01-17 Kitchen-Dining Room

第1部 After the Okutama Lake Side


(17)Kitchen-Dining Room ****************************************************** 4047文字くらい




撩と離れた後の香は、

キッチンに入ると、

手首に下げていたポーチをイスの上に置いた。

さっきまで

密着して感じていた撩の温かさと匂いが遠のいたことに、

言い様のない喪失感が沸き、

思わず自分の体を自分の腕で抱きしめる。




「……食事、作らなきゃ…。」




なんとか気分を切り替えて、

手を洗い、エプロンを着けると、

冷蔵庫の中身をチェックして、

夕食の準備に取りかかった。



白米は奥多摩に出かける前に研いであったので、

炊飯器のスイッチを入れるだけ。

肉の下ごしらえも済ませてあった。

ごはん、味噌汁、鶏ももの照り焼き、ポテトサラダ、

フルーツはネーブルオレンジ。

メニューのイメージに、

こんなもんでいっかと作業に入る。



香は、食材を切りながら、

時折、

撩とのキスを思い出してリンゴ顔になりながらも、

手際よく食卓を整えていった。

9割がた用意し終えたら、ふと無意識に呟いた。

「………まだ、信じられないわ…。」




「何がぁ?」



突然、

背後直近から声をかけられた香は短い悲鳴を上げ、

ネーブルを切っていた包丁を落としそうになる。

「おっと。」

撩が香の手から離れた包丁を難なくチャッチすると

コトリとまな板の上に置いた。

「っななななにしてんのよ!びっくりするじゃないっ!」



風呂上がりの撩が、

スウェットを着て

すぐ後ろに立って香を見下ろしている。

「気配消して近付かないでよっ!」

「だってぇ〜、カオリンの反応が楽しくてぇ〜」

本当に楽しそうな様子に、

ちょっとむすっとする香。

まだ少し濡れている髪の毛が妙に色っぽく感じる反面、

子供っぽい態度に呆れながらも、

香は撩を可愛いとも思ってしまった。



「で?今日は何?」

フタをしたフライパンを指差しながら撩は聞いてきた。

「あんただったら、匂いで全部わかっちゃうでしょ。」

撩の嗅覚は犬並みと言ってもいいくらいの感度があることは、

今まで一緒に生活してきた中で充分に分かっている。

「…まぁな。で、何が信じられないの?」

さっきの香の独り言につっこみが入る。

口に出したことさえも自覚がなかった独り言。

「っえ?あ?…な、何だっけ?」

湿り気を纏う男は、焦る香を横目で見ながら、

さりげなく配膳の手伝いをする。

「信じられないって、何が?ってこと。」

何となく答えは分かっているけど、

再度聞きながら、

すでに出来上がったポテトサラダを手際よく盛りつけた。



「そーゆーことが信じられないってこと。」

と香は、撩の手元を指差した。

「へ?なんで?」

「だって…、…今まで、なかったことばかり…。」

撩は、プッと笑う。

「確かになぁ〜。」



困惑している香を横目に撩は配膳の手伝いを続ける。

「さっさと食べようぜ。腹へった。」

丁度、照り焼きも仕上がり、

香はまだ訝しがりながらも、

フライパンから肉を取り出して包丁を入れる。

メインディッシュが盛りつけられると、

いつもの食卓が整った。

香も指定席に腰を下ろす。



撩は冷蔵庫から缶ビールを2本出してタブを引く。

「慰労会だな。」

もう1本を香に渡しながら、

缶の縁に軽く自分のビールを当てた。

「お疲れさん。」

今日一日は、

本当に濃密過ぎて

3日分、4日分の神経を一気に摩耗した思いだ。





「色々あったけど…、

美樹さんと海坊主さんが結婚式を挙げた日にはかわりないわよね。

……2人に乾杯。」




香は教授宅にいる美樹と

付き添う海坊主を思い浮かべながら、

缶にゆっくり口をつけた。

「俺らにとっても記念日だな。」

「っ〜〜〜〜!」

(りょ、撩が自分からそんなこと言うなんてっ、や、や、やっぱり信じらんないっ!)

カッカッと赤くなる香は、

次の全く言葉が出てこない。

「まーたく!香ちゃん、反応しすぎ〜。ささ、食べようぜ。」



香の手作りの食事は、

飽きない美味しさで、量も質も申し分ない。

限られた予算でよくここまで工夫ができると感心することも多い。

ただ、美味いとか、よく出来てるとか、

思ったことをダイレクトに褒めたことは殆どない。

香を表に返すためにも、

敢えて肯定することを表立って言えなかったのだ。

(それに、照れくさくて、つい憎まれ口のほうばっかり言っちまうんだよなぁ。)

そんなことを思いながら、

撩は次々と食事を口に運んでいた。



一方、香は疲れ過ぎたのか、

あまり食欲が沸かないでいる。

箸の進みもいつもより遅い。

自分の分は、少なめに盛りつけたが、

それでもちょっと多く感じる。

食前のビールの炭酸も効き小さな胃に圧がかかる。

(ホント色々あり過ぎたわね…。)

香は食事をしながら今日を振りかえって、

改めて思い返した。




「ごっそさん!」

そうこうしているうちに、

撩は本当に言葉通りさっさと食べ終わってしまった。

香は、

なんとか自分の食事を終えて片付けを済ませようとしたら、

撩がコーヒーを煎れる準備をしている。

「えー!珍しい!撩がコーヒーいれてくれるの?」

「たまにはな。」

撩は、ミルを挽きながら、

香の疲れを読み取っていた。



(さぁて、この後どうすっかなー。)



お湯が沸騰して、やかんが鳴く。

慣れた手つきで、食後のコーヒーを2人分用意し、

香のカップを差し出した。

「ほれ。」

「…ありがと。」



こういうことがまだ信じられない。

撩がコーヒーを用意してくれるなんて滅多にないこと。

そっと一口すすってみる。

「おいし…。」

ちゃんと、いつも香が使う分量の砂糖も入っている。

撩が煎れてくれたというだけで、

美味しさに相乗効果が出ているかのよう。

甘さが少し疲れを軽くさせ、

苦みが鈍っていた頭と胃をややすっきりさせた。



飲み終わって、ふーっと一息をつくと、

カップをひょいと持ち上げられた。

「片付けはやっておくから、おまぁも風呂入ってこいよ。」

撩はシンクに寄り掛かったまま、

香のカップをシンクに置き、

自分のカップに口をつける。



(ああ、そうだった。)

すぐに食事の支度にとりかかったから、

着替えもしないままで、

フォーマルスーツで今にいたる。

撩の言葉を振り返って、ん?とまた驚いた。

「え?食器洗いお願いしていいの?」

「いいから、

風呂入って楽な服に着替えてこい。湯船も溜めてあっから。」




「………。」




眉間に浅いしわを寄せてしばし固まる香。

「ん?どうした?」

「おかしい、やっぱり撩あなたヘンよ…。」

「へ?」

「なんか、撩らしく、ない…。」

アパートという日常に戻ってきてからも、

続く撩の言動の違いに、

言い様のない違和感を覚える香。



「…まさか銀狐じゃないかって、疑いたくなるくらいだわ。」



香は、撩の過剰なくらいの気遣いに、

撩らしくないその態度に、

過去に一瞬だけ騙されそうになった

殺し屋のことを思い出す。



「ちょっ、ちょっと待てっ!」



慌てる種馬は、

持っていたカップを落としそうになりながら、

シンクに寄り掛かっていた体が浮いてしまう。

「なぁーんで奴の名前が出るんだよっ。」

そう言葉に出しつつ、

香が銀狐に決闘を挑んだあの埋め立て地のシーンが思い浮かぶ。

(ああー、確か奴は最初の接触で俺に化けてたな…。)





「あたしが知っている撩は、

…あたしに、そんな言葉、使ったりしなかった…。」




視線をそらしながら、小さく呟く香。

撩の態度の変化に、

香の頭の理解がついていっていない姿と

俯く香の表情に、撩はチクリときた。

(そりゃそうだろうな、

優しい言葉なんて、殆どかけてやったことがなかったもんな。)



撩から盛大な溜め息が出た。

あの湖畔でのキスの時もそうだったが、

いわば香にそんなことを言わせる程までに

追いつめてしまっていた

自身に対しての溜め息。



撩は、コーヒーカップをテーブルに置き、

香が座っているダイニングテーブルの椅子にゆっくり近付き、

足を壁側にして腰掛けた。



一瞬、身を引こうとした香の頭を

そのまま片手で素早く右肩に抱き寄せる。

「……ばぁか。」

むしろ自分に向けての言葉だ。





「……おまぁ、どこから俺を銀狐だと思ってんだよ。」




撩は自分の匂いをすりつけるかのように、

きつく香の後ろ頭を右手で抱き込んだ。

本当は両手でハグしたいところだが、

そのままの勢いで、

キッチンで致しかねない危険もあり、

動きたがっている左肘を何とかテーブルにかけた。




「……あんとき、おまぁ銀狐をすぐに見破ってたじゃねぇか。」

「ええっ!?」





香は驚いて撩を見上げた。

「ちょっ、ちょっと、どういうこと?撩、

あの埋め立て地のこと知ってるの?」

(あちゃっ、しまった。またやっちまった。

陰から香をサポートしたことは秘密だったんだ…。)



遠目からではあったが、

唇の動きで2人のやり取りは概ね把握していた。

香の下着で、

無理にもっこりしていた銀狐の姿を思い出し、

吹き出しそうになるが、

ここで、奴と大きさが違うだろうがと、

自分の自慢の相棒を見せたところで、

特大ハンマーを食らうのは想像に易い。




「……お前に何かあったら、俺が槇ちゃんに祟り殺されるからな。」




こっちを見つめている香の視線をわざと逸らすために、

香の頬を胸に押し付けるように抱き直す。






「……見守るのは当然だろ……。」

「………。」





香は、もしかしたらあの時、

銀狐は撩によって始末されたのかもしれないという、

かすかとは言えない可能性を感じていた。

撩の助けがなければ、

やっぱりダメだったのかと、

パートナーとして、

自分が情けなくなり、表情が暗くなる。





「まだ、俺がニセモノだって思う?」





撩の問いに、はっとする。

「……ごめ…なさい、何だか、少し混乱しちゃって……。」

(ああ、だめ。たぶん、疲れのせいだわ。

撩の気遣いに気持ちが追いついてこない……。

撩じゃないかも、なんて思ってしまうなんて、…どうかしてる。)



銀狐の時のことを知っていたことも、

詳しく聞き返したいのに、疲労のためか、

それも言い出すのさえも億劫になっている。

「謝るこたぁない。

とりあえず、風呂入ってこい。

後のことは心配すんな。」

香の背中をぽんぽんと優しくたたいて、

撩は腕をほどき立ち上がった。




撩が離れて、また淋しさが燻(くすぶ)る。

「…ありがと。そう、するわ。」

相方の言う通り、

早く汚れを落として普段着に着替えたかった香は

ちょっと重たげに立ち上がる。



撩は、

ふっと微笑んで香のくせ毛をくしゃっと掻き上げた。

「まぁ、ゆっくり温まってこいや。」

「…うん。」

ちょっとバツが悪そうな顔をして、

香はポーチを持ち、キッチンを後にした。



***************************
(18)につづく。







奥多摩から帰ってきてから初めての2人の食卓です。
当サイトでは食事シーンがけっこう出てくる予定ですが、
原作も、2人が何かを食べている場面が多く描かれており、
キャラが生きていることを感じさせる
重要なコマとして意識しています。
しかし、基本ワタクシ料理、というか家事が苦手なので、
おかしな表現が混じるかもしれませんが、
気付かなかったことにして下さいませ〜。
さて、お疲れの香ちゃん、
悩み迷いつつも早くもっこりタイムにもって行きたい撩ちん、
この後どうする?

【今更修正】
煎れる⇒いれるに訂正!
Sさんご連絡感謝!
2014.02.11.23:40

【今更修正】
インナーに着替えたかった
⇒普段着に着替えたかった
に変えてみました。
mさんの参考情報ありがとうございました!
2017.02.13.21:39

and 若干改稿



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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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