29-06 Citrona Small Citrus Fruit

第29部 Calm Day?

奥多摩湖畔から15日目


(6)Citrona Small Citrus Fruit *************************************** 2876文字くらい



柚子の香りが漂う味噌汁。

撩が、この独特の芳香を実体験で知ったのは、

相棒との生活が始まってから。

季節のセレモニー的な事柄を至極大事にするパートナーは、

毎年、この季節に何らかの形でくだんの柑橘を生活に絡ませる。



中米北米での生活では縁がなかったこの食材に、

どういうわけか、

懐かしさに似た感覚が心の隅にくすぶる。

飛鳥時代には既に記録が残されているこの植物は、

日本人との付き合いが軽く千年を超える。

体の中の計り知れない場所に、

刷り込まれ受け継がれた

原体験の一つなのかと、

柚子の清香を肯定的に受け止める心身の反応。

己もやはり日本人の証かと、

胸の中でくすりと笑うも、表情にはおくびにも出さずに、

汁物の具を雑に口の中へ掻き込む撩。



目の前には、

魚焼きグリルでいい色に焦げ色がついたカラフトシシャモ。

お決まりのように、大根おろしが添えられている。

すでに味付けにはポン酢が軽くかけられた後。

出汁巻き卵に、ヒジキの煮浸し、ほうれん草の胡麻和えと、

フルーツには再び富有柿の登場。

和で整えられた朝の食卓を味わいながら、

撩は、同じメニューをせっせと作る

槇村の姿を連想してしまう。



「んー、今年初柚子!いいわぁー。」

ふはっと温まった呼気を出しながら、

箸と腕を持って、やや上向き加減の香は

無意識に目を閉じて嗅覚に集中する。

「あ?」

一応とぼけるふりをする男は目だけ香に向けた。

「ほら、いつもだったら毎年、美樹さんにお裾分けもらうじゃない?

でも今年はね…。

だから、昨日1つだけ買って来ちゃった。」

市販されている柚子は、個装され思いの外いい値が付けられている。

香は、味噌汁をことりとテーブルに置き、茶碗に持ち換えた。

「もう来月は冬至でしょ?また買い足しておかなきゃ。」

ワクワク感を隠すことなく、

シシャモをはぐっと頬張ると、ご飯と一緒にもぐもぐと咀嚼する。



「冬至ねぇ…。」



撩もがつがつと朝食を頬張りながら、

柚子ネタで過去を思い返す。



毎年、柚子湯を欠かさない相方の習慣に、

このアパートで初体験した時は、かなり驚かされた。

最初に、湯の中に柚子を浮かせることを教えたのは、

実は、たぬきじじいこと命の恩人の教授だった。

日本の文化と忘れかけていた母国語を丁寧に指導され、

短い期間で大量の情報を得た居候時代。

てっきり、大昔の習慣だと思い込みを持っていたら、

まさかハタチの香が柚子湯を用意するとは、

完全に意表を突かれた。



槇村との生活習慣をここにも導入しようとする香の行動に

戸惑った初期の頃が懐かしい。



— 殺し屋のオレが柚子湯かよ…… —



ミスマッチな組み合わせに、

本気でたじろいでいると、

さっさと湯船に入ってあったまってこい!と

問答無用で背中を押された。

労働担当が体調崩したら商売に差し障るでしょ、と

江戸時代よりの風習を持ち出して、

同居人の健康を配慮し、

一人の人間として、なんらかわらぬ取り扱いをされていることに、

これまで感じ得たことのないものが、

心の端に小さく芽生えた。



無自覚のうちにその芽は育ち、自覚できた頃には

摘み取ることが出来ないくらいに根を張っていたソレは、

今でもどんな言葉で表現していいものか、

該当する単語を見つけきれない。



「あ、何か足りないと思ったら、漬け物がなかったわ…。」



対面の香は、明るい黄色の卵料理に、箸を伸ばしながら、

食卓で不足しているものを、ぼそりとつぶやく。

「白菜買っとかなきゃ。柴漬けも欲しいな。」

食べながら、伝言板に掃除に買い物にと

今日の予定を言葉で確認している。

もうさっきの “ おはようのちゅう ” のことは忘れているのかと、

すっかり主婦家事モードへの素早い切り替えに

撩は、思わずぷっと小さく吹き出した。



「な、なによ?」



最後のシシャモを箸でつまんだまま、

茶碗を持った香はきょとんと撩の顔を見る香。

すでに、食器はほぼカラになっていた。

「うんにゃ。べっつにぃ?」

ずずっとわざと音を立てて、味噌汁椀を傾ければ、

朱色の底が見える。

かたりと茶碗の横にそれを置き、

「ごっそさんっ。」

と、声と同時にがたりと席を立った。



(おまぁの声を聞きながら、

毎食向き合って真っ当な食事が食えるっつーのも、

無自覚の作戦にしてやられちまったっつぅーこと?)



作った本人以上に、

この穏やかな食事を深く噛み締めていることを

まだ直接言えるはずもなく、

新聞をついっと摘んで脇に挟めば、

後ろから追いかけて来た言葉は、外出の提案。



「ねぇ、どっか柚子狩り出来るところあったら

 行ってみたいんだけど、どうかな?」

「あ?」

キッチンの入口に向かった撩は、

横顔だけ香に見せる。

「ほら、いっつも貰ってばっかりだったから、

今年はあたしたちから美樹さんにって、ちょっと思ったんだけど…。」

背中を見せたままの撩と、目が合った香は、

はっとした顔になり、慌てて補足を入れ始める。

「あ!そ、そのっ、べ、別に、りょ、撩といいい一緒ってワケじゃなななくて、

え、えっと、あ、ああたし、一人でも行ってこれると、おおお思うから、

き、気にしししないでっ!」

頬をうっすら染めながら、

まるで自分からデートの誘いでもしたような発言を、

とりあえず否定しておかねばと、かみまくりながら訴えつつ、

撩がこんなことに興味あるワケないじゃない、と

箸と椀を持ったまま、細かく首を横に振る。



その口調と表情で、香の思考が直通で伝わってきた撩。

ふっと目を細めると、

香にとって意外な言葉がその口から出て来た。

「いいんでない?」

「え?」

「めぼしいとこあったら、探しとけよ。」

香は座ったまま背筋が伸び上がり、

大きな目が更に面積を広げる。

まさか、肯定の返事が来るとは全く思っていなかったので、

思わず聞き直した。

「え?」

「てっつぁんとかに聞いてみっか。いい場所知ってんじゃね?」

いつも高架橋そばにいる情報屋のテツの

欠けた歯を見せる笑顔が2人の頭に浮かんだ。

同時に香は、この話題にここまで協力的な姿勢に、

信じられないと目をぱちくりさせる。

「え?」

3度目の聞き返し。

「なんだよ、一緒に行くのかよ、行かないのかよ。」

「……い、いいの?」

「あー、何度も言わすな、早めに行き先決めとけよ。」

驚きの表情から、ようやくふわっと笑顔になった香。

「う、うん!」

少し裏返り気味の高い返事を背にしながら、

撩は、パタンと後ろ手に扉を閉めた。




「ゆ、柚子狩り、って、普通に、い、言うのかな…。」



あまり耳にしない単語が妙な鮮度を感じる。

それを、撩と一緒に?と、

もう今から、ドキドキしている香は、

やはり信じられないという思いと

嬉しさが入り混じった気分のままで、

ぎこちなく箸を動かし、ようやく食事を終えた。

「ご、ごちそうさま!」

ちょっと先の楽しみが追加され、

食器を下げる動きはやや軽やかになる。



頭の中には、どこぞの庭先で見かけた

ツリーのオーナメントのようにたわわにぶら下がる

黄色い球形の柑橘が、

ミカン畑のように高密度で植栽されているシーンが描かれる。

青空と緑の葉に映える、眩しいレモンイエローに、

目が細まりつつも、次の動きのために、

素早く、台所の所用を片付けることにした。


********************************
(7)へつづく。






実は、この29部の日取りの設定は、
1991年11月18日とさせて頂いております。
(あ、言っちゃった。)
リアルでは、昨日が冬至ということで、
時事ネタとのタイミングに自分でもビックリです。
本記事は、2012年の冬にテキスト保存をしていたもので、
当初の一日おきの連載では、もっと早めの登場でしたが、
隔週変更後、偶然季節にぴったりとなりました。
柚子狩りネタは、余力が残っていたら、
本編連載終了後、
ここの設定でいうところの
12月上旬に持っていきたいところですが、
果たして具現化できるかどうか… ( 頭の中から吐き出す時間があるかいな…) 。

てっつぁんは、アニメの香登場初回で出てくる情報屋さん。
覚えていらっしゃる方は、イメージのご参考にと。

樺太シシャモと、ただのシシャモ、
識別出来る自信はありませんが、ウロコの大きさがポイントとか。
生協で稀に「北海道産シシャモ」という商品が出るので、
中身の真偽はともかく、
パッケージが欲しくて割高だけど買っちゃってます。

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【2013.12.23のお知らせ】
昨日の1818でリンク記事追記のお知らせをアップしております。
未確認の方は、是非チェックを!


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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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