13-02 Kozue's Watching

第13部 A Week After The Okutama Lake

奥多摩から7日目


(2)Kozue’s Watching **********************************************************3546文字くらい



8時45分、

食事が終わった香は、食器を洗い、夜のメニューの確認をして、

ミルを挽き始めた。

「先にこれだけしとけば、出発前に飲む時間がちょっとはとれるかな。」



9時、

香は一度7階に行き、

残っていたバスタオルや、撩の服の脱ぎ捨てなどを回収。

ついでに、さっき空気の入れ替えのために開けた窓を閉め、

脱衣所に降り、ランドリーバスケットの衣類を洗濯機に放り込む。

「これを乾燥機に入れれば、あとは大丈夫よね。」

再びキッチンに戻って、ヤカンを火にかけた。

「あ、そうだ。」

そのまま香は、自分の部屋に荷物を取りに行く。



さっきも着替える時、感じたのだが、

使用頻度が減っているためか、この1週間で少し埃っぽくなっている気がした。

香は、ベランダ側の窓とベッドの脇の窓を開けて、新鮮な空気を取り込む。



「あとで、掃除機かける時間があるかしら?」



ショルダーバックを持って振り返りながら部屋を出た。

キッチンでは、お湯が沸騰直前。

香は、バッグの中から財布を取り出して中身を確認した。



「今日、カードを教授に返すの忘れないようにしなきゃ。」



他、領収書や明細の入った封筒もチェックして、

かずえの指示書にも目を通す。

ヤカンが鳴ったところで、コーヒーを用意することに。

やはり食後にこれがないと、どうもしまらない。

コーヒーカップ2つに注ぎ、トレーに乗せてリビングへ向かう。



「りょぉ〜、コーヒー持ってきたよー。」

リビングの戸を開けると、香はぎょっとした。

(撩が、…浮いている?!)

正確には、撩がベランダでいつもの片腕懸垂をしていただけなのだが、

香がナマでそれを見るのは初めて。



何の心の準備もなく視界に入ってきた光景に、

危うくトレーを落としそうになった。

「うわっと!」

カチンとカップが鳴る音が、香を我に返した。



「そ、そ、そう言えば、ま、前に、こずえちゃんが言ってたわね…。」

なんのマジックだか、イリュージョンだか、さっきの透視事件(?)もあり、

状況を頭が理解するまで、数歩の時間が必要だった。

トレーをガラステーブルに置く香。

「ホントだったんだ…。」

ぼそっと呟く。



リビングに入ってきた香とすぐに目が合い、

撩もあちゃとバツが悪そうな顔をして、

すたっと足をつけた。

「なぁにがぁ?」

ちょっとごまかし気味に聞き返す撩。



本当は、リビングに近づいた香の気配をちゃんと読んで、

部屋に入ってくる直前に、

ソファーで愛読書を読むスタイルになるつもりだった撩。

しかし、最近ことのほか、

無意識に気配を消すことが身についてしまった香。

しかも、殺気もなく、感情の起伏も殆どない状態で、音を立てずに来られる接近は、

撩もドアが開く直前まではキャッチできなかった。

正直、まじめにトレーニングをしているところは、

こっ恥ずかしくて見られたくなかったが、

香がつぶやいた『こずえちゃん』という単語に、あの時の記憶が蘇った。



「はい、コーヒー。」

カップを差し出す香。

どさっとソファーの短辺に腰を下ろす撩。

「さんきゅ。で、こずえちゃんがどうかしたか?」

腰につっこんでいたタオルを抜き出し、軽く汗を拭いながら、カップに口を付ける。

「あ、…あのね、こずえちゃんが前に教えてくれてたの。」

「へ?」

「撩のこっそりトレーニング。」

ぶっと撩がコーヒーを吹いた。

「なっ、なぁーにやってんのよっ!」

香が、慌てて布巾でテーブルを拭く。

更にバツが悪そうにタオルで口元を拭う撩。



「……こずえちゃん、あたしがいない時しかやってないって言ってたから、

半信半疑だったけど、ホントだったのねぇ。あの穴の謎。」

ソファーの長辺側に座っている香は、何食わぬ顔をしてコーヒーを飲む。



「よく観察しているこって。」



ちょっとぶすっとした顔の撩も、気を取り直して飲み始めた。

いつもなら、ミックも香もいない時にしかしていなかったが、

この1週間は先送り気味にし、体がなまっていると何かとマズいので、

ちょっとだけ、のつもりで片腕3本指懸垂をしてしまった。

すでにこずえの望遠鏡から、タイミングまでチェックされていたとは、

隠し事がバレてしまったことに、感情の行き場がない。

飲み終わった撩は、

カップをテーブルに置きながら、香の隣へつと移動した。



「なっ、なによ!」

瞬時に赤面し、体を斜めにして警戒する香。

「ボクちゃん、夕べ運動不足だったからぁ〜、

お出かけ前に軽〜く運動しとこっかなぁ〜と思ってぇ〜。」

腰と後ろ頭に手を回され引き寄せられて、近づいてくるタコちゅう顔の撩。

「ぶっ!」

「だめだわ…、スケベ顔だと反射で出ちゃう。」

撩の顔にめり込んでいるミニハンマー。

そのまま、どさっと後ろにひっくり返る撩。



「なんか、このところ落ち着いてコーヒー飲めないじゃない。」

頬を染めたまま、眉間に浅いシワを寄せ伏せ目の香は、

抑揚のない口調でそう呟いた。

自分も飲み終わって、トレーにかちゃかちゃとカップを片付ける。

「さ、そろそろ洗濯機終わったかなぁ。」

少しだけ火照りを残した香は、

ひっくり返っている撩をそのままに、リビングを出て行った。



キッチンに戻ると、手早く食器を洗って、コーヒーセットを片付ける。

「さてと、洗い物はっと。」

脱衣所に向かいながら、

さっきの撩の言動を思い出しクスクスと思わず肩が揺れた。



きっと、あのドスケベ顔で迫ってくるときは、

空気を変えるための演出。

依頼人相手の時もおそらくそう。

(不思議よねぇ、同一人物なのに、真面目な時は絶対逃げらんないし。)



今日で奥多摩から戻って来て1週間。

幾度も繰り返すこの慣れないやり取りの中で、

ほんのりと何かの傾向が見え始めてきた。

(でも、まだ余裕なんかないな…。)



香はそんなことを考えながら、

洗い終わった衣類を乾燥機に移し入れた。

スイッチを押して、廊下に面している物置から掃除機を取り出し、自室に向かう。

空気が入れ替わり、やや気温が下がった客間。

香は、ざっと床にノズルを這わせ、簡単に掃除機をかけた。

モーターの音が、リビングまで伝わる。

一巡してから、電源をオフにして、コードを巻き取った。

開けていた窓をゆっくり閉める。

部屋を出る時は、

いつも槇村の写真を見て戸を閉めるのが習慣になっている。

この部屋で寝なくなった自分のことを兄はどう思っているのか。



夕べの『都会のシンデレラ』の仕切り直しを思い出して、ふっと顔が緩む。

「ア、アニキ、…心配しなくてもいいからね。」

顔を赤らめて、掃除機を運びながら、

ジャケットを手に持ちキッチンに向かう。



9時50分。

そろそろ出発しなければならない時間。

香は、椅子に荷物と服を置き、トイレと洗面所に行き、用を済ませてから、

バタバタとキッチンに戻り、換気扇やガスを確認して、

上着を羽織り、ショルダーバッグを手に、リビングへ向かった。



「りょおー、そろそろ出れる?」

開けると、また誰もいない。

「あ、あら?上かしら?」

目で、リビングの窓も閉まっていることを確認すると、吹き抜けのフロアの戸を開ける。

ちょうど、撩が自室から降りてくるところだった。

着替え終わっていつものスタイル。

「行くか?」

「う、うん、もう出れる?」

「ああ、いい時間だな。」

合流して、5階に続く玄関に降りる2人。

「また駅に寄ってからか?」

「あ、うん、お願い。」

靴を履きながら答える香。

がちゃりとドアが開く音が妙に鮮明に聞こえる。



毎日往復しているこの入り口に、

あの時の時間がふと頭に過(よぎ)る。

階段を降りながら、湖畔での節目を思い返した。



「……1週間って、あっと言う間だわ…。」

香の呟きを聞き、撩はピクっと眉を上げたが、

すぐに目が細まり香の肩を抱き寄せた。

「っわ、った!」

よろけた香は思わず撩の服を掴んだ。

「い、い、いきなり危ないじゃない!」

ぱっと手を離す香。

火照りながら怒鳴っても迫力減。

「まぁ、こんだけ慌ただしけりゃ、早く感じて当然だろ。」

そのまま階段を降りて行く。



結婚式に、狙撃に、拉致に、救出に、

入院に、治療に、依頼に、通いに、

日々の雑事に、激変した関係にと、

単語を並べるだけでも、濃密過ぎるセブンデイズ。



「今日で一区切りなんだろ?」

「うん。」

駐車場に付き、クーパーの鍵があけられる。

「ほれ、早く乗れよ。」

またらしくもなく助手席のドアを開ける撩の姿に、かぁと血圧があがる。

「あ…。」

あまりにも照れくさくて、続きの『りがと』が音にならない。

たぶん、誰かが見ているところでは、決して見せることのない行動だろうと、

香はぼんやりと思った。

照れ隠しに、何かしゃべらなければと口を開く。



「み、美樹さん、早く治って欲しいな…。」

運転席に座った撩が言う。

「大丈夫だって、美樹ちゃん、元気いいし、リハビリもうまくいくさ。」

「そ、そうね。」

「じゃ、出るぞ。」

アパートから小さな赤い車が、

駅に向かって、街の雑踏に溶けていった。


****************************************
(3)につづく。





牧原こずえちゃんのウォッチングはナイスジョブでしたね〜。
彼女は、連載当時おそらく10歳くらい。
「あたしが結婚できる年になても香さんはギリギリ20代」という
セリフから小学校4,5年生の計算。
1988年から10歳引くと、1978年生まれあたり。
現在、アラサーということになるのかな?。
彼女の未来も勝手に妄想ネタになりそうです。

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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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