01-02 Zero Distance

第1部 After The Okutama Lake Side


(2)Zero Distance ****************************************************************2283文字くらい




「したいこと?」



香は、まだ分からないようで、

きょとんとした瞳を撩に向けたまま。

(冴子さんに連絡とかしなきゃいけないのかな?

さっき、式の前に撩と冴子さんが話していた事ってこれのことだろうし。)

そんなことを考え巡らせていたら、

ふいに視界が影になって、

後ろ頭に添えられている手に少し力が入ったかと思ったら、

左頬に柔らかく温かいものが触れた。

同時に撩の前髪が目の前にかかる。



「?!?!」

心臓がはぜた。

眼輪筋が外に広がり、一気に血圧と体温が上がる。



撩の唇が自分の左頬に触れた。

しかも唇にかなり近いところの頬に。



脳がそう認識すると同時に、

全身の肌がかぁーと朱に変わるのを感じた。



撩の誕生日を作ったときに、

額に軽いキスをもらった。

ソニアと別れた後、

あの公園で少しだけ抱き寄せられた。

海原の船に乗り込む前夜、

撩の腕の中に包まれた。

あの船から脱出する直前にガラス越しのキスをした。

幾度か、触れ合って来た微妙な距離。



ただそれ以降大きな変化はなく、

もう自分と撩はこれ以上近付くことが出来ないのかもしれない、

撩はこの先の進展を望んでいないのかもしれないと、

香はネガティブな思考を抱えたままで過ごしてきた。



ミックのところから撩の元へ戻った後も、

なんら変わりのない関係。

淡い期待を持ち続けることが、

苦しみとなり、心の限界を感じていた。

今まで通じ合ったと思った瞬間のことを、

なかったことのように過ごす毎日。



自分の心が壊れる前に、

その持っている期待を全て捨てようと、

自分なりに気持ちを整理し決着をつけたのは、

つい先日のこと。

ただ、仕事上のパートナーとして、

撩の傍にいることを許されるだけでも、

共に生きてこの仕事が一緒にできるだけでも、

十分幸運ではないか、と

自己防衛のように、

自分の撩に対する想いや欲を深く押さえ込むことにした。

自分は妹のような家族であり、相棒であり、

撩からは、女として愛されることはない、

香の中でいわば既成事実のように固まってしまった概念がそれだった。




それが、いきなりゼロ距離になり、

瞬間香の全ての思考が停止した。

撩は、大きく開いた目を潤ませて真っ赤になった香を見つめながら、

ふっと目を細めた。




「…キスするときは、目ぇつぶるもんだって、あん時教えたろ?」




そう言いながら右手をそっと頬に添えた。

撩の手の平の温かさがじんわりと広がってくる。





「………。」





香は、まだ頭の中で情報の伝達がうまくいかないでいる。

撩の言葉が意味することが左脳の言語野に辿り着くまで、

どれだけの時間がかかっただろう。





(……あ、あの時って、あの時のことって、

もしかして、あの港でのことを言っているの?)





香は、口もとが震えてうまく喋ることもできない。

「りょ……、あ、あの時、」

聞きたい気持ちと知りたくない気持ちが、強くぶつかり合う。

「……あたしだって、気付いて……たの?」



撩は、ついうっかり言ってしまった

シンデレラデートのときのセリフに、

次の言葉を何も用意していなかった。



(しまったぁ。ここは、正直に言うしかないか…。

慎重に言葉を選ばないと場面が悪い方に展開しかねないな…。)



「分からないはずないだろ…。何年一緒にいると思ってんだ。」

表情を見られるのは得策ではないと思い、

撩は、香を自分の胸板に埋めさせた。

小さな声で質問が続く。

「……最初から、……分かってた、の?…」

ほろ苦い思い出が、

二人の思考の中にスライドショーのごとく流れて行く。



「…あぁ、…絵梨子さんの気遣いだったってこともな。」



香は、次の言葉に悩んだ。

溢れる疑問。

それを今、口に出してもいいのだろうかと一拍迷う。

「…りょ……、どうして…。」

ノドの奥が張りつめて、うまくしゃべれない。

「あの時…、気付かないことに、したの?」

撩は、きっと聞かれると覚悟していた問いに、

素直に答えることにした。

ふぅと細い息を吐き、ゆっくり口を開く。




「……お前がミックに決闘を挑んだ時、俺が言ったこと覚えてるか?」




香は、廃墟になったビルの屋上での出来事を思い出す。




「ローマンを渡した時、言ったろ?ずっと迷っていたって。」

撩は、ミックがアパートにやってきてから、

ずっと長い間、深いところにしまい込み、何重にも鍵をして、

決して表に出してはいけないと思っていた感情に、

自分の制御がもはや殆ど効かなくなっていることを思い知らされた。

だが、もう迷わない。もう揺らがない。




「あの時…、まだ何の決心も、つけきれていなかったんだよ…。」




「撩…。」




香は、撩の顔を見上げたいけど、

頭をしっかり胸にくっつけられ動かせなかった。

「そんな中途半端な気分で、

あのセッティングは、かなりやばかったんだよなー。」

「へ?やばいって…?」

「…いんや、何でもない…。」

(おまぁが綺麗過ぎて、俺が動揺しまくったなんて言えっかよ。)




「……でも、結局お前に苦い思いをさせてしまったな…。」

撩は、くしゃっと香の髪を掻き上げた。

「まぁ、もしあの時、お前が自分で、

『あたしは香だ』とはっきり言っていたら、

また違う展開だったかもしれんがな。」

そう言いながら、くすりと1年8ヶ月前を振り返る。



香は、鮮明に浮かぶあの時のことを思い出しながら、

今知った事実を理解しようとしていた。

(そう、そうだった。

私のほうから正体を隠し、

ちょっとしたイタズラのはずだったのに。

残ったのは深い苦しさだけ。

そっか、撩は、……知ってたんだ。

……ということは、たぶん、

あの落としたイヤリングが戻ってきていたのは、きっと…。)



一昨年のことなのに、

あまりにも解像度の高い港でのシーンを思い出す。

寸止めのキス、

正体を分かった上で付き合ってくれた撩の行動に、

胸の奥でつきんと痛みが走った。


***************************************
(3)につづく。





ここでまず最初の「都会のシンデレラ」のネタを出してしまいました。
最初のというからには、
のちのちまた触れる予定でございます〜。
きっと撩も、こういうときはある程度緊張していたと思うので、
言うつもりがなかった言葉がぽろっと出てしまうのではと。
それが「キスするときは…」のセリフだとしたら、
寸止めのちうの話題に触れない訳にはいかなくなりますよね。
撩の右手が香の左頬に添えられる場面は、
ミックが公園で香にちうをしようとしたあの時のコマを
補正してみてください。
さて、撩ちゃん次で頑張れ〜。
(2015.01.26.すこーし改稿)

スポンサーサイト
プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


9万hit記念に
とりあえず作ってみた
CH専用Twitter
 


拍手1000パチ記念につけちゃいました。



かなり便利なサーチツール

登録サイト最新情報はこちらをチェック!


試運転中…

カテゴリ
最新記事
月別アーカイブ
検索フォーム
QRコード
QR
現在の閲覧者数: