が狂わされそうなので、

香は迷いを振り払って、自分のカップをテーブルに戻し、

1客だけトレーに乗せて運ぶことにした。




「りょ、撩?コーヒーお待たせ。」

「あーさんきゅ。」

リビングのソファーの短辺でコーナーに背を預け、

長い脚を組んで仰向けになり、いつもの雑誌を読んでいる撩。

香は、捕まったら困るので、

思わずテーブルの一番遠いところにカップを置いてやろうかと迷ったが

かえって不審がられるかもしれないと思い直し、

撩のそばにそっと置いた。

自分の分だけであることに、撩の眉が少し上がる。



「あ、あたし、家計簿と帳簿をつけなきゃいけないから、あっちで片付けてくるわっ。」

そう言いながら、後ずさりをしてリビングの扉を慌てて閉めた。

しっかり挙動不審である。



撩は、そんな香の反応をまたクスクスと肩を揺らして小さく笑った。

「…んなに、怯えなくたっていいっつーのに…。」

右手を伸ばしながら上体を起し、カップを手にとった。

くっと口をつけると、いつもの味に安堵する。



「……あれから、8日、か…。」



飲み終わったカップを人差し指にひっかけ、ぷらぷらと揺らし、

左腕は膝にあずけ、やや背を丸めて目を閉じる。



もし、

ファルコンと美樹の結婚式で、騒動が起きず、

そのままキャッツで平和に二次会の流れになっていたら、

自分たちはどうしていただろうか。



いずれにしても、ケジメをつけたファルコンとミックを前に、

きっと主観的にも客観的にも、お前達はどうするんだと、

仲間に突っ込まれながら、

向き合わざるを得なかったことは間違いない。

ただ、そこから思い切った前進には、

そう簡単には繋がらなかったであろう。



たまたま、クロイツがあの場を狙ってきたが、

もし、違う輩(やから)によって

違う場所で違う時に

同じように香が連れ攫われていたら、

何が違っていたのだろうか。



毎回繰り返される拉致監禁に救出。

香が危険な目に遭うことを、関係を変える足がかりにするようなことは、

やはり今までも出来なかった。

仮に、手を出した連中のお陰で、自分たちがまとまったとなると、

きっかけが外付けの暗部に起因する事実は動かせなくなる。

後々その負の思い出をずっと引きずることになり、

唇を合わせる度に、抱く度に、

その記憶が脳裏をかすめることになる。

かといって、

日常生活の中で、

唐突に切り替えるきっかけを作れる勇気は持ち合わせていなかった。



そんな中で予告もなしに招待された件(くだん)の式。

ファルコンと美樹が血を流してまで、

自分たちに機会を与えてくれたのだ。

それを無為無駄にする訳にはいかないと、

パイソンを片手に森を走りながらそう考えていた。



拘束された香を見つけた時、

全てが片付いたら渡すべきものとして、

そばに生えていたあの花を手折り、

袖口に忍ばせた。



それを思えば、あの2人の式という日に重なったことは、

何の力でチェスのコマが動かされたのか。

同じ裏の仕事で生き、

特別な女を一人決めた世代が比較的近い同類の挙式、

こんな大事件とも言える出来事は、

恐らくこの先立ち会えないと断言できる。



あるとしたら、ミックがかずえと式だろうが、

あの2人は、自分たちでこの運命を共に掴んだ。

一方でファルコンと美樹に関しては、

自分と香がその架け橋としてお節介をしたペアでもある。

その2人のけじめを目の当たりにして受けた心理的影響の大きさは、

他に類するパターンを想像することは出来ない。

クロイツの攻撃で、ファルコンの軽傷、美樹の重傷ということが、

最大のマイナス点ではあるが、

4人とも、この業界にいるからこそ

今回の事案を前向きな理解で共有できている。



撩は、カップをテーブルに置いて、

んーと伸びをすると、

またごろんとソファーに転がった。



恐らく、あのトラブルがなくても、

式の夜には何らかの形で、

自分たちも極々小さな一歩を進めても

おかしくはない心理をくすぶらせていた違いない。



それが有り難くも、緑に囲まれた美しい風景の中で、

まるでヒーローが姫を救出するような映画のワンシーンのように、

決して小さくはない最初の一歩を踏み出すことができたのだ。

くすぶっていた熾き火に一気に新鮮な空気が吹き込まれ、

炭火の熱の勢いが、

間の壁を瞬時に溶かし落としたようなイメージが重なる。



「あれが、薄暗い地下とか汚れたアジトだったりしていたら、

気分も盛り下がるだろうなぁ〜。」



くくっと細く笑う撩。

恵まれ過ぎた人生の分岐点。

頭の下に組んだ両手を滑り込ませ、また目を閉じる。



あの2人の結婚式のタイミングで、クロイツの襲撃があり、

お互いの心を、言葉で交わしてしまった流れに、

いい加減にケジメをつけろと、

まるで用意されたようなシナリオに素直に従って、今に至る。





ー 撃って 撩!! それであんたが生きのびられるんなら…

  あたしの命であんたの命が助かるなら本望よっ!! ー




ー おれは何がなんでも愛する者のために生きのびるし

  何がなんでも愛する者を守りぬく…!! ー





「あ〜んなこと言われちまって、

あ〜んなこと言っちまった後に、

なぁ〜んにもせんワケにはいかんだろ…。」



キスだけで、暫く様子を見ていくつもりだったのが、

あれよあれよという間に、

寝具を共に使うようになってしまった。

ストップが効かなかった自分に苦笑する。

己を止められなかったというのも、相当の我慢の限界であったのだろう。

それを受け入れた香もまた、深部に仕舞い込んでいたものが、

本人の自覚以上に膨らんでいたのかもしれない。



血塗られた闇を拠点に生きることは変えられない。

その闇で共に生きることを、香は自らの意思で選んだ。

その黒い業界にかかわりながらも、

白さを失わずに、灯火を絶やさないミューズそのもの。



「あいつらが、式を挙げなかったら、どーなっていたことやら…。」



お互いくすぶりながらも、繰り返される同じ毎日に、

きっと最悪な形で何かが誘爆され、

関係が修復不可能な流れで崩壊していたかもしれない。

それを回避できただけでも奇跡。

贅沢過ぎる演出に、あらためてこの巡り合わせに幸運を思う。



ふと、先日仰向けの自分の胸の上で香が全体重を預け、

2人一緒にソファーでまどろんだ記憶が浮かぶ。

自分の鼻先に香のネコ毛がくすぐっていた感覚が蘇る。

思わず、右腕がその体を抱き寄せようと動くが、

空を掴み、はっと目が開く。



「ったく、こりゃホントに重症だな…。」



がばっと起きた撩は、さっさと寝る準備を済ませて、

香を自分の部屋に持ち込むべく、

カップもそのままに、足取り軽くリビングを出て行った。


*****************************
(20)へつづく。




これは、他の設定を否定しているワケではございませんので、
あくまでも、当サイト内でのお話しでございます。
日常の中で、突然の初ちうとか、
どっかのバカチンがカオリンに手ぇ出そうとして
撩ちんぶち切れバージョンも大好物ですので〜。

15-18 Deep-Fried Chicken

第15部 Mean Of Luck  

奥多摩から8日目


(18)Deep-Fried Chicken *****************************************2732文字くらい



「たられば〜。」

ふざけた言い回しで帰宅を告げながら、キッチンの扉を開ける。

テーブルの上にはすでに、

ポテトサラダがガラスボールの中にてんこ盛り。



エプロン姿で、ガスコンロの前に立っている香は、

顔だけちらっと向けて、撩のほうを見る。

「あ、おかえり。もうすぐご飯できるから。」

いたって落ち着いた通常の空気。

今朝方、あれだけパニックになっていたはずの気配は微塵もない。

すぐに向き直る香の無防備な背中に、

また抱き込みたい衝動が込み上がってくるが、

今、怒らせたらこの後何かと面倒なので、

ここはとりあえずガマンしておく撩。



ダイニングテーブルにつこうとしたら、

香がメインディッシュを手に振り返り、テーブルに置いた。

「お!もう食っていいのか?」

「手くらい洗ってきなさいよ。」

目の前には、鶏モモの空揚げが山盛り。

たっぷりの千切りキャベツとキュウリの笹切りにちぎられたパセリ、

茹でたブロッコリたちがその存在を引き立てる。



ちらりと撩の手元を見た香があれっという顔になる。

「手ぶらだけど、何買ってきたの?」

「あー、注文しただけ。」

「はぁ?もしかして、エッチビデオとかじゃないでしょうねっ。」

「ち、ちげーよっ!」

(つーか、そんなもんの補充なんぞもう必要ないしぃー)

と、口に出したらまたハンマーをくらいそうな独り言を頭の中で呟く。



「で、『幸運』の意味は分かったか?」

シンクで手を流しながら、聞いてみる。

「へ?」

「まだ、だめか。」

香が渡してきたタオルで手を拭いながら、にやつきながら再度問う。

「せっかく海ちゃんが持ってきてくれたメッセージに、おまぁ、まぁ〜だ気付かねぇの?」

タオルをポンと香の手の平に返す。

むっとした顔になった香は、味噌汁と炊きあがった白米をよそいながら、

昼間のやり取りを思い返す。



「だ、だってっ、あんたと海坊主さんとの間にあったお互いの『いいこと』って、

あんまり共通項ないじゃないっ!」

テーブルに配膳しながら、取り皿も持ってくる。

「海坊主さんにエッチな話題でラッキーだなんて考えられないし、

今回の仕事がらみじゃないって言うんだったら、ますます分かんないわよっ。」

席に戻った撩の顔をきっと見つめて文句を続ける。

「ふーん、タコにしては結構いいヒントを言ってたんだけどなぁ。」

頬杖をついて、まだにやにや顔で目を合す。



香も席について、箸を取る。

首をかしげながら、困った表情で斜め上の空を見つめ、ふぅと息を吐くと、

伏せ目になり、ぷるぷると首を振った。

「だめ、分かんない。とりあえず食べよ。揚げたてなのに冷めちゃう。

いただきまーす。」

「へいへい、いただきやす。」



今は考えることより食うことだと、切り替えた香に苦笑しながら、

撩も箸を持った。

昼の運動でいつもより空腹だったのか、

普段は無意識なのか食卓を共にする時、

撩が先に食べ始めてから自分も食べ始める香が、

撩とほぼ同時に空揚げを頬張った。



「んっ、おいしっ。今日は無性に揚げ物が食べたかったのよねー。」

はぐはぐと動く口元、

実に健康的な食欲に、撩もさりげなく香の体調チェックをする。

(大した疲れはなさそーだな。夜も運動だぞ、香ちゃん♡)

口におかずをたっぷり頬張ったまま、

思わずまたにへら顔になる。



「ぐへっ!」

スコンとこめかみに当たったのはミニハンマー。

「まーた、やぁーらしぃーこと考えてたでしょっ!」

「ってぇー、あにすんだよっ、カオリンが元気で何よりって思ってただけだっつーのにぃ。」

「さっきの顔でその内容を信じてもらえると思ってんの?」

涼しい顔ではぐはぐと食事を進める香。



後ろからのハグと、エッチ本の必要のなさを口に出すことを押さえて、

とりあえずはハンマーを出させないようにしていたが、

ここで飛んでくるとは、やや計算外。

無意識に顔の筋肉が緩んでしまった己を小さく恨む。



「どうせ、出かけ先でかわいい子にでも会ったんでしょ?」

完全に自分がその妄想の対象であることをかけらも感じていない香に、

撩は深く溜め息をつく。



「かおりちゃーん、意味が分かんなかったら『罰ゲーム』っつたろ?

ボクちゃん、どんなお仕置きしよっか悩んでんのぉ〜。」

空揚げを刺した箸を1本ずつ両手に持って、ぶりっこスタイルでくねくねする撩。

「ひっ…。」

香は、そのいや〜な空気に思わず背が反り、

茶碗をまたかしゃんと落とした。

殆ど中身が残っていない器は体勢を崩さず、

そのままテーブルに着地した。



「あ、あ、あたし、きょ、きょ、今日は、トレーニングで、ちょっと疲れたから、

じじじじ自分の部屋で、ね、ねよっか、なー……っと。」

香の顔が脂汗付きで2色になった。

おでこは青筋が縦線で装飾されるかのようにブルーになり、

頬は絵の具をベタで塗ったかのように赤くなる。



「香君、何か言ったかな?」

今度は撩が涼しい顔をして、食事のラストスパートにかかった。

ギクリという音が聞こえてきそうなくらい、

エアー茶碗を持っている香が硬直する。



「な、な、なんのことかしらぁ〜、は、はやく、たたた食べて、はやくねぇーよおっと。」

香は、また鬼ごっこが始まるような気配に、

ごくりと唾を飲んだ。

落としたお茶碗を持ち直し、残りの食事を口に運びながらも、

カチカチと器同士が揺れる音は、

最後の空揚げがなくなるまで聞こえていた。

撩は、フフーンという既に勝ち誇った顔で、

視界の端にそんな香の姿を見留めながら、

先に食べ終わる。

「ごっそさんっ!あー、食った食った。コーヒーたのむわ。」

そう言いながら、片手をひらひらさせて、リビンングへ向かった。



「………。」

ほぼカラになった自分と撩の器に視線を落とす香。

この手のことに鈍感な香でも、

このやりとりであっち方面の身の危機を直感的に感じ、

さらに顔色の2色がより発色する。

「っだ、だだだだってっ、分かんないモンは分かんないんだもんっ。」

箸を持ったまま両手で顔を隠す香。

おそらく客間兼自室に逃げ込むのは不可能。

『幸運』の意味の解答も分からない。

このまま撩の得体の知れないお仕置きを待つのは

精神的にもちそうにない。



香がテーブルに突っ伏すと、かしゃんと食器が鳴った。

あの777万円が意味するラッキーセブン、

ファルコンが言い残したフレーズを何度思い返しても、

該当するモノが出てこない。



「港であったことだったら、あたしに分かる訳ないよぉー。

そうじゃなかったら、なんなのよぉー。」



香は、いくら考えても出てこない答えに、

大きく溜め息をつく。



「……と、とりあえず、片付けて、…コーヒーいれよっかな…。」



むくっと上体を起こすと、

殆ど残飯が残らない食卓に、ほっとしながらも、

どうやって、この後をやり過ごすか、

もやもやと考えつつ、シンクに食器を運んだ。


***********************
(19)へつづく。




食器が鳴るシーンは、
シュワちゃん主演の「トゥルーライズ」で
ヘレンが食卓でごまかすシーンあたりを参考に〜。

15-17 An Order

第15部 Mean Of Luck  

奥多摩から8日目


(17)An Order  ************************************************1655文字くらい




撩が向かった先は、開店前の「ゲイバーエレクトラ」。

店の裏口から、勝って知ったる雰囲気を纏わせ、

当たり前のように入店する。



「よぉ、準備中悪いな。」

「あら!撩ちゃん!久しぶりぃ〜。どぉーして昨日ウチに寄ってくれなかったのぉ?」

ガタイのいいママが、カウンターから身を乗り出した。

「もうウワサで持ち切りよっ。」

はち切れんばかりの笑みを浮かべて、撩に近付く。

「勘弁してくれよ、昨日で集中砲火は十分受けたぜ。」

「もぉ〜聞きたいことは山のようにあるんだからっ!」

にじり寄ってくる巨体のママ。



「ちょ、ちょい待ちっ!今日は注文したいもんがあって来たんだよっ!」

「あら、久しぶりのお買い物ね。」

にやりと頬を緩ませて、裏の仕事の顔になったママ。

「少し急ぎで欲しいモノがいくつかあってな。」

撩は、内ポケットからすっとメモを渡した。

落ち着いて受け取るママは、すっと眼球だけを動かして内容を確認する。



「30キロ…、ということは小学校高学年くらいの重さね。」

「お、よく分かるな。」

「ふっ、ウチで預かっているコの子供の面倒なんて何人も見てるもの。」

軽くウインクをする。

「出来る限り、本物に近い作りがいい。」

「分かったわ。出来次第知らせるわ。これ、香ちゃんには内緒?」

「あー、実際に使うのはアイツだけど、本番まではナイショにしておいてくれ。」

「他の品は、特に注意事項はなし?」

「ああ、ノーマルでオッケーだ。」

「分かったわ、すぐに手配するわ。」

「頼んだぜ。」



ママはカウンターに戻り、グラスを選んだ。

「香ちゃんが待っているだろうけど、久しぶりなんだから1杯だけ飲んでってよ。

お祝いさせて。」

太い腕で器用に注がれたのはシャンパン。



「クリュグか…。」

「本当は香ちゃんと一緒の時に出したかったんだけど、あなただけ一足先にどーぞ。」

すっとカウンターを滑ってきた背の高いガラスの容器に、

細かい泡が上品に弾けている。



「まったく、どいつもこいつもおめでたいこって。」

撩は苦笑しながらくっとグラスを傾けた。

ママは、両手で頬杖をついて首をかしげカウンターに体重を預けた。

「あん?」

「…撩ちゃん、…本気で、香ちゃんを受け入れることを決めたのね。

アレを使って、…何か訓練するんでしょ?」

「…さぁてね。」

「…ふふっ、まぁ、まだ寝掘り葉掘り聞くのはやめておくわ。

出来ることがあったら何でも言ってちょうだい。

あなたたちのためなら協力するのは当然だから。」

「…夕べも、あっちゃこっちゃで同じセリフを聞いたよ。」

撩はカラになったグラスを、同じようにカウンターに滑らせた。

「ごっそさんっ。じゃあまた来るわ。」

当たり前のように裏口に向かいながら、片手をひらひらさせて

店内を後にした。



「…撩ちゃん、本当におめでと。」



巨体のママの肩が少し震え、

目尻に一粒光るものが零れた。



夕方の新宿の裏道を選びながら、撩は軽く見回りモードでうろつく。

昨晩、見損なった場所も含めて視覚と聴覚から得られる情報を

素早くサーチ。

特に異常はなし。



出来る限り、今は顔見知りに会いたくない。

「ったく、おせっかいな連中ばっかだよな…。」

そうグチりながらも、口元は笑っている。

「こりゃ、何をやっても筒抜けになりそうだな…。」

アパートまでの道のりは、すでに香とのことで頭が満たされる。



海原戦の後から、美樹とファルコンの結婚式までの間、

裏の仕事で、小さなミスが相次いだ。

銀狐が香を狙っていた時と似た心理のブレとバグ、

集中力に欠ける事態に、己の精神の不安定さを思い知らされた。

それが今は、より以前よりも研ぎすまされた感覚が漲(みなぎ)り、

自身の中で築き上げてきた土台と基礎が間違いなくより補強されている。



「んと、すげぇ女だよ。」



ぼそっと呟いた時は、すでに慣れ親しんだビルの前。

ポケットに手を突っ込んだまま、

見上げて6階の明かりを確認する。

おのずと感じる安堵、目を細めてふっと息を吐く。



「さて、今日のメシはなぁにかっなー。」



夕闇の中、

軽く笑みを浮かべながら撩はアパートの扉をぐっと押した。


**********************************
(18)へつづく。





「ゲイバーエレクトラ」は北尾刑事が連れ込まれたお店です。
なんとなく、香に本気になり始めた頃から、
女の子と遊ぶよりも、気心の知れた、
かつ裏の仕事のやり取りもあるゲイバーの方に頻繁に通う撩がいたのかもと。
原作にはいくつも名前が明示されたお店が出てきますが、
冬野葉子と行った寿司屋の名前が表記されていないのは個人的にかなり残念!
原作で撩が寿司屋のカウンターにいる貴重なシーンなのにぃ。

15-16 Maintenance

第15部 Mean Of Luck  

奥多摩から8日目


(16)Maintenance  ******************************************3748文字くらい



「…ん。」

ふと目が覚める。

現在地が薄暗い自分の部屋だと、少し遅れて気が付く。



「あれ?」



どうして、ここでこうしているのかすぐには分からなかった。

なぜか、しっかり布団の中に入ってぐっすり寝入ってしまったらしい。

随分すっきりとした。

ここで寝るのは久しぶりかもと思いつつも,

今自分がここにいる理由を、

起き抜きの頭でぼやけた記憶からたぐりよせる。



はっと息を飲み、がばっと起き上がる。

後ろを振り向くがそこは壁だけ。

客間には自分1人。



「…ま、まさか夢、だったの?」



撩がいない。

扉の施錠もそのまま、床の抜け穴はフタが閉まっている。

床に落としたペットボトルやドライヤーは、

ドレッサーの上に並べられていた。

開けていたカーテンは、2カ所とも閉められている。



さっきの鬼ごっこは夢の中の出来事だったのかと、

若干混乱気味になる。

しかし、ふと視界に入った不自然な向きをしている写真立てに、

撩の痕跡を見つけた。



「ぷっ。」



どんな顔をして、この写真の向きを変えたんだかと、

想像しただけで可笑しくなった。

横になった時は、確か布団の上に転がったはず。

撩が、掛け布団をかぶせてくれたのか。



時計はあれから1時間半ほど過ぎている。

脳と体を休ませるのに、ちょうどいい長さに、

香は爽快感の中で、んーと伸びをした。

ゆっくりとベッドから降りると、扉と抜け穴を交互に見る。



「わざわざ、抜け穴から出てったの?」



タオルとドライヤーとボトルを持って、香は錠を外し、ドアをそっと開けた。

物音はしない。

自分の歩くスリッパの音だけが廊下に残る。

脱衣所に寄ってタオルをランドリーバスケットに入れ、

洗面所でドライヤーを定位置に置き、軽く口を漱(すす)いだ。



「撩、どこにいるのかしら?」



香はボトルを持って、隣のキッチンに移動する。

とりあえず冷蔵庫にしまい、ざっと庫内の在庫チェック。

まだ夕食の準備には早い。



リビングに近付くと、微かな金属音が中から聞こえてきた。

「撩?」

そっとノブをまわして中に入ると、

銃の手入れをしているさっきの「鬼」がいた。



「あんれぇ?もう起きちまったの?」



ソファーの短辺に座り、メンテナンスボックスを前に、

分解されたパイソンが並ぶ。

「それ、とっとと自分の部屋にもってけ。油の匂いがついちまう。」

顎でひょいと指された先には、ソファーの長辺側の端にたたんである香の衣類。



「ええっ!たっ、たたんでくれたの!?」

他にも色々干してあったのは、ここにないということは、

すでに指定席に収まっているのか。

目をぱちくりさせて、信じられないと顔に文字が浮き出るくらいの驚きで

しばしフリーズする。



その様子をみて、撩はふと顔を緩ませて、意味深に呟いた。

「あー、ただ働きじゃねぇからな。」

「は?」

撩の声ではっと我に返り、意味を飲み込めずにいたが、

回収が先だと、こめかみを押さえながら、洗濯物を抱える。

「うー、と、とりあえず、あ、ありがと…。」

「おまぁのローマンも持ってこいよ。ついでに掃除してやっから。」

「あ、うん、分かった…。」

香は、撩の行動がまだ納得いかないまま自室に向かう。

食事を作ったり、洗濯物に手を出したりすることは、

今まで殆どあり得なかった姿故、

この1週間余りの変貌にまだ頭の理解がついていかない。



タンスとクローゼットに、衣類を仕舞いながら、

自分の下着まで綺麗に形を整えられていることに気付き、

かぁーと赤くなる。



「も、もうっ!」



ぽんと浮かんだ、

にへら顔のご機嫌モードでランジェリーを畳む撩の姿。

あの男がこんなことをするなんてと、

二度洗濯物を畳んでくれた事実に困惑すると同時に、

寝てしまって、本来自分がすべき家事を撩にさせてしまった申し訳なさと、

下着をしっかり観察されてしまった恥ずかしさが、

同時に沸き上がってきて、心の処理能力が臨界になる。



「ああっと、ローマンは…と。」



ドレッサーの引き出しに仕舞うこともあるが、

普段はショルダーバッグの中。

むき出しで持ち歩くのはなんとなく嫌だったので、

そのままバッグをひょいと持ち上げた。



カチャリとリビングに入ると、もうパイソンは元の形に戻っていた。

「持ってきたよ。」

ソファーの長辺側に腰を下ろして、バッグからローマンを取り出した。

「貸してみ。」

香は、やや緊張気味にローマンを手渡した。

無駄なアクションが全くない鮮やかな手さばきで、

ローマンはあっと言う間に分解される。

「早っ。」

「プロですから。」

涼しい表情で、作業を続ける撩。

一つ一つの部品を拭き上げ、傷や歪みがないかをチェックし、

火薬の残りかすなども残らず除去する。

身を乗り出して、その様子をまじまじを見ている香の表情に、

撩はまたくすりと口角を上げた。



「おまぁ、自分で組み立ててみる?」

「え?」

撩と目が合う。

香は、細い眉を少し寄せて、

テーブルの布の上に並べられた大小の部品に視線を落とした。



「ううん、今日は見るだけにしとく。」

1センチ未満の小さな金属も複数あり、軽く二ケタを越えるパーツに、

まだ自分では手に負えないと直感で判断。

まずは、撩の動きをちゃんと観察しようと、

部品の形とそのあてがわれる位置に意識を向け始めた。



「ふーん、じゃあ、見てな。いつもよりゆっくりやるから。」

太くて長い撩の指では、ピンセットが必要なのではと思うくらいの

繊細な金属がいくつもあるのに、

撩はそれを器用につまんで指定の場所に収めて行く。

形のいい爪と指の動きに、つい目がいってしまいそうになる。

その指が自分に触れていた時のことに思考が引っ張られそうになり、

どきりとしながらも、香は漏らさず吸収しようと、

その作業を食い入るように見つめた。

かちゃかちゃと、乾いた金属音がリビングに響く。



「よし、できあがり。」

カラカラカラカラとシリンダーをまわして、カシャンと本体に引っ込ませた。

「ほい。」

撩は、グリップを向け香に槇村の形見を手渡した。

「あ、ありがと…。で、でも、まだ自分で分解して組み立てるのは無理かも。」

武器庫の管理を任されているとは言え、

各種銃器の外観を磨き、ブラシで掃除をするのが精一杯の状態の香は、

自分の力量の限界を感じる。



「これも、慣れだって。おまぁの得意なトラップと一緒。」

「そ、そ…かな…。」

「そ。」

メンテナンスボックスに、道具をしまいながらそう返事をする撩。

銃火器の消耗品の入手ルートについて、今説明すべきか一瞬迷ったが、

ローマンを受け取った香の表情に、その話題は先送りすることにした。



「……アニキ。」



愛おしさや、悲しさ、郷愁などを含んだ瞳で、

手の中にあるローマンを見つめる香。

整った白く細い指で、そっと銃身をなぞる様は、撩にとってどこかエロティクに見え、

僅かに背筋から刺激が落ちる。

それをごまかすように、撩は指先を軽く布で拭き取った。



コルト・ローマンMK-Ⅲ、刑事だった初期の頃は、ニューナンブを使っていた槇村が、

なぜこの銃を選んだのか。

撩も、香の手の中にある銃を見つめる。

性能の面も然ることながら、

おそらくはそのネーミングの意味合いもかんでいたのか。



『ローマンーーー法の執行人』



法の中では限界を感じていた槇村だからこそ、

あえてそれに反発する名を懐に収め、

警察を離れ、自分と組む覚悟を選んだのだろうか。



香は、やや表情を硬くし、バッグから実弾を取り出し、

ローマンにパチンパチンと6発分を収めた。

安全装置の位置を指先で確認すると、

またその重さを確かめるように、手の中で銃身に熱を伝える。

言葉がでない。

この道具に寄せる想いが、

脳の中であまりにも目まぐるしく渦巻く。

目を閉じると、瞼の裏に次々と流れるローマンに関わるシーンの数々。




— これを パートナーとして受け取ってほしい —

— おまえが ずっと おれのもとにいたいと思うなら… —




自分の手にローマンが渡った時の、

重さと、撩の体温を宿した銃身を思い出す。

8ヶ月前の、あの夜のやり取り。



「…どうした?」

黙ったまま、目を開かない香に、撩は柔らかい声で問いかける。

「…ううん、なんでもない。」

香は、ふぅと瞼を上げ、

いつも持ち歩くバッグからローマンを包むための専用の布地を取り出し、

そっと纏わせた。



「あ、ありがと。メンテナンス、あたしじゃここまで出来ないから、

やっぱり撩頼りだわ。」

「明日から、撃ちまくるぞ。」

「え?」

「だから、おまぁもちゃんとソイツの調子を意識しとけ。」

「…うん。」



撩は、香のくせ毛に右手を伸ばそうとしたが、

それよりも先に、すっと腰を上げた香は、んーと伸びをしながら、

ベランダに目をやった。

「ちょっと早いけど、ごはん作ろっかな。」

空を掴みそうになった手をさりげなく引っ込めて、

撩もパイソンとメンテセットを手に持ち、立ち上がった。

「あー、俺ちょっと買うもんがあるから出かけてくるわ。」

「え?買い物?」

「すぐ戻る。メシたのまぁ。」



撩は、腰にパイソンを差し入れると、片手をひらひらさせてリビングを後にした。

「タバコでも買いに行くのかな?」

しかし、奥多摩から戻ってこの1週間、

撩が喫煙しているところをあまり見ていない気がすると、

香は思い返す。

買い足しが必要な空気を感じなかった香は、

やや疑問を持ちながらも、

ローマンを収めたバッグを手に持ち、

客間兼自室に戻ることにした。


*********************************
(17)へつづく。




撩の指先に、
もっとどぎまぎするカオリンを出したかったのですが、
香ちゃん、頑張って勉強学習モードで集中しました。
さて夕食は何かな〜。

15-15 Game Over

第15部 Mean Of Luck  

奥多摩から8日目


(15)Game Over  ********************************************* 2936文字くらい



バタンと戸が閉める音で、

香はちょっとだけ、しまったと思った。

この音で、

自分がどこにいるのか撩に教えてしまったようなもの。

慌てて振り返り、

客間の扉にある数カ所の鍵を施錠した。

まるで鬼ごっこだ。

本気になった撩からは、

絶対に逃げることは出来ない。

たぶん、

撩はこのやりとりをからかいも含め楽しんでいる。

そう思うとどこか悔しく癪に触って仕様がない。



香は、

ふうと息をついてドレッサーの前に腰を下ろした。

食事と片付けを済ませたのが1時台、

訓練をしていたのは2時台、

今は3時台。



髪の毛にタオルを当て、水気を吸い取らせる。

鏡に映る自分の姿を目に入れるのがなんとなく嫌で、

鏡面から視線をそらした。



「あと30分くらいしたら、お布団と洗濯物入れなきゃ…。」



頭の中は次の家事のことで占められてくる。

とりあえずは、

ドライヤーにスイッチを入れ熱のある風を頭部にあて始めた。

指を通そうとしたところで、ふと思い立つ。

「やっぱり、

一日2回も髪の毛洗ってドライヤー使うのもったいなわ…。」

一度スイッチを切って、またタオルで乾かすことに。

やわやわとくせ毛を混ぜながら

タオル地に水気を吸収させていく。



ふと電気スタンドの傍の写真立てに視線が動き、

手を伸ばして向きを変え、

自分もベランダ側に背を向けた。

兄とのツーショット写真。



「アニキ…。」



手を止めずに、写真の中の兄を見つめる。

その死を受け入れるのには、

実際多くの時間を費やした。

以前は、写真を見る度に、

深く大きな喪失感しか感じ得なく、

一人涙を零すことも多々あった。

悲しみや不安に押し潰されそうになった時、

撩の傍が居場所として与えられていることに、

どんなに救われたことか。



自分の中の時計が止まらなかったのは、

撩のおかげだ。

いつしか、心の中に兄が生きていると、

なんとか置き換えられるようになり、

いつもそばにいると、

思いを前向きにとらえることが出来るようになった。

ただ、その考えの基盤があると、

撩と触れ合っている時も、

なんだか自分のことを兄が見ているようで、

恥ずかしさが更に上乗せされるのだ。



だいぶ髪の毛が乾いてきたので、

仕上げだけドライヤーを使う。

モーターの音が響くと共に熱風が当たり、

ふわりさらりと茶色い髪が揺れる。

何度か指ですいたあと、

かちりとスイッチを切り、ふぅと息をついた。



「お布団とりこまなきゃ…。」



プラグを抜き、

さっき持ってきた3点セットを持って立ち上がった時、

背後に温かい空気と嗅ぎ慣れた匂いを感じた。

「え?」

振り向く前に、捕獲されてしまう。

足元にタオルもボトルもドライヤーも音を立てて落下。



「っりょっ…!」



相方の突然の登場。

後ろから両腕でやんわりと絡められる。

「な、なん、なんで???」

体を少し捩って後方のドアを見ると

鍵は閉まったまま。

「どどどどどっから入ってきたのよっ!」

太い腕に手を当て反射的に離そうとするが、

力でかなうはずなく、

唐突の襲撃に、また体温が上がってくる。



「入ってきたのは、あそこぉー。」



左腕が少し浮き、指差された先は、ベランダ側の角。

床が四角くパカッと空いている。



「ト、トラップしかけといたのにっ!」

「あー、あれ、かわしちゃったぁー。」

「そ、そんなっ。」

「布団と洗濯モンは俺がとりこんどいたからぁー。」

「は?」

「つぅーワケで、仲良くしましょっ!かおりちゃんっ!」

「わわわっ。」

撩は香を後ろから抱き込んだまま、

ベッドにごろんと横になった。

撩のベッドより狭いシングルサイズ、

大柄の2人が横になるにはかなり窮屈。

「りょ、撩っ!」

「晩飯の仕度までは、のんびりできるだろ?」



撩は後ろから抱き込んだまま香の髪に鼻を埋めた。

香は全身真っ赤になり、きゅうと体が硬くなる。

まさか、

ここでコトが始まってしまうのではという緊張感が体に走る。

撩は後ろからふっと笑った。



「なんもしやしねーから、んなに硬くなるなって。」

「ぇ?」

小さく驚きの声を出す。

「休憩タイム。おまぁ、朝からずっと動きっ放しだろ?」

撩が抱き込んだ腕で優しく体を撫で始めた。

「ぁ…。」

それだけで融けてしまいそうな気持ちよさが込み上がってくる。



「りょ…。」



たぶんこれは、

夜のための体力温存を目的とした撩の作戦だ、

珍しくこの手のことに感が働いた香はそう確信を持ってしまった。

皮膚の赤さは増したが、

おのずと体の強張りはふうと抜ける。

一方で、

自分が今まで日常的に使っていたベッドで、

撩と密着しながら横になっている事実が、

より脈拍数を高める。

9日ぶりに横になるせいか、ほんの少しだけ埃っぽい。



「何にも考えずに、体を休めろ。」

ふいに撩の右腕がすっと上がってきて、

目の前にかざされ、視界が暗くなる。

「アイマスク。」

「ぁ。」

指三本分でちょうど香の両目を覆う。

指からの温度も心地良く温湿布を施されているかのよう。

さっきまでは、眠気など全くなく、

家事に入るモードにスイッチがオンとなっていたのに、

この僅か数アクションだけで、

完全に副交感神経が台頭してきた。

撩の計算尽くの動きが、

やっぱり癪で、自分の意識が落ちる前に、

何か言ってやらないと気がすまなくなってきた。



「……さっき、ブレーキ、壊れたって、言ってたくせに…。」

「……修理した。」

「は?」

「いいから、休め……。」

「……あれじゃ、訓練になんない。」

「……俺の腕を舐めたおまぁが悪い。」

「むっ、ヒトのせいにしないでよっ。」

「まぁいいさ、

今日見たい所は確認できたし、明日は射撃すっか。」

「地下で?」

「そ、とにかく今はちゃんと休んどけ。」



撩は香の目に指を添えたまま、

きゅっと抱き直した。

風呂上がりの清潔な香料の香りと

香自身の持つ固有の匂いが、

媚薬のように混じり合い、撩の鼻腔を刺激する。



「…ん。」



香もおしゃべりをやめ、しばし沈黙していたが、

包まれている心地良さに、

瞼越しに入る光もなく、

撩のぬくもりを背中で感じながら、

やがて重力に意識がもっていかれるまま、

すーと眠りに落ちて行った。





「…んと、面白いくらい寝付きがいいよなぁ。」



香の想像通り、

夜のために疲労は最小限にしたいという撩の思惑は、

とりあえず成功。

撩はそっと右手を離し、

腕を伸ばして頭の上のカーテンを閉めた。

やや薄暗くなる室内。

ちらっと視界に入ったベッドサイドの写真は、

丁度こちらから斜めになったまま。



「悪いな、槇ちゃん。」



撩は、

フレームをさらに移動させ裏面だけが見えるようにした。



「……思った以上、だな。」



香の身体能力を甘く計算していたことを振り返る。

自分の動きの見よう見真似で、

殆ど指導なしの独学にも関わらず、

本人も気付かないところで、

かなりスキルアップしている。

パートナーとしての役回りを必死に身につけようと

陰ながら努力していたことを知りつつも、

あえて見ぬフリをしていた。

それどころか、

能力のなさを抉るような文言ばかりを与えていた。



「はぁ…。」



いずれは表に返すのだからと、

教える必要も褒める必要もないと、

醜い言い訳をしていた己に溜め息をつく。



撩は、くっと香を抱き直し、

シャンプーの香りが残る茶色い髪に鼻をすりよせる。

後ろから抱き込むスタイルは、

自分の体のサイズにぴったりくる抱き心地で、

これだけで今、

生きていることの幸運を思う。



ずっと抱き込んで包んでいたい。

そう思いながら、

撩もゆっくり目を閉じた。




********************************************
(16)へつづく。





狭いだろうな〜。

【AH最新刊ネタ】
以下ネタバレ注意です。
情報を取り入れたくない方はこれより先はご遠慮ください。
2ndシーズン(5)の倉田編、
手塚治虫氏の「ブラック・ジャック」に類似のお話しがありまして、
第85話「浦島太郎」
(秋田書店少年チャンピオンコミックス9巻昭和51年9月初版)
に掲載されています。
大正13年の設定で、
鉱山で働く父親のところに弁当を届けに行った15才の少年が
落盤事故に遭い、
植物人間で老化しないまま55年間、意識なしで生きながらえ、
ブラック・ジャックが手術をし、目覚めたとたんに
老化現象が始まってそのまま老衰で死亡という内容でした。
北条さんがこのお話しを知っていたかどうかは不明ですが、
脚本としては、
AHの構成も、結構胸が掴まれる流れで、
1973年がからんでいることもあり、
AHの全ストーリーの中でもなかなか感触が良かったです。
(しかし5巻はカオリン殆ど登場なし、そのほうがむしろ潔い?)
珍しくAHコミックの感想でした〜。


【誤植情報感謝!】
Sさま:千錠→施錠の変更やっと出来ました〜。
ご連絡本当にありがとうございました!
2013.11.16.03:00

15-14 Shower

第15部 Mean Of Luck  

奥多摩から8日目


(14)Shower  **********************************************2810文字くらい




「も、もうっ!まじめにやろうとしているのにぃ。」

客間で顔を赤らめながら、

さっきまで撩の唇が触れていた首筋に指を当てた。

しっとりと汗をかいてしまったので、

とりあえず下着とタンクトップと、

カッターシャツにさっき脱いだジーンズを用意する。



「はぁ、朝もお湯使ったばかりなのに、なんかもったいないなぁ。」



撩と体を重ねる心地良さを覚えてしまい、

自分も所構わず、撩の流れに乗ってしまいそうで、

自身のセーブが揺らぎそうな思いもある。

しかし、

それ以上にまだ恥ずかしさが大きく脳を占領しているので、

まだハンマーは出せる。

それを撩が受けてくれなかったら、

一体どうなっていたか。

脱衣所に入った香は、

勝手な妄想でボボボッと顔が赤くなる。

「っだ、だ、だめっ!あんなところでっ!」

持っていた衣類で慌てて顔を隠す。



あれから8日、

まだ撩のベッド以外では、

そんなことを受け入れる気分には到底なれないという気持ちと、

撩が望むなら、どこでもいつでもという思いが、

目盛りを押し合いこしている。

しかし今現在、

爆発しそうな羞恥心故、後者の割合は圧倒的に小さい。



「はぁ……。」



服を脱ぎながら、小さく溜め息をつく。

今後のための大切な訓練なのに、

自分も撩と体が触れるたび、視線が合うたび、

意識が別のところに持っていかれそうになる。

ふと目に入る、二の腕の赤い華。

吸い付かれた時の感覚が蘇り、ドキリとする。

纏っていたものを全て取り去ると、

自分の白い肌にこの8日間の内に刻み込まれた所有の証が、

グラデーションを変え咲き誇っている。

朝も同じものを見ていたはずだが、また似たセリフが漏れる。



「つ、つけすぎよっ!も、もうっ。」



恥ずかしさが込み上がってくるままに、

フェイスタオルを持って誰も見てなくても

隠しながらとりあえず浴室に入る。



「また、夜浴びるのは不経済だから、今しっかり洗っちゃおうかな…。」



軽くすませようと思っていたシャワーを、

全身洗浄に方針を変えた。

シャワーの回数も、

これまでの1.5倍から2倍、

寝具を洗う回数も数倍以上になっている。

「できるだけ節約したいのに…、

光熱費を気にしなきゃならないなんて思わなかったわ…。」

香は髪の毛を泡立てながら、

想像していなかった変化の影響にまた溜め息をついた。



「なんか、工夫しなきゃだめか、な…。」



しかし、

どう考えても撩と夜を過ごすと翌朝は汗やらなんやらで全身がべたつき、

大事な所もちゃんと洗わないと、大変なことになっているし、

これから各種訓練が日常生活の中に取り込まれるとしたら、

汗をかくのは必修だろうし、

かといって一日に何度も浴室を使うのは

出来ることなら避けたい。



香は、もんもんと思考をめぐらせながら、

体を洗い、泡を流した。

「濡れタオルで体ふくだけじゃ間に合わないだろうし…。

その前に、布団よ布団っ!」



これから寒くなるので、

掛け布団も敷きマットも厚手のものに変える予定だが、

これがこのペースで洗わなければならないとなると、

ただ事ではなくなる。



「あーん、どうしたらいいの?」



滴が落ちきって、

持ち込んだタオルで軽く体を拭こうとしたら、

浴室のドアの向こうでカタンと音が聞こえた。

びくっとした香は、

瞬時に撩の接近と分り、慌てて体をタオルで隠した。



「かぁーおりちゃぁーん、機嫌なおして続きしよぉー。」



コンコンとノックをしながら、なよなよな声が聞こえる。

「なっ、…続きって、ど、どっちのことよっ!」

思わず出てしまったセリフにかぁっとなるが、

お願いだから入ってこないでと、

ドアを見ながら後ずさりして、リモコンを探す。

「……カオリンは、どっちがいいぃ?」

ドアの傍から聞こえてくる撩の楽しそうな笑いを含んだ声。



「っば、ばかっ!もう出るんだから、早くそこからどいてっ!」

リモコンに手が伸びたとき、かちゃりと金属音が聞こえる。

顔の上半部だけ扉の端から直角ににょっと出した撩。

「わぁお♡水も滴る…」

「きゃああああっっ!」

反射でソレ目がけて熱いシャワーが浴びせられる。

「ぶはぁっ!っちち!」

そのまま後ろにドテッと転がる撩。

「も、もう!なに考えてんのよっ!あんたはっ!」

すぐに戸を閉めロックをする香。



「おいおい、今更だろぉ?」

「とととととにかく!

恥ずかしいから、早く脱衣所から出て行ってちょーだいっ!」

真っ赤になった香は、また汗が出てしまい、

なんのためにシャワーを浴びたのか、

自身の体の反応に複雑な気分になった。



向こうでふっと笑う撩の気配を感じる。

「んじゃ、恥ずかしくなくなったら、一緒に入ろっか。」

「むむむ無理っ!と、とにかく早く出て行ってっ!」

「拭いてやろうかぁ?」

ボボっと体が反応する。

まだしつこく食い下がってくる撩に、

戸に背を預け香は深く溜め息をついた。

真っ赤な顔のままで、

このやり取りがやっぱり信じられないと、

こめかみを押さえた。



これは、

かつて宿泊していたもっこり美人の依頼人に向けられていた言葉。

それが、自分に使われるようになって、

まだ戸惑いや違和感を拭えない。



「……香?」



返事がない扉の向こうの気配に、

撩も心配の色を含んだ声で名を呼んだ。

無視するつもりはなかったが、

返す言葉が見つからない。



ふいに、鼻がむずっとし、肩がふるっと震えて寒さを感じた。

「くしゅんっ!」

「おい、湯冷めすんぞ!」

その声は、正面の壁から聞こえた。

はっと顔を上げると、

キッチンからの抜け穴がぱかっと開かれ

撩が覗いていた。



「きゃああああああっっ!!!」



反射でそばにあった洗面器が飛ぶ。

見事、撩の顎にヒット。

そのまま、またどさっと後ろに倒れる音がした。



香は、速攻で浴室から脱衣所に移り、

ばたんと戸を閉めた。

「も、もう!一体いつ移動したのよっ!

ああ、うかうかしてられないわ。早く服着なきゃ!」

またいつ襲撃を受けるか分からないと、

慌ててバスタオルを取り、

体を拭こうとした。

すると、脱衣カゴの中に、

さっきはなかったものが入っている。



「?」



さっきのペットボトルが自分の衣類のそばに置いてあった。

飲み過ぎるなと言われていたので、殆ど減っていないが、

さっきの縄跳びと軽い護身術訓練に、

今のシャワーで確かに喉が渇いている。

持ってきてくれたのは、間違いなく撩。

「こーゆーことが信じらんないのよ…。」

香はボトルをピンと指ではじいて、

まずは大急ぎで服を着ることにした。



「洗うのは明日でいいわね…。」

香はランドリーバスケットの中身をちらっと見て、

スポーツ飲料を手に取りきゅっとキャップをまわし、

一口だけこくりと飲んだ。

フタをしめ直すと、

ドライヤーとタオルとボトルを持って脱衣所から出ようとした。

カーテンに手をかけたところで、

前にここで待ち伏せされていたことを思い出し、

いつもとは反対側からそっと仕切りをめくった。



「い、いないわね…。」



香は、懸命に気配を読んでみたが、

撩が近くにいることをキャッチできず。

心を決めて、隣りの客間へダッシュした。


**********************************************
(15)へつづく。




撩ちん、遊んでいます。



【誤植発見感謝!】
「グラディエーション」⇒「グラデーション」に修正致しました!
全然意味がちゃうやんけー!
発見&ご報告大大感謝です!
K様ありがとうございました!
2015.11.01.20:37

15-13 The Art Of Self-Defense

第15部 Mean Of Luck  

奥多摩から8日目



(13)The Art Of Self-Defense  *************************************3158文字くらい




落ちていたタオルを拾った撩は、それをテーブルの上に置き、

地下から持ってきた薄手のグローブを手に取ると、

香につと向き合った。



「こいつをつけて、手足が届くところまでこい。」

「え?」

「このへん。」

くいっと手首を掴まれ、

間を80センチくらいの間隔にセッティングされた。

「おまぁ、一応本気モードで、3カ所俺を攻撃してみな。」

「は?3カ所?」

香は渡されたグローブを慌ててつける。

練習用の小さめのハンドカバーのようなものだ。

「そ、連続で素早く。」

「ど、どこでもいいの?」

「当たんねーから心配すんな。」



片眉を上げて、やってみなと煽る撩の表情にちょっとむっときた香は、

目の前の長身の男のどこを狙おうかちょっと考えをめぐらせた。

あまり考えていると目の動きで読まれてしまう。

当たらないと言われたら、当てたくなるのが人間心理。

多少の運動神経を供えている香は、

言われた通り本気で素早く手足を動かした。



パシッ、パシッ、パシッ



四肢同士がエネルギーを逃がしながらぶつかる音が3連続響く。

「ほぉ、なかなかじゃん。」



1発目は、撩の顔側面を狙っての右パンチ、

2発目は、鳩尾を狙っての左パンチ、

3発目は、頸動脈を狙っての右足の甲を使っての蹴り。



いずれも撩に涼しい顔をされたまた、

左片手でやんわりと受け止められてしまった。

右足を地につけた香は眉を寄せて呟いた。

「う、悔しい…。」

「いや、大したもんだぜ。」

動き、狙い、位置、いずれも及第。

相手が撩だから平然と対応できるが、どっかのチンピラだったら、

気は失っているであろう攻撃。



「おまぁ、今まで柔道とか合気道とかしたことないよな?」

警察学校では、女性に合気道を身につけさせるが、

香はそれに近いものをすでに供えている気配がある。

「うん、全然。ただ、撩の動きを今まで見てきたから、

それの見よう見真似、かな?」

「ふーん。」

確かに6年以上一緒に過ごす中、

香の前で素手でザコを黙らせたこと数知れず。

それを自習しての、この身のこなしは、指導の如何(いかん)で、

際限なく伸びる芽を持っていることを感じさせた。



「もいっちょ試してみるか。」

「え?何を?」

「片足キック3連発。」

「は?」



きょとんとする香の肩をやんわりと掴み、

体の軸を撩に対して少し斜めしてみる。

「この距離で、この体勢で、左足を軸にして。」

すっと香から再度1メートルほど離れた撩が、

自分の顔の前に敬礼をするような形で右手をかざした。



「この高さで、顔と喉と腹を狙って、連続して足で攻撃してみろ。」

「ち、近いよ…。」

「だから当たんねーから。」

「む。」



香はちょっと考えた。

顔の高さは足がぎりぎり届くか届かないか、

ダメージを与えるには厳しい位置。

「撩、だめ。あんたの顔の高さは、届くかもしんないけど、力を入れらんない。

喉とお腹と弁慶でどう?」

「おいおい、おまぁ、敵にわざわざこうしますって教えんのかよ。」

「はっ!」

「おっと。」

ヒュヒュヒュっと空を切る音がする。

撩は足の位置を動かさないまま、のけぞる形で、香の足先から数ミリ間を置きかわした。

「うーん、何だか当たんないと練習してる気になれない…。」

「これはお前の動きを確かめるためのチェック。」

「サンドバッグかなにか欲しくなるわ。」

「女の腕や足で、男の体を攻撃したら、ヘタすると骨折だぜ。」

撩は香の左腕をそっと取った。

「だから、受け流すことが基本。」

「受け流す?」

「そ、力を使わずに、関節技とかを利用して相手の動きを封じ込める。こんな感じで。」

「あ!」

いつの間にか撩は香の後方にまわり、香の左腕は背中に持って行かれてしまった。

痛みはないギリギリの角度。

以前、ラトアニアの大統領暗殺を狙ったテロリストや、

海原に船の中でこの体勢を取られ連れて行かれた時のことを思い出し、

香はごくりと唾を飲んだ。

この姿勢では、はっきり言って逃げ出す術を知らない。



「こ、これって、どうしたらいいの?」

「やってみな。」

脱出を促す撩。

少し身を捩る。



「ん…、たぶん実践だったら痛さで動けない、と、…思う。」

「ふん、じゃあそのまま前屈みになって、右手が床に着いたら、

力一杯後ろ蹴りしてみな。」

言われる通りに動かしたら、右足が気持ちよく伸びた。

「っと、あぶねぇ、あぶねぇ。」



寸でで躱(かわ)した撩は、思った以上の成果に感心する。

「あ、これいけるかも。痛がっている振りして屈(かが)むと怪しまれないかな。」

感覚を掴んだ香は、体勢を直した。



「じゃあ、今度はおまぁが俺の腕を後ろ手にまわしてみな。」

ぬっと出された太い腕に、一瞬たじろいだ香。

「あ、片手じゃ、無理。」

「両腕を使っても可。あ、グローブはずせ。」

「あ、うん。」

香はグローブをはずして、テーブルの上に置くと、視線を撩に向けなおす。

両手でも持て余しそうな丸太のような前腕。



「こうやっておまぁを掴もうと、悪党の手が伸びてきたとする。」

スローな動きでわにわにと指を動かして香に接近する右腕。

「やーん、なんだかやーらしぃー、ハンマー出ちゃいそう。」

「うっせ!真面目にやってんだっ!」

香は射程距離に入った撩の手首を両手でぱしっと掴んだと同時に、

右足を勢いよく前進させ素早く撩の背後に回った。

撩の腕はくの字で背中に押し付けられる。



「お、やるじゃん。」

「で、でもだめ。あんたの腕太すぎ…。」

「そのまま俺の背中に体重かけてみ?普通の男だったらこれで動けなくなるぜ。」

「こう?」

香は、右半身を撩の背中に預ける形でより腕を鋭角に曲げると、

撩の体がそのまま床に近付いていく。

「上出来、上出来。」

振り返りながらにやっと香を見る視線は、どこか色を帯びている。

香は、その目にどきりとして、力が緩んだ。

「スキあり。」

撩は、なんの苦もなく香をくっつけたまま

右腕をくるんと動かして、そのまま後ろから抱き込み床に腰を下ろした。

「わわっ!って撩には全然効かないじゃない!」

「そりゃな。」

「…こ、これも、だ、脱出訓練?」

赤くなりながら撩の方を見ようとする香。

「この場合、どうする?」



香は、またかと思ったが、まともに試みても脱出できるワケがないと悟る。

自分の肩にぐるっと巻き付いている撩の腕が目の前にある。

後ろ頭突きはきっと避(よ)けられる。

ちょっとだけ考えに頭を巡らせる。



(これは、…反則、かな?)



そう思いながら、香はいたずらをする気分で、

撩の腕を小さな舌でぺろんと舐めた。

「うぁっ!」

一瞬緩んだ撩の腕から、するりと滑らかに脱出した香。

すぐさま立ち上がって距離を取る。



「へへ…。力じゃかなわないから、裏技使っちゃった。」

(は、初めて撩の腕舐めちゃった。)

舐められた腕を押さえて呆然としている撩。

目をぱちくりしていたが、ふっと肩を落として目を閉じる。

「……やるな、香。」

ゆらっと動いたかと思った撩が、いつの間にか真っ正面からのハグ。



「?!」

「ったく、折角残しといた俺の理性を一気に吹っ飛ばしやがって…。」

腕の中で、胸板に顔を押し付けられた香の耳に、妙に色っぽい撩の声が届く。

「は?」

そのまま仰向けでテーブルに上半身をぐいっと押し付けられた。

香に覆い被さった撩はゆっくりと近付き、白い首筋に唇を這わせる。

「ひゃあっ!ちょ、ちょ、ちょっとっ!撩っ!なにやってんのよっ!」

「撩ちゃん、今のでブレーキ壊れちゃったぁ〜。」

「は?」

そのまま耳朶をぱくっと挟まれる。

「あんっ!」

トレーナーの裾から、するりと温かい手が侵入してきた。

「訓練おーしまいっ。もっこりタイムにしま」

どごぉおおおおん!

100トンハンマーが体の側面にヒット、

そのまま本棚にハンマーごと飛んで行く。



「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…。」

テーブルの上から起きあがる香。

「こ、これじゃ、く、訓練に、ならない、じゃない…。」

本棚からどさっと落ちる撩。



「シャワー、浴びてくる…。」

香はこめかみを押さえながら

足取り重く吹き抜けのフロアを出て行った。


********************************
(14)につづく。




ならんだろうなぁ〜。
リアルではせっかくのバレンタインですが、
ウチの撩はハンマーくらいました。

【宣伝!】
KISAKIさんのところで、
美味しそうなものがっ!!
これは本日見るべし!

15-12 Live

第15部 Mean Of Luck  

奥多摩から8日目


(12) Live *************************************************************3434文字くらい




「ご、ごめんっ!撩っ、大丈夫?あんたなら避けられると思って、

ちょっと本気でやっちゃった…。」

「…………。」

まだ、大事なところを押さえたまま動かない撩。

「ね、ねぇ、し、しっかりし」

そばに寄って覗き込んだとたんに腕を引っ張られた。



「あっ!」



声と一緒にドサリと音がしたが、自分の体が出した音ではない。

撩の腕が自分の背中とフローリングにはいり、

直接の衝撃からのクッションになっていた。

その腕もすぐに滑らかに引き抜かれ、

香は床に縫い止められる。



「りょ…。」



固いフローリングでのこの体勢は初めて。

ふと似たシチュエーションがあったと、香は目を見開いたまま思い出した。

あの時、自分を見下ろしていたのは撩ではなく、

ミックだった。



(そう言えば、あの時、ちょっと背中を打ち付けて痛かったっけ…。)



「……なかなかいい攻撃だったが、…この場合はどーする?」

「え?」

ごめんと、さっきの事を謝ろうと、口を動かそうとしたら、

先に撩の質問が降ってきた。



ミックに組み敷かれた時と同じように、

撩は両手を伸ばしたまま香の手を押さえ、

見下ろしているが、足は違った。

あの時のミックは下半身までの自由を奪っていなかったが、

撩は香の腰から下に体重をかけ、

足で固定し香の四肢を完全にフィックスしていた。



「…ぁ。」



これも訓練だ、そう分かるのに時間はいらなかった。

しかし、体は1ミリも動かせない。



「今、俺はシティーハンターを倒して

殺しのナンバーワンになろうとしているお馬鹿な悪党ね。」



香は、ぴくっとして撩を見上げ直した。

「で、香ちゃんは俺をおびき寄せるために悪党に捕まっちゃったとする。」

ごくりと唾を飲む香。

「女を痛めつけておいたほうが、シティーハンターへのダメージを大きくできると、

トンチンカンな勘違いをしているとしよう。」



撩が何をしようとしているのか、半分くらい想像がついてきた。

まさか、自分が敵の手に落ちて襲われる仮定での

脱出訓練させようというのか。

香の緊張感がくっと高まった。



「で、おまぁをこうして押し倒しましたっと。」

明るいのんきな口調と表情が、この言葉の後すっと変わった。

「……どうする?」

「あ…。」



たぶん手加減はしてくれていると思うが、

押さえつけられた手足は未だ全く動かない。

抵抗する手段がほぼ断たれている。

これが、他の男だったらと思うだけで正常心が保てなくなる。

香は、拉致監禁拘束を複数回経験している過去を思い出していた。



「も、…もし、…相手が1人だったら、…か、顔が近付いてきた時に、

鼻を狙って、…頭突きを、してみる。」

「ほぉ。」

「抜け出せれば、…たぶん一人だったら…なんとかなるかも、しれないけど…。」

香は顔をゆっくり横にそらした。

「けど?…。」

「…チンピラ程度だったら、いいけど、…プロだったら、ダメね。」

目を閉じながらふぅと息を吐く。

「そ、それに、2人以上いたら、抵抗しても、…きっと、無駄だわ。」

香の体から力が抜けたことに気付いた撩。



「……ま、前はね、…も、もしこんなことがあったら、

その場で舌噛んで死んでやろうかと思っていたの。」

撩の腕がぴくりと揺れる。

「で、でもねっ。」

香は顔を正面に向け、真っすぐな瞳で撩を見つめた。



「生きなきゃって、…どんな目にあっても、…生きていなきゃと、思っているから。」

撩は目を見開いた。

「あたしが、…こんなことで、自分から死のうとしたら、

…きっとアニキに、追い返される。」

香の目の表面が潤んできた。

撩の眉が僅かに切なく角度を変える。



香がこのようなことが起こりうることを考えていたのは、

ベッドの上ですでに聞いていた。

それを視野に入れてピルを飲んでいたことも告白していた。

香は香なりの覚悟を以前から持っていたのだ。

最悪の一歩手前、

撩が助けにくる前に自分が犯されるという可能性を。

それを『こんなことで』とあえて言う香に、撩はさらに胸が潰されそうになる。




「……香。」

「ね、無駄な抵抗はしない。これがベストでしょ。」

ふふっと笑いながら、目尻で涙が落ちそうになっている。

撩はずきりと肋間が痛む。



「……他のヤツなんぞに、触れさせることは、はっきり言って論外だが…。」

先ほどの縄跳びでかいた汗の香りがほんのりと鼻腔をくすぐる。

「もしもの時は、…生き延びることを最優先で考えるんだ…。」

撩の右手がふわりと浮き、香の頬にそっと触れる。



「…ぅん。」



香は、解放された左手で撩の腕につと触れた。

「いいか。相手が、どんなに俺を罵る言葉を吐いても、絶対に心を乱すな。」

香は、口をきゅっと噛み締め静かに頷いた。



「まずは、状況を見極めること。相手の力量を測り間違えるな。

そして、決して無理はしない。とにかく俺を信じて待っていろ。」

撩は頬に添えていた右手を茶色のくせ毛に埋め、

香の小さな頭を優しく撫でた。



「わかったな。」

「うん…。わかった…。」

近づいてくる顔は返事を聞いた安堵が混じる表情。

香の右手と撩の左手がゆっくりと絡み、柔らかく唇が重なった。

「ん…。」



— なにがなんでも、生き延びる。 —



無言のうちにお互いの脳にエコーする言葉。

実際に事が起こった時、

それを乗り越えるには相当の努力を課せられるに違いない。

あってはならない未来を、引き寄せないためにも、

普段の意識や訓練が要となる。

香は、ふとあの廃ビルでのことを思い出した。

唇を合せたまま、目も閉じたままで香は撩に尋ねた。



「ね…、りょ…。」

「ん?」



撩は少しだけ顔を浮かせる。

「今、思ったんだけどね…、ミックは、…あの時、

わざと、あたしの足を自由にさせたんじゃ、ないのかな?」

あの時という一言だけで、金的を受けたミックの姿が浮かぶ。

撩は、ふっと口の端を上げ、鼻先を香のそれに触れさせた。



「どうして、そう思う?」



撩の顔が近過ぎるのが分かっているので、恥ずかしくて目を開けられない。

「ミックが本気だったら、

あの状態で、あたしにスキを与えるはずがないと思って。」

撩の唇が左の頬に滑るのを感じて、思わず肩がぴくんと動く。



「あー、おまぁが自分で脱出してなかったら、たぶん撃ってたな…。」

「え?」

香の目がパチッと開く。

「まぁ、あの場で殺しはしなかっただろうが、手足は撃ち抜いてたかもな…。」

くくっと撩も肩を揺らす。

自身も相当の殺気を出していたことを思い出し、

恐らくミックも香の攻撃を受けないと被弾する可能性を考えていたのだろう。



「あのバカ、かずえちゃんがいるのに、

まぁーだお前にちょっかい出そうとしやがって…。」

耳朶をちゅうっと吸われる。

「あ…。」

身を捩る香。

「そ、それは、治療を受ける前のことでしょっ!」

「うんにゃ、教授んところの台所で、あいつ妙なことしようとしてただろ?」

冷えた硬いフローリングでの仰向けが少し辛くなってきたところに、

撩は香をごろんと横抱きにして包み込んだ。



「もうちっと気配を読む訓練もせんとなぁ。」

茶色い髪に指を埋めながら、頬を寄せる。

ついでに足もからめてみる。

汗をかいたあとの残り香りが、これまでと違う体の匂いを醸し

ぞくりと下腹部に熱が集る。



さらに抱き込んできた撩に、香は驚く。

「ちょ、ちょっと撩っ、こ、これも訓練なの?」

胸の中でくぐもった声で香が聞いてきた。

「あ?」

そう言えば、トレーニング中だったと我に返る撩。

香の抱き心地があまりにも良過ぎて、

何の時間だったか一瞬忘却した。



「こ、この状態も、あたし脱出できるスキルはないわよっ。」

もごもごと胸板に埋もれている香は、いつまでも放さないどころか、

さらに深く抱き込まれたことに、

休憩なのか、訓練なのか、ラインが分からない。

そもそも、この男がちょっとでも本気になったら、

全くかなわないのは十分に分かっている。

とにかく、動けないので撩のアクションを待つしかない。



6階の吹き抜けでくっついて転がる大柄な2人。

撩の頭に天秤が浮かぶ。

「うーん。」

半ば真剣に悩む男。



選択1:このままここで香ちゃんと仲良しタイム。

    しかし床が硬い。立ちもっこもまだ早い。

    きっと香も自分が汗をかいているから、嫌がる度合い高し。

選択2:素直に訓練の続きをして、うまいメシを作ってもらって、
 
    シャワー浴びて、すっきりしたら、

    自分の部屋のベッドで仲良しタイム。



かしゃんと、選択2におもりが乗った。



「よしっ!」

がばっと起きた撩は、そのまま香を抱き上げ、素早く立たせた。

「わわっ。」

「次は護身術の入門編だ。」

突然、流れが変わったことにまだ思考がついていけない香は、

きょとんと撩を見つめた。



*****************************************************
(13)へつづく。





今思えば、
少年誌だったからあの程度ですんでいたのかも…?

15-11 Rope Jumping

第15部 Mean Of Luck  

奥多摩から8日目


(11)Rope Jumping  *****************************************************4418文字くらい




「早かったな。じゃ、やるか。」



吹き抜けの中央にあるテーブルで

座って足を組んでいたTシャツ姿の撩は、

持っていた縄跳びを、香にぽいっと投げ渡した。

「わっ、と。」

驚いて受け取る香。

「な、縄跳び?」

「そ。」

「こ、ここで?」

「そ。」



縄跳びをほどいて、両端のグリップを持つ香。

「わぁ…、懐かしい。何年振りかしら?」

両脚で紐を踏み、きゅっと長さを揃える。

「たぶん、小学生か中学生以来かも。」



ひゅひゅひゅん、といきなり二重飛びを軽く数回すると、

感触を思い出し、少女時代の記憶が蘇る。

「まずは、普通に飛んでみろ。俺がストップって言うまでな。」

「あ、うん。」



言われた通り、ノーマルの跳び方を始める。

パシパシパシパシと、縄跳びの紐と床が接触する音が、

規則的にフローリングに響く。

「早さはこんなんでいいの?」

飛びながら、撩に尋ねる香。

「今日はな。」

テーブルに肘を付いて顎を右手に預け、

椅子に座ったままで足を組む撩は、

寄り目でさらっと答える。



「あ、数えなくていいの?」

縄をまわしながら、思い出したように聞く香。

「俺がカウントしてる。」

「あ、ありがと…。で、でもホント懐かしい。」



疲れを見せないで、香は淡々と続ける。

飛んでいる位置も殆どぶれず、姿勢もいい。

手首をまわす動きも無駄がない。

飛ぶ高さも必要最低限。



撩は、なかなかのスタイルに高得点を付けた。

最初は1分間に60回のペース。

これを5分やって約300回、これを2セットが今日の縄跳びのノルマ。

ジョギングよりも消費カロリーが高い運動故、

最初に急激に進めると無理がくる。



「なんか、この早さならいつまでも出来そう。」

「調子に乗るとバテるぞ。」

「すごく気持ちよく飛べるから、これだけで結構楽しいかも。」

「おまぁ、しゃべり過ぎ。」

「あ、ごめん。」

飛びながら、ペロッと舌を出した香は、殆ど疲れを見せずに続ける。

ヒュヒュヒュヒュと、空気を切る音と、

パシパシパシパシと、床が叩かれる音、

タンタンタンタンと、香が床を蹴る音が

規則正しく重なっていく。



縄跳びは、基礎体力を上げるのに効果的な運動の一つ。

まずは、土台を固めておかなければならない。

普段からエアロビなどで有酸素運動をしている香は、

そこそこの運動神経は供えている。

そこにプロの指導が入れば、ファルコンのトラップ同様、

すぐに飲み込み能力がアップすることは撩も分かっていた。

しかし、いずれ表に返さなければと、

あえて銃の訓練も格闘技も教えることは殆どしなかったのだ。

揺れる茶色の髪を眺めながら、そんなことを考える撩。



「じゃあ、いったんやめー。」

「え?おわり?」

パシと床から一つ音がして、縄は止まった。

「うんにゃ、5分休憩。」

「ふぅ。」

動きを止めたとたんに、じわりと背中に汗が浮いてきた。

「…ねぇ、ちょっと『はやぶさ』出来るか試していい?」

「はぁ?ハヤブサぁ?」



撩の返事を待たずに、

香はすっと息を吸うとグリップを持った手を正面に伸ばした。

タンッと高く垂直跳びをすると、腕をクロスさせてあやとびの二重飛びに

挑戦してみた。

1回は成功が、連続で縄をまわそうとしたら、足にひっかかってしまった。

「ったた!っと、ざ、残念っ。昔は続けて飛べたんだけどなー。」

また続けてしようとする香に、撩は目を丸くして声をかける。

「おいおい、休憩って言ってんだろ。

それになんだよ、そのハヤブサっつーのは。」

「あ、あのね…。」

香は学校が作った「なわとび検定」の思い出を話そうとした。

しかし、途中まで出かかって、はっと言葉を飲み込んだ。



これは、義務教育を受けていれば分かる文化の一つ、

学校にもよるが、

縄飛びを児童や生徒の体力作りに導入して力を入れているところもある。

しかし、撩がこの単語を知らないことに、生い立ちの違いを強調するようで、

香は説明することを少し躊躇した。



「なんだよ。」

しばしの沈黙は撩の質問で途切れた。

黙っているのも、訝しがられるので、話すことにした。

「あ…、あのね、…縄飛びをクロスさせて飛ぶのを

『あやとび』って言うのは聞いたことある?」

「ああ。」

「その『あやとび』の二重飛びが『はやぶさ』っていう技なの。」

「なんだそりゃ。」

「『むささび』って呼んでる子もいたけど、

『はやぶさ』のちょっと違うバージョンだっていう子もいたわ。」

「ふーん。」

「学校で勝手に名前つけていたみたいだけど、たぶん全国区のはずよ。

転校生の子も知ってたし、

今の小中学校でも取り入れているところあるんじゃないかしら。」



「ふーん、じゃあ、一番難しい技は?」

撩はにやりとしながら聞いてきた。

「え?」

「なんかランク付けがあんだろ?最上級の技はなんてヤツ?」

「えーと、確か『後ろ三重跳び』だったかな…。」

クラスの男子ができっこねーと、騒いでいた記憶がある。

「貸してみな。」



撩は香の持っていた縄飛びをすっと取り上げると、持ち手を握り、

縄を伸ばした。

予備のアクションなしに、いきなりヒュヒュヒュンと空気がなった。

「こうか?」

さらりと実演してみせた撩を見てぽかんとする香。

「…あんたって、ほんと、なんでも無駄に器用にできちゃうのよねー。」

「無駄っちゅーのはなんだよ。」

「そのまんまの意味っ。」

ぷいっと視線をそらす香。



「全然疲れてなさそうだな。じゃあ続きすっか。」

縄跳びをポンと香の手に返し、また椅子に座る撩。

今度は背もたれを足で挟むようにして、逆向きに腰を下ろした。

腕を組んで顎を乗せる。

香はそこで、初めてテーブルの脇の別の椅子の上に、

タオルとミネラルウォーターがあるのに気付いた。

(あ、あれ?いつ用意したんだろ?)

「つ、次は?」

「さっきと同じ、普通の早さで300回。」

「ええ?さっき300回跳んでたの?」

「そ。」

「驚いた。自分で数えてなかったから。」

「ほれ、続き。」

「あ、うん。」



縄跳びを構え直して、再び縄を回転させる香。

てっきり、すぐに武術でも始まるかと思っていたので、

いきなり縄跳びを渡され面食らったが、

なんだか、何かの映画で見たボクサーの姿を思い出し、

きっと基礎トレーニンングなのかもしれないと、

気を引き締めて取り組むことにした。



しばらく安定した跳び方を続けていたが、

だんだんと、撩に見られているのがなんとなく恥ずかしくなり、

一瞬、意識が縄跳びから離れた。

そのとたんに、足に縄が引っかかってしまう。

「あ…。」

慌てて体勢を立て直し、再開する香。

にやっと口角をあげる撩。



「おまぁ、今集中力途切れたろ。」

「え?」

「んと、分かりやすいなぁー。」

「んなっ、だ、だ、だれだって、そんなじぃーっと見られれば気になるでしょっ!」

顔をやや赤らめながら言い返す香。

リズムがやや乱れるが、なんとか持ち直す。

「ふ、おまぁさ、跳びながらよく会話できんなぁ。32+98は?」

「ええ?」

いきなり算数の問題を出す撩。

「跳びながら答えてみ?32+98は?」

「え?えーと、…2、…8。…10、えーと、ひゃく…」

ここで引っかかってしまった。



「はい、失格ぅー。」

「なによ、もうちょっとだったのにっ。」

悔し混じりに言い返す香。

また跳び始める。

「答えは130でしょ。」

「会話は無理なくできるけど、計算は苦手ってところか。」

「縄跳びしてなくっても、二ケタ以上の暗算は辛いわ…。」

普段、電卓ばかり使っているので、頭の体操が不足しているのを自覚する。

「ま、これも訓練だな。」



2セット目の終盤で、やや息があがってきた。

こめかみから一筋、二筋と汗が流れる。

背中はすでにしっとりしていて、

ハイネックとトレーナーを着ているので、体も熱を逃がせず火照ってきた。

自分で数えていないので、いつ終了か正確に掴めないが、

そろそろゴールかもとイメージをたぐる。



「りょ…、も…、そろそろ?」

「お、勘がいいな。あと20回。」

「ぁ、汗が目に、入る…。」

片目を細めながら、香が呟く。

まるで、情事の時のような掠れた小声に、濡れた前髪、やや荒い息づかい、

染まった頬、それらが、もっこりタイムを思い出させ、

撩の息子が反応しそうになる。

(やべやべ、大人しくしろっ。)

慌てて血液をよそへ流す。



「はい、終了。」

「っはぁ〜。」

腕を止めて、膝に手をつき、前屈みで息を整える香。

丸くなった背中が大きく上下する。



「な、縄跳びって、こんなに疲れるもんだったっけ?」

久しぶりに跳んだせいか、2セット目はかなり疲労している。

昔に比べたら体重も重たくなっているので、

身軽さが比べ物にならないのは仕方ない。



「走るよりカロリー食うからな。」

香にポイッとフェイスタオルを投げる。

「あ、ありがと。」

上体を起し、タオルで顔を拭く香。

「これ、まずは1週間な。」

「え?縄跳びを?」

「そ。普通の早さで1分60回前後、5分やって300回を1セット。

休憩入れてもう1セット。わかったか?」

「うん。」

「じゃあ、準備運動終わり。休憩したら、次は簡単な護身術だ。」

ぽいっとミネラルウォーター入りのペットボトルを投げた。

「わっ。」

いつも投げられたものをギリギリで受け取る香。

「飲み過ぎんなよ。」

「ぁ、ありがと。」

きゅっとキャップをまわし、少しだけ口に含む。

ついでに縄跳びも結んで、テーブルの上に置いた。



そんな香の呼吸や顔色、汗の出方などをちゃんとサーチして、

体調管理もさりげなく確認する撩。

(あんまり疲れさせると、夜に響くしな…。)

そう考えたとたん、顔はにへらっと弛み、もっこりが元気になる。



撩のスケベ顔に気付いた香は、ぎょっとした。

椅子の背もたれのスリット越しに見える物体も同時確認し、

また反射でミニハンマーがスコンと跳ぶ。

「ぐがっ!」

「あ、あんた、な、なに昼間からもっこりしてんのよっ!」

「ってー。」

顎をさすりながら椅子の背もたれで脱力する撩。



香は、エロ本も、ビデオもなにもない状態で、撩が何を妄想していたのか

さっぱりだった。

「ま、まさかテーブルの下にH本隠してるんじゃないでしょうねっ。」

タオルを首にかけボトルを置き、木製テーブルの下を覗き込む香。

当然何もない。

「あれ?」

とたんがばりと抱き込まれた。

「わわっ!」

対面式で撩の腕の中に収まった香。



「おまぁ、鈍感にも程があるぞ。」

香を見下ろす撩。

「ななな…。」

顔をぼぼぼっと染める香。

「さて問題。こーゆー場合、脱出を試みるとしたら、どう動けばいい?」

「え?」



もう訓練が始まっているのかと香は、ピクンと体が反応した。

トレーナーの下の体のラインにうずうずしながらも、

撩は香の目を見る。

ガンッ!

「だぁあっ!」

「やっぱこうでしょ?」

予兆を見せずに香の右足は鋭角に曲がり、

撩の股間にヒットした。

股を押さえてお尻を付き上げた状態で床に突っ伏す撩。

絶句悶絶中。



くるのは分かってたが、香の瞳にらしくもなく心が揺らぎ、

いつもだったら目の動きで分かるタイミングが読めず、

手加減のない攻撃をまともにくらった。



(ボクちゃんのほうが夜に響くかも…。)

撩は、香の素早い動きに油断した己を恨んだ。


********************************************************
(12)につづく。




なわとび検定文化、娘現在進行形です。
エアー縄跳びでも効果があることは、スポーツ栄養学で習った気が…。
ああ、腹の上のぽにょをなんとかしたい…。

【訂正のお知らせ】
もう大間抜けなミスをしてしまいました。
最新のバトンアンケート
冒頭で自分の年齢力一杯間違っておりました。
ファン歴、15年ぢゃなくて25年でございます。
数字の間違い、大変失礼いたしましたっ。
ご指摘Nさんありがとうございます!

【もうミスばっかぁ〜】
ケシさんありがとうございます!
130になおしました!
ひーん、違う式になおした時に解答の方修正しわすれ〜。
やっぱりバタバタしていると、
こんなんばっかでぇ(泣っ)。

たぶん、こんなのがまだまだ出てくると思います。
ご一報頂けると助かります。
みなさんのセンサーが頼りですぅ。

15-10 Sauteed Rice Noodle

第15部 Mean Of Luck  

奥多摩から8日目


(10)Sauteed Rice Noodles  ********************************************1950文字くらい



「いいから、ほれ、さっさと食え。」

「もうっ。…ぃ、ぃただきます…。」



鈍感と言われて、否定できる要素がないと思った香は、

ちょっとプンとした表情で、ぱくっと一口頬張る。

撩が作った五目ビーフン、

材料はあらかじめ用意してはいたものの、

素早く調理され、

加熱の加減も調味料の量も絶妙な塩梅。



「あ、美味しい。胡麻油とお醤油がすごくいい。」



『あれ』から、何度撩の手料理を味わっただろう。

以前は海辺のホテルのオーディションや、次原舞子の時とか、

ごくごく限られた時じゃないと、撩が料理すること滅多になかった。

しかし、その数少ない事例の中でも、

そこで見せられた腕前もレストランのシェフ並。

一体どこで身につけたのやらと不思議に思った。



「まさか、あんた、料理学校とかに通ってた訳じゃないわよね。」

「あ?」

「あんたが作るもの正直全部あたしが作るのより美味しいし、

いつだったかしら…、

フランス料理のコースメニューみたいなものも作ってたわよね。」

「あーん?随分前の話しだな。」

「和洋中なんでも出来そうよね…。誰かに教わったの?」

頬を膨らませて箸をくわえた撩は、香を見て目をぱちくりさせる。

が、すぐに皿に向かいはぐはぐと食べながら、

何口目かの時に小さな声でぽつりと言った。



「……部隊に、色んな国のヤツがいたからさ、手に入るもんで色々作ってたんだよ。」

「ぁ…。」

滅多に昔のことを言わない撩が、ゲリラ時代のことを呟いた。

「それにぃー、料理できる男のほうが、何かとモテるしぃー、ぐふっ。」

ミニハンマーを期待して吐いた後半のセリフだったが、

香の表情は予想と違った。

視線が合うと、香は申し訳なさそうな顔で下を向いた。

「ご、ごめん、…りょ、また、あたし余計なこと、…き」

「基本的に作るより食う方が性に合ってるから、まぁよろしくたのむわっ。」



香の謝罪を遮るかのように、少しボリュームを上げた明るい声で答える撩。

そのままガツガツ食べ始めた。

このやりとりも、きっと撩の配慮。

聞かなくてもいい質問をしてしまったことを、

必要以上に重く受け止めてしまった香。

その空気を変えようとしてのおちゃらけに、

さすがにそのままでは便乗できなかった。



「……ぅん、…わかった。」

ぱくりとまた一口運ぶ。

「うん、ほんと美味し…。なんかさ、すごく贅沢かも…。」

申し訳ない表情を少し残しつつも、薄く微笑む香。

「んぁ?」

頬を膨らませた撩が目を点にしている。

「あ、あたしも、う、腕が上がるように努力はしてみる、わ…。」

照れくささを隠すように、慌てて食べ始める香。



「でもさ…、な、なんか…、あ、味付けの希望とか、

好みのメニューとかを教えてくれればいいんだけど、」

もぐもぐと口を動かしながら言ってみる。

「あんた、いくら聞いても言ってくんないから、

こっちもどうしても自己流になっちゃうのよねぇ。」

できるだけ、急いで食べなきゃと思いながらもついしゃべる方の口が動いてしまう。



「だから、食えりゃあいいって、いつも言ってるだろうが。」

頬袋をぱんぱんにしたまま、

撩ももしゃもしゃと食べながら返事をする。

さっきの言葉で、省略と置換したくなかった言葉は、

のどの手前まで出てきたのに飲み込んでしまった。



— 基本的に作るより

    『おまぁの作る食事を』食うほうが『好きだ』から、よろしくたのむわ。 —



せっかく日頃、伝えたくても伝えにくかった言葉を

口から出すチャンスだったのに、

こんな調子だから、

ローマンを渡した時も「おまえへのあ だ。」と

肝心な台詞をかんでしまうのだと、自身の苦みのある記憶を振り返る。

ずずーと、中華スープを飲み干すと、がたりと席を立つ撩。



「ごっそさんっ!」

食器をシンクに運び、爪楊枝を取ると、シーシーと掃除をしながら、

キッチンのドアに向かった。

「おまぁ、食べ終わったら、下だけトレーニングウェアに着替えてこい。」

振り向き様にそう香に伝える撩。



「え?」

「まずは、吹き抜けで軽く準備体操すっぞ。足元も運動靴な。」

「吹き抜けで?」

香はもっと別の場所でするものかと思っていたが、

6階の吹き抜けのフローリングが

どうやらトレーニングルームになるらしいことを伝えられ、

一体何から始めるのかと、少し心拍が上がる。

「あ、ちょっと待ってて。

片付けもあるし、お金もここに置きっ放しできないから、

少し時間頂戴。」

「りょーかい。」

パタンとドアが閉まった。



「は、はやく食べなきゃ…。」

大急ぎで食べ終わり、食器を片付け、夕食の下準備も軽くし、

客間でパンツだけをスポーツウェアに着替えた。

いきなり2件立て続けに入った報酬は、鏡台の引き出しにそっと入れる。



「明日、支払いと預け入れに行かなきゃね…。」

香は、明日の動きをイメージしながら、部屋を出て、

そのまま吹き抜けに繋がる扉をそっと開けた。


*****************************
(11)へつづく。




さやかにも弁当作ってましたよね〜。
たぶん、店出せるくらいのスキルと知識はあってしかりかと。
しかも多国籍料理なんでもこい的で。
でも、結局食べたいのはカオリンの料理なのだ。

CITY HUNTER-冴羽リョウが好きな人のためのバトンに答えてみました

毎日沢山の拍手を頂戴し、
元気を頂き励まされております。

ここにお越し頂いた全てのみなさまに、
この節目節目の場をお借りして、
改めて感謝申し上げます。

本日、気がついたら7000パチパチ。
このところ、
まともに管理画面をかまえなかったもので、
4ケタ目の数字が変わったことに大変驚きました。

何も準備していなかったので、
大急ぎで下記のバトンに回答してみました。

「My beloved」の芹霞さんが作られた
FC2ブログ内サービスのバトンです。

過去のアンケートものと類似の設問もありますが、
とりあえず拾ったバトンは消化しちゃおう作戦。

全50問、お時間にゆとりのある方、
見てやってもいいぞ、という方、
続きをご覧頂ければと思いま〜す。

カオリストだけど、やっぱり撩がいなきゃだめなのよ〜。
あのもっこり男じゃなきゃだめなのよ〜。
という訳で始めますっ。


City hunter-冴羽リョウが好きな人のためのバトン

→続きを読む

15-09 Mean Of 777

第15部 Mean Of Luck  

奥多摩から8日目


(9)Mean Of 777  *******************************************************3581文字くらい



「あー、腹減ったっ。」

駐車場から階段を上りながら、撩は腕を伸ばしてストレッチをする。

「すぐ用意できるから待ってて。」

香が玄関を開けくぐろうとすると、

撩が寄り目になりながら、香の両肩を掴んだ。



「用だったら、声かけろよ。」

「え?」

振り向いた先には、2メートルオーバーの影が。

「う、海坊主さんっ。」

いきなり階段の脇からのそりと現れた巨体に驚く香。

「入って行くか?」

顎をくいっと動かす撩。

「いや、ここでいい。」

ファルコンは、胸元からマチ付きのA4茶封筒を取り出した。



「報酬だ。」



どさっと重みのある質感が撩の手に渡る。

封は糸で縛るタイプだ。

「へ?あの埠頭の?」

「俺と教授とミックとお前で仕事量に応じて分配した。」

「……半端な金額だな。」

にやりと口角を上げる撩。

「お、お、お互いの、こ、幸運を、しゅ、しゅ、祝して、だっ。」

かぁーと茹で蛸になりながら、ファルコンはそう言った。



香はなぜ金額が半端なことが封を開けていない撩に分かったのか、

『幸運』とは何を意味しているかさっぱりで、

きょとんとした顔のまま。



撩は、ふっと目を細めると、封筒をつまみ上げて揺らした。

「『幸運』、ね…。」

「う、受け取っとけ。」

そう言い残して、ファルコンはどすどすと階段を降りて行った。



「そ、それって、この間の大井埠頭の時の?」

「そ。」

撩が持っていると軽そうに見えるが、封筒の膨らみは決して薄いものではない。

「香ちゃん、数えてみる?」

玄関を閉めながら、寄り目のままつまんだ封筒を揺らす。



階段を上る撩の後ろ姿を香は追うが、

料理の時間や訓練の時間を考えると、

出来たら後回しにしたいが、大事な入金のようなので、

経理担当としても早めの確認はしておいたほうがいいとは思う。



「お昼ごはん食べてから、確認しようかしら。」

廊下を歩きながら撩が振り返る。

「昼飯何?」

「五目ビーフン。」

「じゃあ、俺が作っから、その間にカウントしてみろ。

タコの言った意味がそれで分かる。」

「え?」

話しているうちに、

いつの間にか2人でダイニングキッチンに辿り着いた。

「ほれ。」

封筒をぽいっと渡される。

「わっ、重たっ。」

想像以上の質量に目を見開く。



「ふん。ビーフンは、もう戻してあるんだな。お、キクラゲもあるな。

じゃあ、後は炒めるだけか。」

材料はすでにまとめられていて、

中華鍋もすでに用意がしてあり、

もう一つのコンロには中華スープが作られている。



「ちょ、ちょっと撩!いいわよ!あたしがするわよ!」

自分から料理をしようとする流れに、

もうあれから何度も手を煩わせているのに、

この昼食も作ってもらうことなど、

あまりにも申し訳なく、受け入れがたい。

基本的に撩のための食事作りは

自分が出来る数少ない仕事の一つと思っている香。

なんとか止めようとするも、次の撩の台詞で動きが止まる。



「おまぁの今の仕事はその中身を確認すること。」

「え?」

「束は1つ100だから、束以外をちゃんと数えてみ。」



そう言いながら、手を軽く水に流した後、

撩はそばのカゴにある野菜をちゃっちゃかカットして、

豚肉にエビとイカもサイズを合せる。



「う、うん。わかった…。」

すでに作業を始めてしまった撩の背中を横目で見つつ、

香は、封筒の重さに驚きながら、ダイニングテーブルに座ると、

恐る恐る糸をまわして封を開いた。

そっと覗き込む。



まとまった金額を手にするのは、初めてではないが、

小切手とか、振り込みではなく、ゲンナマでポンと渡される金額としては、

見た目だけで緊張が走る。

さっきの教授からの振り込みに驚いたばかりなので、

滅多にない立て続けの報酬に香の心中は素直に穏やかにはなれない。



「下見、準備、本番で3日使って、けっこう銃火器も持ち出しだったらから、

まぁ、妥当なもんだろ。」

そう言いながら、撩はごま油で溶き卵を先に半熟で炒め別皿にとる。

油をひきなおし、次に豚肉、キャベツ、人参、キクラゲ、イカ、エビを投入。

中華鍋から美味しそうな香りが立ち上る。



「で、でも、受け取る心の準備ができてなかったから、驚いた…。」

出来るだけ封筒から出さずに、また中身を覗き込んで先に束をカウントする。

(え?7つ?な、な、ななひゃくまん??)

もう一度封の口を指で開いて数え直す。

確かに同じ束が7つある。

他の束の帯と違う色の帯でまとめられているやや厚さの薄い紙幣が目に入る。

「これは端数?」

それだけ取り出して、カウントを始める。

銀行員の手つきの様に、器用にパラパラと紙幣の角を指に走らせて行く。

「え?」

一往復数え終わった香は、もう一往復で再チェックする。

「……やっぱり同じ。」



「わかったか?」

ジャーとビーフンと卵を加える撩。

「…撩、…あんた、…なんで開ける前から金額分かってたの?」

「ボクちゃん、重さでだいたい分かっちゃうのぉ〜。」

振り向き様に、くねくねオネェモードで、フライ返しを可愛く持つ。

「紙幣なのに?」

撩の寒いギャグは綺麗に無視して、自分が数えた紙幣の束を封筒に戻す。

「まぁ、硬貨の方が分かりやすいけどな。」

突っ込みを期待してのおちゃらけが流されてしまった撩は、

また中華鍋に向き直ってそう答えた。

「人間メジャーって、女の人のスリーサイズだけじゃなかったんだ。」

突っ込むところはそこかと、ずるっと滑る撩。

「なるほどね、幸運のスリーセブンって海坊主さん言いたかったのね。」

「せぇーかぁーい。」

塩、こしょう、酒を中華鍋に振りかける。



「どうせだったら、7777円も付けてもよかったかもね。」

「ふっ、おまぁ面白いこと考えるな。」

醤油をさらりとかけまわす。

壁面に垂れた茶色い液が蒸発しながら、香ばしい香りを更に広げる。

弱火で加熱していたスープも温度が上がり、湯気が見える。



「これでしばらくは食いつなげそうね。消耗品や備品も買わなきゃならないし。

アパートも修理しなきゃいけないところが結構あるのよねー。」

そう言いながら、ふと思いが過(よぎ)る。



3日で777万という数字は、

資産家以外、まともな仕事をしていたら縁がない日給だ。

命がけでの受注業務とも言えるのに、

それを妥当だとさらりと言った相方の背中を見つめる香。



自分たちは、これが仕事。

食べて生きていくのに、選んだ道。

金額が大きければ大きい程、生命の危険にも晒(さら)される。

自分だけでは、決して出来ない稼ぎ方に、

いかにその相方の仕事を支えていくべきか、

パートナーとしての自身の資質を振り返り、表情を少し暗くする。



ただ今は、出来うる限りのことをしていくしかない。

撩も自分をパートナーとして鍛えることを宣言し、

午後にも本格的にスタートする。

能力の差に落ち込んでいる場合ではない。

パートナーとして最善を尽くすことを第一の念頭に置くべきと、

気分を切り替える。



「撩、お仕事…、お疲れ様でした。」

「はぁ?な、なんだぁ?」

中華鍋の中身を炒めながら、撩は振り向いた。

香からの突然の労(ねぎら)いの言葉に素で驚く。



「だから、仕事して稼いできたくれたってことにっ。」

ちょっと顔を赤らめている香は撩と目が合うと、慌てて視線を逸(そ)らす。

「ら、ラッキーって、無事仕事を終えたからってこと?」

「は?」

撩のターナーが止まる。

「え?だ、だから、たいした怪我もなく仕事が片付いて幸運だってことで、

ラッキーセブンじゃないの?」

撩はがっくり肩を落として、焦げ付く直前のビーフンを炒め直し、火を止めた。



「っんと、こーゆーことには超鈍感なんだよなぁー。」



香は封筒をテーブルに置き立ち上がった。

「ふーんだっ、どーせ、あたしは鈍感ですよーだ。」

むっとした分かりやすい表情で、

食器棚から大皿と中皿を取り出し撩に渡す。



「今回の仕事は、無事だとか何だとかまったく考える必要がねぇくらい、

たいしたことじゃねぇーもんだったの。

それに何で海ちゃんが茹で蛸になりながらあんなこと言ったのか、

おまぁ、まだ分かんねぇの?」

皿を受け取った撩は、

香の分を先によそい、残りの数人前を自分の大皿に盛り付けた。



「そ、そう言えば海坊主さん、

赤くなりながら、しどろもどろになっていたわね…。」

皿をテーブルに置きながら、

香はさっきのファルコンの様子を思い出した。

「えー?、楽な仕事の割に入金が多くてラッキーっとか?」



香は、中華スープを注(つ)ぎながら、考えを巡らす。

席についた撩は、深ぁーく溜め息をつく。

「おまぁ、っんとに分かんねぇのか。」

「え?これも違うの?だったら、あんたにとってラッキーっていったら、

ナンパが珍しく成功したとか、行きつけのお店でかわいい子に会ったとか、

そっちのほうじゃないの?

あれ?でも海坊主さん『お互いの』って言ってたような…。」



ぶすっとしている撩に箸を差し出しながら、香は眉間にしわを寄せた。

「おまぁ、夜までに正解を出せ。じゃないと罰ゲームだな。」

頂きますも言わずに先にばくばくと食べ始めた撩。

「はぁ?なんでよっ!」

納得いかない香はもちろん即座に抗議。



配膳が済んだ食卓に2人が向かい合って座る。

キッチンにはごま油と醤油の香りが漂っていた。


*********************
(10)につづく。




ま、また撩にメシ作らせちまった…。
関係が変わったら、こーゆーところも激変ということで…。
原作中で具体的な額面が出ていたのは、
小林みゆき編とアルマ女王の時の500万の小切手くらいしか
記憶がないのですが、
いまいち相場もよくわからんのでこの辺テキトウです。

先日、環境教育関係の機関誌を調査していたら、
「もりっこ通信」なるものが出て来た。
これが「もっこり通信」に見えてしまったワタクシ、
かなりイってしまっているかもしれん…。

【追記】
この日、1日あたりの拍手が81パチになっておりました。
恐らく過去最高記録かもと思います。
序盤から読んで下さっている画面の向こうの方のお陰と
推察しております。
本当にありがとうございますっ!
2013.02.07.02:34

15-08 Receipt

第15部 Mean Of Luck  

奥多摩から8日目


(8)Receipt  ***********************************************************1568文字くらい



「あ、そうだ。銀行にも寄ってくれる?」

クーパーに乗り込んだ香がそう頼んだ。

「あ?」

エンジンがかかり車が動き出す。

「たぶん振り込みがされていると思うの。」

カバンの中から通帳を探す香。

窓の風景は幹線道路、平日の日中は人が少ない。

「誰から?」

視線だけ香に向ける撩。

「教授。」

「え?」

思わず香のほうを向く。



「えーと、5日間通った分のアルバイト料みたいなものと、

カードが使えなかったお店の食費の立て替えだって。」

「なんだ、ただ働きかと思ってたぜ。」

「私もそのつもりだったんだけど、受け取っとけって強く言われちゃって。」

「んじゃ、先に駅に行くぞ。」

「うん。」



東口のロータリーに停車すると、香は速やかに構内へ向かった。

悲しいかな、こういう予想ははずれない。

「やっぱりなしか…。」

端から端までチェックして、溜め息をついてすぐにUターン。

素早くクーパーに戻った。



「その顔は、なし、だな。」

「あ・た・り。」

さっきの撩の口調をまねて返事をする。



「ちょうどいいタイミングで、ちょうどいい仕事量が入ればいいんだけどなぁ。」

「そう都合良くいくわけねぇーだろ。待ってりゃ、そのうち舞い込んでくるさ。」

「って言ってるけど、半年間依頼がなかったこともあったんだからね。」

「へいへい。銀行はATMでいいかぁ?」

「あ、えーと、どうしよう。まぁ、記帳して生活費少しおろせればいいから

そっちでいいわ。」

「りょーかい。」



駅からやや離れた国道添いで、クーパーが路肩に停まる。

「じゃすぐ戻ってくる。」

「あいよ。」

気の抜けた口調で送り出しはしたが、センサーは常に周辺に違和感がないかサーチ中。

(あ、馴染みの情報屋がビルの陰にいやがる…。

まぁ、この車でうろついていれば目につくわな。)

とりあえず、香に接近する様子もないので、スルーしておく。



一方香は、ATMの前で操作していたら、

記帳された金額を見てフリーズした。

「え?」

通帳を食い入るように見る。



「ええええ???」



思い描いていた入金の数字のケタが1つ違う。

「どどどういうこと?」

一気に潤った桁数に香は混乱する。

並んでいる人が訝しがっているので、香は慌ててお金を引き出す操作をした。

(と、とりあえず撩のツケを払うのにおろさなきゃ。)

押し付けられた請求書の束を思い出しながら、

だいたいこれくらいの金額でいいかと、キーを押す。

バタバタバタバタと紙幣がカウントされる器械音が

いつもより長くちょっとドキドキする。



『ご利用ありがとうございました。』

器械に丁寧に挨拶をされ、つい香は返事をしたくなる程、

滅多に手にしない金額にやや緊張する香。

素早く通帳と紙幣をカバンの中に入れ、急いで撩の待つ車へ戻った。



「なんだよ、血相変えて。」

転がり込むように車内に戻ってきた香の雰囲気が違うので、

とりあえず聞いてみる。

「あ、あ、あのね、きょ、教授から振り込まれていたんだけど。」

「で?」

「こ、これって普通の相場なの?」

「どれどれ。」

香が通帳を手渡した。



教授から50万。



不安な顔をする香。

「ねぇ、これって教授が金額間違って振り込んだんじゃないの?。」

「いや、問題ないだろ。こんなもんだよ。」

「ええ?だ、だって、教授宅での通いもたった5日だったし、

食材だってこっちが出した分なんてたかが知れているし、

一日1万でも、ケタが一つ多いのよ。これ絶対おかしいわよっ。」

「あー、たぶん俺がやった銃のメンテ代も入ってんじゃない?」

「あっ…。」



そう言えば撩も使われていたことを思い出した。

「気にすんな、素直に受け取っとけ。」

「うー。」

「じゃ、他に寄るとこなかったら帰るぞ。」

「う、うん。」



通帳を受け取ると、

香はまだ得心がいかない表情で、カバンにしまい込んだ。

(とりあえず電話でお礼を言わなきゃ。)

そう思いながら荷物を胸に抱いて、

疑問を残しつつ家路に着いた。


***********************************
(9)へつづく。





カオリンよく頑張ったもんね〜。
当然、当然。受け取っときな〜。
半年仕事がなかったのは、
確か柏木圭子のガードの時の発言だったかな?

【追記】
未完成のままアップしてしまっていました…。
最後の一文、
冒頭に「そう思いながら」を追記しました〜。
2013.02.06.02:33

15-07 Mean Of Hummer

第15部 Mean Of Luck  

奥多摩から8日目


(7)Mean Of Hammer  **************************************************3685文字くらい



「あーあ、首元まで濡れちまったな…。」



受け取った設計図を、

武器庫の奥のテーブルの上に投げ置き、

ブースに起きっ放しだったグローブと縄跳びを回収しながら、

自分のTシャツの胸元を引っ張る。

「ヘタな芝居しやがって…。」

麗香の一句一言を思い出す。



彼女もかなり辛い気分を味わっていることは間違いないだろうが、

その想いに答えてやることはできない。

それでも、香を守るためと断言した麗香の強さに、

冴子の姿が被った。



「野上家もハガネの女揃いだな…。」



しかし、まさか日下美佐子の話しが出てくるとは思わなかったと、

夏の初めを振り返る。

依頼中、麗香は別件で忙しかったので、

直接の様子は殆ど知らないはずと思っていたが、

考えてみれば高校の時からの親友という関係、

電話などで色々と情報を得ていることになんら疑問はない。



「ヘタな芝居してたのは、俺のほう、か…。」



射撃場の戸を閉め、階段を昇る。

あのドタバタ劇を思い出してくくっと肩を揺らす。

「Hand cuffsか…、い、いや、まだ早過ぎるかっ。

いや、でもやってみたい気も…、だぁーだめだ!まだ、だめだっ!

ちきしょっ!余計な妄想のネタが頭から離れんっ。」

一人階段を昇りながら、自分の頭部をゴツっと叩く。



玄関に入り、吹き抜けのフロアに寄り、

書籍コーナーの壁側のテーブルに手に持っていたものを置いた。

リビングに入ると、すでに洗濯物も干してある。

キッチンから音がするので、香が昼食の下ごしらえ中であることを察知する。

どさっとソファーに腰を下ろした。

ここもすでに掃除機をかけ終わっている。

横になろうと思ったが、胸元が気になったので、

脱衣所にタオルを取りにいくことにした。



「あら?どっか行ってたの?」

キッチンから出てくる香と鉢合わせになる。

「ああ、地下に道具取りに行ってた。」

「もうすぐ出れるから、もうちょっと待ってて。」

何の道具か突っ込むことも省略して、

そう言い残し、ばたばたと小走りに吹き抜けに向かう香。

たぶん午後のことを考えて大急ぎで家事をこなしていたのだろう。

少し息切れ気味の呼気が気になった。



「バテるぞ、あいつ。」



苦笑いしながら脱衣所でタオルを一枚つまむと、

襟元をごしごしとこすりながら、

またリビングへ戻ることにした。



「コーヒーじゃなくてよかったぜ。」

長辺側の端に座ってTシャツにタオルを押し付ける。

だいたい湿り気をとったところで、

香がリビングに入ってきた。



「おまたせ。」



変なところで観察力がある香は、

少しだけ縁の色の変わったTシャツと、

ガラステーブルの上のタオルを見て、すぐに謎を感じた。



「あんた、何かこぼしたの?」



イメージとしては飲んでいるものを零して服が濡れたという状況証拠だが、

コーヒーの色ではない。

撩は正直に言うことにする。



「あー、さっき麗香のところに行ったら、茶ぁぶっかけられた。」

「はぁあ?」

「地下のトンネルを隠し扉にするんだと。メモ書きがあったらから

ちょっくら話し聞きに行ったらこれだ。」

ちょいっとTシャツをつまんでみる。



香は小さく溜め息をつく。

「はぁ…。あんた、またいつも通りに振る舞って、

麗香さんにちょっかい出したんでしょ。」

ほぼ正解だが、麗香の怒りを買った文言は伏せておくことにする。

「あ・た・り。」

香は腕を組んで相方を見下ろす。



「そーねー、撩から、女の人にちょっかい出すのを取り上げたら、

なんか撩らしくなくて気持ち悪いし…。でも被害に遭う人ほっとけないし。」

「おい、なんだよそれ。」

「でも、依頼人の気分を紛らわせようとして、もっこりしていたのも分かるし…。」

香は腕を組んだまま左の指で小さな顎を支え、視線を遠くに外す。

「あ?」

撩は少しだけ片眉をあげた。

香がそこまで読んでいたことをここで初めて知る。



「だいたいどこまで本気かよくわかんないし…。」

顎にそえていた指をこめかみに当て、うーんと目を閉じて思案する香。

「その気になった依頼人からは逃げてたしねぇ。

そもそも、あんたのスケベ顔見ちゃうと、反射でハンマー出ちゃうし…。」

勝手に分析を始める香。

「第一、よけられるくせに、なんでまともに食らうのかギモンなのよねー。」

「あー、それって、一昨日いや、その前の日あたりに話さなかったっけかぁ?」



やっぱり買い物帰りに話したソニアの時のことを、

100%理解している訳ではなかったらしい。

撩は、少し腰を浮かせて香の服をひっぱり、自分の腕の中に抱き込んだ。

「わわわっ!」

突然伸びてきた腕に驚くも、なんとか体勢を立て直した。



「っな、なに、なに?」

「ったく、この鈍感さと敏感さの落差はすげえな。」

ちょっとムスっとした撩のアップ。

「はぁ?どういう意味よっ?」

ソファーの端、お姫様抱っこスタイルで撩の腕に抱かれているシチュなのに、

素で返事をしてくる香に、くくくっと撩の肩が揺れる。



「かおりちゃんのハンマーは、ボクちゃんに関心があるから、出るもんであって、

もし無関心だったら、そのままスルーされる訳だろ?」

「え?」

「コンペイトウもハンマーも

香ちゃんの愛情が具現化したもの、違うか?」

「ぁっ、…ぁっ、…ぃ?」

見開いた目を白黒させてパチパチまばたき、

水銀計の赤が上昇するように香の顔が染まっていく。



「だ・か・ら、よけられる訳、ないだろ?」

わざと嫉妬という単語を使わずに解説する撩。

そのまま香の顔をくいっとあげさせ、

ぱくっと唇に吸い付いた。

本日4回目。

「んーっ。」

話しがよく分からないと、抗議の声を出そうとするが、飲み込まれる。



唇を合せながら、撩は続けた。

「これまで通り、いくらでもハンマー出しちまってもいいから、

おしおきだろうと恥じらいハンマーだろうと、何発でも受けてやる。」

「ってことは、やっぱり相変わらずを貫き通すのね…。」

撩の胸をぐいっと押し、つっと香が距離を置いて、

火照った顔のまま、じとっと撩を睨んだ。



「そのほうが俺たちらしいんじゃね?」

「飲んで遊んでツケ溜め込んで、

朝帰りして、ナンパして、依頼人えり好みして、夜這いして、

そしてあたしがハンマーしてって感じ?」

「そ。」



至近距離でお互いの瞳孔を見つめる。

2人だけの時以外は、どう振る舞うか、暗黙の了解で選択がなされる。

「でも、ホントにもっこりするのは、おまぁだけ。」

また不意打ち的に鼻先を吸い付かれる。

「うひゃっ。」

肩がすくんで体が伸び上がり、反射で撩から離れようとする。



「だ、だめっ、…や、や、やっぱ慣れないっ…。あ、あんたが、そ、その、ぁ、あたしに、

そんな、せせせ、セリフ吐くなんて、……し、信じらんない、よ。

誰かと、と、と、取り違えてない???」

撩の腕の中で、どもりながらじたばたする赤い香。



女扱いしなかった期間があまりにも長過ぎた。

撩が甘いセリフを使う程、

香の脳は何かの間違いと、素直に享受することを拒否している。



「こら、逃げるな。」

ぐいっと香を引き戻して抱き込む。

「わっ、ちょ、ちょっとっ。」

撩は目を閉じ、はぁと溜め息を吐いて、

香の髪に頬を寄せる。




「お前は、槇村香、俺の終生のパートナー、だろ?」




香の動きが止まった。

長くて太い指が、香の顎を優しく撫で、上を向かせる。



「りょ…。」

「何度も言ってるだろうが。ゆっくり、慣れればいい…。」



最後の言葉尻と唇の温度を感じるタイミングが同じになり、

香も見開いていた目をそっと降ろした。

長い睫毛が濡れ、行き場を失った水滴が頬をつと伝っていく。



「ん…。」



バードキスが繰り返されるうちに、

だんだん熱のある触れ合いになっていく。

香の舌が撩の口につるりと引き込まれ、歯や上顎にあたり、肩が激しくびくりとする。

その動きに、撩は勢いをふと和らめた。



「あー、だめだ…。ブレーキ壊れちまう…。」



唇を軽く合せたまま器用に喋る撩。

その声にはっとして、香は慌てる。



「そ、そうよっ!伝言板見に行かなきゃ!」



出かける前だったことを、ようやく思い出し、撩から脱出を試みるが、

力でかなうはずもなく、さらに焦りが増す。

「かおりちゃーん、行く前に一発ど」

たこちゅうの顔が目に入ったとたんに、ケジメをつけろハンマー100トンが出現。

地響きと共に床とハンマーのサンドになる撩。

「はぁ、はぁ、はぁ。」

柄を握りしめて肩で息をする香。



「あ、あんた、自分でブレーキかけらんないからって、

あたしにハンマー出させないでよ…。」

赤面したままハンマーを撤収させ、のされた撩の手を引いてリビングを出る香。

「ほら、さっさと行くわよ。伝言板確認して、戻って食事して、訓練でしょ!」

ずるずる床を引きずられる撩。

「ボ、ボクちゃん、も、だめ…。」



玄関まで降りてきて、靴を履きながら香は溜め息をつく。

「あんたが車で行こうって言い出したんでしょうが。

運転できないんだったら、あたし一人で歩いて行ってくるから、家で待ってて頂戴っ。」

当初の目的と手法を思い出した撩は、がばっと起きて後ろから香の両肩を掴む。

「うんにゃっ、今はだめだ。行くぞ。」

ぶすっとした表情で復活して、一緒に玄関を出る。

「さっと行って、さっと済ましちまおう。」

そう言いながら、2人で駐車場に降りて行った。


*****************************
(8)につづく。





次原舞子編で、香はすでに、撩のもっこりが、
依頼人の気分を紛らわせる効果があり、
撩もそれをわかっていてもっこりしていることを認知していましたよね。
それを加味しなくても、この二人のやりとりは、
安心感や楽しさ面白さを与えるパワーがあることを、
原作中の依頼人たちも、私達読者も同じ気持で感じていたのかもと思います。

2013.02.02.20:10
やっとこっちいじれた…。
目次放置で申し訳ないです。
年に30回程地元のラジオ番組でしゃべる時間があるのですが、
その度に、生き物ネタからシテハンねたに持って行きたくなる
衝動にかられそうになったりして〜。
今日も抑えるのが大変だったぜ…。
繁殖期ネタは危険、危険。
しばし、慌ただしさは続きそうなので、
色々と対応が遅れがちになりますが、
更新は予定通りですので、
お手すきの折にお立ち寄り頂ければ嬉しいです。

プロフィール

Author:きまりも
since 2012.03.31.

中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。

ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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とりあえず作ってみた
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アンソロ完成!お疲れさまでした!

やっとまともに表示できたっ!2013.12.15

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