29-20 Disappointed Love

第29部 Calm Day?

奥多摩湖畔から15日目



(20)Disappointed Love  *************************************  2040文字くらい




「う…、ひくっ、…ふ、

…え、ばさん、の、バカ…。」



トントンと冴羽アパートの階段を下りる足音が響く。

目元の雫を指で拭うかすみの、

鼻にかかった涙声がそれに重なり、

コンクリートの壁に反響する。



分かってはいた。

奥多摩の時に、

二人が教会に戻って来たあの場面を見た瞬間、

何があったか、

おぼろげながら分かってしまった。



愛おしそうに香を見つめる撩の表情は、

これまでに見たことのない知らなかったものであり、

二人の距離間も、

もし何もなかったらもっと離れているのではと思わせる程に、

ぴたりと寄り添いながらの登場。

顔にほんのりと赤味を残した香の唇からは、

ルージュがすっかり取れていた。

それでも艶やかな上唇下唇に、

コンマ数秒で入ってきた複数の視覚情報は、

一つの結論を導き出す。

同じ答えを、一緒にいた麗香も出したことを、

アイコンタクトで通じ合わせた。



二人して同時に失恋をしたはずだったのに、

まさか、まだそんなことになっている訳がないと、

頭のどこかで、認めたくない願望が残っていた。

祝いの品を持参しつつも、

わずかでも自分にもチャンスがあるかもしれないと、

諦めきれずにいた心理を

深いところまで見透かされたような、

今日の出来事。



今回、訓練の協力要請がきたのは、

自分もケジメをつけろと、無言のメッセージが含まれていたのだと、

ぼんやりと理解した。



片思いの相手は、長年抱えた事案にケリをつけ、

パートナーと本気で向き合うことにした事実を

自分に知らしめるために、恐らく声をかけたのだろう。

潔く踏ん切りをつかせるために。



建前上は、

美樹は入院中、かずえは美樹の看病と診察と研究で多忙、

麗香と冴子も本職で気軽に動けず。

ミックにこの手のことを進んで依頼するようなことも考えられない。

一番声をかけやすかったのが自分であったことは、

流れとして全く自然であることも十分理解できる。

しかし、あえてこのタイミングでの連絡に、

直接の言葉でフラれるよりも強烈な告知に、

受けた打撃は想像以上に大きかった。




涙が止まらない。




「ふ…、こ、この先、…冴羽さんより、いいオトコに、会える、ワケ、

ない、じゃ、ない…、ぐずっ。」



鼻をすすりながら、いつのまにか1階駐車場。

しっとりと濡れた目で、赤い小さな車をじっと見つめる。

ぼやっと見えてくる車内にいる二人。



「に、似合い過ぎるのよ…、冴羽さんも、…香さんも…。」



涙で目尻が湿ったままで微笑むかすみは、

ちょっとしたイタズラを思いついた。

クーパーにまっすぐ近付いて行くと、

リアウィンドに指をすっと這わせる。



「ここでいいかしら。」



ショルダーバッグからお気に入りの口紅を取り出して、

キュポンとキャップを外し、それを軽く唇に挟んだ。

キュッと中身の先端を覗かせると、

ガラスをキャンバスに、手早くルージュを走らせた。

前屈みになった姿勢は、

肩にかかっていた黒く長いストレートヘアを

さらりと落とさせ横顔を隠してしまう。




「このとおりにならなかったら、許さないからね。冴羽さん!」



そう言いながら、パチンとキャップを閉めた。

軽やかな手つきでそれをしまうと、

背筋をピンと伸ばして、また片手でぱさりと肩にかかった髪を流す。

二人のための協力は惜しまない。

これはまぎれも無く本心。

こうも爽快な気分で向き合える失恋相手と恋敵もそうそうないのではと、

クーパーのサイドから見える

運転席と助手席に目を細めた。



実のところ、3回目の依頼時はタダという提案について、

香に触れることが出来たらという交換条件は、

あの場でとっさに出てきた作り話。

今の面持ちであの二人に借りやしこりを残したくないという、

かすみなりの思いつきの配慮。

ビジネスの時にはビジネスときっちりさせてもらおうと、

撩が飲んだ今回の報酬を辞退した。






「あーあ、どっかいいオトコ転がってないかなー。」



かすみは、んーっと指を組んだ手の平を正面に向けて伸ばし、

出口に向かって足を進めた。

パンプスの踵が心地よく鳴る。

ギッとガラス製のドアを押し開ければ、

ひゅうと冷たい風が吹き込んできた。

「さ、さむーい!さっきはまだ暖かかったのに…。」

乾燥した北風がビル街を抜け、

かすみの黒髪をなびかせた。





ぬくもりが欲しい。



あの逞しい腕に包まれるのは自分でないと、

ちくりと痛みを感じる。

つい、二人がまだいると思われる6階を

振り返り気味にちらりと見上げてしまった。



「いいな…。」



ぼそっと漏れる本音。

ぷるぷるぷるっと細かく顔を横に振って、

駅の方に向かってつま先を向けたが、

ふと立ち止まって、隣りのビルも見上げる。

「冗談抜きで、今度麗香さんと合コン計画しなきゃ!」

近々二人で飲み明かしたいわと、

同じオトコに想いを寄せていた相手と

どこかの店に繰り出すことをイメージしながら、

ようやく冴羽アパートの前から歩き始める。



ビル風は、

かすみを追い越していくように風下に流れ、

街路樹の落ち葉をカサカサと巻き込みつつ、

アスファルトの歩道を吹き抜けていった。



**********************************
(21)につづく。






カオリンのお誕生日なのに、
かすみちゃんメインの章が当たってしまいました〜。
かすみちゃんもどうか素敵な出会いがありますように!
もうちょっとリビングでのRKのんびりタイムが続きます。


---------------- 時事的あとがき ----------------
このところのサイトネグレクト、
大変申し訳ございませんでした。
やっと抱えていた件案が一段落つきましたが、
まだ片付いていない事案がございまして、
なんとかGWまでにはケリをつけたいと思っているところです。
明日から新年度、皆様にとって素敵な1年となりますように!
------------------------------------------------

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リンクノート追記のお知らせ

香ちゃん、
1965年生まれの巳年ということで、
今日49才に。
きっと素敵なジュクジョになっているはずっ。
とお年の近い知り合いを見渡す今日この頃です。

当サイトも2才、
ああ、昨年の今頃も色々あったと、
1年の早さを痛感です。


そして、
この記念日に新規サイト様のお知らせです。
一片さんとひさやん。さんがサイトを開設されました。
今後の楽しみが二乗三乗です。
これからも応援させて下さいませ〜。



LINK NOTE 1
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❏ 021 一片 さん    
    風ニ舞フ一片
    2014.03.26 〜 / テキスト
    [リョウの記念日にサイト始動!足跡からのご縁、通う場所が増えて嬉しいです!]

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LINK NOTE 2
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

❏ 113 ひさやん。 さん    
    his wide back
    2014.03.23 〜 / テキスト
    [サイトスタートもCH記念日、初稿日もリョウの誕生日!これから楽しみです!]

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また、yeeさんのご紹介欄に、ご許可を頂き
pixivのアドレスを貼らせて頂きました。


引き続き、
足跡から頂いたご縁や、
訪問者の方から頂いた情報がございますので、
追ってお知らせできればと思います。


RKのお誕生日の早春ってホントいいな〜。
以上、新規サイト様情報でした〜。


【追記】誤植連絡ありがとうございましたっ!
    もう何やってんだか…。
    大変失礼致しました!


29-19 Emotional Dependence

第29部 Calm Day?

奥多摩湖畔から15日目



(19)Emotional Dependence ********************************** 3787文字くらい




「な、なんだって、菓子メーカーの名前なんぞが出てくんだよ?」

「ぐりぐりするから“グリコ”!

ま、まったくっ!油断もスキもあったもんじゃないわっ!」



ぷいっと朱色の顔を反らしながら、

腕組みをしてプンとご立腹の空気を作る。



「はぁ…、これで、美樹さんに海坊主さんに、お店のママたちに、唯香ちゃんに、…」



香は、まだ熱い頬に左手を添えて、

残った右手の指を一つ一つ折っていった。

「で、かすみちゃんにも、完全に知られちゃったのよ、ね…。」

はぁと、肩を落としながら、ソファーの上で膝を抱え込んだ。

こつんと額を膝頭に乗せる姿を

撩はこめかみを押さえつつ、横目でちらりと見やる。



ケジメをつけてから半月、

もう近い仲間内では秘匿しようがない状況。

撩にとって、

このことは多方面で大きなデメリットになるのではと、

そして、

撩と関係を持ってしまった自分が、

これまでのように、親しい仲間たちと普段通り向き合えるのか、

教授宅に通っていた時には、あまり考えていなかったことが、

今になって深い悩みの種となる。



「だから、いつも通りでいいっつったろ?」

撩も右隣で胡座(あぐら)のまま。

「で、でもっ。」

「誤摩化す必要もなし、隠す必要もなし、気にすんな。」

「うー・・・。」

香はまだ体育座りで額を膝にこすりつける。

そんなパートナーの姿を横目で見ながら、

撩は、強制的に話しの方向を変えることにした。

「それよかさ、おまぁ、よく当てたよな。」

「え?」

ふっと顔をあげて撩のほうを向いた香。

ソファーの長辺に並んで座る二人の視線がパチッと合う。



「かすみちゃんにタッチを許さなかったどころか、

正体を当てるなんざ、俺の想定外だ。」

「は?」

撩は、右肘をソファーにひっかけ軽く指を丸めて頭を預けた。

長い足は、胡座を解いて組み直される。

細くなった瞳に香は、かぁと赤くなった。



「さすがだな、完全におまぁの勝ち。」

「う、…で、でも、あんなにそばに近付いていたなんて、

なんか悔しい。」

目を反らしながら、また顎を膝に乗せる。

香の中では、

この結果について褒められたことを

素直に受け入れられないでいる。

もう少しで触れられるところまで接近を許していたとは、

本来なら部屋の侵入直後から気付くべきだったと、

反省せざるを得ない。

そんな思いが、下がった眉に表れる。



「今は、あれで十分さ。」

暗くなった表情から、香の低い自己評価を感じとった撩。

重ねて褒めておくことにする。

また類似のお試し訓練も繰り返す予定ではあるが、

出だしは上々と、

冗談抜きで“さすが俺のパートナー“と心の中でも高評価の採点。




「しっかしさ、おまぁ、なにバタバタしてたんだ?」

「へ?」

また顔をふっと上げて撩の方を見る。

「歩き回ってただろ。」

「あ…。」

「待っているだけでいいっつーただろうが。」



香の目がふわっと見開いた。

さっき、一人で目隠しのまま部屋を半周した時、

ソファーに座りなおす直前に

自分の頭の中で浮かんだ言葉と口調と寸分違わず、

ホンモノの口からそれが出て来た。

あまりにもデジャブに近い現象に、

思わず丸めた指先を口元に添えてぷっと吹き出した。



「な、なんだよ。」

香の妙な反応に、支えていた頭がつと浮く撩。

「ううん、きっとそう言われると思った。」

鼻からくすすっと小さな笑いを含みながらそう答える香。

「分かってんなら、言われたとーりにしろっつーの。」

「は、はい、す、スイマセンデシタ…。」

「お、珍しく素直だな。」

「悪かったわね。いつも素直じゃなくて!」

目を合わせないように、ベランダ側を見やりながら、

体育座りの足を伸ばして床に降ろし、

軽く腕組みをして、ふんとそっぽを向いてみる。

“ どうせ素直さもない、可愛くないオンナですよーだっ ”という

モノローグが聞こえてきそうな表情に、

今度は撩がぷっと吹き出した。

「そーだなぁー、もうちっと素直だと、もーっと色々出来んだけどなぁー。」

言い終わる前に、また撩が香に後ろから絡み付いて来た。

「わわっ。」

(ま、また、触ってくるしっ!)

引き寄せられて、

左の首筋に撩の鼻と唇の間の部分がふんふんと触れ、

黒く柔らかいくせ毛が香の左耳をくすぐる。

細い腰回りに、また2本腕が巻き付き、撩の左脚はソファーの上で曲げられて、

無駄に長い足の間に収まってしまった香。

撩の前面と香の背面が温度を分け合う。



「っもー! ! !」

驚きと照れでまた赤くなった香は、

無駄だと思いながらも、撩の前腕を掴んで解こうとする。

これ以上べたべたされると、本当に自分の中で自制が効かなくなる。

こうして触れられるだけでも、

声を聞いているだけでも、

傍にいてくれるだけでも、

その先に進みたいと坂道を下るように車輪が回る。

それを何とか悟られまいと

自転車のブレーキレバーをぎゅうと握るように、

指に力を込める。



今はまだおやつの時間にかかる昼間。

さすがに、お天道様が高いうちから、

そんな雰囲気を望むワケにはいかないと、

香は、懸命に“その気”がないことをアピールすることに。



「な、なんなのよっ!もう!さっきから何度も何度もぉー!」

「んー?だってぇ、今までぇ〜、こぉーんなことぉ〜」

甘えた声を出しながら、自分の鼻先と香の右の耳介とを擦り合せる。

そして聞こえた、あの香が弱い声色。



「したくても、できなかったんだぜ…。」



大動脈が破裂するんじゃないかと思うくらいに、

ドクン!と心筋が跳ねた。

そんなことを鼓膜のそばで囁かれたら、

きっとどんな女でも簡単に落ちてしまうだろう、そう強く確信する。

香は、必死にオンになりそうなスイッチにカバーをかけるように、

今はその気はないと宣伝すべく台詞を考える。



「なっ、なによ!それ!色々できるって何のことよっ!」

ジタバタしながら、まずはさきの撩の言葉を繰り返した。

「んー?それはまた夜のお楽しみっつーことで♡」

「はぁ?」

「それともぉ、今からスルぅ?」

「ばっ!」

そうならないようにするために、

今自分の中で黒と白がせめぎあっているのに、

耳のすぐそばで聞こえる相方の声で、一気に潮流に押し流されそうになる。

「ぼくちゃんは、どこでもいつでもいいんだけどぉー」

撩は、ピンクに染まった可愛らしい耳にしゃぶりつきたくなるのを

ぐっと押さえて、そのまま口元を香の後ろ頭にふわっと埋めた。

「おまぁが、本気で嫌がることはしたくないしぃー。」

くいっとまた抱きしめ直して、

ふさっとした緩いウェーブの中に、顎をこしこしと擦り付ける。

「とりあえずぅ、慣れるためにはだなぁ、

スキンシップはいーっぱいしとかんとなぁー。」

のんびりとした語り口で続ける。

「ま、今は、ここでは襲ったりしねぇーから安心しろ。」

「ちょっ、だ、だからって、こ、こ、こん」

なにベタベタしなくてもと、続ける前に撩の言葉が重なる。



「言っただろ?これまで出来なかった分を取り戻さんとな…。」



ジタバタしていた香の動きがすうと治まる。

「りょ…。」

香のホンネも、このまま撩に抱き込んでいてもらいたい。

ただ、これ以上進まないと宣言があるのであれば、

撩の言葉通り、安心していいのかな、と真っ赤になったままぼんやりと思う。

目を閉じて、少し上向き加減に顔を上げる。

頭のてっぺんで撩の顎が少し動き、頬ずりに変わるのを感じた。

ふぅーと一息細く吐き出せば、

そのままゆっくり、背中を撩に預けることにした。




「……やっぱり、…慣れない。」




くくっと鼻で小さく笑うのが上から聞こえた。

「ま、半月だもんな。」

暴れていた香の少しずつ心拍が落ち着いてくる。

撩の言葉に、きっと何年たってもムリ…と、

慣れた自分の姿は全く想像できない。

「……もっと、素直に甘えてこいよ。」

「え?」

目が開いた香は、ちょっと待て、と思った。

このベタベタは、どう見ても撩のほうが、これまで甘えられなかった分、

ここぞとばかりに、甘えているように思えてきた。

ということは、

(あたしからも、べたべたしてこいってこと???)

「ん〜……。」

また眉間に細かなシワが寄り、こめかみに人差し指と中指を当てる。

¨慣れる=甘える=べたべた触る¨なの?と疑問符が浮かぶ。

(だめ、やっぱり想像できない…。)



「やっぱり、……とーぶんムリ。」



といいながらも、トンと撩の鎖骨に後ろ頭を当てる。

ふっとまた後ろから吐き出される小さな息を感じた。

「ま、のんびりいこうや。」

いつも通りにと、慣れろと、2つの課題を同時に抱えて、

困惑しながらも、

こうして撩に半身を預けられることそのものが、

改めて奇跡的なことだと、

今が現実であることをまだどこかで信じきれない。



(アニキ…、今すごく幸せだよ…。)



香は目を閉じて、そっと撩の腕に自分の腕を重ねた。

「ねぇ、……いつまでこーしてるの?」

「腹減るまで。」

「バカ…。」

「とりあえず、お疲れさん。またすっから覚悟しとけ。」

お疲れさんとは、さきの目隠し訓練のこと。

次の訓練実施の予告を受けた。

「ん…、わかった…。」



気持ちいい。

目隠しの間、無意識に過度な緊張もあったせいか、

若干の疲労感もあり、

昨日、一昨日のトレッキングコースを登った際の筋肉痛も

時間差で増してきた。




「りょ…。」

「ん?」

「……ここで、……ヘンなこと、したら、ハンマーだから、ね。」

「へいへい。」

そう撩に言い伝えれば、

撩に抱き込まれたまま、とりあえず一休みと、

香は、少しだけ¨甘え¨を意識して、

上半身を預けることにした。


**************************
(20)につづく。








29-18 Glico

第29部 Calm Day?

奥多摩湖畔から15日目



(18) Glico **************************************************** 2313文字くらい




上半身を支える香の両肘が、撩の顔の横でソファーに深く沈み、

ふるふると震える。

互いの胸骨越しに心房の拍動が叩き合い、

それがこめかみにまで響く。



「んっ…ふ…ぅ。」



香が上なので、分泌される唾液が重力に従い、

撩の口の中に流れてきた。

その甘みと粘度に、脳底から掻き乱されそうになり、

このままなりふり構わず前進したくなるが、

香の問いに答えなければならない。

ソファーのクッションに立てられている指が

さらに色白になる。

持っていたバンダナは床に落ちたまま。



香の“夫婦でもないのに“という言葉に対して、

本当に言いたかった言葉は喉まで出かかったが、

柄じゃねえと、また飲み込まれてしまった。



— 夫婦以上じゃねぇの? —



まゆこちゃんにもそう言われたの忘れちまったぁ?と

頭の中ではそう軽く口を叩く自分の動画が浮かぶ。

困惑している香を最も安心させるワードと、

分かってはいるが、

それを易々と口に出来る程、

まだ撩もこの変化に慣れ切っていなかったりする。



散々、粘膜を荒らしまくったら、

トドメに、おふざけも絡めて香の唇を丸ごと吸引。

ドナルドダックの黄色いクチバシのように

形がスリッパ型に変わってしまうんじゃないかと思うくらい

柔らかい口元を強く吸い付き引き伸ばした。

「んーーーっ!」

がっしりと両手で掴まれた小さな頭は、

吸い込まれる方向と逆に引っ張られる。

香の皮膚の伸縮が限界に来た時、

まるで、ワインのコルク栓を抜く音のように、

ちゅぽん!と口輪筋が跳ねた。

「ぷはっ!」

額に汗が浮いた香の顔は、

そのままバフッと撩の胸板に押し付けられてしまう。

「うぶっ!」

「ごちゃごちゃうっせーの。いいっつったらいいんだよ。」



その台詞と同時に両腕は香の腰と肋骨周りに深く絡ませ、

長い両足もパーフェクトラインの下半身をしっかりと拘束。

大きな左手はくしゃりと茶色い髪を一房分まとめあげる。

「〜〜〜っ。」

背中から激しく湯気を上げる香は、

キツーく目を閉じて、不足していた酸素を浅く細かい呼吸で補給中。

「先週さぁ…、言っただろ?」

「は…?」

「これまでどぉーりでいいんでない?って。」

「え?」

「勘ぐるやつらには、勝手に勘ぐらせておけばいいんだよ。」

「え?」

髪の毛に差し入れられている撩の指先が優しく細かく動く。

「ボクちゃんもー、これまでどーりにぃ、ナンパしてぇ、カオリンのハンマー受けてぇ、

俺らだけの時間になればぁ、こーしてぇ」

腰に巻き付いていた太い腕が怪しげに動き、

指先がついっとジーンズの縁に滑り込む。

パチッと目を開けて、ぴくんと肩が揺れる香。

「いちゃつければいいんでない?」

ショーツの上から、肉厚のホッカイロがわにわにと波打つ。

「あんっ!」

ここで出来ることならハンマーを出して、

流れを断ち切りたい、そう頭で思いながらも体が動かない。

実は、撩もそれを期待しているが、

香は、動く指の刺激に合わせて、

「あ…」

と湿度の高い呼気を出す。



撩の胸に押しつけられた時、

腕が伸びたままソファーのクッションを握り込んでいた香の細い指は、

相方の三角筋へと引っ張られた。

手の位置が楽な場所へとずり下がり、厚い筋肉に覆われている撩の肩にくっと触れる。

頭皮と臀部で動くオトコの指から発せられる感覚に飲まれそうになり、

香の指が撩の両肩をぐっと掴む。



(あり?ハンマー出ねぇな?)




撩は、これなら照れと恥ずかしさを表現した、

ソレ相応の大きさのハンマーが出て来るだろうと、

思い描いていたが、出現する気配なし。



香はまたさらに真っ赤になって、

しゅうしゅうと全身から水蒸気を立ち上らせる。

細かく震えながら、撩の体温と匂いと感覚に、

なぜかひたすら耐える状況に、

何を話していて、こうなったか忘れそうになってしまう。

はぁ、はぁ、とまだ僅かに乱れる息づかいで、

目をくっと閉じたまま、なんとか台詞を続けようとした。




「ど、…どこ、…さわってんのよ…。」

「んー?香ちゃんのキモチいーところ♡」

いつもよりさらに掠れたハスキーボイスが、

撩の鼓膜の奥にぞわりと届く。

それを誤摩化すように、

「こっちもぉ〜」

と頭の上に乗せていた左手を背中経由で滑らせて、

乳房を目指し香の左脇腹の隙間に侵入させる。

「ちょっ、まっ、まって!だめっ!」

香の中でまた葛藤が始まる。





このまま撩に触れてもらいたい V.S. ちゃんと話しをしなければ





この2週間、撩から強い刺激ばかりを受け続け、

その心地よさに対して依存症になりつつある、

いやもうなってしまっている香は、

この心のぶつかり合いに激しく苦戦中。

しかし、

さきの撩の台詞の意味も、かすみの話しも、この目隠し訓練のことも、

きちんと話しをしたいと、

撩に甘く拘束され、茹で蛸状態になりながら、必死で後者に援軍を送ることに。

幸い両手は空いている。

香は撫で繰り回されながら、撩の肩を掴んでいた指に意識を流し、

動けと命令を下す。



「は、な、し、て。」



ぐりっという音と共に、

「ぎゃあっ!」

と濁ったカラスの鳴き声のような悲鳴が出た。

香が撩のこめかみに、拳で出来た指の関節の山を尖らせてめり込ませたのだ。

「な、なにすんでいっ!」

がばっと起き上がって、

香を抱き込んでいた腕を慌てて解き、

自分の頭を抱える撩。

解放された香は、撩からするりと距離を置いて、ふぅと息を吐き出しながら

胡座(あぐら)になった撩の隣りに座り直した。

ついでに、床に落ちてたバンダナをついと拾い上げて、

ガラステーブルの上に置いた。



「グリコよ、ぐ、り、こ。」

「あああ?んだよそれ?」

小学校で流行った、オシオキネタ。

でこぴん、しっぺ、ぞうきん絞り、の並びの一つ。



残念ながら、物知り撩ちゃんでも、

この文化の情報は持ち合わせていなかった。


*****************************
(19)につづく。








29-17 It's OK Right ?

第29部 Calm Day?

奥多摩湖畔から15日目



(17)I’t OK Right ? *********************************************** 2204文字くらい




「おま…、どーして、腕まくりしてたんだよ。」



しばしの沈黙の後、撩が先に口を開いた。

また頭の後ろに指を組み直し、目を閉じたままそう尋ねる。

その太い眉はやや下がり気味。




「ど、どーしてって、

まさか撩以外の人が来るなんて思ってなかったんだもん!」



香は後ろ手に腕を隠したまま、

あの暖炉の前での場面が蘇り、返事をしながらまた赤くなる。

同時に、その腕に隣りのオトコの唇が当たっていた時の感覚が思い出された。

歯と舌と上あごで強く吸引され皮膚にチクリと小さな痛みが与えられ、

その度に震えた心と体に残された熱い時間の痕跡。

更に体温が上がっていく。



耳が火照るの感じつつ、

慌てて左の腕まくりも折られた袖口をもとに戻してみた。

左腕はさほど残ってはいなかったものの、

右の手首の内側、ちょうど脈を取る辺りにと、

腕の内側、静脈注射をする部分の2ヶ所に

延齢草の花のような赤褐色の痣。

その2点を繋いでいるのは、

極々小さなキスマーク。

まるでキツネのフットマーク風に

小花が細くまっすぐラインをとっていた。





「そ、それに、肌を少し出していれば、

空気が動いた時何か分かるかもって思ったから…。」



ぼそっと小声で続ける香。

過去の体験から、

人がそばで動いた時に、まわりの空気がわずかに流れるのを

頬で感じたことを思い出し、

気配を少しでも感じるためのセンサーとして

地肌の露出を増やしたのだ。

しかし、まさかかすみが登場するとは思いもしなかったし、

さらには、ダイレクトに情事の痕跡について指摘されるとは、

全く想像だにしていなかった。






「っま…、いっか。」

「え?な?なによ?いっかって?」

「べっつにぃー、言った通りの意味〜。」

「いっかって、ほ、ホントにいいの??? 

か、かかすみちゃん、そ、その、わ、わかっちゃっている言い方だったわよ!」

「だから、いいんでない?」



涼しい顔で繰り返す。

かすみとて、十分な大人。

香の腕に残されたものが意味するものは、

言わずもがな理解しているという成熟した対応に、

むしろ救われたかもしれない。

あのまま彼女の言葉通り、それをネタにからかわれでもしたら、

香の方が質問攻め耐久レースに根負けして、

唯香の時の二の舞になっていただろう。

そんなことを考えていたら、

また香が、自己評価どん底論を引っ張り出して来た。




「あ、あんたさ…、

まわりに、あれだけあたしのことは女扱いしない態度だったのに、

そ、その、あ、あたしなんかと、そ、その、そそそ…」

音量がフェードアウト、言葉が続かない。

「あ?」

「だっ、だから、その、……、ば、バレても平気、なの?」

ものすごく小さな声でつぶやかれた言葉に、

撩から出た疑問符はその何倍のデシベルか。

「はぁ?」

「だっ、だって、いいんでない?って、

かすみちゃんに勘ぐられちゃっているの、

追いかけて否定しに行かなくてもいいの?!」

このままだと、香が追って行きそうな勢いがある。

「ああ?なぁーんで、そんなことする必要があんだよ。」

撩は、まだ香が『自分なんか病』が治っていないこと、

そして、

シティーハンターの相棒が恋人兼にもなったことを

表立って知られることが撩にとって恥になるのではと

力一杯思い違いをしていることを、

痛いくらいクリアに読み取るが、

撩の言葉が出る前に香が更に続けた。



「だだだって、あたし達はパートナーであって、

そ、そ、その、ふ、ふっふふ、ふ夫婦なんかじゃないのにっ!

あ、あの、だ、だからっ、そそそんななな仲っていうのが、そのっ…」

細い眉に複雑なシワを寄せ、頬を染め、

長い睫毛を少し濡らしながら、目を閉じて俯き加減のまま、

両手はバンダナを握りこむ。

自分の不注意で、撩との関係がかすみに開示されたことを悔やみ、

撩に対して申し訳ないオーラを出している香。

次の単語が出てこない。



撩は組んでいた足を開きながら、自分のくせ毛をがしがしと掻いた。

「あーもー、いいんでないって、言っとるだろうが!」

こりゃ言葉よりは行動だと、

撩は、素早くも優しく香の後ろ頭に左手を差し込み、

細い左手首を右手でくいっと掴んで、

そのままごろんとソファーに仰向けになった。

「きゃああ!」

香が自分の上に安定して乗ったことを確認すると同時に、

両手で小さな頭をくしゃりと包んで、自分の顔に引き寄せた。

反射で香の目が閉じられる。

「んんんっ!」

こうなるとあとはお約束のように、

カオリンのカワイイお口を塞ぐことに。



お前以外に、

俺の愛を注いでやろうっていう女は他にいないというのに、

いつになったら、自分なんかと言わなくなるのか。

こんなに、愛おしいと思う女は初めてだというのに、

いつになったら、自分に自信を持つようになるのか。



そんな思いを託すように、

ただひたすら唇と舌と歯を使って、

香の口器を徹底的に攻め上げた。



「んふっ…、ぅ…。」



本日、一体何回目のちゅうなのかと、

香は自分の頭を包んでいる長い10本の指を頭皮で感じながら、

スイッチオンになりそうなところを必死で抵抗する。



しかし、本能はそんな香の意志を無視して、

追ってくる撩の舌を自分も吸い付き擦り合せたいと、

オンナの部分を込み上がらせる。

その流れに乗らぬよう、

迫って来る舌と唇から逃げようとするが、

巧みに捕まり口の中で踊らされる各種の部位。



香は、きっと今の自分の心電図は

めちゃくちゃなんだろうなと、

酸欠気味の頭でぼんやりと思っていた。



*******************************************
(18)につづく。








29-16 Defeat

第29部 Calm Day?

奥多摩湖畔から15日目 



(16) Defeat *****************************************************4122文字くらい



「すっごーい!香さん!

どうして分かっちゃったんですか???」



興奮しながら聞いてくるかすみの姿は、まだ見えないまま。

同じ空間にいるのは、

奥多摩で別れて以来、初めてのこと。

「ほれ、目隠しはずせってば。」

撩の声が近くで聞こえて、はっと我に返り

慌ててバンダナに手を伸ばす。

「あ、そ、そうだったわね。ちょ、ちょっと待っ…、てって、あれ?

ほ、ほどけ、な…。」

後ろ手に結び目と格闘する香。

「もう!撩!どんな結び方したのよ!」

もたくさしていたら、かすみが近付いて来た。

「あ、あたしが解きます。」

そう言いながら、優しく手を伸ばす22才。

その時、香の腕の内側に視線が止まる。

思わず、あっと声が出そうになったのを喉の奥でなんとか寸止めに。

撩からはその表情は見えなかった。



「あ、ありがと…。」

疑惑の芳香の正体がより近くなり、勝手に納得しながら、

香は、かすみに身をまかせる。

「はい、どうぞ。」

ふあっと解放された視界は、最初に強烈な眩しさを感じ、

すぐには目を開けられない。

細目で瞼がかすかに震える。

バンダナが外されるのと、

撩がソファーの長辺側の端にどさっと座るのはほぼ同時。

目隠しを香に手渡したかすみは、二人の間にそのまま腰を下ろした。

いたってラフな街中スタイル。

薄い紫色のカッターシャツに、黒のスーツパンツで、

肌の色に近いストッキング。

襟元からは、少しだけYの字に寄せられた胸元が覗いている。



「驚いちゃいましたよー。なんで私って分かったんですかぁ?」

かすみは驚きを隠さないまま、香の横顔を覗き込むように尋ねてくる。

目元を指で押さえつつ、

細かなまばたきをし、明るさに目を慣れさせる香は、

若干状況に混乱していた。



「あ、あのね、あたし、

てっきり撩が何かしかけてくるもんだとばかり思っていたから、

こっちの方が驚いたわよー。」

ソファーのコーナー寄りに座ったまま、

早口で言葉を返す。

「でも、ズバリ名指し出来るなんて、スゴくないですか?」

撩もその答えを知りたい。

「な、なんで分かっちゃったんだろ?」

香もいまいち絞り込みができた経緯が説明できない。

顎に指をかけて小首をかしげる。




「実はですね、冴羽さんから連絡もらった時、

香水とか、匂いの強い化粧品とかは付けないで来てくれって言われてたんですよー。」

「れ、連絡?」

香が聞く始めての事案に顔があがる。

「そうなんです。だから、昨日もお風呂入るのに、

無香料のシャンプーとか石けんですませてきたのにぃー。」

悔しそうに膝を叩いてみせる。

「ちょ、ちょっと撩っ!

あんた一体いつからこんなことしようって思ってたのよ!」

「あー?」

香は、訓練が始まったのは、

あの奥多摩から帰ってきてから間もなくのことであって、

こんなすぐに第三者の協力を得られるような準備が

そんなに速やかにできるものなのかと、

かすみがこうして今ここにいることを

至極驚き疑問が湧いた。

面倒くさそうに頭をがしがしと掻き揚げる撩。



「んー、おまぁがさぁ、教授んちで、タコやミックの気配を読んだことが、

あいつらには結構驚きだったらしくてさ、

そんで、香ちゃんがどこまで分かんのかなぁーと思ってさ。」

そう言いながら、指を組んで後ろ頭に回し、目を閉じた。

「で、かすみちゃんを呼んだわけ?」

「そ。」

「昨日の夜電話もらったんです。」

「は?き、昨日?」

撩は、説明を始めるかすみに、

少しバツが悪そうに表情をゆがめ、唇を尖らせたまま目を閉じている。



「前に、美樹さんから、冴羽さんから何か連絡がいくかもって、

あらかじめ聞いてたんですけど、用件聞いて驚いちゃった。」

くいっと両腕を組んで、ちらっと撩の方を見やりながら、

いたずらっこの空気を含ませた笑顔で続けた。

「冴羽さん、ホ・ン・キ、なんですよねっ!」

「あ”?」

撩は目をパチッと開けてしまった。



座り直したかすみは、ゆっくりとした口調で話し始める。

「……結婚式の時、戻って来た香さんと冴羽さんを見て、

ああ、私の恋は終わっちゃった…て、すぐに感じたんです。」

「は…?」

香は話しの展開についていけない。

救出された香と救出した撩が、

式場に辿り着いたあの時のことを思い出す3人。

「でも、まだどこかで諦めきれなかった想いがあったんだろうな…。」

かすみは、ふっと顔を上向きにあげて、ふーと息を吐き出す。




「今回の依頼でスッキリしました!」



撩に向かって、

一番言いたかったことを、やっと口にできた。

心を寄せた男が、香に本気で向き合うことにし、ケジメをつけたかを、

今日の声かけで痛く思い知らされた。

かすかに持っていた希望願望を

完全に捨て去る決意を新たにする。

かすみは、両手を膝の上に揃えてしゃきっと背筋を伸ばし、

香をまっすぐに見つめた。



「ちょっ、なに?なんなの?その依頼って?」

かすみの話しがいまいち飲み込めない香は、

引っかかった単語をまず確認しようと尋ね返した。

「へへ、香さんの訓練に協力する代わりに、私が何か依頼する時は、タダってことで。」

「ええ?!」

すでに2回、依頼済みの経験を持つ麻生嬢。

3回目も視野に入れての交換条件に、

撩が、はぁとため息をつく。

香は、ワケが分からないといった顔で

視線がソファーに座る二人を往復する。

「ただし、私が香さんにタッチ出来たらってことだったんですけどね。」

撩の指がぴくんと動く。

かすみは、ぺろっと舌を出して、

きょとんとしている香を横目で見つめた。

「ざぁーんねん!イケるって思ってたんだけどなー。」

さらに続ける。

「ハンマー出るかもって聞いてたんですけど、その前に、正体ばれちゃって、

どーしてぇ?って気分なんですけどぉ。」

かすみは、肩にかかる長い黒髪を左手でさらっと流して、

香に向き直った。

「香さん、さすがです!完全に私の負け。」

その意味合いは、恋のライバルとしても、と心の中で小さくつぶやく。

「そ、そんな、勝ち負けだなんて、

あ、あたし、全然そんなつもりないのに…。」

先ほど、外してもらったバンダナにくっと無意識に力が入る。



「で、なんで俺じゃないって分かったんだ?」

やっと撩が口を挟んできた。

「それ!聞きたいです!」

「あ、あの、よく分からないのよ…。」



香は、顎に指をそえて斜め上を向きながら空を見つめる。

最初に撩じゃないと思ったのは、

ほんのわずかだけキャッチできた違和感。

何となく、

男ではないとどこかで確信を持ってしまった。

そして、あとは消去法だったのか、

美樹は入院中、かずえも教授宅、冴子と麗香は香水付きが日常、

気配を押さえて冴羽アパートに出入りできるメンツは限られてくる。

残ったのがかすみ、という式を

香は無意識に絞り込んでいた。



「なんかね、一瞬キャッツの風景が浮かんだのよね。」

「え?」

ドキリとするかすみは、くいっと自分の胸元の布地を引っ張ってみた。

「まさか、コーヒーの匂い連れてきちゃったかしら?」

自宅を出る前に、一杯飲んだコーヒーは、

キャッツのオリジナルブレンド。

「あ、ううん、まさか!コーヒーの香りはしなかったわ。ていうか、

少し前まで、あたしたちもここでお店のコーヒー飲んでたし。」

香も腕を組んで首をかしげる。

「んー、やっぱり、自分でも分かんないわ。

あ、あとね、ほんの少しだけ花屋さんのイメージが浮かんだのよねー。

どうしてかしら?」

そんな困惑する香の表情が、かすみの目にも愛らしく映る。

一部心当たりがある回答に、

くすっと自分の失態と油断を薄く笑った。

「もう、冴羽さんと長いこと一緒にいたら、そのへんが気付かないうちに

鋭くなっているかもしれませんねー。」

明るい口調のまま、撩の方を見ると、

また、後ろ頭に両手を回して、長い足を組んだまま目を閉じている。

かすみは、晴れ晴れとした笑みで、ふっと息を軽く吐き出し、

話しを続けた。

「冴羽さん、私、

香さんのためだったら、またいつでも協力しますから。」

「あ?」

「でも…。」

にやりと小悪魔的な表情に変わったと思ったら、

香のほうに手を伸ばした。

「え?なになに?」

腕まくりをしていた右腕をかすみについっと取られて、

折り畳まれた袖口をするすると両手で元に戻された。

「私が来る時は、こーゆーのは、見えないところにしてくださいね。

からかいたくなるんでー。」



「 「  っ!!!  」 」



香は、珍しく瞬時にその意味することを理解して、

ボンッ!と音を立てて赤くなり、

撩は、頭を支えていた指がずるっとほどけて、

頭ががくっと後ろにのけぞった。

膝の上に戻された両手は反射でばばっと後ろに隠すも

すでに時遅し。



かすみは、すっと立ち上がり、

そんな二人の様子を微笑ましく見下ろした。

「じゃあ、私、これで失礼しますね。」

撩の前を通って、

ガラステーブルの脇をすり抜けようとしたかすみに、

香が慌てて声をかける。

「あ、あ!か、かすみちゃん!

よかったら、今からお茶かコーヒー持ってくるわよ。」

冷たいフローリングをスリッパなしで歩く姿に、

一緒に履物も玄関から持ってこなきゃと、同時に思うも、

ソファーから立とうとした赤い顔の香より、

かすみの台詞が早かった。

段差に片足をかけて立ち止まると、振り向き様に笑顔をつくる。



「お気遣いなくぅー。

香さん、楽しかったわ。こんなゲームだったらいつでも大歓迎ですから。

冴羽さん、非常口の扉の所にプレゼント置いてあるんで、

あとでちゃんと拾っておいて下さいね。

お邪魔しましたぁー。」

そう言い終わるとモデルウォークで扉に向かい、

また肩の髪の毛をぱさっと跳ねさせ、

パタンとリビングを後にした。

そして、入口そばの廊下に仮置きしていたショルダーバッグと

畳んだ上着をさっと拾い上げれば、

するりと腕に通してふわりと羽織り、

軽やかにバッグの紐を右の肩に引っ掛ける。

非常階段から上がり込んだ時、

脱いだパンプスもそこに置いてあったので、

二本指でついっとひっかけて運ぶことに。

ふぅーと長い息を吐き出せば、肩からしゅうと力が抜ける。

かすみは、そのまま玄関に向かって冴羽家を退場することにした。







「………。」

「………。」




リビングでは無言の二人の間に、

窓の外からの雑踏音に混じり、

秒針が動く音が妙にハッキリ響いている。

キャビネットの上の置き時計は、

もうすぐ3時を知らせようとしていた。



******************************
(17)につづく。








かなり遡りますが、
奥多摩から6日の美樹が銃創を診察されるシーンの「11-09」で、
撩がかすみちゃんにコンタクトを取ろうとしている場面を作っております。
撩なら、美樹に聞かなくても、
かすみちゃんの連絡先を得ることはたやすいはずですが、
訓練をしようとしていることを、示唆する意味も含めて、
美樹ちゃんに直接聞いた方が早いと考えた、という設定にしました。

腕のキスマークは、山荘でつけられたもんです。


【訂正ご連絡感謝!】
Sさん、Nさん、ほぼ同時ご連絡ありがとうございます!
今回は大量生産でしたっ(><)。
本当に助かります!
改めて赤ペンセンセイのみなさんに感謝です!
2014.03.03:21:18

プロフィール

Author:きまりも
since 2012.03.31.

中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。

ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


9万hit記念に
とりあえず作ってみた
CH専用Twitter
 


拍手1000パチ記念につけちゃいました。



アンソロ完成!お疲れさまでした!

やっとまともに表示できたっ!2013.12.15

かなり便利なサーチツール

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試運転中…

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