26-01 Chocolate

第26部 Mountain Villa (全12回)

奥多摩湖畔から14日目の朝 


(1)Chocolate ******************************************************** 2886文字くらい



「ん……。」



鳥の鳴き声で、覚醒した。

「あ、朝?」

ごそっとシートの中で身を起し、

顔にかぶっている銀色の防寒具をパサリとどけてみる。

夜明け前、尾根の木立の向こうに朝焼けが見えた。



「な、長かったぁ……。」



顔に急に冷気があたり、喋ったとたんにふわっと息が白くなる。

まだ薄暗いながらも周囲がはっきり見える。

気温はかなり低いのに、目に映る色は暖色系。

香は、一晩中縮こまっていたので、

体をぎしぎしいわせて、よっと立ち上がる。



「んーーっ!」



手を組んで頭上に腕を伸ばした。

夜の緊張感から開放され、

朝を迎えることが、こんなにも待ち遠しかったことがあっただろうかと、

東の方に顔を向ける。

ミズナラの窪みから少し離れると、

自分たちを守ってくれた巨樹が、思った以上に大きいものであったことを知る。



「すご…、こんな大きな木だったんだ…。」



見上げながら、吐き出される白い息は、

朝のゆるやかな風にのって、少しだけ流れすぐに消える。

腕時計を見ると、時間は5時50分。

あと30分程で、日の出の時間。



「出なきゃ…。」



香は、一刻も早く山荘に向かうことにする。

若干の空腹感はあれど、

切羽詰まったものではない。

まだシートに包まっている人形に近付き、

声をかける。

「おはよ、出発よ。」

相変わらず、ずっしりとした重さのダミー人形は、もちろん無言。

よっと両脇の下に腕を入れ、

ミズナラの根が背もたれになるところに寄りかからせる。



「えー? これってちゃんとたためるの?」



かさかさとエマージングシートを元の形通りにコンパクトに折り畳もうとしたが、

どうも上手くいかない。

こんなことに時間を取りたくないので、

自己流でかつ、最初の折り目は完全無視で、

なんとか両手の平サイズにまで小さくする。

「えーと。なにか紐かテープ…。」

はっと思い出して、布ガムテープを取り出す。

今回、何かと出番が多い。

直接粘着質がある面でぐるぐる巻にするのは抵抗があったので、

たたんだシートを膝で押さえ、

ガムテープを両面が表面になるように張り合わせたものを30センチほど用意し、

それを帯代わりにして、広がろうとするシートをくるっと巻き付けると、

その上からガムテーブの糊を活かして、固定した。

「よし、これでまた何かあった時に使えるわね。」

素早く銀の塊をカメラバッグにしまうと、ペットボトルを取り出して、

少しだけ口に入れる。

冷たさで、肩がぴくっと振れるが、

歯磨きの代わりに念入りに、くちゅくちゅと漱いで、悪いなと思いながら

木の根元に吐き出した。

口の中が少しすっきりしたところで、

残量を見て、一口だけ水を喉に流す。



「あと半分か…。」



香は、地図を取り出し、現在地を確認する。

ロッジは標高約500メートル。

終点の山荘は800メートル。

恐らく今は、標高600メートル付近。

その差200メートル。

身軽であれば、よほどの傾斜でない限り30分そこそこで移動できるはず。

しかし、連れて行かなければならない人形は、

通常、女性が登山で背負って歩ける目安の20キロの重さを遥かに上回っている。

香は、まだ一体何キロを背負わされているのか、

数字を知らないでいるが、

自分の体重の半分以上の負荷はあると、救出直後から感じていた。



「ちょっと食べておこうかな…。」



即エネルギーになるよう、

香は板チョコを取り出して、パキンと折り取ると、

2、3かけら口に入れた。

「ん、おいひ…。」

これなら、まじめな朝食を食べなくても山荘までならなんとかなると、

水と乾パンとチョコの残りを確かめる。

(これでもう1日過ごせって言われたら厳しいかもね…。)

板チョコをしまいながら、

あと数時間でミッションが終わって欲しいと、時計を見た。



ふと顔をあげると、周囲から、

さらに目覚めた鳥達の声が賑やかに聞こえる。

シジュウカラに、コゲラに、ヒヨドリにと、

4、5種類の野鳥が木々を飛び交っているが、

紅葉黄葉の影に隠れてその姿はよく見えない。




「さ、出発だわ。」



忘れ物がないか、滞在した場所のあたりを見回す。

視界に入った、地面から浮いている倒木にピンときて、

斜面を少し移動し、そばに近寄ってみる。

両手でぐいっと押してもびくともしない。

他の樹木の股に引っかかる様に、倒れた胸高直径1メートル程の高木は、

ちょうどいい地面からの高さで、ベンチのように横たわっている。

「使えそうね。」

またカサカサと地面の落ち葉を踏み分けて、

ベース基地に使ったミズナラの元へ戻る。

途中、地面の所々に霜がおりていることに気付いた。

地面の温度が零度だった証拠。

夜、いかに外が寒かったかをそのサインで知る。



「おまたせ。」



ウエストバッグを前面に固定して、人形を前抱っこで抱え上げる。

「うぁ、これ腰にくるっ。」

腰のバッグに体重を分散させ、

落ち葉でふかふかしている傾斜地を数十歩移動し、

さきの倒木に人形をよっと座らせた。

「はぁ…。あなた、一体何キロなのよ…。」

そう言いながら、香はダミーに背を向けて、また両手を肩から伸ばさせると、

よいしょっと声を出しておんぶの体勢に持っていった。



「確かに、リュックとかだったら、これは出来ないわ、ね。」



この装備に今更ながら納得する。

相変わらず、ずっしりと感じる重たさに、

香はこの日の最初の1歩を踏み出した。

トレイルに出るまで、やや歩きにくい斜面を横切り、

本線へ出ると、今一度、よっと背負い直す。

右手には、徐々に濃くなる朝焼けの紫とピンク色の空。

木立の向こうの風景に、香は目を細めた。



一歩一歩、こつこつと登坂を続け、

夕べ、ちょっとだけ下見をした、若干の勾配のある箇所に入る。

「ここは、ちょっとキツそうだわ…。」

思った通り、足が一気に重たくなる。

一歩進むべきところに、半歩しか出すことができない。



「はぁ、はっ…、はぁ、ふっ…、はぁ…。」



まだスタートしたばかりだというのに、

もうこめかみに汗が浮いてきた。

改めて思う。

重たいものを背負っての坂道が、どんなにキツいものかを。

地図上では、わずかな距離なのに、

このまま終わりがないんじゃないかと思うくらいにの鈍行に、

早く進みたくても進めないもどかしさと、

こんな小さな小学生くらいの子供を背負ってこのざまだとしたら、

大人を背負っての移動なんて、単独では到底無理と痛感する。



「こ、子供って、も、もっと、か、軽いものだと、……思って、たわ。はぁ…。」




かといって、のんびりはできない。

また、いつ鹿やらなんやらと遭遇するか分からない。

この状態で熊との出会いがあったら、両手が使えないこの状況は

昨晩よりも条件が悪過ぎると、ごくりと唾を飲む。




とりあえずチョコレート数かけらでどこまで前進できるか、

休憩をとるとしても、

先のような倒木があるとも限らないので、

安易に降ろすワケにはいかないと、

完全脱力し、自力で動けない人命を抱えることの難しさを

身を持って体感している。



この訓練で、何を得たか、香は出発当初からのことを振り返る。

撩が、手間と時間をかけて作ってくれたこの舞台から、

出来うる限りのことを吸収しようと、

目的地を目指して、

少しずつ標高を上げて行った。


*************************************
(2)へつづく。





14日目の朝まで、やっと辿り着きました…。

普段はハンマー、こんぺいとう、はたまたタンスや灯籠まで投げちゃうシーンがありますが、
海原戦の時に、船のデッキにロケットランチャーやその他銃器を
投げ捨てる場面に香ちゃんの素の体力をかいま見て、
「あーゆーシーンは別枠」と感じるようになりました。
撩を守ろうとした対銀狐・対黒蜥蜴やマリーとの共戦の時も、
かなり重たそうなロケット砲を操っていましたが、
使いこなせる重さの上限かもしくは、
きっと火事場のなんやらが機能していたのかも???

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リンクノート追記のお知らせ

とうとう8月も最終日となりました。
振り返れば、酷暑と豪雨のイメージが強過ぎる夏でした。
これから少しずつでも過ごしやすくなればと思います。


今回は、2件の新規サイト様をご紹介致します。
XYZランキングと足跡からご縁を頂きました。
ここでは、リンクをつなげておりませんので、
CITY HUNTER LINK NOTE 2 よりご訪問下さいませ。

初めてリンク記事をご利用される方は、
恐れ入りますが、コチラの記事をご一読頂ければと思います。


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❏ 107 開夢 さん (はるむさん)
    clover-box
    2013.07.12.〜 / テキスト
    [新規サイト様!明るく楽しい2人のやりとりで思わず顔が緩みます。]

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❏ 128 マメ さん    
    seven
    2013.08.28.〜 / イラスト
    [新規サイト様!仲良しRKに、やっぱり2人はこうでなきゃと握りこぶしです。]

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しつこいですが、
原作終了は1991年末(92年1月?)ですよ〜。
もう22年前のお話しなのに、
昭和末期 & 平成の超初期のお話しなのに、
こうしてまた新しくファンの方がサイトを立ち上げて下さるとは、
本当に胸が熱くなるくらい嬉しいです。
それだけCHの魅力は深くて大きくて濃いのだと改めて感じます。
また通う場所が増えて楽しさ増幅です。

ところで、
リンクノートが双方ともかなり長い記事になり、
PCでもスマホでも携帯でも、
スクロールにお手間をとらせてしまい
申し訳ございません。
今後、また様子を見ながら再分割等を考えたいと思います。
(うーん、どうやったら見やすくなるかしら…)

あ、お問い合わせコーナーも同様ですね。
うぅ、どこもかしこも長過ぎる…。



以上、追記のお知らせでした。


25-20 I Want To Touch You

第25部 Narusawa

奥多摩湖畔から13日目


(20)I Want To Touch You *********************************************1586文字くらい



「ったく、脅かしやがって……。」



撩は、サイレンサーを付けたパイソンをすっと下に向けた。

このあたりは、

かなりのニホンジカが生息していることは知っていたが、

よりによって、あそこで笹を食べなくてもいいだろうにと、

眉を寄せて苦笑する。



興奮した雄鹿でなくてよかったと、

群れが立ち去ったことに安堵する撩。

角で一突きされたら、場所によっては致命傷にもなる。

このようなことも想定内であったが、

愛銃の出番なくしてコトが終わったことに、

巨樹の横枝に座ったまま、とりあえずほっとする。



下手に手を出したら、最近何かと鋭くなっている相棒のこと、

自分の存在とその位置を突き止めてしまうことも十分ありうる。

まずは見守りだけで、余程の危険が迫った時の保険がわりだと、

己の行動に改めて理由付けをする。



香にとって、ビバーグそのものが初体験のはず。

都会暮らしの日常の中で、唐突に森に放り出されての疑似訓練に、

もう十分、恐怖心も味わっただろうと、

夜明けを待たずして、

香のそばに行きたくなる衝動が波のようにざばりとかぶさってくる。

今もまた、ダケカンバから降りたくなるのを抑えて、

撩はパイソンを腰に刺し直した。



「香……。」



相棒は、今何を考えながら、この寒い夜を過ごしているのか。

月も冷気を出しているような、

ひんやりとした乾いた空気に、

撩がふぅと吐き出した白い息もまたより濃くなって流れていく。



「朝まで、あと7時間、か…。」



見える場所にいるのに、触れられないこの状況に、

まるで、ケジメを付ける前と同じか、それ以上の

大きなストレスを感じる心理を、

撩自身、やや困惑する。




「こんなつもりじゃ、なかったんだがな……。」



純粋に、都会のフィールドしか知らない相棒に、

季節が厳しくなる前の野外訓練として、

人の重さの負荷がいかなるものかを、

山岳救助訓練を模しての体験をさせる。

これ一度経験しておけば、のちのちの仕事にも大きくプラスになるはずと、

生き残るための判断能力と技術を養うための、

超初歩的、至極初級編的な軽いステップのはずなのに。




「……まるでガマン大会じゃねぇーか。」



香に触れられるようになり、

その美しさと心地よさを知ってしまった今、

もう訓練は終わりだと、すぐにでも防寒シートを剥ぐり上げ、

抱きしめてやりたい。

もう、十分だと。

これ以上傷を増やすなと。



奥多摩以来、離ればなれで夜を過ごすことがお初となる今晩、

しかも相手はすぐそこにいるのに、

話しかけることも、近付くことも出来ない。

香が山荘に到着するまでは、

姿を見せない自主ルールを、早々に破棄したくなるこの面持ちに、

撩自身が、精神的な訓練を強いられてしまっている。



すでに、往路の高速を走っている時から、

うっすらとくすぶっていたものが、

現場が近付くにつれ、徐々に膨らんでいった。

いざ、香に訓練開始の情報を与えてしまったとたんに、

このオンナのそばを離れたくないと、甘えた心理が形になって沸き上がり、

それを振り払うのに、結構な努力を要している。



「はぁ…。」



撩は、曲げた膝の上に組んだ両腕を乗せ、

またその上に顎を置く。

顔をずらして、腕の布地で口元を塞いだ。

目を閉じると、

網膜にはこれまでの夜の残像が早さを変えて流れていく。



「うぅー、オハヨーのちゅうもできないのかよぉ…。」



訓練スタート前の午後3時頃に、でこちゅうをしたっきり。

約8時間で、すでにカオリン欠乏症。

手の届く場所にいるからこそ余計に感じる高いフラストレーション。

しかし、先のケモノの接近もあるので、

やはり離れるワケにはいかない。



撩は寒さよりも、

相棒の肌が遠いことに耐えなければならないと、

不本意ながら自身の忍耐訓練も加わったこの夜に、

早くおさらばしたいと、

天頂近くに浮く少しだけ膨れた半月をちらりと見やって、

ふうと目を閉じた。



*************************************************
第26部(1)につづく。





お腹すかせているワンちゃんが、目の前にある美味しいドックフードを
17時間マテが出来るかという感じです。

ようやく、13日目が終了…。
次は奥多摩から丁度2週間後の朝です。

25-19 Deer

第25部 Narusawa

奥多摩湖畔から13日目


(19)Deer *********************************************************** 3558文字くらい



はっと目が開いた。



ガサガサ、パキ、カサカサと、

明らかに林床を踏みしめて移動をしている大きな何かがいる。

しかも、そう遠くない。



香は、さらに目を大きく開き、ごくりと喉を鳴らす。

「い、一匹じゃ、ない?」

複数箇所から、同じ様に落ち葉の上を移動している何かの音。

人形を肩口からゆっくりと降ろして、

ウエストバッグに手を伸ばし、手探りでローマンを取り出す。

こめかみに汗が流れた。

まだライトは消したままでいる。



聞こえてくる情報に耳を集中させる香。

まるで人が1列になって移動しているような、

不可解な足音に、少なくとも5、6頭の重たそうな動物の存在を感じる。

(ちょ、ちょっと待ってよっ!クマって群れるんだったっけ???)

きっと自分の額には、縦書きの陰が描かれているんじゃないかというくらいに、

さーっと血の気が引く。

集団でクマに襲われたら、もうおしまいだと、向こうが自分に気付かないことを

ただひたすらに祈り続ける。



ガサガサとあちこちで足音が聞こえてくる中、

そのうちの一つが、香のいるミズナラの巨木へ近付いてきた。

(ひぇー!!こないでぇー!!)

心で叫ぶも通じるはずもなく、ローマンを握る指に力が入る。

隙間から外を覗く勇気も削がれ、バクバクと暴れる心臓を何とか押さえたいと、

呼吸を整えようとする。

ガサガサと直近まで聞こえてきた足音と一緒に、

シャクシャク、パキ、ブフフフンと、

何かをちぎって食べるような音声が香の耳に届く。

「???」

震える指で、そっとシートの縁(ふち)を降ろしてみる。

目に入った、そのシルエットは、クマではなく、

シカだった。



(はぁぁぁ…、た、たすかった…。)



香は声を殺して、大きく息を吐いた。

脱力して、背中がすこしずり下がる。

角はなかったように見える。



香はもう一度状況を確かめるべく、ゆっくりエマージングシートの隙間を広げた。

体格のいい大人のホンシュウジカ。

角がないのはメスの証拠。

ちょうど、香が隠れていたミズナラの根の窪みの向こう側に

わずかに生えているクマザサを食べているところを

真横から拝める位置で食事中。



さっきよりも、森が明るいと気付いた香。

ふと樹冠を見上げると、

枝葉のシルエットの奥に、半月よりも少し膨らんだ月が天頂に昇っていた。

月明かりで、木々の縁取りが浮き上がり、

落ち葉の絨毯の上にも樹形の影が落ちている。



(月のあかりってこんなに照らすんだ…。)



満月だったら、もっと明るいのかと、

月がまだお目見えしていなかった時間帯との差にかなり驚く。

その間も、シカのレディーは香に気付かぬまま、

もしゃもしゃと大きな笹の葉を咀嚼する。



(もう、本当にダメかと思ったわよ…。)



そんなことを思いながら、

寒さで落ちてきた鼻水をすんと思わずすってしまった。

とたんに、ビクンと驚くシカに、香もひっと声が出てしまった。

¨彼女¨は、そばに何かがいると分かったとたんに、

バササッと体を翻(ひるがえ)して、ピーッと甲高い声を上げたかと思ったら、

臀部の白い毛をぶわっと広げて、一気に森の奥へかけて行った。

それに釣られて、周囲で同じ様に食事をしていた仲間も、

進行方向を同じくして、

目立つ白色の毛を見せつつ、ザザザッと林床を蹴りながら全て逃げ去ってしまった。





「………はぁああ、驚いたぁ。」



あんな小さな音でも反応するのかと、彼らの耳の良さを教えられた。

「お尻があんなに白くなるなんて…。」

警戒逃避の合図が、

森の闇の中で純白のハートマークが浮き上がる様に見え、

遠くに消えていった。



ここが新宿とは違うことを、思い知らされる。

「これで、おしまいってワケじゃない、わよね…。」

香は、腕時計のライトのスイッチを押して時間を確認する。

夜の11時、まだ朝まで7時間以上ある。

月はほぼ真上。

気温は一層下がっている。



「こんな調子じゃ、いつ何が来てもおかしくないじゃない…。」



一難は去ったが、

また次の予期せぬ訪問者が接近してくる可能性も十分ある。

しかし森が月明かりで少し見えやすくなり、

不安材料が少しだけ軽くなった。

人工的な明かりがない混交林の中で、

月光だけが注ぐ地表の上を、舞台にあがるかのように、

夜の生き物たちが主役になって活動している。



所詮、人間は後から来た新参者。

ここにキャンプ場やロッジが出来るずっと前から、

彼らはここにいたと思うと、

お邪魔虫は自分のほうだと、脅かしてしまったことを申し訳なくも思い、

とにかくクマだけは出ないでと、

遭遇することがないよう、握った手を額に当てて祈念する。



再び、風の音と梢が鳴る音だけが残った。

「朝まで長いな…。」

普段は何かと慌ただしく、

何もせずにただ夜明けを待つということそのものが

未体験ゾーン。

本一冊ないことが、かなり苦渋にも感じる。

人間って情報に飢えるものなのかしらと、思っていたら、

くぅーと胃が空腹を訴えた。



「お腹、……すいた、な。」



昼の醤油ラーメンを食べ、パーキングでホットミルクティーを飲んで、

ここについてから、水を二口三口喉に流しただけで、

食事をしていない。

手元にあるのは、

8センチ×5センチの乾パンが5枚入ったアルミ包装と、

水500cc弱のみ。



「開けようかな…。」



香はペンライトを出して、荷物をあさる。

取り出した非常食を照らしてみる。

これも英語で成分表示が書かれていた。

知っている一口サイズのものとは随分と1個あたりのボリュームが違う。

山切りにカットされた端の部分をぴっと縦に割り裂く。

乾パンの乾は「硬」と置き換えたくなる程の感触。

最初の一口をかりっとかじってみる。

「かたっ!」

気合いを入れないと噛み砕けそうにない食感に、眉が八の字になる。

「ちょ、ちょっと、こんなところで、ぼりぼり音立てる訳にはいかないでしょ…。」

静寂さが、ちょっとした音でも誇張させてまわりに広がりそうで、

静かに食べるにはどうしたらいいかと、しばし悩む。

「水で少しずつ流すしかない、か…。」

香は、ぱきっと最初のひとかけらをかじり折って、

ほんの少しだけ、水を口に含み、

もしゃもしゃと、ゆっくりと噛んで、柔らかくなったら飲み込むということを

時間をかけて繰り返した。

かなり冷たくなっている水は、あまり減らしたくない。

得意の節約モードで、まずはエネルギー補給だと簡素な食事を進めた。

「結構お腹に溜まるじゃない…。」

最初の1枚だけで、かなりの満足感を得る。

「ウチの非常食の在庫もまたチェックしなきゃね。」



随分と前に買っておいたものも、

そろそろ賞味期限切れになっているかもしれない。

いつ何時、アパートから出られなくなるようなことが起るか分からないし、

関東大震災も、そろそろだと長年言われ続けていても、

実際にそれに相当する災害はまだ起っていない故、これもいつ揺れてもおかしくない。

あるに越したことはないだろうと、

ちまちまと溜め込んでいる水や食料の管理も、

帰ったら、きちんとしておこうと、頭の中の雑務家事リストに一つ項目を加えた。



2枚目に手を出そうか迷ったが、

香はそのまま乾パンを包み直し、ウエストバッグに戻した。

歯を磨くことができないので、

口の中の残渣を、少し多めの水で漱ぐ。

それを口腔内に含んだまま、また迷う香。

(んー、どうしよう。このまま飲んじゃうか、吐き出すか。)

シートから出るのがやや面倒と思った香は、

見られているワケじゃないしと、こくりとそのまま水分補給にすることに。

「はぁ…、あったかい飲み物と一緒に食べたかったな…。」

冷水器のような水で折角保温されている体が

また中から冷えてきた。



「……撩は、ちゃんと食べてるのか、な?」



急に相方の食事が気になり出す。

所在が分からないことには、変わりないが、

根拠がなくても、なんとなく¨あいつはこっそり監視している¨気がして、

ついくすくすと笑いが漏れた。



「早く出発すれば、きっと朝のうちには山荘に着くはずだわ。

そこに行けば、……ちゃんと、会えるわよ、ね。」



そこで、はっと思い出して、

慌てて靴下の折り返しをめくる香。

隠し持っている、あの錠剤を飲まねばと、

袋状になっている小さなポケットに指を入れる。

拉致監禁されても、飲めるように、

下着や靴下などに常に忍ばせている一種の危機管理用のタブレット。

1日1錠、できるだけ同じ時間、そして21日連続の服用に7日間のブランク、

これをもう2年以上続けてきた。

今となっては忘れるわけにはいかない服用に、

必要最低限の水だけでこくりと喉に流す。



「ふぅ…。」



ボトルのキャップを閉め、大きなカメラバッグに戻し入れ、

ペンライトを消し、人形を抱きなおす。

撩のかわりにしては、あまりにも体格が違いすぎるが、

何かに触れているだけも孤独感の軽減になる。



「早く、朝になって…。」



そうつぶやいて香は、ゆっくり瞼を下ろした。


*************************************************
(20)につづく。






鹿も高級食材なんですよね。
オオカミ絶滅で増え過ぎた鹿を人が代わりに
ジビエ料理や毛皮製品として利用して、
森の植生を回復させる試みもあります。
今、ウチの子供が夢中で読んでいる
「山賊ダイアリー」(3巻.講談社)の92pに
主人公の岡本君が似た様に1月の山で
寒さと怖さに耐えるシーンがあり、
こっちは笑ってしまいました。(ごめん健太郎君)

次は、撩ちゃんサイトで一区切りです。

25-18 In The Emergency Blanket

第25部 Narusawa

奥多摩湖畔から13日目


(18)In The Emergency Blanket *************************************** 2839文字くらい



何かにすがりたくて、

連れてきたダミー人形をぐっと抱きしめる。

関節の動きや、皮膚の質感が、あまりにも本物に近く、

冗談抜きで、意識を失っている子供と一緒を包んでいる疑似感が湧く。



聞こえてくるのは、風で枝葉が揺れてこすれ合う乾いた音。

その度に、ぱらぱらと役目を終えた広葉樹の葉が地面に舞い落ちる。

とにかく耳を澄ませておかねばと、

何かが接近した時に、すぐにキャッチできるよう、

目を閉じ聴覚に集中する。

まだ午後6時過ぎ。

いつもなら、買い物を終え、夕食を作る時間。

非日常的な場所で、突然野宿を強いられたこの流れに、

とにかく、明け方にはここを出て、尾根上の目的地まで到着しなければと、

太陽が出てくる時間を心待ちにする。



不安にかられ、さらに人形を強く抱き込む。

これが撩だったらと、ふと過ってしまった。

きっと安心感が大きく違うであろうと、

知ってしまった相方のぬくもりを求めてしまう。



「りょ…。」



あれから、毎晩一緒に朝を迎えることが当たり前となり、

お互いが触れ合わなかった日は皆無。

別々に過ごす夜はこれが初めてとなる。



「ほ、ほんとに、山荘にいるのか、な?」



これまで、

ただ必死で人質役の人形を捜索し背負って登坂していたので、

撩の動きのことなど、まったく外野に置かれてしまっていたが、

急に相棒の現在地が気になり始めた。



— ボクちゃん、山荘でゆぅーっくり待ってるからぁ〜ん —



確かに別行動になる前に、そう言い残していった撩。

当初はそれを疑わなかったが、

唐突に疑問に変わった。



(もし、自分が逆の立場だったら…?)



香は、暗闇で目をパチっと明けて、何度かまばたきをする。

(完全放置なんて、あたしだったら、しないわ…。)

この状況で、撩が自分から遠く離れているところにいるとは考えにくい。

(も、もしかして、そばに、い、る?)

急に、違う意味でドキドキしてきた。

断言は出来ないが、あの優し過ぎるオトコのこと、

自分には気付かせないようにと、

どこかでコソコソしている様が思い浮かぶ。



香は、エマージングシートの縁(ふち)にそっと指をかけて、

目だけ覗かせると、

暗闇に染まった森を端から端までゆっくりと見渡す。

冷えた空気に頬がさらされ、思わず肩が縮こまる。

暗さに慣れた目でも、月が上がってきていない夜は、やはり何も見えず、

風と木々の揺れる音以外は何も聞こえない。

ただ、尾根沿いに抜けた空の奥に、

星図の手掛かりが分からない程、

無数の星が天井を飾る。



(たぶん、いるとしても、呼んでも出てこない、かな…。)



姿を見せれば、訓練の意味がなくなってしまうことは、香も理解する。

先ほどまで抱えていた恐怖心が、ほんの少しだけ薄らいだ。

しかし、自分一人である可能性もやはり否定できない。



「撩…。」



他に何もすることがなく、ただ朝を待つだけの時間。

警戒心を完全に解くワケにはいかなくても、

たっぷりすぎるこのフリータイム。

身動きを取ることは出来ずとも、

ゆっくりと何かを考える時間にするには申し分なし。

香は、ごそっとシートの中で落ち着く居場所を探して、

重さのある人形を自分の肩に寄りかからせる。



「……撩は、きっとこんなのが、普通だったの、…かな?」



ぼそりとつぶやく。

抱き込んでいる人形の年頃と、撩の幼い時代がふと被った。

自分からは決して明かされることのなかった

撩の過去を聞き知ったのは、マリーと出会った1年と2ヶ月前のこと。

幼い撩が、中米のジャングルの森で、毎晩どんな思いで過ごしていたのか、

テレビや本でしか知らない場所を思い出しながら、

その夜を重ねてみる。

とたんに締め付けられる胸に、握った右手をくっと当てた。



今は、寒さとの戦いではあるが、

きっと撩が育った場所は、高温多湿の緑濃い森の海。

危険な生き物も、虫に獣に毒蛇にと多数が身近にあったであろう。

そして戦場という命がけの日常があり、

その中で成長をせざるをえなかった愛しい相棒。



自分は、たった1日、しかも高速からそんなに離れていない、

ちょっとしたキャンプ場の奥の山中で、

道具も与えられての1泊の野営。

撩が体験してきたことに比べたら、今の自分の状況は恵まれ過ぎている。



「非常食もあるんだもの、贅沢なもんだわ…。」



香が屋根のあるところでぬくぬくと過ごしていた時、

海の向こうで、生きていた相方の過去を思い描く。

子供時代の撩が、

どんなに重たい銃火器を持って、

どんなふうに食べ物を探しながら、

どのようにして過酷な戦争を生き延びたのか、

わずかに想像しただけでも、目の裏につんと刺激が走ってしまう。



「そ、そうよ!こんなのって、まだまだ序の口よね、きっと!」



悪条件を加えようと思えばいくらでも追加できる。

今、重篤なケガを負っているワケでもない。

川や沢に落ちて体が濡れているワケでもない。

一応ここは日本、地図も渡され現在地もなんとなく把握はできている。

深い積雪もなし。

台風や吹雪、大雨大風の悪天候でもなし。

少ないが食料も水もある。

ローマンにも弾はちゃんと入っている。

トラやライオンがいるようなところではない。

寒い季節なので、ダニやらムカデやらヒルやらの

衛生害虫を気にしなくても大丈夫。

たぶん、ヘビもこんなに低い気温では活動していないと思いたい。



香は、自分に味方している好条件を一つ一つ指折り数えてみた。

「ははは…、これが、もし全部該当しているようだったら、

たまったものじゃないわね。」

撩が幼い頃に体験したことに比べてみたら、至極軽いものだと、

朝までポジティブな気分でいられるように、

全てを前向きにとらえようとする。



「そ、そうよ、クマが出たって、あんな大きな体が森を歩いたら、

きっと音がするはずだから、早めに気付けば、いざとなったら、

この隙間から狙えるかもしれないし…。」



今、最も香の恐怖心を煽っているのは、ツキノワグマの存在であるが、

実際、もう出歩いている確率は低い故、

遭遇する可能性も極めて薄い状況ではある。

しかし、香はその情報を全く持っていないので、

最大の件案に対して、乗り越えるための方策を固め、

ある程度緊張感を保ち続けることに。



「むこうって、……どんな、ケモノがいたんだろ…。」



動物園のレギュラーメンバーのことでさえも、

あまり詳しくない香は、

撩や海原、教授たちが過ごした海の向こうのあの国に、

どんな夜があったのか、どんな鳥獣たちがそばにいたのか

想いを馳せながら、ゆっくりと目を閉じる。



人形の髪に指を通し、

もし幼少時代の撩に会えるのなら、こうして抱きしめてやりたいと、

そして、生き延びて大人になって、自分と出会うことを感謝したいと、

そんな¨バック・ツゥ・ザ・フユチャー¨的な妄想に浸ってしまう。



(考えるだけなら、バチは当たんないよね…。)



そんなことを思い描く自分に苦笑する。

捜索時の疲労と、登坂で消耗した体力と、

連日慣れないことだらけの疲れから、

うつらうつらとする意識と戦いつつ、

香は、エマージングシートに包まれたまま、

朝を待つことにした。


**************************************
(19)につづく。





丹沢での野営では、
テントの中でさえも怖かった記憶があります。
カオリン、もうちょっと頑張ってね。


【ネグレクト…】
もう何日間放置していたんだかと、
昨日8/24に慌てて25-12から25-17の
張り付けを致しました。
続きへのアクセスがしにくく、ご面倒をおかけ致しました。
悪天候のため、イベントが延期になったので、
このスキにっ!とサイトに頂いたコメント等も
お返事をさせて頂きました。
要領悪くて申し訳ないですぅ。
メールの方、今暫くお待ち下さいませっ!
(一体何ヶ月待たせんねん!)

25-17 Endure

第25部 Narusawa

奥多摩湖畔から13日目 


(17)Endure ************************************************* 2221文字くらい



「ふ、ん…、予定通り、か。」



風雪に耐えぬいた樹齢300年は越えてそうな、

ダケカンバの木の上から、

香がビバーグに選んだ場所を見下ろす撩。

黄色くなった葉がカサカサと風に揺れる。

自分の読みがはずれなければ、ここで夜を過ごすことは計算済み。

撩の鼻からも白い息が流れる。

まだ月が上がっていない夜空には

星座が分からないくらいの星々が瞬く。



(うー、ボクちゃんも何か防寒持ってきた方がよかったかぁ〜。)



横枝に腰を降ろして、腕を組み情けない顔をしてみる。

寒いのは分かっていたが、

コートを着ての樹幹移動は何かと面倒だと、

アパートに置いてきてしまった。

エマージングシートに身を包んだ相方には、

ベストな選択だとひとまず安心する。



(しっかしなぁ〜、ムササビの声くらいで転ぶなよなぁ〜。)



頬杖をついて、苦笑する。

実は、滑空してきたムササビは、撩に驚いて警戒音を出し、

香のいる方へ逃げたという次第。



(打ち身になっているかもな…。)



ちょこちょことケガを重ねている香に、

もうそれ以上傷を増やさないでくれと、

あの白い肌に刻まれているであろう痣や裂傷を思うと、

胸がつまり、ミッション中止にさえしたくなる。

ある程度の小ケガは覚悟していたつもりだったが、

そのわずかな傷でさえも、香に残ることが許せないでいる自分に気付き、

はぁと溜め息を出す。



これから夜明けまで、ここで見守るつもりではあるが、

手の届く場所にいる香に近づけないとは、あんまりじゃねぇかと、

自分で作り出してしまった環境を小さく恨む。



すぐにでも、抱き寄せて冷えた体を温めて、

肌を寄せ合いたい。

これから夜の時間が重なるほどに気温は下がっていく。

エマージングシートでも、完全に寒さをシャットアウトできるワケではない。

約12時間、お互い長い夜を冷気に耐えつつ、

撩に至っては、接近したい思いを強く抑えつつ、

乗り越えなければならない。



(うー、とりあえずアジトまでガマンだっ!)



撩はやや膨れっ面で愛銃にサイレンサーを装着した。

キリキリと音を立てるが、香のところまでは届かない。

クマの出没の可能性は季節的に低くても、

このあたりは夜行性の哺乳類が普通に生息している。

シカやらキツネやらアナグマなんぞが、ちょっかい出しにきたら

追い払ってやるくらいのことはしてやるかと、

夜目が効く種馬は、銀色にシートに包まれている相方を見下ろす。

トレイルを挟んでちょうど対面、

やや奥にある樹上からの観察ではあるが、

うまい具合に木立が抜けて、ある程度は周囲を見渡せる。

大きな声を出せば届く距離に、

とりあえずは、何かあった時にすぐに動けるよう、油断なく意識を集中することに。

パイソンを腰に差し直し、

太い横枝の上で足をやや開いた体育座りの撩は、

組んだ腕を膝に預けて前腕に顎を乗せた。

ふぅと沈んだ気分の混じった溜め息をこぼし、

一刻も早く夜が明けろと、

この森に朝日が当たり始める時間を今から待ち遠しく思うのであった。






一方香は、クマの存在が気になって気になって、

ハッキリ言って休める気分では全くなかった。

「た、確かクマって、木登り得意じゃなかったっけ?」

おぼろげな記憶で、

小熊が木の幹にしがみついている映像をどこかで見たことがあると思い返す。

「き、きっと走ってもダメよね…、

上に逃げてもダメだったら、ど、どうしたらいいのよぉーっっ。」

銀色のシートの中で、思わず人形を抱きしめてしまう。

クマに襲われての最後なんて想像もしたくない。

せめてクマよけスプレーでもあればと、聞きかじった情報を思い出すも、

そんな接近戦は勘弁願いたいと、

腰のバッグに手を入れて、ローマンの位置を確認する。

撃退できる可能性がある道具はこれ一つ。



「もし、来ちゃったらどこを撃てば…。」



あっては欲しくない未来を想像しながら、心構えはしておこうと、

頭の中でシュミレーションをしてみる。

「頭、か…。」

恐らく、体に打ち込んでも即死はしない。

心臓も狙いにくい。

やはり頭部かと、まだ遭遇したことのない野生生物の姿を思い描く。

この暗さの中で、果たしてちゃんと狙えるのか、

パンチ一つくらい食らっての相打ちになりそうで、

ますます恐怖心が育っていく。



「ほ、ほんとに、どうしたらいいのよ…。」



決して美しい死に方は出来ないだろうと、

襲われた時の悪いイメージばかりが浮かんでは消える。

「ま、まさか、オオカミとかもいるんじゃないでしょうね…。」

国内ではほぼ絶滅状態にあることは、詳しくは知らない香にとって、

いてもおかしくないと、考え始める。



手元のヘッドライトとペンライトも、

いつ電池が切れるか分からないので、出来るなら節約して消しておきたいが、

明かりを失うことが怖さを増長させ、

スイッチをなかなか切ることができない。



「だ、だめよ、いざって時、つかないほうが困るでしょ…。」



自分の置かれている状況を振り返る。

屋外で、こんな恐怖心と向きあったこともなく、

基本都会暮らしの基盤しか持ち合わせておらず、

慣れないフィールドで知識も乏しく、

一晩、人里離れた山の尾根で、ただ一人、

夜が明けるまでじっとしていなければならない。

今現在でも、激しい緊張感と恐怖心で、心のゆとりを失っている。

朝まで、精神的に持つのだろうかと、

香は、脈打つ胸を手で押さえながら、目を閉じる。



「け、消さなきゃ…。」



香は、こくりと生唾を飲んで、やや冷たい指先で、

ヘッドライトのスイッチをオフにした。


************************************************
(18)につづく。





昔、仕事中にツキノワグマと至近距離でニアミスしたことがあります。
谷を挟んで自分の姿を見ていた調査員仲間が、
無線機で教えてくれて、逃げる方向を誘導してくれました。
あの時の恐怖心は、交通事故に遭った時よりも死をそばに感じ、
ここでミスをする訳にはいかないと、
脂汗を流しながら、三脚とスコープを抱えて、
指示を聞きつつ現場から撤退。
途中、ものすごく酸っぱさを含んだ汗臭い匂いがして、
足元を見たら、私の手の平サイズよりやや大きいクマの足跡が…。
しかも出来立てっぽい。
本当にすぐそばまで来てたことに、血の気が引きました。
気付いて教えてくれた調査員仲間に命を救われた次第です。

今住んでいるところは、クマの出没は殆どありませんが、
イノシシが多いので、バッタリ鉢合わせがすごく怖かったりして。
自然は、楽しさも怖さも両面ありということで、
カオリン、怖がらせてごめんね〜。

25-16 Viverg

第25部 Narusawa

奥多摩湖畔から13日目


(16)Viberg ********************************************************* 2342文字くらい




ミズナラの根元に戻った香は、

膝をつき、まだ一度も手を付けていなかったペットボトルを開けて、

2、3口喉に流した。



飲み過ぎは禁物と、比較的落ち着いてビバーグの準備をする。

撩にこの訓練の指示を出されてから、すぐに感じていた。

たぶん、明るいうちの山荘到着は間に合わない。

捜索開始の時間の遅さから、きっと撩はそれも計算済みだと、

妙な確信が過(よぎ)る。

きっとこれが訓練のメイン、そう感じるようになった。



ウエストバッグから、まずはエマージングシートを取り出す。

モノを見るのは初めて。

15センチ四方にコンパクトに折り畳まれたパッケージには、

英語で説明が施されているが、

添えられているイラストから、使用方法を読み取る。

開封し、広げた銀色の薄いシートは、かさかさと音を立てる。

「うわ…、結構大きい。」

2メートル四方はある。

人2人が包まれるのには十分過ぎるサイズ。

恐らく、一晩であればこの道具で防寒はなんとかなるはず。

ただ、着替えがない。

自分が一番下に着込んでいるタンクトップだけでも脱がないと、

余計に体を冷やしてしまう。

「うーん、たぶん着けっぱなしのほうが、絶対寒くなるわよね…。」

香は躊躇しつつも、エマージングシートを人形ごとばさりと被り、

ヘッドライトを足元に置いて、着ていたものを脱ぎ始めた。

シートの中が思った以上に温かい。

先ほどの外の冷たい空気を忘れさせ、防寒グッズとして十分であることを確信する。

ダウンのベスト、黒のフリース、

カーキ色のトレーナーに、ピンクの厚手のカジュアルシャツ、

そして黒のタンクトップに手をかけ、ぐいっと頭から抜く。

「はぁ…、結構汗かいているじゃない…。」

背中側はぐっしょりと濡れている。

「もう、ブラも取っちゃおうかな…。」

少なくともこの2枚を取り去れば、低体温になる心配はなくなるだろうと、

安全を優先して、下着も脱ぐことにした。

素早くブラをタンクトップの中に丸めて、

持たされたビニール袋の中に押し込む。

とりあえず、ウエストバッグの中にしまうと、脱いだ服を大急ぎで着直す。

その時、指先にかさぶたが触れた。

「あ…。」

右肩に作ってしまったその傷は、

黒のフリースを一部切り取る時に誤って刃が入ってしまった場所。

傷口はすっかり乾いているが、悔しい一文字の痕に眉を寄せる。



「この穴も塞いだほうがいいわよね…。」



ガムテープを取り出し、穴を塞ぐようにフリースの肩にぺたりと修繕する。

「もったいないなぁ、こんな破れ方したら修理しにくいじゃない。」

持って帰ったら、デザインのあうワッペンでも縫い合わせようかと

このような場においても主婦的節約思考が台頭してくる。

ダウンまで着終わると、ずいぶんと体が温まった。

ただすっぽり被っているので息苦しい。

香は一旦シートから顔を出し、このミズナラの窪みに

どう体重を預けたら快適に休息ができるか、

ヘッドライトを手に持って周囲を照らしてみる。

「んー…。」

できるだけ奥に体を入れたい。

しかし、すぐに外の様子を見られる様にもしたい。

「マントみたいにしてみようかな…。」

出来るだけ落ち葉を多くかき集め、

まるで木の根元に抱かれるような位置にクッションとして積み上げて、

エマージングシートをその上に広げる。

「うー、寒い!早くしなきゃ!」

恐らく気温はひとケタ台前半。

吐く息がライトに反射する。

ウエストバッグは腰に巻いたままで、いつでもすぐに動ける様にし、

人形をずるずると脇をかかえて、シートの上に移動させる。

「これでよし!」

香は、自分もシートの上に位置を決めると、人形を右隣にして

一緒に銀の薄いマットを両サイドから引き寄せた。

すっぽりと包まり、顔の部分だけわずかに覗かせるよう、縁(ふち)を微調整する。



「こ、これで明るくなるまで、待てばいいのよね…。」



想像以上に温かいこの非常用の備品、

もし、これ1枚がなかったら凍死もありうる寒さに、

道具の有り難さを噛み締める。

「まぁ…、確かに、寝袋持って歩く訳にはいかないしね…。」

香は、時間を確認しようと、ヘッドライトで腕時計を照らした。

目を見開く。

「えーっ!うそっ!!」

時間は夕方の5時半。

この暗さでは、7時8時くらいと思っていたことに、

大きな衝撃を受ける。

撩と別行動になったのが、3時過ぎだった。

1時間半ほどかかりようやくターゲットを発見し、トレイルに入ったのが4時半過ぎ。

滑って転んだのが5時過ぎということになる。

確かに、冬の日没は早いが、まさかまだこんな時間だったとは、

夜明けまで、どうしたらいいのか、暗くて寒い森の中、一人で過ごすことに、

本能的な恐怖心がくすぶってきた。



「ど、どうしよう、ライトは節約したほうがいいわよね…。」



予備の電池はない。

光源はヘッドライトとペンライトのみ。

まだそんなに空腹でもない。

できるなら非常食はあまり手をつけたくない。

それ以前に、もし獣が来たらどうしたらいいのか、

これは香に有効な手段は持ち合わせがない。

火をおこそうにも場所が悪過ぎる。



「シカは、ともかく、く、クマ出たら、どうしたらいいのよぉ。」



実は、ちょうど今頃の時期からツキノワグマは冬眠に入る。

よほど、ドングリ不作の年でなければ、

紅葉のピークの頃には、3月末までの長い眠りにはいるのだ。

しかし、もちろん香はそんなクマの生態なんぞ知る訳でもなく、

まさに、¨寝たら襲われる¨と、ひどく緊張しはじめ、

落ち葉のクッションで休息などという悠長な気分はあっという間に消え去ってしまった。

夜が明けるのは、日の出より30分ほど前。

6時前にならないと、歩き始められない。

約12時間、香はここで無事夜を過ごせるのか、

大きな不安を抱きながら、

エマージングシートをよりたぐり寄せた。



**********************************
(17)につづく。





山行企画では、下着やTシャツはポリエステルが基本。
綿を着ていたために、亡くなった方もいらっしゃるので、
低山でも、インナーの素材は綿はバッテンということで〜。

【御礼!】
Nさま!いつもご指摘感謝です!
修正致しました〜。
はぁ、まだまだありそう、でできそう〜。
取り急ぎお礼まで!
[2013.08.24]

25-15 Japanese Giant Flying Squirrel

第25部 Narusawa

奥多摩湖畔から13日目    


(15)Japanese Giant Flying Squirrel ********************************** 2261文字くらい



顎を伝って、汗がぽたりぽたりと落ちる。

吐かれる息も白さが濃くなり、激しい有酸素運動に、

延々と続く薄暗い上り坂を進みながら、

時々くらりと思考が飛びそうになった。



(い、いけない。汗をかきすぎるわ…。これじゃ、体が冷えちゃう。)



少しだけ立ち止まって、一息つくと、

そのとたんに体中から気化熱で体温が外に逃げるのが分かってしまう。

「い、今、何時かしら…?」

重たい人形を背負っているので、腕時計が見られない。

既に陽は尾根向こうに沈み、ライトなしでは歩けない状態。

ここを進めるのは、自分の残存体力に周囲の暗さを加味し、

あと1時間もかけられないと判断。



ただ、道の状態だけは良く、ぐらついた石もなければ、

樹木の根が張り出して、不規則な段差を作っているわけでもなく、

むき出した赤土は硬く、人一人がやっと通れる道幅の登坂斜面。

尾根筋沿いに作られたそれは、

まるで、そこだけホウキで掃除したかのように、

落ち葉が少ない。

道の脇には、シダに混じって周囲の樹木から舞った枯れ葉が積もっているのに、

まるで頻繁に誰かが使っているのではと、思いたくなるくらい、

コケも生えていない。



疑問を抱きつつも、できるだけ先に進むことにする。

あまり遠くを照らせないヘッドライトは、足元周辺しか明るくしてくれない。

しかし、網膜の桿体が順応してきたのか、

暗がりでもなんとか周囲の木々の輪郭を捉え、

一歩一歩、歩みを重ねていく。



「こ、この子、…な、名前、ない、の…、かな?」



はぁ、ふぅ、はぁ、と荒げる呼気を繰り返しながら、

ふとつぶやいてみる。

背負っている人形は、作り物にしてはあまりにも本物に似せてつくられ、

その可愛い容相から、香は母性をくすぐられている。

小学校高学年くらいのあどけなさを残すモデルに、

かつて、依頼人として一緒に過ごした、

浦上まゆこや西九条沙羅、そして牧原こずえの面影が重なった。



「ふぅ…、ちゃ、ちゃんと、上まで、……連れて行かなきゃ、ね…。はぁ…。」



これは、本番同様と、改めて自分に言い聞かせ、

背中に重みと自分の汗を感じながら、ゆっくりと先へ進む。

実際、仕事中に誰かを救出する場面は、ある意味日常。

ならば、このようなシチュエーションも今後十分ありうることだと、

実戦の面持ちで気をさらに引き締める。

ただ、自分の無理で共倒れなどする訳にはいかない。

どこかで区切りをつけなければと、そのタイミングを計りながら、

ライトを頼りに、先へ進んだ。



この森そのものは、

成熟度が高く樹齢の高い幹まわりの大きな樹木が多い。

その中で、香の視界の端に一際目を引く巨木が目に入った。



「うわ…、大っきい。」



トレイルの右手側すぐそばに、ウエストまわりは軽く5メートルはある

ミズナラの大木の根元が、香のライトで照らされる。

太い根と深くえぐれた幹肌がちょうど、雨宿りでも出来るかのような窪みとなり、

落ち葉がクッションのように積もっている。

休憩するならここしかない、そう直感で思うも、

出来る限り先に進みたい気分もある。



丁度、日没後30分。

すでに周囲は真っ暗となってしまった。

「よ、よし。少し進んで道の様子を見てから決めよ…。」

香は、一旦ミズナラの根元に近付き、人形をそっと降ろした。

幹に力なく寄りかかるダミーは、うつむいたまま。

「ちょっと待ててね。」

背中から急速に熱が奪われる。

香は、ペンライトも出し、光源を増やした。

もし、なだらかな道が続くようだったら、先に進み、

斜面の勾配がきつくなるようだったら、夜明けを待とうと、

様子を見に進んだ。



「あ、……だめ、だわ」



ほんの数メートル、

照らされたその先にはやや急な登り坂が続いていた。

この暗さ、寒さ、発汗、背負っている人形の重さ、

抱えている条件は悪い。

この後休息できる場所がある保証なし。

香は戻ることを決意する。



「…あ、明日、…何時頃明るくなるか、な。」



まだ完全に息が整わない。

一晩、この寒空の中、

屋根がないところで過ごすことを決めたはいいが、

初の野営に、これまで感じたことのない緊張感が走る。

とりあえず、Uターンをと方向を変えた時、

突然、樹上からぐるるるるという得体の知れない鳴き声がして、

思わず発信源に振り向いたとたん、右足が滑ってしまう。

「きゃあっ!」

どさっと右半身を道に打ち付けてしまった。

「つぅー…。」

どうやら腿(もも)で全体重を受けたらしい。



かさかさ、ぱきんと樹上で何かがまだ動いている。

顔を向けたらヘッドライトがその正体を一瞬だけ照らし出した。

まるで座布団に尻尾が着いているような獣。

「な、何???……モモンガ?ムササビ?」

ちょうど滑空するところを目撃したのだが、

香の持っている情報では、上記2種類のどちらかは区別出来ず。

「もぉー、脅かさないでよ…。」

そのまま、その気配は森の奥へと消えていった。



痛みがあるところに向き直ると、

ライトに照らされたそこは土と小さな葉が付着し、

香は、手で払い落とした。

「足首は、ひねってないわよね…。」

近くの木を支えにして、よっと言いながら立ち上がる。

「うー、油断したわ…。」

悔しさで少し唇を噛むが、歩くことに支障はないだろうと、

暗くなったトレイルをまたゆっくり降りて、

先のミズナラの巨木の下に辿り着いた。



明かりに浮かび上がる人形に、一瞬どきりとする。

まるで遺棄された死体のように見えてしまう雰囲気に、

違う違うと香は首をぷるぷると振った。




「名無しちゃん、今晩はここで一緒にお泊まりよ…。」



香は、生まれて初めてのビバーグを決意した。


*********************************************
(16)につづく。







尾根道は獣道にも使われているとうことで、
本当に掃除されているかのように、
タヌキやキツネやイタチやノウサギが頻繁に通る場所は、
きれいな道になっています。

登坂する姿は、
もののけ姫のアシタカがけが人を背負って森を抜けるシーンを
ご参照頂ければと…。
あれは恐らく65キロから70キロくらいの大人のオトコを、
たぶん40キロ台のアシタカが運んでいる組み合わせなので、
普通なら坂道歩けんだろという体重差。
ここにアシタカが持っている能力の高さを表現する
ジブリの凝った演出が入っていると思います。
実際は、体重40キロ台の人間が背負って坂道を歩ける重さは、
30キロが限界と指導を受けたことがあります。
私が背負って歩けるザックの中身も20キロが上限でした。
(三脚とかレンズとか重たいし…)
というワケで、香ちゃん相当重たい思いをしてると思います。
ごめんね〜。
ちなみに、ムササビちゃんは、日没後30分後に巣穴からご出勤、
日の出30分前にご帰宅という、かなり規則正しい夜行性動物。
東京近隣にお住まいの方は、高尾山がお薦めの観察スポットです。

25-14 Trail

第25部 Narusawa

奥多摩湖畔から13日目    


(14)Trail  ************************************************* 1793文字くらい




「出てきたか…。」



ダミーの子供を背負って、

重たい足取りでロッジから出てきた香をキャッチした撩。

この先が、香に実体験させるべき訓練のコアがある。

仕掛けた3つのトラップはあくまでも付録。

座っていたミズナラの横枝から、よっと立ち上がり、

できるだけ地上部を避けて香の後を追うことにする。

「たのむから、判断ミスだけはするなよ…。」

想定内のタイムテーブルに、

撩は、遠目から相棒の背中を、憂いを含んだ瞳で見つめていた。




トレッキングシューズが、枝葉をパキポキと踏みしめ、

はぁ、はぁ、と吐き出す息がもう荒くなる。

緩い傾斜を進むだけでも、背中の重みがずっしりと増す。

香は、宿泊施設のある広場から、そのまま北上し、

沢沿いにしばらく進むと、

丸太で土止めされた細い階段が右手側に出てきた。



「こ、ここね…。」



撩は、尾根道1本だから迷うことはないと言っていた。

しかし、全く知らない道。

あらかじめ確認していた等高線では、

極端に密になっているところは見受けられなかったが、

初のフィールドで、重量のあるものを背負い、もうすぐ日没。

しかも気温はこれからどんどん下がっていく。

前進するには条件が悪過ぎる。

この尾根道に入れば、もっとまわりが見えにくくなり、

足元の安全も確認し辛くなる。



「ど、どうしよう…。」



香は、また選択肢を迫られる。

一度、ロッジに戻って一晩明かしてから、進むか。

それともこのまま進めるところまで行って、途中でビバーグをするか。

時間制限は、気にするなと言われていたが、

もし、この人質人形がケガをしていたり、衰弱していることを視野に入れれば、

一刻も早く目的地に連れて行く必要もある。

ロッジに戻っても、そこが敵のアジトならば、

長居は禁物。

すぐに現場から離れるのがセオリー。




白い息を出しながら、階段の前でその一歩を出すか迷う香。

「1本道…なのよ、ね。」

そうつぶやくと、片手でヘッドライトを点灯させ、

よっと背中の人形を背負い直し、ふっと顔を上げる。

進行方向を見据えて、

まず右足をその段差に乗せた。

「うわ…、キツ…。」

腿(もも)の筋肉に大きく負担がかかるのを自覚する。

「い、行かなきゃ…。」

二択から一つを選択した香は、前に進むことを決意。

2段目、3段目と乗せる足を変えるたびに、

下半身への強烈な負荷を感じ、これを一体いつまで登らなければならいのかと、

所要時間が掴めないゴールに、もうこめかみから汗が流れてきた。

途中から階段がなくなる。

西の空は、夕焼けで赤く染まり始めた。

陽が稜線に隠れるまであと30分ほど。

せっかく紅葉の森を歩くというのに、

その美しさを堪能するゆとりなどなく、

香は、子供の形をした人形を背負い、尾根道を進んで行った。







「……やっぱ、行っちゃうのねぇ〜。」



ロッジ待機よりも、前進を選ぶだろうと思ってはいたが、

山荘まで今日中に辿り着くのはムリと、

撩も香も同じことを考えていた。



がさっと、地面に降り立った撩は、

香が登っていった階段入り口前にやってくる。

十分距離が出来たところで、おもむろに斜面に積もっている葉っぱをどけて、

隠しているブルーシートをばさりと取り払った。

出てきたのは、ブラインド。



アースカラーのメッシュに、

蔓植物や常緑樹の枝葉がイミティーションで飾られている。

階段の両サイドに生えているウリカエデの枝を支柱にし、

極自然に見えるようにトレイルの入り口を隠す。

これで、他の輩(やから)が今後使うことは滅多にない。



「んじゃ、行きますかね…。」



気付かれない様に尾行をするのはお手のモノ。

ただ、あまり近付き過ぎると、手助けをしかねない自分の甘さに、

撩もまた心理的な戦いを強いられている。

前進すると香の気配がまた近くなり、ある程度の距離を置くことに。



日没前の薄暗い広葉樹の森、

あと30分もすれば、真っ暗になる。

軽装備であれば、

この標高差は無理なく目が効く時間内にクリアできるルートではあるが、

何せ背負っている人形は、香の体重の比重からすると

坂を歩けるギリギリの重さに調節がしてある。

慣れない条件の上、

ザックやフレーム付きの背負子(しょいこ)を使わずして、

移動できる早さは、

通常のそれよりも数倍以上の時間を要すことは間違いなし。



この後の動きも、自分の予想と重なることを願いつつ、

気配を消した撩は、香の踏みしめた足跡を辿りながら、

トレイルを進んで行った。


****************************************************
(15)へつづく。






ロッジのお片づけは、後日別の方がちゃんとして下さる予定です。
本編では出演なしですが…。

25-13 Discvery

第25部 Narusawa

奥多摩湖畔から13日目


(13)Discovery **************************************************** 3180文字くらい



勘が働いた。

ここにいる。

建物に近付いた時、

根拠のない確信が、香の頭頂部に突き抜けた。

なぜそう感じたのか、その時は分からなかったが、

得られた直感を信じることにし、ごくりと唾を飲む。



4つ目のロッジ。

先の小さいタイプと同じの建屋。

平屋建ての木造は、新しさは全くなく、

恐らく二ケタは年を越している痛み具合を醸し出している。

窓は2つ。

やはりカーテンが閉じられ、ガラスの向こうは見えない。

中央の歩道より左に枝分かれしている位置にあるそれは、

撩の潜む木立のある斜面林が近いところ。

もちろん、香は相方の見守りには全く気付いていない。



「香ちゃん、これからだぜ。」



頬杖をついて、目を細める撩は香が第一段階の要に到着し、

真面目に取り組む姿を、半ば複雑な面持ちで見下ろしていた。




背を低くし、ローマンを両手で持った手は斜め45度で下げ、

窓の様子を確認しながら、裏手側に接近する香。

まだ周囲は見える明るさではあるが、きっと室内はライトが必要と読む。

壁にひたっと体を付け、

腰に巻いたカメラバッグからヘッドライトを取り出した。

装着すると髪の毛がバンドのゴムにからむ。

本当は帽子の上から装着したいが、致しかなたしと、

そのまま照明が額上にくるように調節する。

ペンライトも腰のポケットに差し込んだ。



「まさか同じトラップが入り口にあるってことは…。」



外周から確認をしようと思ったが、

先の玄関口でひっかかったワイヤーもののこともあり、

ことさら警戒心を高める。



もう一つの窓の施錠やカーテンの有無、覗き穴の存在を見るために、

壁面にそって足音を立てない様に少しずつ移動する。

角を曲がったところで、

窓の下に積もっている落ち葉に違和感を覚えた。

わざと浅く広げ散らかしたような葉っぱの重なり。

吹きだまりが出来るにしては、不自然な位置。

香は、ふと案を思いつき、一旦Uターンをする。



まるで使って下さいとでも言うように、

ロッジの脇に軽トラック用の冬用タイヤが4つ積み上げられていた。

無言で、その一番上のタイヤをぐいっとずらして、

地面にどさりと落とす。

出来るだけ、余計な音は立てたくないと、眉を寄せるが、

ここはどうしようもないと、

タイヤを縦に起して、目的地に転がしていく。



くだんの窓の下、壁際に沿わせて、タイヤを勢い良く押してみた。

計算通り、ごろごろごろと窓のある壁面に平行して転がっていく。

そして想像通り、

怪しいと見越していたスポットで、タイヤがばさっという音と共に姿を消した。



「やっぱり!」



香は、そぉーっと消失現場を覗きにいく。

「ふ、深い…。」

2.5メートルはある縦穴。

丁度、2階の床から1階の床を見る高さに、

香は、気付いて良かったと、ほっと息を漏らした。

下には、たっぷりの落ち葉が敷き詰めてあり、

タイヤも半分以上が埋もれている。

「本番だったら、きっと竹か何かで串刺しだったわね…。」

これだけじゃないはず、と更なる注意を払いながら、

アプローチへ向かう。



身をかがめたまま、玄関に慎重に慎重を重ねて接近するも、

またどこかにワイヤーが渡してあるんじゃないかと、

夕暮れ時の日陰の中で、必死に目をこらす。

自分だったら、こうやって仕掛けるだろうという場所を推察しながら、

異常が察知できないことを確認して、

ようやくノブに手が届くところまでに近付いた。



扉に耳を当てる。

何も気配はない。

恐らくカギがかかっているだろうと、想定内の元でノブを回す。

「当然か…。」

香は、再度ステンレス線を取り出し、ヘッドライトを付け、

カギ穴に差し込んだ。

鍵山が当たる部分と針金が接触し、カチャカチャと金属音を出す。

ほどなくカチンと解除され、ほっと肩が下がる。

素早く外ポケットに小道具をしまい込み、ライトを消す。

外壁に身を隠して、ドアをゆっくりと開けた。

そっとドア枠から中を覗き見る。



「あ!」



ついに目標物を発見。

薄暗い中、板張りの中央に、人の形をしたものが横になっていた。

すぐに駆け寄りたくなるが、それを一拍ガマンして、

ヘッドライトを点灯する。

玄関まわりの天井から床をざっと見回し、

上から何か落ちてこないか、床が抜けるような細工の後はないか、

一歩入ったとたんにガスが出てくるような穴がないか、

過去の経験から、築年数を重ねたロッジの屋内を隅々チェックする。



「だ、大丈夫みたいね。」



目視を終えた後、目的のものに駆け寄る。

「に、人形、よね…?」

あまりにも本物に近い雰囲気を持つダミー人形に、

一瞬、死体ではないかと思ってしまった。

背中を入り口に向けて、腕は後ろ手に縛られている10才くらいの女の子。

香の中で、一気にプロラクチンが放出される。



「ちょ、ちょっと、いくら訓練でもこれは可哀想じゃないっ。」



緩いくせ毛の黒髪が、肩にまで届く長さ。

トレーナーとジーパン、靴下に靴までちゃんと履かせてある。

「今外してあげるからね。」

つい声が出てしまった。

紐が巻き付いている手首を持ち上げると、

表面は人肌の質に近いシリコンで出来ていることを知る。

「うわ…、リアル…。」

ウエストバッグの外ポケットからナイフを取り出し、

ピッと刃を入れる。

パタリと落ちる両腕は、有機物の重さを感じる。

香はゆっくりと、人形を仰向けにさせて様子を確認する。

「あ…、結構重い…。」

目を閉じた状態の表情で作られている人形、

なのに、幼さと無防備さ、大きさ、質感で、そこらへんの店にあるマネキンよりも

命が入っているように見えてしまう。



「に、人形なのよね…。」



まさかこれにまで何か細工がされているんじゃないかと疑心も沸き上がり、

所持品やトラップがないか、衣類を調べ始める。

「特に問題ないようね…。」

香は、時間にゆとりがないことを思い出し、

次の行動を決める。

人形は当然歩けない。

「背負って行くしかない、わよね。」

人形の髪の毛をさらりと撫でる。

意識のある人間になら、自分の背中に背負わせるのに、大きな苦労はないが、

本人が体を動かせない状態で、自分の背中に移動させるのは

一人では工夫がいる。

あたりを見回す香。

「椅子とか台もないか…。」

ふとキッチンのシンクが目に入る。

「あそこを使えば…。」

香は、作戦を決める。

「よっと!」

人形を抱き上げた。

「う、うわっ、重っ!」

子供サイズと思って油断していた。

力の入らない人形の手足がだらりと揺れる。

「うー、ホントに適正体重なの???」

奥歯を噛み締めよろめきながら、やっと小さなキッチンの狭いワークトップに

人形を座らせた。



「ふ…ぅ、こ、この重さで山登るのぉ?」



一気に不安要素が膨張する。

ぐらつく人形を手で支えてしばし考えていたが、

その時間もないことを思い出し、慌てて次の行動に移ることに。

ウエストバッグを腰の前面にまわし、

人形に背を向けると、

香は後ろ手に自分の手を回して、ダミードールの両手を持った。

自分の肩に腕が伸びる様にぐいっと引っ張ると、

背を曲げて、人形の腹と自分の背面が密着するように体勢を整える。

「よいしょっと。」

あとは、普通のおんぶスタイルで背負うも、

完全に両手は塞がってしまった。



「ヒトってこんなに重たいんだっけ?」



かなりキツい。

普段は、ハンマーやこんぺいとうを操っていても、

この人命救出とは完全別枠。

これで果たして登坂できるのか、

香は白い息を吐きながら、玄関に向かった。

一歩一歩に重力を感じ、

地面から強く引っ張られるのを振り払っての前進。

この先のルートの状態を全く知らないことにゴールまで辿り着けるのか、

自分の能力が追いつくのかと、表情が暗くなる。



開け放していた扉をくぐると、

先ほどよりも一段と薄暗くなり、一層周囲が見辛くなっていた。

香は、足でコンと扉を蹴って音で閉まったことを確認。

「い、行かなきゃ…。」

そのまま中央の通路に出ると左に曲がって、

奥のトレイルを目指すことにした。


********************************************
(14)につづく。





プロラクチンは、母性行動誘発に深く関わるホルモン。
随分前に、
NHKの某番組で若い女性を対象にした実験があり、
火事場の馬鹿力にも影響していることを証明。
脳のイタズラとも言える仕組みに、
脳科学に興味を持ってしまったきっかけの番組でした。


ひよ子様のお部屋、リニューアル&新作更新!


【誤植情報感謝!】
Sさま:千錠→施錠の変更やっと出来ました〜。
ご連絡本当にありがとうございました!
2013.11.16.03:00

25-12 Anesthetic

第25部 Narusawa

奥多摩湖畔から13日目    


(12)Anesthetic **************************************************** 2447文字くらい



2番目に侵入したロッジも特に異常はなかった。

異変があったのは、3番目のログハウス。



殆ど同じ作りではあるが、若干小さめ。

最初の2棟が2家族分としたら、今入ろうとしているところは

1家族分が宿泊する為の広さ。

奥2つと手前2つが大型のロッジで、

間6棟がコンパクトな作りのタイプとなっている。

窓も少ない。

玄関に続く中央通路からの道も階段はなし。



周囲を一巡りし、入り口に近付いた時、

見えにくい30ルクス以下の明るさだったことが、

悪条件に重なった。



ピンっと腕に感じた細い線。

「はっ。」

しまった!と思うと同時に、

香は、とっさにその場で低く身を伏せた。

とたんにびしゃっと液体が出入り口の壁に広がる。

自分が立ったままでいたら、

恐らく胸部から腹部全体に染まっていたであろうそのトラップに、

香は伏せたままで、そっと玄関の扉にこびりついたものを見る。



「な、なによこれっ???」

今度は、緑色の蛍光色。

やや粘度がある。

まるでゆるいスライム状の物体。

不自然に甘く感じる揮発性成分に、はっとして鼻と口を押さえた。

立ち上がり、後ずさりをして、その匂いから離れようとするが、

それも一緒についてくる。

よく見ると、自分の右肩にわずかに飛沫が付着していた。



「まずった、かも…。」



撩のトラップにまたひっかかってしまったと、

悔しく思いながら、くんとそばで匂う薬品臭のようなものが鼻につく。

わずかに立ちくらみを覚え、足元がふらついてきた。

バランスを崩す前に、香は一旦その場で膝を付く。

肩に着いている緑色の液は、500円玉サイズ。

明らかにそこから漂っている匂い物質に、何かが混じっていると確信。



「な、ナイフ…。」



ウエストバッグの外付けポケットから、

手探りで装備の一つの折りたたみナイフを取り出す。

息をあまりしないように、

右手で肩の布をつまみ上げ、左手で布地を切り落とすことに。

しかし、もちろん利き手ではないほうで持っているナイフは、

上手く扱えず、フリースだけを一部カットのつもりが、

その下のトレーナーとシャツにまでナイフがあたり、

香の皮膚に浅く刃が当たった。

「つっ…。」

香は、同時に分離した、5センチ四方の布片を右手でつまみ、

できるだけ遠くへ投げやった。



「ふー、クロロホルムじゃなさそう、だけど、…一体何なのよ!もう!」



過去に何度かかがされたことのあるモノとは違う匂いに、

麻酔成分でも混じっていたのか、

発信源が遠のくと、体は楽になった。

まともに食らっていたら、どうなっていたのかと、ぞわりとする。

「よけられてよかったわ…。」



近付こうとした玄関入り口は、

べったりとナゾの物体が張り付き、

危険な成分入りと分かっている状態では、安易な接近は出来ない。

「これでトラップが終わりってワケじゃなさそうよね…。」

最初の2つの棟で時間と体力と精神力を思った以上に削いでしまった。

この先、一体いくつ目で目的地を発見できるのか、

香は周囲の照度を見ながら、焦りが込み上がる。



「窓、から、行くか…。」



目的の建屋を一周した時、まずは中に気配がないことを確認はしている。

ならば、ここは持ち主には悪いが、

ガラスを割っての侵入しかないと心を決める。

比較的低い位置にある窓ガラスに、そっと近付く。

ここもカーテン付き。

カギはクレセント部分さえ動かせれば開けられるタイプ。



「どうしよう…。」



さっさと割りたいところではあるが、

派手な音は出したくない。

時間もかけたくない。

そこで、何かのドラマで見たシーンを思い出す。

まずは、カギのそばのガラスを割りたい範囲にナイフで傷をつけることにした。

キキーと背中にぞわぞわとくる高音が鳴りはするが、

あまり深い傷がつかない。

「あれ?おっかしーな。」

香が見た映像は、専用のガラスカッターだったので、

簡単に傷が入ったが、香の持っているナイフでは同じ仕事はムリだった。

何往復か同じラインをなぞって、やっと傷らしい傷がつく。

「よし、これくらいでいいかな?」

香は、きょろきょろとまわりを見渡して、手頃な石を二つ持ってきた。

拳サイズよりもやや大きめ。

一つは窓にあてがい、一つはその石をめがけて、

トンカチでゴンッと叩く様に、衝撃を与える。

一気にヒビが入る。

「あ、いけるかも。」

ちゃんとナイフで傷をつけたラインの中だけでの破損具合に満足しながら、

第二打を落とした。

ガシャリッと崩壊する音と共に、ちゃりちゃりと窓の向こうに破片が落ちる。

「よし。」

香は、石を足元に落とし、割れたガラスの穴の縁(ふち)に触れぬ様、

そっと手首を入れて、三日月型の金具をくっと奥に押した。

カギが解除されると、香はカラカラと窓を開ける。

中に人がいる可能性が低いことを確信した上での独り言に、

窓からの侵入。

形としては、気を失っていると設定している人質の発見に、

今回は、静かにという優先順位は下げることに。



カーテンをさっと開き、まずは中の様子を見る。

薄暗く、よく分からない。

先ほどと同様に、トイレと押し入れはある。

「あそこをさっさと見て、次に行かなきゃ。」

ひらりと窓枠を超えると、ペンライトを取り出し、

二つのドアをこれまでと同じスタイルで開けてみる。

異常なし。



「なによ…、入り口にトラップがあると、

人質はここです、て言っているもんだと思ったのに。ダミーってこと?」



ここでの発見を期待していたが、

どう見回しても、何も見つからないので、とにかく4つ目の棟へ向かうことに。

思わず、足は玄関に向かってしまったが、

使えないことを思い出し、慌てて進行方向を変えた。



「このままにしてごめんなさいねー。」



ちらかった破片を見ながら、申し訳なく言葉だけ残す。

開いたカーテンを元に戻し、無意味と分かっていても、

また窓の錠も最初の形にした。

すたっと、外に降りると、さらに回りは夕闇が近くなり、

気温も低くなる。

指先が冷たく感じ、はぁーと息で温める。

動かしにくい状態にしておくことは、何かと危険だと、

指を揉みながら、背を低めて、次のロッジへ向かった。


****************************
(13)へつづく。




トラップの怪しい液体、
これが撩ちんがエレクトラのママを通して注文していたものの一つ。
欲しいもんもってるヤツがなかなか現れなかったんだよと、
言っていたそのブツがこれということで。
21−12のお話し参照)
揮発性麻酔薬を調べて見たら、
エーテルとか、イソフルランとか、セボフルランとか、デスフルランとか
色々と紹介されていましたが、
気化器がないといかんらしいと。
その辺り無視して、吸ったら少しくらつくくらいの麻酔薬を
その手のプロが注文通り作りましたってことで、
勘弁して下さい。

リンクノート追記のお知らせ

酷暑猛暑に局所的豪雨と、

亜熱帯化も否定できない今日この頃ですが、

皆様、お体の調子など崩されていらっしゃいませんか?

とにかく健康第一でと思います。



今回は、リンクノートに2件のサイト様追記のお知らせです。

足跡からご縁を頂きましたパルさまと、

検索で辿り着いた たまぷーさまのお部屋をご紹介致します。

こちらでは、リンクをつなげておりませんので、

CITY HUNTER LINK NOTE よりお入り下さい。

リンクノートを初めてご利用される方は、

お手数ですが、こちらの経緯についての記事をご一読頂ければと思います。



LINK NOTE 1
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

❏ 077 たまぷー さん    
    City of Angels 〜天使の街〜
    2012.05.24.〜 / イラスト
    [カオリンがカワイ過ぎ!トップページのクーパーもステキです。]

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


LINK NOTE 2
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

❏ 105 パル さん    
    Eternity
    2013.08.04.〜 / テキスト
    [新規サイト様誕生!これからお作が重なっていくことが楽しみです!]

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



原作終了から22年経っても、
こうしてファンの方が新規にサイトを立ち上げて下さることは、
本当に嬉しく思います。
そして、リンクノートの記事も、1、2共に
いつのまにか人気ランキングの上位に定着し、
使って頂いていることに改めて感謝です。
掲載を快諾して下さった皆様、
リンクフリーの表記をして下さっているサイト様に
重ねて御礼申し上げます。

25-11 Initial Invasion

第25部 Narusawa

奥多摩湖畔から13日目    


(11)Initial Invasion ************************************************ 1295文字くらい



「ほぉ…。」



最初のロッジ侵入の一部始終を見ていた撩。

実は、香の動きを追い樹間を渡って、

見えやすい位置に移動していた。

もちろん、

香がイヌザンショウの枝を握って痛い顔をしたのもチェック済み。



「どこで覚えたんでしょうーねぇ。」



まるで、何かの刑事ドラマのワンシーンを

そのまま真似たようなアクションに、

頬杖をついてくすりを笑う。

「まぁ、間違っちゃいないわな。」

ふっと息を吐き出し、続きを鑑賞することに。



ロッジの玄関で、ローマンを構えたまま、

香はゆっくりと中へ入って行く。

向かって左手にある扉付き部屋は、恐らく洗面所と押し入れ。

小さなキッチンは、壁面にこぢんまりと設置されている。

テーブルも椅子も何も無い、板張りの10畳ほどの空間は、

カーテンが閉めてあるので薄暗く、

床にはどこから入ったのか枯れ葉も数枚が落ちていた。



(まずは、あそこを確認してからね。)



香は、人の気配がないことを確信しつつ、

人質がどんな状態なのか全くイメージを持っていなかったので、

「誰かが生きている」気配を得られなくても捜索をすべきと、

全ての空間を見て回ることにする。



壁際にひたりと背を当てながら、目的のドアに近付き、

自分の姿が見えない様に、素早く開放。

手前側に開いたドアは、また油の足りない音を出して

中途半端なところで動きを停めた。

そっと顔だけドア枠の中に入れた香は、

その暗い空間が水回りであることを知る。



「ふぅ…。」



閉めるのは後回しと、隣りの扉に左手をかけ、

右手でローマンを顔の横にもってくる。

同じ様に、最初のアクションで中側から己の姿がダイレクトに見えないよう、

ドアを開け放つが、やはり想像通り押し入れとなっていたが、

中はからっぽ。

もちろん人が潜んでいる痕跡も気配も全くない。



「はぁ…。」



肩から少しだけ緊張感が抜ける。

この建物には、何もない、そう確信してはみたものの、

これから先、同じ様に残りのロッジを確認しなければならないことに、

このスタート時点で気分的にかなり疲労してしまった。



「もう…、早く探さないと暗くなって身動きとれなくなるじゃない。」



カーテン越しの外の明るさは、

もう部屋の中でライトが欲しくなるレベル。

香は、律儀に自分が開いたドア2つをちゃんと閉めると、

出口に向かった。



「あっと、すぐに出ちゃだめよね。」

つい、そのまま¨おじゃましまたー¨と気軽に出てこうとしたが、

本番のつもりで臨めと指示があった以上、

ここでも気を緩めるワケにはいかない。

ひたっとまた壁に背を密着させ、

低い位置から外の様子をうかがってみる。

すでに、まわりは暗く折角の紅葉黄葉も夕闇に塗られてき始めた。



「つ、次はお隣り、か…。」



あてずっぽうで、ランダムに侵入を試みるよりは、

奥の建屋から順に攻めることを選んだ香は、

一体何番目で人質を発見できるのか、

出来ることなら、前半戦であってほしいと、ささやかに祈る。



時間も気にしつつ周囲を警戒しながら、

玄関を慎重に出て、アプローチの階段を降りると、

両手でローマンを持ち、身を低く構え、

次の目標物の外周から見て回ることにした。


***********************************
(12)へつづく。





頑張れ、カオリン。

25-10 Access

第25部 Narusawa

奥多摩湖畔から13日目   


(10)Access ******************************************************** 3409文字くらい



閉じていた目をふっと開ける。



「着いたか…。」



予想より若干遅め。

用心し過ぎて歩みが遅くなったか、トラップにかかったか、

まだ視野に入らない相棒の姿を想像する撩。

それなりに気配を押さえつつ現場に接近しようとしているが、

いかんせん、足下は音が鳴る小石や小枝や落ち葉が多く、

どうしても足音が消せないルート。

これも計算済みのフィールドではあるが、

愛しいパートナーの足が踏みしめる度に伝わってくる距離が、

妙に嬉しく感じ、早く姿を見せろと、発信源に意識を向ける。



「あらーん、ひっかかっちまったか…。」



ロッジ入り口そばの、カツラの木の陰で身を潜めている相棒を発見。

右腕にピンクの蛍光塗料がちらりと見えた。

香レベルでなら発見できる程度のトラップだったつもりだが、

気をとられてしまう何かがあったのか、

それでも速やかに脱出したことを伺わせるタイムテーブルに、

まぁ想定内のことだと、観察を続ける。



腕時計をちらりと覗き見る香。

きっと時間配分を考えているのだろうと、

その表情から読むも、なかなかその場を動こうとしない。

かなり警戒している。



香の立ち位置から、ログハウスが5棟見えるが、

残り半分の奥の建屋は、手前の建物と木立が遮りその全貌を見る事ができない。

概ね2列に並び、中央に設けられている通路からそれぞれに枝分かれし、

ロッジの入り口階段につながっている。

各窓にはカーテンがひかれ、室内は見えない。



自分だったら、どこに人質を隠すか、

香は見えている範囲内の情報から、敵の動きと心理を読み取ろうとする。

(手前は考えにくいわ…。)

捜索というものは、手近なところから順にチェックしていくことが常。

早々に発見しやすい入り口直近の場所に監禁ということは、

自分でも選ばないだろう。

(だったら、奥?)



トラップが仕掛けられている可能性と、

時間制限も設けられていることも否定できない中で、

1棟1棟見て回るのは、効率が悪過ぎる。



香は、周辺を見回した。

ロッジのある広場は楕円形。

森に囲まれるように、斜面林がせりだしている。

香はふっと顔を上げ、動きを決めた。

正面からの侵入は見送り、右手側の林縁からの接近を試みることに。



「お?」



撩のいる方向とは真逆の木立に入っていくパートナーの姿に、

眉がくいっと上がった。

「なるほどね、そっちから攻めるのねん。」

ふっと息を吐きながら腕を組み直す。

と、さっきは見えなかった左腿に棒らしきものが目に入る。

「んー、枝でもくっつけてんのか?」

ガムテープの帯は見えるが、この距離では正体がよく分からない。

足首でないなら、くじいたとかのトラブルではないだろうと、

また近くで見られた時にチェックするかと、

改めて向き直る。



一方、香はそんな撩に見下ろされているとも知らずに、

課題に集中している。

斜面林の中は、低木や藪が少なく歩きやすい足元ではあるが、

ロッジから動きが捉えられやすい。

香は、身を低くしてウエストの太い樹木を選びつつ、

その陰に隠れながら広場の奥へ移動する。



(窓から見られていたら狙い撃ちされちゃうかも…。)



そんなことを考えながら、

閉じられているカーテンに覗き窓の穴が開いていないか、

室内から外が見えるレースのカーテンになっているところはないかを

確認しながら傾斜度20度ほどのややきつい林床を進んでいく。




「ここが一番奥ね。」



広場入り口正面から向かって最奥右手側の木造建屋、

まずはそこを最初に確認することに。

斜面をそっと下るも、

どうしても枝や枯れ葉がカサカサパキパキと音を出し、

一歩を出すのに時間がかかってしまう。

(もう!こんなんじゃ、接近がバレちゃうじゃない!)

もどかしさの中で、右手で掴もうとした枝が枯死しているのに気付かず、

パキッと折れてしまった。

「あっと…。」

バランスを崩して、とっさに反対の手で掴んだ樹種が悪かった。

「痛っ!」

唐突の痛覚への刺激、左指先を慌てて確認する。

「何よ…、一体…。」

指なしの革手袋から顔を出している中指の先に赤い点がにじみ出ている。

傾斜が厳しい足場の安定しない場所で、その原因をたぐると、

自分の掴んだ細い木には、固くて細いトゲが互生で生えていた。



「つー…、これを掴んじゃったのか…。」



ちゅっと自分の指を口に含んで吸ってみる。

思いの他、深く刺さったらしい。

「はぁ…、絆創膏はあたしのカバンの中なのよね…。」

持たされた荷物の中には、

香がいつも最低限持ち歩いている救急セットは含まれていない。



「手袋しといてよかったわ…。」



幸い、革手袋の部分は貫通することなく、ガードされていたが、

ややじんじんと痛む指先に眉を寄せて、

出血の状態を確認する。

痛さはあるが、すぐに止まりそうな気配。

香は、傷をそのままに目的地に接近することにした。

まだ、まわりは見える明るさではあるものの、

寒さは上乗せされ、息も白い。

ロッジから、一番近い大きな木の後ろに身を隠し、

そっと様子をうかがってみる。

三角屋根の、平屋建てログハウス。

ちょうど入り口から真裏なので、立ち位置からは窓しか見えない。

ここもカーテンが引かれ、中は見えない。

カギもかかっているのが見える。



「どうしよう…、ガラスを割ってカギ開けるのはあんまりしたくないな…。」



とにかく中に入らないことには、様子が分からないので、

周囲の気配に注意を払いつつ、身を更に低くして、慎重に玄関に近付く。

仮に建物の中に人がいても

ウッドデッキが自分の姿を死角にしているはずと確信するも、

他のログハウスからは丸見えなので、

各角度から見えている窓に覗かれるような隙間がないかを一度見回した。

(大丈夫のようね…。)

デッキ沿いに少しずつ移動し、建物の壁に耳を当ててみる。

人がいたら、足音や体が動く振動が分かるかもと、

神経を集中させてみる。

そこで、はっと気付く。



(そうだった…、これ模擬だったのよね。だったら賊がいる可能性はなし???)



まったく怪しげな音はキャッチできず、無人と判断するが、

本番では人質が気を失っていたり、眠らされていることも考えられるので、

気配の有無関係なしに、まずは室内確認が優先と、

香は背を丸めて入り口に向かい、

もう一度、ドアに耳を寄せる。

特に異変はなし。

ゆっくりとノブに手をかけるが、

しっかりカギがかかっている。

かがんで覗き見ると、ほっとした表情になる。



「こ、これなら、開けられるかも。」



後ろ背に回しているカメラバッグをぐいっと腰の横に回し、

ファスナーを開けると、ステンレス線を取り出した。

アルミ線なら、何度か同じところを曲げると好きな長さに切ることが出来るが、

ステンレス線は、ペンチがないとスムーズには切り離せない。

致し方なく、環のまま20センチほどそれぞれの端から引っ張り出し、

先端と末端を同時にカギ穴に差し込む。

ファルコンからトラップに関する技術と共に教わったカギ開けは、

簡単な仕組みのものであったら、香も時間こそかかるも、マスター済み。

針金でなんとか開けられそうな手応えに指先の痛みを忘れて作業を進める。

2本のステンレス線がカギ穴でかちゃかちゃと金属音を立てる。

ほどなく、カチンッと解除の音がした。



「よしっ…。」



思わずガッツポースをしてしまいそうになったが、

速やかに、ワイヤーをしまい込み、

侵入の準備をする。



(どうしよう…、一気にバーンって入ったほうがいいのか、

それとも、ドアだけ開けて少し経ってから覗いてみるか、ま、迷う…。)



扉の横の壁にぴたりと背をつけ、

ノブに手をかけるが、ベストな選択肢はどちらか、

決定できずにいる。



(んー、もし敵が身を潜めていたら、開けたとたんに撃たれることもあるのよね…。

だったら、すぐに入るのはダメね…。)



もしかしたら、

この入り口にもトラップが仕掛けられている場合も考えられると、

香は、ささやかな小細工をすることに。

腰のバッグから必要なものを取り出す。

身を出来るだけ低くして、壁ぎわに隠れながら、

ドアノブにそっと触れ、くいっと素早く回しラッチが引っ込んだらすかさず

勢いをつけて扉を一気に開放した。

蝶番が、ぎぃーという鈍い音を立てる。

まだ身は隠したまま、一拍置いて、

さっき拾った小石を室内に床を転がす様にして投げ入れた。

と同時に、ローマンを両手で構えて入り口正面で奥に狙いをつける。



目に入ってきたのは、

薄暗いワンフローリングの広い空間。

何もない。

それが第一印象だった。


***********************************
(11)へつづく。





銀狐の時も、高みの見物とか言いながら見守っていた撩ですが、
面持ちはかなり違うかもしれません。

昔、仲間と昆虫採集をしに東北へ行った折り、
オサムシなるものを探そうと、
先輩が灌木の生える急な斜面を登っていたら
カオリンと同様に枯れた枝を掴んで滑り落ちそうになり、
はしっと掴んだ木が、山菜の王様「タラノキ」でした。
軍手・手袋なし。
もちろん手の平は血だらけに…。
ここでは、刺がまだ控えめなイヌザンショウに出て来てもらいました。
カオリン、ケガさせてごめんね。

25-09 Great Spotted Woodpecker

第25部 Narusawa

奥多摩湖畔から13日目   


(9)Great Spotted Woodpecker *************************************** 3035文字くらい



数十メートル歩いたところで、香の足が止まる。

緩いカーブ、この先の様子はまだ見えない。

内側のラインに隠れながら、そっとその先を覗く。

同じ様に、林縁沿いに砂利道が続いている。



目をこらす香。

足下の高さ、胸の高さに、

ワイヤーなどの細いものが渡されていないか、

不自然に倒れた草薮はないか、

自分だったら、この道にどこにどんなトラップを仕掛けるか、

そんな視線で見えている空間をサーチ。



「だ、大丈夫みたい、ね。」



しかし、もう周りが見えにくくなってきた。

空はまだ明るく、夕焼けのちょっと前の様相であるが、

自分がいる谷は、すでに陽が当たらなくなって時間が経っている。

吐き出す息も白さが濃くなり、気温が下がっていくのを肌で感じる。



「い、急ぎたい、けど…。」



とにかくこの先のロッジまで辿り着かないと、

コトが始まらない。

が、この道にトラップがないとは言い切れないので、

用心深く進まざるを得ない。



「仕掛けてあるとしたら、どんな細工なの?」



香は、カサカサと先に落ちてしまった黄葉紅葉の絨毯を踏みしめながら、

さらに注意を払いながら先に進む。

地図上では、2キロ程でロッジに到着するはず。

普通に歩けば、30分もかからない。

しかし、何があるか分からない初めての道であり、

罠も仕掛けられている可能性があるとしたら、

その速度は数段落ちてしまう。



どこに何が仕掛けられていてもおかしくない環境に、

困惑から緊張が広がる。

これまでは、ファルコンと共に、埋め立て地や大型倉庫に廃ビルと、

どちらかといえば都市部のフィールドで受ける訓練が多かった。

しかし、ここは植相から原生自然に近い環境。

馴染みの薄い、勝手の分からない現場に、

香が持っている見識では、先読みするには不足しているものが多過ぎた。



しばらく直進が続く道のりに、

上下左右を気にしながら、とにかく前進。

木立の間を、ジェー、ジェーと濁った声で鳴くハトサイズの野鳥が数羽、

香の気配を感じて、慌てて森の奥へ飛び去って行く。

そろそろ彼らもねぐら入りの時間。

羽音に少しドキリとした香は、鳥ならまだいっかと、ほっとする。



「え?ちょ、ちょっと、待って?

こ、ここって、く、クマとかシカとかいるんじゃないのぉ?」



ミッションのことばかりを考えていたが、

トラップに加えて、出くわしたくない野生動物の存在も鳥の声で教えられ、

ますます緊張感が高まる。

「やーんっ、こ、こーゆー時って、

スズとか鳴らしながら歩かなきゃいけないんじゃないの?」

どこかの山岳ロケの番組を見た時に、

登山道をカランカランと小さなカウベルを鳴らしながら歩くハイカーの

シーンがあったことを思い出す。

持たされた道具にラジオもフエもベルもなし。



「うー、こっそり行かなきゃならないんだったら、

歌いながらってワケにはいかないわよ、ね…。」



とにかく、不用意な出会いがないことを祈りながら、

夕刻近くの心細い道を一歩一歩進んで行った。

進行方向右手側に林床がすっきりとした広葉樹の斜面林があり、

左手は細い沢がさらさらと流れ、大小の礫がごろごろとしている。

歩いている光景は、贅沢なトレッキングコースであるのに、

まわりの秋の風景を楽しむゆとり無く、目的地に徐々に近付く香。



一度、立ち止まって地形図をウエストバッグから取り出し、もう一度見る。

「も、もうちょい、かな?」

10棟ある建屋から人質を探し出さなければならないとしたら、

1棟1棟そう時間もかけられない。

地図をしまい込み、先に向かおうと歩みを再開。

何十歩か進んだところで、

突然樹上から、ドロロロロロと重低音の連打が響いた。

「なっ、なに???」

思わず、腰を低くして音の発信源に顔を向けた。

胸高直径は人が抱きかかえても届かないくらいの

枯れた巨木のさらに上。

白と黒の鹿の子模様に、下腹部が赤いキツツキが、

今日の最後の食事探しだと、懸命に嘴で幹を突いていた。



「び、ビックリしたぁ—…。あんな大きな音をたてるんだ…。」



高速で頭部を動かし、香が見上げているそばから、

さらにドラミングを続ける。

「初めてキツツキ見たわ…。あんなに激しく突いちゃって、くちばし折れちゃわないの?」

絵本や映像でしか知らなかった有名所の生き物が目の前で、

自分を気にせずに採餌している。

脳しんとうでも起しそうな勢いで、

乾燥した樹皮を突きながら少しずつ上部に移動していくアカゲラを追うも、

ほどなくして、ケレケレケレと鳴きながら、次の枯れ木を求めて飛び去って行った。



「いっちゃった…。」



肉眼でギリギリ見えた初めて出会う野鳥に驚き気をとられ、完全に油断をしていた。

数歩踏み出したとき、

バサン!という音とともに自分の視界が一気に地面から引き離された。

「きゃあああっ!」

自分のまわりはメッシュに囲まれ、パラパラと落ち葉が舞う。




「………やっちゃった。」



最初のトラップに、華麗に引っかかってしまった。

ネットで包まれた香は、地上2メートルくらいのところでぶら下がっている。

樹木の形を活用した吊り上げ式の初歩的なトラップ。

香は、横倒しの体育座りのような格好でラッピングされているが、

なんとか体勢を立て直し、状況を確認する。



「はぁ…、油断した、わ。」



キツツキを気にしなければ、

きっと不自然に積まれた枯れ葉の集まりに気付いていたかもしれないが、

完全に注意を怠っていた。



「もうっ!」



自分のミスに腹を立てるも、まずはここから脱出すべきと、

腰のカメラバッグから、折りたたみナイフを取り出した。

地面からの高さを再確認。

この高さなら、飛び降りることができる、と

メッシュをカットする位置を見極める。



「金網じゃなくてよかったわ…。」



数カ所切れ込みを入れ、自重でちぎれる範囲も予想しながら、

落ちる時に、ナイフでケガをしないよう、

慎重に脱出をはかる。

ビビビと繊維がちぎれる音と共に、重力に引き寄せられる香は、

片手でネットにぶら下がり足裏と地面が50センチというところで、

すとんと着地した。



「ほっ、脱出成功!…って、これ何よ!」



黒のフリースの腕部分に、ピンクの蛍光塗料が格子状にべったりと付着。

はっと見上げて自分が切ったトラップの網をみやると、

メッシュの内側に同じ色の塗料が見えた。



「もーっ!撩ったらっ!」



どのトラップにひっかかったかが分かる証拠が衣服に残る仕組みであることを

理解する香。

「これじゃ、ごまかせないわね…。」

はぁと、溜め息をつく。

この1件で、余計に時間を使ってしまった。

「い、急がなきゃ!」

香は、パンパンと服についた小枝や葉っぱを払う。



ロッジのある広場までは、あと数十メートル。

「持っているものが心細いかも…。」

香は、今のうちに手近にある小石をいくつか拾い上げ、

ウエストバッグに入れると、ガムテープを取り出した。

「んー、これも無駄使いできないわね…。」

せり出している斜面の際には、枯れ枝がいくつも落ちている。

「えーと…。」

あたりを見回し、手頃な枝を選び出す香。

長さ40センチ、直径は親指程、表面が滑らかな小枝を手に持つと、

丈夫さを確認し、自分の左の腿の側面にガムテープでくるりと巻き付けた。

ファルコンから教えてもらった発見したトラップをわざと作動させるのに、

ワイヤーなど刺激するための小道具。

「ないより、マシよね。」

膝をポンと叩いて、すっと立ち上がるとガムテームをしまい、

進行方向にくっと顔を向ける。



香は、見えにくくなってきた周囲を気にしつつ、

さらに注意を払いながら前に向かった。


***************************************
(10)につづく。





まずは、アカゲラちゃんの登場でした。

25-08 I Don't Want To Apart

第25部 Narusawa 

奥多摩湖畔から13日目   


(8)I Don’t Want To Apart ****************************************** 1639文字くらい



未舗装の坂道を高速で走る下るクーパーは、

砂利の振動を受け、

車内が激しく揺れ続ける。



「くそっ、やっぱダメじゃねぇーか。」



カーブの遠心力で片輪が浮く。

自分が課した訓練のはずなのに、

これから共に生きて行くための、超初級の模擬救出体験だというのに。

こうも強烈に、香から離れたくないと、一人にさせたくないと、

甘えた思考が込み上がり、

別れ際、

抱きしめ唇を重ねたい衝動をギリギリでこらえての別行動に、

撩自身が、

香の到着までに耐えられるか怪しい雲行きになっている。



到着した時、香の一言に、

まだ自分に自信を持てないでいる深層心理を垣間見た。

思わず、抱き寄せ口を塞ぐところを15センチ上になんとかずらす。

そのままちゅうをしたら、勢いでそのままクーパーの中で

押し倒していたかもしれない。



もうその時点で、

森に一人で残すことに、ただならぬ抵抗を感じていた。

しかし、奥多摩で、あの湖畔で、

ケジメをつけてから、

撩なりに計画を立てての訓練の序盤。

以前から、ぼんやりとイメージは描いてはいたものの、

思いもかけぬクロイツ戦において節目を得てしまい、

この晩秋に実施と相成った。

当初、こんな心情がせり上がってくるとは、

全く想定外。

スタート早々に、自分の揺れる心理に向き合わされ、

それを悟られまいと、終始おちゃらけモードで、やり過ごした。



「香ちゃん、頼むから、無茶はすんなよ…。」



わだちが深い作業道から、傷み気味の細いアスファルトに入り、

さらにスピードを上げる。

タイヤの鳴る音が斜面林に反響する。

広い道路に出たところで、すぐに左折し再び坂道を上り、

ペンションが並ぶ直線をつっきると、山の斜面を舐めるように

林業用の作業道に侵入した。

舗装されていない林道は大型重機が入るためか、

クーパーが余裕で走れる道幅に、ますますアクセルを踏み込む撩。

針葉樹と広葉樹の混交林を走り抜け、

まるで獣道の出口じゃないかと思う程の狭い横道へするりと左折する。

実は、入り口はカモフラージュで、

トンネルを抜ける様に藪を突っ切ると、

唐突に、整備されたウッドチップが敷き詰められているアプローチに入った。

正面には、洋風の山荘が待ち受けていた。



撩は、建屋の裏手側に車を回し、林縁に近いところにキッと停めた。

運転席から出てきたオトコは、

バンと音を立ててドアを閉める。



香と別行動になってから、短時間でここまで到着。

まわりは、夕焼けで空と森が染まりかけている。

「急がねぇーとな。」

撩は、山荘をざっと見回し、異常がないかを目視すると、

尾根沿いにロッジへ続くトレイルを小走りで下って行った。



香よりも早く、大小各種のログハウスがある広場に出るのが目的。

気付かれない様に、経過観察という言い訳の元、

そばにいる口実であることは当然自覚している。

計算では、香がそこまで辿り着くのには、

30分かかるはず。



途中より、体操選手にでも職を変えるのかいう動きで、

樹幹を移動しながら、

ロッジ全体が見渡せるミズナラの巨木に身を隠した。

樹高15メートルほど、七部目あたりのところのある太い横枝は

撩の体重を支えるに十分な強度。

ここなら、香の動きがある程度キャッチできる。

「間に合った、な。」

香は、まだ到着していない。

「さて、……ここを何分で抜けられるか、ね。」



黄葉した数万、数十万の葉が、撩の姿を都合良く隠す。

自分の胴体と同じくらいの直径を持つ樹木の腕に、

よっと腰を降ろすと、

肘掛けに使ってくれと言わんばかりの位置と大きさで

幹にサルノコシカケが育っている。

粉のふいたような表面の感触は滑らかで、

撩はそこに右肘をひっかけ頬杖をついた。

足を組み、ふっと小さく息を吐き出し、つと目を閉じる。



さわさわと葉が擦れ合い重なり合いながら乾燥気味に鳴る中で、

寸分も音を聞き漏らすまいと、

じっと香の気配が近付くのを待つ事にした。


***************************************
(9)へつづく。





サルノコシカケは
コフキサルノコシカケ(高級品らしい)で。
本当は、弱っている木か枯死した木につくみたいですが、
そこは勘弁…。
ペンションまでは、実際の地図にそっていますが、
林道からは捏造です…。
クロイツ戦でも、樹上にいる撩が描かれていましたので、
テナガザルのごとく、木々を移動するのはお手のもんかと。


ここで、今回のフィールドの解説をば。
第25部のタイトル通り、鳴沢という地区名が舞台です。
山梨県の鳴沢村ではなく、栃木県日光の某所でございます。
新宿から日帰り往復可能で、そこそこの標高、
教授の管轄物件の一つがある場所として選ばせてもらいました。
20年前、サークルの合宿先だったのですが、
当時のかすれたイメージの中で、
ロッジの棟数や位置関係は完全な妄想です。
今はどうなっているのか、全く分からないのですが、
お近くの方や、利用したことがある方にとっては、
全然違うじゃん!と思われる表現箇所が複数出てくるかと思います。
一応、舞台だけ鳴沢をお借りしましたということで、
細部の誤差はご勘弁下さ〜い。


【Rさまへのお詫び】
すぐに対応させて頂きました。
Twitterですでに情報発信がされていたので、
こちらもリンクノートを管理している側として
動いてしまいました。
最後の最後まで、こちらの配慮のない言動で、
ご不快な思いをさせてしまい、
本当に本当に申し訳ございませんでした。

25-07 Equipment

第25部 Narusawa 

奥多摩湖畔から13日目


(7)Equipment ***************************************************** 3458文字くらい



「ほれ。」

トランクからぽいっと投げられたのはまず上着。

黒のフリース素材。



「あ、ありがと。」

(な、なんだ、上着持ってきてたのね。でもこれウチにあったやつじゃないわよ?)

とりあえず袖を通す。



「次。」

またばさっと投げられたのは、黄色と黒の組み合わせでデザインされた、

ダウンのベスト。

胸には¨THE NORTH FACE¨の文字が。

「え?こ、これも?」

「そ。早く着ろ。」

「って、これうちのじゃないわよね?」

「あー、今回のために注文しといた。」

「ちゅ、注文?」

訝しがりながら、腕を通す。

軽くて温かい、まるで売り出すためのキャッチコピーをそのまま体感。

香もどこかで見たことがあるブランドの名前に、

安くはないはずと、思わず財布が心配になった。



「靴もこれに履き替えろ。」

足下に置かれたのは、靴底の厚いトレッキングシューズ。

紫とピンク系の女性向けデザインで、足首までのガードがある。

「ちょ、ちょっと待ってよ!なんなのこれ?」

「んー? 見ての通り。サイズは合うはずだぜ。」

「……今から山登りでもするつもり?」

稜線に囲まれた、早々に影になってしまう山あい、

時間は15時過ぎではあるが、もう夕方の雰囲気に近い。

「ま、似たようなもんかな。」

涼しい顔をして、トランクの中をまだごそごそしている撩を見ながら、

香は履いていたウォ—キング用の軽い運動靴を脱ぎ、

撩が用意したものに履き替えた。

すかさず撩は運動靴を回収してトランクに入れる。



「……サイズは、大丈夫だけど。」



トレッキングシューズの側面には、¨GORE-TEX¨の刻印がされた金具がついている。

当然、今日初めて履くものに、自分の足との馴染みは得られない。

さすがに、ここまでの段階でこの後の展開が読めないわけではないが、

疑問に思っていたことが、だんだんと確信に近付いてきた。



靴紐を縛り終えると、

撩がどさりと重量のあるものを香に手渡す。

「こいつの中身を確認してみろ。」

「え?」

受け取ったものは、プロカメラマンなどが使う、レンズを入れるための

ウエストバッグタイプのカメラバッグ。

普通のものよりも、2、3倍の大きさでたっぷりとした容量がある。

ファースナーを開けると、

なにやらごちゃごちゃと入っている。

「ちょ、ちょっと向こうで見ていい?」

「ああ。」

バン、とトランクが閉まる音を背に、香はボンネットの上に

カメラバッグを置いた。



10品目以上はある。

ヘッドライト、ペンライト、エマージングシート、

テレフォンカードサイズのプラスチック製方位磁針、

残りが少ない布ガムテープ、

非常食と思われる板チョコに、

アルミ梱包になっているサイズの大きな乾パン、

バンダナ、国土地理院の等高線が描かれた地図、

ライト付きの防水腕時計は、男性向けのように黒くて重厚なデザインで、

アナログとデジタルの両方の表示が見られるタイプ。

それに、500mlのペットボトル1本、

ビニール袋に、折りたたみ式ナイフ、指なし革手袋、

最後に、ステンレスのワイヤーが底から出てきた。

直径10センチの輪になって3メートル分ほど巻かれている。



香は、この物品のメンツを見て、

自分の予想が間違っていないことを感じる。



(……これから、訓練が始まるんだわ。)



香は、ふぅと息を吐き出し、そばに来た撩に向き直る。

「もうっ!ちゃんと教えてくれたっていいじゃない!こんな突然にっ!」

「抜き打ちじゃないと訓練にならんだろうが。地図を見ろ。」

香が省略した言葉をちゃんと掬い取り、

ふふんとした表情で香を見下ろす。

赤い塗装の上にかさかさと広げる地図は、2万5000分の1の縮尺。



「現在地は分かるか?」

「あ、…ちょっと待って、これってさっき右手に見えてた建物よね。」

香の白い指がスポーツ施設の場所を指す。

高速を下りてからの光景を思い出しながら、地図の記号と一致させる。

「だったら、……今はこのへん?」

「せーかい。」

今の立ち位置は、標高が500メートル以上、奥の山並は2000メートル級の稜線。

「この先にキャンプ場がある。」

撩の指が地図をなぞる。

縦長の形のいい爪に、ふと気を持っていかれそうになった香は、

あわてて気分を引き締めた。

「奥にはロッジが10棟、その中のどこかに、人質が監禁されている。」

「ひ、人質ぃ?!」

「そ。」

「こ、これって訓練なのよね?」

「そ。」

「じゃ、じゃあ本当の事件とかで、誰かが捕まっているってワケじゃないのね。」

「気分は本番のつもりでいろ。」

「う…、は、はぃ。」

「おまぁは、監禁場所を特定して、人質を救出し、この上の山荘にまで運ぶのが役目。」

ルートをなぞりながら、尾根上の小さな建物を指した。

それは、印刷されているものではなく、撩が書き足したと思われる筆跡。



「と、トラップとか、ある、の?」

「のーこめんと。」

ごくりと生唾を飲み込む香。

「ロッジの奥を流れている沢沿いに進めば、尾根に続くトレイルがある。

その道にさえ入れば、山荘まで一本道だ。迷うことはない。」

香は、現在地と目的地の標高を等高線で確認する。

「800メートル…か。」

さわっと風が吹き、ハウチワカエデやアカシデの緋色に染まった葉が

地図の上に舞った。



「ここからは、おまぁ一人で前進な。」

「え?撩はどうするの?」

「ボクちゃんは山荘でのぉーんびり待ってるからん。」

「……時間、制限は?」

「それは、気にすんな。」

香は、顔を上げてまわりの光度を確認する。

眉に浅くしわが寄ったのを撩も見逃さなかった。



「持って行くのはこれだけ?助手席にあたしのバッグあるんだけど。」

「そんだけ。」

「はぁ?中身、持っていっちゃだめなの?」

「だーめ。ほれさっさと腰に付けろ。」

しばし考える香。



「……ローマンは持っていかせて。」



撩の肩が、ぴくっとわずかに振れる。

「重しにしかならないぜ。」

正直、持ち歩く荷物の重量を増やしたくない。

「いい。」

ジャケットのポケットに手をつっこんで、香の目を見つめる。

携えたい気持ちは、いやという程分かるが、

今回は、その900g強の重さが加わることが、

体力の消耗を大きく左右することが想定される。

しかし、こればかりは香も譲らない、そんな意志を茶色い瞳から読み取る。



「……好きにしな。」



「あ、うん。」

ほっとした表情で、香は助手席のドアを開けると、

シートの上に放っていたショルダーバッグの中から

兄の形見を取り出した。

常に実弾入り。

安全装置を確認して、カメラバッグに押し込む。

細いウエストに、くっと大きな荷物が巻かれ密着する。

カチンと幅広のプラスティックバックルがなり、長さの調節によって安定感を得る。




「んじゃ、頑張って人質さん見つけて連れて来てちょーだいねぇー。」

撩は、ひらひらと手を振りながら、

クーパに乗り込むと、グォンと軽やかに切り返し、

窓から片腕を出して、そのまま来た道を去ってしまった。



「ほ、ほんとに、置いていかれちゃった…。」



香は、もう一度地図を出してコースを見直す。

まだ周りは見えるが、この後30分か1時間で、

夕刻のたぞがれ時特有の視力が落ちる暗さになる。

人質の捜索に手間取っていたら、

それこそ周りが真っ暗になるに違いない。

それから、尾根道を300メートル上がるとなると、

明るさ的には、全く間に合わないことに。



「野宿、…させる気?。」



制限時間は気にするなとは、言われたが、

恐らく撩の中で、合格ラインが設定されていると、

香は思い描く。




「この準備、だったんだ…。」



この数日、撩が遅く帰って来ていた理由を得心する。

これだけのこともできないのかと、

撩をがっかりさせるワケにはいかない。

与えられたミッションは、

模擬の人質救出と山荘への運搬。



得られた情報は、ハッキリ言って乏し過ぎる。

ノーコメントと言っていたトラップも、おそらく仕掛けられているだろうと、

進むべき道の奥と、地図を交互に見つめる。



「日没まで時間がないわ…。」



気温も下がっていく。

鼻からの呼気もうっすらと白くなり、恐らく10度以下。

折り目通りに地図をたたみ、カメラバッグの外ポケットに押し込む。

左手首に服の上から腕時計を巻く。

バッグは背中側にぐいっと回して、指なしの革手袋をぐいっとはめる。

首からの放熱を押さえるために、バンダナもくるりと巻き喉元で結び、

襟の中に仕舞い込む。

これから徒歩の時間が長くなると、簡単に足下の準備体操をして、

アキレス腱と筋を伸ばし、足首もくるくると刺激を与えた。



「これで準備オッケーかな…。」



膝頭に手を当てて前屈みになっていた状態をぐっと起す。

安易な前進は危険だと、

香は、まずはわだちが目立つこの砂利道を慎重に進むことにした。


********************************************
(8)につづく。






学生時代、山用品のブランドについて、
よく仲間と飲み会の話題にしていました。
あのメーカーは、縫合が甘いとか、
このメーカーは、デザインも機能性もいいとか、
色々先輩方が教えてくれたものですが、
いかんせん、ビンボー学生だったので、
なかなか思い通りに装備がそろわなかったものです。
当時、有名所の動物カメラマンが、
「THE NORTH FACE」の防寒具をよく使っていたので、
プロ御用達のイメージがあり、仲間内でも好評価だったので、
ここで香ちゃんに来てもらうことに。
「Coleman」とか「mont-bell」あたりが
我が家の登山&アウトドアグッズでちらちらありますが、
この10年で利用頻度は激減したな〜。


【表ブログようやくCHネタ更新】
母屋をご存知の方へのお知らせ。
出遅れましたが、
酷評?の「アニメアカデミー〜1億3000万人が選ぶ不朽の名作〜」(7/30)の
CH関連記事を8/2付けで出しました。

【訂正】
地図の縮尺を5万分の1から2万5000分の1にしました。
撩なら5万でもいいと思いますが、
カオリンには、ちと大変かと。
よってより道や等高線が分かりやすい2万5000にしました。
今更でごめんなさいっ。
[2013.09.18.00:00]

25-06 Tined Autumnal Leaves

第25部 Narusawa 

奥多摩湖畔から13日目 


(6)Tinted Autumnal Leaves **************************************** 3913文字くらい



午後1時前。

伝言板を確認して、何もないことを伝えに戻った香に、

撩はこう言った。



「少し遠出するぞ。」



「……は?」

そんなこと、今日は一言も言っていなかったはずと、

香は自分の予定を訴える。

「ちょ、ちょっと撩!

あ、あたし、このあと、スーパーに買い物行こうと思ってるんだけど。」

「却下。」

エンジンがかかる。

「はぁ?」

「だ、だって、もうあんまり冷蔵庫に入ってないのよ?」

グォンと出発するクーパー。

「今日はいい。」

「ど、どこに行くの?」

「なーいしょ。」

ハンドルを軽やかに切りながら前進。

「はぁ?なにそれ?」

そんなやりとりの中、クーパーはさっさか新宿インターに入って、

高速に乗ってしまった。



「何か企んでるんでしょ…。」



まだ教えようとしない秘密主義のオトコに小さく立腹中の香。

腕と足を組んで、少し頬を膨らませる。

「着くまでのお楽しみっつーことで。」

撩は、窓枠に肘をひっかけ、左手だけをハンドルに乗せて、

軽快にアクセルを踏み続ける。

23区を出たところで、緑被率の高い景観が増えてきた。

放置された杉林の緑と対比するように、

落葉広葉樹の斜面を抱える稜線が、紅葉のグラディエーションを描いている。



「わぁ…。」



車窓に見とれる香は、

今シーズン、郊外の秋の風景を味わえることを諦めていたので、

突然の予定に、嬉しい付録がついてきた。

進路は、北北東。

いつの間にか首都高を出て、東北自動車道に入る。

青く抜けた空と、紅葉のピークが重なった絵葉書のような光景が、

移動中の時間を忘れさせる。

すぐそばの木々は、防音壁で隠されているが、

遠目の森や林が、まさに燃えているような様々な色の赤で

その存在を主張している。



(ま、まさか、紅葉狩りのデートとかじゃ、ないわよ、ね…。)



まだ、何も言わない撩をちらりと見やり、

このあと、一体どんなタイムテーブルが待っているのか、

香はひどく気になり始めた。

すでに1時間半近く走っている。

これで、今日戻るとしても往復3時間以上、

戻ってから、買い物とか料理とかがいつも通りの時間には

出来そうにない未来が見える。

とりあえず非常食は常備してあるので、飢え死にすることはまずないだろうが、

一体今日は、何時に帰宅できるのか、

それによって作るメニューの作戦を立てなければと

香は考え始めていた。



「ねぇ、ちゃんと戸締まりしてきた?」

「心配すんな。全部見てきた。」

「あたし、すぐにアパートに戻る気でいたから、色々やりっぱなしだったんだけど。」

上着も着損なって、出てきてしまった。

「ガスの元栓も占めてあるし、洗濯もんも乾燥機に突っ込んできたから大丈夫だろ。」

「あ!そうよ!帰ってから干そうと思ってたのに!」

「とりあえず家のことは気にすんな。」

「気になるわよ!急にこんな遠くに出かけるなんて思ってなかったもん!」



県境を3つ超えて、海のない県にまで入ってきた。

紅葉の行楽シーズンで好天のためか、車も若干混み気味であるが、

小回りの効くクーパーは、滑らかに車線を右に左に変えながら

他車を追い抜いていく。

香は、ふぅと息を吐き出しながら、シートに深く座りなおした。

首を少し傾けて、引き続き車窓を眺める。



「きれい…。」



民家が少ないルートのところでは、壁もなく

道路際までに鮮やかな秋の色がせり出している。

種類によって、その暖色系の濃さや形も違い、

視界たっぷりの多種多様な彩りに、

香は飽きることなく、窓からの光景を眺め続けた。




暫く無言で進んでいたところに、唐突の提案。

「パーキングに寄るか?」

「え?」

「トイレ休憩。」

「ううん、いいよ、別に。どっちでもかまわないけど。」

「んじゃ、行くか。」

するりと車線を変えて、パーキングエリアに入る。

約2時間のドライブに、香は助手席から降りると、んーっと伸びをした。

「結構寒いじゃな…。」

自分の二の腕を抱きしめ肩をすくませるも、

目の前に広がる赤の海に、言葉が止まった。



「すごい…。」



バタンと運転席から撩も出てくる。

「ちょうど真っ盛りだな。」

ボンネットに寄りかかり、タバコをくわえた。

「あんた、まさか、いろは坂登るんじゃないでしょうね?」

「ああ?」

「いきなりこんなところまで出かけるなんて、

分かっていたら、ちゃんと上着とか用意してきたのに!」



香は、縄跳びの時にトレーニングウェアに着替えたあと、

シャワーを浴びてから、

またジーンズに布地がやや厚いピンクのカジュアルシャツと、

カーキ色のトレーナーを着込み、それだけで出てきてしまった。

もう1枚羽織らないと屋外ではなかなかキツい。



「そんな奥までは行かねぇーよ。目的地はもうすぐそこだ。」

快晴なので、風さえやめば陽の温かさを感じるが、

すでに標高は500メートル近い。

「外に出たら冷えちゃったわ、トイレ行ってくる。」

そう告げると、小走りで小ぎれいな建物へ入って行った。

ライダーも複数台、休息をとっており、

ここで記念撮影している観光客もあちこちで目に入る。

いかにも観光地らしい店構えに、多くの県外ナンバー。

尾行等、怪しい影や空気はないなと、ざっと周辺をサーチして、

火をつけていないタバコをくわえたまま、

撩は、クーパーによっと腰掛ける。



片足だけ、くいっと曲げると、肘を置いて、

ふぅと浅く空を見上げた。



「……ボクちゃんのほうが耐えられるかしらん。」



ぼそっとこぼれた独り言、

はっと気付いて、また香に聞かれてやしないかと、

きょろきょろと見回してしまった。

まだ用足し中。

ほっと肩の力を抜いて、またボンネットに体重を預けた。




全ての準備は整っている。

香の体調も問題なし。

(いや、もしかしたらボクちゃんのせいで、ちーっとばっかし寝不足かもしれんが…。)

あとは、どこまで想定内の動きでコトが進められるか、

進行方向にある山の稜線を見ながら、イメージを固めた。

撩自身、初めての事にわずかな緊張感が胸の端に引っかかっている。



「ま、なんとかなんだろ。」



聞き慣れた足音が近付いてくる。

「おまたせ。」

コンと置かれたコーヒーに気付く。

「はい、これあんたの分、ブラックでいいわよね。」

「ああ、さんきゅ。」

自販機からホットで購入してきた2本の小さな缶。

香の分は、ミルクティーが印字されている。

「あったかい。」

両手で包んで冷えた指先を温める。

香は撩の隣りで同じくクーパーによりかかる。

撩は、くわえていたタバコを指で挟むと、その手で

プルトップタブをプシュと引いた。

一応焙煎の香りがほんのり漂う。



「こんないいタイミングで、紅葉見られるなんて思ってもなかったわ。」



遠くの山並みを見つめながら、香がそう言うと、

「目的は、紅葉じゃないんだがな…。」

と隣りから返ってきた。

「え?」

「飲んだら行くぞ。」

撩は、くいっと残りのコーヒーを飲み干すと、

10メートルほど先にある缶ゴミ入れに、

ぽいと弧を描かせてホールインワンをさりげなく決めた。

カゴではなく、丸い二つの穴が開いているタイプの分別ゴミ箱へのシュートに

香は目を丸くする。

「も、もう、行くって一体どこなのよ!」

慌てて缶を傾ける香。

「もうすぐそこだって。」

「何しに行くのよ?」

「んー、だから、な・い・しょっ。」

撩は指に挟んでいた折れたタバコを、

ピンと跳ねて、燃えるゴミへ飛ばした。

「もうっ。」

まだ多くを語ろうとしない撩に、はぁと諦めモードで追求を早々にやめることにする。

こくりと缶の中のミルクティーを喉に流し、

体を温める。

上着なしなので、早く飲んで車内に入らなければと、

ようやく中身をカラにする。

「よこしな。」

「あ。」

そのまま撩の手に渡った缶は、さっきと同じ軌道で、缶ゴミの中に見事に収まった。

「おーっ!!」

少し離れていたところで、その様子を見ていた革ジャンのライダーたちが、

驚きの声をそろえる。

「行くぞ。」

「あ、う、うん。」

撩がちょっとかっこ良く見えてしまって、

また頬が赤くなり、飲んだホット飲料と重なって香の体温を上げた。



クーパーの両ドアがバタンと締まり、再出発。

すぐに本線へ合流する。

そう長く走らずに下りたところは、日光インター。

大谷川を渡って、山の方へ進路を進める。

だんだんとアスファルトも細くなって行き、

大きなスポーツ施設らしきところの脇を通過したあたりから、

道がかなり心細くなってきた。

気がついたら、狭い砂利道の作業道のようなところを走っている。



少し開けたところに出たと思ったら、

そこでようやく赤い車は停車した。



香は、ゆっくりと運転席の撩の方を見る。

「ま、まさか、ここって姥捨山じゃないわよね…。」

こんなところで、置いて行かれてしまったら、

色んな意味でただじゃ済まないと感じる山の谷あい。

「あ?」

もしかして、自分がここで捨てられるんじゃないかと、

ほんの少しだけ自虐的な想像が浮かぶも、

撩のきょとんとした顔で、さすがにそれはないだろうと、

とりあえず自分の考えを否定しておいた。

「ううん、な、なんでもない!」

首と手をブンブンと振って、聞かなかったことにしてと、表情で訴える。



撩は、ふっと息を軽く吐くと、

左手で、ぐいっと香を引き寄せ、眉と眉の間やや上あたりに

自分の唇を押し付けた。

「うひゃあ!」

「……さて、準備すっか。」

くしゃりと香のくせ毛を掻き回し、

すっと離れた撩は、運転席から降り立つ。

突然のでこちゅうに、真っ赤になってフリーズしていた香は、

バムっとドアが閉まる音で我に返った。

自分も慌てて、車外に出る。

先ほどの場所よりも、さらにひんやりしている林縁そばの路肩。

間近で燃える広葉樹が広がりを見せる。



吐く息が白くなる気温。

一体何を始める気なのかと、

香はクーパーのトランクを開ける撩の姿を見ながら、

自分の腕を抱きしめた。



***************************************
(7)へつづく。





いよいよ現場につきました〜。

プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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