03-08 Housework

第3部 Turning Point

奥多摩の翌日


(8)Housework ******************************************************************2945文字くらい




「りょ…、うれしいよ…。」



香は、今度こそ本当のパートナーとして、

やっと、認めてもらった気がした。



2人でシティーハンターだと言われた時、

家族の1人になって欲しいと言われた時、

調整し直されたローマンを受け取った時、

海原戦の前夜に言葉を交わした時、

折々に垣間見せられた、パートナーとしての指定席は、

繰り返される日々の日常の中で、

いつ自分が追い出されるか、

いつ撩が自分の前から消えてしまうか、

安定感のなさを拭えない場所であった。



そばに居続けることをいつまで許されるのか、

男の気持ちが分からないままの生活。

ほのかな期待を確実に崖下へ突き落とされるような

足場の悪い吊り橋を常に歩き続けていたが、

撩のあの一言が、完全にその道に終止符を打った。



技術的にはまったく追いついていない現状を少しでも改善したい思いは、

かねてからの大きな悩み。



だからこそ余計に、撩の『鍛える』という言葉が、

これからもパートナーとして必要とされることを約束しているようで、

傍に居ることを受け入れてくれた撩に、溢れる想いが次々と湧いてきた。



どんな訓練が待っているのかは、まだイメージが浮かばないが、

常に命に関わる仕事なのだ。

生半可なままごと程度ではないことは容易に想像できる。

とにかく、撩の指導に任せるしかないと、

香は前向きに取り組む思いをさらに固めた。



そして、撩は一緒に兄のところに報告しに行くと、言ってくれた。

自分1人でも行こうと思っていたのに、2人でと撩から誘ってくれることに、

本当に色々なことが夢みたいだと、

大きく変わった関係をゆっくりと受け止める。



男が入れてくれたコーヒーを手にして、残りをくっと喉に流した。

ややぬるくなっているが、焙煎の味と香りが気分を引き締める。

気持ちを切り替えた香は、テーブルの上に視線が向く。



「……気にするなって言われたってねぇ。」



香は、静かに立ち上がると、

空の食器やコーヒーセットにボトルなどをシンクに運び、

台所の片付けを始めた。

「病気じゃないんだから、これくらいはしなきゃ。」

未だ違和感がある下腹部をさすりながら、作業を進める。



ふと、シンクの上にある別の空ボトルが目に入り、

いつ撩が飲んだのか考えを巡らす。

「ん?あたしが寝ている時に飲みにみたのかな?その時、こっちのボトルも?」

と、自分が持ってきたボトルを一瞥。

ベッドで手渡された水に、納得した。



これまでも、不器用で捻くれた表現では、

その場ですぐに気付くことが難しかったが、

基本的にあの男は優し過ぎるのだ。

依頼人にも、仲間にも、そしてパートナーの自分にも。

そんな撩が幾多の血の海を見てきたのか、

あの瞳が映してきたものを思うと、

香は、ぐっと胸が詰まった。



マリーからの話しを聞いた後、家の書籍や図書館で、

1960年代の中米の歴史について少し目を通した。

文字や写真だけでも、凄まじい惨状だったことが伺えるのに、

その現場で、親を亡くし幼い頃から生きざるを得なかったとは、

とてもじゃないが、自分の想像できる範疇を越えている。



「りょ…。」



どんな生い立ちだったのか、詳しくは知らない。

しかし、過去の傷を少しでも軽くしてあげることができないだろうかと、

実の親も知らず、誕生日も知らずに、戦渦の中で過ごしてきた、

不器用で優し過ぎる男に、

秘密のキスを聞いた時と同じように、

母性のようなものが込み上がってきた。



「おいおい、洗いモン気にすんなって言ったろ?」

と、がちゃがちゃと洗濯物干しのセットを持った撩が、

キッチンのドアを覗いた。

「ううん、これくらいさせて。」

香は、ドキッとしたが、シンクの前に立ったまま顔だけ振り返って返事をした。

「まぁーたく、休んでろって言ってんのに。」

ブツブツいいながら、リビングへ気配が遠のいた。

「撩ってそんなに心配症だったっけ?」

中華鍋を洗いながら首をかしげ頭に疑問符を浮かべた。



ぎこちない動きながらも一通り片付いたら、

今晩の夕食をどうしようか考え始めた。

とりあえずお米を研ぐことにする。

明日の朝食はパンにしたいので、夕食分だけにしておく。

それでも、撩が3、4人前軽く食べるから、5合で足りるか足りないか。

タイマーをセットして、主菜を探す。

アジを冷凍してあったので、ちょっと面倒だけど、マリネにすることにした。



計画が整うと、香はテーブルに座った。

「はぁ、やっぱり立っているのがしんどい。」

しかし頭の中は日常の家事ついて自分ができそうなことを思案中。

「でも、だまって休んでもいられないしね。」

重そうに立ち上がって、撩の部屋へ行くことにした。



かなりのスローペースで階段を昇り、戸を開ける。

少しだけ湿度の高い空気がふわっと流れる。

いつもと違う、と感じたとたんその理由がまた香を赤面させる。



香は、ゆっくり窓に近づいて、ガラス戸を開けた。

新鮮な空気がさらりと入ってくる。

「ふぅっ。」

一呼吸置いてから、横のチェストから新しいシーツとピロケースを取り出した。

汗やらなんやらで、しっとりしている上に、

何やら恥ずかしいシミも目に入り、顔を赤らめながら取り替える。

(あー、だめだめ集中しなきゃ。)

枕カバーも替えて、薄い掛け布団は半分に折って、ベッドに風を当てることにした。

「出かける前に窓閉めればいいわね。」



香は、シーツと枕カバーを持って、よろよろと再び階段を降りていく。

脱衣所で、カゴに持ってきたものを入れ、洗い物の量をチェックすると、

明日洗って干すことにした。

(やっぱり、ちょっと休も…。)

香は、軽く口を漱いでリビングに向かおうとしたら、撩が入ってきた。

手にはカラになった洗濯籠。

「おまぁ、なぁにやってんだ?」

シーツに気付き溜め息まじりで香を見た。

「…あ、出来る時にしとこうと思って…。」

最後まで言う前に、撩が口を開く。

「とっとと、リビングに行って楽にしてろ、ってか俺が連れてく!」

言うや否や、カゴをしまって、また香を抱きかかえた。

「きゃあ!」

「ちゃんと言うこと聞け。」

「ご、めん…なさい。」



何度目でもドキドキしてしまうお姫様抱っこ。

「ほっとくと掃除も始めちまいそうだな。」

香は、撩の変化にまだまだ慣れない。

とにかく、あれから妙に過保護だ。

「………。」

赤いままの香は、ただ無言で運ばれる。

撩は、廊下をずかずか歩いて居間の長椅子まであっという間に辿り着く。

「横になるか?」

「あ、ううん、座ってる。」

そろりと降ろされた場所は、L字型の長い方。

「ちょっと待ってろ。」

そのまま香の部屋に行き、来客用の薄手の毛布を持って来た。

「ほれ、これ使ってろ。」

「撩、あたし病気じゃないのよ?」

「ばぁか、普段通りに動けなかったらケガか病気とみなされんの!」

「ぐっ。」

「出かけるまで、3、4時間あるから、それまで体力温存しとけ。」

そう言いながら、またリビングを出て行った。



「はぁ。やっぱりかなり心配性になってるみたい…。」

香は毛布を抱きしめて、顔をうずめた。

ベランダにちらりと目をやると、きっちり干されている洗濯モノが見えた。

いつもの自分の干し方と殆ど変わらない。

「あれも、出かける前に取り込まなきゃね。」



とは言え、撩の言う通り、ちょっと動き過ぎた。

重い下半身、生理痛に似た痛み、未だに残る異物感に、倦怠感。

(これって、初めてだからなのよね…。

毎回こうだったらまともな生活できないじゃない!)

香は「毎回」という単語に勝手な想像をして慌てふためいた。

ともかく、今自分が疲れていることは間違いない。



香はソファーの角に移動し、

首を傾け、背もたれを枕変わりにして足を抱えた。

毛布はマント状にして羽織ってみる。

目を閉じて、頭も体もひとまず休めることにした。


****************************************
(9)につづく。





撩ちゃん、過保護モードです。
本当は、かおりんを終日休ませてあげたいところですが、
出来るだけ早く「報告」しにいかねばと思う撩ちん。
槇ちゃんが枕元に文句を言いにくるのが先か、
墓地で報告するのが先か、
なにせ、ついに槇ちゃんの溺愛する妹に手ぇ出しちゃワケですから、
即日レポートもありかと。
とりあえずは、カオリン一休みです。

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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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