25-15 Japanese Giant Flying Squirrel

第25部 Narusawa

奥多摩湖畔から13日目    


(15)Japanese Giant Flying Squirrel ********************************** 2261文字くらい



顎を伝って、汗がぽたりぽたりと落ちる。

吐かれる息も白さが濃くなり、激しい有酸素運動に、

延々と続く薄暗い上り坂を進みながら、

時々くらりと思考が飛びそうになった。



(い、いけない。汗をかきすぎるわ…。これじゃ、体が冷えちゃう。)



少しだけ立ち止まって、一息つくと、

そのとたんに体中から気化熱で体温が外に逃げるのが分かってしまう。

「い、今、何時かしら…?」

重たい人形を背負っているので、腕時計が見られない。

既に陽は尾根向こうに沈み、ライトなしでは歩けない状態。

ここを進めるのは、自分の残存体力に周囲の暗さを加味し、

あと1時間もかけられないと判断。



ただ、道の状態だけは良く、ぐらついた石もなければ、

樹木の根が張り出して、不規則な段差を作っているわけでもなく、

むき出した赤土は硬く、人一人がやっと通れる道幅の登坂斜面。

尾根筋沿いに作られたそれは、

まるで、そこだけホウキで掃除したかのように、

落ち葉が少ない。

道の脇には、シダに混じって周囲の樹木から舞った枯れ葉が積もっているのに、

まるで頻繁に誰かが使っているのではと、思いたくなるくらい、

コケも生えていない。



疑問を抱きつつも、できるだけ先に進むことにする。

あまり遠くを照らせないヘッドライトは、足元周辺しか明るくしてくれない。

しかし、網膜の桿体が順応してきたのか、

暗がりでもなんとか周囲の木々の輪郭を捉え、

一歩一歩、歩みを重ねていく。



「こ、この子、…な、名前、ない、の…、かな?」



はぁ、ふぅ、はぁ、と荒げる呼気を繰り返しながら、

ふとつぶやいてみる。

背負っている人形は、作り物にしてはあまりにも本物に似せてつくられ、

その可愛い容相から、香は母性をくすぐられている。

小学校高学年くらいのあどけなさを残すモデルに、

かつて、依頼人として一緒に過ごした、

浦上まゆこや西九条沙羅、そして牧原こずえの面影が重なった。



「ふぅ…、ちゃ、ちゃんと、上まで、……連れて行かなきゃ、ね…。はぁ…。」



これは、本番同様と、改めて自分に言い聞かせ、

背中に重みと自分の汗を感じながら、ゆっくりと先へ進む。

実際、仕事中に誰かを救出する場面は、ある意味日常。

ならば、このようなシチュエーションも今後十分ありうることだと、

実戦の面持ちで気をさらに引き締める。

ただ、自分の無理で共倒れなどする訳にはいかない。

どこかで区切りをつけなければと、そのタイミングを計りながら、

ライトを頼りに、先へ進んだ。



この森そのものは、

成熟度が高く樹齢の高い幹まわりの大きな樹木が多い。

その中で、香の視界の端に一際目を引く巨木が目に入った。



「うわ…、大っきい。」



トレイルの右手側すぐそばに、ウエストまわりは軽く5メートルはある

ミズナラの大木の根元が、香のライトで照らされる。

太い根と深くえぐれた幹肌がちょうど、雨宿りでも出来るかのような窪みとなり、

落ち葉がクッションのように積もっている。

休憩するならここしかない、そう直感で思うも、

出来る限り先に進みたい気分もある。



丁度、日没後30分。

すでに周囲は真っ暗となってしまった。

「よ、よし。少し進んで道の様子を見てから決めよ…。」

香は、一旦ミズナラの根元に近付き、人形をそっと降ろした。

幹に力なく寄りかかるダミーは、うつむいたまま。

「ちょっと待ててね。」

背中から急速に熱が奪われる。

香は、ペンライトも出し、光源を増やした。

もし、なだらかな道が続くようだったら、先に進み、

斜面の勾配がきつくなるようだったら、夜明けを待とうと、

様子を見に進んだ。



「あ、……だめ、だわ」



ほんの数メートル、

照らされたその先にはやや急な登り坂が続いていた。

この暗さ、寒さ、発汗、背負っている人形の重さ、

抱えている条件は悪い。

この後休息できる場所がある保証なし。

香は戻ることを決意する。



「…あ、明日、…何時頃明るくなるか、な。」



まだ完全に息が整わない。

一晩、この寒空の中、

屋根がないところで過ごすことを決めたはいいが、

初の野営に、これまで感じたことのない緊張感が走る。

とりあえず、Uターンをと方向を変えた時、

突然、樹上からぐるるるるという得体の知れない鳴き声がして、

思わず発信源に振り向いたとたん、右足が滑ってしまう。

「きゃあっ!」

どさっと右半身を道に打ち付けてしまった。

「つぅー…。」

どうやら腿(もも)で全体重を受けたらしい。



かさかさ、ぱきんと樹上で何かがまだ動いている。

顔を向けたらヘッドライトがその正体を一瞬だけ照らし出した。

まるで座布団に尻尾が着いているような獣。

「な、何???……モモンガ?ムササビ?」

ちょうど滑空するところを目撃したのだが、

香の持っている情報では、上記2種類のどちらかは区別出来ず。

「もぉー、脅かさないでよ…。」

そのまま、その気配は森の奥へと消えていった。



痛みがあるところに向き直ると、

ライトに照らされたそこは土と小さな葉が付着し、

香は、手で払い落とした。

「足首は、ひねってないわよね…。」

近くの木を支えにして、よっと言いながら立ち上がる。

「うー、油断したわ…。」

悔しさで少し唇を噛むが、歩くことに支障はないだろうと、

暗くなったトレイルをまたゆっくり降りて、

先のミズナラの巨木の下に辿り着いた。



明かりに浮かび上がる人形に、一瞬どきりとする。

まるで遺棄された死体のように見えてしまう雰囲気に、

違う違うと香は首をぷるぷると振った。




「名無しちゃん、今晩はここで一緒にお泊まりよ…。」



香は、生まれて初めてのビバーグを決意した。


*********************************************
(16)につづく。







尾根道は獣道にも使われているとうことで、
本当に掃除されているかのように、
タヌキやキツネやイタチやノウサギが頻繁に通る場所は、
きれいな道になっています。

登坂する姿は、
もののけ姫のアシタカがけが人を背負って森を抜けるシーンを
ご参照頂ければと…。
あれは恐らく65キロから70キロくらいの大人のオトコを、
たぶん40キロ台のアシタカが運んでいる組み合わせなので、
普通なら坂道歩けんだろという体重差。
ここにアシタカが持っている能力の高さを表現する
ジブリの凝った演出が入っていると思います。
実際は、体重40キロ台の人間が背負って坂道を歩ける重さは、
30キロが限界と指導を受けたことがあります。
私が背負って歩けるザックの中身も20キロが上限でした。
(三脚とかレンズとか重たいし…)
というワケで、香ちゃん相当重たい思いをしてると思います。
ごめんね〜。
ちなみに、ムササビちゃんは、日没後30分後に巣穴からご出勤、
日の出30分前にご帰宅という、かなり規則正しい夜行性動物。
東京近隣にお住まいの方は、高尾山がお薦めの観察スポットです。

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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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