17-20 Taste Of Antarctic

第17部 Compensation Of The Bill

奥多摩湖畔から9日目


(20)Taste Of Antarctic **********************************5817文字くらい



口の中の氷がじわじわと溶け、

液体になったものが居場所を求める。

あめ玉を舐めるように転がして、

香はこくりと2万年前の液体を喉に静かに流した。

その動きが撩の指にも伝わってくる。



香は、さっきの突然の口付けも、

今、自分に触れている撩の手や足も、

どうしても、

撩が自分以外のオンナに触れているシーンに置き換わってしまい、

本当は、こうして包まれていることが嬉しいのに、

温かい撩の体温を感じていることに、

どうしようもなく溺れてしまいそうになるのに、

顔も知らない撩を通過してきたオンナのイメージが離れず、

触れられれば触れられるほど、置き換えられた像に苦しさが増していく。



眉を寄せて目を閉じ、

この自分の心の整理のできなさに、

じわっと涙腺が緩む香。



「俺の話しをちゃんと聞け…。」



撩の指は柔らかく香の口を塞いだまま、

小指は顎の骨にひっかけ、親指が頬骨に触れる。

すっと息を軽く吸い込むと、

香の頭の上からゆっくりと話し始めた。



「ずっと一緒だと、言っただろ…。」



撩の腕にくっと力がこもる。



「もし、おまぁが突然いなくなっても、必ず探し出して連れ戻す。」



香の体がぴくんと反応する。





かなりの間が開き、やっと撩が話を続ける。

「………今日、おまぁが回った店で何を聞いたか、

ボクちゃん、だいたい見当がついてんだな。」

「!!」

振り向こうとした香をそのまま抑える。



「……まぁ、あいつらも、悪気があったワケじゃあない。」

香の右腕を掴んでいた左指でやんわりと上腕をさする。

「おまぁのために色々教えてやろうとしたんだろ…。」

香は少し考えてから、目を閉じてこくりと小さく頷く。



「それで、おまぁがショックを受けていることも分かっている。」

香の肩がくっと上がり、

そうじゃないと、首を横にふるふると振った。

否定する香の姿にツキンと撩の胸に何かが走る。



「……強がるな。」



とたんに、ぽろろっと香の閉じた瞼の端から涙が溢れる。

それが、撩の指を伝って顎からつと落ちた。



(……撩に、隠せるワケないか…。)



本当は、こんな弱くて情けない嫉妬に苦しむ姿なんか見られたくないし、

知られたくない。

しかし、この男が何もかもお見通しであることは、

この二言、三言のやりとりで香も分かってしまった。

ふっと体の力が抜ける。

口の中に入れられた氷も少しずつ小さくなっていく。





暫くの沈黙のあと、

香は、目を細く開け、やや冷えた右手の指先を、

自分を抱き込んでいる撩の左腕の表皮にすっと這わせた。

もうここは、自覚している原因を素直に伝えようと、

迷いに迷って心に決める。

ひらがなで、一文字一文字時間をかけて言葉を描く香。



『ちがうの しっと なの』



口を押さえられていてよかったかもしれない。

言葉で音に出して言いたくない文言。

撩はこれを読めただろうかと気にするも、

それが全く心配無用であることをこれから知らされることになる。



一拍置いて、

香は自分の髪の毛にふっと鼻で息をかけられた気がした。

撩は、今自分の表情を見られない位置関係でよかったと、

この体勢を選んだことが正解だったと確信する。

それ程に、この香が自分の腕に書いた文字が嬉しくて、

まさに破顔という表現が相応しいくらいに

得意なポーカーフェイスは完全に崩れていた。

右手に力を入れる訳にはいかないので、

左腕をぐっと絞めて香をより引き寄せる。



「……俺は、香ちゃんから嫉妬されて、めちゃくちゃ嬉しいぜ。」

「!?」

香は閉じていた目をぱちっと開いた。



「そぉーだなぁー、香ちゃんをどうやったら安心させられっかなぁ〜。」

茶色いふわふわの髪に顔を埋めたまま、

ご機嫌な口調でそう言う撩。

香は展開が読めない。



「昨日も言ったがな、…まぁ、確かにこれからも、

エロ本見てぐふぐふ言ったり、

街中でもっこりちゃん見かけたらナンパもすっかもしれねぇーけど、

こいつは社交辞令みたいなもんで、

長年のクセちゅーたらクセだろうから、すぐには治んねぇーだろうしぃ、

依頼人にも、もっこり1発っつーて迫るかもしれんが…。」

撩は一呼吸置いて声のボリュームを小音にした。



「本気でもっこりするのは、今後おまぁ限定だから安心しろ。

おんなじこと何度も言わすな。」



頭の上から聞こえてきた撩の言葉に、

ぼしゅっと湯気が上がる。

「あー、あとな冴子との貸し借りも、ありゃお互い本気じゃねぇーから。」

「!?」

赤くなった香が振り向こうとするが、やんわりと押さえる。

「あいつも、槇村の嫁のようなもんだろ?

手ぇ出せるかってぇーの!

これまでも、なぁんにもねぇーから、気になるんだったらあいつに聞いてみな。」

香は、真っ赤になったまま首をぷるるっと横に振った。

撩はそんな香をくすくすと笑いながら、続けた。



「だ・か・ら、俺がもっこりモードになったら、遠慮なくハンマー降ろせばいい。

おまぁのハンマーだったら、いくらでも受けてやるっつっただろ?。」

香は、エロイカの会話の一部を思い出す。

この男は好き好んでハンマーを食らっていると。

オカマたちのあの時の会話と表情が脳裏に浮かび、

くすっと香も笑いが出る。



段々と香の持つ空気から、

シールドが剥がれて来たのを感じた撩は、

言うか、言うまいか最後まで決めかねていたことを伝えることにした。

すーっと香の持つ甘い匂いを深呼吸で吸い上げる。

愛しい女を抱き込んだまま、口を薄く開いた。



「……あとな、こいつは、もう1回しか言わねぇから、ちゃんと聞いとけ。」



体温が上がって来た香をくいっと抱き直す。

くせ毛に髪を埋め、

香の口を手でふさいだまま、目を閉じた。

小声でゆっくり呟く。



「……おまぁを失いたくないと、思い始めてからはな、

他のオンナに手ぇ出してねぇから…。」



言った本人も顔が赤くなるのを感じる。

こんな表情、見せる訳にはいかないと、

香をよりきつくフィックスする撩。

その香も、湯気を出しまくって身がカチコチになっている。

もともと動けないように拘束しているのだから、

フリーズもくそもないのだが、それに輪をかけて硬質化してしまった。



「おまぁとは、ハヂメテが多すぎて、撩ちゃんもドキドキなのよぉ〜。」

突然オネエ系でおちゃらける撩。

香の体がふるふると細かく震える。



(今日、聞いたことは、ホントだったんだ…。)



撩が、自分のために女遊びをやめていたことを、まさかと思い、

その場では全く信じられなかったが、

撩のこの一言で、

教授とエロイカのおねぇたちの証言が正しかったことを

改めて知った。



涙が止まらない。

撩の初めてが多過ぎるという告白も、

この9日の間に聞いた単語がかちりとはまっていく。



処女も初めて、

身を繋げた相手とそのまま一緒に寝たのも初めて、

キスマークをつけたのも初めて、

エスキモーキスもバタフライキスも初めて、

避妊具なしで行為に及んだのも初めて、

合体しっぱなしで寝たのも初めて、

撩は確かにそう言っていた。



黒く渦巻いていた、あの嫉妬心が、

膨張し過ぎて、自分では処理の仕様もなかった

激しい嫉(にく)み、妬(ねた)みが、

不思議なくらい粉が舞うように流れ去って行く。

それと同調するように、溢れる涙がさらさらと流れ落ちる。

香は、撩の腕にまた指を這わせた。

今度はやや急ぎ目で。



『はなみずでる』



「ああ、わりぃ。」

撩は、左腕を伸ばしてティッシュをパスパスと抜くと、

香の鼻をきゅっとつまんだ。



「んんっ。」



撩の右手はまだ口を塞いだまま。

香は自分の手でティッシュを押さえ涙腺から次々と落ちてくるもの懸命に

拭き取ろうとする。

ついでに、撩の指も当然自分の涙で濡れていたので

合わせてそっと拭き取ってみる。



撩は無言で泣きじゃくる香をそのまままた抱き寄せ、

頭部に顔を埋める。

香は、自分の口を塞いでいる撩の右手首を、くいくいっと引っ張った。

いい加減に解放してほしいのだが、

もちろんびくともしない。



「だーめ、まだしゃべるな。」



撩は、この自分のらしくもない発言の後に、

香に何か言われたり問われたりするのを防ぐために、

わざと声を出させないで居続ける。



「……少しは、安心したか?」



香は、湿りきったティッシュを左手で握りしめ、こくりと頷いた。

ふうと肩の力を落とすと、また撩の腕に指で文字をなぞり始めた。

ゆっくりと、時間をかけて、一画一画を大事に描くように、

人指し指を動かしていく。



『ありがと』



撩は、ふっと口端を上げ、

少しだけ腕に力をこめた。

抱き上げて、抱き締めたいが、まだこの顔は見られたくない。

オペは無事終了。

成功率は決して100%とは言えない術式だった故、

撩も緊張から解放される。



ただ、これで完全ではない。

これから、自分が関わって来た過去のオンナについて、

香がさらに間接的情報や、もしくは直接的情報を見聞きすることは

充分あり得ることだ。

それを今後もどうフォローしていくか、

宿題は残されるも、今日の件については一段落とみてもいいだろうと、

撩は作戦終了の指令を脳に送る。



同時に、香の心拍が落ち着いてきたのを感じた。

抱き込んでいたら、また香の指が左腕をゆっくりと撫でる。



(き?)



始めの人文字から次に移るのに、ずいぶんと間があく。

少し震える指先で、やっとなぞられた2文字目に撩は眉があがった。



(す???)




この後、濁点がつけられて「傷」で始まる単語でも出てくるのか、

いや魚のキスじゃないだろうと、想定外のひらがなの登場に、

思わず香を見下ろし直す。

撩のわずかな体のこわばりを触れられている部分から感じた香は、

続きの文字を伝えてもいいのか、迷い始めた。

自分も、もう恥ずかしさでリンゴ顔になっているのが分かる。

しかし、今の自分の素直な気持ちを

渾身の勇気を絞り出し、伝えてみることにした。

撩の腕に香の白い指がゆっくりと滑る。











かなりの緊張の色が見えるその動きに、

撩の鼓動がおかしな心電図を描く。



『きす したい』



撩は、耳まで赤くなった香を見下ろしながら、

まさに舞い上がる気分を味わう。

思わずぎゅうっと抱き締めた。



「んんんーっ。」



苦しいと訴える香。

撩は、すっと香の口から右手を離し、

両肩をくっと持ってくるんと自分の方に向かせると、

そのまま素早く左右の脇の下に腕を滑り込ませ、

ひょいっと香の体を持ち上げた。



「きゃっ!」



どさりと体同士がぶつかる音に、香が気付いた時には、

仰向けになる撩の上に自分の体が導かれていた。

厚い胸板に右手をついて、

左手は撩の上腕を反射で掴んだ香。

ほぼ全体重が撩にかかっている。

ちゃっかり枕の位置に頭を移動させているところも計算済みの撩。

お互いの顔の距離は約30センチ。

朱色に染まっている香を見つめながら、

撩はにやりとして、香の腰に両腕をまわす。

ようやく顔が見れたと、香は眉を八の字にする。



「……いいぜ。香ちゃん。」



また目的語を略されてしまったが、

香は一瞬、しまった!と身を少し引いてしまう。

文字数が増えても『きすしてほしい』と描くべきだったと

若干後悔した。

自分から口付けをしなければならないような流れにもっていかれてしまったことに、

ボボッと赤味を増す。

さらに、自分が撩を組敷く様な位置関係に重ねて激しい照れが込み上がる。



一方で、一人でツケを勝手に払いに行って、無防備なところに

過多な情報を浴び、心がどろどろになりかけていたものを、

治癒してくれたかのようなこの流れに

感謝の気持ちで一杯だった。



こうして撩を見下ろすのは、ソファーの時から2度目。

香は、こくりと生唾を飲み込む。

頬袋の中には、小さくなった氷がまだ残っていた。

それをそのままに、

初めて、自分から撩の唇に近付く決心を固める。



ベッドサイドのランプだけが自分達を照らしている。

仄暗い中でも分かる程に真っ赤になった香は、

ゆっくりと撩の顔との距離を縮めた。



「あ、あの、……目は、閉じて、くれる?…。」



ふっと鼻から息を出し、

細く笑みを浮かべ、素直にそれに従う撩。

「りょーかい。」

そう言いながら、すっと瞼を下ろす。



深呼吸をする香。

その形のいい目標物を見つめると、さらに体温が上がる。

間を置いて、首を少し傾けながら、

撩がいつも自分にしてくれているスタイルを思い出しながら、

愛を込めて、感謝を込めて、目を閉じ、そっと唇を重ねた。



質感と温度を感じるやいなや、

すぐに離れて行くことを防ぐかのように、

すかざす接吻を返してくる撩。

優しく啄むキスを受けながら、

香はそのまま深く抱き込まれ、横倒しにされる。

いつものように、香の背中がソファー側に向いた。

後ろ頭に撩の左手がまわり顔をより密着させられる。



「ふっ…。」



徐々に湿り気のあるキスに変わっていく。

もう、自分を惑わす残像は見えない。

撩の舌が、残っている氷の欠片に気付く。

もうビー玉くらいにまで縮小していたそれを巧みに移動させる。



「んんっ…。」



まさに一緒に溶かす作業をしているかのように、

艶(なまめ)かしく香の口の中で、氷と撩の舌が動く。

熱い肉の上で、それはみるみる体積を減らし、

全てが液体になったところで、

香がこくりと喉を動かした。



「…っはぁ。」



ゆっくりと唇を離す。

「……おまぁからの初めてのちゅうが南極の味っつーもの、

なかなかシャレたもんだな。」

「……ば、か。」

もう恥ずかしくて一杯一杯、そんな優しい目で見られると、

吸い込まれてしまいそうで、

思わず顔を撩の胸に埋めてしまう。



「りょ…、あ、りが、と。」



途切れ途切れにそう呟いた香。

「んじゃ、もっこりすっかっ。」

明るい陽気な声に、香は、ぱちっと目を開く。

ゆっくり顔を上げると、染まった頬のまま、

上目遣いで撩をじろっと睨んでみる。



「……あんたは、それしか頭にないの?」

「もっちろん。」

言葉と同時に、また顎を掬われ、ちゅうと吸い付かれる。

「んんっ。」

「こいつも、もうカオリン専用だぜ。」

自分の腰につんと当たった熱いモノに、かぁあああと照れが込み上がる。

それをどうしてもごまかすようにしか返せないのは、

長年の習慣か。

唇を合わせたままの言葉が続く。

「どぉーだか。」

「まぁーだ信用してねぇなぁ。

じゃあ、やっぱ体に教え込むしかねぇなっ。」

ころんと体勢がさらに90度回転する。

「あっ。」

見下ろされる香。

「おまぁが、不安になるヒマもないくらい、もっこりしたぁーげる♡」

「……りょ。」



香は瞳の表面に水分を讃えたまま、撩を見つめる。

おちゃらけた言い方でも、最上級の告白に変わりはない。

その言葉が嬉しくて、耐えきれなくなった涙が次々と溢れる。

香は幸せに満ちた微笑みで、

目を閉じながら、撩にしか聞こえないくらいの小声で

「……うん。」

と緩く顎を引く。



瞼に落ちてくる温かい唇を感じ、

香は覆い被さっている撩の大きな背中に

そっと腕をまわした。



********************************************
第18部(1)へつづく。次回はパス付です。





6000文字近く…。
1回でご覧頂くには長過ぎました。
ここまで、皆さんも本当にお疲れさまでした〜。
重ねるとしたら、海原父ちゃん訪問撤退直後、
自分との関係をリビングで香に伝える撩も、
こんな感じで、ライトな口調も使いつつ、
出すべきところは包み隠さず真摯に説明していたのではと。
しかし、乗船する前夜の撩の部屋のあのワンシーンで、
よくあいつもハグ(+添い寝??)でストップかけたよなぁと…。
(い、いや、実際はもしかしたら、ごにょごにょ…。)

【追記】
ちう寸前のシーンに、
撩のセリフを挿入しました。
入れ忘れとった…。
[2013.04.19]


【今後について】
まさかここで更新一区切りしますって言ってしまったら、
モノ投げられそうなので、(私だったら投げます)
ちゃんと第18部の中身を準備させて頂く所存でございます。

年明けから年度末にかけての慌ただしさを
未だ片付けられておりませんが、
皆様からの有り難いメッセージで、
帆にいい風を当てて頂きました。
ひとまず今後もなんとか隔日更新でと
思っております。

しかしながら、閾値が狭いわたくし、
現在も心の中に前進に対するひっかかりも若干残っており、
この心境とどう向き合っていくか、
まだ手探りでございます。

やはり心にゆとりがない時は、
自分だけでは、
なかなか物事に対して肯定的に受け止めにくくなるので、
どれだけ皆さんのお言葉に救われたことか…。

コメントやメールを下さった全ての皆様、そして
拍手、足跡を残して下さった全ての皆様、
カウンターを回して下さった全ての皆様、
本当にありがとうございます。
足下が不安定な連載でございますが、
引き続き、当サイトをよろしくお願い申し上げます。


【100パチ御礼!!!】
なんてことでしょうぅぅぅ。
本編初の100パチ越え。
本当にありがとうございます(嬉涙っ)。
表ブログでは1件のみ、
当サイトでは2回目の3ケタ越え、
人生3回目の100パチオーバーに、
大変恐縮しております〜。
これは、なんかお礼企画を出さんといかんかと、
思っておりますが、
手持ちネタがなくてからに…。
何か沸いてきましたらお知らせしたいと思います。
取り急ぎ御礼でした。
[2013.04.25.21:28]

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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


9万hit記念に
とりあえず作ってみた
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