25-05 Ramen Noodles In Soy-Souce Flavored Soup

第25部 Narusawa 

奥多摩湖畔から13日目  


(5)Ramen Noodles In Soy-Sauce Flavored Soup ***********************2345文字くらい



もろもろの日課を片付けた香は、

キッチンで昼食の準備にとりかかる。



縄跳びの前に冷凍庫から取り出していた凍ったチャーシューは、

2時間の間で少し柔らかくなったが、

この季節では完全自然解凍までには届かず、

レンジで少し温めることにした。

美樹に教わった、手作りの味付けは、脂身の旨味とあいまって

なかなかの仕上がりとなっている。



撩は3人前、自分の分は1人前で麺を用意し、

戻したワカメに、白ネギに、焼き海苔を添え、

胡麻を散らして、輪切りにしたチャーシューをたっぶりと乗せる。

とりあえず醤油味のスープで、ラーメンが出来上がり、

撩を呼ぶことに。





「りょー、出来たよー。」

リビングにいるかと思ったら、不在。

「あれ?」

さらに、あれっと思うことが。

「あらら?布団がない!」

まさか、下に落ちたか飛ばされたかと、慌ててベランダを覗くも、

その痕跡はなし。

「へ?じゃ、ど、どこいっちゃったの?」

と振りむいたところで、リビングの開いているドアの向こうを

撩が横切る。

「あと、おまぁの部屋のシーツを取り込んどけばいいんだろ?」

そう言いながら、進行方向は客間へ。

「え?な、なに?ど、どういうこと??」

香がキッチン方面への角を曲がった時には、

すでに香が自室のベランダに干した起毛のシーツを撩が抱えて

部屋から出るところ。

「とりあえずこいつは、上に持ってっとくぞぉ。」

「あ、あ、ありがと…、って、どうしてこのタイミングで取り込むこと知ってたのよ?」

すれ違う背中に向かって、ダイレクトに疑問を投げてしまった。

「あー?午後出るからだろ?十分陽に当たってるみたいだから大丈夫だろ。」

とさらっと言いのけると、すたすたと7階の自分の部屋に向かい、

ちゃちゃっとベッドにセッティングする。

「んじゃ、食いにいきますかね。」




キッチンでは、香が赤い顔をして訝しがりながら、

コップに水をついでいた。

入ってきた撩に気付いた香は、コップをすっと配膳する。

「の、伸びちゃうから、早く食べちゃって。」

「あいよ。」

がたりと座った撩は、先にレンゲでスープをずずっと味わうと、

満足そうに、一気に麺をずるすると搔き込み始めた。

頬を染めたまま、香も席につき、撩をちらりと見ながら、箸を持つ。

「い、いただきます…。」

香も、スープ、麺、具の順番で最初にそれぞれを味わう。

「……あ、あのさ、あんたって、そんなに家事に手ぇ出すヒトだったっけ?」

「んあ?」

撩は麺をすすったまま、きょとんとして香と目を合わせる。

どきんとして、すぐに視線をそらしてしまった香は、

しどろもどろに続けた。

「こ、これまでさ、食事つくったりさ、ゴミ捨てとかさ、

お布団取り込むなんてさ、殆どしなかったじゃない。」

つるると数本の麺を吸い上げてから、また疑問に感じている事案を話し始める。

「なんかさー、撩らしくなくって、やっぱり慣れないよ…。」

眉間に浅いシワを寄せて、赤らんだままでそんなことを言うパートナーの心理も当然かと、

撩は醤油ラーメンを食べながら、くすりと笑った。

「夕べ、布団は手伝うっつーただろうが。」

「……あ。」

「それにぃ、快適なもっこりライフの為の努力はおし」

ここで、恥じらい1トンハンマーが飛んだ。

「だっ!」

アゴにヒット。

香の耳から、照れと怒りの混じった湯気がしゅうしゅうと上がっている。

「なっ、なによ、それっ!

そ、それじゃ、い、今までは、で、で、できなかったから

家事手伝わなかったって言うワケぇ?」

はぐはぐと食べる折角のチャーシューの味が分からなくなる。

「ばぁーか。ちげぇーよ。」

打ち所をさすっていた撩も、ラストスパートで、ずずずっと麺をすする。

「夜の営みでぇ、お疲れのかおりちゃんのぉ、負担を減らすために決まってんじゃなぁ〜い。」

どんぶりを持って、箸を持った手を頬に当て、くねくねおねぇモードで返す撩。

2度目の1トンハンマーが顔面にヒット。

「ぶっ!」

ころんと脇に落ちるハンマー。

「聞いたあたしがバカだったわ…。」

眉はへの字になり、伏せ目で香もまた残りの麺と具を搔き込む。



「さっさと食べてちょーだい。駅に行く時間が遅くなっちゃう。」

「あい…。」

撩は円形に顔を凹ませたまま、ごくりとスープを飲み干した。



確かに、関係が変わってから、

体力的にも精神的にも香の負担増は否めない。

しかし、撩がこれまで全面的に香に日常生活の管理を任せていた理由は、

他にもあったりする。



香の居場所と仕事を奪い取らないための一種の配慮、

それは、香がパートナーになった時から

撩が自分で勝手に作った自主ルールのようなもの。



一線を越えた今、

冗談抜きで香には大きな負荷があることは間違いないので、

主夫的行動も、快適もっこりライフのためというのはウソではない。

むしろそれが100%。

ただ、これまでとのギャップが激し過ぎて、

香もこの状況が飲み込みにくいもの承知の上。

また別人じゃないかと思われたらかなわないので、

ほどほどにサポートだなと、

撩は対面に座る香を見やりながら苦笑した。



「ごっそさん!出る時に声かけてくれ。」

「あ、うん。」



撩は、戸締まりをやや念入りに見回り、

回し終わった洗濯物第2弾を乾燥機に突っ込んで、起動させる。

「ほかは、ない、か。」

自室に戻り、スゥエット姿からいつもの外行きのスタイルに着替える。

「ま、一晩だけなら、いっか。」

そう言いながら、手にした防寒用の重ね着を戻し、

ぱたんとチェストの引き出しを閉めた。

ジャケットのポケットに入っているキーが手に触れてちゃりっと音を立てる。




「りょーっ!準備できた?」

片付けが終わり、出かける準備が整った香が

下から呼びかける。

「ああ、今行く。」

パイソンを携え、襟をくっと締めると、

撩は吹き抜けに姿勢よく降りていった。


*******************************************
(6)につづく。





香の居場所のためにという、理屈はともかく、
カオリンに世話してもらっていることに、
ヤツなりの甘えがあったかもね…。

【嬉しいニュース!】
リメイクしてほしい!懐かしの90年代アニメランキングに堂々1位っ!!!
http://news.nicovideo.jp/watch/nw705974

教えて下さった皆様ありがとうございます!
ファンとしては感涙ですね〜。
2013年5月31日から6月3日で1069名のご回答で、
この数字は有り難いもんです。

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ひまわり76さま「RYO・KAORI」

8万ヒット記念企画です。

ワタクシが、生まれて初めて頂戴しましたCHのイラストを、
この度ご許可を頂きまして、
公開させて頂くことになりました。
2点お届け致します。

著作権は、作者の方にございますので、
お持ち帰り、無断使用等は厳禁ということで、
よろしくお願いします。


ひまわり76さんの撩イラストimage のコピー.jpeg

ひまわり76さま/RYO-01



ひまわり76さんの香ちゃんイラストimage のコピー.jpeg

ひまわり76さま/KAORI-01


当サイト初の画像アップでございます。
こ、これでいいのかな?

メールでこちらを頂いたときの感激を
お裾分けできればと思います。

ひまわり76さん、本当にありがとうございました!!!

ホント、描ける方が羨ましいぃ〜。


頂き物&リンクノート追記のお知らせ

当サイトにおこしの全ての皆様、
改めて感謝申し上げます。
お陰さまで、7月29日に8万ヒットを迎えることができました。

当初、ネガティブなことが多く重複し、
サイトを立ち上げてしまったことや、
自分の他サイト様に対する行動を深く後悔し、
連載中止のための作業をしていた時期もありましたが、
多くの方に支えられながら、
なんとか継続をさせて頂いております。
この二次の業界で、ご縁を頂きました皆様に
重ね重ね御礼申し上げます。
メール等なかなかお返事ができずに、
失礼しております。
船便以上にかかってしまい、大変申し訳ございません。

お詫びと御礼を込めて、
今回は、頂き物とリンクノートの追記のお知らせをさせて頂きます。

頂き物には、イラストを2点、8万ヒット企画で掲載させて頂きました。

リンクノートには、老舗と新規2つのお部屋を追記致しました。
ここではつなげておりませんので、
リンク記事からお入り頂ければと存じます。

CHを通して、皆さんの楽しく幸せな時間が増えますように!

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❏ 031 カゲコ さん    
    虹色フィルム
    2002.11.16.〜 / イラスト
    [都会のシンデレラの画像検索で辿り着きました。素敵なイラスト25点以上あり。]

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❏ 169 ワタナベ さん    
    and no  (アンドエヌオー)
    2013.07.28 〜 / イラスト&テキスト
    [ご連絡ありがとうございました!これからお作が重なっていくこと楽しみです!]

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以上、お知らせでした。

25-04 To Feel Inclined

第25部 Narusawa 

奥多摩湖畔から13日目   


(4)To Feel Inclined ************************************************ 2810文字くらい



「駅に行くのは、昼飯食ってからな。」



午前9時過ぎ、

コーヒーをガラステーブルに置いたと同時に、

そう耳に入ってきた。

「え?」

読んでいた雑誌をソファーにぽいっと放ると、

カップに手を伸ばし、もう片方の手でリモコンを取った。

「伝言板、見るのは午後でいいだろ?」

ピッという電子音と同時に、テレビ画面がどこかの行楽地の中継を映す。

「あ、うん。」

気分としては、出来るなら午前午後の計2回は

伝言板を見回っておきたいが、

別段、この提案を断る理由もないので、

香は、素直に承諾する。

午前中に行こうかどうしようか、迷っていたので、

これで正午までの動きのイメージがほぼ固まった。



「わかった、じゃあ、あたし片付けることがあるから、そっちやってるわ。」



トレーを脇にかかえて、廊下に出ようとした足がふっと止まる。

「あ、昼ご飯なにがいい?」

「食えりゃいいー。」

ずずっとコーヒーをすすりながら、さも興味なさげに返事をするも、

実は、心の中では、次は何が出てくるかが、かぁーなり楽しみだったりする。

「あっそ。」

最初から、期待はしていなかったので、香も軽く流して、

キッチンに戻る事にした。




「さてと、2時間どうしようかなー。」

いつもなら、午前中の雑用が済んだら駅経由キャッツコースが定番ではあるが、

アパートの滞在時間は、なにかとすべき事案がそばにあり、

むしろ外のほうが開き直ってのんびりできたりする。

コーヒーセットをしまいながら、

まずは、食材の在庫確認。

3日前のパルコの買い物から補充が出来ていないので、

そろそろ生鮮も冷蔵モノも心細くなってきた。

買い物メモを用意して、テーブルの上で書き足しながら、

今日の午後にでも、いきつけのお店に行かなければと考えつつも、

ふと顔を上げて動きを止める。




「……まだ一人で行っちゃ、だめ、なのか、な?」



先の伝言板も、一緒に行く事前提での会話。

当然、買い物も、まだ街中の単独行動を許された感じではない。

撩は、まわりが勝手に盛り上がっているうちは、

一人歩きをするなと言っていた。



「一体いつまでなのよぉ〜。」



がたりと白木の椅子に座ると、頬杖をつく。

確かに、先日唯香に捕まったり、

ツケの支払先でもなんやらかんやらと、そっちのネタで集中砲火を受けたり、

撩もあちこちでからかわれている様子も見受けられ、

助言通り、まだ一人でそのような場に居合わせても、

冷静に対処できないことは必至。

かと言って、いつまでもこのスタイルでは、

撩をそのつど付き合わせるようで、申し訳なさもあり、

一方で、一緒に出かけられるささやかな嬉しさもありと、

心中複雑な気分が渦巻いてしまう。

とにかく、今日は買い物に行かなければと、

香は、必要な項目を書き留めたら、

メモ紙をシーンズのポケットにくいっと仕舞い込んだ。



「さてと、次は洗濯機見てこなきゃっ。」



香は、よっと立ち上がると、んーと伸びをして、

細い腰に手をあてながら、ダイニングキッチンをあとにする。



すでに洗いが仕上がっているくだんのシーツを洗濯槽から回収すると、

再びリビングに入り、ベランダの手すりにふわりと広げた。

一足早めに干していた掛け布団に並び、

これで冴羽アパートの6階ベランダには3枚の寝具が干しに出された。

(昼頃まででいいかな?
 
 午後は出ちゃうし、夕方だともう冷えちゃって間に合わないかも。)

回収時間をイメージし終わると、

次の洗濯物をまわしにいこうと、振り返る。



テレビは消され、

ソファーの短辺でごろりと仰向けにかっている撩は、

愛読書を顔にかぶせている。

すー、すーと空気の出入りだけがかすかに聞こえ、

長く邪魔そうな足は、高く組まれ、

左腕はクッションと頭の間に差し込まれ、右腕は自分の腹の上に投げられている。

なんとも無防備な姿に、

これが昨日、自分と裸で抱き合った相手なのかと、

同じオトコとは思えないさまに、つい足が止まってしまった。

その姿を見とれていたことを悟られまいと、

カラのコーヒーカップを片付けようと手を伸ばす。



「こ、これもってっちゃうね。」



これまでそんな意識をしたことがなかったのに、

視線が、どうしても撩の股間に行ってしまい、あわてて目をそらす。

何も気にしてませんよぉー、と見られてもいないのに、演技をし、

その場を去ろうとする。



「んー…。」



背後から、気の抜けた返事が、広げられたページの下より聞こえるも、

その声も、情事の時にまれに耳にする撩の吐息と重なり、

どきんとして、かぁぁと顔が赤くなってしまった。

アレから、ほぼ毎晩のように、肌を合わせるようになり、

これまで、何にもなかったことがウソであったかのような、

いちゃつきぶりには、香自身も、未だ持って信じ難い。



「……何も、なかった、ってワケじゃない、か。」



香は、そうつぶやき残して、廊下に出た。

持っているカップの縁取りを見ながら、飲み口に残る撩の唇のあとに

くすりと頬をさらに赤める。



シンデレラデートの時に抱きしめられ、

ソニアの時も公園で抱き寄せられ、

マリーの時には、額への口づけ、

海原戦の時にも抱擁し合い、

ガラス越しのキスは、

もはや何もなかったという部類には入れられないだろうと、

耳から湯気を出しながら思い返す。

今だったら、その時、撩が何を思い、何を考えていたのか、

尋ねたら教えてくれるだろうかと、聞きたい欲求が込み上がるも、

過去の思い出が明瞭に浮かび、体温もまた込み上がってくる。



シンクで軽くコーヒーカップを洗い上げ、かたりと水切りかごの中に置き、

冷たい水をさらに出して、

熱くなった顔にぴしゃぴしゃと冷水を当てる。



「はぁ…。」



油断すると、頭の中は撩との触れ合いのことで一杯になり、

交感神経が過剰に反応して、

心拍数は高まり、発汗も激しくなり、

しまいには呼吸も乱れ気味になってしまう。

四六時中、もっこりのことを考えている相棒を

これまでも散々変態呼ばわりしてきたが、

これでは、自分も同じではないかと、

ぶんぶんと頭を振ってみる。



先のリビングでも、実はそっと近付いて、

いつも自分に優しく触れている撩の手に、

己の手を重ねたい衝動にかられてしまったが、

それを無理矢理引っ込めての退散。



「あーっ!だめだめ!もうっ!」



顔を拭きながら、

切り替えスイッチを強引にオンにすると、

香は、縄跳びの準備にとりかかることに。



「終わったら、シャワーと洗濯第2弾だわ!お昼はラーメンかなっ。」



パンと頬を叩いて、ふんと荒く息を吐き出すと、

イカリ肩の大股で自室に入り、

すぐさま、トレーニングウェアに着替え始めた。






一方、リビングでは、

香の置き逃げのようなつぶやきの意味が分からぬまま、

寝たふりをして、相棒の動きを拾っていた撩。

しかし、断片的な独り言では、

この不可解な空気の正体は、撩でもさすがに掴むことができない。

頭の中に3つ4つの疑問符を浮かべつつ、

忙しく動き回る香の気配を糧(かて)に、心地よくまどろみに身を任せた。



******************************************
(5)につづく。





ウブなカオリンですから、
いろいろ気になってしょうがないと思います。

【8万ヒット感謝!】
ありがとうございます!!!
近々、リンク2件様追記と、GIFTをご紹介させて頂きま〜す。
ゆっくりいじれるまでしばしお待ち下さいっ。
2013.07.29.01:50

25-03 Set Meal Of Salmon

第25部 Narusawa 

奥多摩湖畔から13日目 


(3)Set Meal Of Salmon ******************************************** 1973文字くらい



テーブルの上に、和食のメニューが整った。

鮭の塩焼き、出汁巻き卵、納豆、焼き海苔、

ほうれん草のお浸しにはシラスと削り節が散らされ、

豆腐と油揚げの味噌汁に青ネギが映え、沢庵の漬け物が加わり、

完全なジャパニーズ定食。

カロリー上の自給率はさておき、湯気があがる安心感のあるメニューに、

撩はさっそく箸を伸ばす。



「いったらっきまーす。」

「ど、どーぞ。」



目の前のオトコと昨晩過ごした残像が、ちらちらと脳の端っこでくすぶるも、

何とか消火して、食事に向かうことに。

香も自分の白米を茶碗につぐと箸を持って手を合わせた。

「い、いただきます。」

昨日、一昨日と、手抜きの朝食だったので、

今朝は、主食、主菜、副菜、汁物をしっかりと揃えてみた。

まるで、どっかの宿の朝ご飯みたいだわと思いながらも、

慣れ親しんだ組み合わせを味わっていく。




香は、どうせ聞いてもまともに答えてくれない可能性大と感じてはいるが、

食べながらとりあえず尋ねてみた。

「ねぇ、夕べどこ行ってたの?」

「あーん?気になるぅ?」

「ヘンなところで、ツケとか増やして来たんじゃないでしょうね〜。」

ジト目で相方のほうを見やる。

「ばっ、ち、ちげーよっ。」

「じゃ、なんなのよ?」

「今は、なぁーいっしょ!」

「はぁ?」

「ま、時期に分かる、さ。」

「………海坊主さんが」

「あ?」

「……準備だって、言ってた。」

「ごほっ!」

食べていたご飯と鮭が喉に詰まる。

味噌汁をぐいっと飲んで流し込むと、

目を閉じ眉間にシワを寄せてつぶやいた。

「あの、おしゃべりダコが…。」

直接撩から話したワケではないが、

恐らく教授から間接的に何かを聞いているのだろう。

ミックにも既に、某所を借りることがバレている。

垂れ流しの元は、あの狸じじいかと、源泉を確信するも、

ギリギリまで隠す作戦は、早々に足下が揺るいできた。



「あんた、一昨日の夜もそんなこと言ってたわよね。」

「あー、そうだっけか?」

とぼけてみる。

「必要なのを持っている人に会えなかったとか、なんとか言ってたじゃない。」

「そりゃ、解決済み。心配すんな。ごっそさん!コーヒー頼むわ。」

さっさと食事をすませ、爪楊枝を加えながら、

撩はそういい残してリビングに向かった。

その背中を見送りつつ、香は箸と茶碗を持ったまま、

何かある、とますます確信を持ってしまった。



ともあれ、この後は、

日課の縄跳びと、寝具の洗濯の続きをしなければならない。

伝言板も、昼食の前に行くか後に行くかまだ迷っているが、

キッチン周りの片付け具合で、方向を決めることにした。

「ごちそうさまでした。」

かしゃかしゃと、カラの食器をシンクに運び、

蛇口をひねる。

「縄跳びの後に、軽くシャワーを浴びておこうか、な…。」

何だかんだと今日の午前中も、こまごまとしたことで

埋まっていく。



「明日で、ちょうど2週間、か…。」



ヤカンに必要分量だけ水を入れ、ガスコンロに置くと火をつけた。

加熱している間に、洗い物を進めてしまう。

山の紅葉も随分と進み、時折ニュースでも見頃と見所が紹介されている。

きっと、奥多摩ももう黄色紅葉が最盛期に近いだろうと、

標高の高い場所の風景を思い描く。

このところ、週間天気予報も晴れの予報が続いている。

明日の夜だけ、北関東だけがややぐずつきそうな気配があるが、

抜けるのは早そうな雲の塊があるだけ。

あの教会の式から、天気が崩れたのは、1日だけであとは

比較的好天が続き、秋の行楽シーズンに大きく味方している。



「こんな仕事してるんじゃ、ゆっくり紅葉狩りってワケにもいかないわよね…。」



いつ何時、依頼が入るか分からない超不定期な業務内容に、

いつ何時、命を狙われるか分からない立場故、

週末、どっかに遊びに行かない?などと

気軽に動けるような面持ちにはなれない。



「ま、いっか…。また美樹さんに会いに行く時、教授のお庭でも十分楽しめるし!」



季節のうつろいは、出来る範囲で楽しめればいいと、

拭き終わった食器を戸棚に戻しているところで、

沸騰を知らせる笛がなり始めた。



「それにしても、一体何を企んでいるのかしら…。」



火を弱め、ミルを挽き、フィルターを用意して、

食後の1杯を準備する。

やはり、先ほどのやりとりでは、詳しいことはさぐることが出来ず、

うやむやに誤摩化されてしまった。



撩とケジメをつけたその翌日、

自分を鍛えると宣言され、実際この2週間弱で、

射撃訓練に護身術の指導を受け、基礎体力作りの課題も出され、

これまでにはなかった撩とのやりとりに、

いつ抜き打ちテストが入ってもおかしくないかと、

少しだけ生唾をこくりと飲む。



香は、注ぎ終わったコーヒーカップをトレーに移して、

揺れる黒い水面をちらりと見やる。

ふぅと一息吐くと、

すっと運ぶべきものを持ち上げ、

相方のいるリビングへと向かった。


************************************
(4)へつづく。





ホトトギス終盤から約2週間後が、
紅葉のピークとして計算してみました。
塩サケメニュー、マリーの時と次原舞衣ちゃんの時に、
出ていたような。

【放置宣言?】
受注業務の佳境に入り、
恐らくこちらにログインする時間がとれそうにない予感大です。
もくじ、続きのリンクが8月になってしまうかもしれません。
自動更新は引き続き1919に設定しておりますが、
色々と後手になってしまいますことを先にお詫び申し上げます。
足跡は出来るだけ見るようにしておりますので〜。
Sさ〜ん、いつもありがとうございます。
お返事今暫くお待ち頂ければと思います。
他、お返事を早くお送りしたい方が多数いらっしゃいますが、
何分要領が悪過ぎて溜め込んでおります。
猶予を頂きたく存じます。
こんな状態で申し訳ございません…。
[2013.07.25.17:10]


【誤植連絡感謝!】
Sさま、ありがとうございます!
「話した」の移動完了です。
重ね重ね感謝です。
もう何やってんだか〜と、
これまで、頭の中で修正して下さって
読んで頂いた皆様、申し訳ございませんっ。
2013.12.15.03:25

25-02 We Need A Furniture ?

第25部 Narusawa 

奥多摩湖畔から13日目    


(2)We Need A Furniture ? ******************************************* 2639文字くらい




「午前中のうちに、シーツ洗わなきゃ…。」



抱えた掛け布団をまずは、

干すのはまだ早いとリビングのソファーに仮置きし、

諸々の準備を整え、

8時前に、不燃ゴミを無事に集積所に出し終えて、

6階に戻って来た香は、脱衣所でそうつぶやいた。




撩が、コトが終わったあとに、新しいものと交換をして

汗やら何やらかんやらで汚れてしまったシーツが、

ランドリーバスケットに詰め込まれている。

あのオトコがここまでしてくれたのは、2回ほど。

有り難く嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちで少しチクリとくる。



(ほ、ほんと、何か対策をもっと考えないと、

買い足した分だけじゃ間に合わなくなるじゃないっ。)



自分は、こんなに汗っかきじゃなかったハズなのに、と

先ほども、光熱費節約のため、

着替える前に、温かい濡れタオルを用意して、

手の届く範囲で軽く拭き上げた後、

撩に舐められまくった顔やら手先を洗面所で、

泡立て流し、すっきりさせたばかり。

また顔を赤く変色させ、眉を八の字にしながら、

洗濯槽にまずはシーツだけを移し入れ、

洗剤と漂白剤を投入して、スイッチをピッと押した。



「夏はもっと大変なことになっちゃいそうじゃな…。」



と、最後まで言う前に、

この先もずっとこんな毎日が続くことを

すでに極自然に受け入れてしまっている自分に、

ぼしゅっと顔面に血液が集まる。

ジーンズに、ピンクの厚手のカジュアルシャツの上からカーキ色のトレーナーを着込んで

朝の低温をやり過ごしていたが、

また体温が上がってしまって、

襟元をつまんで、パタパタと冷えた空気を送り込む。



「えっと、次はっと…。」



気を取り直して、洗濯機の前から一度撤退、

仮置きしていた、さきの掛け布団をベランダに移動させることにする。

リビングの扉を開けようとすると、

丁度、Tシャツとスウェットで廊下を歩く撩が目にはいる。



「あ、ごめん!まだ食事出来てないの。待っててくれる?」



撩がこんなに早く降りてくるとは思わなかったので、

朝食作りを後回しにしていた。

「あいよぉ。」

頭をぼりぼり掻きながら、あくびをしつつ面倒くさそうに返事をする。

「珍し…、何も予定がない時に、起しに行かなくても降りてくるなんて。」



香は、首をかしげながらトイレに向かう撩を見送る。

はっと思い出し、

相棒が新しく持ってきた起毛のシーツも風に当てなきゃと、

また7階と6階の往復をイメージする。

先に、リビングに入り、掛け布団をかかえ、ベランダに出た。

まだ肌寒い中ではあるが、コンクリートの柵によっと裏返しで布団を広げる。

「今日もお天気はよさそうね。」

午前中、少なくとも2時間は日に当てたいと、

回収する時間帯を計画する。

すぐさま再び撩の部屋に戻り、先ほどまで自分たちが横になっていた寝具を

整え始めた。



「あら?」



シーツをはぐると、バスタオルが2枚敷いてある。

「あ…。」

すぐに撩の仕業だと分かったのだが、

これまた恥ずかしい痕跡に、じゅうと顔が赤くなる。

「深く染みてなきゃいいけど…。」

湯気を出しながら、タオルをめくり、その下を手でさらりと触れてみる。

「だ、大丈夫、か、な?」

処置が早かったのもあり、2人分の体重が重しになっていた分、

余計なものはバスタオルに吸い取られたようだと、一安心する。

「こっちは、出したばかりだし、干すだけでいっか。」

バスタオルだけ洗う事にして、冬用シーツは客間のベランダで日に当てることにした。



「こんなことなら、寝具の予備も、タオルも、この部屋にあった方がいいってことよね…。」



ハッキリ言って、あのオトコと夜を過ごすようになって、

数倍以上に、寝床の洗い物が増加し、

交換や干し作業にかかる手間が他の日常生活を相当圧迫している感もある。



「は、恥ずかしがっていられないわ!コトは深刻なんだからっ!」



バスタオルをひっぺがしながら、撩の部屋にそれらをどこに置くか、

まわりを見渡してみる。



「な、ない…。」



このベッドには、マット下収納式の引き出しもなく、

撩の衣類と軽量級の寝具の予備が入っている、

ベッドの右隣りのチェスト以外、布をしまうところが見当たらない。

「な、なによ、もしかして、た、タンスか衣装ケースも買い足さなきゃダメなの?」

腕にかけたままのバスタオルを見ながら、

自分の衣類もいずれここに置かなければならなくなるんじゃないかと、

珍しく、そーゆーことに想像力がつながる。



置くとしたら、ソファーの隣りしか空きスペースはない。

ちろっとその空間を見る香。

すでにぼんやりと見えてくる遠くない未来に設置されるであろう家具が、

壁に幻として描かれる。

「も、もうっ!し、知らないっ!!」

そもそも、もっこりライフがこんな出費を生むとは露とも考えなかった香は、

なんとなく、ヨソ様のことが気になり始めた。



「他の人のところも、そ、そうな、の、か、…な???」



この手の情報に至極弱い香は、

浮かんだ疑問を残したまま、

やや湿ったバスタオル2枚を腕の中で軽く丸めて、

シーツと一緒に抱えて6階へ降りて行った。




溜め息混じりの若干重たげな足音に、

キッチンの撩は、ふと新聞から顔を上げる。

「な、なんだ?」

お怒りモードとは違うオーラの通過に、そっと扉から廊下を覗くと、

脱衣所に曲がる香の背中をチャッチ。

どことなく肩が落ちている。

「まさか、風邪ひいちまったかぁ?」

いつも背筋が伸びている相方の後ろ姿は、

珍しく丸め気味の角度。

今日は、体調不良だったら、ちょっとばっかし困るぞと、

耳を澄ませてみる。



ランドリーバスケットに撩がベッドに敷いていたバスタオルが

ぱさりと重ねられ、

そのまま撩の視線に気付かないまま、

ほんのり頬を赤くして、起毛シーツを持って客間に入る。



ベランダ側の窓が開く音の後に、布のすれる音がし、

やがて香が眉を下げ気味しにて、部屋を出てくる。

そこで、ドアから顔だけ出している撩とぱちっと目があったりして。



「わっ!な、なにやってんの???」

「いや、メシまだかなぁーと思って。」

「ご、ごめん、すぐ作るわ、待ってて。」

小走りでキッチンに入る香は、撩の脇を通ってシンクに向かった。

さりげなくカオリン全身サーチをする撩は、

特に、体調等問題なしと結果を出す。

ふっと一息出して、がたりとまた長椅子に座り直した。



時間は8時半前、

香はエプロンを纏い、てきぱきと朝食の準備を始める。

そんないつもの光景を眺めながら、

撩は、午後からの動きを思い描きつつ、

ギリギリまで企てはナイショにすることを密かに決めていた。



********************************
(3)につづく。





そのうち買いに行って下さい。

【誤植修正っ】
Nさんっ、感謝です!

25-01 Abdominal Muscles

第25部 Narusawa (全20回)

奥多摩湖畔から13日目


(1)Abdominal Muscles ******************************************** 2244文字くらい



ふっと覚醒する。

視界は薄暗い。

どうやら、顔まで布団が覆い被さっている。

撩の右肩口に頭を預け、お互い裸体のままでぴったりとくっつき、

太い腕が背中から腰に絡んでいる。

それが分かったとたんに、また、かぁぁっと体温が上がってしまった。

左耳の下から、撩の落ち着いた心音が聞こえる。



腕を動かそうとしたが、

左腕は自分と相方の間に挟まれまま、

くの字になって己の脇腹に巻き付き、

抜くことができない。

右手は、田んぼの形をした腹筋に乗っている。



香は目を閉じて、ふと息を吐き出し、撩の鼓動を聞きながら、

その右の指をゆっくり静かに順に折っていく。

あれからようやく二ケタの日を重ね、

あれよあれよと言う間に、こんな関係になって

撩的に言う「もっこりナイト」も、

すでに両手では足りないくらいの回数に届いてしまった。



カウントしていた指を紅葉状にじんわりと広げ、

境目がハッキリしている腹部にひたりと当てなおす。

手の平に感じる凹凸にどきりとして、また頬が染まる。




毎度、こうして意識が戻った時、

この状況が、どうにもこうにも恥ずかしくて、

この状況に、未だもって慣れず信じられず、

この状況で、こうして抱き合っているのが、

本当に自分なんだろうかとまだ疑いたくなってしまう。




恥ずかしくても、照れくさくても、

これがずっと続いて欲しいと、

布団の中でもぞっと動き、より安定する頭の位置を見つけて

肩の力を抜いた。




昔、周囲で見聞きしていた、

好きな人が出来て、人によっては告白をしたり、

告白させるようにアプローチをしたりと、

その相手に思いを通じさせるということが、

相手の一番近い場所で、肌を合わせることを許されるという段階までには、

思い及んでいなかった子供時代。

小中学校の、誰が誰を好きだとか、付き合っているとかのレベルでは、

共に生きて、共に信頼し合い、共に生活をしていくことと比べたら、

次元が違うステージであったことを思い知らされる。



本当は、自分と出会いさえしなかたったら、

この男は、もっと自由に生き、いかなるものにも縛られぬままに、

自分の生き様を貫いていたことだろう。

巡り合わせとはいえ、

長年の多事多難を乗り越えて、今に至った流れは、

男の自由を奪い、身の危険をさらに高めたことは否定できず、

思わず、ごめんねと口に出そうになった。



頬の下のぬくもりを感じながら、

罪悪感と幸福感と陶酔感が入り乱れる。

謝罪と感謝を込めて、

そっと右手を動かし、

撩の腹部を優しくゆっくりとさすってみる。

目を閉じたままのためか、より指先から腹直筋の形が明瞭に伝わってきて、

これまでいやという程に見慣れてきたものだったのに、

こうして直にじっくり触れるのは初めてで、

その感触も自分にはないもので、好奇心に似た思いまでも加算され、

脇腹にも腕を伸ばしてじんわりと往復させた。




「それはお誘い?」



相方の声が突然頭の上から届く。

同時に、前腕につんと生暖かいものが当たった。

ぎょっとして、香は反射で腕を引っ込める。

しかし、それ以上の動きは、

がばりと覆い被さって来た熱い体で妨げられてしまった。

「わわっ!」

半身をぐいっと右に回転させ、香を両腕と両足でぎゅーっと閉めるつける撩。

「んんんー!く、くる…し」

「ボクちゃん、いつでも準備オッケーよぉーん!」

とまたタコちゅう顔で迫ってくる。



この撩が接近してくるまでの短い間、

香の頭の中で、珍しく冷静な部分が選択すべき未来を算出する。



本音は、このまま熱いキスを受け入れて、

朝からでも撩とまた身を繋げたいが、

それは決して表に出したくない性欲の部分。

今回は、強制的にシャットアウト。

そして、今日が不燃ゴミを出す日であり、今の時間を確認せねばならず、

現実の生活に戻るべきと、道筋を決定する。



「ぐはっ!」



顔面にめり込んだ、恥じらい1トンハンマーは、

計画通り、朝のまどろみに区切りをつけた。

撩はそのまま両腕を伸ばした状態で、

また仰向けにばふっとベッドと平行になる。



「ば、ばかっ!きょ、今日はゴミ捨てなきゃって、い、言ったでしょっ!」



顔を赤らめながら、ベッドサイドの時計を手に取る香。

時刻は、7時前。

まだゆとりがあるかと、ほっと肩を下ろす。

落ち着いて朝の準備をしたいので、

ベッドから出ることを決めるも、夕べ着ていた寝間着が見当たらない。

確か、夕べは一気に剥(む)かれてしまったので、

どこに飛ばされてしまったのかと、胸元を隠しながら上半身を動かすと、

足を向けている方の床にちらりと布地が見えてしまった。



「あ!あんなとこにっ!もーっ!」



まだひっくり返っている撩を無視して、

香は、掛け布団を体に巻き付けると、ずるずると引きずりながら、

やや急ぎ目で脱がされた衣類を回収。

布団に包まったまま、パジャマの上とショーツだけ纏うと、

掛け布団を抱えなおした。



「撩!このお布団持っていっちゃうからね!」



天井を向いているソレをなるべく目にいれないようにして、

香は、スリッパをつっかけて撩の部屋を後にした。

今日も、ハンマーでスタートの冴羽家。




「……ったく、早く起き過ぎなんだよぉ。

……せぇ〜っかくボキちゃんが、

優しぃ〜く起こしてやろうかと思ってたのによぉ。」




香にさすられていた腹部に己の手をあてて、

たったそれだけで誘雷されそうになったことを振り返る。



「無自覚こそ最強の武器、だな……。」



ハンマーを転がし、目を閉じる撩。

頭の下に指を組やると、

唇の端を上げて、ふっと軽く息を吐き出した。


***************************************************
(2)につづく。




というワケで、
この日の朝もハンマーでスタート。

十波ちゃんのところのTOP絵更新!

24-03 Ring

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24-02 Hot

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24-01 Lick

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23-10 What Can I Get You ?

第23部 Preparation Of Training

奥多摩湖畔から12日目


(10)What Can I Get You ? ****************************************** 5403文字くらい




「たぁ〜だいまぁ〜んっ!」



元々半開きだったドアから、声が先に入ってきた。

パタンと閉まる音に、もう?と振り返ったとたんに、

香は、後ろからがばりと拘束される。

「ひゃあっ!」

「ちぁ〜ゃんといいコで待ってたかな〜ん?」



短時間過ぎるのではないかというくらいに、

速攻で汚れを落としてきたトランクス一丁の撩。

衣類1枚も纏うのが面倒だったが、

さすがにそれはまだハンマーを食らうかもと、

それなりに自粛する。

まだ若干湿り気を残したままの黒い髪は、

いつもより前髪の位置が長くなり、少しばかり年齢も若く見えてしまう上に、

オトコの色香に大きなプラス効果を与える。



覗き見る相方の視線に耐えられずに、

ぷいっとソファーの方に向き直り、

自分の面持ちを知られないようごまかしに入る香。

「な、なによっ、さっきから『いいコで待ってろ』だとか『大人しくしてろ』だとか、

あたしの方があんたに言いたいわよっ!」

目を閉じながら早口でいうも、もう体温は上がり続けている

後ろからすっぽりと包まれる幸福感。

この後の展開を期待しているとは思われたくない一心で、

機嫌の悪さを誇張する。



「……おまぁが、素直にここで寝ないのが悪い。」

「はぁ?」

目が開くも、太い腕がぐいっと香の脇腹を持ち上げ、

さっきまでは、後ろ抱きで撩のアゴと香の頭頂部が触れていたのに、

香の体が30センチ程ずりあがるスタイルになった。

とたんに、首筋に温かいやんわりとした感触が横滑りで移動する。



「ぁ…。」



ぴくりとする体に、パジャマの上から撩の左手が優しくさすり上げる。

気持ちいい、と思わず声に出そうになるところを、

はぁという息だけでなんとか抑えた。

脈拍が早くなり、目はキツく閉じてしまう。

細い眉も下がり気味で、頬の色がさらに血の色を重ねる。



「おまぁの寝室はここ。」

「あん!」

耳朶に吸い付きながら、明るい口調でそういう撩は、

シーツを握りしめている香の左手に向かって、

自分のそれを肩経由でゆっくりと到達させ、

上から指を重ね包み込む。

それだけで、どきん!と心筋が反応した。

嬉しいのに、それを察知されるのが恥ずかしく、

まだ憎まれ口を選ぶ香。



「な、なによ…、あ、あれだけ、男女だとか、もっこりしないって、

い、言ってたくせに…。」



香の前髪に絡めていた右手の指が、ぴくりと動き、

そのままくしゃっと房を集める。

「…あー、そーゆーこともあったわねん。」

おふざけ口調でその言いながら、

香の体の下をくぐらせている右腕を緩慢にスライドさせ、

頭部から首筋を触れながら、

横向きで柔らかさを増している右の胸を

布の上からやんわりと包み揉み上げた。



「ん…。」



甘い声が出そうになるのをこらえる香は、

心地良さの中で、

会話のキャッチボールがやや辛くなってきた。

もっと直接触って欲しいとも言えずに、

まだ悪態を纏わせた強がり口調を続けようとする。



「あんた、なに、……懐かしがってる言い方、してんの、よ。

ついこの前まで、…そんなこと、ばっかり、……言ってたくせに。」



まだ日が経っていないことを主張するも、

確かに、奥多摩前の日常が遠く感じる程に、

アレから過ごす日々があまりにも濃密過ぎ、過激な変化を重ね、

香自身もまた、撩が「誰がお前なんかにもっこりするか」などと

のたまわっていたことを懐かしく思う。

そんなことを考えていたら、望み通りに、

するりとパジャマの裾から撩の熱い手の平が侵入してきた。

地肌に触れられている心地よさに、

またふるっと震えながら、湿り気のある吐息が漏れる。



「……ありゃ、全部ウソだっつーただろうが…。」



最初に一線を超える直前に聞いた撩の告白を思い出す。

ウソだというのなら、

全部逆のことを思い感じていたと捉えてもいいことになる。

しかし、それはまだ香にとっては、素直に信じられるものではなかった。

兼ねてから持っていた自己分析結果が勢いで口から出てしまう。




「あ、あたしは、…あんたの好みから、完全に、的外れなの、よ…。」



「はぁ?」

撩の手が止まる。

「か、髪も長くないし、がさつだし、オトコっぽいし、す、スタイルも良くないのは

自分でも分かってるし、色気もないのも知ってるもんっ。」

撩に横抱きされたまま、唇を尖らせて、半ば破れかぶれ状態でそう言ってしまった。



きっとガマンさせている。

撩が自分なんかで満足できるワケがない。

撩は、もっと色気のある『ぼんっきゅっぼんっ』のロングヘアで、

フェロモンをムンムン放出している大人の魅力満載の美形美女が大好物、

香はそう強く思い続けていた。

ソレ故に、一線を越えてから

自分なんかでは申し訳ないという面持ちは剥がれることなく、

今に至る。

自分だけを見てほしいとは、自分だけを抱いてほしいとは、

思っても言うことができない禁止ワード。



「はぁあ…。」



大きな溜め息が香の背後から伝わる。

明らかに呆れている、と香が感じ取ったとたんに、

ぎゅうううと、キツく強く抱き込まれる。

「ちょっ!な、なにす…、く、くる、し…。」

撩の左指が香の右肩に食い込み、

撩の右腕は香の肋骨まわりにぐるりと巻き付き、

横隔膜の動きを妨げる。



「おまぁ…、まぁだ、わかんねぇーのかよ…。」



3日前の晩に施した心の手術は、

過去のオンナについて沸き上がった香の不安をなんとか剥離できたものの、

香自身が持つ暗く根深い劣等感までは、未だに除去できていないのだ。




一体、どうしたら伝わるのか。

お前の存在そのものが自分の好みのドツボであることを。

一体、どうしたら分かってくれるのか。

自分には、もうお前しか興味がないことを。

一体、どうしたら納得してくれるのか。

終生、お前だけを抱き続けたいと思っていることを。



この13日間、幾度となく己の真意を伝えてきたつもりだった。

しかし、香の心の奥深くにある自己評価は、

未だ持って『自分なんか』という基本設定が変わっていない。

それもこれも、撩自身が育ててしまった悪性腫瘍の一つ。

撩は、目の裏でツンとにじむものを感じてしまった。



「ボクちゃんと、こぉ〜んなにもっこりしても、まぁーだわかんね?」



おちゃらけ口調で、

さらに腕の力を継ぎ足した。

「ぅ…。」

香は思わず、撩の腕に自分の両手の指をかける。



乱されたパジャマ姿の香は、

布団の中でトランクスしか履いていない撩に、

背後からキツく巻き付かれる。

息苦しさが混じる中で、香は兼ねてからの不安要素をつい話し始めてしまった。



「だ、だって…、あんたって、……い、いろんなヒト、知ってんでしょ?

そ、それに比べられたら、……み、見劣りするに、決まってんじゃない…。」

自分が言った言葉に情けなく泣きそうになる。

「な、慣れてないし…、ど、どうしていいか、わかんないし…」

喉の奥に狭さと重さを感じて、ごくりと溜まった唾液を飲み込む。

「撩はさ…、百戦錬磨どころかさ…、万戦錬磨かもしんないけどさ…」

強く閉じている目の端がじわりとにじんできた。

「あ、あたしは、……あ、あんたしか、知らないし、……知識もない、からさ」

一回深呼吸をする。

「あんたに、…ガマン、させてんじゃないかとかさ、

気分悪くすることとか、しちゃってるんじゃないかとかさ…、

ホントにあたしなんかでい」

思っている心境を続けようとしたろころで、背後のオトコが遮った。



「フツー、こぉーゆぅースタイルで、そぉーゆぅーこと言う?」



香の告白を聞きながら、眉にシワがよってしまった撩。

最後まで聞くに耐えないと中断させる。

腕をほどき、むくっと起き上がったと思ったら、

香を後ろから拘束したまま、超高速早業で、ぽぽぽぽんと

相棒が纏っている布地を一気に取り払った。

「わわわわっ!!なっ!なっ!なにすんのよっ!」

「もっこりするに決まってんじゃん。」

すっぽんぽんになった香を素早く仰向けにさせ、

両腕を伸ばして、相方の手首を押さえ見下ろす撩。

仄暗い中でも、白く映える完璧な裸体に、

自分が咲かせた淡い桃色の華の痕跡が、

香の文言を全て否定しているのに、本人はそれが分かっていないのだ。

あっという間に華麗に脱がされてしまった驚きのまま、

目をぱちくりして真っ赤になっている愛しのパートナー。




「りょ…、ちょ、は、はずかし、よ…。」



「好みじゃないオンナと、こんなにもっこりすると思ってんの?」




もともと暗がりで黒目が多くを占めていた香の瞳孔がわずかに面積を広げる。

恐らく、いくら香に、

お前は綺麗で美し過ぎると、一般的な褒め単語を並べても

今までの所行が悪過ぎる故、本人が納得できるはずもなく、

お前は、俺が知っているオンナの中で、追随を全く許さないほどの

パーフェクトボディーだと言ったところで、

気を良くするはずもなく、

香が抱えている劣等感はそうそう簡単には剥落させることは出来ないと

撩も納得している。



掛け布団を背にかけたまま、浮かせていた上体を香に徐々に近づける。

肘がジャッキを下げるように曲げられて、撩の体が香と重なった。

ふにっと柔らかい2つの丘が円盤状になり、

どきどきどきと香の心音が自分の胸板から伝わってくる。

意地悪な表情のままで、じわりと顔の距離を縮めると、

香はきゅううと目を固く閉じた。

その顔がまた可愛くて、撩もまたぽろりと本音をこぼす。




「確かに、…ずっと、耐え忍んできたんだぜ…。」



つるりと滑らかな表皮の額に、

撩は自分の唇をうにゅっと押し付ける。

ぴくりと反応する香。



「遠慮なく、……こうして、…触れたいと、何年も…。」



鼻筋に下唇だけを滑らせながら、手首を握っていた指をほどき、

香の手の平と自分のソレを重ね合わせ、

ぎゅうと指を絡ませる。

指の間からの心音は、ゼロ距離をより一層実感させる。

香の愛らしい唇に到着するとはむはむと浅く挟み込み、

丁寧にその感触を脳に刻んでいく。



「……んん。」




香は、撩の思わぬ言葉に、

嬉しさと気持ち良さと心地よさで、指先がかすかに震えた。

何年も、自分もそう思っていたことを。

今、撩の体重を感じていることを。

今、撩の体温を感じていることを。

ただ、やはり今現在もガマンをさせているのではという心配は拭えずに、

「で、でもっ…」と言葉を続けようとした。

すかさず、撩は深く深く香の唇を塞いだ。

何も言わなくていいと、これ以上、自分を卑下するなと。



「んんんっ。」



激しさの中で、優しく口腔内を触れていく熱い舌の動きに、

香の体がかぁぁとより熱くなっていく。

鼻だけでの荒い息が続き、お互いの呼気が頬の肌にぶつかる。

長い長い口周りだけの愛撫を経て、

区切りに、きゅうううと自分の舌を吸い付かれ、

そのまま撩の体内に引き込まれるような疑似感を覚えた。

意識が薄れかかったところで、ちゅぽんと吸引終了。



「っん、……っはぁ」



体全体が汗ばんでいることに気付く香。

うっすらと目を開けると、穏やかな瞳で見つめる相棒の視線とぶつかる。

まだ指を絡まされたまま。

「ばぁーか。」

「は?」

「余計な心配すんじゃねーの!」

今日、美樹にもファルコンにも言われた同じ言葉、

通算3人目からのメッセージ。

「……だって」

「だっても、くそもあるか。」

艶の出た唇を軽く歪ませ、

まだ申し訳なさそうな表情でいる香に、

このタイミングで言うべき言葉を探し続け、一つを選択することに。

本当は、繰り返し何度でも言いたいが、今晩で2回目。



「前も言っただろ…。おまぁじゃなきゃ、ダメなんだよ…。」



香の目の面積が再びふわっと増える。

驚きを訴えるその瞳孔に、撩自身がかなり恥ずかしくなってきた。

ここでおちゃらけモードに切り替えることに。



「で、今日は何発したい?」

「は?」



にっとスケベオヤジモードで迫ってみる。

「香ちゃんにメニュー選んでもらうっつーのもありだぜ?」

「は?め、メニュー???」

「2発したいぃ〜とかぁ、3発したいぃ〜とかぁ、

後ろからぁ〜とかぁ、座ってぇ〜とか、激しくぅ〜とかぁ〜。」



香がまだそんなことを考えられる余裕がないのを承知での

意地悪なごまかし作戦。

四十八手&裏四十八手、計96手ありまっせ、とも言おうとしたが、

まぁ、まだ早いかと、このあたりの講義は先の楽しみにしておくことに。



さらに赤い色を増した顔の香は、眉にシワを寄せた。

「あっ、あたしが、そ、そそんなことっ、い、い、い、言えるワケじゃないじゃない!」

「んじゃ、シェフのおまかせメニューってことでぇ〜。」

「んんん!」

撩の言葉尻と熱い口づけが重なった。

ほぼ毎晩繰り返される熱帯夜。

この状況にまだ何ら疑問を持たない香を味わいながら、

撩も器用にトランクスを足から抜き去る。



それに気付いた香は、

まだ意識がハッキリしている前に言っておかなければと、

慌ててやんわりと抵抗をした。



「りょっ…!」

「んー?」

「あ、あしたっ!」

「あ?」

「ふっ、不燃ゴミの日だからっ!」



がくっと脱力する撩。

そのままずしっと香に覆い被さる。

「お、おも…。」

折角のいい流れを、かくも簡単に水質を変えてしまう相方の天然さに、

またそれも捨て難い魅力だと、くくくっと肩を揺らした。



「わぁーったよ!それも心配すんな!」



がばっと身を起こし、

握り込んでいた指をゆるりとほどき、

香を両腕でぎゅうと抱きしめる。

「きゃあ!」

撩は、左手を小さな後ろ頭に滑り込ませて、

そのまま自分の顔に引き寄せた。

歯が当たるキスにピクンと肩がぶれる香は、

恥ずかしがりながら、

広く厚い背中に白い腕をそっと回した。



おまかせメニュー、ご注文ということで、

今晩も幸せな仲良しタイムの始まり、始まりー。


************************************************
24部(1)へつづく。






ホントにゴミ捨て大丈夫?


【Sさんありがとうございます!】
誤植連絡感謝です!
除→覗に修正しました!
度重なるご連絡本当にありがとうございますっ。
2013.12.15.03:21

23-09 Stand By At Home

第23部 Preparation Of Training

奥多摩湖畔から12日目 


(9)Stand By At Home ************************************************* 2684文字くらい



風呂上がり、髪の毛をドライヤーで乾かして、

寝る前の雑用も一通りすませた香。



まだ撩の部屋で一人待ちが出来ない故に、

リビンクで毛布に包まって体育座りで待機中。

去年創刊されたばかりの雑誌を読みながら、

うつらうつらとしていたが、そのままスーと眠りに落ちてしまった。

この10日余り、慣れないことが多過ぎて、

無自覚の疲労も若干どころか、かなり残存中だったところに、

思い立って自主訓練もこなしたがために、

この状況での意識が保てなかった。



撩の帰宅は、予告通りの日付けが変わる前。

リビングの扉の隙間から漏れる明かりはあるものの、

テレビの音は聞こえない。

感じる相棒の気配は薄い状態。



「やっぱりな。」



音を立てずにゆっくりドアを開けると、ソファーのコーナーで、

丸まっている香をキャッチ。

床には落ちた雑誌が目に入る。

主婦向けの節約大特集の表紙に、ぷっと吹き出した。

それを拾って、ガラステーブルの上にそっと置く。



完全に寝ている。

これが賊だったらどうするんだと、苦笑しつつ、

無防備なパートナーの右隣にそっと腰を下ろす。

髪の毛はドライヤーで乾かしたようで、見た目も十分ふわふわ。

すぐに触れたい思いも沸くが、

もう少しここで寝顔を見ていた気もあり、

早くこの寒いリビングから連れ出したい思いもあり、

ここですぐに抱きしめたい思いもありと、

動いた腕が少し浮いて止まった。




ふっと息を吹き出したその表情は、

実に優しく穏やかで、殺し屋が持つ顔だとは思えない程に、

愛おしく相棒の横顔を見つめる。

左肘をソファーにあずけ指を丸めてこめかみにあて、

スローで右手の指を香の髪に触れさせた。

たったそれだけで、

胸キュンとは一体どぉーゆーことなんだかと、

気付かれないように指先でゆるいくせ毛の髪の房をくるくると回してみる。




これまでも、こんな場面が複数回はあった。

香に言わずにいた仕事の帰りに至っては、

高確率で客間以外での待機だったパートナー。

玄関でハンマー付きの出迎えもあり、

暗い居間でテレビだけが付いている中、

こんな感じで毛布に埋もれているパターンもあり、

自分の普段のわずかな行動の差を

香なりのセンサーで拾っていたのだろう。

心配や不安を抱えながら、自分の帰りを待っている姿に、

毎度胸の奥でチクリチクリと刺さる針が増えていった。

それが、奥多摩でお互いの意志を確かめてから、

剣山のように蓄積されていたあまたの針は、見事に完全熔解。



「不思議なもんだよな…。」



つい音に出た言葉に、はっとするも香はまだ起きる気配はない。

さぁ、どうしてやろうかと思いながら、

かつては、こっそり勝手に軽い接吻を施したり、

途中で起こさないよう客間に運んだりと、

己の本音を深く強く押し殺しての各種行動にくくっと肩を揺らす。




もう、こそこそする必要は全くない。

俺の愛を受け取れと言わんばかりに、

撩は毛布ごと香をぐいっと引き寄せた。

「わわわっ!」

ビクンと体が跳ねて一気に覚醒に引き戻された香は、

この急襲を理解するのに数秒を要する。

「りょ、撩?」

ぐっと抱きしめられ、髪の毛に撩が顔を深く寄せているの感じる。

「ばーか。」

「へ?」

「風呂上がりに、また体が冷えることしやがって。

しかも俺の気配に全然気付かねぇーなんて、ずいぶんと余裕じゃね?」

「は?」

撩は、そう言いながら2人を隔てている毛布がジャマで、

とっぱらいたいと思うも、運搬が先だと、毛布と一緒に香を抱き上げた。

「な、なにすんのよ!」

「寝るに決まってんじゃん。」

涼しい顔で、そういいのける。

歩きながら、わずかに残る硝煙の匂いを嗅ぎ取り、

香の自主練を知るが、あえて何も言わないことに。



この男の『寝る』という語彙が、他の意味も含むことは

十晩以上、夜を共にした香も十分に理解している。

かぁああと体温があがっていく。

しかし、運ばれつつも香は撩の付属物にふと気付いた。

それを尋ねる前に先に撩が口を開く。

「今度から俺の部屋で大人しく待ってろ。」

「はぁ?」

「下は冷えるだろが。」

そうこうしているうちに、7階に到着。

香をお姫様抱っこしたまま、器用に布団を引き上げ、

ベッドにころんと香を転がす。

「きゃあ!」

毛布から半回転して香が出てきたところを、

すかさず冬用の掛布団できっちりサンド。

「シャワー浴びてくっから、いいコで待ってろよ。」

「はぁ?なによっ、そのいいコって!?」

「前のように、トラップのチェックとかすんじゃねぇぞ。」

離れそうになった撩に、香は慌てて呼びかける。

「あ、ちょっと待って、あんた髪になんかついてる。葉っぱ?」

「あ?」



撩の服に泥がわずかに付着しているのにも勘付いていたが、

黒髪のくせ毛の中に、

2、3センチほどの茶色い小さな枯れ葉が1枚ひっかかっていた。

かなり細かい鋸歯(きょし)があり、葉柄(ようへい)も短い。

上半身を起こした香は、目標物を見ながら手を伸ばす。

「こっちきて、とったげる。」

「あー?どうせ洗うんだからいいだろ。」

「見つけたものは今とったほうがいいでしょ。ほら。」

形のいい指でつままれた枯れ葉に、

撩は、あそこでついたのを連れてきたかと、眉をあげる。

きっとこれが植物のプロだったら、

この葉の特徴から自生している環境を読み取れるだろう。



「あんた、公園とかでノゾキやってたんじゃないでしょうねぇ〜。」

つまんだ枯れ葉を手にジト目で撩を見るパジャマ姿の香。

「ばっ、ばか言え!んなワケないだろーが!」

香から離れた撩は、チェストからトランクスだけ持ち出して、

ドアに向かいながら、他に余分なものがついていないか

片手で自分の髪をくしゃくしゃと掻き回す。

「んじゃ行ってくっから待ってろよぉーん。」

いつものスタイルで手をひらひらさせながら、

階段をトントントンと音を立てて降りていった。



「一体、どこで何してたんだか…。」



摘んだ葉っぱをベッドサイドの植木鉢の中にぽとりと落とす。

ばふっと枕に頭を預けるも、

香は、今晩もまた撩と肌を合わせることになるのだろうかと、

夕べのような一人寝の淋しさはもうしたくないと、

またここで一緒に寝られる嬉しさと、

まだまだ色事に慣れない緊張と、

オトコの匂いが残る各種寝具に妙なトキメキを感じと、

この部屋にいることを許される安心感とで、

待ち時間と相関するように頬は赤くなっていく。



「きっと、聞いてもまともに教えてくれそうにないわよね…。」



あの葉っぱに、肩や服の裾についていた土の痕跡に、

撩がどこに何をしにいっていたのか、

香には全く推理はできないまま、

指示通り、相方が戻ってくるのを

大人しく布団の中で待つことにした。


********************************************
(10)につづく。





撩が連れて帰った葉っぱは、サラサドウダンをイメージしています。
色々こそこそしてましたってことで…。
香ちゃんが読んでいた雑誌は1990年に創刊された「すてきな奥さん」あたりで。
自分が高校生の時、何冊か買った記憶があるもんで…。

23-08 Independent Training

第23部 Preparation Of Training

奥多摩湖畔から12日目  


(8)Independent Training ******************************************** 4694文字くらい



ファルコンにアパートまで送ってもらい、

撩からの電話がかかってくるまでの6時間、

香は、まず買い物に出ようとも思ったが、

一人歩き禁止令はまだ施行中かと、とりあえず思いとどまった。



「まだ、ぎりぎり食材残っているから、今日はいっか……。」



コンクリートの階段を登りながら、ショルダーバックを肩にかけなおした。

夕べ、遅くに帰宅した撩が、

自分のための訓練の準備だと言っていたことを思い出す。

重ねて、今日の撩の動きと、ファルコンの断片的な情報から、

おそらく近いうちに何かあると、強く確信。

まだ詳しいことを知らされていないということは、

突然ということも十分あり得るかもと、

香は、とりあえず心構えておくことにする。



「4時過ぎか…。」



リビングの置き時計をちらりと見やり、

これからどう時間を使おうか、部屋を見回しながら考えあぐねる。

保留にしてある先送りの雑用件案は複数あるものの、

どれから優先的に片付けるか、順位付けにしばし迷う。



「あ!そうだ!ゴミ!」



はっと思い出して、キッチンの分別ゴミと、

倉庫に仮置きしているゴミの袋を引っ張り出す。

「よいしょ、っと」

明日は、不燃ゴミの日なので、ハサミで切れないような固いプラスチックや、

金属類に、割れ物関係を集積場所に出しやすいように整える。

月に2度しか収集日がないので、出し損なうわけにはいかない。



「忘れないように、玄関に置いておこうかな。」



がさがさとビニール袋を両手に持って、

6階吹き抜けの階段を降りて行く。

玄関のコーナーにガシャリと音を立てて置き去ろうとするも、

撩が帰って来た時にジャマかなと、できるだけ端に寄せることにする。




「さてと…。」



すべきことは、

古くなったTシャツやタオルをボロ布サイズに使いやすくカットする作業、

食品の在庫チェック、

生活用の家計簿に、仕事用の帳簿の整理、

水回りの掃除と、シーツの交換、ベランダのプランターへの水やりに、

古新聞、古雑誌、段ボールの古紙回収セットをまとめて、

5日後の再資源ゴミに出せるように整える。

明日の朝の分も含めて米研ぎもし、タイマーをかける。

なんてことを、ちまちま片付けていたら、

あっという間に7時前になってしまった。






「も、もう、こんな時間?」


時計を見直して驚く香。

やはり腕時計をしないと、時間の経過が分かりにくいと、

置き時計の長針と短針を見ながら、ふぅと一息吐き出した。



「夕食どうしよっかな…。」



撩は、食事はいらないと言っていた。

一人の時はごくごく簡単に食事を済ませることが常、

かといって、今日は朝も昼も簡略し過ぎたので、

夜はしっかり食べようかと、

キッチンに向かい冷蔵庫を開けてメニューを決める。

丁度炊飯器が炊きあがりの電子音を鳴らす。



「あったかいものが食べたいな。」



基本、撩がいない時や依頼人がいない時は、

節約のために空調を使わない香、

11月中旬の東京の外の気温は、夜になると10度近くにまで下がる。

服の重ね着で、なんとかやり過ごすも、

食べ物で体温を上げたくなる。



「よし!中華あんかけ丼にしよ!」



正直一人分を真面目に作るのは、複数人分を作るよりも、

手間も費用も割り増しになるが、

残り物処理対策として、中途半端に残っている食材をかき集めた。

野菜の端切れに、賞味期限切れが近い豆腐やら、ハムやらを冷蔵庫の奥からも発見。

庫内掃除も含めて、一緒に炒めても問題なさそうなものをテーブルの上に並べてみた。

「うん、十分じゃない?」

中華スープの素のありかをチェックして、ささっとだし汁を用意し、

味噌汁も同時並行で鍋一杯分作る。

てきぱきと調理を進めて、

具材を炒めていたフライパンに水溶き片栗粉をかけまして、仕上げに入る。



「よし!完成。」

中華丼と豆腐と油揚げのネギの味噌汁に、白菜の漬け物が添えられる。

「お茶も出そうっかな。」

緑茶も用意して、席についた香は、湯気に混じる旨味成分の芳香に、

食欲中枢が刺激される。

「いただきまーす。」

はふはふと箸を口に運び、あんの効果で熱を保持し、冷めにくい中華風のなんでもあんかけに、

満足そうな表情で食事を進める。

丁度一人分しか作れない量であったこともあり、

在庫整理も兼ねていたが、やはり撩の分も作って上げたかったと、

思いのほか仕上がった寄せ集め且つかき集めの夕食に、

近いうちにまた真面目な調理法で作りなおし、うずらの卵ものっけてあげて、と

買い物メモに書き込むべき物品を思い描いていた。

一人の食事が昨晩から続いてるので、

明日の朝は、相方と一緒に食べたいなと、

今現在、どこで何をしているのか計れない相棒のことを思いながら、

ぱくぱくと口を動かす香であった。




作って、食べて、片付けて、

明日の朝の準備までの一連の作業を終わらせて、

落ち着いたのは午後8時頃。



「お風呂どうしよう…。」



香は、自主訓練のタイムテーブルを練ることにする。

これから1時間、体を動かすトレーニング、

9時くらいから、撩の指示した完全防備での射撃訓練。

急がなくてもいいのなら、ゆっくりとじっくりと的を狙えるようにしたい。

それが終われば、入浴すれば汗も流せると時間割りを決める。

ただ、相方が戻ってくる時刻が分からない故、

それがいつ中断になるか分からない不安定な予定でもあるが、

香はとりあえず、客間に行って、先日買い足したばかりの

新しいトレーニングウェアを着込むことにした。



午前中のうちに、マスク付きの縄跳びは指示通りこなしたものの、

もう一度ワンセットしておこうと、

吹き抜けで、撩の課したメニューの倍をこなす。



「う〜、食べた直後は、き、きついわ…。」



消化器系にある程度詰め込まれている上に、

血液もそこに集中しているので、

若干、頭もぼやけ気味に。

マスクをしている故に、よりぽーっとしてしまい、

何回か縄が足下にひっかかる始末。



「だ、だめだわ。これ、空腹の時じゃないと、お腹が苦しいわ。」



そもそも、ある程度の運動量をこなす前に、

比較的たっぷり食べてしまったので、

タイミングとして色々よろしくない。

香は、とりあえず一つ学習して、今後の自主トレーニングの時間帯を

考え直すことにした。



「ふぅーっ、1セットおわり!」



マスクをくいっと引っぱり、はぁーと息を深く吸う。

丁度1週間前から始めたこの縄跳びも、随分慣れてきた気がすると、

食後という条件を差し引きした疲れ度合いの差を自覚する。

子供の頃は、体が軽かったためか、

地面を蹴って繰り返し宙に浮くこともなんなく出来ていたが、

大人になってからは、自重がさらに負荷となり、

重量に反抗するにエネルギーをかなり要していると感じるも、

慣れを感じ、体力作りにつながっていることも実感する。

これをもっと継続しなければという意欲にもつながり、

香は明日も午前中にちゃんとこなそうと

心に決めながら、縄跳びをきゅっと結んだ。



「次は、地下、か。」



着ているウェアはそのままで、

洗い終わった硝煙防止のための5点セットに加え、

双眼鏡も手に持って、

ローマンと共に連れて行く。

重たい防音扉を開け、パチンと照明をつける。

3日前の300発射撃訓練を一度経験し、

自分の苦手なパターンが垣間見えた香は、

その部分を直すべく、自主的に射撃場のブースへ向かう。

マスク、ゴーグル、ポンチョ、指なし手袋と、帽子、

それぞれを着用すると、

弾が入っている箱を用意する。

耳栓代わりの使用済みの弾を両耳にねじ込み、自分の銃を取り出す。



「今日は数じゃなくて、質、ね。」



とつぶやくが、撩に無断でしていいのか、ちょっとひっかかるも、

この時間を有効利用したいという思いもあり、

ここまで準備したことを、中止する気にもなれず、

自分の計画通り、射撃を始めることにした。

パチンパチンと充填する音と感触に、

これが日常になっている自分を振り返る。

そもそも銃そのものが日本においては、非日常的なものであり、

警官や狩猟免許所有者など特別な場合でないと、

所持は許されない。

今、現在自分は、完全な違法行為を犯している。

しかし、選んだこの仕事はこの道具なしでは、成り立たない。

共に生きるために必要なことと、

この鉄の重さを感じる度に、そう言い聞かせてきた。



香はくっと足を引き締め、ぐっとローマンを構えた。

新しい的に、照準を合わせる。

最初の一発は、ちゃんと中心に当てたい。

両手で支える時間が長くなる程、腕が下に下がっていくので、

的よりもまずは少し上から狙いをつけ、じわりと凸部分にコアを重ねる。



ドン!



ボッと突き抜けた音は、耳栓付きの香の鼓膜には届かなかったが、

わずかにずれはあるものの、得点は最高点の位置に穴があく。

「ほっ。」

大はずれでなかったことに安堵するも、

ゴーグルをずらして、双眼鏡でラインを確認する。



「あら、少し上に当たったのね。早く引き金を引き過ぎたってことか。」



冷静に分析すると、またゴトリと双眼鏡をブースに置き、ゴーグルをつける。

当てたいところに当てられるようにしなければ、

招きたくない不幸につながることは十分理解している。

だからこそ、自分のクセをきちんと見極めなければと、

香は、繰り返し、的の各場所を変化球的に狙いながら、

そのつど、位置を確認した。



見えてきたことは、撃ち始めは、狙い所よりもやや上に穴が空き、

時間の経過とともに、

当てたい場所よりもやや下を抜ける弾道を作る傾向があること。

「コレを支えるために、腕の筋肉つけなきゃダメってことね。」



30発ほど撃ち終わったところで、

今度は、振り返りながらの的撃ちに挑戦する。

的に背を向け、ローマンは両手に持ったまま下におろし、

さっと振り返り、目視で標的を確認し、素早く連発で撃つ。



ドン!ドン!ドン!



「あららら!全然だめじゃない!」

見事に穴はばらばらで円の中にかろうじて入っている状態。

「はは…、まだこれをするには早いってことね…。」

ふぅーと息を吐き出した。

「今日はこれで終わりにしよっかな…。」

自主訓練終了、疲れすぎないように心がけなければと

適度な引き際で撤収作業に入る。



「んー!早くお風呂に入ろっ!」



片付け終わり、撩が前に使った鳥の羽のはたきで塵を落とし、

射撃場の外で、纏っていたものを脱ぐと、前回と同じようにビニールに入れた。

「撩、帰ってるかな?」

上に戻る前に、駐車場を確認するが、クーパーは見当たらず。



「一体どこで何してんのよ。」



詳細を知らないままで、待機するのは今に始まったことではないが、

夕べよりは、かなり面持ちは違う。

ファルコンの一言で、与えられた安心感はことさら大きい。

たぶん、帰ってきてから

何をしていたのかと聞いてもきっとごまかされるだろうと、

半ば、答えを知ることを諦めて、香は階段を昇って行った。



時間は9時半を過ぎたところ。

客間に着替えを取りに戻り、そのまま入浴タイムに入った香は、

いつもより念入りに、体と髪を洗い流し、

温かい湯船にゆっくりと浸かることにした。



もう十分温まり、そろそろ出ようかという時に、

かすかにリビングから呼び出し音が耳に届いた。

「空耳?」

聴覚を集中させる。

「違う!ホントに鳴ってるわ!も、もしかして撩から?」

ざばりと立ち上がり、浴室を出ると

濡れた体を慌ててバスタオルでくるみ、

リビングにかけつける。

髪の毛からは雫が滴り、

首筋から鎖骨に流れ、タオル地に染みて行く。

「っも、もしもし!」

とやっと取れた受話器を耳に当てる。






こうして、先の撩との会話があったワケだが、

やはりリビングは冷え込んでおり、

終始、くしゃみ連発の会話となってしまった。

受話器を置いた後、

香は、超特急でまた浴室に戻り、

湯船に飛び込み、鼻水をすすりながら、

冷えた体を温めなおすのであった。



********************************************************
(9)につづく。






香ちゃん、自主トレーニングタイム。
もしかしたら、撩の訓練が始まってから、
一人の時は、以前よりもきっと自主トレを積極的にするんじゃないかと、
こんな感じの夜を妄想してみました。
カオリンと一緒にお風呂入ってみたいな〜。

【ごめんなさいっ!】
本業やその他行事等で、やや切羽詰まり気味。
色々すべきことが遅れております。
大変申し訳ございません。
メールもお送りしたい方が沢山いらっしゃるのに、
下書きばかり積まれてしまって…。
のろのろですが、少しずつ送らせて頂きますね。
そして、放置状態のところに、いつも足跡を残して下さる皆様
本当にありがとうございます。
ここで最近の方にまとめて御礼。
(一応お名前の読みのローマ字二文字目までだけの伏せ字で)
Toさん、Kaさん、Meさん、Noさん、Hiさん、
Kiさん、Haさん、Yeさん、Ko&Haさん、Emさん、
ご訪問感謝です!

修正手術25部まではなんとか整いました。
夏休み中は、紅葉の森をお届けできればと思います。

2013.07.10.12:40

23-07 Call

第23部 Preparation Of Training

奥多摩湖畔から12日目


(7)Call ************************************************************** 3294文字くらい



「まぁ、天気さえ大崩れになんなきゃ問題ないな…。」



予報は若干怪しい。

撩は全てのセッティングを終えて、家路に向かうことにする。

時間は夜の10時。

人工的な明かりがない森の林縁。

当然、周囲は真っ暗ではあるが、

上弦の月が正中近くで太陽の光を反射する。

夜目が効く男は、懐中電灯も持たずに、

狭いわだちを歩いて行く。

月明かりで自分の影も動き、枝や枯れ葉を踏みしめる音が妙に耳に響く。



「月は出てんのにな…。」



そう言いながら、辿り着いた愛車に乗り込み、

軽トラック1台がやっと通れるような

下り坂の舗装されていない道をがたがたと進む。

しばらくしてアスファルトの道に合流し、

街灯りが増えていく車窓を横目に、

インターがある方面にハンドルを切ろうとするも、

その前に寄り道をすることに。



「電話しとくか…。」



現場から車で少し南下すれば、最寄りの駅前に着く。

クーパーから降りると、公衆電話のボックスに向かう。

窮屈そうに壁面に寄りかかりながら、受話器を上げ、

ポケットの小銭を入れると、押し慣れた番号を素早く選んだ。

狭苦しいので、出入り口を足でストッパーがわりに開放したまま

コールを待つ撩。



長い呼び出し音が続き、なかなか出ない。

「おいおい、もう寝ちまったのか?」

折角心配させないように、帰るコールをしてやろうと思っての連絡。

10コールを超える。

(まさか、海坊主と一緒にどっか出かけちまったのか?)

いやいや、あのオトコに限ってそれはない、と

じゃあ、もしかしたらミックが自分の留守を察知して、

『俺とディナーでも』とか言いながら誘い出したんじゃなかろうかと、

周囲のオトコの行動を疑うも、

20コール目で、もしやと不安が過る。

今のところ、妙な動きの情報は入っていない。

しかし、自分たちのウワサはもう既に十分広がっている。

おバカな輩(やから)が香を狙う危険は大きくプラスに傾いているのだ。



「ま、まさか…。」



これは、一刻でも早く戻らなければと

動きを切り替えようとしたその刹那、

呼び出しコールが止まった。



『っも、もしもし!』



間違いなく我が愛しの香の声。

はぁと肩を落とす。

『もしもし?』

「ああ、俺だ。」

『……ふ、ふぁ、はっくしょんっ!』

「な、なんだぁ?」

唐突のくしゃみに、ずびっと鼻をすする音。

『ご、ごめん。ちょっと、慌ててて…。』

この一言で電話の向こうの状態が分かってしまった。

「……慌てて、濡れたまま、リビングに駆け込んだってワケ?」

『くしゅん!』

「おま、まさか素っ裸じゃねぇだろうな?」

『ばっ!バカなこと言わないでよ!あんたじゃあるまいし!…ひっくしゅん!』

「……風呂入ってて、髪が濡れたまんま、バスタオル1枚ってか?」

『……ちょっと、変な想像しないでよね!』

「正解だろ?」

『もうっ!分かってるんだったら、さっさと用件言っちゃいなさいよ!』

「あー、12時くらいまでには戻るわ。」

『くしゅん!』

「そっちもさっさと湯船に入んねーと、湯冷めすんぞ。」

『わ、わかってるわよ!』

「戸締まりちゃんとしとけよ。」

『あんたも、余計なお店に寄って無駄なツケとかつくってくんじゃないわよ!

くしゅん!ぐず…。』

「ほれ、早く風呂に戻れ。」

『う、うん。ずび…。…りょ。』

「あん?」

『気をつけてね…。』

「……ああ。」

『はっくしょん!くしゅん!』

「あーもー!はやく風呂場に行けってば!」

『うん、じゃあ、切るね。』

「あいよ。」

プッ、ツー、ツー、ツー。



「風邪ひかれちまったら、明日動けなくなるだろうが…。」



タイミングが悪い時にかけてしまったかと思いつつも、

電話の向こうの香の姿を思い返して、

思わず口元が緩む。

受話器を置きなおすと、すぐにクーパーの運転席に戻った。

急げば予告通り日付けが変わる前にアパートに到着するはず。

アクセルにかかる足の動きと同調して、

スピードメーターの目盛りがあがる。



「1回体験しとけば、あとあとかなり違うだろ…。」



本当は、標高1500メートルあたりの場所を検討していたが、

初回で今の季節では香にとって厳し過ぎるかと、

ワンランクレベルを下げての模擬訓練。



香にケガなどを負わせることなく、

万が一のコトがあっても救出しやすいように、

なかりゆるいフィールドを選んだ。

それでも、各所で判断能力を試される仕掛けは手抜きなし。



パートナーとして終生そばに置くことを決めた。

正しくは、共に生きて行くことを許された。

失った後では、

こうしておけば良かったといくら後悔しても元には戻らない。

その悔いを極限にまでゼロに近づけるがためにも、

可能な限りの努力を惜しむつもりはない。



「ま、初級だわな。初級。」



情報屋に頼んでいたブツもセット済み。

エレクトラのママに注文した品も全て揃い、

所定の位置で出番を待たせ、

明日、香が着る衣類も小道具も行動食も全て揃っている。

しかし、本人にはまだ何も伝えていない。



「ま、いきなりだと当然驚くわな。」



独り言が続く直線の高速、

教授からは検問の情報はないと聞いていたので、

まばらな車間をこまめに縫い上げながら、さらにスピードをあげる。



教授が持つ不動産で、新宿以外では最も土地が低い場所。

それでも、東京の高尾山よりは高い。

冬期に入れば、今回選んだ場所も、初級者相手では使えなくなる。

かといって気温が上がる春までは待てないと、

判断した結果が、明日の抜き打ち訓練となる。



かつて、自分を鍛えたマリーの父親に海原を思い出す。

上官、教官として甘えや隙を一切許さなかった

本気のサバイバル訓練。

それとライン引きが出来ないくらいの実戦にと、

まだ成長しきっていない体に、

10キロ、20キロの銃器や資材、食料を抱えながら、

密林の高温多湿の中をべたつく汗を流しつつ、

濃い緑をかき分けて、

血の匂いに、腐敗臭に、肉の焦げる悪臭に、

気付かない振りをしても、まとわりついてくる匂い成分に、

個としての感情の喪失や分離を自覚していた。



香にそんな体験をさせるつもりはさらさらない。

しかし、

この業界で考えうるありとあらゆることを想定してのスキルアップは、

どう組み立てて行くべきか、撩自身もまだ試行錯誤。

ケジメをつけて、まだ2週間もたっていない中で、

諸条件に見合ったメニューは、まずこれかと設定してみるものの、

まだ、心のどこかにわずかな引っかかりを抱えている。




一体、どこまでこの世界に身を堕とさせる気なんだ、と。




人を殺めることは絶対にさせない。

そう自身にも槇村にも固く誓った。



殺すことよりも生かしながら相手の動きを抑えるほうが、

格段に困難であることは、

当然香も理解していることだろう。

本人のモチベーションの高さも

技術修得の浸透にも影響を及ぼす。



だからこそ一度、

ちゃんと聞いておかなければならないことがある。

銀狐とミックとの決闘の時に、

香が抱いていた生死に対する真意を。



「いつ、吐かせるか…な。」



撩は、左手だけをハンドルにひっかけ、

右手は丸めてこめかみにあて、

窓枠に肘をついた、いたってラフな格好で

またぼそりとつぶやく。



東北自動車道から首都高を目指しながら

頭の中は、明日どう動くか、そのシュミレーションを

幾パターンも思い描きつつ、

と、ふと思考が別のところに向いた。

「ん?」

さっきの電話で、

俺の部屋で待ってろ、と言い損なっていた。

「……あ、あいつ、まさかリビングで待ってんじゃねぇだろうな。」

まだ、自分一人で7階のベッドで先に待つというパターンは、

させたことがない。



「かぁー、たぶん、……できねぇーだろうな。」



極度の恥ずかしがり屋の相棒が、

何も言われずにいたら、自分からあのベッドで先に寝ていることは、

今現在では、全くもって考えにくい。

香の体調管理に悪影響がでそうな事案が一つ加わる。

一人のリビングではきっとエアコンも使わないであろう。

毛布に包まってソファーに座る相方が容易に想像できた。



気付いたら道交法違反の走りで、

クーパーを目的地に向かわせる。

すでに、偽装免許証所有の時点で立派な法律違反ではあるが、

元々法の保護下にはない男、

すでに頭の中は、

いかにやっと手に入れた香を温めるかということしか

考えていなかった。


********************************************************
(8)につづく。





91年だったら、まだ携帯持たせなくてもいいかと。
公衆電話、最近は見つけるのも一苦労です。
というワケで、撩ちん、
午後一杯を使って、現場で小細工仕事をしてきました。
紅葉最盛期の某所が次の現場でございます。
リアルは、もうセミの鳴き声がシャワー状態なのに…。

23-06 Have A Drive With Falcon

第23部 Preparation Of Training

奥多摩湖畔から12日目  


(6)Have A Drive With Falcon ********************************* 2324文字くらい



15時頃、

香は教授とかずえに簡単にあいさつをすませて

ファルコンの待つ場所に向かった。

「海坊主さん、お待たせ。」

ここの広い食堂でも、ファルコンがいるだけで、狭く見えてしまう。

「いくか。」

のっそりと立ち上がった巨体は、無表情で廊下へ出て行く。

「お、お願いします。」

大きな広い背中を見つめながら、数歩後ろをついていく香。

玄関とは反対の方向へ進む。

クーパーは、正門の前に駐車したが、ランクルは通用門側に止めてあった。



「乗れ。」

「あ、はい。」



初期はため口だったのに、

つい、ですます調になってしまうのは、師弟関係が基盤にあるためか。

やや緊張感が込み上がる。

こうして、ファルコンと2人だけでこの車に乗るのは、

撩にナイショで、トラップの訓練を受けていた時以来。

グォンとエンジンがふかされ、教授宅を離れる。

住宅街を抜けるところで、

香は気になっていたことを尋ねることにした。



「……撩は、仕事なのかしら?」

「いや。」

すぐに運転席から返事が返ってきた。

「お、お前のための、じゅ、準備、だ!」

「え?海坊主さん、何か知っているんですか?」

「あっ、い、いやっ、そ、そのっ、く、詳しいことは、俺も知らんっ!」

ファルコンはしまった、という表情になりつつも、

香の気をもませないように、言葉を選ぶ。

「余計な心配はするな。」

「……さっき、美樹さんにも同じこと言われたの。」



ふっと軽く息を吐き出すファルコン。

全く問題のない軽やかな運転に、

香は運転手が失明していることを完全に忘却している。

なぜ信号機が変わるのを、感じることができるのか、

なぜ微妙なカーブを難なく曲がることができ、

十字路を間違わずに右折左折ができるのか、

それは本人にしか知り得ないスキル。

ミックが遠方の取材で不在だったので、

撩もファルコンの運転技術を信じての声かけだった。



「りょ、撩からは、昼に連絡が来た。その時、香のことを頼まれた。」

「え!そうなの?」

「まぁ、美樹と会わせるのもあったかもしれんが、

教授から鍵を受け取ってそのまま現場に行く予定だったんだろう。」

「鍵?現場?」

「うっ!い、い、いや、気にするなっ!」

もう、一応秘密にすべきと思っていることを

ついボロボロと喋ってしまう自分に、

これも香の空気になせるワザかと、苦笑いするファルコン。



「と、とにかくっ、心配することはない!」

「し、仕事じゃないって…。だったら」

香の疑問も最もだと、ファルコンも肩の力を抜く。

「す、全てはお前のためだ。」

「え?」

「香、……トラップの訓練を始めた頃のことを覚えているか?」

突然、数年前の話しにもっていかれる。

「え?」

「俺が、香に最初に言ったことは忘れていないか?」

廃ビルに連れて行かれて、火薬に電気コードに導線に工具箱にと、

様々な道具を目の前にし、ごくりと生唾を飲んだあの夜を思い返す。

「……うん、覚えてる。」



— お前に人殺しの方法を教えることはしない —

— お前が生き残るために、相手の動きを抑えるための技術しか教えん —

— 間違った使い方は絶対にするな。わずかなミスが生死を分ける —

— 中途半端な気分だったら、すぐに帰れ —



そんなことを言われていた。

「なら、大丈夫だ。」

「?」

一体どういうことなのか、

多くを語らない隣りの巨体に疑問符ばかりが浮く。

「お、俺も詳しいことは分からんが、

や、ヤツはちゃんと帰ってくるはずだ。」

穏やかな表情の横顔を見ながら、香もふっと肩の力を落とす。

「ありがと、海坊主さん。」

膝の上の手を組み直した。

「あいつが出かけると、ツケばっかり増えるから、

少しは大人しくしてほしいもんだわ。」

そういうところが行き先ではないことを分かっていての言葉に、

ファルコンも乗ることにする。



「ああ、例の報酬は、店のツケと物損を差し引いた分だ。」

「えええ!そ、そうだったの?」

思い出したスリーセブン。

「あぁ、聞いておいてよかったわ。支払をしなきゃって思っていたから、

なんか得した気分だわ。」

経理係として、心底ほっとする。

「あ!そう言えば、あの夜でも見える小さな望遠鏡、

撩から海坊主さんからのプレゼントだって聞いたけど、

本当にもらっちゃっていいの?」



大井埠頭の時に、

ファルコンが念のためにと撩に手渡したノクトビジョンの単眼鏡。

撩は、ファルコンが余計ないたずらをしたせいで、

香が倒れてしまったので、その対価代償として、備品を頂くことにした。

ファルコンは、そう言えば、まだ返してもらっていなかったかと、

瞬時にそのやりとりを思い出すも、

この香の一言で、



— このタコ、余計なことしやがって、代わりにコイツはもらっとくぜ。 —



という撩のココロの声が着信する。

「あ、ああ、も、もちろんだ。う、受け取っておけ。」

調子を合わせるために、最も適した返事をした。

「なんだか、もらってばっかりで、申し訳ないわ。」

「き、気にするな。それも報酬だ。」

美樹の面倒を見てくれた礼にするには安いかもしれんがと、

言いかけた言葉をつぐんで、運転を続ける。

「あ、ありがと、じゃあ遠慮なく使わせてもらうわ。」

気付けばもう、アパートまですぐそば。

晩秋の4時前、日が落ちるのが早くなってきている。



「着いたぞ。」

「海坊主さんありがと。」

高い助手席からよっと足を下ろす。

「い、いや。」

「早くお店が再開できるといいですね。」

窓の開いている運転席に向かってそう言う香。

「ああ。」

短く返事をしたファルコンは、

そのままグォンと排気口から熱を出して

冴羽アパートを後にした。

香は、車が見えなくなるまで見送る。



「それにしても、仕事じゃなくって、準備って一体…。

撩、どこにいっちゃったのかしら?」



訝しがりながら、我が家へと入って行った。


************************************
(7)につづく。





どうして海ちゃん、運転できんの??
クーレンズの海ちゃんサングラス、売り切れだって…。

23-05 Marriage Ring

第23部 Preparation Of Training

奥多摩湖畔から12日目


(5)Marriage Ring ***************************************************** 4372文字くらい




「美樹さん、こんにちは。あ、海坊主さんも来てたのね。」

かずえと一緒に病室まで来た香の第一声。

「じゃあ、ごゆっくり。」

と言い残して、かずえはその場から離れた。



「いらっしゃい、香さん。

教授から、もうそろそろ来るかもって聞いてたのよ。

ね、ファルコン。」

「ああ。」

そばに座っていたキャッツのマスターも同意する。

「え?」

「寄るって電話があったみたいよ。」

入院着で上半身を起こしている美樹の腕は相変わらず三角巾付き。

「あれ? いつ連絡したんだろ? あたし、てっきりいきなりの訪問だと思ってから。」

撩がアパートを出る前に、教授宅に一報を入れたことを知らなかった香は、

この流れが読めず、きょとんとする。

「くるぞ。」

ファルコンがぼそっとつぶやいた。



「美っ樹ちゅわ〜ん!まる4日、ボクちゃんに会えなくって淋しくなかったぁ〜ん?」



半ドアの入り口から、しゅわっちと飛びかかろうとする撩に、

まとめて3つのハンマーが放られた。

「ぐへっ!」

美樹は1トン、香は10トン、ファルコンは100トンで

計111トン。

どさっと病室の床にひっくり返った撩は、

顔と腹をさすりながら、一応抗議してみる。

「なっ、なにすんでい!折角りょーちゃん、お見舞いにきたぁーげたのにぃ。」

「お前の見舞いはいらん。」

ファルコンがパイプ椅子に座ったまま腕組みをしてふんと鼻息を出す。

「撩…、大人しくしてちょーだいってさっきも言ったでしょ。」

「冴羽さん、もう少しまともに部屋に入ってきてくれない?」

それぞれ苦情を聞きながら、撩はよいしょと立ち上がり、

ぱんぱんと衣類のホコリを払い落とした。

「まぁ、美樹ちゃんもハンマー出せるくらいだったら、復帰も早そうだな。」

「ありがと。おかげさまでね。」

美樹は軽くウィンクする。

「香、わりぃが、俺これから出かけてくっから、帰りはタコと一緒に戻んな。」

「え?どういうこと?」

「晩飯はいらねーから。」

「え?お、遅くなるの?」

「たぶんな。おい、タコ、悪いが家まで香を送ってやってくれ。」

「それが人にモノを頼む態度か?」

「まぁあ、まぁあ、俺と海ちゃんの仲じゃなーい♡」

ファルコンの腕になよなよと腕を絡ませ、すり寄りながら頬ずりをする撩。

「よ、よるな!気色悪い!」

顔を掴んで距離をつくるファルコン。

「いででで、は、放せったら!じゃ、適当な時に頼むわ。」

解放された撩は、頬をさすりながら出口に向かいながらそう言った。

「ちょ!ちょっと撩!一体どこ行くのよ!」

「ふふーん、ちょっとそこまでぇ〜。じゃあねぇ〜。」

スキップ気味の小走りで美樹の病室を出て行く撩を見送った3人。



「何なの一体…。」

香はきょとんとしたまま。

いきなりの教授宅訪問、何かを受け取ったらしい情報、

そして唐突の単独行動。

何が何だかさっぱりで、他の2人が何か知っているのかと、

視線を向ける。

「心配はいらん。香、帰る時には呼べ。食堂にいる。」

「あ、わ、わかったわ。」

どすどすと、足音をわざと立てて、ファルコンは美樹の部屋を出て行った。

2人きりで話す時間を配慮しての退出に、

美樹は、くすりと唇が上がった。



「まぁ、香さん座って。何か飲む?」

「あ、いいわよ、気は使わないで。」

ポットに手を伸ばした美樹を、やんわりと止めて自分も穴空きの丸椅子に腰を下ろす。

「痛みはどう?」

まだ三角巾で吊られている右腕を切なげに見つめてそう尋ねる。

「ううん、全然痛くないわよ。ただね、ちょっと痒いのよねぇ。」

「え?」

「たぶん治りかけている証拠だと思うんだけど、

ほら、かさぶたを剥がしたくて仕様がない気分に似てるのよ。」

「あ、分かる!自然にはがれるの待てないのよねー。」

「ふふ、もしかして香さんも子供の頃、よく剥がしてた方?」

「へへ、あたし小さい時からよく細かいケガばかりして、

アニキによく叱られていたからなぁ。」

「お兄さんもきっと心配で仕様がなかったかもね。」

「でも、むしろ刑事をやめてからは、あたしのほうが沢山心配してた気がするわ。

どんなことしているか、詳しく話してくれなかったし、

分かったら分かったで、撩みたいな変態と組んでいるなんて知って、

ショックだったわぁー。

アニキまで変態に染まったらどうしようかって本気で悩んじゃったもん。」

「ぷぷぷ!おっかし!」

目尻に涙をためてくすくすと笑う美樹。

ふぅと息を吐く香。



「もっと、アニキと撩とあたしで、

一緒に過ごせる時間が、もっとあったらよかったのに、な…。」



窓の外に視線を移し、より紅葉が濃くなった庭を視野に入れる。

実際、撩の存在を知ったのは、17才になる直前の16才の春。

1982年3月26日、

再会するまでに3年の間があいた。

その間、意図的に避けられていたのか、接触する機会は皆無だったところに、

唐突の出会いで、左頬をぶたれるというなんとも印象の悪い二度目のコンタクト。

それから、たった5日後に、兄は風になってしまった。

もし、兄が死なずに、3人で一緒に記念日を祝っていたら、

どんな未来が待っていたのだろうか、と

考えてもどうしようもない「たら・れば」の世界に少し足を突っ込みそうになる。



「香さん?」



「あっ、ご、ごめんなさい。」

「……私も会いたかったな、香さんのお兄さんに。」

「美樹さん…。」

姉のような存在である美樹に、自分の家族に関心を持ってもらい、

香の心がふわりと温かくなった。

思わず、胸に片手を添える。

「アニキも、いつもここにいる、いつも一緒よ。」

「あら、そんなこと言っちゃうと冴羽さん、ヤキモチ焼くわよ?」

「は?」

「たぶん、冴羽さんにとって、今でも最大のライバルよね、香さんのお兄さんって。」

「ら、ライバル?」

「たぶん、勝てっこないと思うけどねぇ。」

にやにやしている美樹の言わんとすることがよく分からずにきょとんとする香。



「そうだ、アレからお兄さんのお墓参りに行ったりした?」

香は、突然の話題変更に目を大きく見開く。

そして、その前後のことを思い出して、じゅわぁ〜と顔が赤くなってきた。

「あら、その顔は『一緒に行った』ってことね。」

ファルコンと撩が本気の決闘をしたフィールド。

そこで眠る兄の前で、いわゆる事後報告に行ったのは、

奥多摩騒動の翌日の夕方。

11日前のこと。

日が浅過ぎる上に、思い返すには、恥ずかし過ぎるくらいの人生初体験があり過ぎて、

美樹の一言で、さらに赤さがパワーアップされる。



「香さん、もう何があったか、言わなくても分かるような感じよ?大丈夫?」

美樹は嬉しそうな表情で、少し体をずらすと、

サイドボードの上にあった未使用のおしぼりを香に手渡した。

「どーぞ。」

「あ、あ、り、がと…。」

頬や額にひんやりとする湿った布を当て、ふうと温度を下げようとする。



あの時、撩は香の薬指に跡が残るキスを施した。

思わず左手に視線が落ちる。

ふと美樹の手元をみやると、あの式の時にファルコンが震えながら、

妻となる女性の指に通したリングが見当たらない。



「ねぇ、そういえば結婚式の指輪は?」

不思議に思ってつい美樹に尋ねてしまった。

「ああ、お店を再開できたら付けようと思って。」

美樹は左手首をくるくると半回転ずつさせて、その部位を眺める。

「そっか。」

なくしたとかいうワケではないことが分かり、内心ほっとする。

確かに、香も

もし何事もなければそのまま左指に収まっていたであろうリングは、

復帰の象徴として置き換えられてもなんら不思議はないと感じた。



「迷ってるのよねぇ〜。」

美樹が左指を顎に当てながら首をかしげた。

「え?何を?」

「指にはめるか、ネックレスにするか。」

「ネックレス?」

「仕事上はネックレスに通して首にかけておくほうがいいかなと思っているんだけど、

キャッツでは接客業だからね、お互い指にはめておいて、

あたしとファルコンが夫婦ってちゃんとアピールしておいたほうが、

お客さんにもすぐに分かってもらえて、

余計な勘ぐりをされることもないと思うし。

ただ、ファルコン、ものすごく照れ屋でしょ?つけてくれるかしら?

後で相談してみよ。」

半ばおのろけ話で指輪のはめ方を迷う美樹が、

香にとって、なんて愛らしいと思ったりも。

「ごちそうさま!」

「香さんはどうしたいの?」

突然自分に振られる。

「あ?あ、あたしがっ、あ、あ、アニキの形見以外の、ゆゆゆびわ付けるなんて

絶対あり得ないわよっ!」

「そうかしら??」

「そ、そうっ!い、いやだっ!み、美樹さんっ!

あ、あ、あたしにはアレ1つだけで、じゅ、十分だしっ、

ア、アクセサリーなんて増やす予定ないからっ!」

唾が飛びそうなドモリ具合で反論する。

「ふーん。…まぁ、いい変化があることを期待してるわっ!」

にっと微笑む美樹。

「そ、そそんな、き、期待なんか…。」

してはいけないと思い込んでいる香。

表情がふっと暗くなる。

その心を読んだ美樹は、左手を伸ばしてそっと香の左手をとった。

「香さん、私の予感って結構当たるのよ。」

「え?」

美樹のしっとりとした指先の体温を感じてドキリとする。

「きっと、遠くない未来に、ここに何かがはめられるわ。」

優しく香の指をさする。

「で、なんとなく、あなたたちは、ネックレスを選ぶ気がするわ。」

「んなっ、み、美樹さん!い、い、一体、なんのこ」

「望んじゃいけない、なんて思わないで。」

また、どきんと心臓が跳ねる。

まさに今、自分が考えていることを見事に当てられてしまった。

「み、美樹さん…。」

「ふふ!楽しみだわ。とにかく、いい報告待ってるわよ。」

香はちょっと困った顔で、くしゃりと笑った。



「……ほ、報告、で、できる、かな?」

「言ったでしょ、私の勘は当たるのよ。」

お互い左手同士の柔らかい握手をする。

「余計な心配はしないことよ。ね。」

「……ん。」

香は目を閉じて、美樹の手のぬくもりを感じた。

優しい柔らかいしとやかな指や掌の感触に、

何かが注ぎ込まれる感覚が手首から脳に伝わる。



「ありがと…、美樹さん。」



すんと鼻をすすると香は、にこっと笑顔になる。

「美樹さんも、早く治って!

お店が開いてなくて、ほんと調子狂っちゃってるから、

年内には開けてほしいわ!」

「もちろんそのつもりよ。また日取りが決まったら連絡するわ。」

「うん、待ってる。」

きゅっと指を握り返す2人。

「じゃあ、あたしそろそろ出るわ。急に出かけてきちゃったから、

家で色々雑用がたまってて、片付けなきゃ。」

「また気軽に寄って。」

「もちろん!」

ふたりの絡んでいた指がそっと離れる。

「じゃあ、またね。」

「ええ、また話し相手になってね。」

香は、出口で振り向き様に表情でオッケーを伝える。



上体を起こしていた美樹は、

微笑みながら、ぱふっと横になった。

奥多摩の翌日、あの2人がここに来た時のことを思い出しながら、

きっと兄への報告は、あの時の前後に違いないと、

勝手に確信を持ちながら、

嬉しさを抱きつつ、美樹は仮眠をとることにした。



**************************************************
(6)へつづく。






最終回のサイレントシーンで、
香がファルコンの指輪に気付くシーンから、
おそらく、美樹の入院中はファルコンはリングをつけていなかったと想像されます。
ということは、ファルコンがつけていなければ、
美樹だけ薬指にはめているもの、どうかと思いましたので、
2人とも、お店を再開する日に合わせて、
一緒につけ始める形を思い描いてみました。
AHで、指輪がネックレスにされていましたが、
ここは賛同ということで、
照れ屋のRKは、自分たちだけ共有できていればいいと、
日常生活の中では、見えない形を選びそうと。
(ただ、AHは渡せなかったリングなので、
 意味合いが大きく違ってきますけどね…)

23-04 Key

第23部 Preparation Of Training

奥多摩湖畔から12日目   


(4)Key ************************************************************** 1727文字くらい




午後、冴羽アパートから赤い小さな車が軽快に出て行く。

新宿駅につくと、いつも通りに香は伝言板をチェック。

ざっと見回して、何もないことを確認すると、

ふうと息を一つ吐き出して、

撩の待つクーパーへ小走りで戻った。



「今日もなしよ。」

助手席のドアを閉めながら報告する。

「じゃあ、教授んちに行くぞ。」

「え?」

香は、突然の提案に驚く。

「受け取るもんがあるから、ちょっと寄って行くぞ。」

「まさか、エロ本とかエロビデオじゃないでしょうねぇ〜。」

じと目で相方を見つめる香。

「ち、ちげぇーよ!」

「ほんとに?また依頼人が泊まりに来た時、

目につくところにあったら即廃棄だからね。」

「だから、ちげぇーっつーのっ!」

「まったく、2人ともこのあたりは全然信用がないから信じらんないわ。」

ふうと背もたれに体重を深く預ける。



「美樹さんも、どうしてるかしら?」

4日の間が開いている。

「まぁ、治療も進んでんじゃないの?とりあえず行くぞ。」

「う、うん。」

軽やかに進む車体と相反して、

個性的なバフバフという鈍いエンジン音が車内に響く。

撩は、左手だけをハンドルに乗せ、右肘を窓枠にひっかけ、

いつものスタイルでアクセルを踏む。



教授宅へ着いたのは14時半。

正門の前に駐車したクーパーから、

出てきた2人は慣れた足取りで、玄関に向かう。

呼び鈴を押そうとした香が、あっと声をあげた。

「なんだ?」

「お花とか買うの忘れちゃった!」

「いいんじゃない?気にすんな。」

香の指ごと撩がインターフォンのボタンを押した。

「あ…。」

な、なにすんのよ!と、

照れの抗議を訴える間もなく、スピーカーから声が出た。

「撩か、入りなさい。」

「お、おジャマ、します。」

香がぎくしゃく気味に返事を返す。




「香さん、冴羽さん、いらっしゃい。」

解除された門をくぐると、かずえの出迎え。

「かっずえちゃぁーん!ボクちゃんがいなくて淋しくなかったぁ〜ん?」

と急接近しようとしたろころに、いつも通り香の1トンハンマーが

顎にスコーンと当たる。

「って!」

これも計算済み。

「撩…、大人しくしててちょーだい。」

手をパンパンと叩きながら、澄まし顔でそう告げる香は、

くすくす笑うかずえの方を見ながら、美樹の様子を尋ねた。



「美樹さんの具合は?」

「順調よ。もう抜糸も近いし。あ、冴羽さんは、そのまま教授のところに行ってもらえる?」

「あいよ。」

何のために何を受け取るのか何も聞かされていない香は、

このやりとりがよく分からず、クエスチョンマーク。

「?」

「冴羽さんが何か教授に頼んでたみたいよ。」

撩の背中を2人で見送りながら、一緒に美樹の部屋に向かった。




一方、撩は艶のある廊下を猫背でひょこひょこと歩き、

教授のいる書斎へ向かった。

「入りますよ。」

「ほほ、こんなギリギリでよかったのかのう?」

「別段問題はないでしょ。」

教授は相変わらず積み上げられた書籍の山の隙間から、

目だけを動かして、その小さな体をややかがませた。

机の引き出しをからりと開けて、

チャリンとキーが2つぶら下がっているリングを取り出し、

撩に差し出す。

「ほれ、これじゃ。」

「ありがとうございます。」

カチャリと撩の大きな手の平に乗せられた金属は、

鍵山がないディンプルキー。



「お前さんには、いちいちカギは必要なかろうて。」

「あそこのセキュリティーがやっかいなのは知ってますよ。

めんどくさいんで、カギ使える時は使わせてもらわないと。」

「ま、それもそうじゃな。」

「防寒だけはしっかりと準備しておくがよかろう。薪は十分にあるがのう。」

「ありがとうございます。」

「新宿とはちーっとばかし標高が違うからのう。

くれぐれも無理はさせるのではないぞ。」

「分かってますって。」

撩はキーをジャケットのポケットに仕舞い込んだ。

「ホントかのう?」

教授はにやりと口元を緩ませて、ぎりしと黒い革製の回転椅子に深く腰をかけなおす。

「明るいうちのほうがいいじゃろ。」

「はい、もう出ますよ。」

「香君は?」

「タコに声はかけてますから。」

「ほほ、なるほど。」

「じゃ、明日、明後日お借りします。」



撩は、そんなやりとりをした後、教授の部屋を出ると、

美樹がいる病室へと向かった。


******************************
(5)へつづく。






何かを企て中の撩ちん。
1991年当時は、
まだディンプルキーはそんなに普及していなかったかもと。

今日は半夏生…。
町内で生育している場所は一ヶ所のみ。
湿り気のあるところが好きな植物がどんどん減ってる感じです。

リンクノート追記のお知らせ

アンソロウィンター2014の参加者の方が発表され、
おめでたい気分になったのは、ワタクシだけではないはず…。
年明けが楽しみです。


この機会に便乗して、
リンクノートへの追記のお知らせをさせて頂きます。


教えて頂いたり、以前チェック済みでしたが、
あまりにもCHのお気に入りブックマークが多く見落としていたものなどを含めて
5件のサイト様をご紹介させて頂きます。
リンク方法につきましては、
詳細をご存知ない方はコチラの記事をご確認頂ければと思います。


大変申し訳ございませんが、
ここでのリンクは繋げておりませんので、
各リンクノートのページよりご訪問頂ければと存じます。



CITY HUNTER LINK NOTE 1
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
❏ 019 ヴェロニカ さん
    Rosette. (Re;Re;...Rosette.)
    2006.09.13. 〜 / テキスト
    [かなりインパクトのある1作品、確かに18禁的カテゴリーですが後味は良し?]
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
❏ 030 架神 さん(カガミさん)
    Cressida(クレシダ)[R-18]
    2009.05.06. 〜 / テキスト
    [RKの愛を感じる印象的な1作品、他ジャンルのお作も多数あり。]
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
❏ 094 奈美 & ツナ さん
    空の彼方へ。。。
    2007.04.09. 〜 2008.03.22. Blog Last Up / テキスト / テクストエンコーディング必要 日本語(EUC)
    [海外フィールドと季節モノの2点をご覧頂けます。]   
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


CITY HUNTER LINK NOTE 2
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
❏ 138 MEI さん
    発掘館〜 perfect infinity 〜
    2011.01.09. 〜 / テキスト
    [クチナシの印象がCHに塗られました。2ケタのお作、見事な心理描写です。]
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
❏ 140 ∞∞ 環 ∞∞ さん(めぐるさん)
    めぐるもの
    2009.07.01. 〜 / イラスト
    [海ちゃんのサングラス、撩の視線がたまりません。他お写真イラスト多数掲載。]
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



実のところ、
リンク記事を制作中にトラブルの一つを起してしまったので、
やはり一個人が手を出すべきではなかったかと、
若干のトラウマ的なところも残っていますが、
情報をわざわざ下さった方や、
リンクを快諾して下さった方々の温かいご配慮に支えられての記事でございます。
みなさんのお役に立てれば幸いでございます。
重ねて、リンク先の方にご迷惑にならないようよろしくお願い申し上げます。

プロフィール

Author:きまりも
since 2012.03.31.

中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。

ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


9万hit記念に
とりあえず作ってみた
CH専用Twitter
 


拍手1000パチ記念につけちゃいました。



アンソロ完成!お疲れさまでした!

やっとまともに表示できたっ!2013.12.15

かなり便利なサーチツール

登録サイト最新情報はこちらをチェック!


試運転中…

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