13-07 Transfer

第13部 A Week After The Okutama Lake

奥多摩から7日目


(7) Transfer **********************************************************4030文字くらい



「ただいまー。」

夕方5時過ぎ、かずえが戻ってきた。

「香さん、ありがとう!」

香は、台所でうどんをたっぷり茹でていた。

昼の残りの豚汁で、煮込みうどんを作れるように準備をしているのだ。

「あ、かずえさん、お帰りなさい!」

「わぁ、美味しそぉ!」

大鍋の中を覗き込んで、ゴボウや豚肉の脂身が醸し出す香りを吸い込むかずえ。

「いま茹でてるおうどんを一緒に煮込むだけで夕食はオッケーだから。」

香は、ザルに腰のあるうどんをざっと取り上げ、冷水でばしゃばしゃと洗った。



「もう指示書にあったことは殆ど終わったわ。

乾燥機もあと30分くらいで上がると思うし、掃除も完了。」

水切りをしながら報告をする。

「本当に助かったわ。香さん、ありがとう。お陰で実験と分析が順調に出来たわ。」

「ううん、あたしも美樹さんと過ごせて良かったわ。」

「一緒に夕食食べて行くでしょ?」

「あ、ごめんなさい。

実は昨日の残りを片付けなきゃいけないから、家で食べようと思って。」

「そっか、残念っ。」

「また様子を見に寄らせてもらうわ。」

「ええ、是非そうして。」

「じゃあ、夕食はこれでオッケーね。」

2人で、使う食器に、刻みネギに、漬物に、

食後のお茶とケーキのセットを確認して、

引き継ぎをする。



「あ、教授のところに行かなきゃ。」

「一緒に行きましょうか。」

「ええ。」

2人は、書斎に向かって廊下を進んでいった。

「香さん、大変だったでしょ。」

「ううん、基本は家でいつもしていることと大差ないから。

むしろ研究職と同時並行でこれをこなしているかずえさんの方がすごいわ。」

「暇な時とそうでない時の波があるからね。」

そんな話しをしながら、書斎の入り口に到着。



香が控え目にノックをする。

「教授、かずえさんが戻りましたよ。」

そう言いながら戸を開ける。

「おお、もうそんな時間になってしもうたか。」

また山積みされた資料の隙間から、眼鏡をかけた小さな顔がひょいと上がる。

「教授、こちらがお借りしていたカードです。領収書も一緒に入っていますから。」

A4三つ折り封筒を差し出す香。



「ほほ、お前さんに預けて正解じゃの。

撩のヤツに渡すと、勝手に色々使い込むもんじゃから、

油断も隙もない。」

「あまり上手な買い物じゃなかったかもしれませんが、

カード払いで助かりました。」

「おお、そうじゃった、

お前さんのところの口座はこれで間違っておらんかのう?」



教授は、手帖のメモ書きを香にちらっと見せた。

それは、撩の名義で、香がいつも依頼人から振り込みをしてもらったり、

公共料金の引き落としに使っていたりする口座だった。



「あ、はい。合っています。」

「間違って、撩の方に入れる訳にはいかんからのう。」

「え?」

(撩のほうって、これも撩名義だけど…?いくつか口座があるのかしら?)



「ほほ、かずえ君からも聞いておるかもしれんが、

アルバイト料はちゃんと支払うつもりじゃから、

遠慮なく受け取っておくんじゃの。」

「きょ、教授、こ、こ、困りますっ。

もともとは私たちが原因で起きたトラブルじゃないですか。

お金を頂くなんて出来ません。」

本気で困る香。



「なに、かずえ君の代わりに頑張ってくれた褒美として香くんの好きに使うがよい。」

「教授…。」

「ほほほ、あまり額には期待するでないぞ。」

「き、期待だなんてっ。でも、お心遣い、あ、ありがとう、ございます。」

香は潤み気味の瞳で、涙声の返事をする。



「香さん、そういえば冴羽さんはどこ?」

かずえが聞いてきた。

「あ、たぶん武器庫だわ。呼んでこなきゃ。」

「え?まだ銃の調整しているの?」

「ううん、かずえさんのメモの分は午前中に終わってたみたいだけど、

教授が何か作業を頼んだみたい。そうですよね、教授。」

「あヤツは、かなりヒマそうにしておったからのう。」

「じゃあ、呼びに行ってきますね。」



香は、以前銀狐と闘うために、

ここの武器庫から道具を無断で借りたことがあり、

あの部屋に行くには、正直バツが悪くて近寄り難かった。

しかし撩にも呼びに行くと言った手前、

しかたなく地下へ下りていく。



「撩?」

「あーん?」

木製テーブルの上をすでにほぼ片付け終わった撩は、

パタンとメンテナンスボックスを閉じたところだった。

「かずえさん、戻ってきたわ。帰る準備しましょ。」

「うーん、ボクちゃん、今日は働き過ぎぃー!」

撩は上背があるところに、さらに伸びをして、骨をポキポキと鳴らした。

「先に上に行っているね。」



香は、撩の手がほんのり汚れているのを見て、

なぜかどきりとしてしまった。

家でメンテをする時、撩の手が汚れているところなど、見たことがない。

赤くなった顔を見られないように、

足早にその場から移動した。



香が食堂に入ると、すでに、美樹と教授とかずえが、何やら話している。

「お待たせ、撩ももうすぐ来ると思うわ。」

美樹が残念そうな表情で声をかける。

「香さん、本当に夕食は食べていかないの?」

「ええ、ごめんなさい。昨日の昼に残したものを片付けなきゃならなくて。

こっちの夕食もお昼の使い回しでごめんなさいね。」

「ううん、きっと味がしみ込んでいると思うから、すごく楽しみよ。」

「美樹さん、退院前にまた様子を見にくるわ。」

「ええ、香さん、本当にありがとう。」



美樹の言葉を追いかけるように、かずえも香に重ねて感謝を伝える。

「今回の香さんの申し出がなかったら、ちょっと厳しかったのよ。

お陰で余裕をもって動けたから、色々助けられたわ。」

「え!あれで余裕だったの?」

かずえの慌ただしさを振り返り、まさかと思う香。

「そうなの、だからホントーに助かったわっ!ありがとね、香さんっ。」

ウィンクをしながら、香に上着を手渡すかずえ。

「……こっちこそ。」

多方面で気を遣ってもらったことに、香も胸が詰まる。




そこへ手を洗い終わった撩が戻ってきた。

「なんだ?みんな勢揃いか?」

ポケットに手を突っ込んで、がにまたで登場する姿は、わざとだらし無さを演出中。

「撩、忘れ物ない?」

「あ?僕ちゃん、特に持ち物ないしぃ〜。

できたら、美樹ちゃんかかずえちゃんを持って帰りたいけどぉ〜。」

ふざけながら言う撩に、はぁと溜め息を出す、女性軍3人。



夕食には、まだ少し早い時間。

このまま帰宅できれば、いつも通りの時間に自宅で食事を食べられる計算だ。

「じゃあ、かずえさん、教授、色々とありがとうございました。

美樹さん、リハビリ頑張ってね。また来るから。

ミックと海坊主さんにもよろしく伝えておいてね。」

香は、疲れも見せずに笑顔でみんなに答えた。



出て行こうとする2人を見送ろうと、

みんなの足が動こうしたが、香がまた一言言い残した。

「あ、見送りはいいですから!通用門から出ますし!それじゃ!」

「美樹ちゃん、かずえちゃん、まったねぇ〜。」

片手をひらひらさせながら、

撩もみんなに背を向けた。



「あヤツは、ワシには一言も挨拶せんで行きおってからに…。」

「さぁ、教授、香さんが作ってくれた煮込みうどんを食べてご機嫌直しましょう。」

「そうね、ちょっと早いけど、夕食にしちゃいましょうか?」

美樹も賛成した。

海坊主とミックが帰ってくるまで、

教授は両手に花で食事を楽しめると、顔を緩めた。






撩と香は、通用門をくぐると、

すぐ傍に停めてあったクーパーに乗り込んだ。

「……終わったな。」

「うん、ほんと朝からあっという間だったわ。」

ふーっと息を吐き出し、シートに深く座り直す香を横目で見ながら、

撩はゆっくりと口を開いた。

「なぁ、……メシ、食いに行かないか?」

「はぁああ?」



香は、必要以上に大きな眼を見開いて、すっとんきょうな声をあげた。

その反応に撩は素で驚く。

「あ?だ、だから、おまぁの通いが終わったから、そいつを労って、

たまには外でメシ食うかって言ってんだけど。」

香は、目をパチパチさせてる。

帰る気まんまんでいたので、

撩の突然の提案に思考がすっ飛んでしまう。



はっきり言って、

撩が自分から外食に誘うなんて、今まで聞いたことがない。

これまた、このセリフはどっかのもっこりちゃんに向けるべき言葉であって、

ましてや『労う』などと、自分には決して言われない単語だと、

かなりの強烈な思い込みがあり、

内容を理解するのに、結構な時間を要した。



「おいおい、何押し黙ってんだよ。行くのか?行かないのか?」

とくに小洒落た所を予約しているワケでもないので、

評判のいいラーメン屋か寿司屋にでも連れて行くかと

行き先の候補を聞こうとする前に話しが進まない。



撩は、何かまずいことでも言ったかと、

この香の反応に、らしくもなく若干戸惑う。

「香?」

香は、はっと我に返り、ふぅーと肩を落とした。



「い、行かない……。」

「はぁ???」



今度は、撩がすっとんきょうな声をあげた。

「…だ、だって、ハヤシライスが残っているんだもの。

トッピングのハンバーグも解凍中だし…。」



撩は、はっと表情が変わった。

(しまったぁー!忘れてたっ!こいつ、夕食の仕度してたんだ!

くっそー、やっぱ慣れないこと言うもんじゃねぇなぁー。)

撩は、はぁーと脱力しながら、

そのまま運転席で、ハンドルにゴトッと突っ伏した。



「あ、ありがと…、撩。」



香は頬をリンゴの様に染めながら、視線を落として小さく呟いた。

「ね、労うだなんて、…撩の口から出てくるなんて、思っても、み、みなかった。」

正直、うれしくてたまらないが、涙は見せたくない。

しかし、意に反して涙腺からじわりとしみ出るものがある。



「……いんや、…俺もすっかり忘れてた。」



撩は、ハンドルに両腕を預け、

うつぶせになっていたが、がばっと上体を上げて声色を変えた。

「じゃあ、香ちゃんのメシ食いに帰りますかっ!」

「い、いいの?」

「もちろん。」

撩は、速やかに作戦変更と気分を切り替え、エンジンをかけた。



「外食は、また今度な。」

撩は、香のくせ毛をくしゃりとかき回した。

香の肩がひゃっと上がる。

夕闇迫る中、教授宅の裏手から、

2人を乗せた赤い車が滑らかなに発進した。


***********************
(8)につづく。





2013年が始まってしまいました〜。
今年はカオリンの干支、巳年でございます。
この超ダラダラの長編についてきて下さる皆さんの持久力に脱帽です。
(キーを打っている本人が置いていかれそう…。)
本年も、拙すぎるサイトですが、
どうぞよろしくお願い申し上げます。
しっかし、撩ちん、慣れないコトをしようとしたばかりに、
カオリンの夕食準備のことが、
すこーんと抜けちまいました。
かずえと香の会話も肝心なトコロを聞き損なっちゃっています。
誘うのに、けっこー必死こいて言ってみちゃったけど、
なんて間の悪いヤツ…。
でも、香はその言葉だけでも幸せでしょう〜。
原作中、素で撩がど忘れしたと思われるコマの一つとして、
牧原こずえちゃんとお姉さんたちと一緒に銭湯に行くシーン、
あれは、完全に「香は弟」設定ということを忘れていたっぽいかも〜。
たぶん、仕事や命に関わるような事案じゃない時は、
こんな感じの「スコーン」と抜けちゃうことも結構あるかもね〜、撩ちん。

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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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