21-10 401

第21部 Invasion Of A Novelist

奥多摩湖畔から11日目 


(10) 401 *************************************************** 3244文字くらい



「なんか、今日半日損した気分だわ…。」



香はキッチンで、ぼそりとつぶやいた。

そうこうしているうちに、

もう夕食の支度もしなければならない。



「はぁ…。」



グラスを洗いながら、これからどうしようかと、溜め息が出る。

唐突の唯香の襲撃と、撩の態度の急変に、

やはり気分も体も全然追いつかない。



それにしても、日中を大きくふいにしてしまったのは、

結果的に自力で起きることができなかった己が悪いと思いつつも、

撩と過ごす夜が、こんなにも心身共にエネルギーを要するとは、

わずかな予測は持っていたが、

これまた想定の範囲外のレベル。



「あたしに、もっと体力あれば、な…。」



と声に出したところで、かっと赤くなる。

「な、な、なに考えんのよっ!あたしったらっ!」

そこで、はたと気づく。

「あ、あれ?明日は、ゴミ出しは、……しなくても、いい日?」

壁に貼ってあるゴミ収集のカレンダーを見直す。

3日前の可燃ゴミの日に出してあるので、

量もそんなに溜まっていないはず、と各部屋の状況を思い出す。

それなのに、一人で寝る宣言をしてしまった。



「う…、どうしよう…。」



正直、自分だって撩と別に寝る事は、好き好んで選びたいワケではない。

関係が変わってから、ぬくもりを感じながらの就寝に、

香もこれまで感じ得なかった安心感や幸福感を噛み締めている。

出来る事なら、撩に包まれながら眠りにつきたい。

ただ、先ほど宣言断言をしてしまった手前、

行動の変更は自分としても簡単には出来ない。



「んー、…まぁ、…今日、くらいは、いっか。」



リンゴジュースが入っていた3つのグラスを洗い終わり、

手をつけられなかったお茶菓子代わりのクッキーにラップをかけ、

とりあえず結論を出す。

やや寂しさはあるが、致し方ないと、

独り寝を決意する。



そして、また明日の朝はどうしたものかと、迷う。

燃えるゴミ自体は少ないのに、

わざわざ有料である区指定の袋を満たさないまま回収に出すのは惜しい。

かといって、ゴミ出しを先送りにすれば、

ならどうして別に寝たのかと、後々つっこまれたら困ることになる。



「わざわざゴミ作るのもバカらしいわよね…。」



客間で一人で寝る正当な理由を作るには、

ゴミを増やして袋を一杯にし、

翌朝ゴミ出しをする口実を作らなければならなくなった。

しかし、本当は一人では寝たくないという、

自分で作り出したよくわからない状況に、

これからの動きが取り辛くなる。



「あーん、どうしよう…。」



両手で顔を覆う香。

本当は明後日が、月2回しかない不燃ゴミの日にあたり、

むしろ切羽詰まっているのはそっちのほうである。

今日より、明日の方が一人で寝て、

ちゃんと起きてゴミ出しをしなければならない日なのだ。



つまりは、今日一緒に寝ない宣言は、明日に合わせて言うべきだったと

後悔するも、今日の大幅寝坊で冷静さを逸していた香は、

怒りにまかせて発言した手前、

客間での就寝を選ばざるを得なくなった。

暫く、難しい顔をして考え中だった香は、

ふと目を開けて、まずは掃除をする場所を作ることにした。



「地下と普段使っていない部屋、片付けておこうかな…。」




行くべき場所のイメージを固め、

夕食の下ごしらえをしてから巡回コースと決める。

が、食前の時間が時間だったものだから、

本来空腹になる頃合いでも、全くお腹が減っていない。



「なにつくろ…。」



メニューが決まらない。

炊飯器の中身はほぼカラになっている。

なんとなくお米を研ぐのが面倒な気分で簡単な食事を選ぶことに。



「焼うどんでもしようかな…。」



キャベツとタマネギの残量を確認して、常温保存食品庫からうどんを探し出し、

とりあえず献立だけ決めておく。



「よし、じゃあゴミ集めだわ。」



キッチンを出た香は、

客間兼自室でタンスの引き出しを開け、他の居住区の合鍵を探す。

「んー、全部の階はムリよね。地下と4階と5階だけ見ておこうな…。」

いつどういう件案で急に使う事になるか分からないこともあり、

とりあえずは、折々に掃除をしている故、

回収できるゴミがあるようには思えなかったが、

念のために巡回をすることに。

倉庫に寄り、ほうきとちりとり、そして紙袋を持ち、玄関を出た香。

この時は、まだ撩の靴はそこにあった。

気に留めず、地下へ向かう階段を降りて行き、射撃場の扉をそっと開けた。

いつもの独特な匂いがくんと鼻をくすぐる。



床を見遣ると、

もう薬莢はきれいに片付いていた。

あれは一般ゴミに出すワケにはいかないもので、

撩がいつのまにか処理をしている。

ボロボロになった的はゴミ箱に入っていた。

中身が見えないように持って来た小さめの紙袋に移し回収する。



銃器の油を拭く時のボロ布もオペレーションルームのゴミ箱に

そこそこ溜まっていた。

「そろそろボロ布も補充しなきゃね…。」

使い古しのタオルやTシャツなどを細かく切る作業をしなければと、

また頭の中のチェックリストに追記する。



「ここはこんなもんかな。」



出来る範囲の床面をホウキではき、

とりあえずは細かなホコリとゴミを集める。

軽く片付け終わると、次なる目的地へ。

防音扉をゆっくりと閉め、また元のルートをたどって階段を昇っていく。

通路を照らす照明も、やや点滅気味で

ここも交換が必要かと、買い物リストに加えるものが増えたと、

頭の中を整理する。



チャリっと合鍵を取り出すと、まずは401の部屋を開けた。

思い出深い場所でもある。

香は、最初にこの部屋に住んでいた。

ブレーカー用に各部屋に常備している踏み台を引っ張り出し、

小さな開き戸を開けると、

メインのスイッチをオンにした。



「もう……、こんなことなら明るいうちに始めればよかったわ。」



そう愚痴をつぶやきながら、

壁際のスイッチを探し、ぱちんと電気を付ける。

中は、間取り以外なにもない。

カーテンがないベランダに続く暗い窓に、自分の姿が映る。

兄を失った直後、悲しむ間もなくここでの生活が始まった。



「そういえば、あの時、…もっこり、してたわよ、ね。」



添い寝をと言いながら、

テントになった掛布団を見た時の驚きと恥ずかしさが、ふと蘇る。

あの時は、ハンマーでなくベッドサイド用の照明で反撃した。

今、思えば『あれ』もこれまでの依頼人と同じように、

沈んだ気持ちを紛らわせるための、

撩なりの配慮であったことに気付いたのは

いつ頃だったか。



「ふふ…、撩ったら…。」



思わずくすくす笑いが出る。

あれから6年以上、次の3月で7周忌となる。

「アニキ…。」

掃除道具を持ったまま、香はトンと壁に寄りかかった。

撩のお陰で深い哀しみや痛みの渦に引きずり込まれることなく、

これまでの時間を重ねることが出来た。

小学1年生が6年生になり卒業するまでと同じ時が流れたのだ。



「ほんと、あっと言う間、よね…。」



思わず回顧に浸りたくなったが、

とりあえずここに来た本来の目的をさっさと終わらせるべく、

床を一通りはきあげ、ベランダの窓を開ける。

コンクリートの床には、風で飛ばされてきた落ち葉や紙切れが散らかっていた。

「あら!結構ゴミが溜まっているじゃない!」

香は、それらかき集め、持ってきたビニール袋に入れていく。

「んー、きっと他の部屋も同じよね。急がなきゃ。」



ベランダから室内に戻ろうとしたその時、

聞き慣れたい相方のまぬけな声が聞こえた。

「ねぇ〜ん、かおりちゃーん、ボクちゃんいつまでこーしてればいいのぉ〜。」

「はぁ?」

ベランダの端に出て見下げると、まだ簀巻きの撩が3階付近で揺れていた。

すでに暗くなっていたので、6階から伸びていたロープにも気付かなかった。

自力で簡単に脱出できるだろうにと、くすりと肩を上げる。

「好きなだけそーしてたらー?」

そう言い残して、またガラス窓をカララと閉める。

久しぶりの居住区巡回に、思いのほかゴミが回収できる未来が見え、

事を急ぐ事にした香。



かつて世話になったこの空間をちらりと見返し、

忘れ物がないかを確認したら、

ふっと小さく息を吐き出し、半ば爽やかな表情で

401を後にした。


*********************
(11)につづく。





完全版21巻の巻末付録では、
2階から5階は、賃貸用住居と明記してありますね。
パーフェクトガイドブックP105で、
2階に3部屋、3階から5階は5部屋、
合計18部屋はあるという設計になっています。
もし家賃収入があったら結構なモンだと思いますが、
他人様を住まわせるワケにはいかないですよね〜。

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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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