29-33 Peel

第29部 Calm Day?

奥多摩湖畔から15日目



(33) Peel ***************************************************************** 2781文字くらい





「そんまんまつけてろ。」



耳の直下で囁くように聞こえた日本語。

「……は?」

「いつも目ぇ閉じてんだったら同じだろ?」

「……は?」



それってどういうことなの?と尋ね返そうと思っていたら、

顔の両サイドで、ぎしっとスプリングが沈む。

撩が左右の手をついているのかと読んでいたところで、

ウィークポイントの一つ、耳介の縁を温かい舌が往復する。



「ぁん…。」



相方の鼻息も頬と耳にかかり、

その刺激で香の下腹部がじわりと反応する。

しかし、この指示はそう簡単に受け入れきれるものではないと、

とにかく反論することに。

「そ、そんなっ。く、訓練もうすんだんでしょ!だったら外してよっ。」

若干、弱気な口調になってしまったのは、

与えられている刺激に翻弄され始めているあらわれ。



「目ぇ以外で俺を感じとってみ。」



ゆっくりと額や頬に唇を滑らせ、所々で軽く吸い上げる。

「ん…。」

くすぐったさと恥ずかしさと照れくささと、

いつも沸き上がってくる感情が

香の心の中できりもみ三つ巴状態。

「は…。」

顔が再びソファーのほうに向いてしまった。

撩は、まだ手を使ってこない。

当然のようにさらされた細い首筋にも

ライトな口付けを落としていく。

「っ…。」

また、ぎ…ときしむ音が聞こえ、

今度は、腹部に小さな圧を感じた。

撩が花びらの上から、唇と鼻先を香の腹筋に軽く押し付けた様が

ぼんやりと浮かぶ。




「これも感覚を研ぎ澄ますのに役立つと思うぜ。」

「…く、訓練終わりって、い、言った、じゃない…。」



抵抗感を訴えつつ、

本当は自由になっている腕を伸ばして、

撩を引き寄せたい、そんな思いが込み上がるも、

どうにかして、この目隠しを取りたいと、

自力で結び目がほどけないか、挑戦してみることに。

「や、やだ!取ってよコレ!」

体を横向きにして両腕を後ろ頭に回すが、

指先でさぐる結束部分は

どこをどうしたらいいのかさっぱり分からない。



「いやか?」



また香にとって断れないようなトーンを使って聞いて来る撩。

あがいていた香の指の動きがぴたりと止まる。

恐らく、こんなの嫌だと訴えても、

きっと言葉巧みに丸め込まれてしまう。

確信度100%。



一方で、視力が効かない分、

ほんのわずかに撩に触れられただけで、

いつもより格段に各所が敏感に反応しているのは認知済み。

そして、その控えめな刺激でも恐ろしく心地いい。

問いにどう答えようかと、迷っている香。

視覚以外で、撩を感じることに専念するとどうなるのか、

これまでのこの時間とどんな差が出てくるのか、

もしかしたら、従ったほうがいいのかもという思いも、

心の端に芽生えて来る。

そんなことを考えていたら、

拒否感が拭えない主要因がぽろりと声に出てしまった。



「……ふ、不安なの。み、見えないと。」



撩のくすっと笑う空気の音が

耳のすぐそばで聞こえた。

「だよな。」

同時に、香の左側が深くきしみ、

撩の体の動きが大きく伝わってきた。

「わひゃ!」



素早過ぎる数アクション。

体の向きをドア側に変えさせられ、

撩の腕が香の首の下を潜り、

後ろ頭がくしゃりと掴まれ、

太い左腕が香の脇腹経由で体幹に巻き付いた。

手の平と頬と腹部に直接撩の肌が触れたことで、

相方がほぼ裸体であることを初めて知る。

足も絡められ、すっぽりと腕中に収まってしまい、

かぁーっと体温のメモリが対数曲線のラインで上昇中。



「これでどう?」



完全に、撩のペースでコトが進んでいる。

「〜〜〜っ。」

小さく固まった香は、

やっとこうして撩の肌のぬくもりを感じることが出来たことに、

ほっとするも、

この状況がどうしようもなく、こっ恥ずかしく、

その上、どことなく悔しい感情もちらりと出てきた。

湿った小刻みな吐気と一緒に、

撩の問いとは別の件に答えることに。



「あ、あんた、な、なんで、何にも着てないのよ…。」

「だってぇ、風呂から直行だったしぃ。」



まだほんのり香る湯上がりの芳香と、先のバラの香りが入り混じり、

そこに撩がもともと持つ個の匂いがミックスされ、

嗅覚は一杯一杯。

下腹部に当たる例のブツが

すっかり元気であることも確認済み。

タオル地の越しの感触があり、

どうやら腰巻きタオルだけは残してある模様。

てっきり、スウェットか何かを着ているかと思っていたので、

脱衣所から、トランクスも履いていなかったのかと、

小さく驚くも、表皮が冷えていることもなく、

相変わらず筋肉の発する熱のためか、

自分の体温よりも高く感じた。

頭皮から感じる吐気で、

撩が髪の毛に口元を寄せていることが伺える。



やっと直接触れてもらえた。



素直にそう思ってしまった自分が恥ずかしく、

包み込まれた安堵感を抱きつつも、

体の硬直はとれないまま。

それでも、ここに横たわった時点から、

悲しいかな、焦らし作戦にまんまと乗せられてしまったのか、

下着が湿っぽくなっていることに

正直気付きたくはなかった。



「よっと。」



という声が聞こえたと思ったら、

ばさりと大きな布地が覆い被さるのを感じた。

肩から下が掛け布団で隠され、背中も包まれる。

撩がベッドの足元に畳まれていた布団を

足の指でひょいとつまみあげ、左腕でひっぱりあげたのだ。

ぬくもりが更に増した。



「これでむいてもオッケーだな。」

「はい?」



なに、そのバナナの皮を剥くような軽い口調は?と

言い返そうとしていたところで、

撩の腕と手先と足とが、

滑るようにさわさわと肌を巡ったと思いきや、

腕からするりと袖が抜かれ、腰から一気にウエストのゴムが下降し、

あっという間にパジャマの上下は

文字通り剥かれてしまった。

「ちょっ、なっ!」

撩の腕の中でショーツとタンクトップだけになってしまい、

直に触れ合っている部分の面積が倍増以上。

「んじゃ、頂きますっ。」

「んんーっ。」

後ろ頭に滑り込んでいるのは撩の大きな右手。

背中から腰に巻き付いているのは、熱い左腕。

その両腕でぐいっと引き寄せられ、

ぱっくりと口を塞がれてしまった。



今日も、こうして密着しながら夜を過ごせることに、

やはり羞恥心が拭えずにいつつも、

幸福感はソレに勝り、もうこの流れに逆走しても無意味だと、

熱い潮流に身を任せることに。



(そ、そうよね…。

いつも目を閉じているばかりなんだし…、

変わらないって言ったら変わらないかもしれないけど、

こうして撩にくっついていることが、

ちゃんと分かれば、

それでいい…。)



香は、撩の唇と舌と歯の感触を受け止めながら

おずおず感を纏わせてゆっくりと右腕を撩の背中に回してみた。



鼻から細切れに発せられる湿度の高い息の音、

そして唇同士が奏でるスナップ音が、

いつもよりより鮮明に聞こえるような気がした。

まだキスを十分に返すゆとりはなく、

優しくかつ激しく触れて来る舌と上唇下唇に、

ただ、意識飛ばされないよう、

感覚を集中させて逃げないように受け止める。

それが精一杯。




背中をさすられながら、

髪を撫でられながら、

香は、

右耳の後ろでゆれるバラの蕾の重さを感じていた。


********************************************************************
第30部(1)へつづく。次はパス付きです。







カオリン、リョウちんの作戦に、
まんまと丸め込まれたの図。

やっと29部一区切り〜。
ちょっといくらなんでも
長過ぎたか…。


【ご連絡感謝!】
Sさまーっ、「れ」入れました!
発見&ご連絡大感謝!
更新日、当の本人がすっかり忘却しておりましたっ(><)。
2014.07.01.02.58

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29-32 Decoration

第29部 Calm Day?

奥多摩湖畔から15日目



(32)Decoration ********************************************************* 3352文字くらい



「ひゃあっ!」



次のアクションで、

ぺろんとめくり上げられた黒のタンクトップから、

胸骨より下の腹部が露出させられた。

美しく引き締まった腹筋に走る

浅い縦の溝がくっと引きつる。

これはさすがに手が動いてしまった。



「なっ、なにすんのよっ!」



両腕がまだ布地を被っている胸部を慌てて隠す。

「訓練だって、何回言わせんだよ。」

「ここここんなの訓練なんかじゃないわよっ!」

「いいから手ぇどけろって。最終問題だ。」

「やーんっ!」

香は、身をよじってソファーに向かって横向きになった。

「おまぁなぁ、何もかも見せ合っているくせに、

今更腹ぁ隠しても仕様がないだろ?」

撩の左手が香の顔の右横で、ぎしっと沈む。



「ややややっぱりヘンよ!こんなんで、ななな何の訓練するって言うのよ!」

「言っただろ?感覚を磨く為の訓練だって。」



甘く掠れたゆっくりとした口調に、

本能の部分では

“ はい、わかりました ”とつい言ってしまいそうになるが、

もちろんタテマエの香は納得していない。

「や、やだっ!」

「ラストゲート。これをクリア出来れば終了!」

「さ、最後?」

胸を隠したまま、小さな声で尋ねる。

目隠しされていても、自ずと顔が撩の方を向いてしまう。



「ま、やっておいて損はしないはずだぜ。」



今度は、香の左側がぎしっと音を立てた。

伝わったたわみ具合から、撩が少しだけ腰の位置をずらしたように感じた。

「は、恥ずかしいよ…。」

いつもながらの真っ赤な顔、

バンダナの下では潤みがちの目にきゅっと力が入る。

「部屋は暗いまんまだから気にすんな。」

「や、やんなきゃ、ダメ…?」

「だめ。」

その言葉と左頬に受けた感触が重なった。

「っ…。」

皮膚で感じたそれは、

さきの花の質と似ているが明らかにボリュームが違う。



(ひ、開ききってる?)



香りもより強いと、花卉の差異に気をとられていたら、

またふっと花が浮き、くいっとパジャマの端が引っ張られた。

びくっとする香をよそに、落ち着き払った口調で説明が続く。

「最初は、背中より腹側の方が分かりやすいと思うぜ。」

「はい?」

「第4問は、花びらの数をどこまで捉えることができるか、

それが今回のラストクエスチョン。」

「は…?」

横向きになっていた香の体が、わずかに撩の方へ向きなおる。

「いいから、そのまんま腹出してろ。」

またパジャマの裾をくっと摘まれ、

体の向きを変えさせられた。

このまま、タンクトップをたくし上げられたら危険だと、

自分を抱き込んだ腕は現状維持で再度仰向けになる。

丸見えとなっている白い鳩尾(みぞおち)に

ひんやりと花が当てられた。

「っ…。」

つーっと真っすぐ下降して臍下まで辿ると、

花弁がじんわりと臍を中心に円を描き始める。



「うぅー…、く、くすぐったい…。」

「集中し過ぎると、かえってカウント出来なくなるぜ。」

「え?ど、どういうこと?」

花が自分の肌から離れたらしく、

服以外に体に触れているものの存在がいっさいなくなった。

撩はくすりと薄く笑うと、

バラを口元につと寄せて、最も外側の大きな花弁を1枚、

ぴっと唇で挟み取った。

不安がる様が愛おしく、細めた瞳で香を見下ろしながら、

ふっとオレンジ色の切片を舞わせれば、

それは、ひらっと浅くZの軌道を描いて、

香の臍の脇にひたっと落ちた。



「え?こ、これ…、花びら?」



水滴が落ちた感覚とは明らかに違う。

流れずに、そこに留まっていることがちゃんと分かる。

「2枚目。」

今度は、花茎をくわえて固定させると、

指でまた外周の花弁を摘まみ取り、

みぞおちを目指してそっと散らせる。



「……あ。」



肌で、そのわずかながらの重さを捉えた香、

これなら、何とか分かるかもしれないと、

今、腹部に乗っている2枚の花びらの位置を再確認する。



香が腹式呼吸をする度に、

ごく浅く上下する花の切片は、

白い肌により映えて、バレンシアオレンジの色を思わせる。

綺麗だ、とその肌に顔を埋めてしまいたい衝動を

静かに抑えつつ、左手は香の左脇についたまま、

撩は、くわえていた花に指を伸ばして花頭を鷲掴みし、

組織を痛めないよう器用にむしり取った。

ぷっと残った茎をベッド脇に吹き飛ばすと、

またぎしっと少し体重を移動させる。

すっと腕を動かせば、

撩の手の中から、3枚目の花びらがつと香に落ちた。

1枚目とわずかに重なり、臍が隠れてしまう。



「ん…、い、今、落ちてきた?」



自信なさげに3枚目の花びらが認知されるも、

なんで撩とこんなことをしているんだかと、

訓練と連発する相方の思考にまだ疑いが晴れない。

コレって本当に訓練なのぉ?はたから見てもおかしいでしょ!と

心の中で思いながらも、

とりあえずは、次に落ちてくる花弁がどこに触れてくるのか

腹部に意識を集中させた。



「4枚目。」



撩の声と同時に、右の脇腹にぴたっとくっついた何かを感じた。

花びらのカーブが、ちょうど香のボディーラインと重なり、

ベッドに落ちることなくひっかかった。

「う、うん、……今のも分かった。」

撩の手の中のオレンジ色の柔らかいかけらが、

また一枚ひらっと香の肌に吸い寄せられる。

左の肋骨の下部に着地。



「…ご、5枚目?」



撩が自分にバラの花びらを散らしている。

ふと、客観的にその場面が目の裏をよぎり、

どこの少女マンガよっというシーン撮りに、

一刻も早く終わらせなければ、自身の心が耐えきれないと思ってしまう。

何でもいいから、こんな状況から脱出したいと

落ち着きのない心拍で顔を赤くしながら

次のカウントを待ち構えていた。

しかし、聞こえて来た言葉は予想外の台詞。





「もうわかんね?」

「え?」

「今、7枚目。」

「ええ?」

「8枚、…9枚。」

「えっ!ちょっ、ま、待ってよ!ぜ、全然分かんないわよ!」

香が驚きの返事をする度に、

腹筋が動き、散らされた花びらがひらひらっと小さく動く。

「まぁー、確かに花びらの上に落ちるのは感じにくいよなぁー。」

撩は、右手の中でほぐしていた残りの花びらを、

手の平の上にして、ふーっと一気に吹き飛ばした。

「あ、あれ?な、なに???」

香の喉や頬、腕にひたひたひたと複数の花弁が触れた感触が伝わる。

「おっしまい!」

「へ?」

「第4ゲートは鍵まで見つけたってところだな。」

「はぁ?」

「んじゃ、盛りつけが済んだから、頂くとすっか。」

「は?も、盛りつけ?」



見下ろしている香の体は腹部をさらして、

無防備に横たわり、

オレンジ色の花弁で飾り付けられている。

右耳には、蕾のバラがほどこされ、

髪に、枕に、腕に、肩にと上半身一杯に、

新鮮な花片がちりばめられ、

まるでエディブルフラワーのように、

これから食べて下さいといわんばかりの装飾に、

撩自身がもうくらくらとしている。

ただ、そんなことは微塵も感じさせずに、

いつも通りのおちゃらけ口調で続ける。



「そ。訓練おっしまい!

というワケで、これから香ちゃんをいったらっきまぁーす。」

「はぁあああ?」

何を言っているのこの男はと、口が開いたところで、

上唇だけがつっと吸い付かれた。

「!」

唐突に落ちてきた撩の唇の感触に、

自分の腕を抱き込んでいた手がぴくんとブレて少しほどけてしまう。



「一気にがっつくのはもったいないよなぁ。」



そう言いながら、舌先を小さく尖らせて

つまみ食いをするように、香の下唇をぺろりと舐め上げる。

撩にしては、あまりにも控えめな接吻。

触れているのは、お互いの口器だけ。

香は、やっと触れてもらえたと、

恋しかった感覚を少しだけ与えられ、

オンナの部分がじわりと反応する。



しかし、大概キスをする時は目を閉じているとは言え、

目隠しされたまま受けるのは、

相手が見えない不安の方が大きくなる。

そんなことを考えている最中も、

撩は極々軽く自分の唇を香の頬やら鼻先やらに触れさせる。

このらしくもないじれったい動きに、

香のほうが、“ もっと ”と声を出したくなったが、

何とか押さえ込み、違う要求を出すことに。



「ちょっ、ちょっと!ま、待って!これ取ってよ!」



畳まれたバンダナに指をかけて、

アイマスクになっている布地の除去を訴えた。

着用は訓練の間だけだと捉えていたので、

先の撩の訓練終了宣言があれば、

もうこれはいらないだろうと考えたワケだが、

返された言葉に香はぎょっとした。



*************************************
(33)につづく。





ようは、リョウちゃん、
目隠しプレイを
ちょーっとだけしてみたかったのだ。



29-31 What Color ?

第29部 Calm Day?

奥多摩湖畔から15日目



(31)What Color ?  ************************************************** 3727文字くらい



「あ…。」



香は、自分の額にさわさわと触れている柔らかいものが、

さっきから気になっていた芳香の発生源だと感じた。



「花?」

「それだけじゃあ、ダメだな。」



しっとりとした薄い質感のそれは、

布越しの目の間を静かに通過し、

高い鼻筋の尾根をじっくりゆっくりと辿り始めた。

「!」

香の口が薄く開いて、すはっと小さく息が吸われ、

枕に添えられた指がぴくりと動く。

かぁっと頬が朱色になり、思わず声が出た。

「な、なにしてんのよ!」

「尋ねてんのは俺、早く回答してみ。」

その言葉と重なるように、

鼻先に行き着いたそれが、

鼻翼と上唇の間をくすぐるように行き来する。



バンダナで目隠しをされ、

撩が片腕をついて自分を見下ろしている。

それだけでも、かなり受け入れ難い状況。

今、何かが肌に触れているが、

撩はキッチンにいる時から全く香自身に触れてこない。

これから一体どうなるのかと、

心臓がトトトトと早くなる。



鼻尖をからかうようにくすぐる有機物の感触。

濃くなる個性的な匂い。

ふと石けんを思い出した。

そのパッケージは、ローズの香りのキャッチコピー。



「バ、バラ?」



浮かんだ像がすぐに言葉になった。

なんでバラの香りがするの?と疑問に思うも、

すぐに心当たりがポンと浮かぶ。

リビングに飾ってあったかすみからの花束。

らしくもなく、

撩が活けてリビングのソファー裏の棚に指定席を設けた。

もし、バラだったらその花がこの部屋にあるのはなぜなのか、

小さなクエスチョンマークがちょんちょんと浮かぶ。



「第1ゲート、クリア。」

「へ?」

なにそのゲートって?と口が香の開く前に、

次の設問が撩の口から告げられる。

「花の色は?」

「はぁあ???」

声が一段大きくなって出てしまった。

「目隠しされてんのに、分かるわけないじゃない!」

思わず起き上がりそうになったが、

口調だけで抗議することに。



「バラって分かったんだろ?」



花弁がそのまま肌を伝って香の頬骨を撫でていく。

触れられる感覚が移動する度に、

ぴくりと細い肩が揺れる。

「ヒントはおまぁも知っているはずだぜ。」

「ひ、ヒントって…。」



この状況に異様なエロティックさを感じ始めた香は、

考えなければという思考が飛散寸前。

おかしい。

目隠しをされたまま、こんな風に花で顔を撫でられるなんて、

日常じゃありえない。

こんなこともちろん人生初体験モノ。

置かれている状況が客観的なイメージとなり、

強烈な恥ずかしさがこみ上げて来た。

これでは、まな板の上の鯉だったか鯛だったかと、

ピキンと体温が上がった体が硬直する。



「思い出せねぇーか?」



撩の声ではっとするも、何をさしているのか分からない。

「な、何を?」

「何色あったか。」

「え?」

香は、撩の言葉をなんとか反芻する。

仮眠から目覚めた時に、視野に飛びこんだ華やかな花瓶。

ぼやぁーと記憶から引っ張り出された部品が組合わさっていく。



(た、確か、一律同じ咲き方ではなかった気がする…。)



蕾、開きかけ、完全開花と様々なパターンがあった。

(い、色は?)

明るい色が多かった気はするが、

網膜にはその詳細までは焼かれていなかった。

「ちょ、ちょっと待ってよ…。」

「ま、考えてみ。」



穏やかな撩の返答にほっとはするが、

とにかく圧倒されたバラの数に、

総論がおぼろげながら見えても、各論が思い出せない。

(お、落ち着いて考えたら、もしかしたら分かるかもしれない。)

「えっと…。」

(赤はあったはず…。そして、た、たぶん黄色も…。)

ぼんやりと構成色が浮かんで来る。

きっと観察力とか記憶力を試されているのではと、

訓練の主旨を少し掬い取った香は、

バラの色としてあっておかしくないものと、

自分が見たはずの色彩を必死に思い出そうとする。



(三色どころじゃなかったわ。確か、もっとあったはずよ…。)

香は、軽く唇を舐めた。

グラディエーションを描くように花瓶にまとめられたバラは、

暖色系が主だった。

(濃い色は、たぶん、赤だけだったのような気がする…。)

眉間にくっと力が入る。

「んー…。」

思い出せない。

(ピンクはあったわよね? オ、オレンジも混じっていたような…。)

4色まではなんとかメモリーから引き出すも、

これが限界。



(ん?い、今、撩が持っているということは、
 
そこから抜かれてきたということよね?)



はたと気付いて、全体像を思い出す。

他のより少なかったと感じた色がなかっただろうかと、

あの時、

バラの香りで驚き振り向き、目に飛び込んで来た対象物を

もう一度思い返してみる。



(うーん、たぶん3、4本ずつ?ううん、

もしかしたら5本ずつくらいあったかしら?

赤が目立ったてたし、他の色って…。)



明るい黄色があったのは覚えている。

可愛いピンクの花びらも目に入ったはず。

悩みに悩んで、結局は

消去法で頭数が少なかったものを勘で選ぶことにした。



「………お、オレンジ、色?」



自信は全くナッシングという力のない小声で、

答える香。

右の頬で円を描いていた花弁がピタリと止まった。

一拍待つが何も返ってこない。

「…りょ?」

間違えた?と自分の記憶力の足りなさを責めそうになった時、

ふっと短く吐き出される息の動きが聞こえた。



「……せーかい。第2ゲートクリア。」



固くなっていた体が、ほっと安堵するとともに力が抜け、

胸部のツインピークスがすうと標高を下げた。

「なぜそう思った?」

撩は、花で香の顎のラインをすーと辿りながら尋ねる。

「な、なんとなく、よ!ちょ、ちょっとまだ続くの?」

撩はくすりと笑って、香のおとがいを花弁でくすぐると、

「いい勘してんな。次第3問。」

「え、ええー?!ま、まだやんの?も、もう、これ、は、はずしたい…。」

「だーめ。」

その却下の言葉と同時に、ひたっと香の唇に感触が乗ってきた。

「っ!」

まるでリップクリームを塗るかのように、

上下の唇に花弁を這わせる。



「手は使わずに、花の状態を答えてみ?」

「は?じょ、状態?」

「そ。蕾か咲きかけか、満開か、散りかけか。」

「そ、そんなの分かるわけないじゃない!」



自分がしゃべるたびに、花片が口先に触れて、

脳の裏にぴりぴりと刺激が回る。

のんびりと薄い皮膚を往復するそれのためか、

無性に撩の感触と熱が恋しくなる。

自分の本能が撩の指と唇で直接触れて欲しいと要求を出し始め、

それを誤摩化すために噛みまくりで訴えた。



「ててて手で触んないと、わわわわ分かんないわよ!」

「感覚器官があるところは手だけじゃないだろ?」



まるで花とライトキスをしているかのような、

こまやかな筆遣いを思わせる動きに、

耐えきれなくなり、

香は顔を思わず横に反らしてしまった。

左耳があらわになったところで、

花は頬を伝って滑るように耳介に向かう。



「は…ん。」



敏感に感じる部分の一つ。

つい声が漏れてしまった。

肌と花弁が擦れる音が鼓膜直近でかさかさと伝わり、

鼻腔にはバラ科特有の芳香がすでに染み付いている。

まるで媚薬を飲まされたかのように、

息が浅く早くなり、

熱くなった体は、オンナの部分が疼き始めてきた。



「ちょ、ちょっと…、こ、これって、ほんとに、…訓練なの?」



また、撩がふっと鼻で短く出した吐気の動きが耳に届く。

「とーぜん。」

花が香の肌を転がっていく。

頬に、首筋に、顎の裏にと感触で

茎を軸にころころと回転しているのが

伝わってきた。

茎の刺はもちろん処理済み。



「まぁだ、わかんね?」



早く答えたいと思うが、意識が集中できない。

すぐにでも撩に覆い被さって欲しい、

そんなことを考えている自分が恥ずかしくなり、

その意志を追いやりながら、

必死で花の形状を触れた部分の皮膚で感じとろうとする。



「つ、蕾?……というか、…さ、咲き、かけ?」



そう言いながらゆっくりと顔を正面に向ける。

若干すぼんだ漏斗状のイメージが浮かんだ。

その間口は狭いのではと、

転がされたと思われる時の感覚を拾い出す。

首筋を這っていたバラの花は、

香の動きに合わせて、再び唇に戻って来た。

撩が自分の肌に口を付けている時の温度と

どうしても比較してしまう。

自分が欲しいのはそれじゃないと、ぽろっと言ってしまいそうで、

口元を強くつぐんでみる。



「ま、こんだけやってりゃ分かるわな。」



楽しそうな口調に、ワケもなくむっとしてしまう。

「ちょっと!あ、あんた、遊んでるでしょ!」

「うんにゃ、至って真面目な訓練だっつーとるだろうが。」

花茎をちょいちょいと指先で動かしながら、

にやにやしている表情が目に浮かぶ。



「第3ゲート通過、次第4な。」

「まっ、まだやんのぉー?」



正直、もう色んな意味で限界の香。

半ば涙声。

「おっと、起き上がるなよ。そのままでいろ。」

反射で上体が少し浮いてしまったのをとがめられた。

はぁと肩の力が抜け、体がまたベッドに沈む。

頬をするっと撫でられた後、花びらの感触が消えた。

「?」

ぷちっと何かが折られるような音がしたと思ったら、

右耳の後ろに細い何かが差し込まれた。



「動くなよ。」

「え?」



バンダナの布の下で目が見開いてしまった。

くいっとパジャマの前みごろのボタンが軽く持ち上げられる。

「なっ!」

あっという間に、6つのボタンが外された。



しかも、

また香には直接撩の指が触れることなく、

布だけが動かされ、

タンクトップから見える白い肌がご開帳。

薄暗い中で、

鎖骨の陰影が深く映し出された。



*****************************
( 32 )へつづく。





もちろん撩は確信犯でカオリンに触れない作戦続行中。
当然、訓練は後付けの言い訳。
シュワちゃん主演の「トゥルーライズ」で
ヒロインのジェイミー・リー・カーティスが
花を顔に這わせられるシーンからの妄想です。

29-30 What Are You Thinking ?

第29部 Calm Day?

奥多摩湖畔から15日目



(30)What Are You Thinking ? ************************** 3747文字くらい



「えええ!?な、なんで?中にいるの???」



見えないままで、

思わずドアノブをがちゃりとまわした。

「はぁーい、おつかれさぁーん♪ まだ目隠しは取るなよ。」

「ちょ、ちょっと!あんた、いつの間に部屋に入ったのよ!」

音も気配も、

さっきキッチンで気付いた石けんシャンプーの匂いも

全くしなかったのに、

今、この部屋に入ったら、

嗅ぎ慣れた衛生用品の香りを感じた。

それに加えて、

この部屋では体験したことのない芳香もうっすらと鼻をくすぐる。



「ほれ、そのまま真っすぐ歩いてこいよ。」



匂いが気になっていたところで聞こえて来た撩の声。

まるでスイカ割りの誘導を思わせる。

たぶん、ベッドのそばか上にいるような位置から

声をかけられているような気がした。



「ちょ、ちょっと…、ここで訓練って、何すんのよ。」

香は、まだドアノブから手を離せない。

「へへ…、ま、暗闇体験講座ってとこ?」

「……あ、あんた、ヘンなこと考えてるでしょ。」

「うんにゃ、至ってマジメなことさ。」

ぎしっとベッドのスプリングが鳴った。

たぶん撩が立ち上がって発せられた音だと、

香は読む。

「視力を奪われた時、他の感覚器官をいかにより研ぎすませるか、

その疑似体験特別授業っつぅーことで。」

もっともらしい言葉を並べる相方の口調に、

疑いの気は晴れない。



「……それ、昼間やったじゃない。それに、なんでココなのよ。」



訝しがる香は、目隠しをされたまま、

まだその場から動こうとしない。

「そりゃ、ココのほうがいろいろ都合がいいしな。」

「わっ。」

その声は、耳のそば直近で囁かれ、

同時に羽織っていたカーディガンが、

肩からふわりと浮き布地の動きとともに、

腕が引っ張られ、するりと脱がされてしまった。

この時も、撩は直接香に触れないでことを成す。

「なっ!なにすんのよ!寒いじゃない!」

「じゃあ、さっさとベッドに行きましょう〜♪」

ぱさっと聞こえたのは、上着がどこかに置かれた音。

パタンと聞こえたのは、ドアが閉められた音。

まだ疑問符が取れない香は、

両腕をさすりながら訴える。

「だっ、だから!な、なんでベッドなの?

あ、あ、あんた、訓練って言ってたじゃないっ!」

「んー?だ、か、ら、ココで出来る訓練だって。」

その声は、また自分から離れてベッドそばから発せられた。



「こいよ。」



ついふらふらと言われた通りに動きたくなる、

小音の掠れた甘い声。

しかし、状況が異常だ。

なんで目隠ししたままで、寝床に行かねばならないのか、

これで訓練と銘打って一体撩が何を考えているのか、

香の警戒心が膨張する。



「ご、護身術とかじゃないの?」

「それはまた今度な。」

「じゃ、じゃあ、一体何するのよ!」

「来れば分かるさ。」

両腕を抱き込んだまま、まだ動こうとしない香。



「あ、あんた、何考えてんのよ…。」

「んー、香ちゃんのための、楽しい訓練タイム♡」

香は、バンダナを目に巻かれた状態では、

どうしてもベッドに行く気にはなれない。

「これ、取りたい…。目を閉じてればいいんでしょ?」

「うんにゃ、ちゃんと付けてろ。」

「な、なんか、やだぁ…。」

「言っただろ?感覚を磨くための訓練だって。」



こんなことはもちろん初めてで、

この後の訓練という中身の展開が全く見えない。

「い、いつ外せるの?これ…。」

「ボクちゃんがいいって言うまで。

つーか、自分じゃきっと外せないと思うぜ。」

捻りを加えたバンダナの結び方は、

撩本人じゃないとほどけない小技が仕込んである。



「へ、ヘンなこと、しない?」

「俺を信じろっつーの。」

「あ、あんたさぁー、その台詞、全然説得力ないんだけど…。」



この2週間、幾度か訓練タイムを重ねてきたが、

多くの場合が、

そのまま“いちゃつきタイム”に持っていかれ、

ハンマーで強制的に軌道修正をしたこと複数回。

しかも、今回は撩の部屋。

もう、これはこのままいつものような展開になってしまう未来が

容易に想像された。

ただ、視力を奪われたまま、そんな流れになることは、

是が非でも拒否したい。

しかし、それを訴える文言をこのタイミングで言うことも出来ず、

表現の仕方も分からずに、

香は、ただ「うー…」と小さく唸るばかり。

そうこうしている間にも、

一枚衣類を失ってから、ますます足元から体が冷えてくる。



「ほれ、まずはベッドまでどれくらいあるか、

ちゃんと測ってから来てみろよ。」

きっと、にやつきながら言っている、

そう思わせるイントネーションに、香は少しだけむっとした。

「わ、分かったわよっ!い、行けばいいんでしょっ!行けばっ!」

これ以上抵抗しても、

恐らく状況は変わらないと見た香は、

半ばやけくそになって、見えない先に歩みを進めた。

何かよからぬことがあったら、またハンマーが頼りかと、

いつでも出動させられる体勢を保ちながら、

だいたい距離はこれくらいかと、

見えている時のイメージでベッドに近寄って行く。

が、思いの外近かった。



そろそろ減速して、すり足で歩いて、

ベッドの端を探そうかと思っていたところに、

目的地に強く接触して、バランスを崩してしまう。

「わわっ。」

なんとか両手を前に突き出して、転倒は免れた。

ベッドがぎしっと音をたて、

香の体重の一部を受けていることを訴える。

「あ、あれ?こんなに近かったっけ?」

またしても自分の感覚と実際の距離に差があったことを

小さく悔やむ。

出発点の問題だったのか、

見えなくてもつい出入り口のある後方に顔を向けた。



「んじゃぁー、ヨコになってもらおっかなぁー。」



その声にどきりとして、

発信源に振り向くがもちろん視界は完全ブラック。

「ま、待ってよ。な、な、なんで、横になんなきゃいけないの?」

「んー?集中力を高めるために決まってんだろ。」

「も、もう!や、やっぱりヘンよ!」

香は、上体を起こすとふくらはぎをベッドの端に触れさせて

寝床に背を向けた。

顔は撩のほうに正しく向いている。

しかし、その頬は熱を持ってじわじわと赤くなり始めた。



もしこのまま撩に触れられたら、

何かトンデモナイことになりそうと、

未体験ゾーンに対する警報が香の心の中で鳴りまくる。



「これから、ボクちゃんがいくつか質問すっから、

ちゃんと答えられたら外してやるよ。」

「な、なによそれ!」

香は、撩の位置を読もうとする。

たぶんチェストのところに寄りかかっているんじゃないかと、

イメージした。

「見えずにどこまで判断できるか、確かめてみんの。」

「うー…。」

明らかな抵抗を示している香の様子が愛らしくて、

思わず手が伸びそうになる撩。

静かに抑えて、引き続き説き伏せる。



「さっさと外したいんだろ?」



香は、再度自分の両腕を抱き込んで、わずかに俯く。

「ま、簡単なテストみたいなもんだから、そんなにキンチョーすんなって。」

「テスト?」

「ほれ、仰向け。手は枕。」

香の困惑をよそに、至って当然のように指示を出す撩。

香は、正直今すぐに自分の部屋に逃げたい面持ちだが、

逃亡は色んな意味で無駄だろうと、

いとも簡単に捕獲される自分が明瞭に見える。

はぁー…と大きくため息をつくと、

一拍置いてすっと息を吸い込んだ。



「も、もうっ、し、知らないっ!やればいいんでしょっ!やればっ!」



とにかくこの目隠しを一刻も早く取り去りたい、

もう訓練だろうがテストだろうが、どうにでもなれ!と

やけっぱち状態で観念する。

そのまま、

いやいやながらもゆっくりとベッドの端に腰を下ろした香は、

ぎしっと当然発するきしみの音にビクンとしてしまう。

左手を伸ばして枕の場所を確かめれば、

のろのろと窓側に頭を向けた。

自分が動く度に、

それに合わせてスプリングが反応する。

この時点で、撩はベッドの上にはいないことを確信しながら、

ソファー側にむかってやや右寄りに

ゆっくりと体を横たえた。

視覚をシャットアウトされた状態で、

撩のベッドにいること自体が異様だと、

これから、何があるのか当然心は穏やかでない。



「手は枕。」

同じことを繰り返された。

「あ、ご、ごめん。」

なぜか謝りながら、自分の顔の両サイドに手を持って来て、

くっと枕の端に指を添えた。

撩はようやくここまで誘導できたと、内心喜々としているが

それをおくびにも出さずに、

いたって平静な口調で続けた。



「んじゃ、やるか。」

「は、早く終わらせてよ!」

目隠しを一秒でも早く取り去りたい一心で訴える。

「そう焦るなって。じゃあ、まず第一問な。」

撩は、そう言うと

ベッドボードの上に置いてある観葉植物のそばに手を伸ばした。

ギシッという音と共に、香の左側が大きく沈む。

撩がそこに腰を降ろしたイメージがぼんやりと浮かぶ。

それだけで、また心臓がドキンと跳ねてしまったのに、

今度は、香の顔の右側から控えめのギ…という音がした。

「え?」

脳が状況を読み取ろうとする。

おそらく、撩は左手を自分の右手側について上半身を支え、

上から覗き込まれているのではと。

同時に、

くんとどこかで嗅いだ香水のような芳香を

嗅覚が捉える。

いつ嗅いだんだったかと思っていたら、

いきなり、ふーっと細い息を額に向かって吹き付けられた。

「ひゃあ!な、なによ!」

真ん中だけあらわになった香のおでこに、

ひんやりと柔らかいものがつと触れた。

「な、なに?」

「当ててみ?」



もうこれが訓練の質疑応答に入っているのかと、

香はこくりと喉を小さく鳴らした。



*****************************
(31)へつづく。







肛門裂傷の時の目隠しカオリンと
被らせて頂ければと…。

29-29 Let's Go To The Seventh Floor

第29部 Calm Day?

奥多摩湖畔から15日目   



(29) Let’s Go To The Seventh Floor ******************************** 3076文字くらい




「なっ、なに?!」

「このレベルの気配はまだ読めないワケね。」



頭の上から聞き慣れた楽しそうな声が聞こえて、

しかけた相手の正体を知る。

このタイミングで、どこぞの輩(やから)が撩の声色を真似て

こんなことをする可能性は低いだろうと、

本能的な感覚も

ニセモノ説を考慮しなくていいことに賛同した。



「なっ、なにすんのよ!」



圧迫を感じる両目部分に反射で手先がかかる。

指先に触れたのは折り畳まれた布地。

どうやら昼に使った目隠し用のバンダナを

再度同じように使われているらしい。

確か、リビングのガラステーブルの上に置きっぱなしだったはず。

抗議している間に、

素早くキツく布の端が頭の後ろで結ばれた。



「訓練だっつーただろぉ?」



この声色に、

護身術や射撃のような実地訓練がこれから始まるようには思えない。



今、自分は後ろから撩にバンダナで目隠しをされた。

しかも、簡単には取れないように。

困惑する香の鼻先をくすぐるのは、

風呂上がり特有の石けんとシャンプーの匂い。

わずか数分でもう上がったのかと、あまりにも短時間過ぎる入浴に

思わず冗談でしょと口に出そうになった。

その前に、直近の疑問を訴える。



「く、訓練って?あ、あたし、もう寝る準備をし」

「なお好都合だ。」

「は?」

香は、撩がいると思われるほうに振り向いた。

不思議なことに、

このところ執拗にべたついてくる相棒は触れてこない。

視野は真っ暗。

シンクを背に自分の立ち位置は確認できるが、

撩がどこにいるのか全く分からない。



「ど、どういうこと?」



がたりと音がした。

たぶん、撩が白木の長椅子に座った時に、

床で発生した重みのある摩擦音。

入口から見て、左側に腰を下ろしたような音源。

そう感じた香は、

撩がいると思われる方に顔を向ける。



「撩ちゃん、けっこう迷ってだんだけどぉー、

ここから香ちゃんを抱っこしてそのまま俺の部屋に持ってくかぁ、

それとも自力で移動してもらうかぁ、

どっちにしよっかなぁーって。」

「はい?なによ!ヒトを荷物みたいに!」

この時、撩は両手で頬杖をついて目を細め、

香を見つめていた。

しかも、風呂上がりの腰巻きタオル一丁状態。

実は、目隠しされている香が

自分の方にしっかり顔を向けていることが

かなり嬉しかったりするが、まずは説明を始めることに。



「おまぁ、とりあえず、このままここから7階へ行ってみ。」



シンクの端を掴んでいる香の手がぴくんと動いた。

昼間、香は目隠しをした状態で自主的にリビングを周回し、

停電や煙幕などの襲撃に備えて疑似訓練をやってみた。

それを今からまたここをスタートとして、

撩の部屋をゴールというコース取りで歩かなければならないのかと、

撩の言葉を繰り返した。

「え?見えないままで7階に?」

「そ。」

6年も住んでいる場所、間取りは当然頭に入っている。

しかし、非常灯も見えない状態での移動は未経験。

こくりと喉が鳴った。



「く、訓練、なのよね。」

「そ。」

「………せ、制限は?時間制限とかある?」

「うんにゃ。」

「………りょ、撩の部屋まで、行けばいいのよね。」

「そ。」

「………わ、わかった。」

香は、たぶん撩の中でストップウォッチが動いていると感じた。

もたついて、がっかりさせるワケにはいかない。

訓練という文言に、

真面目に向き合うスイッチがカチリと入った。



一回すっと浅く空気をすって、出発の合図とする。

背筋を伸ばして、

寄りかかっていたシンクから腰を離し、

右手をつと伸ばして、ダイニングテーブルの端を見つける。

そこから、木目に指を滑らせながら、

長椅子の角に自分の足が触れたのを確認して、

いつもと変わらぬ歩調で出口に向かった。

パタパタとスリッパの音だけが妙に耳に届く。

右手はテーブルの端に触れたまま、左手を長く伸ばして、

ドアの木枠を見つけた。

真っ暗闇でも、

触ったものから周りの風景が目の裏に描かれる。

テーブルから右手が離れ、香は廊下へと一歩踏み出す。

キッチンよりも気温が低いとより明確に感じた。

左手を壁から離さないままで、

香はカーディガンの襟元をくっと寄せた。

そのまま廊下を右に曲がると、

右側通行で壁を手すり代わりに、

次の扉に向かって出来る限りいつも通りの歩幅で前進する。

すると背後でパチンという電気を消す音と、

パタンとキッチンの扉が閉められる音が聞こえた。

おそらく距離を置いて、様子を伺っているのだろうが、

あまり気持ちのいいものではないなと、

香は急ぎでゴールを目指すことにした。



「たぶん、このへん、だと…。」



吹き抜けに繋がるドアの位置をさぐるべく、

右手を添えていた壁に背を向けて、

両手を伸ばして反対の壁に接近する。

「あれ?」

思った場所になにもない。

ここの廊下は、こんなに横幅があっただろうかと、

またも思い込みの感覚に惑わされる。

「あ、あった。」

指先に触れたのは、ドアではなくどうやら壁らしいが、

この場所から左右どちらにノブがあるのか、すぐには分からなかった。

まずは、横歩きで右に移動するが、目的のものに触れられない。

ということは、もっと左に出口があるということかと、

香は、左に向き直ってパントマイムをするように

壁に触れながら左に横歩きをする。



「な、なんで?」



ドアが見つからない。

ここの廊下、こんなに短いはずないのに、

自分が最初に奥に行き過ぎたかと

現在地に自信がなくなり始める。

不安がちらりと見えたところで、指が蝶番を見つけた。

「こ、ここか…。」

はぁ…と、肩から力が抜ける。

もし、停電になったり、目を負傷して視力が奪われたりしたら、

こんな移動も簡単に出来ないのかと、

日頃の視覚依存度の高さを改めて思い知る。



かちゃりとノブを回し、書棚が並ぶ吹き抜けに入れば、

より一層気温が低いことを肌で実感する。

自分のすぐ左手には、7階への階段があり、

つま先でその段差を見つける。

ここは、左寄りで歩くと階段を登り切ったところで、

途中壁がなくなるところがある。

香は少し迷って、階段右詰めに立ち位置をずらし、手すりに指先をそえた。

あとは、いつも通りの歩き方で、トントントンと登って行く。

たったこれだけで、とてもエネルギーを使った気がすると、

毎日のように使っている場所を、

ただ目隠しして歩くだけで、

こんなに世界が違うように感じるものなのかと、

思うように三次元を認知出来ない事実に唇をきりっと噛んでしまう。

昇り切ったところで、

ここから何歩のところで撩の部屋の前なのか、

いつもどうやって撩の部屋に行って起こしに行っていたか、

イメージを頭の中で浮かべる。

あまり考えていても時間ばかりとってしまうので、

最後の扉を目指して一歩を踏み出した。



「だいたいこのへんのはず…。」



目測で一旦停止。

柵を背にして、撩の部屋があると思われる方へ顔を向ける。

ゆっくり両手を前に向け、触れるものを探して通路を横断。

想像した場所で、指がつんと平面に当たった。

壁を雑巾がけするように手の平を這わせたら

左の小指にまた蝶番があたり、ドアの場所を特定できた。



「つ、ついた…。」



で、ここからどうしたらいいのか分からない。

一応、真っ暗な中で撩の部屋の前まで辿りついた。

中にこのまま入ってもいいものなのか、

それとも次の指示を待ったほうがいいのか、

香は、自分の後ろからついて来ているであろうオトコに、

確認をとってみることに。



「ね、ねぇ、撩、ドアまで来たけど、このあとどうするの?」



香は扉に両手の平をひたりと当てたまま、

顔を階段の方に向けて話しかけた。

「開けて入ってこいよ。」

「は?」

撩の声は、なぜか部屋の中から聞こえてきた。



*************************
(30)につづく。





【誤植修正!】
パートマイム⇒パントマイムに直しました!
中学生の時から、
ずっとパートだと思い込んでおったぁ…。
ご連絡感謝!
2014.06.06.09:48

プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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