21-09 Wrapping In A Quilt

第21部 Invasion Of A Novelist

奥多摩湖畔から11日目  


(9)Wrapping In A Quilt ****************************************** 5026文字くらい



「え?」


唯香の声が廊下から部屋に届いたとき、

香は客間のベッドでうつ伏せになっていた。

ぱちっと目を開けて、慌てて起き上がる。

「も、もう帰っちゃうの?」

スリッパをつっかけ、部屋の外に出て廊下を進むも、

もう唯香の姿は見えなかった。

階下からちょうどパタンと玄関の扉が閉まる音が耳に届く。



「……ふぅ。」



小さく息を吐く。

あれから、撩に言われた通り洗面所で顔を洗い、額にかいた汗を流して、

冷たい水をフェイスタオルに浸らせ軽く絞り、

まだ赤いままの両頬にじゅう〜っとあてがった。

蒸発する湯気に、確かに自分ではもうあの場は持たないと、

撩に代わってもらったことが正解だったと安堵する。

キッチンで水を一口飲んでから

とりあえず自分のベッドで体温が下がるのを待っていた次第。




「一体2人で何を話したのかしら…。」




グラスを片付けようとリビングの扉を開けた。

「撩?」

ソファーの長辺側で

コーナーを頭にして仰向けになって転がっている相方を発見する。

そっと近付くと目は閉じている。

「こ、これ片付けちゃうわね…。」

それぞれリンゴジュースが中途半端に残っている3つのグラスをトレーに移し、

軽く台拭きでガラステーブルを拭く香。

撩は薄く目を開けると、ふーと細く肺から呼気を出した。



「まるで嵐の通過、だな…。」

「は?」



ぼそっと突然聞こえた撩のつぶやきに、

トレーを持って立ち上がった香の動きが止まる。

「……あんた、唯香ちゃんと何話したの?」

「なぁーんもぉ。」

また目をつぶった撩は、頭の下で組んだ指をそのままに、

はぁとまた一息こぼす。



香は、少し迷ってとりあえずキッチンに持っていこうとしたグラスセットを

またテーブルに戻し、ソファーの短辺側にゆっくりと腰を下ろした。

ぎしっと軋む音に、この家具もずいぶん長いこと頑張っているわと、

クッション下の材の劣化が気にかかるも、

それよりも、

自分が席を外している間に、どんなやりとりがあったのか、

ちゃんと聞いておかなければと、撩に再度尋ねた。




「唯香ちゃん、簡単には帰らないと思ってたけど…。」

「とりあえず黙秘しといた。」

「は?黙秘?」

「んで、勝手に納得して帰っちゃったみたいよぉ〜。」

「う、うそ!ホントにあんたなんにも喋ってないの?」

「言えるかよ。」

「……それで唯香ちゃんがすんなり帰るなんて考えらんない。」

「んじゃなにかぁ?おまぁは、正直に言った方が良かったっつーの?」

むくっと上半身を起き上がらせた撩は、

そのままソファーの角に腰をスライドさせ、

ぎょっとしている香の腕と腰を素早く確保すると、

そのままどさりと自分を背もたれにして

後ろから香を抱き込んでしまった。

香がそんなワケないじゃないと、言い出す前を押さえてのほんの数秒間のこと。



「ちょ、ちょっと!いきなりなにすんのよっ!」

あまりにも瞬発的な動きで、あっという間に拘束され、

また照れと恥ずかしさが香の中で膨張する。

撩は、今日のゴミ出しの失敗で機嫌を損ねてしまった相棒と

いかにして今晩一緒に寝るかを考えていたところでの唯香の登場だったので、

当初の目的を実行に移す事にした。



「唯香にこーゆーところ見せつけておいた方がよかったか?」



細い腰に背後から両腕を絡め、

香の耳の後ろでそう低い小さな声で囁く撩。

「っ!」

それだけで心拍が狂いそうになる。

「な、なにばばばかなこと、いいいいってんのよっ!」

撩の右足は床に付き、

左足は短辺側の背もたれに密着させつつ香の左半身とぴったり触れている。

香の上半身は完全に撩の腕の中に納まり、

両足はソファーの上に投げ出されているスタイル。

撩はコーナーに深く座り直し、より香を自分に引き寄せた。

鼻先にくすぐる茶色いくせ毛の感触を楽しみながら、

すっと目を閉じる。



「……今日は、すまなかった。」

「は?」

さっきから「は?」の連発。

突然の謝罪に、香は一体なんのことだと混乱する。

「え?な、何が?」

昼過ぎのやりとりをもうこの女は忘れてしまったのかと、

それならそれで有り難いが、違うタイミングで思い出されてもなんだしと、

ここは理由を伝えることにした。



「ゴミ捨て。」

「!!!」

香の体がぴくんと動く。

「そうよっ!!!撩!だめっ!やっぱりあた」

くだんの怒りを思い出し、じたばたと抵抗を始めた香をやんわりと押さえ、

そのまま左指で顎を捉えて、肩越しに唇を塞いで黙らせる。

いきなりの深いキス。

「んんんーっ。」

思わず香は撩の太い腕に手が伸びて指に力が入ってしまう。

かすかに残る甘いリンゴジュースの味に、また脳が溶かされそうになる。

自分の顎に添えられている指に少し圧がかかったかと思ったら、

口を合わせたままに体をくるんと回転させられ、

今度は対面で吸い付かれてしまう。

後ろ頭に指を埋め、位置を固定させ、右腕も香の背中に回される。

両足も絡ませられ、逃げ道は完全に遮断されてしまった。

全身がほてりつつも、

まだ香から腕も回してこなければ舌も逃げてばかりで、

撩は、これ以上はハンマーが落ちるなと、

作戦を若干変更することに。

下唇を優しく挟み、ちゅっと吸引してからふっと離れる。



ずっと強く目を閉じていた香は、目尻を濡らしたまま

こっちのほうが嵐じゃないと思いながら、

撩の肩にぱたりと額を落とした。




「……きゅ、急に、…なに、すんのよ…。」

優しく髪の毛を撫でられる感触にきゅんきゅんしながら、

なんとか喋ろうとする香。

「んー?スキンシップ♡」

「……はぁ?」

「これまで、んなこと出来んかったしなぁ〜。」



香は疑問符が浮かぶ。

昨日もココでこんな感じのことしたんじゃなかったかと、

一体いつからのことを指しているのか、

さかのぼる時期が分からないでいる。

一方、撩は目を閉じたまま、

腰にからませた腕と、後頭にまわした手の平にじんわりと力を入れ直す。

触れたくても触れられず、

触れられる理由をこじつけても、より抱えているモノが体積を増すばかりで、

心を決められずにいたこの数年が像を結ぶ。



香が意識のある状態では、それこそカウントできるほどにしか、

お互いが触れる機会などなかったのだ。

ファルコンが美樹とのことを伝えた時、

セスナが突っ込んで来た時、

真柴由加里が去った時、

シンデレラデートの時、

唯香が連れ去られた時、

マリー、ソニア、海原が来た時、

双子の姉妹の部屋に泊まった時と、

両手足の指も埋まらない数程のその思い出が、

撩の胸をくっと締めた。



「……撩?」



香は自分を抱き込んだまま穏やかに沈黙している相棒の様子を見遣ろうと、

少し体を捩るも、

まだ動くなと言わんばかりにまたぎゅっと腕に力が込められる。



まるで携帯したくなる抱っこちゃん人形。

きっと泣きわめく赤子が、お気に入りのおもちゃを渡され

安心して泣き止むのは、こんな感じなのかと、

知り得もしない疑似的な感覚が被ってくる。



「……ね、ねぇ、唯香ちゃんと何かあったの?」



唐突に撩を心配してくる香。

思わずくすりと肩が上がる。

「べっつにぃ。」

今、撩はこの抱き心地を夜も得られるように持っていくには

どうしたらいいかという自己中心的な思考に偏っている。

そこに、何かあったのではと不安になっている相棒とのギャップがまた、

おかしくなりクスクスと鼻で笑ってしまった。



「ちょっとぉ〜、何がおかしいのよっ。」

「んー?」

上半身を持ち上げようとした香を、またくいっと抱きしめる撩。

だんだんといつもの恥ずかしさと照れくささと嬉しさが三つ編み状態。

密着する服越しの体温に、頬の下から感じる心音に、

香は、はぁと熱い息を吐き出す。



「……あとは、何をすればいいんだ?」

「え?」

目がパチっと開く。

「食器は片付けておいた。シーツも俺の部屋の向かいにしまっといた。

乾燥機も動かしてある。」

「は?」

胸板に頬を押し付けられたまま、頭の上から降ってくるよく分からない台詞に、

香は何のことだかさっぱり理解ができない。



「りょ、撩?何?一体どういうこと?」

顔を再度あげようとしたが、またぱふっとTシャツに押し付けられた。

「ぅぷっ。」

まるで俺の今の顔を見るな攻撃。

「はっきり言って、おまぁが客間で寝たら、夜這いを止められない自信は100%だ。」

「へ?」

「……だが、お前が嫌がることは俺もしたくないしぃ〜。」

撩は鼻からすっと空気を吸った。

「とりあえず、今日おまぁが午前中できなかったことを、代わりにしてやっかと、

ボクちゃん、ちょぉ〜っとだけ頑張ってみちゃったんだけどぉ〜。」

「はぁ?」

口調の切り替わりに、ますます状況が飲み込めない。

また自分に絡んでいる腕がより密着してきた。

「あとは、何をしたら撩ちゃんの部屋に来てくれるのかなぁ〜と思ってぇ〜。」

そう言いながら香の髪に顎の骨をこしこしと擦り寄せる。



香は、真面目に心配した己を小さく恨む。

このオトコは、今晩一緒に寝ることしか考えてないのかと、

一瞬だけ腹が立つも、

自分が帰宅した時、キッチンでヒゲもそらずに寝ぐせも直さずに、

本来だったら自分がすべき雑多な仕事を

自ら進んで片付けてくれた姿を思い出す。

このヒト、一応世界一のスイーパーよね、と

そんなオトコがエプロンをつけて何をしていたのかと

想像しただけで香は思わず、ぷっと吹き出してしまった。




「な、なんだぁ?」

腕の中でくくと肩を小刻みに揺らすパートーナーを見下ろすも、

前髪から下の表情は伺えない。

指先を丸めて口元を押さえる様は、必死に溢れる物を塞(せ)き止める堰がわり。

目尻に涙も溜まってきた。



滑稽すぎる。

あの日から、やっと二ケタの日取りを重ねられたばかりだというのに、

唐突に切り替わった相棒の態度は、あまりにも激し過ぎる落差で、

もはやショックを通り過ぎておかしさで笑いしか出ない。

声を詰まらせて小刻みに震える香は、

大笑いしそうになるのを必死で止めている。



「おいおい、なんだよ。」

眉があがる撩。

「…っも、…っおかしくって…。」

くくくっとまだ爆発を耐えながらなんとか返事をする。

「ああ?」



しかし、そこで香ははっと思った。

これで自分が折れて今晩も一緒に寝ることになったら、

かなりの確率でまたゴミを出せなかったり、それだけでなく

午前中を棒に振ってしまう可能性もゼロではない。

むしろ数値としてはかなり高いと想定される。

撩の努力はくすぐったいくらい嬉しいが

簡単にゴーサインを出すわけにはいかない。

そう結論付けた香、すーと息を吸って肩の力を抜く。



「……だめ。」



ぴくりとして、腕の中の香を見下ろす撩。

香は、耳が赤くなったまま、小声で続ける。

「起きれないと、本当に困るの…。」

「起きれればいいんだろ?」

「だから、一緒に寝ると起きれないんだってばっ。」

頬を染めながら、これまでの目覚めを振り返る。

「『俺が起こしてやる』ってのはもう信じないからっ。目覚ましも止められちゃうし!」

「ん〜、じゃあ、夜がダメなら今から仲良くしよっかっ!」

くいっと両手で頬を挟まれ、んちゅーとタコちゅう状態の厚ぼったい唇が接近してきた。

ぎょっと目を見開く香。

「お、己は何考えとんのじゃあああ!」

撩は目の前に舞った掛け布団に、次の自分の姿が容易に想像出来た。

瞬時に、しゅるるるるっと巻かれるロープに、

この感覚も超久しぶり〜と、嬉しさを感じていることを

とりあえずバレないようにする。



「こ、この、あんぽんちんの、おたんちんの、すっとこどっこいの、ばかちんがっ!」



貶(けな)し言葉オンパレードの文言を投げつけ、

香はそのまま簀巻きに仕上がった撩をベランダから弧を描かせ放り投げた。

「ひょえぇぇぇっっ〜。」

ビンと張ったロープが手すりにすれてギシギシと鳴く。

香自身も、一体いつぶりくらいかしら?と

ご無沙汰していた技に、ある種の懐かしさも沸き上がる。

顔を照れと怒りで赤らめたまま、パンパンと手をはたき、下の様子も確認もせず、

テーブルの上のトレーを持ち、

ぷいっとリビングの扉に向かってどすどすと歩く香。

バタン!と閉まる音が撩の耳に入ってくる。



「やっぱこうでなきゃな…。」



簀巻きにされたまま、表情は穏やかに目を閉じ真面目モード。

これまでと変わらぬやりとりがこうして出来る事を確認できたことに、

どこかしら深い安心感を覚える。

ぎっ、ぎっと揺れるロープが静まった時、

対面のビルから聞き慣れた声がした。



「……リョウ、お前何やらかしたんだ?」

「うっせ、ほっとけっちゅーの!」

ぷいっと顔を背ける撩。

出窓に腰をかけて窓を開ける堕天使。



夕刻の茜色の陽が互いのビルの間を柔らかく射していた。


***********************************
(10)へつづく。






このサイトでは、初のスマキ撩でございます。
ぶら下がって久しぶりの感覚に浸る撩ちんは、
神村愛子ちゃんの回の、事務所の机に縛られてながら、
真面目モードの顔をしているコマを代用して戴ければと…。

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きまりも

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since 2012.03.31.


5周年記念に
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中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


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ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
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