03-04 Complex

第3部 Turning Point

奥多摩の翌日


(4)Complex ********************************************************************2690文字くらい



香は、脱衣所につくと、

ランドリーバスケットに、タンクトップを入れた。

洗面台には水がはじいた痕があり、撩の残り香をかすかに感じる。

(さっきまでいたんだ…。)

それだけでも、顔が赤らむ。

しばらくは、照れや緊張で撩と普通に話せないかもしれないと、

行動の変化が予感される。



纏っていたものを脱いでいくと、香は自分を見てはっとした。

3カ所ほど小さな赤い華が自分の白い肌に残っている。

(こ、こ、これってキスマーク??)

また心拍数が早くなり、顔が更に赤くなる。

肌にダイレクトについているものを見たのは生まれて初めて。

撩がたまにつけてくるキスマークは、得てして濃い口紅が付いた跡。

ゲイバーで付けられたとか言い訳していたそれと、

吸引されて付けられたものとでは色と形が全く違う。



香はそっと、首元と胸部周辺を指先でなぞってみた。

あの時間が夢ではなかったと証明している撩の痕跡。

触れていた唇の感触がよみがえり、またボッと赤くなる。

(ああ、そう言えば、付けたの初めてのようなことを言っていたような…。)

自分も付けられたのなんて初めて。

消えないでほしいな、

とちょっとでも思ってしまった自分が無性に恥ずかしく、

「ばか…、何考えてるの…。」

そう小さく呟いて浴室に入った。



昨晩のお湯がそのままになっていたが、

沸かし直す時間を考えるとシャワーだけにして、

残り湯は洗濯物に使うことにした。

少し熱めのシャワーを出す。

髪の毛を洗った後、汗を沢山かいていたので、

石けんネットで、しっかり泡立てて、ゆっくり体を洗う。

「んー、体が、重たい…。」

(はぁ、こんなんじゃ、いざって言う時動けないわ…。)

泡を洗い流しながら、自分の体を見つめる。



撩は、綺麗だ、と言ってくれた。

その言葉をなんとか信じることにはしたが、

どう思い返しても、撩の好みのポイントは見つからない。

撩が、ナンパする時の共通項は、

ロングヘアで、色気を振りまいている色っぽい女性。

バストは自分より大きい人ばかり、スタイルの良さも、叶わない美人が多い。

上手に化粧をほどこして、女らしい立ち振る舞いで歩く、

そんな人がいつも狙われている。



それに比べて、やはり自分は、

撩の好きなタイプには遠いものしか持っていない。

きっと、経験が多い撩を満足させることなんて、自分に到底出来るとは思えない。

我慢をさせるくらいなら、

他の人のところに行くことを咎(とが)めることなど、

出来はしない。




香は、経験値の差と自信のなさから、

妙なコンプレックスが脳を巡り始めた。

「自分だけを見てだなんて、言えないわ…。」

暗い思考のループにハマってしまった香は、

しばらく、シャワーにあたりながら、動きが止まっていた。



父子家庭から兄との2人暮らしとなり、

自分のワガママを幼い頃から抑えてきた香は、

兄にも自分の欲をあらかさまに訴えることをしたことがなかった。

撩と一緒に、アパートに住み始め、共に生活するようになってからも、

時折よぎる、撩への「欲」は、

自分の中の醜い欲望としてしか受け止めきれず、

心の奥深く押し込め表に出ないようにフタをしていた。

それが、こうしてやっと身を繋いだ後も、

まだしまい込んでいるものを出せないでいる。



おそらくそれは「もっと甘えたい」とか「独占したい」という欲望。

ある種の怯えもあり、

それを表に素直に出すなんて、とてもじゃないができそうにない。

香は深い溜め息をついた。



恋人とかじゃなくてもいい、

パートナーとして、傍にいることだけが、

自分の望みではなかったのか。

関係が変わった今、まだ頭の中は混乱している部分がある。

ふいに水圧の変化があり、

キッチンで水を使っていることがすぐに分かった。

「あ、いけない。出なきゃ…。」



鈍い体をゆっくりと立ち上がらせ、

使った物を片付け、壁に手を添えながら脱衣所へ出た。

バスタオルを取り、しずくを拭いながら、よろけそうになるのを必死でこらえる。



「あ、足に力が入らない…。」

まだ、腹部も鈍い痛みが続いている。

バスタオルを体に巻き、ドライヤーで髪の毛を乾かす。

短いので、けっこう早めに乾くのだが、

何分クセっ毛なので、その後の直しに手間がかかる。



頭部が落ち着くと、香は、絵梨子からのプレゼントを使うことにした。

自分たちの仕事の事を考えてくれた、

動きやすくて、隠れ収納もあり、

かつ可愛さもあって、香に似合うものと、

誕生日プレゼントに贈ってもらったのだ。

上下のデニム生地のタイトスカートと上着、

フィット感のある長袖のハイネック。



スカートは、実はタイトと見せながら、マチの部分がかなりあり、

開脚しやすい作りになっている。裾の裏地には、小物を隠せるスリットがあり、

上着も、ジャケット風でありながら、薄くて軽くて、しっかりしている。

こちらも、内ポケットが複数施されている。

ハイネックは、デニム地に合わせた、スカイブルーで、

汗をかいても体が冷えない特殊な生地。

下着も新しいのを出してきた。

動かしにくい体でもたつきながらも、ストッキングをはき、全て新しい衣類で身を包む。



「ふぅ、着替え完了。」



香は、軽く歯を磨いて、ふと洗濯機を見た。

夕べから放ったらかしだった洗濯槽の中を確認し、

1回だけ濯ぐことにして、ボタンを押した。

(脱水の後、放置しすぎたわね…。)



そのまま、壁づたいに自分の部屋へ戻る。

「…杖が欲しい…。」

ドレッサーに座ると、軽くメイクを施した。

普段は付けない淡い色のルージュをごく薄く引いてみる。

これも絵梨子からのプレゼント。

天然色素を使用したレアな商品。

しかし鏡に映る自分の姿に、やはり自信が持てない。



「……りょ…、本当に、あたしなんかでいいの?」

槇村の写真に視線を送る。



香の思い込みである容姿の魅力不足に加えて、

足手纏いな自分のせいで幾度撩が危険な目にあったか、

いつか自分のせいで、撩が命を落とすかもしれない。

まゆこちゃんを救出した山荘で、撩が被弾したと思い違いをした時のことや、

神宮寺氏と話した時、ソニアと公園でやりとりした時を振り返り、

深く自分の心に巣食っている恐怖がまた蘇る。



思い返すだけでも、ぞっとし、そばに居続けていいのか、

固く決心したはずの想いに、揺らぎが湧いてくる。

一線を越えたことで、撩をより命の危険にさらし、束縛してしまう、と

香は今までとは違った不安や焦燥を感じていた。

涙腺がじわりと緩む。



「だめ、1人になると暗いことばかり考えちゃう。」

さっき撩の部屋から持ってきた水を、くいっと飲んで空にした。

「よし、キッチンにいこ。」

空いたボトルを手に、香は立ち上がって、部屋を出る。

戸を開けたとたんに、レストランを思わせるいい香りが鼻先を掠めた。


*************************
(5)につづく。




香ちゃん、もんもんと不安にかられています。
リョウカさんのご配慮に甘えて、
ここでも香が新しい衣類を纏うシーンをまねっこさせて頂きました。
いわば人生の一大事ともいえる大きな節目。
香ちゃんは、このような事案の後は、きっとこうするに違いないと、
強く共感してしまいました。
ワタクシ、ファンション系の見識ほぼゼロに近いので、
コーディーネートでおかしなところがあるかもしれませんが、
お許し下さ〜い。
(生き物Tシャツコレクションは100着以上あるんだけどな〜)

スポンサーサイト
プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


9万hit記念に
とりあえず作ってみた
CH専用Twitter
 


拍手1000パチ記念につけちゃいました。



かなり便利なサーチツール

登録サイト最新情報はこちらをチェック!


試運転中…

カテゴリ
最新記事
月別アーカイブ
検索フォーム
QRコード
QR
現在の閲覧者数: