17-11 Snack Bar "POTATO-KUN"

第17部 Compensation Of Bill

奥多摩から9日目


(11)Snack Bar “POTATO-KUN” ********************************* 3992文字くらい



ふと目が覚める香。

時計を見る。

「4時か…、うわっ、1時間半も寝ちゃったの?」

驚きとともに上半身が飛び上がる。

ちょっとの休息のはずが、

また無意識に睡眠単位1個分を使ってしまった。

比較的すきっりしている。

しかしながら、若干腕が痛い。



「明日、筋肉痛かな…。」



ベッドから降り立つと、

さっきミックから貰った花束が

テーブルの上でそのままになっていた。

「あ、いっけない!」

慌てて手に取りラッピングがカサリと音を立てる。

花が弱っていないことを確認すると、

キッチンに運び、シンクの桶に水を貯めて、

包装紙とアルミホイルとティシュを取り除き、

調理バサミで切り口を少し落とし、新しい細胞を露出させる。



「どこに飾ろうかしら…。」



そんなに大きくない花束。

以前、沙羅が隠れた倉庫に向かい、適当な大きさの花瓶を探してみる。

「あ、あった。これでいいかな。」

小さな紺色のガラス製で四角柱。

キッチンに戻り、花瓶を軽く洗って水を注ぎ、花を生けてみる。



「うーん、リビングでいっか。」



香は、花瓶を抱えて居間に向かう。

ミックの言いかけた祝いの言葉が分からないまま、

ソファーの長辺側の後ろにあるリビングボードの上に指定席を作る。

そんなに香りが強いものではないが、

可愛い彩りにこの空間が少し温かくなる。



「これでよし、っと、次は…。」



香は、再びキッチンに向かい、夕食分の米を研ぐ。

(今日は何にしようかな…。)

メニューが決まらない。

味噌汁は朝の分がある。

「うーん、後で特売の何かがあったら買ってこようかな。」



脱衣所に行って、

帽子、ポンチョや、手袋、マスク、さっき脱いだ上着を洗う準備をする。

ビニール袋の中は、確かにあの射撃場の匂いが色濃く残ってた。

「これは洗濯機はダメね。」

ポンチョはバケツに浸け置き洗いをすることに。




リビングに再度戻り、時計を見る。

「ああっ!もう4時半!開店前に行かなきゃっ!」

香は、教授とファルコンから入った収入をあてに、

さっさと撩のツケを払ってしまいたいと、

今日の夕方には、何軒かのお店を尋ねることにしていた。

なにせ半年分以上はたまっているのだ。

(できたら、3軒くらいはまわりたいわ。)



しかし、まだ撩がミックのところから戻ってきてない。

「すぐ戻るって行っていたけど。まさか、また何か仕事とかするのかしら?」

撩を待つことも考えたが、

とにかく一刻も早くツケの支払いに行きたい。

「伝言を残していけばいいか。」



香は出かける準備をしながら、各お店からの請求書と支払い金額を整え

封筒に詰めると、宛名を書き、店長に渡せる手はずを整えた。

そして、大急ぎでキッチンで撩にメモ書きを残す。

すぐに帰宅できることを目論での一筆。



『ちょっと出かけてきます。香』



「もう、何か聞かれても、いいわっ!支払いの方が優先!

適当に流せばいい!って……。」

つと汗がこめかみから伝う。

「……で、できるかしら…。」

撩があれだけ嫌がっている事案、

妊娠説まで飛び交っている渦中に、一人で行っていいものだろうかと、

一瞬迷うも、やはり次いつ払えるか分からないツケの清算を選ぶことにした。

「さっさと支払ってお店から出ればいいのよっ!うん!」

くっと立ち上がる香。



夕方5時前、アパートを出る。

向かうは新宿2丁目方面。

射撃の疲労が若干残るものの、

足早に、ローパンプスで目的地に歩みを進めた。






「まずは、『スナックポテトくん』ね。」

入口前で、一旦深呼吸する香。

まだ、看板は出ていない。

そっと、ドアを押して隙間から顔をのぞかせた。

カランと銅製の鐘が鳴る。



「こ、こんにちはー。ママさんいます?」

「あーら!香ちゃんっ!」

カウンターのテーブルを拭いていた主人が目の前にいた。

店内には彼女1人だけ。

「ご、ごぶさたしてます。

あ、あの撩のたまったツケを支払いに来ました。」

「まぁー、わざわざ?」

ママは、台布巾をテーブルに置いて、

エプロンで手を拭いながら嬉しそうに香に近付いた。



「そんなのいつでもよかったのに。

こっちこそ撩ちゃんにはお世話になっているんだから。」

「ええ?ご迷惑をおかけしてばかりじゃないかと…。」

「いいから、いいから、香ちゃん、ちょっとこっちに座って行きなさいよ。」

ショルダーバッグから、封筒を取り出そうとした香の肩を押して、

スナックの主人はカウンターに導いた。

ストールに無理矢理座らせられる香。



「ね、お祝いさせて!ちょうど良かったわ!飲んで欲しいものがあるの♡」

「え?あ、あの…。」

「あなた達のことを聞いて、すぐに注文したのよ。

つい2日前届いたばかりなの。」



ママは、しゃべろうとする香を遮って、カウンターの中に入り、

業務用冷蔵庫を開けると、あるビンを取り出した。

ラベルを見て、香は頬が染まった。

「あ…。」

ラベルに書かれている焼酎の銘柄は『 香姫 』。



「ね、香ちゃんぴったりのお酒でしょ?」

にこやかに説明するママは、きゅっと栓を開けて、

素早くハイボールを作り始めた。

「噂を聞いてね、お祝いにはこれしかないっ!て思ってたのよ。」

からんと氷の傾く音がする。

香は、ある程度覚悟していたので、ちょっとだけとぼけることにした。



「あ、あのウワサって…。」

「決まっているじゃない、撩ちゃんがやっとケジメつけたって。

キャッツのあの2人の結婚式の話しと一緒に、

もう話題はもちきりなのよ♡」

「は、ははは…。」

かぁぁぁと体温が上がる。

もうごまかせないかと、

香は座ったまま小さくなって全身を赤らめた。



「はい、どうぞ。まだ早いから少し薄めに作ってあるわ。」

「いいんですか?頂いて?」

「だって、香ちゃんのためのお酒なのよ。なに遠慮してるのっ。」

「あ、ありがとうございます。」



香は、遠慮気味にグラスに手を伸ばした。

レモンの香がほっとさせる。

つっと口をつけると、実に飲みやすい風味で、お酒に弱い香も楽しめる1杯。

「おいし!」

「でしょ?」

作り終わったママは、カウンターから出て来て、香の隣に腰を降ろした。

「高知のね、菊水酒造さんのお酒でね、実は原材料がパンなんですって。」

「パ、パン??」

「そうなの。面白いでしょ。」

女主人は、照れながらお酒を味わう香の横顔を見つめて、

ふっと表情が緩んだ。



「香ちゃん、本当によかったわ……。今まで長かったものね……。」

「!!っ。」

香は、お酒を吹きそうになった。

「ママさんっ。」

「まったく撩ちゃんったら、こぉんなかわいい子をずっとほったらかして、

酷いわよねぇ〜。とっくの昔から香ちゃんにメロメロだったくせにねぇ〜。」

「ごほっ!ごほっ!ぐっ、っっ。」

「あらあら、大丈夫?」

「は、はい…。」

むせる香の背を優しく撫でた後、

両指を組んで頬杖をつく主人は、視線を酒類の並ぶ棚に送る。



「ちょうどね、あたしがこのお店を始めた頃に、撩ちゃんも新宿に来たみたいでね。

そう、もう11年くらい前になるのかしら?

その時から、あのスケベっぷりは変わってないけど、

たぶん、あなたのお兄さんと出会ってからかしらね、

雰囲気が随分と変わってきたのよ。

最初の頃は、言葉数も少なかったしね。」



香ははっと顔をあげた。

「え?アニキのことも知っているんですか?」

「もちろん、撩ちゃんが、このお店に連れてきたこともあったのよ。

その時、緑茶ありますかって聞かれたから、

お店中、大笑いしちゃってっ……。」

目尻に皺を寄せながら、くすくすと笑うママの姿に、香はきょとんとする。



ふぅっと視線を流して、香を見つめるママ。

一拍置いて香の左耳の上の髪につと指を伸ばした。

「ふぇ?」

「香ちゃん、ほんと、綺麗になったわ…。」

「は?」

「たっぷり愛されてるみたいね!」

にっと微笑んで、すっと立ち上がるママ。

ぼしゅっと頭部から湯気が吹き上がる香。

なぜこのセリフが今出るのか訳が分からず、口がぱくぱくしてしまう。

「ちょっと待ってて、今領収書持ってくるから。」

「あ、は、は、はい!」



その間に、香は作ってもらったお酒の残りをくっと飲み干した。

カウンターのレジにまわったママは、ゆっくり戻ってくる。

それに合わせて、バッグから封筒を出した香。



「あ、あの、これがたぶん半年分のツケになると思います。

中身を確認して頂けますか?」

外身からも厚さが分かる茶封筒をママは受け取る。

「あら、撩ちゃん、こんなに溜め込んでたのね。」

「も、申し訳ないです…。」

肩幅が狭くなる。

ママは、受け取った金額をさらさらと領収書に記入して、

ぴっと冊子からちぎった。

そして、おもむろに、封筒から紙幣を半分取り出すと、

香に領収書と一緒に手渡した。



「えええ?」

「受け取って頂戴。お店からのお祝い。」

「そそそ、そんな!これは、だだだめですよ!撩の飲み食い代なんで、

ちゃんと受け取って下さい!」

「受け取ったって、ちゃんとハンコ付きで書いたわよ。」

「だだだだだけどっ!」

「いいの、いいの。」

「こここ困りますっ!」

「また気軽にお店に寄ってちょうだい。

顔を見せてくれることが、私たちの元気につながるから。ね!」

「ママさん…。」

「『香姫』はキープにしておく?持って帰る?」

「え?」

「また撩ちゃんと一緒に来た時、作ってあげましょうか。」

「…ぁ、…じゃあ、お店に、…置いといてもらえますか?」

「分かったわ、ちゃんと冷やしておくから、いつでも飲みにいらっしゃい。」

「ママさん、…ありがとう。」



ぐずっと鼻をすすって、少しのアルコールで気分もほかほかしてしまい、

女主人の心使いに、胸がくっと掴まれてしまった。



「じゃあ、そろそろおいとまします。次のお店に行かないと…。」

「引き止めてごめんなさいね。」

「いえ、本当にありがとうございました!お、お邪魔しましたっ。」

頬を染めて笑顔で会釈する香を、ママは片手をあげて優しく見送る

「……ほんと、良かったわ…。」



カランカランとドアベルの鳴る中、

彼女はしばらく香が出て行ったドアを見つめていた。



***********************
(12)につづく。





完全版15巻・第141話「勇者と腰抜け」の巻で登場した、
スナックポテトくんのママ。目元のホクロが印象的でした。
あの時は3ヶ月分でしたが、今回は半年分ということで、
日下美佐子編あたりから溜め込んでいた設定にしております。
「香姫」実在しますが、
たぶんこの時代には販売されていなかったと思われます。
とりあえずネーミング優先ネタということで〜。
とうワケで、まずは1軒目でした。


【追記】
お問い合わせを頂きましたので、追記いたします。
2/28の「お詫び」の記事で、1ヶ月分の自動更新後、
新年度以降について明記しておりませんでした。
とりあえずは、この第17部はちゃんと節目まで
持って行きたいと思いますので、
4月1日以降も17-12からご覧頂けます。
その後も続けたいのですが、
とにかく気分を上向きにできるよう、
春の気温の上昇に便乗したいところです。


【いよいよ明日…】
正直、リンク記事の公開は、若干の恐怖心もあります。
ご挨拶に伺うのも、
緊張感で脂汗を手ににじませながらの送信で、
仕上がった記事に、
またこの人はとんでもないことをしてくれたと、
受け止められる可能性もゼロではないでしょうし、
一時期、本気で記事作成を中止にしようかと
かなり悩みましたが、
多くのWM様から有り難い返信を頂戴し、
エンプティーに近かった燃料を注いでもらいました。
こんなブレが拭えないサイトですが、
ガス欠にならないよう、
じんわりと徐行運転をさせて頂ければと思います。
改めてご連絡を下さったサイトマスターの皆様
ありがとうございました。

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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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試運転中…

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