23-07 Call

第23部 Preparation Of Training

奥多摩湖畔から12日目


(7)Call ************************************************************** 3294文字くらい



「まぁ、天気さえ大崩れになんなきゃ問題ないな…。」



予報は若干怪しい。

撩は全てのセッティングを終えて、家路に向かうことにする。

時間は夜の10時。

人工的な明かりがない森の林縁。

当然、周囲は真っ暗ではあるが、

上弦の月が正中近くで太陽の光を反射する。

夜目が効く男は、懐中電灯も持たずに、

狭いわだちを歩いて行く。

月明かりで自分の影も動き、枝や枯れ葉を踏みしめる音が妙に耳に響く。



「月は出てんのにな…。」



そう言いながら、辿り着いた愛車に乗り込み、

軽トラック1台がやっと通れるような

下り坂の舗装されていない道をがたがたと進む。

しばらくしてアスファルトの道に合流し、

街灯りが増えていく車窓を横目に、

インターがある方面にハンドルを切ろうとするも、

その前に寄り道をすることに。



「電話しとくか…。」



現場から車で少し南下すれば、最寄りの駅前に着く。

クーパーから降りると、公衆電話のボックスに向かう。

窮屈そうに壁面に寄りかかりながら、受話器を上げ、

ポケットの小銭を入れると、押し慣れた番号を素早く選んだ。

狭苦しいので、出入り口を足でストッパーがわりに開放したまま

コールを待つ撩。



長い呼び出し音が続き、なかなか出ない。

「おいおい、もう寝ちまったのか?」

折角心配させないように、帰るコールをしてやろうと思っての連絡。

10コールを超える。

(まさか、海坊主と一緒にどっか出かけちまったのか?)

いやいや、あのオトコに限ってそれはない、と

じゃあ、もしかしたらミックが自分の留守を察知して、

『俺とディナーでも』とか言いながら誘い出したんじゃなかろうかと、

周囲のオトコの行動を疑うも、

20コール目で、もしやと不安が過る。

今のところ、妙な動きの情報は入っていない。

しかし、自分たちのウワサはもう既に十分広がっている。

おバカな輩(やから)が香を狙う危険は大きくプラスに傾いているのだ。



「ま、まさか…。」



これは、一刻でも早く戻らなければと

動きを切り替えようとしたその刹那、

呼び出しコールが止まった。



『っも、もしもし!』



間違いなく我が愛しの香の声。

はぁと肩を落とす。

『もしもし?』

「ああ、俺だ。」

『……ふ、ふぁ、はっくしょんっ!』

「な、なんだぁ?」

唐突のくしゃみに、ずびっと鼻をすする音。

『ご、ごめん。ちょっと、慌ててて…。』

この一言で電話の向こうの状態が分かってしまった。

「……慌てて、濡れたまま、リビングに駆け込んだってワケ?」

『くしゅん!』

「おま、まさか素っ裸じゃねぇだろうな?」

『ばっ!バカなこと言わないでよ!あんたじゃあるまいし!…ひっくしゅん!』

「……風呂入ってて、髪が濡れたまんま、バスタオル1枚ってか?」

『……ちょっと、変な想像しないでよね!』

「正解だろ?」

『もうっ!分かってるんだったら、さっさと用件言っちゃいなさいよ!』

「あー、12時くらいまでには戻るわ。」

『くしゅん!』

「そっちもさっさと湯船に入んねーと、湯冷めすんぞ。」

『わ、わかってるわよ!』

「戸締まりちゃんとしとけよ。」

『あんたも、余計なお店に寄って無駄なツケとかつくってくんじゃないわよ!

くしゅん!ぐず…。』

「ほれ、早く風呂に戻れ。」

『う、うん。ずび…。…りょ。』

「あん?」

『気をつけてね…。』

「……ああ。」

『はっくしょん!くしゅん!』

「あーもー!はやく風呂場に行けってば!」

『うん、じゃあ、切るね。』

「あいよ。」

プッ、ツー、ツー、ツー。



「風邪ひかれちまったら、明日動けなくなるだろうが…。」



タイミングが悪い時にかけてしまったかと思いつつも、

電話の向こうの香の姿を思い返して、

思わず口元が緩む。

受話器を置きなおすと、すぐにクーパーの運転席に戻った。

急げば予告通り日付けが変わる前にアパートに到着するはず。

アクセルにかかる足の動きと同調して、

スピードメーターの目盛りがあがる。



「1回体験しとけば、あとあとかなり違うだろ…。」



本当は、標高1500メートルあたりの場所を検討していたが、

初回で今の季節では香にとって厳し過ぎるかと、

ワンランクレベルを下げての模擬訓練。



香にケガなどを負わせることなく、

万が一のコトがあっても救出しやすいように、

なかりゆるいフィールドを選んだ。

それでも、各所で判断能力を試される仕掛けは手抜きなし。



パートナーとして終生そばに置くことを決めた。

正しくは、共に生きて行くことを許された。

失った後では、

こうしておけば良かったといくら後悔しても元には戻らない。

その悔いを極限にまでゼロに近づけるがためにも、

可能な限りの努力を惜しむつもりはない。



「ま、初級だわな。初級。」



情報屋に頼んでいたブツもセット済み。

エレクトラのママに注文した品も全て揃い、

所定の位置で出番を待たせ、

明日、香が着る衣類も小道具も行動食も全て揃っている。

しかし、本人にはまだ何も伝えていない。



「ま、いきなりだと当然驚くわな。」



独り言が続く直線の高速、

教授からは検問の情報はないと聞いていたので、

まばらな車間をこまめに縫い上げながら、さらにスピードをあげる。



教授が持つ不動産で、新宿以外では最も土地が低い場所。

それでも、東京の高尾山よりは高い。

冬期に入れば、今回選んだ場所も、初級者相手では使えなくなる。

かといって気温が上がる春までは待てないと、

判断した結果が、明日の抜き打ち訓練となる。



かつて、自分を鍛えたマリーの父親に海原を思い出す。

上官、教官として甘えや隙を一切許さなかった

本気のサバイバル訓練。

それとライン引きが出来ないくらいの実戦にと、

まだ成長しきっていない体に、

10キロ、20キロの銃器や資材、食料を抱えながら、

密林の高温多湿の中をべたつく汗を流しつつ、

濃い緑をかき分けて、

血の匂いに、腐敗臭に、肉の焦げる悪臭に、

気付かない振りをしても、まとわりついてくる匂い成分に、

個としての感情の喪失や分離を自覚していた。



香にそんな体験をさせるつもりはさらさらない。

しかし、

この業界で考えうるありとあらゆることを想定してのスキルアップは、

どう組み立てて行くべきか、撩自身もまだ試行錯誤。

ケジメをつけて、まだ2週間もたっていない中で、

諸条件に見合ったメニューは、まずこれかと設定してみるものの、

まだ、心のどこかにわずかな引っかかりを抱えている。




一体、どこまでこの世界に身を堕とさせる気なんだ、と。




人を殺めることは絶対にさせない。

そう自身にも槇村にも固く誓った。



殺すことよりも生かしながら相手の動きを抑えるほうが、

格段に困難であることは、

当然香も理解していることだろう。

本人のモチベーションの高さも

技術修得の浸透にも影響を及ぼす。



だからこそ一度、

ちゃんと聞いておかなければならないことがある。

銀狐とミックとの決闘の時に、

香が抱いていた生死に対する真意を。



「いつ、吐かせるか…な。」



撩は、左手だけをハンドルにひっかけ、

右手は丸めてこめかみにあて、

窓枠に肘をついた、いたってラフな格好で

またぼそりとつぶやく。



東北自動車道から首都高を目指しながら

頭の中は、明日どう動くか、そのシュミレーションを

幾パターンも思い描きつつ、

と、ふと思考が別のところに向いた。

「ん?」

さっきの電話で、

俺の部屋で待ってろ、と言い損なっていた。

「……あ、あいつ、まさかリビングで待ってんじゃねぇだろうな。」

まだ、自分一人で7階のベッドで先に待つというパターンは、

させたことがない。



「かぁー、たぶん、……できねぇーだろうな。」



極度の恥ずかしがり屋の相棒が、

何も言われずにいたら、自分からあのベッドで先に寝ていることは、

今現在では、全くもって考えにくい。

香の体調管理に悪影響がでそうな事案が一つ加わる。

一人のリビングではきっとエアコンも使わないであろう。

毛布に包まってソファーに座る相方が容易に想像できた。



気付いたら道交法違反の走りで、

クーパーを目的地に向かわせる。

すでに、偽装免許証所有の時点で立派な法律違反ではあるが、

元々法の保護下にはない男、

すでに頭の中は、

いかにやっと手に入れた香を温めるかということしか

考えていなかった。


********************************************************
(8)につづく。





91年だったら、まだ携帯持たせなくてもいいかと。
公衆電話、最近は見つけるのも一苦労です。
というワケで、撩ちん、
午後一杯を使って、現場で小細工仕事をしてきました。
紅葉最盛期の某所が次の現場でございます。
リアルは、もうセミの鳴き声がシャワー状態なのに…。

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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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