19-07 Okonomiyaki

第19部  Shopping

奥多摩湖畔から10日目  


(7)Okonomiyaki  **********************************************5020文字くらい



テーブルの上には、

余熱で少し温めているホットプレートとナタネ油にターナー。

調理台の上には、ステンレスのボールに、

豚肉の切り落とし、千切りキャベツ、イカのぶつ切り、卵、だし汁、薄力粉、

あげ玉、干しえび、青ネギが混ぜ込まれている。

傍らには、削り節と青のりとお好みソースがその出番を待つ。



「撩、いつ戻ってくるかな…。」



エプロンで濡れた手を拭きながら、食材を確認する香。

どこに行くのか、はっきり言わないままに外に出かけていった男が、

リビングから出ていく時、妙にひっかかる言い回しをした。

いつもなら

『ボクちゃん、ナンパに行ってきま〜す』

と言って出てくタイミングであった。

しかし、あの時、撩は外に出るとだけしか告げなかった。



「何しにいったのかしら?

まぁ、ツケさえ増やさなきゃ、

この際、ナンパでもなんでもいいんだけけど、ね…。」



複雑な思いは残るも、

ナンパをしない撩というのも、撩らしくないので、

かえって具合でも悪いんじゃないかと疑ってしまいたくなる。

それでいて、関係が変わった今、

ナンパ現場を目の当たりにしたら、

平静でいられるかハッキリ言って自信はない。



「いつも通りハンマー出しちゃってもいいの、か、な?」

香は腕組をしてうーんと首をかしげる。



— いくらでも受けてやる —



確かに撩はそう言っていたし、エロイカのオネエサンたちも、

好き好んでハンマーを出させていると証言していた。



「わ、わざ、と…?」



香はますます首をかしげる。

「うーん、………ま、いっか。」

心理的な小細工は苦手というより、

むしろ出来ないことは自分でも、よぉーく分かっている。

こういう場面はこうしたほうがいいとか考えても無駄であることも

分かっている。

ならば、今こうして悩むのも無駄である。



「さてと、お湯でも沸かしておこうかな。」



ガスレンジに向き直ったとたんに、

玄関から、ガチャガチャ、バタンと物音が聞こえた。

「おーい、帰ったぞぉー。」

相方の声に、ナイスタイミングと、

香はホットプレートの温度調節のメモリを高温にした。

パタパタとスリッパの音をたててキッチンに近付く気配。



「香ぃ〜、メシぃ〜。」



ちゃっと扉が開いたと同時に空腹を訴える撩。

「おかえりー、今から焼くからちょっと待ってて。」

「おっ、お好み焼きかぁ?」

「うん、タネはいっぱいあるからたっぷり食べられるわよ。」

ボールの中の具を、さらに軽くゴムベラで混ぜ合わせ、

投入のタイミングを図る香。

プレートの上に手をかざして温度を確かめる。



「どこ行ってたの?」



とりあえず気になっていたことを聞いてみる。

ガタリと白木の長椅子に座る撩。

「んー、エロイカに文句言ってきた。」

香は、ボタッと、持っていたナタネ油のボトルを床に落としてしまう。

「へ?…は?、…な、な、なんで?」

ぎくしゃくしながら、ボトルを拾う香。

ついさっき、昨夜のエロイカでの会話を思い出していたばかり。



「む、むしろ、も、文句言われるのウチのほうでしょ?

ろ、6ヶ月分も未払いだったんだからっ。」

「あー、おまぁ、ツケの支払いに一人で行くのトーブン禁止な。」

「はぁ?」

「あと服装にも気ぃつけろ。」

「ええ?」

「……見られて困るのはおまぁーだろうがっ。」



ぷいっとそっぽを向いて、少し頬を赤める撩に香は、目を見開く。

撩の代わりに、ホットプレートが白い湯気を出し始めた。

「あ!いけないっ。」



香は、少しパワーを落とすと、油をプレートに広げた。

十分温まった鉄板に油の温度もすぐに上がる。

香は、具をざっと流し入れ、ヘラで円形に整える。

やや厚めで大型に仕上げるイメージで素早く手を動かす。

「こ、これでよしっ、と。」

パカッと蓋を落として、しばしの待機。

その間に、キウイフルーツを剥くために、またシンクに立つ香。

後ろ向きのまま、包丁を動かしながら、さっきの会話の続きを試みてみる。



「み、見られて、こ、こ、困るって、い」

一体なんのこと?と、なんとなく分かっている答えをあえて聞いてみたが、

途中で撩のセリフが重なった。



「覗かれたんだろ?エロイカの連中に。」



何をと言わないが、目的語はあのことだとポンと浮かぶ。

ママがしゃべったんだ、とすぐに理解できた。

昨夜のあの時のやりとりがまた鮮明に蘇る。

鎖骨の少し下に残っているキスマーク。

思えばそれがきっかけで、機関銃トークの集中砲火を浴びたのだ。

包丁を持つ香の手が止まる。



「……ぅ、ぅん。」



小さく答える香。

背の高いオネエさんばかりだったとはいえ、

確かに自分の不注意で見つかってしまった。



「今晩でもまぁーた話しが一人歩きして、情報拡散だな。」



溜息と一緒に吐き出されたセリフに、

香は撩に嫌な思いをさせてしまったと思い込む。

キウイフルーツを尖端から花柄がついていた方に向かって

ゆっくりと花びらを作るように縦に剥きながら答えた。



「……ご、ごめん。

あ、あたしもまさか見られるとは、思ってなかったから…。」

もとは自分の作ったトラブルの素材に、謝罪する言葉が撩の胸につきりとくる。

「あー、別に謝るこたぁねぇよ。」

「だ、だって撩、お店でなんか言われたんでしょ?」

撩に背を向けたまま、そう返す香は、

キウイのへその部分をつまんでくるりと回し、

硬い芯の部分を取り外した。



「まぁなー、だから文句言ってきた。調子に乗るなって、な。」

頬杖をついて目を閉じてる撩。

口はへの字のまま。



「ねぇ、……りょ、撩は、そ、その嫌じゃないの?

あたしと、…あの、こ、こ、こうなったって、みんなに知れ渡るのって、

い、いろいろ不都合、なんじゃ、ないの?」

香は、剥かれた3つのキウイを乱切りにカットしながら、

前にも聞いてみたことを繰り返し呟いた。

耳に届いたのは、また長い溜息。



とたんに後ろから太い腕にぐいっと抱きしめられる。

「ひあっ!」

香の心臓がバクバクと暴れ出した。

ま、またか!と包丁を持っている手が止まる。



「……隠すつもりはないぜ。」



声と共に右耳の裏に息があたり、肩がびくりと上がる。

「うひゃっ。」

「むしろ、俺のもんだと札でも貼っておきたいところだが…、

余計なことしちまうと、

ますますからかわれるネタになるだろーが。」

首筋に撩の唇が当たる。

「今はまだ、他の連中が必要以上に盛り上がっているみてーだから、

とりあえず工夫が必要だっちゅーこと。」

上唇と下唇と舌先の3つの接点が、

3本のラインを描くように香のうなじに熱を残していく。



「ひぁっ…、ちょっ…りょっ、…まっ。」



もはや、まともな日本語が出てこない。

恥ずかしくて目も開けられない。

いたずらを仕掛けるように触れてくる撩に翻弄されつつ、

今しがた撩が言った言葉が、頭の中でエコーする。



(オレノモン?俺の紋?、問?、門?)



「だ、か、ら、ネタ提供になるような服を着て外に出るんじゃねぇーぞ。」

耳朶を口の中で転がしながら、そう低い声で念を押す撩。

つまりは、首周りが見えるような上着を着るなということだと、

のぼせつつある頭で飲み込んだ香。

確かに、モノを見られると自分が一番困るのだ。

その前に、

見られて困るものを付け過ぎている相方にも

多少なりの責任があるのではと思いつつも、

今は、抗議する言葉は引っ込めておくことにする。



「あ…ん、……わ、分かった、から、…ちょ、…い、今は、や、やめ…。」



抱き込まれて、

耳に触れられているだけなのに足腰の力が抜けそうになる。

包丁は握りしめたまま。

まだ信じられない。

この男が、自分にこんなことをしていることが。

いずれにしても調理中のこーゆーのは色々と困るのだ。

持っているコレを振り落とすワケにはいかないので、

ハンマーでも出してやろうかと一瞬よぎった時、

二人の鼻に同時に焼き過ぎ直前の香りが漂ってくる。



「……タイムオーバー、ひっくり返さねぇーと。」



するりと撩が自分から離れるのを感じて、はぁぁーと脱力する香。

目を開けて、後ろを振り向くと、

すでに撩がターナーでお好み焼きをひっくり返していた。

カパンと蓋を閉じる音がする。

香は、向き直り茹で蛸状態で切っていたキウイを軽く洗い、

白い器に移してテーブルに運んだ。



「じゃ、じゃあ、か、買い物の時に、服も何着か買いたいんだけど…。」

椅子に座り直した撩は、また頬杖をついてちょっと不機嫌な顔をしている。

「りょーかい。」



今までなら、

まず買い物に素直に一緒に行くこと自体が殆どなっかったにも関わらず、

『あれ』から何度となく、2人でスーパーに買い出しに行き、

今も速攻で承知の返事が来ることに、

香は何か足りないと思ってしまう。



『あーん?めんどくせぇなあ、そんなの一人で行ってこいよぉ』



と、あからさまに嫌がるのが普通だったのにと、

こうした一つ一つの変化に、まだまだ気分がついていかない。

そんなことを思いながら、大きめの平皿を用意する。

さっきフルーツを切るのに使っていた包丁も軽く洗って、

お好み焼きを切り分けるために、皿のそばに添えることにする。

先ほど、沸かし損なったヤカンにも火を付けた。



「そろそろいいんじゃないか?」



撩が声をかける。

両面がいい具合で焼き上がった頃合い。

香はフタを開けると白い湯気と共に、干しエビの持つ独特の香りが立ち上る。

二つのフライ返しでその円盤を掬いあげると、

よっと声を出しながら、大皿に引越しさせる。

すぐに次の油をひき、それが温まる間に青のりと削り節をまんべんなく振り掛け、

お好みソースとマヨネーズを細く格子状に引いていく。



ホットプレートからは、熱せられた油の香りが漂い、

香は切り分ける前に、第2弾のタネを流し入れて、蓋をする。

「じゃ、じゃあ、切っちゃうね。」

仕上がった第1弾のお好み焼きに早速一刀を入れた。

実は、これがまた包丁がよく汚れてしまうので、

できたら、ソースやら青のりやらは、カットしてからふりかけたいどころではあるが、

分かっていても、また順番を変えるのを忘れてしまった。

ちょっとだけ細い眉が八の字になる。



香は、6等分にして、自分のは2枚分を別皿に取り、

残りは大皿のまま撩の前に配膳する。

「は、はい、どーぞ。」

「あいよ。いったらきまーす。」

撩は、はふはふと早々に口の中にお好み焼きを頬張る。

そこにヤカンが鳴り始める。

少なめの水しか入れていなかったので、すぐに沸いてくれた。



「お茶かほうじ茶でいい?」

火を止めながら、相方に尋ねる香。

「あー、まかせるわ。」

粉物の料理には、コーヒーよりもお茶系を用意したくなる。

食器棚から急須と湯呑みを出して、緑茶を選んだ。

出番が少ないので、保存にはより気を使い、

ちゃんと密閉容器で乾燥剤入りを使っている。



教授のところで、何回かいれたものの、

このアパートではコーヒーが主流。

撩のところに来る前は、圧倒的にお茶の生活だったことを思い出す。

今日のメニューも、中学高校時代に兄と一緒に時折作っていた家庭料理。

香は、緑茶を湯呑みに注ぎながら、ふっと表情が緩んだ。

視界の端で、撩もそれに気付く。



「はい、熱いから気をつけて。」

「あいよ。」

撩の皿はすでにカラに近い。

次の焼き上がりまで、しばしの休憩タイム。




「……なんか、アニキも一緒に居るみたい。」

香は、自分の分を口に運びながら、開いている隣の席に視線を落とす。

「あ?」

箸でつまみあげたものを見ながら続ける香。

「これ、アニキと一緒にたまに作ってたの。」

「槇ちゃん仕込みか?」

「んー、本当は、焼きそばが入っている方がいいとか、卵は先に薄く焼くんだとか、

色々好みがあったみたいだけど、家だと別々に焼くの面倒で、

全部混ぜこぜにしても、それなりに美味しいから、

結局これが定番になっちゃったけどね。」

パクっと懐かしそうに頬張る姿に、撩も唇が緩む。

「なるほどね。」



『お、結構いけるなぁ。』



陰膳があるわけではないのに、

香の隣で、そう言いながら味わう元相棒の残像が、

二人の心に映し出される。



撩は、片手でずずっと緑茶を啜(すす)る。

「さっさと食っちまって、さっさと出ちまおう。

どうせ食い物も買い足さなきゃなんねぇーんだろ?」

「あ、うん。でも、あと2枚は焼けるよ。

あんた、大食いだからこれでも足りないんじゃない?」

「食える時に食えりゃーいいのっ。ほれ、次のひっくり返すぞ。」

「あ、お願い。」

もぐもぐと口を動かしながら、

撩との食卓に10代の頃の思い出を、香はそっと重ねる。



結局その後、計4枚の大きなお好み焼きを二人で平らげ、

食後の眠気を伴いつつ、台所を片付け、

バタバタとアパートを出る準備に入った。


*************************
(8)へつづく。





10日目ですからね、まだ日は浅いということで、
とにかくべたつくチャンスがあったら、
触っておこうとする撩ちん。
カオリン、混乱しまくりだろうなぁ〜。

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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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