25-17 Endure

第25部 Narusawa

奥多摩湖畔から13日目 


(17)Endure ************************************************* 2221文字くらい



「ふ、ん…、予定通り、か。」



風雪に耐えぬいた樹齢300年は越えてそうな、

ダケカンバの木の上から、

香がビバーグに選んだ場所を見下ろす撩。

黄色くなった葉がカサカサと風に揺れる。

自分の読みがはずれなければ、ここで夜を過ごすことは計算済み。

撩の鼻からも白い息が流れる。

まだ月が上がっていない夜空には

星座が分からないくらいの星々が瞬く。



(うー、ボクちゃんも何か防寒持ってきた方がよかったかぁ〜。)



横枝に腰を降ろして、腕を組み情けない顔をしてみる。

寒いのは分かっていたが、

コートを着ての樹幹移動は何かと面倒だと、

アパートに置いてきてしまった。

エマージングシートに身を包んだ相方には、

ベストな選択だとひとまず安心する。



(しっかしなぁ〜、ムササビの声くらいで転ぶなよなぁ〜。)



頬杖をついて、苦笑する。

実は、滑空してきたムササビは、撩に驚いて警戒音を出し、

香のいる方へ逃げたという次第。



(打ち身になっているかもな…。)



ちょこちょことケガを重ねている香に、

もうそれ以上傷を増やさないでくれと、

あの白い肌に刻まれているであろう痣や裂傷を思うと、

胸がつまり、ミッション中止にさえしたくなる。

ある程度の小ケガは覚悟していたつもりだったが、

そのわずかな傷でさえも、香に残ることが許せないでいる自分に気付き、

はぁと溜め息を出す。



これから夜明けまで、ここで見守るつもりではあるが、

手の届く場所にいる香に近づけないとは、あんまりじゃねぇかと、

自分で作り出してしまった環境を小さく恨む。



すぐにでも、抱き寄せて冷えた体を温めて、

肌を寄せ合いたい。

これから夜の時間が重なるほどに気温は下がっていく。

エマージングシートでも、完全に寒さをシャットアウトできるワケではない。

約12時間、お互い長い夜を冷気に耐えつつ、

撩に至っては、接近したい思いを強く抑えつつ、

乗り越えなければならない。



(うー、とりあえずアジトまでガマンだっ!)



撩はやや膨れっ面で愛銃にサイレンサーを装着した。

キリキリと音を立てるが、香のところまでは届かない。

クマの出没の可能性は季節的に低くても、

このあたりは夜行性の哺乳類が普通に生息している。

シカやらキツネやらアナグマなんぞが、ちょっかい出しにきたら

追い払ってやるくらいのことはしてやるかと、

夜目が効く種馬は、銀色にシートに包まれている相方を見下ろす。

トレイルを挟んでちょうど対面、

やや奥にある樹上からの観察ではあるが、

うまい具合に木立が抜けて、ある程度は周囲を見渡せる。

大きな声を出せば届く距離に、

とりあえずは、何かあった時にすぐに動けるよう、油断なく意識を集中することに。

パイソンを腰に差し直し、

太い横枝の上で足をやや開いた体育座りの撩は、

組んだ腕を膝に預けて前腕に顎を乗せた。

ふぅと沈んだ気分の混じった溜め息をこぼし、

一刻も早く夜が明けろと、

この森に朝日が当たり始める時間を今から待ち遠しく思うのであった。






一方香は、クマの存在が気になって気になって、

ハッキリ言って休める気分では全くなかった。

「た、確かクマって、木登り得意じゃなかったっけ?」

おぼろげな記憶で、

小熊が木の幹にしがみついている映像をどこかで見たことがあると思い返す。

「き、きっと走ってもダメよね…、

上に逃げてもダメだったら、ど、どうしたらいいのよぉーっっ。」

銀色のシートの中で、思わず人形を抱きしめてしまう。

クマに襲われての最後なんて想像もしたくない。

せめてクマよけスプレーでもあればと、聞きかじった情報を思い出すも、

そんな接近戦は勘弁願いたいと、

腰のバッグに手を入れて、ローマンの位置を確認する。

撃退できる可能性がある道具はこれ一つ。



「もし、来ちゃったらどこを撃てば…。」



あっては欲しくない未来を想像しながら、心構えはしておこうと、

頭の中でシュミレーションをしてみる。

「頭、か…。」

恐らく、体に打ち込んでも即死はしない。

心臓も狙いにくい。

やはり頭部かと、まだ遭遇したことのない野生生物の姿を思い描く。

この暗さの中で、果たしてちゃんと狙えるのか、

パンチ一つくらい食らっての相打ちになりそうで、

ますます恐怖心が育っていく。



「ほ、ほんとに、どうしたらいいのよ…。」



決して美しい死に方は出来ないだろうと、

襲われた時の悪いイメージばかりが浮かんでは消える。

「ま、まさか、オオカミとかもいるんじゃないでしょうね…。」

国内ではほぼ絶滅状態にあることは、詳しくは知らない香にとって、

いてもおかしくないと、考え始める。



手元のヘッドライトとペンライトも、

いつ電池が切れるか分からないので、出来るなら節約して消しておきたいが、

明かりを失うことが怖さを増長させ、

スイッチをなかなか切ることができない。



「だ、だめよ、いざって時、つかないほうが困るでしょ…。」



自分の置かれている状況を振り返る。

屋外で、こんな恐怖心と向きあったこともなく、

基本都会暮らしの基盤しか持ち合わせておらず、

慣れないフィールドで知識も乏しく、

一晩、人里離れた山の尾根で、ただ一人、

夜が明けるまでじっとしていなければならない。

今現在でも、激しい緊張感と恐怖心で、心のゆとりを失っている。

朝まで、精神的に持つのだろうかと、

香は、脈打つ胸を手で押さえながら、目を閉じる。



「け、消さなきゃ…。」



香は、こくりと生唾を飲んで、やや冷たい指先で、

ヘッドライトのスイッチをオフにした。


************************************************
(18)につづく。





昔、仕事中にツキノワグマと至近距離でニアミスしたことがあります。
谷を挟んで自分の姿を見ていた調査員仲間が、
無線機で教えてくれて、逃げる方向を誘導してくれました。
あの時の恐怖心は、交通事故に遭った時よりも死をそばに感じ、
ここでミスをする訳にはいかないと、
脂汗を流しながら、三脚とスコープを抱えて、
指示を聞きつつ現場から撤退。
途中、ものすごく酸っぱさを含んだ汗臭い匂いがして、
足元を見たら、私の手の平サイズよりやや大きいクマの足跡が…。
しかも出来立てっぽい。
本当にすぐそばまで来てたことに、血の気が引きました。
気付いて教えてくれた調査員仲間に命を救われた次第です。

今住んでいるところは、クマの出没は殆どありませんが、
イノシシが多いので、バッタリ鉢合わせがすごく怖かったりして。
自然は、楽しさも怖さも両面ありということで、
カオリン、怖がらせてごめんね〜。

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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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