15-15 Game Over

第15部 Mean Of Luck  

奥多摩から8日目


(15)Game Over  ********************************************* 2936文字くらい



バタンと戸が閉める音で、

香はちょっとだけ、しまったと思った。

この音で、

自分がどこにいるのか撩に教えてしまったようなもの。

慌てて振り返り、

客間の扉にある数カ所の鍵を施錠した。

まるで鬼ごっこだ。

本気になった撩からは、

絶対に逃げることは出来ない。

たぶん、

撩はこのやりとりをからかいも含め楽しんでいる。

そう思うとどこか悔しく癪に触って仕様がない。



香は、

ふうと息をついてドレッサーの前に腰を下ろした。

食事と片付けを済ませたのが1時台、

訓練をしていたのは2時台、

今は3時台。



髪の毛にタオルを当て、水気を吸い取らせる。

鏡に映る自分の姿を目に入れるのがなんとなく嫌で、

鏡面から視線をそらした。



「あと30分くらいしたら、お布団と洗濯物入れなきゃ…。」



頭の中は次の家事のことで占められてくる。

とりあえずは、

ドライヤーにスイッチを入れ熱のある風を頭部にあて始めた。

指を通そうとしたところで、ふと思い立つ。

「やっぱり、

一日2回も髪の毛洗ってドライヤー使うのもったいなわ…。」

一度スイッチを切って、またタオルで乾かすことに。

やわやわとくせ毛を混ぜながら

タオル地に水気を吸収させていく。



ふと電気スタンドの傍の写真立てに視線が動き、

手を伸ばして向きを変え、

自分もベランダ側に背を向けた。

兄とのツーショット写真。



「アニキ…。」



手を止めずに、写真の中の兄を見つめる。

その死を受け入れるのには、

実際多くの時間を費やした。

以前は、写真を見る度に、

深く大きな喪失感しか感じ得なく、

一人涙を零すことも多々あった。

悲しみや不安に押し潰されそうになった時、

撩の傍が居場所として与えられていることに、

どんなに救われたことか。



自分の中の時計が止まらなかったのは、

撩のおかげだ。

いつしか、心の中に兄が生きていると、

なんとか置き換えられるようになり、

いつもそばにいると、

思いを前向きにとらえることが出来るようになった。

ただ、その考えの基盤があると、

撩と触れ合っている時も、

なんだか自分のことを兄が見ているようで、

恥ずかしさが更に上乗せされるのだ。



だいぶ髪の毛が乾いてきたので、

仕上げだけドライヤーを使う。

モーターの音が響くと共に熱風が当たり、

ふわりさらりと茶色い髪が揺れる。

何度か指ですいたあと、

かちりとスイッチを切り、ふぅと息をついた。



「お布団とりこまなきゃ…。」



プラグを抜き、

さっき持ってきた3点セットを持って立ち上がった時、

背後に温かい空気と嗅ぎ慣れた匂いを感じた。

「え?」

振り向く前に、捕獲されてしまう。

足元にタオルもボトルもドライヤーも音を立てて落下。



「っりょっ…!」



相方の突然の登場。

後ろから両腕でやんわりと絡められる。

「な、なん、なんで???」

体を少し捩って後方のドアを見ると

鍵は閉まったまま。

「どどどどどっから入ってきたのよっ!」

太い腕に手を当て反射的に離そうとするが、

力でかなうはずなく、

唐突の襲撃に、また体温が上がってくる。



「入ってきたのは、あそこぉー。」



左腕が少し浮き、指差された先は、ベランダ側の角。

床が四角くパカッと空いている。



「ト、トラップしかけといたのにっ!」

「あー、あれ、かわしちゃったぁー。」

「そ、そんなっ。」

「布団と洗濯モンは俺がとりこんどいたからぁー。」

「は?」

「つぅーワケで、仲良くしましょっ!かおりちゃんっ!」

「わわわっ。」

撩は香を後ろから抱き込んだまま、

ベッドにごろんと横になった。

撩のベッドより狭いシングルサイズ、

大柄の2人が横になるにはかなり窮屈。

「りょ、撩っ!」

「晩飯の仕度までは、のんびりできるだろ?」



撩は後ろから抱き込んだまま香の髪に鼻を埋めた。

香は全身真っ赤になり、きゅうと体が硬くなる。

まさか、

ここでコトが始まってしまうのではという緊張感が体に走る。

撩は後ろからふっと笑った。



「なんもしやしねーから、んなに硬くなるなって。」

「ぇ?」

小さく驚きの声を出す。

「休憩タイム。おまぁ、朝からずっと動きっ放しだろ?」

撩が抱き込んだ腕で優しく体を撫で始めた。

「ぁ…。」

それだけで融けてしまいそうな気持ちよさが込み上がってくる。



「りょ…。」



たぶんこれは、

夜のための体力温存を目的とした撩の作戦だ、

珍しくこの手のことに感が働いた香はそう確信を持ってしまった。

皮膚の赤さは増したが、

おのずと体の強張りはふうと抜ける。

一方で、

自分が今まで日常的に使っていたベッドで、

撩と密着しながら横になっている事実が、

より脈拍数を高める。

9日ぶりに横になるせいか、ほんの少しだけ埃っぽい。



「何にも考えずに、体を休めろ。」

ふいに撩の右腕がすっと上がってきて、

目の前にかざされ、視界が暗くなる。

「アイマスク。」

「ぁ。」

指三本分でちょうど香の両目を覆う。

指からの温度も心地良く温湿布を施されているかのよう。

さっきまでは、眠気など全くなく、

家事に入るモードにスイッチがオンとなっていたのに、

この僅か数アクションだけで、

完全に副交感神経が台頭してきた。

撩の計算尽くの動きが、

やっぱり癪で、自分の意識が落ちる前に、

何か言ってやらないと気がすまなくなってきた。



「……さっき、ブレーキ、壊れたって、言ってたくせに…。」

「……修理した。」

「は?」

「いいから、休め……。」

「……あれじゃ、訓練になんない。」

「……俺の腕を舐めたおまぁが悪い。」

「むっ、ヒトのせいにしないでよっ。」

「まぁいいさ、

今日見たい所は確認できたし、明日は射撃すっか。」

「地下で?」

「そ、とにかく今はちゃんと休んどけ。」



撩は香の目に指を添えたまま、

きゅっと抱き直した。

風呂上がりの清潔な香料の香りと

香自身の持つ固有の匂いが、

媚薬のように混じり合い、撩の鼻腔を刺激する。



「…ん。」



香もおしゃべりをやめ、しばし沈黙していたが、

包まれている心地良さに、

瞼越しに入る光もなく、

撩のぬくもりを背中で感じながら、

やがて重力に意識がもっていかれるまま、

すーと眠りに落ちて行った。





「…んと、面白いくらい寝付きがいいよなぁ。」



香の想像通り、

夜のために疲労は最小限にしたいという撩の思惑は、

とりあえず成功。

撩はそっと右手を離し、

腕を伸ばして頭の上のカーテンを閉めた。

やや薄暗くなる室内。

ちらっと視界に入ったベッドサイドの写真は、

丁度こちらから斜めになったまま。



「悪いな、槇ちゃん。」



撩は、

フレームをさらに移動させ裏面だけが見えるようにした。



「……思った以上、だな。」



香の身体能力を甘く計算していたことを振り返る。

自分の動きの見よう見真似で、

殆ど指導なしの独学にも関わらず、

本人も気付かないところで、

かなりスキルアップしている。

パートナーとしての役回りを必死に身につけようと

陰ながら努力していたことを知りつつも、

あえて見ぬフリをしていた。

それどころか、

能力のなさを抉るような文言ばかりを与えていた。



「はぁ…。」



いずれは表に返すのだからと、

教える必要も褒める必要もないと、

醜い言い訳をしていた己に溜め息をつく。



撩は、くっと香を抱き直し、

シャンプーの香りが残る茶色い髪に鼻をすりよせる。

後ろから抱き込むスタイルは、

自分の体のサイズにぴったりくる抱き心地で、

これだけで今、

生きていることの幸運を思う。



ずっと抱き込んで包んでいたい。

そう思いながら、

撩もゆっくり目を閉じた。




********************************************
(16)へつづく。





狭いだろうな〜。

【AH最新刊ネタ】
以下ネタバレ注意です。
情報を取り入れたくない方はこれより先はご遠慮ください。
2ndシーズン(5)の倉田編、
手塚治虫氏の「ブラック・ジャック」に類似のお話しがありまして、
第85話「浦島太郎」
(秋田書店少年チャンピオンコミックス9巻昭和51年9月初版)
に掲載されています。
大正13年の設定で、
鉱山で働く父親のところに弁当を届けに行った15才の少年が
落盤事故に遭い、
植物人間で老化しないまま55年間、意識なしで生きながらえ、
ブラック・ジャックが手術をし、目覚めたとたんに
老化現象が始まってそのまま老衰で死亡という内容でした。
北条さんがこのお話しを知っていたかどうかは不明ですが、
脚本としては、
AHの構成も、結構胸が掴まれる流れで、
1973年がからんでいることもあり、
AHの全ストーリーの中でもなかなか感触が良かったです。
(しかし5巻はカオリン殆ど登場なし、そのほうがむしろ潔い?)
珍しくAHコミックの感想でした〜。


【誤植情報感謝!】
Sさま:千錠→施錠の変更やっと出来ました〜。
ご連絡本当にありがとうございました!
2013.11.16.03:00

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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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