01-13 Novemver 12

第1部 After The Okutama Lake Side


(13)November 12 **************************************************************4268文字くらい




「…ねぇ、撩…。」

暫くして、沈んでいた気分を切り替えるように、香が小さく声を出した。



「んぁ?トイレ休憩か?」

「ううん、違うの。まだ休憩はしなくても大丈夫。…あ、あのね。」

今度は、何を言い出すのか、次の言葉を待ってみる。

また、ほんのり顔が赤くなり始めた。



「…えーとね、たぶん、さゆりさんが来た頃だったと思うんだけど…。」

「さゆりさんって、立木さゆりさん?」

撩にとっては、かなり特別度が高い元依頼人だ。

何と言っても、香の実の姉である。



「3年くらい前か。」

「あぁ、もうそんなになるんだ…。」

何年前かは、香自身ちゃんと記憶していなかったようだ。

「その年のね…、11月12日の深夜って、何をしていたか、…覚えてる?」

突然具体的な日付を言われて、何のことだ?と

あの頃のことを記憶の引き出しから色々出してみた。



「んー、さゆりさんが帰った後?」

「そう。たぶん、そのちょっと後くらいよね。11月って。」

「深夜って、午前1時とか2時とか?」

「日付は12日に変わっていたと思う。」

(ちょっと待て?

だいたい、その時間は、俺は飲み屋のおねーちゃんと騒いでいるとか、

オカマバーで遊んで情報収集とか、裏の仕事をする時間帯だな。)

「うーん…。」



撩は考えを巡らす。

(さゆりさんが来た頃の…、3年前の11月、3年前の11月…12日。)

「あ…。」

記憶の引き出しから該当する場面が出て来た。



撩は、教授経由の依頼で、

麻薬組織の重要人物を狙撃したことがあった。

確かその日付と同じだ。



そして、久しぶりの殺しの仕事に、さゆりの件の余韻も残り、

どこかしら、撩の心に表現しがたい揺らぎが出ていた。

以前なら、女を買って一時的に気を紛らわすことをしていたが、

その時は、そんな気にもなれなかった。



深夜2時頃にアパートに帰った撩は、

ライフルから醸し出された硝煙の臭いを落とすため、

まずはシャワーを浴びた。

浴室を出て、右に曲がろうとしたが、

寝る前に何となく香の寝顔が見たくなって、つま先は左に向いた。

客間の扉の前。

首にタオルをかけたままの撩は、

気配を読んで香が寝ていることを確信してから

そっとノブに手をかけた…。



「……か、かおり、しゃん…。」



記憶が鮮明になっていき、こめかみから汗がつっと落ちる。

「……もしかして、あの日、……起きて、…たの?」

ハンマー、こんぺいとう覚悟で、恐る恐る聞いてみる。



「……思い、出した?」

香は、撩のその一言で、話しを続ける決心をした。

寄り掛かったまま、少しばかり緊張する。

フロントガラスの奥に視線を向けつつ、香はゆっくりと呼吸を整える。



あの日、全力で気配を消して、香の部屋にそっと入った撩は、

寝顔を見たらすぐに部屋を出るつもりだった。

しかし、窓から漏れる夜の街の明かりが

香の横顔を妖艶に照らしている様が目に入り、

その光景に見惚れてしまった。

そのまま、撩はドレッサーから静かに椅子を引いて来てゆっくり腰を下ろし、

しばらくベッド脇で香を眺めていたのだ。

おのずと腕が動き、指先でくせっ毛につと触れてみる。



不思議な感覚だった。

殺しの仕事をした後にいつも感じる、

どす黒いものが渦巻くような心の中を、

香の寝顔を見ているだけなのに、

それが、スーと浄化されていくような、何かがリセットされるような、

まるで自分の中の何かが、

新しいシーツに取り替えられたような、そんな気分を味わってしまった。

ふいに、香が寝返りをうち、艶やかな口元からかすかな声をもらした。



「…りょ……。」



気付いたら、香の唇に自分の唇を重ねていた。

殆ど触れるか触れないかの超ライト級のフェザーキス。

無意識かつ反射だったとしかいいようがない。

「……ん…。」

香はわずかに身じろいだ。

慌てて身を離した撩は、年甲斐もなく心臓がバクバクと弾んでいた。



焦る一方で、心は壮快かつ爽やかになり、

寝顔とキスで、自分の闇が溶けてなくなったような気もした。

何かが溢れ出てきそうになる。

これ以上、ここにいてはセーブがきかなくなると、

撩はふっと口角をあげ、音を立てずに立ち上がると、

また椅子を元に場所に慎重に戻し、

そっと部屋をあとにした。



「…11月12日はね、アニキの、…誕生日なんだ。」



グッと撩の胸の中の何かが握られた。

(確か、あいつの運転免許証をちらっと見たことがあったが、

たしかそんな日付だった気がする。

男の誕生日なんて覚えてらんねぇしと、データからは消えかかっていた。

命日は忘れようがないが…。)



香は、ゆっくり話を続けた。

「……ずっとね、…夢を見てたに違いないって思ってたの……。」

(だって、お前、しっかり寝息たててたぞ。)

「…撩も、翌日は何もなかったように、ごく普通に過ごしていたし。」

(そりゃそうだ。)

「きっと、アニキが誕生日の記念に見せてくれた夢だって、そう思っていたの。」

(熟睡していると確信していたんだが、こりゃバレてたってことだよな…。)

「…でもね。」

ちらっと、香が俺のほうに潤んだ視線を送る。

「髪の毛に触れた指も…、残り香も…、

ドアが閉まる音も…、どれも感覚が覚えているみたいで…。」

すぐに逸らされた、恥じらいと戸惑いとを宿す瞳。

それはすぐにある決意の眼差しへ変わった。




「今までは、自分に都合のいい夢を見ていただけ…、

そう信じていたけど、

今日のことで、…夢じゃ、…なかったことに、しようかな、…と思って。」



撩は白旗を上げた。

(まいった…。本当にまいった…。)

隠し通すことは完全にあきらめた撩。

(まさか、槇村の誕生日だったとは。

だからこそ日付までも香は覚えていたのか…。)



「……じゃあ、槇ちゃんの誕生日が、ファーストキスの記念日だな。」



ついに観念して、撩は白状した。

香は目を見開いた。

「………。」

(ハンマーか、簀巻きか…、いや運転中は勘弁してくれぇー。

帰ったらいくらでも甘んじて受けますっ、受けさせて頂きますからっ!)



「…アニキの誕生日なのに、あたしがプレゼントもらっちゃった訳だ…。」



穏やかな口調で紡がれた言葉に、今度は撩が、目を見開いた。

「……すまん。」

「え?何が?」

「あ、い、いや、…その、…お、おまぁの同意も得ずに

随分勝手なことをしたな、…と。」

撩は、もう目を合わせられずに、運転もそぞろになりかける。

そんな撩の姿を見ながら、香はくすりと笑う。



「……部屋に来たの、1回だけ?」

(ぐっ!)

ハンドルを握る手が汗ばむ。

(さぁ、どうする?何と答える?俺!)

「……おまぁは、何回だと思う?」

「え?」

香の表情は分かりやすい。

今、その顔は、その1回だけじゃなかったの?と

書いてあるように見える。

(しまった…。墓穴だ…。…これも白状しちまったほうがいいか…。)

「……俺も、回数は分からん。」

「は?」

(いや、本当なんだって。

死ぬまで秘密にしておくつもりだったけど…、

バレちまったもんはしかたないなぁ。

それだけ香ちゃんにメロメロだって証拠よん♡)

なんてことは、口に出せる訳なく、

決して、いい加減な気持ちではなかったことを

どうやって伝えようかを、持っている国語力をフル回転させた。



しかし、そんな撩の焦りをよそに、香が先に口を開いた。

「………そのうちの何回かは、…寝たふりしてた、って言ったら信じる?」

撩は、運転中なのに、白目になりかけた。

きっと飲み物を飲んでいる最中に聞いていたら、

間違いなく霧状に吹き出している。

(今、香何ってった?)

ちらっと横を見ると、香はくすくす笑っている。

「ぷっ、ふふふふ、あーっおっかし!」



ここは怒るところで、笑うところでははないのだろう、

と疑問符が頭に浮かぶも、

アクセルを踏みながら、展開が推測できないことに焦りを覚える撩。

(寝たふり?いや、覗きに行ったときは、

完全に熟睡している気配に間違いないと自信があったのだが。

俺が騙されてた?スイーパーのこの俺が?)



「…いくつか、…謎が、解けたわ。」

「謎?」

「そう、謎だったこと。

撩…、教えてくれて、ありがと。…秘密のキス。」

からませた腕にキュッと力が入る。

照れと動揺と焦りが撩の全身を駆け巡る。

「かっ、香?おまぁ、怒んないの?ハンマーは?こんぺいとうは?」

「……あんた、そんなにあたしに潰されたいの?」

「い、いえ。遠慮させて頂きます…。」



てっきり、激怒の香を見ることになると覚悟していたが、

また読みがはずれた。

秘密のキス、絶対にバレてはいけない、

自分だけの秘密のはず、だった。

まさか、ここで香からこの話題を持ってこられるとは。

(…やっぱ、おまぁは、すごい女だ。)



最初の11月12日を境に、

寝顔とフェザーキスを頂きに、何度しのびこんだことか、

撩自身ももはやカウントできない。

半ば中毒となっていたのかもしれない。

どんなにアルコールを胃に流し入れても、

どんなに女を買っても、癒されることのなかった、

黒く濁っていたものが、香の寝顔だけでクリアになるのだ。




気配を消した撩と寝ぼけた香、日常のやりとりがやりとりなだけに、

夢か現実かと迷った時、

「現実であるはずがない」と芽生えたかすかな可能性を否定し、

どんなに紛らわしいことがあっても、

「夢に違いない、自分の醜い欲望が見せた夢」

香はそう片付けることにしていた。



夢か現実か分からなかった「秘密のキス」の謎が解け、

決して、悪ふざけやイタズラなどの

いい加減な気持ちでされたものではなかったことを感じ、

数年間持ち続けて来たモヤモヤ感が一気に晴れた。

それを「怒らないのか?」と問う撩に、

何だか母性をくすぐられる感覚が降って来た。



簀巻き、コンペイトウが出てこないことに安堵した撩は、

次のセリフに迷っていた。

「んじゃ、これからは秘密にしなくてもいいんだもんねぇー。んっー。」

わざとスケベ顔の緩んだ表情で尖らせた唇を向けてみる。

「ぶっ!」

計算通り、ミニハンマーが顔面にめり込んだ。

「ちゃんと前向いて運転してちょーだい。」

「しゅ、しゅびばせん…。」

ぽろっと落ちたハンマーにいつもの空気を感じ安心感を覚えた。



香は、撩の腕に寄り掛かり、自分の腕をからませたまま、

小さく呟いた。

「ほんと、さゆりさんの時もそうだったけど、

今までいろいろあったわよね…。」



撩も、これまでの道のりを思い返す。

ますます手放せなくなっていくことを実感しながらも、

表に返さねば、自分と一緒にいてはいけないと、

天秤が揺れ動き続けていたこの数年。



銀狐の時、さゆりの時、マリーの時、ソニアの時、ミックの時、

そして海原の時、と過去のページがめくられる。



(様々な波が次々と押し寄せたのに、お前は波にさらわれることなく、

俺の元にとどまってくれた。)



もう、迷いはない。

撩は、早くアパートに戻りたくて、中央自動車道に入ると、スピードをあげた。


***********************************
(14)につづく。





多くのCHの二次小説で、
撩がこっそり秘密のキスをしていたお話しは、
もはや共通設定になっていると言ってもいいかもしれません。
ワタクシもこの仮説は大賛成。
次原舞子ちゃんが登場する初回の第134話では、
1987年9月ということで最終話から約4年前、
この時は、きっと撩ちんはちょっとお遊びモードで
気配を消さずにカオリンの部屋に侵入、
隣のビルへの侵入で真の目的(寝顔だけ見に来た?)を
ごまかしたっぽいですが、
あの香ちゃんのドキドキする表情が可愛くて、
もうそのまま襲っちゃえーという気分でした。
たぶん、撩にとってもそのシチュは忘れられない
心地良い思い出になっていたかもと。
そして、その1年後、さゆりが来た年のタイミングで、
また香の部屋に入ってしまった撩を捏造しました。
さゆり登場滞在を1988年9〜10月として
その後しばらくしてという時期を11月12日にした訳ですが、
気付いた方はいらっしゃいますでしょうか?
アニキ槇村秀幸の声優をされていた田中秀幸さんのお誕生日を
当方のサイトでは槇兄ぃの記念日として頂戴しました。
秀幸の名前も声優さんからもらったものであるのは、
知る人ぞ知るネタですが、
だったらお誕生日も同じにしちゃえ!と、
香と撩の一つの記念日に重ねさせて頂きました〜。
ちょっと無理矢理すぎ?

【追記・改稿】
さっき、1988年11月12日の月齢を調べたら、
細い三日月でした…。
香の寝顔を照らしていた「月明かり」の表記を
「夜の街の明かり」に変えさせて頂きました…。
くっそー、せめて半月だったらそのまま変更なしだったのにぃ。
下調べ不足で失礼しました…(泣っ)。
2012.05.21.14:58


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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


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ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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