胡麻さま「還ってきた男」(3)

70000hit企画

お預かり作品「言ノ葉隠れ」胡麻様より


『還ってきた男』(3)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



リョウはアパートに戻った。

香はまだ帰っていないようだった。

「―――やれやれ」

リョウはどさりとソファに身を沈めた。

なんだかむしゃくしゃした気分だった。

いや、原因はもうわかっていた。



「―――そこにいるんだろ、槙村」



宙に言葉を投げかける。



『ああ』



返事がした。と思うと、さきほどのように辺りが薄暗くなった。

リョウの目の前に、槙村が立っていた。

「いったい、いつまで俺につきまとう気だ?」

リョウが不機嫌そうに尋ねる。

『―――もちろん、お前が香の前から消えるまでさ』

あいかわらず不敵に槙村はニヤリと笑う。

「ここは俺のアパートだ。何で俺が出てかなきゃならないんだ」

ムッとしてリョウは言い返した。  

『どうしてもか?』

「ああ、どーしてもだ!」

ケンカ腰でリョウは立ち上がり、

彼の目の前にぼんやり光ながら浮いている槙村としばしにらみ合った。

ピシッ、ピシッと空気が弾けるような音が辺りで起こる。

ラップ現象というやつだ。

そのうちソファやテーブルなどがガタガタと揺れ出した。



「な―――」



思わずリョウがひるむ。

その時、槙村がカッと目を見開いた。

ゴウッという音とともに、突風が起こり、

部屋中のものがその風に巻き込まれたように浮き上がる。

次の瞬間、それらがすべてリョウをめがけて襲いかかった。

「うわぁっ!」

とっさにソファやテーブルなどはよけたが、

置時計や電話などはよけきれず頭に当たった。

しかし次々家具が襲ってくるので痛がってるヒマはリョウにはなかった。

「ちょ、ちょっと待てよ!」

必死でリョウは叫んだ。

「卑怯だぞ、槙村! ちゃんと素手で闘えー!」

『あいにく素手どころか、体がないんだ』

槙村は完全にリョウをおちょくっていた。

空中に浮かんでニヤニヤ笑いながらも、攻撃の手をゆるめない。



リョウは横になったテーブルを盾に、

折れた椅子の脚を手に必死で飛んでくる物に応戦した。

しかしどうにも苦戦の色はかくせない。

「ちくしょー! 槙村、いい加減にしろっ!」

飛んできたサボテンの鉢を叩き落とし、とうとう堪忍袋の尾が切れて、リョウは怒鳴った。

「だいたいお前に俺のことが言えるのか?

―――俺よりお前の方がよっぽど女を不幸にしてるじゃねぇか!」

リョウの怒声に槙村は一瞬ぽかんとした。



『―――何の話だ、いったい……』



「わからないって言うのか?」

リョウはますます腹をたてる。

「だったら教えてやるよ、冴子のことだ! 

―――生きてる間だって香、香っていってろくに相手してやらなかったくせに、

死んで五年も一人ぼっちにして、

その上、この世に戻ってきてもあいかわらず妹の方を最優先にしやがって。

シスコンもいい加減にしやがれ。あいつは今だってお前のこと待ってるんだぞ!」

宙に静止していた家具類がふいに支える力を失い床に落ちた。

リョウは槙村をにらんだまま、疲労と怒りでゼイゼイと肩を揺らしている。



『―――――』



槙村は黙り込んでしまった。

「―――お前がこれから守らなきゃならないのは、

償わなければならないのは……香じゃないだろ、槙村」

精も根も尽き果てて、リョウは床に座りこんだ。

槙村は苦しげな表情を浮かべている。



『リョウ、俺は……』



彼は何かを言いかけたが、口ごもってしまった。

「ん―――?」

リョウは槙村をいぶかしげに見つめた。

しかしリョウの不審に答えるよりも早く、槙村の姿がふいにぼんやりとかすみはじめた。

「お、おい……」

最後の瞬間、申し訳なさそうな目線を投げ掛けながら、

槙村は消えてしまった。突然とり残されて、リョウは茫然とする。



その数秒後、玄関のドアが開いて香が現われた。

「ただいまー。……あらリョウ、帰ってたの?」

雨の中走ってきたのか、濡れた前髪のしずくを払いながら彼女はリビングに入ってきた。

「雨がひどいから今日はビラ配りはかんべんしてあげるわ、リョウ―――」

言いかけて香はゴクリと息を飲んだ。



「な、なによ、これ―――!」



部屋の有様を見て、一声上げると彼女は絶句してしまった。

窓ガラスにはひびが入り、ソファやテーブル、テレビはひっくり返り、

戸棚や本棚の中身は床にぶちまけられ、

鉢植えは粉々に砕け、カーペットはめくれ上がり

……これでは香でなくとも絶句せざるをえないだろう。



「いやぁ、香、これには訳が……」

とにかく香の気を落ち着かさせようと、リョウが猫撫で声で言い訳を試みる。

香はもちろん聞いていない。

「あ、あんたって男は……。

ひょっとしてこれは朝のケンカやさっきの言い争いに対する、あたしへの嫌がらせ……?」

眉をぴくぴくと逆立て、目を三角にして、低い声で香はリョウに問いかけた。

「ち、ちがう、ちがう」

リョウは真っ青になって頭をぷるぷると振った。

「俺じゃない。これをやったのは……槙村なんだ」

「兄貴がぁー? 何言ってんのよ、あんた」

香はますます腹を立てていく。

「ホ、ホントなんだってば。

槙村は霊界で修業を積んで守護霊になったんだ。

そしてお前に近づく奴を抹殺するためにこの世に戻ってきたんだよ。

お前だって、今朝夢に見たって言ってたじゃないか」

助かりたい一心でリョウは早口で言い立てた。

「何をバカな……。ウソはもっと上手に言ったら?」

香はまったく相手にしていない。

「ホントのホントなんだよー! おい、槙村! 頼むから出てきて証明してくれー!」

側にいるであろう槙村に向って呼び掛ける。

しかし槙村はウンともスンとも返事をしなかった。

「そんなことでごまかそうったって、ムダよ」

香はフンと鼻で笑う。

「さあ、お仕置きしましょうねぇ。ハンマーとすまきとどっちがいいかなー?」

「ぎぇー、そ、それだけは。あ、そうだ!」

リョウはポンと手を打った。

「ホントに槙村はここにいるんだ。今それを証明してやるよ、香」

「へぇー、どうやって?」

はなから信じていない香はバカにしきった調子で相づちを打った。

「見てろよ……」

リョウがふいに香の腕をつかみ引き寄せた。

「え……?」

ふいをつかれて、香はすっぽりとリョウの腕の中におさまってしまった。

(極度のシスコンの槙村のことだ。こうでもすりゃ、逆上して出てくるにきまってる)

我ながらうまい考えと、リョウはほくそ笑む。



「…………」



が、しかし。

十秒待っても、20秒待っても槙村は現われなかった。

「りょ、リョウ……」

香が腕の中でもぞもぞと動く。

突然抱き締められ、彼女は耳まで真っ赤になってしまっている。

「あ、あれ? おかしいな……」

あきらかに気まずい雰囲気に、リョウはすっかり動揺してしまった。

(ちょ、ちょっと刺激が弱すぎたか。よーし、こうなったら……)

「……香!」

耳元で名を呼ばれ、香はびっくりして顔を上げる。リョウはその顎に指をかけた。

(え……ええ―――!)

あきらかにキスの体勢だったので、香は驚きながらも反射的に目をつむった。

リョウは香に顔を近づけ、そのままの姿勢で数秒待った。

しかし、一向に槙村は現われる気配をみせなかった。

(お、おかしいな。ここまでやってるのに、なんであいつは出てこないんだ?)

リョウはますます動揺した。



「リョウ……?」



やがて待ちくたびれて香が目を開けた。

両耳を赤く染めて、何が何やらまったくわからない様子だったが、

彼女はうっとりとした信頼と愛情に満ちた目でリョウを見つめる。

ここへきて、リョウはやっと今の状況を理解した。

槙村がその姿を見せない以上、

香にすればリョウが急に自分に迫ってきたとしか思えないだろう。

引くに引けない体勢に、リョウは自ら墓穴を掘ったことを知った。



(槙村の奴、まさか本当はこうなることがねらいで…)



今にして思えば、リョウと香を引き離すことを目的としていたわりに、

槙村のやったことには奇妙な点が多かったような気がする。

槙村を動かしていたのは、決して一つだけの目的ではなく……。

しかしリョウにはそんなことを悠長に考えているヒマはなかった。

香が、彼の腕の中から一心に彼を見つめている。

こんな目をされたら、今のは間違いでしたとはもう言えない。

しかも、こんなふうに見つめられていると、

まずいことに、だんだん香が愛しく思えてきた。



(こうなったら、もう……)



とうとうリョウは観念した。

どうやら、兄妹二人ががりの甘い罠に完全にひっかかってしまったようだ……。






霧の中に、彼女は立っていた。

手を伸ばせば肘から先すら見えなくなりそうな濃い霧だけが辺りを支配している。

(また、あの夢だわ)

彼女はうんざりとした。

もういったい何度こんな霧の中にいる夢を見たことだろう。

仕事がつまったときや、雨の日はきまってこの夢を見る。

行くことも退くこともかなわぬ霧の中で、彼女は途方にくれて立ちつくす。

ひどく気だるくて、胸苦しい思いが胸の中にもたちこめてきて、

彼女はますます途方にくれた。



(―――いったい、どうしたの? どうなってしまうの、私……)



彼女は漠然と自問したが、こんなふうに迷ったり、

途方にくれることに彼女は慣れていなかったのだ。

彼女は目をこらし、霧を見つめた。

誰かに来てほしかった。

その人さえ来てくれれば、こんな霧など消えてしまうはずだと彼女は思っていた。

彼女は待った。

待つことがこんな不安なことだと知らなかった。

ふと、何かの気配を感じて、彼女は背後を振り返った。

誰かが、霧を押し分けるようにして、ゆっくりと彼女に近づいてくる。



「あ……」



彼女は小さな声をあげた。

その人物が誰なのか、彼女にはすぐわかった。



『待たせたな―――冴子』



それは槙村だった。

彼はにっこりと彼女に笑いかけた。

彼女――冴子は言葉を失ったように彼を見つめた。

やがてその顔が、泣きだす寸前の子供のそれのようにゆがむ。



「待ってたのよ、……私、ずっと待ってた……」



かすれた声で彼女は言い、心の声がそれを繰り返した。

(そうよ……。私がずっと待ってたのは、この人だったんだわ)

『―――すまん』

槙村は本当にすまなさそうだった。

『すぐ来るつもりだったんだが、ちょっと寄り道をしてたら、すっかり遅くなってしまった』

そう言って、ボリボリと頭をかく。

「寄り道って、どーせ香さんのところなんでしょ?」

女の勘で冴子はピタリと当てた。

「あなたはいつだって、私のことなんて後回しなのよ」

すねたようにそっぽを向く。しかし一方では、

(―――あらあら、私にこんなかわいいところがあったなんて)

と、内心自分の態度にびっくりしていた。

『悪かった、本当に』

槙村は手を合わせながら謝った。

それを見て冴子は機嫌を直した。

「もういいわ。―――でも、これからは私のことも考えてくれなきゃいやよ」

『わかってるよ』

「もうどこへも行かない?」

『ああ』

「これからは、ずっと一緒ね?」

『ああ』

槙村はほほえんで、冴子をそっと抱き寄せた。

『―――これからは、ずっと一緒だ……』

冴子はにっこりと笑った。
 
不安も憂欝ももう彼女の中から消えていた。

あんなに深かった霧が、二人のまわりからいつのまにか消えていったように―――。






カラン、カラン……

「いらっしゃいま……あら、冴子さんじゃない」

カウンターの中から美樹が、ドアベルを鳴らしながら入ってきた冴子に笑いかけた。

翌朝、ここはもちろん美樹の店『CATS・AYE』である。

「珍しいわね、こんな時間に」

「ええ、ちょっとコーヒーが飲みたくなったの」

冴子はにこやかに言って、カウンターの席に着いた。

「どうしたの? なんだか機嫌よさそうね」

戸棚からカップを取り出しながら、美樹は冴子の表情をしげしげと観察した。

「そうかしら」

冴子は照れたように微笑む。

美樹の言った通り、冴子はゆったりとして、ひどく満ち足りた表情をしていた。

今日の彼女からは、いつものりりしいけれど、

人を寄せつけようとしないあの磨ぎすまされた印象が消えている。

代わりに満たされた優しい雰囲気が漂い、

それがもともと人並みはずれた美貌にやわらかな輪郭を与えているようだった。



「何かいいことでもあったの?」

美樹が意味ありげに尋ねる。

「そうね、あったような、ないような……」

あいまいに冴子が答える。

「あら、秘密なの?」

「ううん、そうじゃなくて……なんだかすごくいい夢を見たらしいんだけど、

目が覚めたらどんな夢だったのか憶えてなかったの」

冴子は肩をすくめ、けれどやっぱり幸せそうに微笑んだ。

「ふーん。まぁ、そんなこともあるかもしれないわね。

……それにしても、冴子さんをこんなふうに幸せそうに、

チャーミングにしてしまう夢ってどんな夢なのかしらね」

美樹は不思議そうにため息をつき、そして何やら目で笑いながら、

「みんな、どうしちゃったのかしらねー。春でもないのに」

「みんなって?」

冴子がきょとんとする。

「あれよ、あれ」

美樹がちょいちょいと後ろを指差した。

冴子が振り返ると、隅のテーブル席にリョウと香が向い合って座っていた。

「ほら、リョウ。アーンして」

「バ、バカ。いいよ、自分で食うから」

「遠慮しなくていいのにィ」

モーニングセットのサンドイッチを前に、

リョウの世話をやく香と、テレて真っ赤になっているリョウの姿がそこにあった。

リョウは困りきっているが、香は冴子以上に幸せそうで、満面に笑みを浮かべている。



「ど、どうしたの、あれ」

見慣れない光景に、冴子は目をパチクリさせた。

「さあ? なんだか急に仲良くなっちゃったみたいよ、あの二人」

美樹がクスクスと笑う。

「はー、とうとうリョウも年貢の納め時ってわけね」

あてられたように冴子はしみじみと言った。

「これでうちも物を壊されなくなるから助かるわ」

美樹は心からホッとしてるようだった。

「美樹さーん! コーヒーまだぁ?」

香が元気に手を上げた。

「はいはい、今持っていくわ」

美樹は並べたカップにあわててコーヒーを注ぐと、

そのうち二つをリョウたちのところに運んだ。

そして二人の邪魔をしないようにとっととカウンターに戻ってきた。

「あら」

戻ってきた美樹が小さく声を上げた。

「―――どうしたの?」

冴子がカウンターの中をのぞきこむ。

「いえ、あの……」

美樹は当惑したように顔を上げた。

「今、冴羽さんと香さんと冴子さんの、三人分のコーヒーを入れたつもりだったんだけど

……いつのまにかカップが四つになってたの。

変ね、うっかりして一つ多めに出しちゃったのかしら」

手元に残った二人分のカップに美樹は首をひねった。

冴子はしばらく茫然としていたが、

ふと無意識のうちに自分の隣の誰も座っていない席に目をやった。

やがて彼女はくすっと不思議な微笑を浮かべた。



「たまにはそういうこともあるわよ。

……ねえ、よかったらそのコーヒー、二つとも私にくれない?」

「え? 冴子さん、二杯も飲むの?」

美樹がびっくりして聞き返す。

後ろの席のリョウもこのやりとりに気が付いて首をのばしてこちらを見ている。

「飲まないけど……その、隣に置いておきたいのよ」

自分でも奇妙だと思うこの申し出に、冴子は笑ってごまかした。

美樹はますます首をひねったが、

「まぁ、冴子さんがそう言うなら……」

一つを冴子の前に、そしてもう一つのコーヒーをその隣の無人の席に置く。



「ありがとう」

冴子が礼を言った。

「こら、リョウ、どこ見てんの」

「いてっ」

じっと冴子の奇妙な言動を不思議な眼差しで見ていたリョウの顔を、

香が無理矢理つかんで自分の方に戻す。

ちらりとその様子を見て、それから冴子は再び隣の席に視線を落とす。

飲み手のいないコーヒーカップから湯気のたちのぼるのを眺めながら、

まるでそこに恋人でも座っているかのように、

彼女は至福の思いに目を細めるのだった―――。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
END


1993年7月執筆作品
胡麻様より拝受





省略されたあの時間、
これまた妄想ネタにつながりそうです。

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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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