25-07 Equipment

第25部 Narusawa 

奥多摩湖畔から13日目


(7)Equipment ***************************************************** 3458文字くらい



「ほれ。」

トランクからぽいっと投げられたのはまず上着。

黒のフリース素材。



「あ、ありがと。」

(な、なんだ、上着持ってきてたのね。でもこれウチにあったやつじゃないわよ?)

とりあえず袖を通す。



「次。」

またばさっと投げられたのは、黄色と黒の組み合わせでデザインされた、

ダウンのベスト。

胸には¨THE NORTH FACE¨の文字が。

「え?こ、これも?」

「そ。早く着ろ。」

「って、これうちのじゃないわよね?」

「あー、今回のために注文しといた。」

「ちゅ、注文?」

訝しがりながら、腕を通す。

軽くて温かい、まるで売り出すためのキャッチコピーをそのまま体感。

香もどこかで見たことがあるブランドの名前に、

安くはないはずと、思わず財布が心配になった。



「靴もこれに履き替えろ。」

足下に置かれたのは、靴底の厚いトレッキングシューズ。

紫とピンク系の女性向けデザインで、足首までのガードがある。

「ちょ、ちょっと待ってよ!なんなのこれ?」

「んー? 見ての通り。サイズは合うはずだぜ。」

「……今から山登りでもするつもり?」

稜線に囲まれた、早々に影になってしまう山あい、

時間は15時過ぎではあるが、もう夕方の雰囲気に近い。

「ま、似たようなもんかな。」

涼しい顔をして、トランクの中をまだごそごそしている撩を見ながら、

香は履いていたウォ—キング用の軽い運動靴を脱ぎ、

撩が用意したものに履き替えた。

すかさず撩は運動靴を回収してトランクに入れる。



「……サイズは、大丈夫だけど。」



トレッキングシューズの側面には、¨GORE-TEX¨の刻印がされた金具がついている。

当然、今日初めて履くものに、自分の足との馴染みは得られない。

さすがに、ここまでの段階でこの後の展開が読めないわけではないが、

疑問に思っていたことが、だんだんと確信に近付いてきた。



靴紐を縛り終えると、

撩がどさりと重量のあるものを香に手渡す。

「こいつの中身を確認してみろ。」

「え?」

受け取ったものは、プロカメラマンなどが使う、レンズを入れるための

ウエストバッグタイプのカメラバッグ。

普通のものよりも、2、3倍の大きさでたっぷりとした容量がある。

ファースナーを開けると、

なにやらごちゃごちゃと入っている。

「ちょ、ちょっと向こうで見ていい?」

「ああ。」

バン、とトランクが閉まる音を背に、香はボンネットの上に

カメラバッグを置いた。



10品目以上はある。

ヘッドライト、ペンライト、エマージングシート、

テレフォンカードサイズのプラスチック製方位磁針、

残りが少ない布ガムテープ、

非常食と思われる板チョコに、

アルミ梱包になっているサイズの大きな乾パン、

バンダナ、国土地理院の等高線が描かれた地図、

ライト付きの防水腕時計は、男性向けのように黒くて重厚なデザインで、

アナログとデジタルの両方の表示が見られるタイプ。

それに、500mlのペットボトル1本、

ビニール袋に、折りたたみ式ナイフ、指なし革手袋、

最後に、ステンレスのワイヤーが底から出てきた。

直径10センチの輪になって3メートル分ほど巻かれている。



香は、この物品のメンツを見て、

自分の予想が間違っていないことを感じる。



(……これから、訓練が始まるんだわ。)



香は、ふぅと息を吐き出し、そばに来た撩に向き直る。

「もうっ!ちゃんと教えてくれたっていいじゃない!こんな突然にっ!」

「抜き打ちじゃないと訓練にならんだろうが。地図を見ろ。」

香が省略した言葉をちゃんと掬い取り、

ふふんとした表情で香を見下ろす。

赤い塗装の上にかさかさと広げる地図は、2万5000分の1の縮尺。



「現在地は分かるか?」

「あ、…ちょっと待って、これってさっき右手に見えてた建物よね。」

香の白い指がスポーツ施設の場所を指す。

高速を下りてからの光景を思い出しながら、地図の記号と一致させる。

「だったら、……今はこのへん?」

「せーかい。」

今の立ち位置は、標高が500メートル以上、奥の山並は2000メートル級の稜線。

「この先にキャンプ場がある。」

撩の指が地図をなぞる。

縦長の形のいい爪に、ふと気を持っていかれそうになった香は、

あわてて気分を引き締めた。

「奥にはロッジが10棟、その中のどこかに、人質が監禁されている。」

「ひ、人質ぃ?!」

「そ。」

「こ、これって訓練なのよね?」

「そ。」

「じゃ、じゃあ本当の事件とかで、誰かが捕まっているってワケじゃないのね。」

「気分は本番のつもりでいろ。」

「う…、は、はぃ。」

「おまぁは、監禁場所を特定して、人質を救出し、この上の山荘にまで運ぶのが役目。」

ルートをなぞりながら、尾根上の小さな建物を指した。

それは、印刷されているものではなく、撩が書き足したと思われる筆跡。



「と、トラップとか、ある、の?」

「のーこめんと。」

ごくりと生唾を飲み込む香。

「ロッジの奥を流れている沢沿いに進めば、尾根に続くトレイルがある。

その道にさえ入れば、山荘まで一本道だ。迷うことはない。」

香は、現在地と目的地の標高を等高線で確認する。

「800メートル…か。」

さわっと風が吹き、ハウチワカエデやアカシデの緋色に染まった葉が

地図の上に舞った。



「ここからは、おまぁ一人で前進な。」

「え?撩はどうするの?」

「ボクちゃんは山荘でのぉーんびり待ってるからん。」

「……時間、制限は?」

「それは、気にすんな。」

香は、顔を上げてまわりの光度を確認する。

眉に浅くしわが寄ったのを撩も見逃さなかった。



「持って行くのはこれだけ?助手席にあたしのバッグあるんだけど。」

「そんだけ。」

「はぁ?中身、持っていっちゃだめなの?」

「だーめ。ほれさっさと腰に付けろ。」

しばし考える香。



「……ローマンは持っていかせて。」



撩の肩が、ぴくっとわずかに振れる。

「重しにしかならないぜ。」

正直、持ち歩く荷物の重量を増やしたくない。

「いい。」

ジャケットのポケットに手をつっこんで、香の目を見つめる。

携えたい気持ちは、いやという程分かるが、

今回は、その900g強の重さが加わることが、

体力の消耗を大きく左右することが想定される。

しかし、こればかりは香も譲らない、そんな意志を茶色い瞳から読み取る。



「……好きにしな。」



「あ、うん。」

ほっとした表情で、香は助手席のドアを開けると、

シートの上に放っていたショルダーバッグの中から

兄の形見を取り出した。

常に実弾入り。

安全装置を確認して、カメラバッグに押し込む。

細いウエストに、くっと大きな荷物が巻かれ密着する。

カチンと幅広のプラスティックバックルがなり、長さの調節によって安定感を得る。




「んじゃ、頑張って人質さん見つけて連れて来てちょーだいねぇー。」

撩は、ひらひらと手を振りながら、

クーパに乗り込むと、グォンと軽やかに切り返し、

窓から片腕を出して、そのまま来た道を去ってしまった。



「ほ、ほんとに、置いていかれちゃった…。」



香は、もう一度地図を出してコースを見直す。

まだ周りは見えるが、この後30分か1時間で、

夕刻のたぞがれ時特有の視力が落ちる暗さになる。

人質の捜索に手間取っていたら、

それこそ周りが真っ暗になるに違いない。

それから、尾根道を300メートル上がるとなると、

明るさ的には、全く間に合わないことに。



「野宿、…させる気?。」



制限時間は気にするなとは、言われたが、

恐らく撩の中で、合格ラインが設定されていると、

香は思い描く。




「この準備、だったんだ…。」



この数日、撩が遅く帰って来ていた理由を得心する。

これだけのこともできないのかと、

撩をがっかりさせるワケにはいかない。

与えられたミッションは、

模擬の人質救出と山荘への運搬。



得られた情報は、ハッキリ言って乏し過ぎる。

ノーコメントと言っていたトラップも、おそらく仕掛けられているだろうと、

進むべき道の奥と、地図を交互に見つめる。



「日没まで時間がないわ…。」



気温も下がっていく。

鼻からの呼気もうっすらと白くなり、恐らく10度以下。

折り目通りに地図をたたみ、カメラバッグの外ポケットに押し込む。

左手首に服の上から腕時計を巻く。

バッグは背中側にぐいっと回して、指なしの革手袋をぐいっとはめる。

首からの放熱を押さえるために、バンダナもくるりと巻き喉元で結び、

襟の中に仕舞い込む。

これから徒歩の時間が長くなると、簡単に足下の準備体操をして、

アキレス腱と筋を伸ばし、足首もくるくると刺激を与えた。



「これで準備オッケーかな…。」



膝頭に手を当てて前屈みになっていた状態をぐっと起す。

安易な前進は危険だと、

香は、まずはわだちが目立つこの砂利道を慎重に進むことにした。


********************************************
(8)につづく。






学生時代、山用品のブランドについて、
よく仲間と飲み会の話題にしていました。
あのメーカーは、縫合が甘いとか、
このメーカーは、デザインも機能性もいいとか、
色々先輩方が教えてくれたものですが、
いかんせん、ビンボー学生だったので、
なかなか思い通りに装備がそろわなかったものです。
当時、有名所の動物カメラマンが、
「THE NORTH FACE」の防寒具をよく使っていたので、
プロ御用達のイメージがあり、仲間内でも好評価だったので、
ここで香ちゃんに来てもらうことに。
「Coleman」とか「mont-bell」あたりが
我が家の登山&アウトドアグッズでちらちらありますが、
この10年で利用頻度は激減したな〜。


【表ブログようやくCHネタ更新】
母屋をご存知の方へのお知らせ。
出遅れましたが、
酷評?の「アニメアカデミー〜1億3000万人が選ぶ不朽の名作〜」(7/30)の
CH関連記事を8/2付けで出しました。

【訂正】
地図の縮尺を5万分の1から2万5000分の1にしました。
撩なら5万でもいいと思いますが、
カオリンには、ちと大変かと。
よってより道や等高線が分かりやすい2万5000にしました。
今更でごめんなさいっ。
[2013.09.18.00:00]

スポンサーサイト
プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


9万hit記念に
とりあえず作ってみた
CH専用Twitter
 


拍手1000パチ記念につけちゃいました。



かなり便利なサーチツール

登録サイト最新情報はこちらをチェック!


試運転中…

カテゴリ
最新記事
月別アーカイブ
検索フォーム
QRコード
QR
現在の閲覧者数: