29-27 Oyassan

第29部 Calm Day?

奥多摩湖畔から15日目



(27)Oyassan ***************************************************************** 4217文字くらい




「まぁ…、まだ仕方ない、よなぁ〜。」



1階駐車場まで降りてきた撩は、

片手をジャケットのポケットに突っ込み、

キーを人差し指にひっかけ、くるくるとまわしながら

クーパーに近付いた。



察するに、

自分の女の部分をまだ認めたくないのだろう。

そう考えれば、一線を越えてからの2週間、

端々で見られる香のぎこちなく不自然な言動に納得がいく。

もっと触れたい、甘えたい、

そんな思いを必死に隠そうとしている様が丸見えなのに、

これまでの習慣通りに、律儀にハンマーも出してくる。




「何を言いたかったのかしらねぇ〜。」




お姉言葉でニヤつきながらつぶやいてみる。

なんとなく想像はつくものの、

帰宅後に香がどんな話しを持ち出してくるのやら、と

くすりと笑いながらキーをドアのカギ穴に差した。

「ん?」

違和感を覚えた撩の手先が止まる。

視界の端に引っかかりを感じ左手側に振り向くと、

リアウィンドウのガラスに何かが見えた。

「なんだ?」

運転席側からリアハッチに歩み寄ると、

大胆な筆さばきで残されたコーラルレッドのメッセージが目に入る。

「へ?」

明らかにルージュで書かれた短い一文。




『  お幸せに! 』




しばし、その文字と見つめ合う。

ふっと軽く鼻息を流せば、

目が細まり唇の一片がわずかに上向いた。

「………かすみちゃん、か。」

残酷なことをさせてしまった自覚はある。

ただ、それが双方のためというもの互いに認知済み。

それでも、この心地よさを感じさせる痕跡を

こんな形で見せる気丈さは

由緒ある血筋家筋で育った賜物か。

きっと閾値が狭く理解が浅いオンナであったら、

ここに残された言葉は、

もっと罵倒とイヤミを絡めた不快なものになっていただろう。

うっすらとかすみの声が脳内で再生される。



—  幸せにならないと、許しませんからねっ! —



レオタード姿の怪盗305号が、撩のイメージの中で

振り向きながら手を振ってフェードアウト。

「まぁーったく、こんなところに、落書きなんぞ…。」

憎まれ口の口調と穏やかな表情は合致していない。

駐車場の端に投げてあった雑巾を探せば、

ぐいっとアーチ状に手の平を動かした。

5文字の日本語はきれいに拭い取られ、

イレイサー代わりの布に赤の色が移動する。

香に見せてやってもよかったが、また激しく照れ困惑するだろうし、

これから運転する愛車に、これを背負わせたまま出発するのは、

気付かなかったフリをするのもやや困難。

とりあえずは、

自分がメッセージを受け取ったことが分かればいいかと、

拭き終わった雑巾をまた元のところに投げ置いた。



「行くか…。」



仕切り直して、運転席にどさっと座る。

エンジンをかけアクセルを踏めば景気よく回転数が上がり、

聞き慣れた音が駐車場に響く。

すでに開いているシャッターをくぐり、

英国の看板を背負った大衆車は

滑るように冴羽アパートから出て行った。



目指す場所は、新宿の端。

徒歩ではやや面倒な距離、

今日はさっさとすませて早く戻りたいと、

帰宅目標時間を勝手に設定する。



自分も多少浮かれているのか、

アレからまともなパトロールはこれで2回目。

夜な夜な香から逃げるように徘徊していた頃に比べると、

新宿界隈の出歩きは明らかに激減。



「だぁ〜ってぇ、ボクちゃん、よく耐えてたと思うしぃ〜。」



ハンドルの頂点を両手で握り込めば、

そこに顎を乗せて顔の筋肉を緩ませる。

正直、これまでの反動も含め、

今は外に出るより香とぴったりくっついて過ごしたい欲求の方が遥かに大きく、

この離れている時間がもどかしくてしょうがない。



しかし、こんな生き方を選んだ以上、

周辺の状況収集なり、

顔が繋がっている界隈のネットワーク維持なり、

重要な異変を常にキャッチできる情報網は

絶えず鮮度を保たなければならない。

それが、もちろん香の命を守るためにも繋がるのは、

言うまでもない。



ただ、奥多摩以降、

やっと終わらせることができた曖昧な関係と、

新たにスタートした、まるで新婚夫婦状態の現状を思えば、

とにかく必要最低限の巡回で用件をすませたいと

頭の中は、すでに帰宅後の妄想で埋め尽くされる。



「へへ…、今晩はどぉーしよっかなぁー♡」



思い描くだけで、ヘソ周りに熱がじわりと溜まり、

息子が立ち上がりそうなった。

「い、いかん、いかん。」

これから出向く先は、やや真面目な相手。

自慢のブツをおっ立てたまま会える業者ではない。

「おっと、ここだった。」

あやうく最初の目的地を通り過ぎてしまいそうになり、

慌てて車を路肩に寄せる。



某路線の駅裏から住宅地に続くやや暗い道の一角。

どう見ても、ただの民家。

装いは洋風の2階建てではあるが、表札も看板もなにもない。

撩はさも自宅に入るかのように、

呼び鈴も押さずに木製のドアを開けた。



「おやっさん、お邪魔するよん。」



外観との落差は、おやっさんと呼ばれた女性にも当てはまり、

建家の中は、家ではなく店になっていることにも当てはまり、

お酒を出すバーには見えるが、

明るい店内はダイニングカフェのような雰囲気の空間。

他に客はなし。

撩は、カウンター席に遠慮なく腰を下ろした。



「もう、おやっさんはやめてよね。」

和服の美人ママは小さく怒りながらも、撩におしぼりを差し出す。

髪を結い上げ丸見えになっているうなじは、やや太く見える。

「朝起きてヒゲを剃らなきゃなんねぇーんだったら、おやっさんだろ?」

「もう!それは言わないでよ!でも久しぶりね。

先月以来じゃない?水割りでいい?」

声色も見た目も背の高いモデルばりの超美人。

ではあるが、どうも性別が違うらしい。

オンナの姿をしたママは慣れた様子で撩の相手をする。

「あー、まかせるわ。」

頬杖をついて、足をくむ撩は、

ポケットからごそごそと紙切れを取り出す。

「いつこっちに寄ってくれるか楽しみだったのよ。」

食器棚からロック用のグラスを取り出しながら、

撩に優しい視線を向ける。

「あん?」

「撩ちゃんおめでと。」

化粧を上手に施した表情で祝辞を伝える。

「はん、どいつもこいつもおめでたいこって。」

「おめでたいのはそっちでしょ。

撩ちゃん全然お店にこないって、ウワサ流れてるわよ。」

カラカラとマドラーで一混ぜすると、

すっとテーブルにグラスを滑らせた。



「色々、慌ただしくてねぇー。」



ウソではない。

確かにこの2週間はあっという間に過ぎて、

決してヒマではなかったが、

その主要原因については、さておくことにする。

グラスを5本指で持ち上げると、

ゆらゆらと傾けてカラランと音を立てさせる。



「……いずれ、ここに連れてくっから。」

「ふふ、大歓迎よ。」

くいっと琥珀色の液体を飲む撩に笑顔で答える。

「なんか、変わったことはないか?」

「大丈夫、あなたたちに関する嫌な情報は入ってないわ。

ただね、ちょっと気になることがあってね…。」

カウンターの裏にかがんで何日か前の新聞を取り出した。

かさりと広げて、カウンターに広げると社会面裏を1枚めくる。

「先週ね、新宿駅で階段から落ちて入院した女性がいるの。

ニュースにはならなかったんだけど、

翌日別の場所で起きた交通事故、

これ乗っていた人同じ会社の人なのよねぇー。」

赤いマニキュアを塗った爪で指された小さな記事には、

男性2人の名前が記載されていた。

「赤木伊吹、伊藤貴三郎…ね。重体じゃなく重傷、か。」

「2日続けて同じ会社の社員が違う理由でこんなことに遭うなんて不自然じゃない?」

もちろん、新聞に3人の勤め先は記されていない。

“おやっさん”の情報網に、撩の一言が重なる。

「で、今度はぼや騒ぎか…。」

頬杖をついたまま、またくいっと液体を喉に流す。

「そう!撩ちゃん!よく次の話しが分かったわね!

今朝の新聞に載っていたの見て、偶然じゃなさそうだし。」

おやっさんも、撩が接点に気付いたことに、さすがと腕を組む。

「で、今日ね新宿駅でね、

その会社の社長が歩いてたって、入りたてほやほやの情報があるのよ。」

「あーん?」

「もしかしたら、伝言板の場所でも確認しに来てたかもよぉ?」

にやっと唇を三日月にするおやっさんは、さらに続ける。

「とても小さな会社、だけど大きなもめ事に巻き込まれているって感じ。」

「ふん。」

「この情報はサービスにしといてあげる。」

新聞を畳みながら、意味深に答える。

「その代わり、早く香さん連れてきてちょーだい。」

「面白がってるだろ。」

コンとグラスを置いた撩は眉間にシワを寄せる。

「もちろん。で、本題があるんでしょ?」

撩の指に挟まれた紙切れを指差すおやっさん。

「ああ、今日はこいつを注文しに来た。」

「なにかしら?」

ついっとメモ用紙を受け取ると、おやっさんの眉が少しだけ上がった。

「……ここまで、教える必要ある?」

「必要だろ?」

「確かに、爆破テロと化学兵器のテロはセットのようなものだけど…。」

「あいつは、爆発物の解体はある程度出来ても、そいつの情報は未修得だ。」

「分かったわ、どこまでの事件をさかのぼればいい?」

「1960年代からの主だったヤツ。」

「……結構多いわね。」

「ま、教授んとこでもいいんだけどさ、暫くは借り作りたくねぇーし、

CIAやらFBIがらみだったら、こっちの方が早いだろ?」

「まぁ…ね、いつまで?期限によっては料金アップしちゃうわよ。」

「急がねえから、詳しく、分かりやすく、で頼むわ。」

「はいはい。

でも、ホントいつこぉーなるかってじれったくて仕様がなかったけど、

やっとだわね。撩ちゃん。」

そう言いながら、

受け取った紙切れを着物の襟元に差し入れた。

「うっせ。」

ぷいっと口をとんがらせてそっぽを向いてみる。

「ねぇ、船から戻った後、香サンをほったらかしにした理由って、

ミックが言っていた通りなの?」

撩は、ちろっとママのほうをみやる。

「………前金、置いてこーかと思ったけどやめよっかなぁー。」

「図星みたいだけど? 分かったわ、“今は”これ以上突っ込むのはやめといてあげる。」

『今は』を改めて強調する口調に、ちっと舌打ちが鳴る。

「ごっそさん、また寄らせてもらうわ。」

撩は立ち上がると、

厚さ1センチほどの茶封筒を取り出して、

つとテーブルに残した。

「早く2人でいらっしゃい。待てるわ。」

どこぞの店で言われた同じ台詞をここでも聞くことに。

「ま、そのうちな。」

撩は、長居は無用と入ってきた扉を開けて、

また片手をひらひらさせながら出て行った。



「ちょっと大きな仕事もらっちゃったわね。さっそく取りかからなきゃ。」

大きな美人ママは、

見つめていたドアから視線を動かし、

カラになったグラスと置かれた封筒を見つめ、

くすっと細く微笑んだ。



*****************************
(28)へつづく。







これまでのお店は、
原作に登場したものを主に使わせてもらっていましたが
今回は、ママもお店もまったくオリジナルです。
(店名なし!しかもまたオネエサン!)

珍しくオリキャラのフルネームが出てきました。
本編では姿は見せない予定です。

赤木伊吹氏の名前解体
アカギ:トウダイグサ科の木本
イブキ:ヒノキ科の木本

伊藤貴三郎氏の名前解体
イトウ:サケ科の淡水魚
タカサブロウ:キク科の草本

うちのCHキャラ以外の命名方法は、
読みが基本ズバリ種名の組み合わせということで〜。
(漢字の表記は必ずしも一致しないです)
実在していらっしゃるか未確認っ。

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プロフィール

きまりも

Author:きまりも
since 2012.03.31.


5周年記念に
プロフ画像を貼ってみた。
十波ちゃん作。


中学高校時代に読んでいた
シティーハンターに
再燃しハマってしまいました。


ブログのタイトルは
ホトトギスの英名。
基本カオリストです。
丑年といえば年がばれるか?


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