13-11 Night Patrol

第13部 A Week After The Okutama Lake

奥多摩から7日目


(11) Night Patrol ****************************************************4944文字くらい



ポケットに手を突っ込み、

アパートの階段をとんとんとんと降りながら、

撩はふぅと小さく息を吐き出した。

外での食事だったら、明日の夜にでも先送りするつもりだったが、

自宅で夕食を済ませられたので、

久しぶりに歌舞伎町へ向かうことにする。



「ったく、危うくソファーで襲っちまうところだったぜ…。」



冷たい空気で、自身の体を冷やしながらアパートを出る。

まだまだウブな香のことを考えたら、

明るいリビングで合体というシチュエーションは、

嫌がられるに決まっている。

無理強いはしたくない。



しかし、それを優先させるのに、

撩も結構な努力を強いられているのも事実。

ネオンが瞬く夜の新宿、歩道をがに股猫背のだらしな系で歩きながら、

頭の中は香のことで占められている撩。



「ボクちゃん、いつでもどこでもモードなんだけどねー。」



思わず呟きが漏れる。

本当は、キッチンでも、玄関でも、リビングでも

場所を選ばずに香に深く触れたい欲が、

まるでビーフシチューを弱火でぽこぽこと加熱しているように、

熱くくすぶっている。



しかし、香が超恥ずかしがり屋であることは、十分承知しているし、

もちろん経験が浅いことも分かってはいる。

そんな香に、自分の基準でこの欲を押し付ければ、

それこそ槇村が枕元にやってきて、

苦情を言うに違いない。



「ゆーっくりいこうな…。」

自分の息子に視線を降ろし、念を押す。



「なぁに?リョウちゃーん、にやついた顔してぇー。」

「へ?」

いつのまにか歓楽街に入り、若い女に声をかけられた。

ここは「キャバレーうさぎちゃん」の店の前。

「あら、アイちゃん、だっけな?」

「ねぇー、最近、ちーっとも、お店に来てくれないじゃなぁーい。」

バニーガール姿で呼び込みをしている顔馴染みのコだ。

ただ、彼女は撩が殺し屋をしていることはまだ知らない関係。



「そぉーだっけかぁ?」

「今日は、寄ってってよぉー。」

腕にすり寄ってくる。

香水と化粧の濃い人工香料が鼻をつく。

香以外の女の匂いが近くになり、

この7日間、いかに外歩きしていなかったか実感する。



「そぉーだなぁ、ざっと見回ってから寄ってみるかな。」

すると奥から、オーナーのママさんが出てきた。

「あらっ!!リョウちゃーん!聞いたわよぉー!

おめでとうっ!みんな喜んでいるわよっ!」

恰幅のいい厚化粧の熟女が、撩の背中をバシッと叩きながら唐突に祝いの言葉を投げかける。

「ってえ!」

「ママ、おめでとうって?」

バニーちゃんがキョトンとする。



「スーパーで買い物する2人見て、みぃーんな間違いないって言ってたわよぉー。」

にやにやしながら、にじりよってくる店のママ。

「な、なんのことだよっ!」

主語が明確にされていないことをいいことに、ここはごまかしたいと思ったが、

馴染みの店だけあって、ずかずか言ってきた。



「リョウちゃぁ〜ん、

香ちゃんを悲しませるようなことがあったら、承知しないからねぇー。」

ゆっくり紡がれた聞き覚えのあり過ぎるセリフに、

撩もウワサの伝搬の早さを知った。



「あーん?いつもハンマーくらって悲しんでいるのはオレのほうだぜぇ。」

「馬鹿おっしゃい!嬉しくてわざともらってるクセに!

ほら、さっさと用事すませたら、早く家に帰んなさいっ!この辺は特に変わりないから!」

背中をまたバシッと平手で叩かれた。

「った!」



これまでの撩と香の関係と、

撩の巡回目的を十分承知しているからこそ出てくる配慮の言葉。

「じゃあね!リョウちゃん、今度は2人で来なさい!」

そのまま追い立てられるかのように、店から見送られた。



「な、なんだよ…。どーゆールートで広がってんだぁ?」

この店のママがあのことをもう知っている、もしくは勘付いているとしたら、

この界隈の馴染みの連中には、

しっかり共通の話題になっている可能性が高い。



「一週間でこうかよ…。」



香がシティーハンターの女になったという情報が、

すでに共有されている。



覚悟はしていたが、思った以上に早いことに正直驚く。

とりあえず歩みを進める。

いつものナンパモードで、すれ違う単独の女性に声かけ開始。

自分のことを知らない素人で且つ高飛車系に目を付けた。



「そっこの、もっこりちゃーん!ボクちゃんとお茶とホテルでもどぉ〜お〜?」

接近したとたんに、飛んでくるオーストリッチのショルダーバッグ。

「ぐへっ!」

「…このヘンタイ、これ以上近づくと警察呼ぶわよ。」

セミロングのお姉さんは、強気でそう言うとスタスタと去って行った。

とりあえずいつも通り道化師を演じてみる。




「あら?リョウちゃん!おひさー!いいの?香さん、ほったらかしてぇ?」

路上で顎を押さえて座り込んでいたら、また客寄せの女に声をかけられた。

比較的よく裏の情報をやり取りする店「集英ミュージックホール」の娘だ。

「いいの、いいのぉー、今日は誰ちゃんが入ってるぅ?」

いつもの口調の、スケベオヤジモードで、肩を抱き寄せ

店の中にそのコと入る。

香と感触が違うとすぐに脳が反応し、心地良さの違いに苦笑する。



「リョウちゃん!」

オーナーであるやや痩せ気味の中年男が、受付カウンターから驚いてこちらを見る。

「よ!」

「よ、じゃないわよ!何こんなところで遊ぼうとしてんのよ!

さっさと家に戻りなさい!」

オネエ言葉はいつものこと。

「へ?」

「え?」

呼び込みをしていたコも驚く。

折角捕まえた客を、顔を見るなり追い返そうとするオーナーに理解がついていかない。



「今は、大事な時期でしょ!

このところ、怪しい話しはないから、今日は早く帰ってあげなさい!」

「何?大事な時期って?」

呼び込みのコが疑問を口にする。

ポカンとしている撩にカウンターの男は、撩に顔を近づけ小さく耳打ちする。



「香ちゃん、赤ちゃん出来たんでしょ?とにかく安定期に入るまでは、そばにいてあげなきゃ!」

「はぁあああああっっ!?」

これには、撩も驚いた。

「ちょっ、ちょっと待てっ!一体何でそんなウワサがあるんだよ!!

香は妊娠してねぇーって!!」

ツバを飛ばしながら、撩は真面目に焦った。



「え?違うのぉ?」

オーナーの男は、まだ疑いの目で見ている。

「だって、駅であなたたちを見かけた店のコが、

リョウちゃんが香ちゃんをかばうように歩いていたとか、

一緒に買い物をしている時も守るように寄りそって歩いていたとか、

すっぱいものを選んで買っていたとか、

車でキスもしてたって聞いたわよっ!」



早口で語られる手持ち情報の公開オンパレードに、

撩は、直立硬直したままバタっと床に倒れた。

うつぶせの背中にまだオネエ男のセリフが投げかけられる。



「リョウちゃんさぁ、このところ夜に全然出て来なかったから、

みんなリョウちゃんが香ちゃんを孕(はら)ませたんじゃないかってウワサしてるのよぉ。」

がばっと起き上がる撩。

カウンターに両手を付いて男に詰め寄る。

「香は、まだ妊娠しちゃいねぇーっっっ!何なんだよ!そのウワサはっ!」

撩の反論をよそに、オーナーはにやりとした。

「『まだ』って言ったわよね…。」

撩は、はっと身を引いた。

「リョウちゃーん。」

「……は、は、は、はひ…。」



「香ちゃんを、泣かせるようなことはしないでよ…。」

ふっと穏やかな表情になった男は、

このやり取りで概ねを理解した。



「あたしたちは、あなたたちの味方だから、ね!

でも、これでよぉーやく心配事が一つ消えたわ。」

そう話しながら、あれを店員に指示を出す。

「このウワサ、そのままにしといたほうがいい?

それとも違うってこと、ちゃんと広めた方がいい?」

いい終わるか終わらないうちに、

すっと受付カウンターにスコッチの水割が乗ったトレーが差し出された。



「これは、あたしからのお祝い。」

立ちすくんでいた撩も、ふうと肩を降ろして、受付の台に寄りかかった。

「……早く帰れって言ってなかったけか?」

すっと口をつける。

「だから、さっさと飲んで帰ってあげて。」

長い付き合いに、頭のいい男、もうこれ以上のごまかしは必要ない。



喉にアルコールを流しながら、撩は考えを巡らせた。

自分たちがケジメをつけたことを、

この1週間で背びれ尾ひれ付きで広がっている。

しかし、香懐妊というネタまで飛び交っているとは想定外。



(けじめ付けてから1週間やそこらで、妊娠が分かる訳ないちゅーのに!

しかも新宿近くでの車内ちゅーは今日の夕方だっつーのに、

一体誰が見てたっちゅーのっ!油断もスキもねぇ!)



少し迷う。

香が自分の子を宿しているというウワサは、

はっきり言って香が狙われる確率を高くする。

妊婦を危険な目に遭わせる方が、

自分へのダメージを大きくできると考えるバカが多いからだ。

しかし、ここでまた否定のウワサを流しても、また内容が湾曲されるだろう。

この先、ゼロではない可能性に、今のうちに混乱させておけば、

いざ本当にそうなった時、

まわりの目をある程度ごまかせるかもしれない。

脳内でかなりの早さで総合判断のイメージを作る。



「いや、ウワサはそんまんまでいいよ。」

「え?いいの?」

意外な答えに男は目を見開く。

「どうせ、こっちが何言っても、どうせまた付録付きでウワサされるのがオチだろ。」

オーナーは、ふっと微笑む。

「でも、ほんと、よかったわ。」

「っしっかし、誰だよ!言い出しっぺはぁ。」

「あら?同時多発的よ。この何日か、あなたたちを見かけたヒト、

みんなが、今までと違うって言いあいこしてたもの。

そこに、リョウちゃん、このところ夜こなったから、

余計に確信を持たせたんじゃない?」

「はぁ…。」

短く溜息をつく。



撩は、残りの琥珀色の液体をくっと飲むと、

寄りかかっていたカウンターからかたりと離れた。

「ごっそさん。また、何かあったら教えてくれや。」

「今度は香ちゃんも連れてらっしゃい。」

「あー?女連れじゃこれない店だろうが。じゃあな。」

撩は、背を向け片手をひらひらさせながら、ガラス戸を押して出て行った。



「はぁ。まったく、この界隈の奴らは…。」



この調子じゃ店の前を歩く度に、同じことになりかねないので、

撩は路地裏を中心に巡回を始めた。

主な目的は、香を狙っているオバカがいないかどうか、

店の入れ替わり、オーナーの変更、情報屋の生存確認といったところ。

ついでに、街の中に隠してある銃器のチェックも忘れない。

1、 2時間かけてゆっくり見て回る。






「ま、こんなもんか。」

巡回に一区切りをつけた撩。

とあるビルの狭間で男に声をかけられた。

「よお、撩ちゃん。」

「薮さん、最近はどうだ?」

隠されない気配で、随分前からその接近には気付いていたが、

にやりとする口元はいつもどおり。



「歯の調子悪いがな。なに、年じゃから仕方ないわ。」

「この1週間、何か変わったことはなかったか?」

「ふ、変わったのは撩ちゃんたちだろ?」

「まぁーた、その話しかよ。」

「お前さんたちを知っている連中は、みなその話題で持ち切りだよ。」

「俺らは、俺らだよ。何も変わってねーよ。」

まだ、ぼかそうとする撩に溜め息を吐きながら薮は答える。

「…みんな、香ちゃんを守るつもりで、気合い入れてアンテナ張ってるぜ。」

「は?」

「みんな、分かってるんだよ。撩ちゃんが今まで、香ちゃんをなぜ女扱いしていなかったか。」

「そりゃ、筋金入りの男女…。」

みなまで言う前に薮が止めた。

「撩ちゃんっ!」

「な、なんだよ。」



「……よく決心したなぁ。もう、俺ぁ思い残すことはねぇ。」

ぐずっと鼻を汚れた手で押さえ、目頭を潤ませた。

撩は、もうここでもごまかしが効かないことを悟る。

「なんだよ、薮さん、大袈裟だぜ?」

「どこが大袈裟なもんか。この世の一番の心残りだったんだぜ!

もういつでも死ねるぜ。」

「おおっと、簡単にくたばってもらっちゃ困るぜ。まだまだ働いてもらわねぇーと。」

「へへ、ちげぇねぇ。今んところ伝達できるような情報はねぇから、

早く香ちゃんのことろに戻ってやんな。」

「まったく、この1時間で何回同じセリフを聞いたことか。」

「っじゃあな、撩ちゃん、幸せにな!」

藪はそう言いながら、

老体とは思えない足取りでスタスタと表通りへ戻って行った。



「あーあ、みんなして同じことばぁーっか言いやがって。」

頭の後ろに手を組んで、伸びをしながら歩き出す撩。



「あそこだけ寄って帰るか…。」

撩は、この街に来て以来、回数はそう多くないが、

長いこと通っている小さなバーへ進行方向を変えた。


***********************************
(12)へつづく。





「キャバレーうさぎちゃん」と「集英ミュージックホール」は
冬野葉子編第146話で出てくるお店と歩くコースを再利用させて頂きました。
原作に出てくる風景の中のお店の名前も
なかなか面白いもの揃いで、アシさんの遊び心を力一杯感じます。
生き物好きとしては、一番受けたコマが
「クマさん会計事務所」「犬商会」「キツネ美容院」「アザラシ英会話」「オオアリクイ」の
看板が並んでいるシーン。
どこにあるかは次回のあとがきもどきで〜。

【Sさん感謝!】
修正いたしました!
ご連絡ありがとうございます!
2013.12.24.07:46

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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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