13-12 Arexander

第13部 A Week After The Okutama Lake

奥多摩から7日目


(12)Alexander ****************************************************************1762文字くらい



路地裏から地下に続く階段を降りて行くと、

重たいマホガニーの扉がある。

カランとドアベルが音を立てると、

手から離れた扉はゆっくりと閉まった。



薄暗い店内。

客席も少なく、先客は会社勤め風の男2人の1組だけ。

殺気もなく、武器の所有もない、匂いもただの一般人。



初老のマスターが落ち着いた様子で、

撩を迎え入れた。



「いらっしゃいませ。

そろそろお越しになるかと思っていました。」



撩は、返事をしないまま、カウンターの一番奥に腰をかけた。

重低音のゆっくりとしたジャズが静かに流れる。

おしぼりとつまみのナッツをテーブルに置きながら

マスターは撩に視線を送る。



「ここにいらっしゃるまで、大変だったでしょう…。」



まるで、撩がどこで誰に呼び止められ、

何を言われたか、

全てを分かっているような口調。



「……まぁね。」



ピスタチオを割って一粒口に放り込む。

このセリフがマスターから出るということは、

撩とゆかりのある新宿の面々が、

すでに共通の情報を持っていることは間違いない。

秘密にするつもりはないが、伝播の早さに苦笑する。



「これは、お祝いです。」

すっと、差し出されたショートカクテル。

「……アレキサンダーか。」

「いわれの説明は不要ですね。」



撩は、ふっと顔を緩めた。

「結婚したって訳じゃないんだぜ。」

「意味合いは、限りなくそれに近いと思いますが…。」



アレキサンダー、

ブランデーベースのカクテルで

生クリームとカカオの甘さが酒の個性と調和する。

イギリスのエドワード7世と

デンマークのアレクサンドラ王女の婚姻の時に作られたことに由来する、

祝杯のカクテル。

結婚祝いに作られることが多い。

撩向けに、生クリームは少なめに、カカオも苦めで調節してある。




「この味は、アイツ向きだな。」

くっとグラスを傾け、撩が呟いた。

「是非、一緒にいらして下さい。

…たぶん、他のところでも同じことを言われたかと思いますが。」

「まぁな。」

「……先日、ミック様がいらっしゃいました。」

「ミックが?」

「あなた様のパートナーを狙う輩(やから)が増えるかもしれないから、

注意をしておいて欲しいと。」

「……あいつめ、余計なお節介を。」

「私どもは、言われる前から常にそのつもりでございますので。」



撩は、頬杖をついてふっと口角をあげた。

「あいつには、っんと保護者が多いなー。」

「みなさん、香さんの笑顔と心使いに救われている者ばかりですから。」

マスターはグラスを拭きながら穏やかに語る。



「……よくぞ、決心をなさいましたね。」



撩が、日本に辿り着いてから間もない頃からの付き合い。

微妙な距離感を知っているマスターだからこそ、

撩とここまで話すことができる。



「……決心、ね。」



頬杖をついたままの撩は、また一粒口に入れた。

「……お子様のことは、ダウトですよね。」

「ぶっ!」

ここでも出てきた香懐妊説に吹き出す。



「なぁーんで、そこまで話しが飛躍するかなぁー。」

「みなさんの希望的観測が強いんでしょう。

あなた様が、あちらこちらで、子作りが得意だとおっしゃっていたので、

色々な意味で期待されているかもしれませんね。」

こめかみを押さえる撩。



「どうします?ウワサの否定を流しておきましょうか?」

微笑みながら、さっきの経営者の男と同じことを尋ねるマスター。

みんな撩と香を想ってのこと。



「あ、いや、ほっといていい。」

「承知致しました。」

撩は、カクテルの残りをすっと飲み上げると、かたりと席を立った。

「ごっそさん。また寄らせてもらうよ。」

「お待ちしております。」



敬意を露(あらわ)に、腰を曲げるマスター。

カランとベルが鳴った時は、もう撩の姿はなかった。



「お幸せに…。」



マスターはドアを見つめながらそっと呟いた。






「お、もうこんな時間か。」

撩は、通りにある街頭時計を目に入れ、足を早めた。

以前だったら、朝まで店をハシゴすることはごく普通のことだったが、

今日は、日付が変わる前に帰りたい。

必要なことはすんだ。

人目に触れない場所を選びながら、アパートに向かう。



(途中で会った連中、みんな同じことばかり言いやがるからな。)



帰る場所に、香がいる。

それだけで、足取りは軽くなる。

アパートの前まで来ると、見上げた6階の電気は消えていた。



「もう寝てるか。」



撩は、ふっと軽く息を吐き出し、

いつも通り「我が家」へと続く扉を開いた。


**************************************************
(13)へつづく。





ここのお店は、名称未設定〜。浮かばんかった…。
アレキサンダー、生クリーム入りなんて、
撩に飲ませるには女性向け過ぎるカクテルだったかもしれませんが、
他に、祝杯の意味があるカクテルを見つけきれんかったもんで〜。
詳しい方がご覧になったら、失笑モンかもしれませんが、
許して下さい。
(いや、カクテルに限らずきっといろんな表記にボロがあるはずっ)
前回の生き物の名前が使われた看板のカットは、
完全版20巻、神村愛子編第206話のp213に描かれています。

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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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