21-08 Apple Juice

第21部 Invasion Of A Novelist

奥多摩湖畔から11日目  


(8)Apple Juice ***************************************************** 4641文字くらい



「唯香ちゃん、お待たせ。リンゴジュースでいいかしら?」

「わぁ、ありがとうございます!」



脇にワープロを置いて、さっそくグラスを両手で持つ。

「走っちゃったから、のど乾いてたんだ。頂きまぁーす。」

「ど、どうぞー。」

くいくいと二口三口喉を上下させて、

乾いた食道の繊毛を潤した女子高生は、ことりとグラスを置くと

長辺側に座った香につつっとにじり寄った。



「ねぇ、香さん。たぶんお忙しいと思いますんで、

早めにおいとましようと思っているんですけどぉ。」

本音とは逆のことを言葉にしながら、

流し目で見つめてくる唯香に、香はぎくんと硬直する。

「手短にお話しして頂ければ、すっごく有り難いんですけどぉ。」

「て、手短かって、な、なんのこと、かしら?」

香はとりあえず自分もリンゴジュースを飲むことにする。



「冴羽さんとはどこまでしたんですか?」



ぶっ!

直球ストレートの質疑。

もちろんお約束のように、口に含んでいたものが霧状に散布されてしまった。

「ゆゆゆ、ゆ、唯香ちゃんっ!」

香は、コンマ数秒で全身茹でベニズワイガニ状態。

それでも、ぎくしゃくしながらジーンズのポケットからハンカチを取り出して

急いで口元を拭い、

トレーと一緒に持って来た台拭きで、ガラステーブルを高速で拭き上げた。

「ど、ど、どこまでって、いいいい、い、一体、な、な、なんのこと、かしらぁ??」



とりあえずこの段階では、まだとぼけてみることにする。

「だって、冴子お姉ちゃん、冴羽さんが覚悟を決めたってようだって言ってたから、

冴羽さんが香さんを助けに行った時、

何かなければ、あのお姉ちゃんがそんな言わないと思うの。」

「へ?」

「キスとかされたんですかぁ?」

香の顔を覗き込むように尋ねる唯香。

ぼしゅっと香の耳から間欠泉の様に蒸気が吹き上がる。

既に全身の肌色は赤を通り越し、

このままぶっ倒れてしまうんじゃないかという程に、

汗の粒が表皮に浮き始める。

もうこの反応だけで、イエスと言っているようなもの。

しかし、香の口はまだ必死に誤摩化しモードへ持って行こうとする。



「や、や、やだっ!ゆ、ゆ唯香ちゃんっ!あんな変態オトコと、き、き、きき、っすなんてっ、

でででできるワケ、ないわよっ!

こここここっちから、おおおお断りよっ!」



両手の平を胸の前でワイパーの様に高速で動かし、

赤い顔をぶんぶんと横に激しく振る香。

唯香は、はぁと短く息を吐き出す。



「……香さん、その言い方じゃ、誰も信じてくれませんよ。」

「ぐっ…。」

「あたし、詳しいことは全然聞いていないんです。

でも…、

たぶんあたしの読みが当たっているなら…、

お二人ともちゃんとした『結論』が、…出たんですよね。」



さっきの撩との約束だと言っていた時に出た文言が再び登場する。

「ゆ、唯香ちゃん……。」

自分より遥かに年下である彼女が、

一瞬ずっと精神年齢が上の女性に見えてしまった。



確かに事実はその通り。

自分たちは『結論』を出したのだ。

共にそばに居続けることを、共に生き抜くことを。



「香さん。」

「はっ、はい?」

「なんだかすっごく綺麗ですよ。」

「は?」

いきなり話題の切り口が変わる。

「あたしがお世話になった1年前も、香さんって綺麗で素敵だなぁって

思ってたんですけど、その時よりもなんか磨きがかかっている感じ。」

「へ?」

「エステとかに通っているんですか?」

「そそそそんな、おおおお金がかかるようなところに、かっ通えるゆとりなんか、

うちにはなななないわよっ。」

肩を小さく縮めて首を細かく振る香。

にやりとする唯香。

「……じゃあ、やっぱり冴羽さんに大事にされてるんだ。」

「っな!」

ぼしゅしゅっと耳から蒸気が再度吹き上がる。

ナンテン、クロガネモチ、サルトリイバラ、セイヨウヒイラギと

赤さを誇る木の実の色を全て混ぜ込んだように、

更に変色しまくる香。



「あの結婚式から、もう10日以上経ってますけどぉ、もう一緒に寝ていたりするんですかぁ?」

香を覗き込みながらそう訪ねてくる17才の少女。

香はその好奇心一杯で輝く唯香の目に耐えきれず、

しゅうしゅうと頭部から湯気を出しながら、左手で両方の目頭を押さえ、

上半身を支えきれずに、右手をソファーについて

はぁーと長い息を吐き出しながら、うつむいてしまった。



「か、香さん、大丈夫ですか?」

そう言ったとたんに、リビングの扉が開いた。

「あ!冴羽さん!」

「ったく、こぉーなることはわかってたんだよなぁ〜。」

とりあえずヒゲもそり、顔も洗い、

いつものズポンにTシャツ姿で登場する。

「ご、ご無沙汰してました!お邪魔してます!」

ぴしっと立ち上がって撩に挨拶をする唯香。

どういう訳か緊張で必要以上に姿勢が良くなる。



そのままソファーに近づいた撩は、

香の右腕をひょいと掴んで立ち上がらせた。

「!!っ、あ、りょ…。」

湯気が上がるのぼせたままの顔を上げる香。

持っている上腕が熱い。

「おまぁ、キッチンで頭冷やしてこい。」

「え?」

「あとは俺が話す。」

「え?」

「ほれ、早く濡れタオルでも顔につけてこい。」

そう言いながら、香の肩を押してリビンクの外に移動させた。

後ろ手にパタンとドアを閉めると、唯香のほうに向き直って、

ふうと一息吐き出した。



ぱたぱたとスリッパの音を立てて、

さっきまで香が座っていたところにどさりと腰を下ろす。

足を組み、右腕を背もたれにひっかけ、丸めた指をこめかみに当てる。

左手はけだるそうに左腿の上に投げやると、

目だけ動かして隣の彼女の姿を瞳に移した。



「まぁ座れよ。」

「あ、は、はい。」

立っていた唯香はすとんと元の位置に座り直した。

「……久しぶりだな。今高3か?」

口調は穏やかではあるが、

ものすごく張りつめた空気が自分たちの周囲を取り巻いている。

危険信号も若干感じつつも、

取材をしたい、何があったか聞き出したい欲が勝っている彼女は、

とりあえず平静を装って会話を続けることにした。



「そ、そうです。もう周りは受験モードでピリピリしているんですけど、

あたしは、推薦が決まりそうなんで、結構ゆとりがあるんです。」

「ほぉ。」

自分の分のグラスに左手を伸ばす撩。

くっと傾けて一口飲む。

「甘…。」

すぐにテーブルにリンゴジュースを戻した。

唯香は、その動きを黙って目で追う。



「あ、あの冴羽さん」

「却下。」

「は?あたし、まだ何も言ってないじゃないですかっ!」

「全部却下。」

撩は左手で前髪を搔き上げながら、心底迷惑そうな表情で続けた。

「何を聞かれても拒否。」

「えーーーっ!!!黙秘ですかぁ!?」

思わずまた立ち上がる。

「さっき、俺が話すって言ってたじゃないですか!」

「香じゃもう対応できねぇーからだろ。」

頭をがしがしと掻く撩、またすとんと座りなおす唯香。



「お前がどこまで冴子や麗香から聞いたかは知らねぇが、

とにかく今は、何にも話す事はない!」

目を閉じたまま顎をそらして腕組みをする。

「……今、は、…ですか?」

唯香は、上目使いで撩をちろっと見やる。

撩は、薄めを開けてじろっと軽く睨む。

「……訂正しよう。ずっと、の間違いだ。」

「ずっるーい!!!」

「ずるいも、くそもあるか。」

はぁと溜め息を出した唯香は、ちらっとグラスに目をやると

手に取って、くっと一口喉に流した。

撩も、とりあえず再びリンゴジュースに口をつける。



「そっか…、冴羽さんも戸惑ってるんだ…。」

「ぶっ!ごほっ!」

派手な水音がしたと同時に、撩のむせ返る姿。

自分の吹き出した液体とグラスの中の液体がぶつかって跳ね上がったリンゴジュースを

そのまま自分の顔にもろ浴びてしまった。



「っおま!なんだよ!それ!」

「ふーん、図星みたい、ですね。」

唯香はニヤニヤと勝ちを感じた表情で撩に香が持って来たおしぼりを手渡した。

それを乱暴に奪い取り、機嫌悪そうに濡れた箇所を拭く撩は、

じろりと隣りの少女に視線を投げやる。



「あー、とにかく何にも話す事はねぇから、諦めてさっさと帰るんだな。」

「冴羽さん…、お二人の結論が出たら、取材させてくれる約束じゃないですか。」

「んな約束した覚えはねぇ。」

「ずる…、あの時の冴羽さんは無言でオッケーって言ったようなもんですよ。」

屋上での会話を思い出させようとする。

「俺は何も言ってねぇーし。」

唯香は、撩をじとっと見やると、目を閉じてまたはぁと一息漏らした。



「……香さんへの危険が、増しちゃう、から?」

「あ?」

姿勢をただした唯香は改めて撩に向き直った。

「お二人がまとまったって、バレると香さんがもっと危ない目に遭う、

だから話せない、ってこと?」

「……黙秘。」

「っもう!」

ふぅと息を吐く唯香は、

目を閉じたまま腕を組みソファーに深く座る撩を見つめる。

その表情の下に隠されたものは、

そう簡単には浮き上がることはない。

唯香も以前一緒に過ごした中でそれは十分心得ている。



今日の目的は、2人の進展に関する情報を直接聞き出し、

新連載の素材として大きく活用したいと、

このチャンスを狙って訪問を試み接触に成功したワケではあるが…。



「……早く、来過ぎちゃった、みたいですね。」

「あぁ?早くも遅くもあるかよ。いつ来ようと一緒だっつーの。」

唯香は膝の上に両手を重ねたまま、

ふっと肩の力を抜いてやや上を向き細く息を吐き出した。

「分かりました。出直します。」

撩の方に向き直る。

「あ?」

「でも、もう『答え』を出したって受け止めちゃいます。」

「……なぁーに、勝手なこ」

「冴羽さん。」

撩の会話を遮ってやや強い口調で名を呼ぶ唯香。

一息ついて、ゆっくりと撩を見つめる。

「……すごいですよ、こんな業界でそんな決心をするなんて。」

撩の白目の面積が増えて、丸い瞳が皮膚にかぶることなくあらわになる。




— すごいよ おまえ…  この世界でそんな決心するなんてさ…… —




つい12日前に、自分がファルコンに向けて控え室で漏らした本音の台詞が、

唯香の口からも紡がれた。

「簡単なことじゃなかったのは、分かってますから。」

明るい口調に、撩もはっと我に返る。

「また改めて伺いますからね。」

隣りに鎮座させていたワープロを抱えて、専用の鞄に押し込むと

唯香は持って来た荷物を一通り抱えて立ち上がった。

「こなくていーっつぅーの。」

撩は、目を閉じ頭の後ろに両手を組んで

眉を八の字にしながら下唇を突き出した。

そんな撩を見てくすりと口元が緩む彼女は、ガラステーブルの脇を通りながら

香の居所を確認する。

「ねぇ、冴羽さん、香さんまだキッチンかしら?

一言ご挨拶してから帰ろうと思うんですけど。」

「あーん?ほっとけ、ほっとけ。」

背中の壁越しに感じていた気配では、客間に移動したことを確認済み。

「もうっ。」

リビングの入り口前で、また振り返った彼女は、

膨れっ面からにっこり笑顔になると、今後の宣言をすることにした。



「でも!外では総力取材させて頂きますから!」

「い?」

撩の組んでいた指がほどける。

「じゃあ、お邪魔致しました!」

パタンと閉まるリビングの扉。

その奥で、大きな声が響く。

「香さぁーんっ!おじゃましましたぁー!また来ますねぇー!」

香がいるであろう方向に向かってそう叫んだ唯香は、

足取り軽く冴羽アパートを後にした。



1階まで降りて来て、路上で改めてアパートを見上げる。

「ふふっ、これから忙しくなりそうだわ!」

撩の態度の一部始終を忘れないうちに電車の車内で早く文字データにしなければと、

高校3年の彼女は、新宿駅へ足早に戻って行った。

その様子を、向かいの白人がオフィスから見下ろしていたことを

本人達が知るのはもう少し先のこと。


***********************************
(9)へつづく。




【いずれ原稿を修正致します〜】
Mさまからご指摘を頂きました〜。
当方、とんでもない間違い設定をここで使ってしまいました。
唯香ちゃんの学年ですが、
完全版28巻、第288話にて、
香の台詞の「今年高校に入ってから作家デビューして」という
くだりがあったことをスコーンと記憶から抜けておりました。
初めて撩と香に出会った時は高校1年だったということで、
1年間違った表記でこの章を作ってしまった次第です。
原作の中身を大事にしたいと思っていながら、
これはかなり情けないミスでございます。
いつになるか分かりませんが、
機会を作って、内容を改稿したいと思います。
教えて下さったM様本当にありがとうございました。
[2013.09.08]

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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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