29-26 I Can't Say

第29部 Calm Day?

奥多摩湖畔から15日目    



(26)I Can’t Say   ********************************************* 2965文字くらい




「はい、もってきたよ。」



眉間に浅いシワを寄せたまま、リビングに入る香。

無駄に大きな体を持つオトコは、

ソファーの短辺側に腰を下ろして、

ガラステーブルの上に新聞を広げている。



香は、紙面を挟んで撩の反対側にコーヒーカップをことりと置くが、

実は、このよく分からないもやもや感を運動エネルギーに変えて、

ガシャン!と音を立てたかったのを、

ぐっと抑えて、とりあえず寸止めしておいた。



「さんきゅ。」



さっきのキッチンでのやりとりは気のせいでした、という程に

至って平静な撩の姿を横目にして、

香も長辺側に背筋を伸ばしてゆっくりと座れば、

両手で自分のカップをそっと持ち上げた。

白い陶器の縁から、ちらっと隣りを覗き見れば、

撩の視線は紙面の小さな記事に落とされている。

「?」

うっかり見落としそうなくらいのその見出しには、

ぼやか放火か?と不審火を伺わせる単語が見て取れた。

渋谷のとあるビルが現場らしい。

そこまで確認できたところで、撩はふんと軽く鼻を鳴らして、

ページをめくった。

同時に、コーヒーカップに手を伸ばす。




「ね、ねぇ。」

「あ?」

カップ全体を包んだまま口元に寄せている状態で、

香は、先ほど思い立った提案を話そうとした。

「あ、あのさ…。」

の次が出てこない。



— 依頼人が来たら、ちゅうとか一緒に寝るのとか禁止よ —

— お客さんがいるときは、キスとかしないでよ —



と、いうことが言いたいのだが、

“ちゅう”とか“キス”とか“一緒に寝る”とかの様を、

リアルに想像してしまって、

また恥ずかしさの方が込み上がり、自分の口から出てこようとしない。

「あ、あの…。」

カップを持った手が膝の上まで降下。

肩幅が狭くなりもじもじモード。

間が長く、撩が不審がる。

「な、なんだよ。」

「そ、そのっ…、あのね…」

撩は片眉を少し上げたまま、くいっとコーヒーカップを傾けた。

半分まで飲んで、また新聞の端に指をかける。

「おまぁが、耳を赤くして言いよどむっつー時には、

だいたいもっこりネタだよな。」

「 っ ! ! ! 」

更に赤味を重ねた香をちらりとみとめると、

カップの縁を鷲掴みにして、左肘を自分の太ももにあずけ、

広げた脚の間に浮かせる。

空いた手は、また次の紙面をぱさりとめくった。

「そっ、そっ、そんなんじゃなくて!」

肩幅が更に狭まって背筋が伸び上がった香は、

ハタと今の発言を振り返ってしまった。



いや、言いたいのは、

ちゅうとか一緒のベッドに寝るのは自粛しましょう提案のことであって、

ましてや、来客中にもっこりなど、まったく思い描いていなかった。

いやいや、一緒に寝る=合体が定着しつつある状況で、

これに考えが及んでいなかったことは、全く持って不覚極まる。

あまりにもキスの回数が多く、

そっちの方に意識を持っていかれていた。

その上のランクの行為については、まさに今の撩の発言で

ケジメ条例案に即刻組み込まなければと決断。

このオトコ、もしかしたら、誰がいようとおかまいなしかもしれないし!と、

熱を持った頭の中で、必死に思考を回転させる。



また、撩の指が新聞をめくった音がした。

それにはっと引き戻されて、一個前の発言をまずは否定することに。

「ち、ちがうのっ!そ、それもありなんだけどっ!」

「へ?」

撩の目が紙面から香に向けられる。

ソファーのコーナーを挟んでかちっと目があった。

「だっ、だからっ、そのっ!」

唇が乾いてきて、両手で持っていたカップを慌てて口に運んだ。

当然にむせることに。

「ごほっ!」

「おいおい、何やってんだよ。」

お互い持っていたコーヒーカップをテーブルに置き、

香は、腰のポケットからハンカチをとりだして、

口元と涙目の目元を押さえ、

撩は、とりあえず香の背中でもさすろうかと手を伸ばそうとする。

しかし、その動きにはっとした香は、

ざざざっと布が擦れる音を発生させながら、

ソファーの長辺側最端部までに高速水平移動をしてしまう。

もちろん反射。

また、撩の右手が空(くう)に浮いたままになる。

「な?なんら?」

今このタイミングで撩に背中でも撫でられたら、

またそのままソファーに押し倒されかねないと、

頭で考える前に体が反応してしまった。

「あ、あはは…、ほ、ほんと、あ、あたしってば、

なに、やってんのかしら〜。」

こめかみからツーと落ちた汗をハンカチで拭きながら、

空いた片手をウチワ代わりにパタパタと顔をあおぐ香。




目をぱちくりさせている撩も、

どうもこの状況が飲み込めない。

言いたいことがあるんだろうが、

言えずにのど元で滞留している様は理解できるが、

この奥手の香がもっこりネタで、一体何が言いたいのか、

自白させるのは、撩にとってそんなに難しいことではないのだが、

ちらっとテレビの横の置き時計を見やる。



「おまぁーさぁー、今日は朝から、んと挙動不審だよなぁー。」

「そっ、そんなことないわよ!」

年中挙動不審のあんたに言われたくないわと、つい言葉に出そうになったが、

確かに、間違いじゃない。

リップクリームにしても、

撩のH本に対する過剰反応にしても、

スキあらば吸い付いて来る撩のキスに対しても、

こまごまとしたスキンシップにしても、

心は常に大騒ぎ。



「かおりちゃん、帰ったらゆ〜っくり聞いたげるぅ〜。」

「え?」

「そろそろ行って来るわ。」

香の背中に触れ損なった右手の進行方向をテーブルの上のカップに向け、

くいっと残り半分を飲み干せば、

また元の場所にこんと置きなおす。

読んでいた新聞も手早く4つ折りにすると、

よっと一声添え、両腿に両手を乗せてむくっと立ち上がった。

「それまで、言いたいことをちゃんとまとめとけよ。」

その台詞と同時に、また触り心地のいい柔らかい髪を

真上から軽く掴みかき混ぜた。

「も、もう!み、乱れるじゃないっ!」

自分の頭を守るようについ手が頭頂部に乗ってしまった。

キッとその広い背中を小さく睨む。

「んじゃねぇ〜。」

香の前をふふんとご機嫌な鼻息を出しながら通過した撩は、

リビングの入口で一時停止、ちらっと振り向く。

「おまぁ、俺が昼メシん時に言ったこと覚えてるか?」

「は?」

まだ火照っている顔できょとんする香。

「忘れてるな。」

にやっとする横顔を見せればそのままカチャリとドアを開ける。

「え?な、なんのことだっけ?」

「とにかく、すぐに寝れるようにしとけよ。

んじゃ、いってきやぁーす。」

いつものように片手をひらひらさせながら、

パタンと扉が閉められた。




「………。」




香は、はぁと俯きながら全身脱力。

「うぅ〜、な、なんて言えばいいのよぉー。」

結局、言いたかったことを言えなかった。

撩は、言いたいことをまとめとけと言い残したが、

やっぱりダイレクトに自分の口から言えるほど、

まだこの関係に慣れていない。



「そ、それになによ。昼の話って。」



午後の目隠し訓練で、昼食時の記憶がすっかり上書きされ、

何を言い渡されたか、すぐには思い出せない。



1週間ぶりのパトロールに出た相方が、

玄関を出て行く音がドア越しにかすかに聞こえた。



「も、もうっ!」



何だかよく分からないが、

常に落ち着き払っている撩の行動が悔しくて、

やり場のないもどかしさが込み上がる。



「ばか…。」



香は、左手に触れたソファーのクッションの端をくいっと掴むと、

溜めたエネルギーを乗せて

ソファーの角にぼすっと投げつけた。



*****************************
(27)へつづく。






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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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