SS-03 Hidden Scar (side Kaori)

Toad Lily Short Short 03

40000Hit感謝企画

1991年夏から秋

ちょっと切ない香です。



【SS-03】Hidden Scar(side Kaori)************************************1837文字くらい



ふと気付いた。



暑い季節でも、そうでない時も、

撩が、上半身裸で家の中をうろつくことは珍しくなかった。



それが、

海原戦後、教授宅での療養を終えてアパートに戻ってきてから、

撩は自分の体をあたしの前で露(あら)わにすることが

全くなくなってしまった。



最初に違和感を覚えたのは、

日下美佐子さんの依頼が片付いてから間もない頃、

梅雨も開け、都内は夏日に近い気温で、アパートも熱がこもっていたのに、

起こしに行った時、

撩はTシャツを着たままでベッドに寝ていた。



「こんなに暑いのに、

オールヌードじゃないなんて、どうしたのかしら?」



これまでは、

あたしが同じフロアに暮らしていることを気にもとめずに、

自分の裸体を晒(さら)したまま就寝することが日常だった撩。

それが、きっかけで思い起こしてみれば、

お風呂上りも、寝る時も、

撩はあの早春以降、

あたしに上半身の肌を見せないようにしている、

そう感じるようになった。



なぜ?



思い当たるのは、

海原との撃ち合いで傷つけられた左胸の銃創。

恐らく、

鎖骨から10センチくらい下を平行に走っているだろうと思われる

表皮と一部の筋肉が抉(えぐ)れてしまった傷痕は、

目立つ裂傷となって残っているに違いない。



それをあたしに見せないようにしている。

まるで、あの時の記憶を蘇らせないように、

何もなかったと、

船の中での出来事を共有することを拒むように。



そう、考え始めてしまったら、

ますます撩の日々の言動に、

喩えようのない気分が黒く渦巻く。



お互い、

生きることを約束して船底から脱出したのに、

ガラスの向こうに見た曇りのないあの瞳で見つめられながら、

共に死んで悲しませないと誓い合ったのに、

それを全てなきものとして、

これまで通りの日々を重ねる撩の姿に、

あたしは、何かを見失ってしまった。



ミックのところに転がり込んでから、

うやむやのうちに、アパートに戻った後も、

それは変わらないまま。



9月の残暑が厳しい中でも、

あたしは、撩のあの傷がどうなったのか、

知ることのないままに、

季節は、

冬の使者であるロシアからの渡り鳥が各地に飛来していることを

ニュースが伝える時期になってしまった。





もう、変化を求めることに意味はない。





「このまま、…ずっと、このままで、……それでも」





それでも、そばに居られるならば、

パートナーとして生きることができれば、

他の望みを捨てることに、

もう迷いはない。




「……わ、…笑わなきゃ、ね。」




この苦(にが)さはなんだろう。

一緒にいることを望んでいるのは自分なのに、

それを苦に感じてしまうのは、

あたしの弱さなのか。



「……もっと、…強く、ならなきゃ…。」



期待や羨望は、もういらない。

そう心に決めた途端に、

強烈な苦しさが胸を押し潰す。



「……りょっ…。」



奥歯を噛み締める。

声を出して泣くわけにはいかない。

だけど思いに反して頬を伝うものを止められない。



「……ク、……ヒック、…フッ。」



あたしは床に座り込み、

そのままベッドに突っ伏してしまった。



苦しくても、

あたなのそばで、生きたい。

もう、他に何も望まないから、

そばに居させて欲しい。

あなたのパートナーとして生きることが、

あたしの幸せであることに変わりないから。



あなたが、

もうあたしを必要じゃないと本気で突き放す日までは、

あたしが生きる意味を

あなたに求めることを許して欲しい。



「……りょ…。」



あたしは小刻みに震える自分を強く抱き込みながら、

きつく目を閉じ、

そのまま声を押し殺して込み上がる何かに耐え、

浅い呼吸を繰り返した。







いつのまにか

寝てしまったことに気付いたのは、

翌早朝のこと。

スズメたちの鳴き交わす声が耳に届き、

カーテン越しに、朝の光が部屋に注ぐ。



緩慢に身を起こし、

しびれた足を引きずって、ベランダの窓をカララと開ける。

冷えた空気が流れ込んでくる。



見慣れた街の風景が横からの陽を受け、

茜色に反射する。




あたしは、ここで生きていく。




窓枠に右手を添え、眩しさに少し目を細めながら、

大きく息を吸い込んだ。



「笑え。」



陰気臭い顔に、

唇の端を少し吊り上げ笑顔の仮面を貼り付ける。

今日も一日、

あたしたちはお互い何も気付かないことにしながら、

過ごすのだろう。

それでも、いい。




それでも、そばに居たいから…。




「よしっ!顔洗って、洗濯して、食事作って、掃除して、

伝言板見て、買い物して、今日もすることたくさんあるぞ!」



あたしは、自分の頬を両手でパンと叩いて、

部屋に向き直り、写真の中のアニキと目を合わせた。



「……心配、しないでね。」



そう小さく声をかけ、

自分の部屋の扉を静かに開けた。


***********************************
END






香のプチ家出は1991年8月9日(美樹の被害記録帳より)、
アパートに戻ったのは、
香の手帳のスケジュール表から、
同年9月19日(木)となっています。
海原戦後からプチ家出、そして奥多摩の結婚式の少し前、10月下旬まであたりの
香を抜き出してみました。
う〜、辛そうぅ〜。
で、この時部屋の外に撩ちんがいたりするのだ。
原作でも、あの傷が見えるシーン、なかったですよね。確か。
どなたか絵描きさんに、あの海原に撃たれた傷跡のある撩の裸を描いて欲しいな〜。
(また他力本願、あ、こーゆー時にキリリクとかを使うのか?)

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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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