26-01 Chocolate

第26部 Mountain Villa (全12回)

奥多摩湖畔から14日目の朝 


(1)Chocolate ******************************************************** 2886文字くらい



「ん……。」



鳥の鳴き声で、覚醒した。

「あ、朝?」

ごそっとシートの中で身を起し、

顔にかぶっている銀色の防寒具をパサリとどけてみる。

夜明け前、尾根の木立の向こうに朝焼けが見えた。



「な、長かったぁ……。」



顔に急に冷気があたり、喋ったとたんにふわっと息が白くなる。

まだ薄暗いながらも周囲がはっきり見える。

気温はかなり低いのに、目に映る色は暖色系。

香は、一晩中縮こまっていたので、

体をぎしぎしいわせて、よっと立ち上がる。



「んーーっ!」



手を組んで頭上に腕を伸ばした。

夜の緊張感から開放され、

朝を迎えることが、こんなにも待ち遠しかったことがあっただろうかと、

東の方に顔を向ける。

ミズナラの窪みから少し離れると、

自分たちを守ってくれた巨樹が、思った以上に大きいものであったことを知る。



「すご…、こんな大きな木だったんだ…。」



見上げながら、吐き出される白い息は、

朝のゆるやかな風にのって、少しだけ流れすぐに消える。

腕時計を見ると、時間は5時50分。

あと30分程で、日の出の時間。



「出なきゃ…。」



香は、一刻も早く山荘に向かうことにする。

若干の空腹感はあれど、

切羽詰まったものではない。

まだシートに包まっている人形に近付き、

声をかける。

「おはよ、出発よ。」

相変わらず、ずっしりとした重さのダミー人形は、もちろん無言。

よっと両脇の下に腕を入れ、

ミズナラの根が背もたれになるところに寄りかからせる。



「えー? これってちゃんとたためるの?」



かさかさとエマージングシートを元の形通りにコンパクトに折り畳もうとしたが、

どうも上手くいかない。

こんなことに時間を取りたくないので、

自己流でかつ、最初の折り目は完全無視で、

なんとか両手の平サイズにまで小さくする。

「えーと。なにか紐かテープ…。」

はっと思い出して、布ガムテープを取り出す。

今回、何かと出番が多い。

直接粘着質がある面でぐるぐる巻にするのは抵抗があったので、

たたんだシートを膝で押さえ、

ガムテープを両面が表面になるように張り合わせたものを30センチほど用意し、

それを帯代わりにして、広がろうとするシートをくるっと巻き付けると、

その上からガムテーブの糊を活かして、固定した。

「よし、これでまた何かあった時に使えるわね。」

素早く銀の塊をカメラバッグにしまうと、ペットボトルを取り出して、

少しだけ口に入れる。

冷たさで、肩がぴくっと振れるが、

歯磨きの代わりに念入りに、くちゅくちゅと漱いで、悪いなと思いながら

木の根元に吐き出した。

口の中が少しすっきりしたところで、

残量を見て、一口だけ水を喉に流す。



「あと半分か…。」



香は、地図を取り出し、現在地を確認する。

ロッジは標高約500メートル。

終点の山荘は800メートル。

恐らく今は、標高600メートル付近。

その差200メートル。

身軽であれば、よほどの傾斜でない限り30分そこそこで移動できるはず。

しかし、連れて行かなければならない人形は、

通常、女性が登山で背負って歩ける目安の20キロの重さを遥かに上回っている。

香は、まだ一体何キロを背負わされているのか、

数字を知らないでいるが、

自分の体重の半分以上の負荷はあると、救出直後から感じていた。



「ちょっと食べておこうかな…。」



即エネルギーになるよう、

香は板チョコを取り出して、パキンと折り取ると、

2、3かけら口に入れた。

「ん、おいひ…。」

これなら、まじめな朝食を食べなくても山荘までならなんとかなると、

水と乾パンとチョコの残りを確かめる。

(これでもう1日過ごせって言われたら厳しいかもね…。)

板チョコをしまいながら、

あと数時間でミッションが終わって欲しいと、時計を見た。



ふと顔をあげると、周囲から、

さらに目覚めた鳥達の声が賑やかに聞こえる。

シジュウカラに、コゲラに、ヒヨドリにと、

4、5種類の野鳥が木々を飛び交っているが、

紅葉黄葉の影に隠れてその姿はよく見えない。




「さ、出発だわ。」



忘れ物がないか、滞在した場所のあたりを見回す。

視界に入った、地面から浮いている倒木にピンときて、

斜面を少し移動し、そばに近寄ってみる。

両手でぐいっと押してもびくともしない。

他の樹木の股に引っかかる様に、倒れた胸高直径1メートル程の高木は、

ちょうどいい地面からの高さで、ベンチのように横たわっている。

「使えそうね。」

またカサカサと地面の落ち葉を踏み分けて、

ベース基地に使ったミズナラの元へ戻る。

途中、地面の所々に霜がおりていることに気付いた。

地面の温度が零度だった証拠。

夜、いかに外が寒かったかをそのサインで知る。



「おまたせ。」



ウエストバッグを前面に固定して、人形を前抱っこで抱え上げる。

「うぁ、これ腰にくるっ。」

腰のバッグに体重を分散させ、

落ち葉でふかふかしている傾斜地を数十歩移動し、

さきの倒木に人形をよっと座らせた。

「はぁ…。あなた、一体何キロなのよ…。」

そう言いながら、香はダミーに背を向けて、また両手を肩から伸ばさせると、

よいしょっと声を出しておんぶの体勢に持っていった。



「確かに、リュックとかだったら、これは出来ないわ、ね。」



この装備に今更ながら納得する。

相変わらず、ずっしりと感じる重たさに、

香はこの日の最初の1歩を踏み出した。

トレイルに出るまで、やや歩きにくい斜面を横切り、

本線へ出ると、今一度、よっと背負い直す。

右手には、徐々に濃くなる朝焼けの紫とピンク色の空。

木立の向こうの風景に、香は目を細めた。



一歩一歩、こつこつと登坂を続け、

夕べ、ちょっとだけ下見をした、若干の勾配のある箇所に入る。

「ここは、ちょっとキツそうだわ…。」

思った通り、足が一気に重たくなる。

一歩進むべきところに、半歩しか出すことができない。



「はぁ、はっ…、はぁ、ふっ…、はぁ…。」



まだスタートしたばかりだというのに、

もうこめかみに汗が浮いてきた。

改めて思う。

重たいものを背負っての坂道が、どんなにキツいものかを。

地図上では、わずかな距離なのに、

このまま終わりがないんじゃないかと思うくらいにの鈍行に、

早く進みたくても進めないもどかしさと、

こんな小さな小学生くらいの子供を背負ってこのざまだとしたら、

大人を背負っての移動なんて、単独では到底無理と痛感する。



「こ、子供って、も、もっと、か、軽いものだと、……思って、たわ。はぁ…。」




かといって、のんびりはできない。

また、いつ鹿やらなんやらと遭遇するか分からない。

この状態で熊との出会いがあったら、両手が使えないこの状況は

昨晩よりも条件が悪過ぎると、ごくりと唾を飲む。




とりあえずチョコレート数かけらでどこまで前進できるか、

休憩をとるとしても、

先のような倒木があるとも限らないので、

安易に降ろすワケにはいかないと、

完全脱力し、自力で動けない人命を抱えることの難しさを

身を持って体感している。



この訓練で、何を得たか、香は出発当初からのことを振り返る。

撩が、手間と時間をかけて作ってくれたこの舞台から、

出来うる限りのことを吸収しようと、

目的地を目指して、

少しずつ標高を上げて行った。


*************************************
(2)へつづく。





14日目の朝まで、やっと辿り着きました…。

普段はハンマー、こんぺいとう、はたまたタンスや灯籠まで投げちゃうシーンがありますが、
海原戦の時に、船のデッキにロケットランチャーやその他銃器を
投げ捨てる場面に香ちゃんの素の体力をかいま見て、
「あーゆーシーンは別枠」と感じるようになりました。
撩を守ろうとした対銀狐・対黒蜥蜴やマリーとの共戦の時も、
かなり重たそうなロケット砲を操っていましたが、
使いこなせる重さの上限かもしくは、
きっと火事場のなんやらが機能していたのかも???

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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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