13-05 Pork Miso Soup

第13部 A Week After The Okutama Lake

奥多摩から7日目


(5) Pork Miso Soup ************************************************************4304文字くらい



「今、注(つ)ぎますから!」



慌てて食堂に駆け込んできた香は、豚汁の鍋のフタをぱかっと開けた。

(よかった、まだ十分温かいみたいね。)

立ち上る白い湯気に一安心。

そこに撩もやってきた。



「みぃーきちゃぁーん、キズいたくなぁい?撩ちゃんが診て上げよっかぁー。」

指をわにわにと動かしながら、美樹の両肩に手を乗っけようとする撩に、

スコーンと予備のオタマがヒット。

「って!」

「撩、大人しく席についてちょーだい。

あんたを探していたせいで遅くなっちゃったんだから。」

「へーい。」



顎をさすりながら、しぶしぶと椅子に座る撩。

香は、涼しい表情で、どんぶりにオタマを往復させ、

刻みネギを散らして4人分を用意する。



「ねぇ、冴羽さん、

……別にわざわざこれまで通りにしなくてもいいのよ?」

「へ?」

突然の美樹の突っ込みに撩はやや固まる。

配膳していた香も一瞬手が止まる。



「ほほほほ。」

教授がカラカラと笑い出す。

「な、なんすか!教授っ。」

またこのタヌキじじいが何を言い出すか分かったもんじゃないと、

撩は半ば本気で教授の口を押さえたくなった。

「まぁ長年のクセじゃて、『外』では、そうそう変えられんのじゃろ。」

「は?」

香はきょとんとしたまま。



「まぁ、それもそうですね。」

美樹も納得して頷(うなず)く。

「さて、頂くかの。今日もまた楽しめそうじゃ。」

「寝ているだけなのに、お腹ぺこぺこ。いっただきまーす。」

美樹は、れんげを嬉しそうに丼に泳がせた。

「美樹くんよ、体操は程々にしとくほうが、ワシも安心なんじゃが…。」

「はーい。」

美樹はペロっと舌を出した。



撩と香をそっちのけで、

会話をする2人に、香は話しが殆ど読み取れなかった。

4人の食卓、撩はぶすっとしたまま、おにぎりを頬張り始めた。

顔の下半分がぷっくりと膨れたままもしゃもしゃと無言で咀嚼。

このまま一緒にいたら、何を言われるか分からないので

さっさと食べ終わってこの場を去る作戦に出る。



「撩よ、少し落ち着いて食わんか。」

ちらりと撩を見ながら教授がさとす。

「んなの、こっちの勝手です。」

無関心の振りをして急いで食べている姿に、

撩の動きを読んでいる教授は、一つ小さな溜め息をついた。

「香君も大変じゃのう、こんな大きな子供みたいなやつの面倒をみとるとは…。」

「え?」

急に自分に振られて、慌てる香。



ぶっすとした顔の撩をちらっと見て、どう返事をするか迷う。

「あ、あの、…もう、慣れちゃったような、気も、しま、す。」

教授がふっと笑った。

「ワシは、撩の乳歯がぼろぼろ抜ける頃から見ておるが、

本当にこやつは、芯の部分は昔から変わっておらんからのう。」

教授の突然の昔話しに、美樹が思わず顔を上げる。

「乳歯?」

「きょ、教授っ!!」

撩は、教授の口をガムテープで塞ぎたくなった。



「…神(しん)が、

…あの海原が、お前さんを連れてきた時は何事かと思ったぞい。」

「教授、カビの生えたような古い話しは止めて下さい。」

撩は素の表情で伏せ目になり、

教授に制止の旨を訴えるが綺麗に無視される。



「最初の歯が抜けるのは、だいたい6歳くらいじゃから、

あの村に来たのは3歳くらいかの。」

食事を続けながら教授は続ける。

「まったく、体だけはでかくなりよってからに…。」

口では憎まれ口を発しながらも、その顔は凪のように穏やかで、

まるで孫の話しでもしているかの表情。



撩は、大急ぎでがつがつと食事を詰め込むと、

かしゃりと食器を置き、

無言で食堂を後にした。




「……冴羽さんって、ほんと教授に頭があがらないんですね。」

美樹は、くすりと笑った。

教授の話しに、食事をすることを忘れていた香は、

思い出したかのように、また箸を動かし始めた。

「…そ、そうね。撩が敬語使うなんて教授以外聞いたことないし…。」



美樹もそういえばと口を開く。

「……エンジェルダストを打たれて死にかけた時に、

教授が冴羽さんを救ったって、聞いたんですけど。」

香も、海原がアパートに来た後、撩にそう聞かされていた。



「ほほ、命の恩人には逆らえない、というところかのう。」

教授は実に楽しそうに微笑む。

「香君には、…苦労をかけるかもしれんが、

おまえさんと、ようやくケジメをつけられて

撩もやっと一皮むけたようじゃからのう…。」

遠い目をしている教授は、昔を懐かしみながら、一安心といった面持ちで

最後のフルーツを口に運んだ。



「きょ、教授っ…。」

唐突に自分に向けられた話題に、

上手に切り返すセリフは出てこない香。



「香さん、大丈夫よ。男はみんな大きな子供みたいなものだから、

何かあったらいつでも相談に乗るわよ。ねっ。」

赤くなった香に、美樹が姉のようにウィンク付きでフォローを入れる。

「あ、は、は、…う、う、海坊主さんが、おっきな子供って、

おっき過ぎてピンとこないかも。」

「ふふっ、そうかもね。

でも、あの2人、似た者同士だから、解決策もきっと似ているかもよ。」

「か、かもね。でも、むしろミックとの方が類友って感じだから、

かずえさんとも協定組まなきゃね。」



香は苦笑しながら、

食事を続けつつ、美樹との会話を有り難く思った。

きっと教授と自分だけではきっと場がもたないかもと、

楽しくやり取りできる食卓に感謝した。





「あ、あたし、そろそろお茶を煎れてくるわ。」

香は豚汁がカラになると、食器を回収しながら、次の動きを2人に告げた。

「ごちそうさん、とても旨い豚汁じゃった。」

「ほんと、体が温まったわ。果物も旬のものばかりで、

今の季節を味で楽しめた気分だわ。ありがとう、香さん。」

「そ、そんな、…アニキと暮らしてるときは、

今の季節2、3日分まとめて作っていたりもしたから、

豚汁って何かと便利なのよねー。」



褒められることに、未だ慣れない香は、あたふたと片付けをする。

「じゃあ、ちょっと待ってて下さいねー。」

香はそう言い残してワゴンキャスターを押しながら台所に戻った。



「……明日から、いや、夕方にはかずえ君が戻ってくるが、

香君の通いがなくなると、ちと淋しくなるのう。」

「あら、教授、からかう相手がいなくなると、の間違いでは?」

「ほほ、お前さんたちも、

あの2人に色々聞きたいことがたまっておるじゃろ。」

にやりと笑う教授。

「そりゃもう!お店に戻ったら、根掘り葉掘り聞き出しちゃおうかなぁっと。

今はまだ、本人たちも戸惑っているかもしれませんしね。」

「なに、最初の1週間が無事過ぎれば心配なかろう。お前さんのケガと一緒じゃの。」

「違いないですわ。」

微笑む美樹。



「しかし、撩は相変わらず不器用じゃのう。」

「昔の話しは、……嫌いみたい、ですね。」

「まぁ、…血腥(なまぐさ)い戦いじゃったからのう。

何年も、何年も、極限の状態の中で生き続け、

あの状態でよく心が壊れんかったもんじゃ。」



そこへ、香がポットと急須と湯飲みのセットを持って戻ってきた。

途中から聞こえていた話しに混じることにする。



「……教授、そ、その、もしかして、

…あの撩の妙な明るさとか、もっこりスケベなキャラって、

わざとなのかな、って思う時があるんですけど…。」

「え?」

美樹が振り返る。

「そ、その、例えば、えーと、明るい人格をわざと作って、

うーん、なんて言うかのかしら、自己防衛っていうのかな、

心が壊れないようにって意識して振る舞ってるような……、

そんなことって考えられませんか?」

「ふむ。」

教授が軽く息を吐く。



お茶をテーブルに置きながら香は続ける。

「昔から、陽気な性格だったみたいなことを、海原も言っていたような…。」

あまりのショックで忘れかけていた、

あのリビングでのやり取りも思い起こす。



「え?香さん、それってどういうこと?」

美樹が身を乗り出してきた。

「あ、うん。……あのね、マリーさんから撩のことを聞いた後にね、

……あたし少しだけ、あの頃の中米の内戦について調べたことがあったの。」

教授は無言で耳を傾けている。

「そしたら、中にね、政府軍もゲリラ軍も、えーと何んだったかな、

ストレス障害の一種で戦後の生活にも大きな影響がでていることが載っていたのよ。」



「ふむ、PTSD、心的外傷後ストレス障害じゃな。」

教授が専門用語を出してきた。

「あ、そ、そうです。そんな言葉でした。」

香は、自分が思い出せなかった専門用語を教授がフォローしてくれたので、

話しがしやすくなった。

「きっと、ああでもして明るい性格を維持しないと、

まともな精神を持っていられないような状況だったんじゃないかと思って…。」

「……私たちは政府軍だったけど、…みんな、帰国した後も苦しんでいたわ。」

美樹が語り始めた。

「車のエンジン音にさえ過剰に反応して、

動悸に息切れ、発作をおこす人も珍しくなかったわ。」



「……撩は、多感な時期に長いこと、過酷な環境で生きてきたからのう。

そういう無意識の自己防衛は十分あり得るかもしれん。

まぁ多重人格障害までには至っておらんがの。」

ずずっと緑茶をすする教授を、香ははっと見つめる。

教授は幼い撩の成長をずっとその目で見続けてきた数少ない人間。

他の人間では知り得ないことを持っていると人物と再認識する。



「しかし、ヤツの女好きは、本能じゃからのう。まったく持って始末が悪い。」

「教授が言っても、あまり説得力ありませんわ。」

美樹が突っ込む。

「ほ、火の粉がかかる前に、退散するかのう。ほほほほ。」

教授は、かたりと立ち上がって、満足そうに食堂を出て行った。

残された美樹と香は、おのずと目を合わせて、ぷっと笑った。



「撩に、スケベな教育をしたのは、教授で間違いなさそうね。」

「ほんと、小さな冴羽さんに一体何を吹き込んでいたのかしらねぇ。」

自分たちが知り得ない、彼らのゲリラ生活、

日本人であるはずの、海原や教授がなぜ、その時代にそこにいたのか、

謎と疑問は深まれど、いつか彼らのほうから語ってくれるまでは、

聞かないでおこうと、2人は暗黙の了解を視線で交わした。



「さ、片付けたら、洗濯だわ。美樹さんは食後のお薬と検温ね。」

「ええ、香さん、あんまり頑張り過ぎないでね。」

「大丈夫よ、でも今日が一区切りって、何だか残念。

また明日から、いつも通りかと思うと、気がめいるわ。」

「あら、本当に『いつも通り』なのぉ。」

意味深な流し目で、香を見つめる美樹。



「えっ、あっ、その、だから、きっと依頼もこなくて、

い、家と駅とスーパーの往復で1日終わってって感じで…。」

あたふたと、赤くなりながら弁解のように早口になる香が、なんとも愛らしく、

美樹もふっと穏やかな笑顔になる。



「帰ったら、ゆっくり休んでね。」

「あ、ありがとう、美樹さん。かずえさんが戻るまではいるから、

また何かあったら遠慮なく言ってね。」

「ええ、じゃあ、また後で。」

美樹は、スムーズに体を動かして台所を出て行った。



「さてと、まずは洗い物ね。」

香も気分を切り替えて、台所に向かった。


*****************************************
(6)につづく。






というワケで、当方ずっとひっかかっていた
海原氏の「あいかわらず…楽しい男だよ」の捨て台詞を
カオリンに言わせて、すくい取ってみました。
道化師を装う撩は、100%フェイクであろうと。
人格形成が始まる幼児期から置かれた環境を推察すると、
当サイトでは、撩の明るく陽気な楽しいキャラは、
自己防衛のために演じ作られたものではなかろうかと踏んでおります。
沙羅ちゃんも見透かしていましたが、
基本撩は優しすぎるくらい心の温度を持つオトコだと思います。
それじゃあやっていけない世界に身を置かざるをえなかった背景に、
「軽いオトコ」を装う自分が必要だったのかもかもと。

08-02の「あとがきもどき」でも触れましたが、
イラク戦争やベトナム戦争の帰還兵などの戦後のPTSDだけでなく、
救急隊員の間でも最近深刻な問題になっている事案。
震災絡みも然りです。
もう12年前の話しですが、2000年10月に震度6強を体験しました。
その後の余震の度に感じた緊張感は忘れられず、
1,2年は車のエンジンの音でもドキっとすることが続きました。
3.11を経験された方も、
気の休まらない日々を送っていらっしゃる方も多いと思います。
2回目の冬、被災された方も笑顔で年末年始を迎えられることを
微力ながら願っています。

スポンサーサイト
プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


9万hit記念に
とりあえず作ってみた
CH専用Twitter
 


拍手1000パチ記念につけちゃいました。



かなり便利なサーチツール

登録サイト最新情報はこちらをチェック!


試運転中…

カテゴリ
最新記事
月別アーカイブ
検索フォーム
QRコード
QR
現在の閲覧者数: