17-17 Fried Rice

第17部 Compensation Of Bill

奥多摩から9日目 


(17) Fried Rice ******************************************** 4941文字くらい



「撩!」

ガチャッとキッチンの扉を開けた香は、

ほぼ配膳が終わっているテーブルに目を見開いた。



「おー、上がったか。もうすぐ食えるぞ。」

撩は、涼しい顔をして、

中華鍋からざっと焼き飯っぽい洋風チャーハンを皿に移した。

時間は、あと10分程で8時になろうというところ。



呆然として入口に立ちっ放しの香は、

色々な感情が、

まるで洗濯機の中でぐるぐるまわっているかのように、

混ぜこぜ状態。



「香?」

座ろうとしない香に、視線を向けた撩もまた混乱した。

「はぁあ?おま、何でまたっ……。」

ぼろぼろと涙を流す相棒に、

俺なんかまたしでかしたっけか?と

心当たりの情報も掻き集めるも、

やはりアリ過ぎで原因が絞れない。



とにかく鍋をガスコンロに戻して、

そばに歩み寄り、そっと抱き寄せる。

たった5時間強、離れていただけなのに、

まるで何日も、何週間も時間を隔てていた疑似感が沸く。



「ぅ、……ヒック、……ふっ、……ヒック。」

腕の中の香はしゃくり上げて声を押さえながら、

まだ涙を流し続けている。

撩は、乾いた茶色い髪に指を深く絡ませ梳き上げる。

どうも、奥多摩から戻って来てから泣かせることが多いかもと、

この1週間あまりを振り返る。

これまで香が撩の目の前でもろに涙を零したのは、

槇村の死後、アパートに来た初日と、

ローマンを渡した時、そして海原戦の時の数回故、

自分の前で芯中の感情を隠せないでいる香に

撩もまた慣れていないのだ。



「どうした?」

「……ご、め…。…ぁ、たしが、食事、作らなきゃ、いけないのに…。

ま、…また、りょ…に、…用意して、…もらって」

「ああ?そんなことで普通泣くかぁ?」

「……タ、タオルも、…き、着替えも、…も、持ってきて、もらった、…の、に。」

「あー、俺としちゃ裸エプロンも捨て難いが、風邪引かせちゃまずいしな。」

撩の突っ込みどころにハンマーも出せないまま、香は小声で続けた。



「……な、なのに、……ぁ、たし。」

(撩の優しさが嬉しいのに、触れてもらって嬉しいのに、温かいのに、

今、自分が抱き締められてるのに、

なぜ、頭の中では自分が自分以外のオンナに置き換わっているの…。)

「……ぁ、…ぁたし…。」

(こんなに撩は、あたしを心配しているのに、どうしてこの靄(もや)がとれないの…。)



涙が止まらない。

このままでは、撩を困らせてしまう。

いや、もう充分困らせている。

切り替えなければと、

香は必死に、込み上がってくるものを押さえ込む。



「……とりあえず、先に食わないか?」



背中を優しくさすられる。

その手の動きでさえ、他の女にも同じように触れているんだろうなと、

また置換の心理が燻(くすぶ)る。



「……話しはその後だ。」

「……ぅん。……ヒック。」



撩は、香の肩を抱いて、白木の椅子に座らせた。

目の前には、

エビと卵とインゲン、タマネギのみじん切りが入った

オリーブオイルとニンニクの香りが香ばしい焼き飯チャーハンに、

香が朝用意した残りものの味噌汁が温められ、

ちぎったレタスと細い千切りキャベツ、笹切りのキュウリと薄切りタマネギに

スモークサーモンを散らしたサラダと、フルーツはリンゴ。

香が入浴している間に、さらっと作られた品々に、

また目が潤んでくる。



「…りょ、…ありがと、ね。…ヒック。」

鼻をすすりながら、目をこする。

「とりあえず食っちまいな。」

「ぃ、ぃただきます…。」



右手でカレースプーンを持つも、射撃訓練の影響のためか、

重たく感じる。

こぼさないように、慎重に口に運んだ。

「やっぱり、おいし…。」

「当然。」

本当は、この後に様子がおかしい香を安心させるためにも、

『ボクちゃんの愛情がたっぷり入っているからねん。』とか何とか

言ってやろうかと思ったが、

とてもじゃないが柄じゃねぇと、あえて飲み込んでしまった撩。

しかし想像しただけで、自分の頬と耳が勝手に熱くなり、

照れをごまかしながら伏せ目でわざとガツガツと食べ続ける。



「………。」

言葉がでない香。



奥多摩から戻って来てから、

一体何度撩の作った食事を味わったことだろうと、

香の目の前の主食がみるみるとぼやけてくる。

撩の顔が見られない。

ぽたぽたとテーブルの上にまた涙が落ちる。

自分のために、これまで殆どありえなかったことをしている撩の姿に、

どうして自分の心はここまで乱気流なのか。



「ご、ごめ…、と、とまらなくて…。」



雫の落ちる音と香のセリフで、対面に向き直る撩。

「な、なんだぁ?涙腺故障しちまったかぁ?」

「ぅん、…そ、…みたい。」



香は、一度立ち上がって、キッチンペーパーを引っ張り出し、涙と鼻水を拭った。

その間に、はぐはぐと食事を進める撩。

新しいペーパーを持って席に戻る香を視界の端で追う。

目と鼻が赤くなり、鼻をすすりながら、なんとか食事を続ける香。



さっき、ショルダーバッグからはみ出ていた領収書と封筒には

3軒の店名が垣間見えた。

それぞれの場所で、

香は色々聞かれたり聞いたりしたに違いない。

様子がおかしいのは、それが原因だと撩は確信する。

しかし、具体的に何があったのか、まだ聞き出すのは早い。

とにかく食後に、ゆっくり聞くことにする。



「……おまぁ、なんでわざわざ傘置いて行ったんだ?」

「あ、……確か、別のもの入れる時、つい出しちゃって、

戻し忘れたのよね…。」

「迎えの連絡よこせばよかっただろうが。」

「……だって、そのままミックとどこかに繰り出しているかもと思ったから…。」

「すぐ戻るっつーただろう。」

「って、あまりすぐ戻った試しないよね。」

「ぐ…。」

いつもの会話に、香の表情から強張りが僅かに薄くなる。

しかし、まだ作り笑顔だ。

撩の目を見ようとしないことも、チェック済み。

しゃべりながらも、さくさくと食事を進める撩はもう殆ど平らげていた。

香は、やっと半分が減ったところ。



「あー、そう言えば、おまぁの部屋にあったあの紙袋は?」

「え?」

「買って来たもんにしちゃ、厳重に包んであったみたいだけどぉ?」

「あ、あれっ!わ、忘れてた!と、とってこなきゃ!」

「あー、俺が行くよ。おまぁ座って食ってろ。」

撩は食事をカラにすると、のんびりと立ち上がって、

香の部屋に向かった。



「は、早く食べなきゃ。」

香も急いで食事を進めた。



客間兼香の部屋で、

撩はさっきチラ見をした領収書を再確認する。

それぞれ半年のツケを3軒分、

支払いに回った様子が脳裏で映像化される。

しかも、宛名が書かれたそれぞれの封筒は全てカラではない。



「ったく、どいつもこいつもお節介だな…。」



撩は、濡れている紙袋の底を押さえながら、

それを持ち出した。



キッチンに戻ると、香もほぼ食べ終わっていた。

「これジャムか何かか?」

「ううん。あ、あのね、南極の氷なんだって。」

「南極ぅ?」

「そう。……ね、撩も一緒に音を聞いてみない?」

「は?」



食器を下げながら、そう提案する香。

まだ、表情はやや強張りがある。

撩がいつも使うロック用のグラスを食器棚から出し、

冷蔵庫から常備している軟水のミネラルウォーターを取り出す。

ざっとテーブルを拭き上げ、

シンクで、あのバーテンダーが梱包した瓶をそっと取り出す。

直径7センチくらいの固まりが、ごろんと撩のグラスに移る。

そこに、そっと水を注いだ。

すぐにあの店で聞いた音がし始める。

両手で大事そうに白木のテーブルの上に運ぶ。



「あのね、これ、カジノのお兄さんがね、特別に出してくれたの。」

「あのバーテンが?」

「うん、2万年前の氷と空気だって…。」

「へぇ…。」

プツプツプツという気泡の弾ける音がキッチンに響く。

渦巻いていた心の乱れが、少しだけ収まってきた。



「200年とか2000年でも驚くのに、

2万年の時間がこうしてここで今の時代に溶けていくなんて、

なんか不思議よね。」

香はバーの時と同じように、頬杖をついてじっとその様子を眺めた。

それは同様の効果をもたらし、荒れてささくれていた心に

まるで潤い成分でも施されるかのように、

気分が僅かずつ落ち着いて来た。




「ぉ、…お風呂、ありがとね…。」

「あん?」

「すぐに、湯船に入ってなかったら、きっと風邪ひいてたかも…。」

「おまぁなぁ、真夏ならまだしも、この季節に傘なしで帰ってこようなんざ、

フツーは選ばないと思うぜ。」

「う…、うん。少し降りが弱くなったから、

これくらいなら大丈夫かなって思ったけど、

読みが甘かったわ…。」

香は、グラスに指をかけて、氷を傾けた。

透明な塊はシュワシュワと小粒の泡を出しながら、

カランと音をたてる。




「夕方ね、……撩のツケを払いに行ったら、みんなに色々優しくしてもらって、

沢山サービスしてもらっちゃった…。」

香が、自分から外出時のことを話し始めた。



「おまぁ、どこに行くかくらい、ちゃんとメモに書いとけよ。」

「あ、ごめん……。

急いでいたから、はしょっちゃった。開店前に行きたかったから…。」

「俺があんだけ一人歩きすんなっつったのに、

わざわざ自分から行くかねぇ。

まさに、飛んで火にいる夏のなんとやら、だぜ。」

はっと顔を上げた香だったが、

頬杖ついて目を閉じている撩が視界に入り、

理由を告げながらも香の視線はテーブルに落とされる。



「だ、だって!撩がいつ戻るかわからなかったし、

半年分も溜まっていたしっ、

報酬が減らないうちに、少しでも早く払いたかったし、

すぐにお店を出れば大丈夫だと思ってたから…。」

「で、結局、大丈夫じゃなさそうだな…。」

「ぅ…。」



香の肩がくっと狭くなり、伏せ目になる。

しかし、香はすぐに正面を向き、

笑顔を貼り付けて撩に答えた。

「ううん!あ、あのね、みんなから、美味しいものを色々出してもらったの。」

視線を合わせないように、わざと指折り数える手元を見る。

「スナックポテトのママさんに、香姫っていうお酒を出してもらったし、

エロイカではすごく美味しいババロア食べさせてもらったの!

で、カジノさんではこれでしょ?

しかも、みんなしてお金半分くらい返してくるんだもの。

もうこんな待遇されるなんて、こっちがついていけなかったわ!」

早口で一気にそう伝える中に、自分からは絶対に言えない内容が

不自然さを強調する。



香は、もてなしてもらった品々を思い浮かべながら、

ふっと軽く息を吐き出した。

みんなが、自分たちのことを気にとめてくれて、

何があっても味方だと言ってくれた。



情けないのは、自分の弱さだ。

目の前にいる男の過去が、

関わってきたであろう顔も名も知らないオンナの姿が、

心の隙を掻き広げようとする。

撩をまともに見れない。

見たら色々と溢れてきそうで。

目の前の、氷から溶け出る泡のように。



「……俺も風呂入ってくっかな。」



がたりと立ち上がった音に、はっとする。

「その氷、半分に割って、ロック2つ作っといてくれ。

風呂上がりに、ゆっくり2万年前にひたってみっか。」

そう言いながら、撩はキッチンを出て行った。

香はキョトンとしていたが、はっと意識を呼び戻し、

指示を実行することにした。



大急ぎで、グラスから氷を取り出し、小さなビニール袋に入れて、

すりこぎでコンッと叩く。

圧縮されて普通の氷より硬いはずだが、

バーテンが偶然アイスピックでいい位置にヒビを入れていたことに加え、

水に浸していたお陰か、

適当なラインで氷はきれいに割れて、2分割される。

もう一つグラスを用意すると、

残っていた軟水を自分でくっと飲んで空にし、

それを自分用に、新しく出したグラスを撩用にして氷を分けた。

とりあえずそのまま冷蔵庫へ仕舞う。

時間は8時20分。



「これも早く片付けちゃお…。」

すぐに蛇口をひねり、シンクの中にある食器を高速で洗い始める。

同時にキッチンまわりも軽く片付け、明日の朝の献立もイメージする。



以前、ファルコンにもらったワイルドターキーがまだあるので、

それをシンク下から取り出し、テーブルに置く。

ラベルに描かれた、七面鳥の精密画を見つめながら、

ふっと息を吐き出す香。



撩の行動一つ一つ、言葉一つ一つが、

今の自分にとって、

醜さを膨張させる刺激剤にしかなっていないことを感じる。

嬉しいのに、逆行して育って行く自分の見苦しい感情が、

撩を困らせる。

できれば、今日はこのまま客間に行って一人で休んでしまいたい。

しかし、この流れでは、それは選択肢には入れられない。



香は、マドラーを用意し、

テーブルに肘をつき、からめた指の上に顎を乗せて、

そのまま撩を待つことにした。



****************************
(18)につづく。






撩ちん、
早くカオリンのしこりを取ってやって下さいな。

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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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