25-18 In The Emergency Blanket

第25部 Narusawa

奥多摩湖畔から13日目


(18)In The Emergency Blanket *************************************** 2839文字くらい



何かにすがりたくて、

連れてきたダミー人形をぐっと抱きしめる。

関節の動きや、皮膚の質感が、あまりにも本物に近く、

冗談抜きで、意識を失っている子供と一緒を包んでいる疑似感が湧く。



聞こえてくるのは、風で枝葉が揺れてこすれ合う乾いた音。

その度に、ぱらぱらと役目を終えた広葉樹の葉が地面に舞い落ちる。

とにかく耳を澄ませておかねばと、

何かが接近した時に、すぐにキャッチできるよう、

目を閉じ聴覚に集中する。

まだ午後6時過ぎ。

いつもなら、買い物を終え、夕食を作る時間。

非日常的な場所で、突然野宿を強いられたこの流れに、

とにかく、明け方にはここを出て、尾根上の目的地まで到着しなければと、

太陽が出てくる時間を心待ちにする。



不安にかられ、さらに人形を強く抱き込む。

これが撩だったらと、ふと過ってしまった。

きっと安心感が大きく違うであろうと、

知ってしまった相方のぬくもりを求めてしまう。



「りょ…。」



あれから、毎晩一緒に朝を迎えることが当たり前となり、

お互いが触れ合わなかった日は皆無。

別々に過ごす夜はこれが初めてとなる。



「ほ、ほんとに、山荘にいるのか、な?」



これまで、

ただ必死で人質役の人形を捜索し背負って登坂していたので、

撩の動きのことなど、まったく外野に置かれてしまっていたが、

急に相棒の現在地が気になり始めた。



— ボクちゃん、山荘でゆぅーっくり待ってるからぁ〜ん —



確かに別行動になる前に、そう言い残していった撩。

当初はそれを疑わなかったが、

唐突に疑問に変わった。



(もし、自分が逆の立場だったら…?)



香は、暗闇で目をパチっと明けて、何度かまばたきをする。

(完全放置なんて、あたしだったら、しないわ…。)

この状況で、撩が自分から遠く離れているところにいるとは考えにくい。

(も、もしかして、そばに、い、る?)

急に、違う意味でドキドキしてきた。

断言は出来ないが、あの優し過ぎるオトコのこと、

自分には気付かせないようにと、

どこかでコソコソしている様が思い浮かぶ。



香は、エマージングシートの縁(ふち)にそっと指をかけて、

目だけ覗かせると、

暗闇に染まった森を端から端までゆっくりと見渡す。

冷えた空気に頬がさらされ、思わず肩が縮こまる。

暗さに慣れた目でも、月が上がってきていない夜は、やはり何も見えず、

風と木々の揺れる音以外は何も聞こえない。

ただ、尾根沿いに抜けた空の奥に、

星図の手掛かりが分からない程、

無数の星が天井を飾る。



(たぶん、いるとしても、呼んでも出てこない、かな…。)



姿を見せれば、訓練の意味がなくなってしまうことは、香も理解する。

先ほどまで抱えていた恐怖心が、ほんの少しだけ薄らいだ。

しかし、自分一人である可能性もやはり否定できない。



「撩…。」



他に何もすることがなく、ただ朝を待つだけの時間。

警戒心を完全に解くワケにはいかなくても、

たっぷりすぎるこのフリータイム。

身動きを取ることは出来ずとも、

ゆっくりと何かを考える時間にするには申し分なし。

香は、ごそっとシートの中で落ち着く居場所を探して、

重さのある人形を自分の肩に寄りかからせる。



「……撩は、きっとこんなのが、普通だったの、…かな?」



ぼそりとつぶやく。

抱き込んでいる人形の年頃と、撩の幼い時代がふと被った。

自分からは決して明かされることのなかった

撩の過去を聞き知ったのは、マリーと出会った1年と2ヶ月前のこと。

幼い撩が、中米のジャングルの森で、毎晩どんな思いで過ごしていたのか、

テレビや本でしか知らない場所を思い出しながら、

その夜を重ねてみる。

とたんに締め付けられる胸に、握った右手をくっと当てた。



今は、寒さとの戦いではあるが、

きっと撩が育った場所は、高温多湿の緑濃い森の海。

危険な生き物も、虫に獣に毒蛇にと多数が身近にあったであろう。

そして戦場という命がけの日常があり、

その中で成長をせざるをえなかった愛しい相棒。



自分は、たった1日、しかも高速からそんなに離れていない、

ちょっとしたキャンプ場の奥の山中で、

道具も与えられての1泊の野営。

撩が体験してきたことに比べたら、今の自分の状況は恵まれ過ぎている。



「非常食もあるんだもの、贅沢なもんだわ…。」



香が屋根のあるところでぬくぬくと過ごしていた時、

海の向こうで、生きていた相方の過去を思い描く。

子供時代の撩が、

どんなに重たい銃火器を持って、

どんなふうに食べ物を探しながら、

どのようにして過酷な戦争を生き延びたのか、

わずかに想像しただけでも、目の裏につんと刺激が走ってしまう。



「そ、そうよ!こんなのって、まだまだ序の口よね、きっと!」



悪条件を加えようと思えばいくらでも追加できる。

今、重篤なケガを負っているワケでもない。

川や沢に落ちて体が濡れているワケでもない。

一応ここは日本、地図も渡され現在地もなんとなく把握はできている。

深い積雪もなし。

台風や吹雪、大雨大風の悪天候でもなし。

少ないが食料も水もある。

ローマンにも弾はちゃんと入っている。

トラやライオンがいるようなところではない。

寒い季節なので、ダニやらムカデやらヒルやらの

衛生害虫を気にしなくても大丈夫。

たぶん、ヘビもこんなに低い気温では活動していないと思いたい。



香は、自分に味方している好条件を一つ一つ指折り数えてみた。

「ははは…、これが、もし全部該当しているようだったら、

たまったものじゃないわね。」

撩が幼い頃に体験したことに比べてみたら、至極軽いものだと、

朝までポジティブな気分でいられるように、

全てを前向きにとらえようとする。



「そ、そうよ、クマが出たって、あんな大きな体が森を歩いたら、

きっと音がするはずだから、早めに気付けば、いざとなったら、

この隙間から狙えるかもしれないし…。」



今、最も香の恐怖心を煽っているのは、ツキノワグマの存在であるが、

実際、もう出歩いている確率は低い故、

遭遇する可能性も極めて薄い状況ではある。

しかし、香はその情報を全く持っていないので、

最大の件案に対して、乗り越えるための方策を固め、

ある程度緊張感を保ち続けることに。



「むこうって、……どんな、ケモノがいたんだろ…。」



動物園のレギュラーメンバーのことでさえも、

あまり詳しくない香は、

撩や海原、教授たちが過ごした海の向こうのあの国に、

どんな夜があったのか、どんな鳥獣たちがそばにいたのか

想いを馳せながら、ゆっくりと目を閉じる。



人形の髪に指を通し、

もし幼少時代の撩に会えるのなら、こうして抱きしめてやりたいと、

そして、生き延びて大人になって、自分と出会うことを感謝したいと、

そんな¨バック・ツゥ・ザ・フユチャー¨的な妄想に浸ってしまう。



(考えるだけなら、バチは当たんないよね…。)



そんなことを思い描く自分に苦笑する。

捜索時の疲労と、登坂で消耗した体力と、

連日慣れないことだらけの疲れから、

うつらうつらとする意識と戦いつつ、

香は、エマージングシートに包まれたまま、

朝を待つことにした。


**************************************
(19)につづく。





丹沢での野営では、
テントの中でさえも怖かった記憶があります。
カオリン、もうちょっと頑張ってね。


【ネグレクト…】
もう何日間放置していたんだかと、
昨日8/24に慌てて25-12から25-17の
張り付けを致しました。
続きへのアクセスがしにくく、ご面倒をおかけ致しました。
悪天候のため、イベントが延期になったので、
このスキにっ!とサイトに頂いたコメント等も
お返事をさせて頂きました。
要領悪くて申し訳ないですぅ。
メールの方、今暫くお待ち下さいませっ!
(一体何ヶ月待たせんねん!)

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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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