17-15 Autumn Rain (side Kaori)

第17部 Compensation Of Bill

奥多摩から9日目


(15) Autumn Rain (side Kaori) ****************************** 3224文字くらい



あのバーの空間から表に出たとたんに、

現実世界に無理矢理引き戻された気分だわ…。



まるで背中に、

何かがずっしりとのしかかる感じがする。

射撃の疲れなのか、

それとも、ツケの支払いで3軒のお店を巡ったせいなのかしら…。



身体的な疲労もあるけど、

やっぱりエロイカで聞かされた話しの内容が、

胃の中にべっとりとこびりついているようで剥がれない。

それがまるで胃潰瘍のようにちくちくと傷む。

それでも、さっきのバーテンさんの計らいで、

穏やかになれる時間を少しもらうことができたけど…。



「とりあえず、今日のノルマはおしまいね…。」



ひゅうと強いビル風が吹く。

早く歩きたいのに、思うように前に進まない。

低気圧が近付いている時に感じるひんやりとした空気が、

繁華街のアスファルトを撫でて行く。

街路樹の葉が揺れ、

歩道に落ちている枯れ葉はまとまって小さな渦を作る。



「は、早く帰らなきゃ。」



『BARカジノ』は3軒の中でアパートから一番遠い。

あたしは、ビルの間から見える黒い空を見上げ、

小走りで自宅に向かった。



「撩は、もうミックのとこから戻ったかしら?」



出かける時は5時前だったのに、今はもうすぐ7時。

2時間以上経っていれば、もう家に帰ってるかしら。

書き置きに、どこに行くって書かなかったから、

余計な心配をかけているかもしれない。

ううん、むしろ夕食も気にせず、

そのままミックとどこかの店に繰り出していることも

充分考えられるわ。

どっちにしても、早く戻って食事作らなきゃ。




あたしは、そんなことを考えながら、

舗装された道を進んでいたら、

一つ二つと水玉模様が広がって来た。



「やだっ!降ってきた!」



タンタンタンと店舗の屋根や窓に当たる雨音は、

そのうちザーッという砂嵐の効果音と重なった。

暗くなった街を歩く多くの通行人たちも、

急いで傘を出す派と建物に避難する派とに別れる。



「わー、だめっ!傘出さなきゃ!」



あたしは、あわてて雑居ビルの入口に避難して、

ショルダーバッグを開けた。



「あれ?」



がさがさと中身を掻き分ける。

「うそ!」

探しているものが見つからない。

「あーん!傘忘れちゃったっ!」

自分の不注意さに情けなく思いながら、

暫く様子を見るも、

通り雨とは雰囲気が違う冷たい大きな雨滴に、

あたしは三択を迫られた。



このまま濡れてダッシュで帰宅するか。

電話のあるところまで行って、撩に電話して迎えにきてもらうか。

コンビニまで走りビニール傘を買って帰るか。



「うーん…。」



正直、今は撩と顔を合わせ辛い。

心の整頓が全く出来ていない上に、

連絡を入れても撩がアパートにいる保証はない。

傘をわざわざ買うのも、もったいない。

ここは、バーからアパートまで丁度中間地点。

この場所で、いつまでもこうしている訳にはいかないし…。



しばらく、雨足の強さを窺っていたら、

雨雲の隙間に入ったのか、小雨に切り替わった。

「ど、どうしよう…。」

きっと、このまま止むっていう感じじゃないわよね…。

でも、ここからなら走れば10分もかからないはずだし…。

この小雨なら傘がなくても、そんなに濡れないと思うし…。

このチャンスを逃したら、たぶんまた当分足止めだわ。



あたしは、帰ったらすぐに着替えれば大丈夫と心を決め、

氷の入った紙袋と、ショルダーバッグを両腕で包んで、

そのまま小粒の雨の中を走ることにした。



「うわっ…、思ったより冷たい!」



11月の雨の温度を見くびっていた。

小さい水滴が頬や手の平に当たるたびに、そこから冷気が広がっていく。

とにかく急がなきゃ。



あと、アパートまで数百メートルところで、

雨粒が大きくなってきた。

「や、やだっ!」

冷水のようなシャワーに服はみるみる重たくなっていく。



まるで、今のあたしの心の中身をそのまま表しているかのように、

足元からじわじわと冷えていく。

たまった水たまりを避けながら、小走りでただひたすら目的地に急ぐ。

慣れ親しんだこの道のりが、

まるで延々と続く様な錯覚に襲われる。



教授も教会で言っていた。

アメリカ時代も派手に遊んでいたと。

大人の男が遊ぶといったら、

何を指すかくらい分からない訳ではなかったつもりだった。



だけど、自分が具体的な体験をした後に、

改めて聞かされた撩の夜の行動に、

考える必要のないことが、

毒ガスを送り込まれるように膨らんで行く。



あたし以外の女と肌を合わせる男の姿が、

撩に快楽を与えられ身を捩る顔も名も知らない女の姿が、

自分の意思に反して、リアルに映像化されてしまう。



「はぁ、…はぁ、…はぁ、…はぁ。」



自身の呼吸までが、見ず知らずの女の喘ぎ声に聞こえ、

思わず息を止めた。

一瞬転びそうになるも、持っている小瓶のことを思い出し、

転倒寸前で体勢を立て直す。



「……さむっ。」



体温が下がってくる。

晩秋の雨を甘く見ていたことを、少し後悔する。

もう髪の毛は雫が滴り落ちる程に水気をかぶり

ローパンプスもびっしょりと濡れてしまった。



撩が何人の女と関係を持っていても、

これから先、他の女を求めても、

あたしは、……あたしには、撩を責める権利はない。

それは分かっていたはずでしょ。



一緒に暮らしていて、

あいつが女を抱いて戻ってきたことを分かっていたこともあったでしょ。

今更、……何を、今更……。

分かりきっていたじゃない。

あいつは女好きで、こんなことあいつにとっては、

何でもないことを。



それを承知で、撩と一緒にいることを決めたんでしょ。

パートナーとして、撩を支え続けるって。

ずっと一緒にいるって…。



そう、何でもない、何てことないことなのよ。

あいつのもっこり好きは、病気だからっ!

キスだって、体を繋ぐことだって、

あいつにとっては、きっと水を飲むのと同じくらい、

普通のことなのよ!



『おまえじゃなきゃダメなんだよ』って言われたけど、

『愛する者』って言われたけど、

きっとあのセリフも、

他の女にも口説き文句で当たり前に使っているものなのよっ。

その言葉を自分だけだとか、特別だとかなんて、

思い上がりも甚だしいわ。

そもそも、あいつの過去のオンナを気にしていたら、キリがないわよ!



そう強く自分に言い聞かせ、

靄を振り払い、気持ちを切り替えようとしても、

この激しい心のざわめきが収まらない。




「…ぅ。」




雨と一緒に涙も頬を伝う。

これは嫉妬。

簡単なことだわ。

撩に関わって来た全ての女に、見苦しい嫉妬心が見事に育っている。

一線を越える前とは明らかに違う、

このどろどろとした感情に、

収拾をつけることができない。



だめ、これじゃ、撩に煩(わずら)わしがられちゃう。

こんな感情で撩を困らせることはしたくない。

女に束縛されることを好む男ではないはずだから。

あの男は、あたしだけでは絶対満足できるはずがないから。

それを理解していた上で、

撩を受け入れたんじゃなかったの?




頭の中はショート寸前。

こんな気持ちのままでは、アパートの中に入れない。

笑わなきゃ。

何もなかったように、いつも通りの顔で。



「っは、…はぁ、…は、……はぁあ。」



ようやくアパートの前に辿り着いた。

上を向くヒマもなかったので、

6階の電気がついているかを確認できなかった。



「……しっかり、濡れちゃった。」



軽くぴょんぴょんとその場で跳ねると

雨の雫がばらばらと足元に散って模様を作る。



「早く上がらなきゃ…。着替えて食事の準備ね。」



車庫にクーパーはある。

撩は車では出かけていない。

あたしは、冷えつつある体を自分で抱き締め、

作り笑いの準備をしながら、

一段一段アパートの階段を上って行く。

踏みしめる度、パンプスからくちゅっと音がする。



「さむ…。」



通った後には、滴の帯が続く。

少し体が震え始めた。

ようやく5階まで辿り着き、

冷たくなった指で、玄関の鍵を開けようと

キーを取り出したところで、

がばっと扉が開いた。



「きゃ!」



逆光でその輪郭しか見えない相方が、

大きな影として目の前に立ちはだかる。

この時、あたしは

撩の顔が見えなくてよかったと、

ふっと小さく息を吐いた。



*********************************
(16)へつづく。




香ちゃん、これまでは、恥ずかしさが先きにたち、
意識がそんなに向いていなかったことろに、
エロイカで聞かされた情報で、
撩の言葉にまで信じる気持ちをそがれています。
そんな時にこの冷たい雨。
折角、今朝方撩の本心に触れることができたのに、
この感情、やや厄介そうです。

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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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