29-25 For Oneself ?

第29部 Calm Day?

奥多摩湖畔から15日目



(25) For Oneself ? ********************************************** 3687文字くらい




「あー、くったくった。香コーヒー。」



ごとりと器をテーブルに置くと、

げふっと脱気しながら膨れた腹をさする撩。

「あたし、まだ食事中なんだけど。」

「ぼくちゃん、香ちゃんのコーヒーが飲みたぁーい。」

頬杖をついてニンマリと上目遣い。

「た、食べ終わるまで待っててよ。」

その視線を合わせないように、

茶碗を傾けわざと顔を隠してみる。

「そういえば、あんたさ、さっき屋上で何やってたの?」

「あーん?」

「随分と外にいたんじゃないの?」

指先が冷えていたことをなんとなく感じていたので、

答えを聞けなくても、

間つなぎも兼ねて一応尋ねてみることに。



「冴羽ビルの防犯チェック。給水タンクも異常なし。

おまぁもたまに上がって異変がないかチェックしとけよ。」

「え?タンクを?」

食事の手が止まった。

「そ。ま、滅多なことじゃ、

ここに侵入してタンクに毒入れるヤツとか出てこねぇと思うが、

用心はしとけ。」

さらっと言われた毒という言葉に、

少しだけ肩がくっと上がった。

自分たちは常日頃より

命を狙われる危険な状況下で暮らしていることを

改めて再認識されられる。

何が起きるか、想定がつくものは可能な限り想定内にしておきたい。

思った以上に重く受け止めてしまった香は、

一瞬いつか訪れる死の形をつい考えてしまい、

強制的に話題の転換をすることにした。



「と、ところでさ!あの花、かすみちゃんからのでしょ?」

「そ。」

「花瓶に活けたのあんたなの?」

「そ。」

「………。」

「なんだよ。」

「やっぱへん。」

「ああ?」

香は、もぐもぐと食事のラストスパートをすませれば、

かちゃかちゃとカラになった食器を片付ける。

「ごちそうさま。」

がたっと立ち上がると、重ねた器をシンクに運び、

テーブルの上を片付け始めた。

手を動かしながら、小声でぼそぼそと独り言のようにつぶやく。

「なんかさー、っホントこのところさー、

今までの撩だったらしないんじゃない?ってことばっかり続いてさー、

……なんか、混乱、する。」

「はぁ?」

水気を絞った台布巾でテーブルを拭き上げる香の横顔は、

ほんのり赤くなり、細い眉はやや下がり気味。

「あああんたは、そ、その、も、も、もっこりライフのためとか、

なんとか言ってたけどさ、それにしてもやっぱりヘンよ!」

「んー?リョウちゃん、カオリンのお仕事、一つ軽くしたぁーげたの!」

「で、でも!」

理由が飲み込めない表情で撩の方に思わず目がいく。

が、相方の焦点は別のところに。

布巾を持っていない方の香の手首がついっと持ち上げられてしまった。

「わっ。」

「トゲでも刺さったら、リョウちゃんもやぁーだしぃ〜。」

敢えて “ 誰の指に ” という目的語を省略し、

白い右手の小指側面にすばやく唇を寄せる。

「うひゃああっ!」

ババッと空気が切られる効果音がクリアに聞こえるほどに、

超高速で香は両手を後ろ腰に引っ込めてしまった。

「あああああんた、きゅっきゅっきゅうに、なななにすんのよっ!」

イカリ肩になった上半身からぶわっと湯気が上がる。

足元はそのまま一気に後退、

背後のシンクにドンッと体が当たり行き止まりに。

「ナニって?」

にやついたままの顔でゆらりと立ち上がり、つま先を相方に向けた撩。

香が捕獲モードだと気付いた時には、

すでに太い両腕が流しの縁に乗った後。

シンクと撩の間に完全に挟まれてしまった。

「まっ、またっ…!」

細めた目で見下ろしてくる撩に、

香は負けるもんかと、よく分からない対抗意識が芽生えて、

真っ赤になったまま、キッと上目遣いで軽く睨んでみる。

このオトコは、食欲の後は性欲ぅ〜と言い出しかねないと、

この後の展開を警戒しつつも、

実は自分もこの場で深く抱きしめられたいと

胸の奥で小さな火がぽっと灯ってしまう。

それを悟られまいと、初期消火活動をすべく

見せかけの抗議を訴えることに。



「だめだわ…、やっぱり、慣れない…。」



眉間に小さくシワを寄せ、

困惑顔のままで

強気の視線を向けてくる香がまた愛らしく見える。

「ん?」

「だっ、だって!洗濯物手伝ったり、食事作ってくれたり、寝具しまってくれたり、

さっきも花飾ってくれたりって、こ、これまで、全然なかったじゃない!

い、い、いくら、そ、そ、その、ああああたしたちの、かかかか関係が

かか変わったからってっ、やっぱりヘンよっ!」



かみまくりながら、一気に早口で得心がいかない想いを、

数日前と同じように繰り返し吐き出してみる。

言い切った後に、食事は稀ながらも何度か調理していたかと、

記憶と発言の違いを思い出すも、有意差はないと判断。

はぁと一息ついた香は、少し俯き加減になり、

前髪の奥に潤んだ両目が隠れてしまった。



「……な、なんか、こーゆーの、まだ全然慣れないよ…。」



手を後ろにまわしたまま、小さく細い声でつぶやかれた声が、

撩のオオカミさんにエンジンをかけることになるが、

本人は全く無自覚。

撩は、くすりと小音で笑うと、

香を挟み込んだまま、ゆっくり顔を降ろし、

その前髪にそっと鼻先と口元を触れさせた。

細い体が、ぴくんと小さく反応する。

「……香。」

その声で、目を閉じそうになっていた香の瞼がパチッと開き、

下を向いたまま、すはっと息が短く小さく吸われる。



「……おまぁが、慣れる慣れないはさておきだな、

基本は、ボクちゃん自分のためっ、つーのが前提だってことで。」



そこまで言うと、下を向いていた香の視界に

左から大きな右手がせり上がってきて、

そのまま自分の左の頬が包まれた。

じわりと上向きに顔の角度を変えさせられ、

見下ろす撩と見上げる香の視線がかちりと合う。

同時に、撩の右手の指が、

香の左耳にかかっている髪の房をさらりと耳介にかけ流した。

その優しい手と指の動きが、

やはり信じられないと思う疑念と、

もっと触れて欲しいという希望とを

胸の中でぶつけ弾けさせる。



香は、ふと撩の瞳の中の自分の表情に気付き、

思わずくっと目を閉じてしまった。

それが合図と言わんばかりに、

顔左半分が温かい撩の手で包まれ、

自分の顎がくいっと角度を変えられ

素早く唇を吸い付かれる。

「んっ。」

ちゅっと鳴った音が耳に入った時には、

頬に添えられた手は茶色いくせ毛をくしゃっと掴んでいた。

うっすらと片目を細く開けてみる。



「このまま上に連れて行きてぇーけど、

ボクちゃん今晩お出かけすっから、続きは帰ってからな。

コーヒー飲んだら出かけっから、旨いの頼むわ。」

「あ…。」

そいうえば、日中そんなことを言っていたと、

交した会話を思い出す。

その思い返している間に、撩はすっと香から離れて、

キッチンを出るとリビングのある方へ廊下を曲がって行った。



「はぁ……。」



後ろ手に組んでいた手をシンクの縁に掴ませ、

ずり落ちそうになる体重をひしっと支える。

上向き加減に深いため息を出した横顔は、

まだ緋色に染まったまま。

目を閉じ、下がった眉はなかなか元に戻らない。



「な、なによ…、自分のためって…。」



恩恵を受けているのはこっちのほうなのにと、

こまめな撩の「お手伝い」に、まだまだ違和感が拭えない。

と同時に、

唇に残った感触が、どこか物足りないと、

少しでも思ってしまった自分に気付き、

またかぁーと体温が上がる。



「と、とりあえず、コーヒーいれなきゃ…。」



ミルと豆を取り出して、

ギクシャクといつものコーヒーをいれる香。

「一体一日に何回…。」

吸い付いてくるの、と今日一日のことを思い出して、

頭の中で、照れながらも指折りしてみるが、途中で分からなくなる。

(たぶん、もう、ご、5、回くらい?)




自分と撩が、こんなに毎日何回も

唇を重ねる関係に進展することなど、

先月までは、全く考えてもいなかったし、

考えることそのものが禁忌だと、

意識の遥か遠くに追いやっていたはずなのにと、

あれから半月過ぎても、未だこの変化に気持ちが追いつかない。



「う、うれしい、けど……。」

(は、恥ずかし過ぎるっ。)




照れて浮かれている場合ではないことを、

自分に戒めつつも、

この関係に本当の意味で慣れるまでには

果たしてどれだけの月日がかかるのか、

注がれる熱い黒い液体を見つめている表情は、

耳まで赤く、眉が八の字に下がったまま。



「依頼人、来た時どうすんのよ…。」



まだあれから、一般客?の呼び出しはない。

これまでのように、

ボディーガードなどで依頼人と過ごさなければならないことも

当然出て来ると過去を振り返ったとたんに声が出る。

「そっ、そうよ!絶対ダメだわ!仕事中はっ!」

コーヒーを注ぐ手が止まり、

俯きいていた顔がはっと正面を向く。



これまで、教授宅への往復や、ファルコンの仕事のサポートに、

訓練にと、あっという間に過ぎて行く中で、

伝言板にXYZが書かれていたらどうなるかを

ちゃんと考えるゆとりが殆どなかった。



とてもじゃないが、

この状態のいちゃつき度合いをオシゴト中にまで

持ち込むワケにはいかない。

自分の中の議会会場で、ある種のケジメ条例を制定する。



「ダメっ、絶対ダメだわ…。」



公私ともに撩のパート—ナーに相成って2週間、

自覚のない独り言を漏らしながら、

香はトレーに乗せたコーヒーセットを持ち、

ダイニングキッチンをパタパタと出て行った。


*****************************
(26)へつづく。







撩がもっこりライフのためとか云々言っていたお話しは、
25-05の回でやりとりが出てきます。


【御礼】
13万HITありがとうございます!
お礼企画が全然進ま〜ん…(TT)。


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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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