26-07 Mouton Rag

第26部 Mountain Villa

奥多摩湖畔から14日目の朝 


(7) Mouton Rag ****************************************************** 2347文字くらい



「こっちとこっち、どっちがいい?」



暖炉のあるリビングに戻ったとたんに尋ねられた。

撩の手には、ミネストローネとコーンクリームの缶。

バスローブ姿でノブを握ったまま、きょとんと立ちすくむ香。

トレッキングシューズを指でぶらさげ、

その腕で脱いだ着替えを抱え脱衣所を出て、

緊張しながら扉を開けたら、この第一声。



「は?」



ラベルを読んで、やっと質問の意味が分かった。

「朝メシ、温めてくっから選びな。」

「あ、じゃ、じゃあ、コーンに、しよっか、な。」

「あいよ。」

撩は、これまた涼しい顔で、

香が入ってきたドアから缶を持って出て行く。

しかし、その時、

視界の端に見えたスリッパを履いている香の踝(くるぶし)に

靴擦れの痕が撩の目に入ってしまった。

廊下に出たとたんに表情が曇る。

「まぁ、仕方ない、よな…。」

そう言いながらも、納得がいかない顔でキッチンに向かう撩。

持っている缶に思わず力が入ってしまった。



一方、1階リビングで置き去りの香、

自分が浴室にいる間、部屋は十分に温まり、

木製のローテーブルと4つの大きなクッションが

暖炉からやや離れた前方にセッティングしてある。

トーストされて香ばしい個性的なパンの芳香が、

香の鼻腔をくすぐった。

そこにはトレーに並んでいるスライスされた色の濃い欧風ブレッド。

半分には、赤いジャムが乗せられて、

果実の形が残っているそれは、木イチゴ系を思わせた。



「なんなのよ、この状況は…。」



まるで紅葉シーズンを狙って、

別荘持ちの金持ち夫婦が休暇にでも来たような雰囲気に、

何かが間違っているんじゃないかと疑い始める香。



パチパチと音を立てている暖炉の炎に、

広い窓から見える美しい広葉樹の彩りに、

ガラス越しに聞こえる耳心地よい野鳥のさえずり。

時間はまだ朝の9時前。

木立を通して入る斜光は、

小風になびく枝葉によって心地よく揺らいでいる。



12時間前に置かれていた真っ暗な森の環境とは打って変わって、

温かい屋根の下、

これから2人きりでの食事が始まろうとしていた。

いつもと違う場所、違う姿、それだけなのに、

自分の意志とは関係なく、心臓がドキドキと早鐘になっている。



あまりにも、自分たちには似合わない環境、

これもまた、実は夢でしたと、目が覚めてしまうんじゃないかと

強く思ってしまう程に、不慣れでレアな組み合わせ。

もしかしたら、自分はまだあのミズナラの下で寝ているんじゃないかと、

たまに、起きて朝の支度をしていたら、

途中で実際はまだ布団の中であることに気付くパターンを複数回経験しているので、

それと同じオチかもしれない、と本気で疑ったりもする。



ガタリと燃えた薪が折れて、火床に落ちた。

その音に、はっと我に返る。

暖炉の熱を感じるのに丁度いい距離で

クッションが転がされているところをちらりと見る。



「ここに座れってこと?」



香は、腰を降ろす前に、

入浴後の水分補給がしたいと思い、

先ほど、撩が外したウエストバッグがどこにあるかを探した。

「あ、あった。」

靴を揃えて床にゴトリと置き、着替えもぱさりと仮置いて、

ソファーの上に移動させられていたソレに手を伸ばす。

中から取り出したのは飲みかけのペットボトル。

「もうカラにしてもいいわよね。」

まだ十分に冷えている水を、香はこくりこくりと喉に流す。

「はぁ、残しといてよかったわ…。」

飲む以上に発汗していたのを自覚はしていたが、

節約しながらの水分補給は、最後の最後まで解除することは出来なかった。

またカラのボトルをバッグに戻す。



その傍に、撩の上着とパイソンも投げてあるのが目に入った。

少し前屈みになり、

そっといつものジャケットに触れると、

小さな木屑が腕の部分に付着しているのに気付いた。

指でぴんぴんと跳ねて飛ばすと、撩が昨晩どこにいたのか、

聞かなくてもぼんやりとイメージが浮かぶ。

しかし、たぶん本当のことはきっと話してくれないだろうと、

この件の真実の追求は最初から諦めることに。



香は、セットされたテーブルのほうに向き直ると、

暖炉の前の羊の毛皮にゆっくりと足を運ぶ。

スリッパを履いている足をはみ出させるようにして、

緩慢な動きで腰を降ろした。

「うわ…、きもちい…。」

広くて白いムートンラグに指をそっと埋める。

クッションに寄りかかり体重を預けたと同時に、

これまでの疲れがどっと降りてきた。



「はぁ….。」



やっと座れた、と声が出そうになる。

「80点、か…。」

そんなに高得点でいいのだろうかと、自身の中では反省点が多くある。

香は上向き加減で目を閉じた。

「……まだまだ、だわ。」

体力的にも技術的にも、たかだかこんな短い時間の訓練で、

ここまでへばっている自分が情けない。

左の頬に暖炉からの熱を感じる。

クッションに頭を預けたら、瞼が急に重たくなってきた。



なんだかんだ言いながら、夕べは殆ど熟睡できていない。

色々と、ポジティブなことネガティブなことを悶々と考え、

途中、シカの群れに驚かされ、

エマージングシートで守られていたとは言え、

そこそこの寒さに耐えねばならなかった上に、

クマの存在が大きな恐怖心となって、

うとうとを繰り返しながらの12時間だった。



「仮眠、したいな…。」



この寝不足では、今日の日中はまともに動けない。

ダメージの大きさに、また気分を暗くしてしまう。

「だ、だめっ!これじゃ寝ちゃうじゃないっ!」

頭を預けていたクッションからがばりと起き上がり、

目をごしごしとこする。



しかし、座っているところが心地よく、

炎の温かさも絶妙で、室内の気温も申し分なし。

毛皮と暖炉の火が、

心の奥深いところに安堵を与えているようで、

ますますもって副交感神経が台頭してくる。



揺らめく火を見つめながらぼーっとしてしまい、

やはり途中でカクッと頭が落ち、はっと引き戻される。

「い、いけないっ!」

香はブンブンと頭を激しく振って、

熾き火でほんのり染まった頬を

ペンペンと両手で痛いくらいに繰り返し叩くのであった。


************************************
(8)につづく。





暖炉の火は理屈なしで
安心感も深部に伝わってくるような気がするのよね〜。

たぶん原作中も、2人きりでの外泊というお話しは
なかったと思いますので、
仕事でなくプライベートタイムでの山荘の時間をカオリンにプレゼントです。
(お泊まりじゃないですが)

【御礼】
9万ヒットありがとうございます!
お知らせにて、リンク追記情報1818でアップしておりま〜す。
[2013.09.12.13:19]

スポンサーサイト
プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


9万hit記念に
とりあえず作ってみた
CH専用Twitter
 


拍手1000パチ記念につけちゃいました。



かなり便利なサーチツール

登録サイト最新情報はこちらをチェック!


試運転中…

カテゴリ
最新記事
月別アーカイブ
検索フォーム
QRコード
QR
現在の閲覧者数: