11-15 Heart Attack

第11部 Memory Of Chinderella 

奥多摩湖畔から6日目


(15) Heart Attack *************************************************************2935文字くらい



1階駐車場のシャッターがガラガラと閉まる。

香はその音ではっと目が覚めた。



「…あ。」



片目を押さえて周囲を見ようとすると、

助手席のドアが開いて、撩が覗き込んで来た。



「あれぇ?起きちゃった?」

「ごめん、眠り込んで着いたの気付かなかったわ…。」

「ざぁんねぇーん。このまま撩ちゃんの部屋に持っていこうかと思ったのにぃ〜。」



左手をクーパーの屋根について、

いたずら坊主のような笑みを香に向ける。

ぼっと赤くなった香は、スコンと1tハンマーを投げた。

「って!」

「持って行くのは、買い物袋をキッチンに、でしょ!」

(んとに、今まで散々男女とか言ってたくせにぃ。

どうしてここまで態度を変えられるのかしらっ。)



照れ隠しをしながら、よろけた撩を押しのけてトランクを開けた。

自分のカバンを持ち直し、買い出しの時についでに購入した

自分たち用の食料や生活消耗品が入った袋を3つ抱えた。

「ねぇ撩、手が足りないからあと2つ持ってくれる?」



顎をさすりながら撩はぷいっとそっぽを向く。

「ご褒美くれなきゃ、運んでやんない。」

「は?」

子供っぽく捻くれた撩に、きょとんとする香。

一拍置いて、あっ…、と短い呼気を出し、

眉を寄せて、小さくうつむいた。

確かに、さっき撩が作ってくれた時間や、

急ぎで横浜と都心部とを往復させたことを考えると、

ついハンマーを投げてしまったのは、失敗だったかと、

思いやりが欠けていたかもしれないと、

香はちょっとバツが悪くなる。



「……まぁ、いいわ。あんたも運転で疲れているだろうし、

あたしが往復するから、別に手ぶらでもいいわよ。」



何を勘違いしたのか、

香はそのまま階上に続く扉に向かおうとする。



「ったく、おまぁは、どーしてこーゆーことに鈍感なのかねぇ。」



それが、香の耳に入った時には既に、視界一杯の撩の顔。

同時に後ろ頭を支えられて、

ぱくっと食べられてしまったのは自分の唇。



「んんっ!」



両手がふさがったまま、いきなりの熱のある接触。

ちゅっと音を立てて離れる撩。



「な、な、なっ!」

「こーゆーときは、

『あとで、たあっぷりお礼するから運んでくれるぅ?』

って言うんだぜ。」

耳元で囁く撩。

ぼしゅっと香の耳から湯気が出る。



いつの間にか、持っていた3つの袋が撩の手に移り、

残りの2袋も器用に荷台から出して、ハッチをばたんと落とした。

「一部、前払いで、残りは後でのお楽しみっつーことで。」

香は、まだ口をぱくぱくさせながら立ちすくんでいる。



「さ、行くぞ。」

2つの袋をぶら下げているほうの手で香の背中をつと押してみる。

よろっとした赤い香は壁に手をつきながら、

先に階段を昇ることにした。



「どったの?香ちゃん。」

5つの買い物袋を持ち、香の斜め後ろを歩きながら、

撩はにやにやしながら尋ねる。



「……はぁ。」



ゆるく溜め息をつく香。

カサカサと買い物袋のビニールが擦れる音が

妙に耳に響く。



一日に何回も受ける、不意打ちを含む撩からのキスと、

今までになかった言動の数々。



心臓がもたない。



冗談抜きで、どこかの血管がちぎれてしまうんじゃないかというくらい、

香にとって交感神経からの刺激が多過ぎるのだ。

「ぅ〜。」

言葉が出ない。



依頼人やナンパ相手に、甘い言葉を吐く撩を何度も見て来た。

それがいざ多少なりとも、自分に向けられるようになると、

戸惑い、動揺し、混乱する。

香は赤い顔のまま、トクントクンと自分の心音が胸骨を叩くのを、

左手で感じていた。



「心臓発作起しそう…。」



階段を昇りながら、ぼそっと呟く。

「そんときゃ心肺蘇生してやらんとな。」

撩が明るく後ろから声をかける。

その声色の裏側では、冗談じゃないと、香の心臓が正常でない状態など、

あってたまるかと、沸き上がる不安をひた隠しにする。



香は、きっとこの男の心肺蘇生なんて、

胸もんで、ちゅうされておしまいって感じかもと、

エロオヤジモードの撩しか思い浮かばなかった。

その一方で、本当に自分の心臓が止まったら、

どうなるのだろうと、左手を見ながらふと思った。



すなわち、死を意味するその停止。

いつかは、必ずその日が来る。

問題は、その迎え方。



香は押し黙ったまま、5階の玄関まで辿り着く。

「い、今開けるから。」

両手が塞がっている撩の代わりに、自分がカギをまわす。

やや、ぎこちない動作の中で、いつものキーホルダーが揺れた。



「さ、先に入っちゃって。」

ドアを支えて荷物を持つ撩を促す。

「あいよ、全部キッチンでいいか。」

撩は靴を脱ぎながら、振り向き様に確認する。

「うん、お願い。」

香も後に続いて撩の背中を追う。



自分の死は、間違いなく、

この男に深く重い十字架を背負わせることになる。

そう簡単に死ぬ訳にはいかない。



香は、撩の広い背中を見つめながら、そんなことを思い返していた。

そして、つい1週間前、撩のためなら命は惜しくないと、

本気で覚悟し、死を受け入れる心境を実体験した。

失いたくないのは、撩の命。

それ以外のものは失っても構わない。

ある種の極限状態で、

自分の持つ深く間違いのない考えが明確に湧き出て来たあの時。





「あー、重たかった。ボクちゃん、よく働いたもんねー。」

どさっと白木のダイニングテーブルに5つの買い物袋が置かれる。

香は、トリップしそうになっていたところを、はっと引き戻された。



「あ、ありがと。あ、先にお風呂入って来ちゃって。

あたし、その間に買ったもの整理するから。」

撩は、一つの買い物袋を指でちょいっと開けて覗きながら、

おもむろに口を開いた。



「……おまぁさ、今、すっげー暗いこと考えたろ。」

「えっ?」

ぎくりとする香。

「せーっかく、あん時の仕切り直しができたっつーのに、

気分沈めてどぉーすんだ?」



撩は片手で香の頭を自分の胸に引き寄せた。

「っぁ。」

香の髪に口付ける。



「……死なせやしないっつったろ?」



ぴくんと香の肩が揺れた。

なぜ、この男は自分が考えていることが分かるのか、

香は撩の胸に額をつけたまま、ふぅーと少し長い息を吐いた。

ごまかしを含めた口調で返事をしてみる。



「……あ、あれ?そんなこと考えてる顔に見えた?」

「見えた。」



撩は、さっき香自身が発した心臓発作という単語に、

自らが過剰に反応してしまい、

余計な想像力を働かせてしまっていたのは、

後ろから感じる気配でなんとなく掬い取っていた。



「……も、大丈夫、だから。…ちょっと違う考え事してただけ。

は、早く荷物片付けなきゃ。」

つと撩から離れる香を、

撩はくっと引き寄せ今度は両手で抱き込んだ。

20センチ下の小さな顔を覗き込む。



「なぁんだかカオリン、ブルーのまんまだからぁ、

一緒にお風呂入って楽しぃ〜ことしよっかぁ♡。」



また心拍数が上がり、血圧上昇、激しい血流で全身が赤くなる。

次の瞬間、ドンという音と共に、撩が視界から消える。

再度出現した恥じらいハンマー100tで

床とハンマーの間でサンドになる撩。



「だ、か、ら、心臓に悪いのよ…。」



目を閉じたまま落としたハンマーの柄を握る香。

「ま、…まだ、だめっすかぁ?」

ハンマーの下でまだ聞いて来る撩。

「で、で、出来る訳、な、ないっ、じゃない!

とりあえず、き、き、き、着替え持って来るから、早くお風呂入っちゃって!」

香は、ぱたぱたと7階に向かった。



「起伏が激しいこって。」

むくりと起き上がった撩。

くすりと笑い、頭をぽりぽり掻きながら、脱衣所に向かった。


****************************
(16)につづく。





カオリン、間違いなくあの時、死を覚悟していましたよね〜。
浦上まゆこ編での山荘では、互いに「大丈夫、やれる」と
アイコンタクトがあったと思いますが、
クロイツの時の香は、撩がロケット弾に小細工を施していることは、
全く考えていなかった様子。
銃口を向けられた時点でも既に、
心を決めていたのかもしれませんが、
ロケット弾を目にした時から
それが地面に落ちるまでの、ほんの数十秒、
「あなたのためなら死ねる」と死を受け入れたあのシーンは、
大人になってから読み返し、かなり衝撃を受けました。
だから、香ってすごいのよ。
それを目の当たりにした撩ちん、もうほっとけんだろぉ〜。

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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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