17-08 Hypoxia

第17部 Compensation Of Bill

奥多摩から9日目 


(8)Hypoxia ********************************************************** 3372文字くらい



残り54発。

終盤になると、さすがに全身に疲労物質がまわり始める。

腕を支えられなくなる。

足もふらつき、関節ががたついてきた。

酸欠の症状が若干進行し、足の指先と唇がぴりぴりとし始める。

時計をちらりと見る。

あと15分で開始から1時間。

あと9回の充填でゴール。



香は、たぶん実戦でこういう状態で発砲することもありうるだろうと、

ぼんやりと思う。

自分が負傷していたり、

低温や高温で体力を消耗していたりする状況でも、

的確な判断と行動ができなければならない。

日常では産み出されにくい、五感の限界状態を今体験させられていると

何気なく感じ取った。



(だ、大丈夫、落ち着いて撃てば、時間内には撃ち終わるはず…。)



香は、震える指で一つ一つ銃弾をつまみ上げ、

パチンパチンと奥に押し込む。

ローマンがとても重たく感じる。



(慌てちゃダメ、急ぐときっと暴発させちゃう…。)



銃も落しかねない。

ゴーグルの中で目に汗が入り、

目をきゅっと閉じて、その邪魔な水気を追いやろうとする。

油断すると、マスクの蒸気でまた視界が曇る。

香は、意識して集中力を掻き集めた。



ガンガンガンガンガン!



まだ、なんとか3円分には収まる。

(まずいわ、腕の痺れが酷くなってきた…。)

ずっと支え続けている手首から二の腕が悲鳴をあげている。

(もうちょっとだから頑張れっ!)

繰り返し撃ち続けるも、弾道がぶれてきたのが目に見えくる。

足と手の指先の痺れが徐々に広がって強くなってくる。

唇もまるで炭酸を塗っているかのように、

何かが表皮で弾けているようだ。



(あと、も…ちょっとなのに…。)



足を踏ん張りなおすと、かかとで薬莢を踏んでしまって、

少しバランスを崩した。

「あっ!」

膝が落ちそうになったところで、

撩が右上腕をとり、香を支えた。

「りょ…。」

「まだやれるか?」

覗き込む撩をゴーグルの奥から見つめる香。



(……たぶん、撩は今のあたしの状態を全て分かっている。)

香は、残りの弾数を確認する。

(あと2回…。)



途中で終わらせたくはない。

指示されたメニューをこなせなかったということだけは

どうしても避けたい。

四肢が痺れる感覚に、まともに打ち込める確率はもはや期待できない。

姿勢を戻すと、

香は、自分の右の指を見つめ、ゆっくりぐーとぱーを繰り返す。

(なんとか、指は動かせる。)



「……つ、続けるわ…。」



撩は、ふっと短い息を吐き、無言で後ろに下がった。

ローマンの重さが2倍にも3倍にもなったような錯覚に陥り、

自分の腕にも鉛がぶら下がっているような気分にもなる。

慎重に弾を込め、

少し勢いつけてガシャンとシリンダーを戻す。

両手でしっかりと支え、グリップを握る右手に意識を集める。

左はもう支えるので精一杯。

腕を伸ばすのがかなりきつい。

ゴーグルの奥の瞳は、険しい視線となる。

人指し指が引き金にかかる。



ガンガンガンガンガン!



「はぁ、…はぁ、…はぁ。」



呼吸がしにくい。

今すぐにでもマスクを取り去りたい。

(でも、あと1回…。)

薬莢を落とし、

最後の弾を箱から取り出す。

(ああ、なんか指の感覚がないかも…。)

視覚情報だけで、なんとかローマンに弾を収める。

(これが最後、もう一息だからっ!)

自分を励ますも、

3枚目の的もすでに中心部は円形が見えない。

(あの穴の中に打ち込んでラストよ……。)



「はぁ、…はぁ、…はぁ」



呼吸に合わせて腕が上下し、照準が定まらない。

(だめ、揺れる…。)

眉間に深い皺が寄る。

(息止めなきゃ…。)

ぶれが収まったその瞬間、香は一気に最後の6発を撃ち込んだ。





「……お、終わった…。」



銃口からゆらゆらと薄い煙があがる。

香はゆっくりと腕を降ろした。

俯き加減で、ふうーと息を吐くと、思い出したかのように

マスクに指をひっかけ、ぐいっと取り去った。



「っはぁー。」

力一杯空気を吸い込む。

「はい、おつかれさん。」

背後から撩が近付いてくる。

「……も、これ脱いでいい?」

汗で中が蒸して熱い。

「だーめ。」

「はぁ?」

「ここでは脱ぐな。外に出てからな。」



撩は、ダチョウの羽根で作られた埃払いを手にして、

香の上から下までかぶってしまっている火薬のカスをはたき落とした。

撩が作業しやすいようにと、少し体を動かしたら、

いきなり反射が働いた。

「あつっ!」

「あ、ばか!銃身に触んじゃねぇよ!火傷すんだろが!」

ふいに熱くなっている銃身に指が触れてしまった。

左の人差し指の側面を慌てて自分の口に入れる。

「ほれ、一通り落としたから、ローマンはそこに置いて、

さっさと外に出て、とっちまえ。」

「あ、…うん。」



ブースに熱くなった自分の銃をごとりと置くも、

まだ足先が痺れて、床に散らばる薬莢をうまく避けて歩けない。

もたついていたら、撩が正面にやってきた。

「よっ。」

伸びてきた腕に気をとられた瞬間、天地が逆さまになった。

「わわわっ!」

撩は、右肩に香を担いでそのまま射撃場を出て行く。

「ちょっ、ちょっと!」

撩の背中に鼻をぶつけ、帽子も途中で落ちてしまった。

降ろされたのは、出入り口のすぐそば。

「ほれ。」

すとんと足をつかされたが、まだ若干ふらつく。

壁に手をつけ、

体勢を立て直していたら、撩の腕が香の首の後ろにまわり、

ポンチョのボタンをはずして、そのままスルリと床に落とされた。

ゴーグルも香が手を伸ばす前にめくり取られてしまう。

「あとは手袋とっちまいな。」

撩は、一度射撃場の扉を開けて

落ちた帽子とショルダーバッグをさっさと取ってくると

すぐに出入口を閉めた。

開いている左手で素早く後ろポケットから買い物袋を取り出し、

テキパキとマスク、ポンチョ、帽子、ゴーグル、指なし手袋の5点セットを詰め込む。



「こいつをあとでしっかり洗っておきな。」



ぬっと出された袋とバッグを、香はきょとんとして受け取った。

汗が引いて、少しふるっとする。

マスクをとってから数分、やっと指先の痺れ具合が減退してきた。

前髪の生え際は、汗で産毛が光っている。



「まだ…、しびれるか?」

「え?」

「おまぁ、自分から全然言わねぇーからなぁ。」

そう言いながら、撩はくいっと香を抱き寄せた。

「あ…。」

突然の抱擁に驚く香。

かぁああと顔が熱くなる。

確かに撩には、指先が痺れて来ただとか、唇がピリピリしてきただとかは、

一切言っていない。

言葉に出すと、それはただの泣き言にしかならない。

ただ、自分の鈍い動きで、

きっと悟られているのではという思いはあったが、

こうもダイレクトに問われると、素直に返事ができなくなる。



「酸欠気味だったのを、俺が分からないとでも思ってたか?」

「……ううん。……バレてるかなとは、思ってた。」

「どうして何も言わなかった?」

「…ぁ、…頑張れば、…なんとか、終わらせることができるかと思っていたから。」

「……ムリすっと、事故に繋がるだろうが。」

「…ご、…めんなさい。」

香の謝罪の言葉に、ずきりとくる撩。

ぐいっと抱き込む腕に力を込めて、香の頭部に鼻を埋めた。

帽子で守られていた髪には、殆ど硝煙の匂いはついていない。



「……まぁ、よく頑張ったな。初めての長時間射撃にしちゃ、上々だ。」

「……え?…でも、あまり真ん中に当たんなかったから、悔しくて…。」

「普通、初心者があんな条件下で撃つと、後半はだいたい円の外だぜ。

おまぁ、最後まで場外はなかったじゃん。」

「……そっか…。」

撩の胸に頬を寄せて、だんだんと静まってくる痺れの様子を伺った。

「次は、1時間半で弾数増やすからな。」

「え?…えええ?!」

思わず、撩を見上げる。

1時間300発でも、かなりきつかったのだが、

さらに延長戦が控えていることに、

香はぎくりとなった。

「出来そうか?」

至近距離で覗き込まれる。

「う…。」

今回のダメージの原因は、あのマスクのせいだと確信した香。

「……通気性のいいマスクが欲しい…。スピードローダーも使いたい。」

「あーん?それじゃあ訓練にならん。」

「ぐ…。」

「縄跳びもそのうち、マスク付きな。」

「……ぅ、……わ、わかった…。」

はぁ、と脱力して照れながらも撩に体重を預ける。

結構疲れてしまった。



何かのマンガで、

マスクをして剣道の練習をしているシーンを見たことがあったが、

まさか、それをこのような形で導入されるとは思ってもみなかった香。

これに慣れるまでの道のりは、決して短くなさそうだと、

撩の腕の中で、うっすらと考えていた。


**********************************
(9)へつづく。





カオリン、お疲れさまでした。
的が何発で交換かというものイイカゲンですので〜。
ちばてつやの「俺は鉄平!」のワンシーンに、
マスク付き剣道の練習風景が出てきます。
酸欠状態、当方極稀に喘息発作が出てしまい、
過呼吸状態で手足唇の泡立ち感を実体験。
薬がなかったらヤバかった苦い思い出があるので、
無理はしないと心に決めていますが、
なかなか思惑通りには行かなくて…。

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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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