25-16 Viverg

第25部 Narusawa

奥多摩湖畔から13日目


(16)Viberg ********************************************************* 2342文字くらい




ミズナラの根元に戻った香は、

膝をつき、まだ一度も手を付けていなかったペットボトルを開けて、

2、3口喉に流した。



飲み過ぎは禁物と、比較的落ち着いてビバーグの準備をする。

撩にこの訓練の指示を出されてから、すぐに感じていた。

たぶん、明るいうちの山荘到着は間に合わない。

捜索開始の時間の遅さから、きっと撩はそれも計算済みだと、

妙な確信が過(よぎ)る。

きっとこれが訓練のメイン、そう感じるようになった。



ウエストバッグから、まずはエマージングシートを取り出す。

モノを見るのは初めて。

15センチ四方にコンパクトに折り畳まれたパッケージには、

英語で説明が施されているが、

添えられているイラストから、使用方法を読み取る。

開封し、広げた銀色の薄いシートは、かさかさと音を立てる。

「うわ…、結構大きい。」

2メートル四方はある。

人2人が包まれるのには十分過ぎるサイズ。

恐らく、一晩であればこの道具で防寒はなんとかなるはず。

ただ、着替えがない。

自分が一番下に着込んでいるタンクトップだけでも脱がないと、

余計に体を冷やしてしまう。

「うーん、たぶん着けっぱなしのほうが、絶対寒くなるわよね…。」

香は躊躇しつつも、エマージングシートを人形ごとばさりと被り、

ヘッドライトを足元に置いて、着ていたものを脱ぎ始めた。

シートの中が思った以上に温かい。

先ほどの外の冷たい空気を忘れさせ、防寒グッズとして十分であることを確信する。

ダウンのベスト、黒のフリース、

カーキ色のトレーナーに、ピンクの厚手のカジュアルシャツ、

そして黒のタンクトップに手をかけ、ぐいっと頭から抜く。

「はぁ…、結構汗かいているじゃない…。」

背中側はぐっしょりと濡れている。

「もう、ブラも取っちゃおうかな…。」

少なくともこの2枚を取り去れば、低体温になる心配はなくなるだろうと、

安全を優先して、下着も脱ぐことにした。

素早くブラをタンクトップの中に丸めて、

持たされたビニール袋の中に押し込む。

とりあえず、ウエストバッグの中にしまうと、脱いだ服を大急ぎで着直す。

その時、指先にかさぶたが触れた。

「あ…。」

右肩に作ってしまったその傷は、

黒のフリースを一部切り取る時に誤って刃が入ってしまった場所。

傷口はすっかり乾いているが、悔しい一文字の痕に眉を寄せる。



「この穴も塞いだほうがいいわよね…。」



ガムテープを取り出し、穴を塞ぐようにフリースの肩にぺたりと修繕する。

「もったいないなぁ、こんな破れ方したら修理しにくいじゃない。」

持って帰ったら、デザインのあうワッペンでも縫い合わせようかと

このような場においても主婦的節約思考が台頭してくる。

ダウンまで着終わると、ずいぶんと体が温まった。

ただすっぽり被っているので息苦しい。

香は一旦シートから顔を出し、このミズナラの窪みに

どう体重を預けたら快適に休息ができるか、

ヘッドライトを手に持って周囲を照らしてみる。

「んー…。」

できるだけ奥に体を入れたい。

しかし、すぐに外の様子を見られる様にもしたい。

「マントみたいにしてみようかな…。」

出来るだけ落ち葉を多くかき集め、

まるで木の根元に抱かれるような位置にクッションとして積み上げて、

エマージングシートをその上に広げる。

「うー、寒い!早くしなきゃ!」

恐らく気温はひとケタ台前半。

吐く息がライトに反射する。

ウエストバッグは腰に巻いたままで、いつでもすぐに動ける様にし、

人形をずるずると脇をかかえて、シートの上に移動させる。

「これでよし!」

香は、自分もシートの上に位置を決めると、人形を右隣にして

一緒に銀の薄いマットを両サイドから引き寄せた。

すっぽりと包まり、顔の部分だけわずかに覗かせるよう、縁(ふち)を微調整する。



「こ、これで明るくなるまで、待てばいいのよね…。」



想像以上に温かいこの非常用の備品、

もし、これ1枚がなかったら凍死もありうる寒さに、

道具の有り難さを噛み締める。

「まぁ…、確かに、寝袋持って歩く訳にはいかないしね…。」

香は、時間を確認しようと、ヘッドライトで腕時計を照らした。

目を見開く。

「えーっ!うそっ!!」

時間は夕方の5時半。

この暗さでは、7時8時くらいと思っていたことに、

大きな衝撃を受ける。

撩と別行動になったのが、3時過ぎだった。

1時間半ほどかかりようやくターゲットを発見し、トレイルに入ったのが4時半過ぎ。

滑って転んだのが5時過ぎということになる。

確かに、冬の日没は早いが、まさかまだこんな時間だったとは、

夜明けまで、どうしたらいいのか、暗くて寒い森の中、一人で過ごすことに、

本能的な恐怖心がくすぶってきた。



「ど、どうしよう、ライトは節約したほうがいいわよね…。」



予備の電池はない。

光源はヘッドライトとペンライトのみ。

まだそんなに空腹でもない。

できるなら非常食はあまり手をつけたくない。

それ以前に、もし獣が来たらどうしたらいいのか、

これは香に有効な手段は持ち合わせがない。

火をおこそうにも場所が悪過ぎる。



「シカは、ともかく、く、クマ出たら、どうしたらいいのよぉ。」



実は、ちょうど今頃の時期からツキノワグマは冬眠に入る。

よほど、ドングリ不作の年でなければ、

紅葉のピークの頃には、3月末までの長い眠りにはいるのだ。

しかし、もちろん香はそんなクマの生態なんぞ知る訳でもなく、

まさに、¨寝たら襲われる¨と、ひどく緊張しはじめ、

落ち葉のクッションで休息などという悠長な気分はあっという間に消え去ってしまった。

夜が明けるのは、日の出より30分ほど前。

6時前にならないと、歩き始められない。

約12時間、香はここで無事夜を過ごせるのか、

大きな不安を抱きながら、

エマージングシートをよりたぐり寄せた。



**********************************
(17)につづく。





山行企画では、下着やTシャツはポリエステルが基本。
綿を着ていたために、亡くなった方もいらっしゃるので、
低山でも、インナーの素材は綿はバッテンということで〜。

【御礼!】
Nさま!いつもご指摘感謝です!
修正致しました〜。
はぁ、まだまだありそう、でできそう〜。
取り急ぎお礼まで!
[2013.08.24]

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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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