28-16 Promise

第28部 Let’s Head Home

奥多摩湖畔から14日目の夕方から夜    


(16) Promise ************************************************* 4059文字くらい



「おまぁも、¨痛み¨を知ってんだろ?」



「え?」

「家族を奪われた¨痛み¨をさ…。」

撩は、右肘をテーブルの端にひっかけ、

体をシンクの方に向けながら足を組んだ。

持っていたカップを左手でくいっと傾け、

再度コーヒーを口に運ぶ。



「……だから、お前には人殺しはさせない。」



はっと、顔をあげた香。

カップを包んだ指がぴくりと動いた。

「ま、他にも色々理由はあんだけどさ、ローマン渡した時、言ったろ?」

撩とテーブル越しに目が合う。

まっすぐに見つめられ、香の動きが全て止まる。



「おまぁは、まだ誰の命も奪っちゃいない。」



ぴくんと背筋が揺れた。

「たいしたもんだよなぁ、あんだけバズーカ砲ぶち込んでも、

軽傷と気絶止まりで抑えるなんざ、俺でも真似出来ねぇーよ。」

「あ…。」

香はファルコンに教わった裏技を白状することに。

カップを見つめつつ、小さな声が出た。



「あ、あれは、あたしが使う弾は、火薬を少なくしているから、

そ、その、衝撃も弱いのよ。」

マリーや黒蜥蜴の時に使ったものは、すでに細工付きだった。

「銀狐の時は、手加減なしで、全力だったろ?」

「っ!」

そこまでバレているのかと、

香は、くっと目を閉じて俯き加減になる。



「……ということは、あいつも死んでないって、こと、ね…。」



「ま、そーゆーこと。」

香は、はぁと上向きになり、深いため息を吐き出した。

撩と目が合わせられない。

カップを両手の平で包んだまま、視線はキッチンの床に落とされた。



「……ずっと、疑問だったの。

実際死体を確認できたワケじゃないし、

そもそも、後で考えれば、あたし一人で、倒せるはずの相手じゃなかった。

……なのに、あんな形であっけなく終わるなんて、

どうなのかなって、思ってたんだけど…。」



ふっと右手を浮かせると香は自分の前髪をくしゃっと掻き上げた。

「ほら、奥多摩から帰ってからさ、

あたしが銀狐見破ったことを見てた話し、してくれたじゃない?」

「あ?」

「撩が、あたしの気付かないところで、あいつを始末したのかなって…少しだけ思ってた。」

「あー、ヤツは二度と復帰ができねぇーようにしといただけだから。

もう俺らの前には現れないさ。」

香は、撩の言葉を聞いて、

髪の毛に埋めた指をくっと丸めて、すんと鼻をすすった。

「……なんか、情けない、よね。

自分が戦った相手が、死んだかどうかも分かってなかった、だなんて、ね。」

細い眉は下がり、瞳がくっと閉じられる。



銀狐の登場は、

撩にとってもある種のターニングポイントだった。

当時の状況を共に思い浮かべる二人。

「いや。」

コトリとカップを置いた撩は、流しの方を見ながら香の言葉を否定した。

「状況を誤摩化したのは、俺だから。」

「え?」

「言えなかったんだよ、あん時は、な。」

「な、なにを?」



撩の言わんとすることがよく飲み込めずに、

頭から右手が浮いて、きょとんとした表情になる。



パートナーとして、

全力で立ち向かった相手がまだ生きているということなど、

その場ではすぐに伝えられる気分ではなかった撩。




— まだ、しばらくこのままでいいか… —




この機会に表へ返そうと本気で選択していた未来、

それを差し置いて、

香の純真で無垢で一途な行動が、

深い所に沈ませていた心理や願望を

自覚できる水位にまで上昇させてしまった。

あの時、銀狐が生きていることを伝えれば、

きっと香は自分の失態を過大に卑下し、

パートナーの立場を放棄する可能性もゼロではなかった。

それは、選ばせたくない。

その思いが、

当時、銀狐の生死について明示することを誤摩化し遠ざけた。



「おまぁは、あの時、お前なりに力を尽くした。それでいいだろ?」

「………。」



香は、撩の言葉を聞き、テーブルの上でゆっくりと両手の指を絡めて、

くくっと密着させた。

手の甲の白い皮膚が指先に引っ張られる。

「……あ、あたしは…」

「ん?」

目だけを動かして、

コーヒーカップに視線を留める香を見やる撩。



「あ、あの時は、ただ認められたいって…、自分のことばかり考えてた…。」



香の指にさらに力がこもる。

「自分の身は自分で守れるって、ムキになって、トラップをしかけてた…。」

目を閉じて、ゆっくりと息を吐き出す香。

「銀狐を倒さなきゃって、……あいつを殺さなければ、撩のそばにいれない、って

そのことばかり考えて、…今思えば、まわりが見えてなかったんだわ。」



撩はふっと小さく鼻から息を出した。

カップを自分の前に置き直し、

両肘をついて、両手で頬杖をついた。

「そっかー、カオリン、そぉーんなに、撩ちゃんといたかったんだぁー。」

唐突におちゃらけ口調で帰ってくる言葉に、

香はぎょっとして目が開いた。



「あ…ぅ…。」



真面目でかつ大事な話しのはずなのに、顔がぼしゅっと赤くなる。

にやけた表情のままで、撩は続けた。

「まわりが見えないくらい、ボクちゃんが好きだった、ってことぉ〜?」

「ばっ、そ、そそそんなんじゃっ、な」

慌てて否定しようとするも、口元が上手く動かない。

「だっ、だからっ!そ、その時は、アイツを殺したら一体、どうなるのかとか、

撩の気持ちとかを、ぜ、全然考えてなかったってこと!」

乾いた口をぬらすべくあたふたとコーヒーカーップを持ち上げて、

ずずっとすする香。

こくこくと喉を動かして、やや落ち着いたところで、ふーと肩の力を抜く。

ほぼカラになった白いカップをまたテーブルに置いて、

そのまま白い指で包み込んだ。



「ほんと、考えていなかったの…。

人を殺したあたしをアニキとかあんたがどう思うかとか、

銀狐にも家族とか大事な人がいるのかとか、

……ただ、パートナーとして居続けるには、

今の目の前の敵を倒さなきゃって、

それだけしか考えてなかった…。」



22才の初夏、初めて自身が狙撃されるという経験をして、

撩のパートナーでいるということが、

どういうことかを外野から強制的に教えられた。

精神的に幼かった自身を振り返る。



「でもね、ミックの時は違った…。」



オフザケの顔つきだった撩の表情が頬杖をついたまま

すっと感情が見えないニュートラルに入る。

香は、伏せ目でふふっと小さく笑った。



「実はね、……銀狐の時は、

自分がやられることなんてあまり考えてなかったの。

だけどね、ミックをビルの屋上に呼び出し時は、

……相打ちも覚悟してたんだ。」

唇を少し舐めて、当時のことを話し始める。

「勝てる可能性なんて、とても低いことは分かってた。

だけど、銃を撃てなくするくらいのダメージを与えられるなら、

死んでもいいって思ってた…。」

目を閉じれば、ビル崩壊前、あの場所に吹いていた風の感触が甦る。



「撩…。」



ふっと顔を上げて、

相変わらず両手で頬杖をつく男を見つめる。



「あんたの命のためだったら、あたしも命をかけて戦う覚悟は今でもあるわ。」



撩の小指がぴくりと動いた。

「あんたのためだったら、迷いなく敵を撃てる。」

実際、黒蜥蜴の時も反射で体が動いてしまった。

ミックにも脅しと本気の混じった発砲を繰り返したが、

当たるはずもなく、結局は捕捉されてしまった。

まだ技術は、自分の望みと想いに全く重なっていない。




「でも、相手も殺さずに、自分も死なない。

どんな状況でも生き延びる、

あんたのためにも、アニキのためにも、約束する。」



撩は、よっとイスに座り直して、

また右肘をテーブルの縁にひっかけた。

組んだ足の上に、左腕をだらしなく乗せる。

香の大胆でかつ無意識な告白に、密かに動揺しているのを悟られまいと、

体が誤摩化しモードで動いてしまった。




「前にも言ったけどさ、

あんたの死に様を見るまでは、

あたしも死ねないの!

だから、ちゃんと鍛えてもらわないとね。

命を奪わない倒し方をしっかり教えてちょーだい!」

香は腕組みをして、撩をまっすぐ見る。



撩が、そのうち吐かせようと思っていたことが、

香自身から明確な言葉で伝えられた。

くっと撩の唇の端が動く。




「……さっすが香ちゃん。」



言った本人、

愛の大告白に近いことを発言した自覚は全くない。

惚れた愛しいオンナの口から、そんな言葉が吐かれた日にゃと、

もう撩の中の幸せの暴れ馬が

競馬場のスタ—ティングゲートで鼻息を荒くし、

蹄を上下させて地面を鳴らしている。



すぐにでも抱き寄せて吸い付きたい。

さっき、車内でもしたばかりだろ?とどこからか聞こえた気もするが、

この欲求を抑えるつもりはさらさらない。

撩は、テーブルを回るか、下からくぐるか、乗り越えるかと、

瞬時に複数の接近方法を考えるも、

ええい、面倒だと、最短最速を選ぶことにした。



がたりと立ち上がり、

香の腕をぐいっと引っ張って、

小さな頭をくっと引き寄せ、

あっという間に香の唇を塞ぐことに成功。



「ぅんんっ!」



前のめりで体勢を崩しそうになった香は、

とっさに右手をテーブルについて上体を支えた。

揺れた白木の天板の真ん中で重なる影に、

倒れたカラのコーヒーカップ。

お互い焙煎の香りを感じながら、

鼻での呼吸を浅く繰り返す。

相変わらず、匠なタッチで動く撩の柔らかい上唇下唇に

ほどなく落城する香。



「ん…ふ…ぅ。」



ちゅぽんと離れたところで、

甘い声が香の耳元で囁かれる。



「もちろん色々鍛えっから、覚悟しとけよ…。」



語尾と耳朶に感じたキスが重なる。

「わひゃあっ!」

「……約束、…忘れんなよ。」

くしゃりと、いつものように茶色いくせ毛を掻き回すと、

ゆっくりと腕の拘束を解く。

「ボクちゃん、車ん中に取ってくんもんがあっから、下に行ってるわ。」

「ぇ?」

季節外れの完熟トマト状態であるところに、

撩の動きが伝えられた。

「ごっそさーん。」

気がついたら、倒れたカップが起され、パタンとドアが閉められた。

香は両手をテーブルについたまま、

はぁぁぁと脱力して、そのままパタリと突っ伏してしまう。

背中からも上がっている熱い湯気。



「……な、なんで、いつもいつもこーゆー展開になるのよ…。」



不意打ちのキスの多さに、

気持ちが全く追いつかない。



「う、うれしいけど、ね…。」




小さな小さな声でつぶやかれた言葉は、

さすがに撩には届かなかった。



**********************************
(17)へつづく。






再燃してからですが、
いろんな意味で銀狐の再登場の回は考えさせられました。
まさに、一種のターニングポイントだったかもと思います。
01-17で、カオリンが銀狐を見分けた時の会話が出てきます。

ところで、CHに登場する殺し屋は
生き物系のコードネームが多くて結構お気に入りです。
スネーク、銀狐、蝙蝠、黒蜥蜴、毒バリの鼠とか、ファルコンもしかりですね。
あの北尾刑事の時に出てきた3人組や、
プリンセス・ユキの時の催眠野郎の名前が出ていなかったのは残念。
今からでもいいから、この系統で北条さんに命名してもらいたいわ。


【お礼とお詫び】
先に御礼から。11/05に1日当たりのパチパチが233と表示され、
本サイトの最高記録をまた更新しました。
貴重なお時間を使って頂き、本連載にお目通し頂き、本当にありがとうございます。
次にお詫びを。
折々にこちらの欄で、連続拍手をして下さった方へのお礼を発信しておりましたが、
このような場でそういった情報を発信することはよろしくないとの
アドバイスを頂戴し、
今回を最後に、拍手情報のお礼メッセージを打ち止めさせて頂くことに致しました。
ご不快になられた方も少なからずいらっしゃるかと思います。
改めてお詫び申し上げます。
(拍手キリ番は別枠でまた企画と絡めたいと思います)

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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


9万hit記念に
とりあえず作ってみた
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拍手1000パチ記念につけちゃいました。



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