15-16 Maintenance

第15部 Mean Of Luck  

奥多摩から8日目


(16)Maintenance  ******************************************3748文字くらい



「…ん。」

ふと目が覚める。

現在地が薄暗い自分の部屋だと、少し遅れて気が付く。



「あれ?」



どうして、ここでこうしているのかすぐには分からなかった。

なぜか、しっかり布団の中に入ってぐっすり寝入ってしまったらしい。

随分すっきりとした。

ここで寝るのは久しぶりかもと思いつつも,

今自分がここにいる理由を、

起き抜きの頭でぼやけた記憶からたぐりよせる。



はっと息を飲み、がばっと起き上がる。

後ろを振り向くがそこは壁だけ。

客間には自分1人。



「…ま、まさか夢、だったの?」



撩がいない。

扉の施錠もそのまま、床の抜け穴はフタが閉まっている。

床に落としたペットボトルやドライヤーは、

ドレッサーの上に並べられていた。

開けていたカーテンは、2カ所とも閉められている。



さっきの鬼ごっこは夢の中の出来事だったのかと、

若干混乱気味になる。

しかし、ふと視界に入った不自然な向きをしている写真立てに、

撩の痕跡を見つけた。



「ぷっ。」



どんな顔をして、この写真の向きを変えたんだかと、

想像しただけで可笑しくなった。

横になった時は、確か布団の上に転がったはず。

撩が、掛け布団をかぶせてくれたのか。



時計はあれから1時間半ほど過ぎている。

脳と体を休ませるのに、ちょうどいい長さに、

香は爽快感の中で、んーと伸びをした。

ゆっくりとベッドから降りると、扉と抜け穴を交互に見る。



「わざわざ、抜け穴から出てったの?」



タオルとドライヤーとボトルを持って、香は錠を外し、ドアをそっと開けた。

物音はしない。

自分の歩くスリッパの音だけが廊下に残る。

脱衣所に寄ってタオルをランドリーバスケットに入れ、

洗面所でドライヤーを定位置に置き、軽く口を漱(すす)いだ。



「撩、どこにいるのかしら?」



香はボトルを持って、隣のキッチンに移動する。

とりあえず冷蔵庫にしまい、ざっと庫内の在庫チェック。

まだ夕食の準備には早い。



リビングに近付くと、微かな金属音が中から聞こえてきた。

「撩?」

そっとノブをまわして中に入ると、

銃の手入れをしているさっきの「鬼」がいた。



「あんれぇ?もう起きちまったの?」



ソファーの短辺に座り、メンテナンスボックスを前に、

分解されたパイソンが並ぶ。

「それ、とっとと自分の部屋にもってけ。油の匂いがついちまう。」

顎でひょいと指された先には、ソファーの長辺側の端にたたんである香の衣類。



「ええっ!たっ、たたんでくれたの!?」

他にも色々干してあったのは、ここにないということは、

すでに指定席に収まっているのか。

目をぱちくりさせて、信じられないと顔に文字が浮き出るくらいの驚きで

しばしフリーズする。



その様子をみて、撩はふと顔を緩ませて、意味深に呟いた。

「あー、ただ働きじゃねぇからな。」

「は?」

撩の声ではっと我に返り、意味を飲み込めずにいたが、

回収が先だと、こめかみを押さえながら、洗濯物を抱える。

「うー、と、とりあえず、あ、ありがと…。」

「おまぁのローマンも持ってこいよ。ついでに掃除してやっから。」

「あ、うん、分かった…。」

香は、撩の行動がまだ納得いかないまま自室に向かう。

食事を作ったり、洗濯物に手を出したりすることは、

今まで殆どあり得なかった姿故、

この1週間余りの変貌にまだ頭の理解がついていかない。



タンスとクローゼットに、衣類を仕舞いながら、

自分の下着まで綺麗に形を整えられていることに気付き、

かぁーと赤くなる。



「も、もうっ!」



ぽんと浮かんだ、

にへら顔のご機嫌モードでランジェリーを畳む撩の姿。

あの男がこんなことをするなんてと、

二度洗濯物を畳んでくれた事実に困惑すると同時に、

寝てしまって、本来自分がすべき家事を撩にさせてしまった申し訳なさと、

下着をしっかり観察されてしまった恥ずかしさが、

同時に沸き上がってきて、心の処理能力が臨界になる。



「ああっと、ローマンは…と。」



ドレッサーの引き出しに仕舞うこともあるが、

普段はショルダーバッグの中。

むき出しで持ち歩くのはなんとなく嫌だったので、

そのままバッグをひょいと持ち上げた。



カチャリとリビングに入ると、もうパイソンは元の形に戻っていた。

「持ってきたよ。」

ソファーの長辺側に腰を下ろして、バッグからローマンを取り出した。

「貸してみ。」

香は、やや緊張気味にローマンを手渡した。

無駄なアクションが全くない鮮やかな手さばきで、

ローマンはあっと言う間に分解される。

「早っ。」

「プロですから。」

涼しい表情で、作業を続ける撩。

一つ一つの部品を拭き上げ、傷や歪みがないかをチェックし、

火薬の残りかすなども残らず除去する。

身を乗り出して、その様子をまじまじを見ている香の表情に、

撩はまたくすりと口角を上げた。



「おまぁ、自分で組み立ててみる?」

「え?」

撩と目が合う。

香は、細い眉を少し寄せて、

テーブルの布の上に並べられた大小の部品に視線を落とした。



「ううん、今日は見るだけにしとく。」

1センチ未満の小さな金属も複数あり、軽く二ケタを越えるパーツに、

まだ自分では手に負えないと直感で判断。

まずは、撩の動きをちゃんと観察しようと、

部品の形とそのあてがわれる位置に意識を向け始めた。



「ふーん、じゃあ、見てな。いつもよりゆっくりやるから。」

太くて長い撩の指では、ピンセットが必要なのではと思うくらいの

繊細な金属がいくつもあるのに、

撩はそれを器用につまんで指定の場所に収めて行く。

形のいい爪と指の動きに、つい目がいってしまいそうになる。

その指が自分に触れていた時のことに思考が引っ張られそうになり、

どきりとしながらも、香は漏らさず吸収しようと、

その作業を食い入るように見つめた。

かちゃかちゃと、乾いた金属音がリビングに響く。



「よし、できあがり。」

カラカラカラカラとシリンダーをまわして、カシャンと本体に引っ込ませた。

「ほい。」

撩は、グリップを向け香に槇村の形見を手渡した。

「あ、ありがと…。で、でも、まだ自分で分解して組み立てるのは無理かも。」

武器庫の管理を任されているとは言え、

各種銃器の外観を磨き、ブラシで掃除をするのが精一杯の状態の香は、

自分の力量の限界を感じる。



「これも、慣れだって。おまぁの得意なトラップと一緒。」

「そ、そ…かな…。」

「そ。」

メンテナンスボックスに、道具をしまいながらそう返事をする撩。

銃火器の消耗品の入手ルートについて、今説明すべきか一瞬迷ったが、

ローマンを受け取った香の表情に、その話題は先送りすることにした。



「……アニキ。」



愛おしさや、悲しさ、郷愁などを含んだ瞳で、

手の中にあるローマンを見つめる香。

整った白く細い指で、そっと銃身をなぞる様は、撩にとってどこかエロティクに見え、

僅かに背筋から刺激が落ちる。

それをごまかすように、撩は指先を軽く布で拭き取った。



コルト・ローマンMK-Ⅲ、刑事だった初期の頃は、ニューナンブを使っていた槇村が、

なぜこの銃を選んだのか。

撩も、香の手の中にある銃を見つめる。

性能の面も然ることながら、

おそらくはそのネーミングの意味合いもかんでいたのか。



『ローマンーーー法の執行人』



法の中では限界を感じていた槇村だからこそ、

あえてそれに反発する名を懐に収め、

警察を離れ、自分と組む覚悟を選んだのだろうか。



香は、やや表情を硬くし、バッグから実弾を取り出し、

ローマンにパチンパチンと6発分を収めた。

安全装置の位置を指先で確認すると、

またその重さを確かめるように、手の中で銃身に熱を伝える。

言葉がでない。

この道具に寄せる想いが、

脳の中であまりにも目まぐるしく渦巻く。

目を閉じると、瞼の裏に次々と流れるローマンに関わるシーンの数々。




— これを パートナーとして受け取ってほしい —

— おまえが ずっと おれのもとにいたいと思うなら… —




自分の手にローマンが渡った時の、

重さと、撩の体温を宿した銃身を思い出す。

8ヶ月前の、あの夜のやり取り。



「…どうした?」

黙ったまま、目を開かない香に、撩は柔らかい声で問いかける。

「…ううん、なんでもない。」

香は、ふぅと瞼を上げ、

いつも持ち歩くバッグからローマンを包むための専用の布地を取り出し、

そっと纏わせた。



「あ、ありがと。メンテナンス、あたしじゃここまで出来ないから、

やっぱり撩頼りだわ。」

「明日から、撃ちまくるぞ。」

「え?」

「だから、おまぁもちゃんとソイツの調子を意識しとけ。」

「…うん。」



撩は、香のくせ毛に右手を伸ばそうとしたが、

それよりも先に、すっと腰を上げた香は、んーと伸びをしながら、

ベランダに目をやった。

「ちょっと早いけど、ごはん作ろっかな。」

空を掴みそうになった手をさりげなく引っ込めて、

撩もパイソンとメンテセットを手に持ち、立ち上がった。

「あー、俺ちょっと買うもんがあるから出かけてくるわ。」

「え?買い物?」

「すぐ戻る。メシたのまぁ。」



撩は、腰にパイソンを差し入れると、片手をひらひらさせてリビングを後にした。

「タバコでも買いに行くのかな?」

しかし、奥多摩から戻ってこの1週間、

撩が喫煙しているところをあまり見ていない気がすると、

香は思い返す。

買い足しが必要な空気を感じなかった香は、

やや疑問を持ちながらも、

ローマンを収めたバッグを手に持ち、

客間兼自室に戻ることにした。


*********************************
(17)へつづく。




撩の指先に、
もっとどぎまぎするカオリンを出したかったのですが、
香ちゃん、頑張って勉強学習モードで集中しました。
さて夕食は何かな〜。

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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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