17-18 Eight To Nine

第17部 Compensation Of Bill

奥多摩湖畔から9日目


(18) Eight To Nine ***************************************** 3297文字くらい



8時半過ぎ、

素早く入浴を済ませた撩がキッチンへ戻ってくる。

スウェットとTシャツを纏いラフな格好での登場。

首にはタオル付き。



「おーい、用意できたか?」

「あ、うん。今、冷蔵庫で冷やしてる。これでいい?」

バーボンを指差して、確認をとる香。



「ああ。じゃあ、あとは俺がやっとく。おまぁ、すぐ寝られる準備しとけ。」

「へ?」

「上で飲むぞ。」

「は?」

「寝る前の1杯。」

そう言いながら、撩はさっさと庫内からグラスを取り出した。



「あ、右のがあたしのグラス。」

「了解。」

撩は自分のグラスに4フィンガー分こぽこぽと注ぎ始める。

「おまぁは2フィンガーくらいにしとくか。」

隣りのグラスにはきっちり指2本分。

さっきのミネラルウォーターを取り出すと、香の分だけに追加で注ぎ、

アルコール分を薄めた。

それをそれぞれ大きな手でひょいっと摘み上げ、

そのままキッチンを出ようとする撩。



「りょっ、ちょ、ちょっと待って!上でってどーゆーこと?」

目が合ってしまい、あわててグラスに目を落とす香。

「あん?そんまんまの意味だよ。

ボクちゃんのベッドで一緒に飲むの!おまぁもさっさと上がってこいよ。

せっかくの氷が溶けちまう。」

吐かれるセリフについていけず、

その場で、撩の背中を目で追うだけになってしまった。



「あとは寝るだけって言ったって…。」



米研ぎ、トイレ、歯磨き、ピルの服用、洗濯物の余洗い、

濡れたショルダーバッグと靴の拭き上げと乾燥、

消灯に戸締まり、就寝前の肌のケアと

すべき事案は片手だけでは足りない。



「どうしよう…。」



今の自分の心理状態では、とてもじゃないが、

撩と普通に目を合わせることもできなければ、

一緒に横になることも出来そうにない。

ただ、それを先延ばしにすると、あの貴重な氷が溶けきってしまう。

まさか、それを測っての行動なのか。



今でも、平静に装っていることがギリギリ一杯。

もう、撩にはこんな誤摩化しはバレバレだとは分かっていても、

この情緒不安定な様を晒したくはない。



「……りょ。」



全ては自分の芯のなさ。

分かっていても苦しい。

まだ、胸が詰まり、視界がにじんでくる。



「だめ、笑わなきゃ。」



香は、伏せていた視線をくっと炊飯器に向け、

短い時間で、いかに動くかイメージしながら、炊飯釜を取り出した。



「と、とにかく早くしなきゃ。」



時間はあと15分ほどで9時なる。

寝るには早過ぎる時間だが、

確かに気分はもう横になりたい。

香は、このあとのことをあまり深く考えたくないと、

キッチンですべきことに区切りをつけたら、

小走りで客間へ向かった。





その頃、

撩は持って上がったグラスをベッドサイドの照明の横へ並べ、

ごろんと仰向けになって、両腕を頭の下にくぐらせていた。

相変わらず、氷からはプチプチプチと高周波の音が弾ける。

首に巻いていたフェイスタオルは、

グラスの横で無造作に放られている。



撩は、静かに目を閉じ、

帰宅後からの香の様子を振り返る。

新宿界隈のウワサの渦中、香を一人で外歩きさせたくなかった目論見は、

自分のツケの後始末という形で見事失敗に終わった。



当然、行く先々で香が集中砲火を受けたことは手に取るように分かる。

ただ、連中もある程度の配慮はあったのだろう。

店の名前と店内にいたと思われる面々の人柄を思えば、

香を喜ばせるために、

それぞれが気配りをしていたことが伺える。



しかし、恐らくエロイカの連中は、

香のためと思いながらも、喋らなくてもいい話しまで、

勢いで提供してしまう感がある。

内容は容易に想像がつく。

彼らとの付き合いの長さや、日頃交わす会話から、

香と出会う前の自分のことをべらべらと零すオカマバーの連中が浮かぶ。

それは、たぶん今の香の不安定さの大きな原因となっているに違いないと。



「……どうすっかな。」



あの作り笑顔は、

9月頃から奥多摩に行く前に見せていた貼付けられた仮面と同じもの。

相当、何かを抑えている。



香が教えられたことがだいたい見当がついても、

自分もどう向き合っていいのか正直分からない。

それでも方向修正は必要だ。

しかし、そのやり方次第では

互いに激しいダメージを持つことにもなりかねない。



カランと氷が傾く音がした。

「溶けちまうぞ…。」

リミットを設けるつもりで、グラスを運んだものの、

香がまだ7階に上がってくる気配はない。

洗面所で動く様子がかすかに伝わってくる。



もしかしたら、ここに入れないくらいに、

何かを抱えている可能性もある。

撩は、置き換え思考を思わず想像しまった。

恐らく、香が引きずっているのは過去のオンナの話し。



もし、仮に自分が終生愛すると誓った相手が、

何十人、何百人の男と体を交えたことのある女だと知ったら、

香に限ってそんなことはありえないと、

分かっていはいても、

仮定の中の置き換えと理解はしていても、

それだけで激しく思考が乱れてしまう。



「は…、はは、…こりゃ、上がってこれないわな…。」



わずかだけでも疑似体験してもこのザマだ。

今の香の挙動不審状態に深く納得する。

当然だ。

香は、子供ではない。

一緒に暮らし始めた初期、

朝帰りの自分を迎えた香が、さっと表情を変えたこともあった。

女の勘が掬い取ったその「出来事」に

恐らくおぼろげなイメージを持ちながらも、

気付かないフリを重ねて来たことは撩も分かっている。



ましてや、抱く抱かれるというのが、どんなことなのかを

知ってしまった後で、

少しでも具体的な情報が入ればなおさらだろう。

軌道修正に失敗は許されない。



「やっぱ、ちゃんと言葉で言うしかないか…。」



あんな表情をさせたくて、一線を越えた訳ではないのだ。

愛おしさを感じながら抱いた女は

お前が最初で最後だと、

どうやったら伝えられるのか。

頭の上から、ピキン…と氷と空気が音を奏でる。



「……信じろっつったってなぁ〜。」



はっきり言って、今までの所業が悪過ぎる。

一人の女を愛するようになる自分なんぞ、想定していなかった背景の元、

文字通り世界中のもっこり美人ともっこりワールドを地で行っていたのだ。



「はぁ〜、ボクちゃん、もうカオリンしかだめなのにぃ〜。」



おちゃらけ口調で、ごろんとうつ伏せになり枕を抱く格好になる。

冗談抜きで、もはや香以外では勃たない。

それでも海綿体のコントロールはお手の物だから、

基本、いつでもどこでも息子に血液を送ることは可能だが、

女を抱く時のモードでは、もう香でないと全く反応しないほどに、

パートナーオンリーになっている。

この9日間、愛読書をいくら見ても

ときめかなくなっている自分に苦笑する。



もし、今後拒絶されたら、それこそ生きて行けないと、

最善の策を自身のスーパーコンピューターで算出する。

それが香に通用するかどうか、

ある種の人生をかけた賭けに挑む気分で、香を待ち続けた。



聴覚に、香が接近する気配を感じる。

6階の扉が開き、7階へ続く階段が小さく軋む音が重なる。

時間は9時過ぎ。



「やっと来たか…。」



そう言いながら、よくぞ来てくれたと、心底安心する。

撩は、またごろんと回転して仰向けになった。

足を組み、腕は枕の下。

目を閉じ、これからの動きをシュミレーションする。




開けっ放しの扉の端から、香がそっと顔を覗かせ、

ベッドの上の撩を見遣る。



「りょ…、寝てる、の?」




「うんにゃ。」

瞼を降ろしたまま返事をする。




「ご、ごめんね、遅くなって。……氷、まだ残ってる?」

「こいつら、ずっとぶつぶつ言っていたぜ。まだこねぇーのかって。」

起き上がりながら、ベッドサイドのグラスを手に取り、

左腕を伸ばして香に渡そうとする。

「ほれ。」

「あ、ありがと…。」

いつもよりも速度が遅い歩みで撩に近付き、グラスを受け取る。

表情はまだ自然ではない。



長辺3センチくらいにまで小さくなっているが、

まだその雰囲気は楽しめる。

香は、冷えたグラスを両手で持って、

ベッドに寄り掛かるように床に座り込んだ。

その位置は、本人もあとで気付いたが、海原戦前夜のポジション。

撩も、ベッドから足を降ろし、香の隣りでグラスをカラランと揺らす。



ベッドサイドの明かりだけで照らされた撩の部屋に、

氷から溶け出る空気の音だけが暫く響いていた。


********************************
(19)へつづく。





イメージは海原戦前夜の撩の部屋ということで。
照度、位置関係、雰囲気等借りております〜。

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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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