17-16 Entrance

第17部 Compensation Of Bill

奥多摩から9日目 


(16)Entrance  ***********************************************4389文字くらい



ミックとの話しが思いの外長引き、

時間はすでに7時前になっていた。



撩は、途中から雨に気付くも、

区切りが悪く、そのままずるずると長話しになってしまった。

注意すべき内容も多々含まれ、自宅アパートの出入り口から

意識が離れていた時間も長かったことを、後で気付くことになる。

ようやく一区切りした時、ミックが、

外が暗くなったのに、

6階リビングに明かりがつかないことを指摘した。



「カオリ、もしかしたら出かけているんじゃないか?」

「あ?」

「買い物にでも出たか?」

「さぁな、俺もう帰るわ。あー疲れたっ!」

「この情報料は、カオリのディナーでオッケーだぜ。」

「うっせ。」



舌打ちをしながら、ミックのオフィスを後にした撩。

小走りで、正面の車道をつっきり、

自宅へ向かう。

やはり6階に明かりはついていないまま。



射撃の疲れで香が仮眠していたとしても、

もう起きて夕食の準備でもしているだろうと、

アパートの駐車場から上がるも、

香の気配がない。



「香?」



急ぎ足で5階までくるも、自宅玄関の向こうには、

パートナーの動く空気はキャッチできない。



「出かけたのか?」



キーをまわして玄関に入る。

暗い室内に、電気を付けながら6階に向かう。

全て消灯されていた。

賊が侵入した痕跡はなし。



キッチンに行ってみる。

照明をつけると、テーブルの上の書き置きが目に入る。



「ちっ、どこに行くかくらい書いておけよ。」



雨が降り始めて15分程。

撩は、香の部屋を覗いてみる。

ソファーの上に、折りたたみ傘が転がっていた。



「あのばか、傘持たねぇーで出かけたのか?」



服装は、発信機付き。

この時間で帰宅しないのは、トラブルでもあったのかと、

思考は一気に拉致監禁を疑う。

クーパーで現在地を確認しなければと、

香の部屋を出たところで、

階段を上る相方の気配をチャッチした。

しかし、その足音は聞き慣れたものではない。



「香?」



素早く玄関先に向かうと、

扉の向こうでキーホルダーがチャリチャリと音を立てている。

開くのを待てずに、

こちらから、ロックをすぐに解除して扉を開いた。



目の前にいたのは、

全身ずぶ濡れで、キーをまさに差し込もうとしたまま固まっている香。

濡れて張り付いた前髪の間から視線が一瞬、自分の顔にそそがれるも、

すぐに逸らされた。

様子がおかしい。



「おまっ、なんつーカッコしてんだ?」



香の表情が強張る。

「あ、あれ?りょ、こ、これから出かけるの?」

(わ、笑わなきゃ。)

水滴を払い落としながらの第一声。

香の足元に水玉模様が広がって行く。



「いや、おまぁを探しに行こうかと出るとこだった。」

(まさか、誰かに襲われたとかじゃないよな。

そんな感じの気配じゃない…。)

「ごめん、遅くなっちゃった。すぐに食事作るね。」

(だ、大丈夫、笑顔で答えられてる。こ、声も明るくしなきゃ…。)

抱えているショルダーバッグと紙袋を抱き直す。



「しっかり、濡れてんじゃねぇーか。」

「と、途中で降られちゃった。」

えへへ、とドジっちゃったという表情を作る香。

「傘いつも持っているのに、今日に限って忘れちゃってさぁー。」

後ろ手に扉をばたんと閉める。



「ちょっと待ってろ。」

すぐに踵を返すと、

撩は脱衣所と玄関をあっと間に往復してきた。

その間に、香は荷物を足元に置き、

重く湿った上着をぎこちなく脱ぎ始める。




「……どうした?何かあったのか?」

バスタオルをばさりとかけられる。

真っすぐに見つめてくる瞳に、全てを見透かされる気分になる。

「ううん、何でもないよ。……タ、タオル、あ、ありがと。」

(……それ以上見ないで。……目を合わせられないよ。)



「どこ行ってた?」

「かっ、買い物っ。」

(そ、そう、伝言には何しにどこへ行くって書いてなかったしっ。)



「……買い物袋ないじゃん。」

「あ…。」

「ウソはもっと上手につけ。」

透視するような視線をずっと向け続ける撩。

「ぅ…。」

目を伏せる香。

顔の筋肉が一気に重力に負けた気がした。

ぽたぽたと雫が落ち続ける。



「……まぁ、今すぐ言えるようなことじゃないなら、あとでゆっくり聞いてやるよ。」

優しい声に、香の胸がぐっと締め付けられる。

油断していたら、髪に触られてしまった。

「おいおい、

髪の毛の中までびっしょりじゃねぇーか!

さっさと風呂入ってこい。」



濡れぐあいが想像以上であることに驚く撩。

頭部が冷えているのが伝わる。

「あ、う、うん。」



奥多摩から戻ってきてから、初めての雨。

11月中旬、油断すれば即発熱は間違いなし。

パンプスの中までしっかり濡れてしまい、

香は、致し方なくストッキングをここでぬぐことにした。

本格的に寒さで体が震える。

玄関に常備してある雑巾で足の裏を軽く拭き上げると、

荷物を持ち直して階段を上ろうとする。



「濡れた服早く脱がねぇーと、風邪ひいちまうだろうが。」

「ははは、久しぶりの雨で急に降って来たから驚いちゃった…。」

作り笑いは、もうバレバレ。

まだ撩にはその原因が掴めない。



(一体出先で、何があったんだ?)



先を歩く香の小さな背中を見つめる。

撩は、その空気を気にかけながら、

客間の手前でまた脱衣所に入った。



客間兼自室に入り、ドレッサーに片手をついて体重を預ける香。

大きく息を吐く。

懸命に切り替えようと、まずは呼吸を整え始める。



撩の過去を気にしたらキリがない。

気にしていたら、この男とは一緒に過ごせない。

ある程度は覚悟していた事案ではあっても、

やはりそれは自分が認知できない遠い所のことであって欲しかった。

そう思いながら、鏡台にぽたぽたと落ちる雫を見つめる。



どれくらいそうしていたのか、背後で気配がしてどきりとする。

再び新しいタオルを持ってくる撩。

「開けるぞ。」

「ま、待ってっ。」

言うより、侵入が早かった。

「何もたついてんだ。」

鏡の前でドアを振り向いた香。

そのままばさっと頭にフェイスタオルを被せられる。

気付いたら、上着のボタンがぷちぷちと外されている。

「え?あ?ひゃあ!」



纏っていた物が脱がされ、

ブラが露になったところで、バスタオルが肩から巻き直される。

濡れた服から体温がどんどん奪われていたのが、

唐突に保温へと変わった。

しかし、撩が自分に触れる度に、

その手が、その腕が、

他の女に触れている様子に脳内の画像が入れ替わってしまう。

ずきりと胸が傷む。



撩の視界の端で、

テーブルの上に横倒しになったショルダーバッグから、

各お店の領収書と請求書がはみ出ているのが見えた。

はっとする。

香に気付かれないように、そこに注意を落とす。

領収書は本日の日付。

湿って一部にじんでいる。



収入が入ったところで、一刻も早くツケを払いに行きたいと思い

行動に移した香の夕方の動きを今認識した。

それぞれの店舗で、香が見聞きした情報を推察する。



(油断したな…。)



「早く、風呂に入ってこい。今、湯船に湯入れてあっから。」

「…ぁ、…りがと。」



肩を抱いて促す。

香は、離れ際に自分のぬれた服を受け取った。

時間は7時半前。

「チャーハンでも作ってやっか…。」

カーテンの奥に入った香を見送った撩は

そのまま隣りのキッチンに向かった。






香は、シャワーを浴びながら、自分の体を観察する。

二の腕に、鎖骨に、胸骨に、乳房の裏にと、

撩の痕跡を見る。

バーでも言われた言葉を思い出す。



—  きゃー!!信じらんないっ!撩ちゃんがキスマーク残してるっ!!  —



撩自身も言っていた。

初めてだと。

それが、自分にとっても、

特別な存在であることを感じさせる重きキーワードであることを

知らず知らずのうちに、拠り所として受け止めていた。



泡を洗い流し、

程よく溜まっている湯船に入って体を沈める。

きっと、撩が最初にタオルを取りに行った時、

湯の出る蛇口を全開にしていたのだろう。

短い時間でたっぷり浸かれる水位になっていた。

香は、膝をかかえて、目をくっと閉じる。



この街に撩と関係を持ったオンナが点在するという事実。

比較的近い位置で、

撩の肌を知っているヒトがいるというだけで、

どうしようもない感情が湧いて出て来て押さえきれなくなる。

そんな自分が、許せなくて、醜くて、汚らしくて、

持て余す感情に潰されそうになる。



自分は、撩しか知らない。

撩は、もう文字通りの百戦錬磨。

オンナの扱いは、プロフェッショナル。

そんなことは、とうに分かっていたはず。

撩と身を繋いだオンナが複数いることだって、

前々から理解していたはず。

それでも、そばに居たいと強く願ったのは自分ではないか。

なのに、この整理できない感情に、

いつも通りの自分が覆い尽くされてしまいそうで。

それを振り払う余力も残っていない。



「……あ、あたしって、やなオンナよね…。」



(こんなことで、心を乱して、やきもきするなんて、

きっと撩も迷惑だわ……。仕事にも差し障りが出る……。)



しかし、いくら切り替えようとしても、

自分と知り合う前の撩のことを垣間知ったことや

一緒に住み始めてから間もない頃のことを思い出し、

どくりどくりと心臓が暴れる。



これはきっと、

嫉妬、ねたみ、つらみ、

もしかしたら恨みや殺意に近いものも育っているかもしれない。

具体的な情報を得てしまったことによって、

その感情が増幅してしまった。

今更、本当に今更そんなことを気にしてもどうしようもないのに。




—  あなたと、私たちは、根本が違うもの。  —

—  商売なの。感情はなし。  —

— あの、撩ちゃんが愛情込めてオンナを抱くなんて皆無だったのよ。 —

—  香ちゃんだけよ。撩ちゃんが心から甘えられるのは…。  —

—  3年近くよ!たぶん!撩ちゃんがオンナ買わなくなったのは!  —




色々な会話の端々がエコーして蘇る。
 
とてもじゃないが、まともに撩と顔を合わせられない。

こんな心理状態では一緒に寝るなどムリに近い。



「ど、どうしよう…。」



(今日は、……自分の部屋で、……休もうか、な。)

それでも、撩はきっとトラップをなんなく突破して

様子を確認しにくるだろう。



「逃げらんない、か…。」



「そ、それよりも、早く夕食作んなきゃ!」

暗い顔をしていてはだめだと、

それは撩に余計な心配と不快感を与えるだけだと、

やるべきことに意識を向ける。

(……いつも通りに、普段通りにしなきゃ。)



浴室を出ると、香ははっとなった。

いつの間にか、インナーと下着が用意してある。

「りょ…。」

初めて自分が何も持たずに浴室に入ったことに気付く。

タオルを持ってきてくれた上に、

湯船も準備して、着替えまで整えてくれるパートナーに、

自分はなんて感情を持ってしまっているんだろうと、

更なる自己嫌悪に陥りそうになる。



香は、重たいものを引きずりながらも、

着替え終わり、髪の毛を大急ぎで乾かした。

やっとの思いで、身支度を整えると、

夕食の準備の取りかかりが遅くなったことを詫びる気持ちで、

キッチンへ向かった。



すると廊下には、ニンニクとオーリーブオイルの香りが漂っている。

「そ、そんな!」

それが意味することを瞬時に理解した香は

慌ててキッチンの扉を開けた。


********************************************
(17)につづく。





かおりちゃん、ちょっとどろどろモードです。

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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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