17-19 Operation

第17部 Compensation Of Bill

奥多摩湖畔から9日目


(19) Operation *************************************************** 4527文字くらい




パチン…、プチン…、シュワシュワと氷の中に閉じ込められた

いにしえの空気が

どの楽器でも奏でることの出来ない音をたてながら

撩の部屋に溶けていく。




「……おまぁ、腕は痛くないか?」

床に座り込んでいる香は、突然の質問に驚いた。

「え?」

「昼の射撃で酷使しただろ。」

「あ…、ううん、大丈夫。ただ、これからあれより長くなると、ちょっと辛そう。」

「ま、慣れて行くしかないな。」

「な、慣れるかな……。」

「筋はいいんだ。あとは訓練次第さ。」

「う、うそっ、あ、あたし、…筋、いいの?」

思わず撩のほうを見てしまうが、やはり目を合わせられない。



「海坊主のトラップのスキルを短期間で飲み込んでんだぜ。

筋が悪い訳ないだろ。」

褒める撩が信じられない。

目を伏せる香。

「トラップも銃も、もうとっくにシロウト枠じゃないさ。」

そう続ける撩に、香はグラスを見つめながら少し眉を寄せた。



暫く沈黙が続く。

香は、撩に素人でないと言われても、

自分ではまだ納得がいくような気分にはなれない。

あたしなんかが持っているスキルなんて、と

まだまだ撩を支えるには遠く及ばないと、

否定的な感情が湧く。



「……まだ、……全然だよ…。」



乾いてきた唇を濡らすように、

一口グラスに口をつける。

やや濃いめのアルコールが喉を流れる。



「……ずっと、……足手纏いにしかなってないし。」



カランと氷が鳴る。

そこに、はぁああと、撩の誇張した溜め息が重なる。



「ったく、……いや、俺のせいなんだよな…。」

「は?」



香には、溜め息の理由も、何が撩のせいなのか、

省略され過ぎた言葉に、理解が追いつかない。

また不快な思いをさせてしまうようなことでも

言ってしまったのかと、

会話を振り返るも、どれが該当するのか絞れない。

しかし、一緒に過ごして来た6年のことを考えれば、

思い当たるフシは、それこそ売る程ある。

それは、全て自分が原因なのであって、

決して撩のせいではないのにと、

ちらっと相方を見遣る。



撩も、くっとグラスをあおった。

やや猫背で両肘を膝に預け、自分の脚の間で手に持ったグラスを

ゆるゆると揺らす。

氷の音と、泡の音、それに自分達の呼吸音が妙に耳に響く。



「……撩のせいじゃ、ない、よ。……あたしが」

「ストップ。」

撩は目を閉じて、すかさず香の言葉を止めた。

「?」



今、撩が言った『俺のせい』というのは、

自分が育ててしまった香の自己評価の低さ。

それは、へたしたら、

自分は誰にも必要とされていないのではないかと、

自身の存在価値を揺らがせるほどに

ネガティブな菌糸が深いところまでに伸びている。



料理や容姿のことだけに留まらず、

香がパートナーとして自身に課したものを、

必死で身につける努力をしていたことも、

ちゃんと撩は知っていたのに、

あえて気付かない振りをし、

褒める事もせず、否定する文言ばかりを

何年も投げ付けていた。



これでは、自己肯定しろと言っても簡単にできないことも、

十分分かってはいる。

撩は、表に返すためだったとは言え、

これまで自分がしでかしてきたことを、深く悔やんだ。



しかし、ここで『すまない』と言っても、

また、香は謝るのは自分のほうだとまた言うだろう。

堂々巡りになってしまう。



香は、困惑している。

長い沈黙、

途切れさせられた会話の続きは、

撩の言葉を待つしかないと、

手の中の氷をじっと見つめる。



正直、香にとってこの状況は居心地が良くない。

こんな不安定な心中で撩のそばにいることが苦しい。

できれば、飲み終わったら

今日は客間に戻りたい気分は先ほどと変わらず。

ベッドではなく、無意識に床に座ってしまったのも、

その思いの表れの一つか。

ただ、今日偶然手にする事のできた貴重な氷のおかげで、

深い淵に沈みそうなところをなんとか踏ん張る事ができている。



撩も、さすがにこの後の展開をどう持って行くべきか、

涼しい表情をしながらも、かなり迷っている。

術式を失敗すると、もう二度と一緒に寝られなくなるかもしれないという

最悪のパターンも加味しつつ、

撩は軌道修正のオペに入ることにした。




「……どぉーすっかな…。」



ふいに撩が呟く。

「え?」

「香ちゃん、様子がとぉってもヘンだからさぁ〜。

どうしたら、ご機嫌になるかなぁーと思ってな。」

ぎくりとするも、まだごまかしの体勢をとろうとする香。

「そそそそそんなこと!なななないよっ!」

「おま、その言い方で俺が、はいそうですかって言うと思うか?」

「だだだって、きょ、きょ、今日は、お店のみんなに、と、と、とっても

良くしてもらったからっ、むむむむしろっ、嬉しいこと、い、いいっぱいあったしっ、

き、き機嫌、わ、悪いなんてっ、ななない、からっ!」

すかさず、撩の考えを否定しようとするも、

口は噛みまくるばかり。

より乾いてしまった唇を潤すために、慌ててグラスを傾ける。

少し多めに口に含み、薄めているとは言え、

度数の高いアルコールが喉を熱くする。



撩は、ふぅーと息を細く吐き出した。

「……俺は、お前に足手纏いだと言った事は一度もないぜ。」

「え?」

「そう思った事も一切ない。」

「なっ…、だ、だってっ!」

「あー、いいから黙って聞け。」

ぴしゃりと言葉を遮る撩。



「今更、言葉でどうのこうの言っても、おまぁは信じらんねぇーかもしれんが…。」

撩はグラスの中で氷をころころと転がした。



「もう、随分前から必要不可欠だったワケさ。」



「は?何が?」

きょとんとする香に、

撩の膝から肘がずりっと滑る。



「お、ま、え、がっだよっ。ったく、どぉーしてここまで鈍いかねぇ〜。」



「はぁああ?だって、

撩にとって必要不可欠ってもっこり美人のことじゃないの?」

がくっと頭を落とす撩。

もうオペを失敗しそうな気配がある。

「パイソンとお酒とタバコともっこりちゃんがいれば、

あとはなぁーんにもなくていい的な感じじゃない。」



シリアスモードで話しを進めて行こうとした作戦が、

もう軌道を外れ始めた。

「やっぱ、おまぁ、俺の言うコトぜーんぜん信じてねぇーな。」

残り少なくなった琥珀色の液体をくいっとあおる撩。



慌てて繕おうとする香。

「あ…、ご、ごめん。そ、その、信じていないって訳じゃないのよ。」

くっとグラスを両手で包む。



「………信じてなければ、こ、この仕事なんか、できないでしょ…。」



唇を少し舐めて一拍置く。

「ただ、撩が、……あたしのことを、褒めたりとか、認めたりとか、

今まで殆どなかったから、それが何だかうまく飲み込めなくて……。」

「だよな…。」

撩もカランと氷を鳴らす。



「……香、お前に会う前は、まさにその通りだったさ…。」

「え?」

「酒にタバコにオンナに銃、これだけありゃいいってずっと思ってたさ。」

香は、オンナというフレーズが今日のことで、より生々しく聞こえてしまい、

一瞬顔が曇る。

それを撩は視界の端で見逃す訳がなかった。

「……だが。」

少し間をあけてふっと息を吐き出す。



「何よりも、失いたくないモンが、できちまった…。」



ぴくりと香の肩が揺れる。

また、目的語を略されてしまったが、

この流れで、撩の失いたくないモノがなにを示すか、

さすがに香も分からないとは言えない。

ただ、今の不安定な心持ちでは、

どうしてもそれを肯定的に受け入れられないでいる。



撩と一線を越えた関係になっても、

自分は撩が抱いて来た数多(あまた)のオンナの一人でしかないと。

それを承知で、一緒に居続け、

撩が、もう自分のことを必要ないと突き放すまでは、

パートナーとして撩を支えることを

自分の存在意義のコアとして持ち続けていた。



ただ、今の香は、

自身のリアルな経験と与えられた伝聞系の情報で、

オンナとしてどろりとした粘度のある感情が湧き出してしまい、

自分の中でコントロールできなくなっているのだ。

少しアルコールが回ってきているもの手伝っていたのかもしれない。



撩の真摯な告白とも言える言葉に、

出て来てしまったのは、長い間奥底にしまい込んでいた、

黒いセリフだった。



「う、失いたくないって…、

あ、あたしの代わりはいくらでもいるだろうし、

もし、あたしが突然いなくなっちゃっても、

あんた、全然困んないでしょ?」



香は、ゆっくりそう言うと、

薄くなったバーボンをくいっと飲んでカラにした。

少し酔っていることを自覚する。

自分の言ったことを否定するセリフを待っている己に嫌気がさし

自嘲気味にふっと息を吐き出す。



目を落とすと、グラスの中はまだ小さな氷が残っていて、

それを残すのは一瞬もったいなかと思いはしたが、

グラスを自分の右側の床にそっと置いた。



向き直った時、

がっくりと頭を垂れている撩が視界に入り、

また疑問符が飛び交う。

まるで、どよよ〜んとした空気が描かれているかと思うくらいに、

いかにも落ち込んでいます的な雰囲気を醸し出している。



実は、撩はこの時、冗談抜きで涙が出そうになっていた。

陳腐なドラマだったら、

ここで香をひっぱたいてもおかしくないなと、

動きそうになった腕をくっと押さえる。

こんなことを言わせる原因を作ったのもまた己以外ありえないのは分かっているが、

この状況で、このタイミングではかなりのパンチ力だった。

とりあえず、ぐっとこらえて、

やはり、自分が作り育ててしまったこの悪性の痼(しこ)りを切除するのは

言葉だけではだめだと、唇を噛む。



むくりと上半身を起こすと、

持っていたグラスをぐいっと傾け、ころんとやや小さくなった氷を口に含んだ。

左手でカラになったグラスをベッドサイドに戻す。

その動きをわざと見ないように、目をそらしていた香の背後に、

のっそりとベッドに座ったまま移動して、

床に座り込んでいる香を無言のまま両脚で挟み込んだ。



「な、なによ?」



そのまま、がばりと両腕で香の上半身を包み、

真後ろから香の顎を右手で掬って、喉を反らせる。

やや首を傾けて、覗き込むように香の唇を素早く塞ぎ、

同時に鼻をつまんで口の中にころんと冷たい氷を移動させた。



「んん?!」



そのまま上向きだと、

その冷たい固まりがのどに落ちて詰まってしまうので、

右の指で香の口を塞いだまま、くいっと顔を正面に戻し、

左手で抱きとめると、両膝にくっと力を入れて体温を触れさせる。



撩に囲われてしまった香は、

突然目の前が暗くなり、

迫って来た撩の顔に目を見開いて驚くも、

バーボンの味と一緒に、

素早く口の中に入れられた氷と

声を出すなと言わんばかりに長い指で口を押さえられた状況に、

まったく思考がついていかなかった。



「んんんんー、んー!」



撩の腕をパシパシと叩く香。

まだ口を右手で押さえられたまま。



そんな香の柔らかい髪に鼻を埋めて、

左腕に伝わってくる心音に、指にかかる鼻からの息に、

内腿から伝わる体温に、

今自分の手の中に香がいることを実感する。




(……誰が、…おまぁの代わりが務まるってんだ…。)



まだ身を捩って抵抗している香に、

低い声で頭皮に直接響くかのように呟く。



「おまぁ、しゃべるな…。」



撩の腕に手を添えたまま、

ふっと、香の動きがとまった。



もしかしたら、撩を怒らせてしまったのかと、

だとしたら、謝らなければと、様子を伺おうにも、

この体勢では、まったく撩の顔は見えないし、

言葉も発することができない。



香は、撩の体温と行動に混乱しながらも、

次の動きを待つことにした。


**************************************
(20)につづく。






次回は、第17部ラストでございます。

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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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